第1話 朱雀推参 Part3
「どうだね調子は」
ドアから何者かが入ってきた。
……つまり、そのドアは鍵がかかっておらず、開いているとわかる。
入ってきた男は、白髪で背の高い3、40代くらいの人間に見えた。
風貌はちょび髭をはやし、片目には大きな傷がある。
「ローベルト様!」
怪物達が一斉にに頭を下げる。どうやら怪物達のボスらしい。
ならばローベルトと呼ばれたこの男も、人間ではないのかもしれない。
「なんだ、今日のエサは赤ん坊含めて3匹か」
「スイヤセン。ですが、あまり何人も
「ん~確かに大量に捕らえると人目につくかもしれんし、天界軍が現れかねない。いつもと場所を変えたとはいえ、慎重に事を運んだほうがいいか」
この男の発言から言って、行方不明事件はこいつらの仕業とわかる。捕らえるなどと言っているし。
天界軍……
朝、神邏と会った九竜なる人物が天界がどうのと言っていた。
もしやこういう連中を相手にとる組織の事なのかもしれない。
そんなことは知るよしもない水斗は、まずここから逃げることだけを考えていた。
そして莉羅にそっと話しかける。
「なんとかスキを作って見るから、りっちゃんは天馬を連れて、あのチョビひげが入ってきた扉から逃げてくれないかな?」
「――は?」
想像もしてなかった水斗の発言に、口をポカンとさせる莉羅。
「なに、言ってんのあんた。スキなんか作れるわけないし、第一そんなことしたら、あんたは間違いなく殺されるよ」
「かもね。君たちを逃がすなんてことになれば、残された僕はタダじゃすまなそうだ」
「なら……」
「でも上手くいけば、君と天馬は助かる」
「!!」
(この人自分を犠牲にしてでも、あたしと天馬を逃がそうとしてんの……?)
驚きを隠せなかった。
実の子供の天馬はともかく、血の繋がらないばかりか、当たりが強い自分まで命に変えて助けようと言うのかと。
いや、そもそもここに捕まる時も必死に助けようとしたのだ。
この男なら、そんな行動に出るのもおかしくはない。
「とにかくこれから奴らの目の前に出て、注意を引き付ける。そのスキに……頼むよ!」
「あ!ちょっと……」
莉羅の静止を聞かず、水斗は叫ぶ。
「化け物共〜! 縛らなかったのは失敗だったな! これから逃げてやるぞ!」
奴らの目の前に立ち、デカい声で呼びかけ、注意を引き付ける。
「ア! 野郎!」
怪物達が大騒ぎするが、ボスのローベルトはうろたえたりせず、
「ん~逃げるならなんで、注意を引きつけるような事すんのかねえ。――もしかして」
ローベルトはくるりと自分の入ってきたドアのほうへと振り返る。
唯一の出口を見張られたら、……逃げることなどできない。
「お、おいちょび髭! どこ見てる! 逃げるぞ! いいのか!」
「ふむ、でも出口はここだけだからねえ。だからドアだけ見張っとけば問題ないだろう?」
……動きが読まれてる。
どうすれば……。そう思った。
◇
――神邏side。
「おい美波! なんか声がきこえんぞ!」
大樹の葉をたどり歩き、近くを見渡していたのだが、北山が何かに気づいたようだ。
俺は耳を澄ます……
「「おいチョビ髭! どこ見てる! 逃げるぞ! いいのか!」」
……この声は義父の水斗さん?
俺はただ事ではないと思い、声のした倉庫らしき建物に近寄る……
ドアの鍵は、開いているようだった。
慎重に、警戒しながら侵入する。
すると室内には……
水斗さん、天馬くん、そして莉羅が見えた……
――見えたが、……なんだあれは!?
異形の化け物みたいな連中が、辺りに確認できる……
探し人を見つけたはいいが、この状況……わけがわからない。
噂の誘拐犯……なのか?
「え? え? な、ななななんだありゃ! ば、化け物!?」
驚く表情だけの俺と、驚愕し、慌てふためく北山。当然の反応だ。
ただの人間の誘拐犯なら何かしらすぐ反応し、動けたかもしれないが……
俺と北山はあまりの光景にフリーズするしかなかった。
「ほらお客様だ。遊んでやりなさい」
偉そうなチョビひげ男の発言後、怪物が走って近寄って来る。そして北山を全力で蹴り飛ばす!
「うがっ!」
その一発で北山は百メートルくらい吹き飛ばされてしまう。
ただの蹴り。……それなのにサッカーボールを蹴ったのかと錯覚するほどの勢いで、北山は吹き飛ばされた……
一瞬の出来事すぎて、俺は反応できず何もできなかった……
吹き飛ばされた北山は、地面をこすりながら肌を擦りきり、血にまみれて壁に激突した。
「北山!」
俺の叫びに反応せず動かない。……気絶したのだろうか?
……まさか死んだとは考えたくない。
「ふむふむ。これだからイレギュラーな展開は面白い。おっと失礼、吾輩はローベルトという。以後お見知りおきを……」
笑い出すチョビひげ男。名前などどうでもいい。なんなんだ? こいつらは何者なんだ?
「君、この親子を助けに来たのかい? それともただ単に入ってきただけ?」
俺に問いかけてきた。
冷や汗をかきながらも、俺は奴を睨みつける。
「……俺の家族に何してる」
「関係者パターンね。なるほど」
ウンウン頷いている。
「君、疑問に思わなかった? 誘拐犯が隠れてるアジトに簡単に入れたことを」
……いやそれよりも、化け物への驚愕がデカいから、そんな疑問は抱かなかった……
ただまあ、冷静になると思わなくもない。
人知れず誘拐してるのだろうし、アジトに鍵もかけずにいたわけだから……
「鍵してないのはわざと。こうやって入ってくる者共を、」
話途中に怪物が、俺を北山と同じように蹴り飛ばす。
その衝撃で俺は勢いよく地に転がっていく。北山と同じく、地面に肌を擦られながら……
「返り討ちにして遊ぶのが楽しいからだよ」
北山ほどは吹き飛ばされなかったが、喰らった一撃はおそらく同じくらい重い。
激しく咳き込み、血反吐でも吐きそうになる。
「止めろ! 息子に手を出すな!」
義父が怒りに身を任せ殴りかかるが、あっさりと避けられ、その勢いのまま転倒。
だがすぐさま立ち上がり、俺の元へ走り、かばうように前に出る。
俺なんかのために無理することなんてないのに……
俺はそう思い……
「み、水斗さん、俺よりも……」
「安心しなさい。誰も見捨てない。全員逃してみせるよ。例え自分がどうなろうとね」
「……え?」
義父の死を覚悟した発言……
「な、何を……。そんな責任、」
「責任あるさ! 僕は君達の父親なんだから!」
「――!」
父親として、水斗さんは俺達を絶対に守ると豪語した。
――でも、
「……天馬くんはともかく、俺と莉羅は」
「息子と娘さ! 例え君達が認めてくれなくても、僕にとって君達二人も大事な子供さ!」
血のつながりなど関係ない、自分は父親だ。子供にどう思われようが、自らは父親として子供達を守る義務がある。そう、言いたいのだろうか?
……ここまでの覚悟をもった人を父親じゃないなどと……心の奥底で、俺は……思っていたのか?
ここに立っている人はまぎれもない。――俺達の父親だ。
……この時、俺の中に一つの強い感情が生まれていた……らしい。
【喜】
こんな状況だが、他人と思っていた義父を、俺と莉羅は水斗さんを父と認め、真の家族になろうとしていたのかもしれない。
「いや、素晴らしい! 感動的じゃないか!」
と、拍手をするローベルト。
……その態度、腹が立つ。微塵もそんなこと思ってないくせに。
「でも残念だがねえ」
怪物が父の前に立つ。
「ここでみんな死んじゃうんだ。すまないね」
怪物が父の腹部を手刀でつらぬく!
鈍い音が周囲に響いた……
手刀は腹部を貫通し、血に染まっている。
「貴様ぁ!」
らしくない俺の怒号が鳴り響いた。頭が沸騰するかのような感情がわき出る。
【怒】
俺は怪物に渾身の拳を顔面めがけて、ぶつけた。
「ぐげ!?」
怪物は変な声をあげ、顔がひしゃげ、首がへし折れたかのようにグルンと回る。そしてその衝撃で勢いよく転がっていき、壁に激突した。
怪物はピクピクして、気を失っている。
……俺の一撃でダウンしたのか?
弱くないか……?
たかが人間の、それも高校生の拳なのに……。こいつら、意外と弱いのか?
「……どういうことだ。今の一撃、魔力を感じたぞ。それもこいつらを一発で仕留めれるほどの……。たかが人間が?」
ローベルトは驚いていた……
この反応からすると、ただの人間の一撃で倒せる存在ではないのか?
ならなんで俺の一撃で……
俺は朝の出来事を思い出し、ハッとする。
――――――――――――――――――――
『あなたは120年ぶりに顕現した伝説の存在、朱雀なんですよ』
――――――――――――――――――――
……あの九竜という人が言っていた。そして俺を朱雀と呼んだ……
もしや俺は本当にただの人間ではない……?
いや、そんなことは今はどうでもいい。貫かれ、倒れた父を助けねば……
莉羅も走り寄ってきた。
「おじさん!」「水斗さん!」
俺も莉羅もさすがにすぐに父とは呼べはしなかった。
……情けない。
「は、ははは。守るって言ったそばからこれだよ。か、カッコ悪いよ、ね。こりゃ父なんて、な、名乗れ、ないよね。ぐふっ」
血を吐き、今にも死んでしまいそうに目が虚ろになっていた……
「そんなこと、ないです。自らをかえりみず、人をたすけようとする人が、カッコ悪いなんてことは……ない!」
俺は否定した。水斗さん……父は立派だ。かっこ悪くなど断じてない!
……腹から血が止まらない。
どうにかして出血を止めたいが、医療なんてわからない……
とにかくあるもので傷口を押さえるしかできなかった。
早く医者を! いや救急車か!?
……ダメだ、冷静な判断がつかない。
「は、はははカッコ悪くないか。あり、がとう。そう思ってくれて、よかった、父親として最低限はできたかな」
「はい。水斗さんは……。父さんです……」
やっと……口に……出せた。
「嬉しいよ。でも、状況は悪い、僕なんてほっておいて、逃げるんだ」
「そんなことできるわけないでしょ!」
莉羅が叫んだ。俺も同意見だ。
水斗さんは首を振る。
「き、君達が死んだら、それこそ父親を名乗れないさ。さあ、逃げ、て……」
目が……閉じられた……
「……水斗さん?」
問いかけに答えない……
「い、嫌……」
絶望の表情の莉羅。
「と、父さん……」
この時また俺に強い感情が生まれていた……らしい。
【哀】
……そうこうしてる間に、怪物連中に俺と莉羅は取り囲まれていた。
「お兄、死ぬのが一緒なら、あまり怖くないね」
ブルブル震えながら、俺の腕につかまる莉羅。
そんな妹の頭をなでる。
「なに、言ってる。諦めるな」
「でもこの状況……無理でしょ。逃げるにしても、あの友達を見捨てられないでしょ?」
北山は気絶してるから、自ら逃げる事はできない。幼い天馬くんも同じく……
スキを作るにしても、莉羅にほか二人連れて逃がすのは不可能だろう。
「まあさ、お父さんに修兄も、あの世で待ってるだろうし……」
亡くなった父と兄に会えるから、なんて後ろ向きな考え……。完全に諦めているのか。
そんな考えを、俺は否定する。
「そんなすぐに来るなって思ってるだろ……」
「そうかな? でも天馬は可哀想だねまだ小さいのに……詩良里に母さんも可愛がってたし」
俺は考える……
諦めるわけにはいかない。どうにかしてこの状況を覆さねば……
……ふとさっき殴った怪物を見る。
まだ倒れてる。もしかして……倒せるか?
もし全員倒せるなら、みな助ける事もできる。
……だができるだろうか?
俺ごときに、そんなたいそうな事ができるとは思えない。無力で無能な俺に……
……だが、それでも、やるしかない。どちらにせよ俺一人に意識を集中させれば、逃がすスキを作る事はできるはず……
「莉羅、少し離れてろ」
掴んでる莉羅を離れさせて、いざ戦闘……と思った時、――外から剣が俺の目の前に降ってきた。
「ナンダなんだ?」
怪物達も驚いた。
「だから言ったでしょう。魔族に気をつけてって」
扉からあの怪しかった女、九竜姫御子が颯爽と現れた。
そして五本の指から鉄糸が伸び、前方の怪物の数人を縛りあげる。
「ムワあ!」「ナンだ!」
「まったく、こんな雑魚敵じゃないでしょうに」
九竜は縛った怪物の首を、鉄糸ではねた。
はねられた怪物から血が噴水のようにふきだす。あまりにもショッキングなシーン……
そのため莉羅は気を失ってしまった。
倒れる妹をつかみ、優しく地に寝かせる。
俺もグロいのとか苦手なのだが、なんとか耐えて冷静を装う。
この人こんなに強かったのか……
これなら助かるかもしれない。
「さて、あたしの手伝いはここまで。あとは朱雀、あなたがやる番ですよ」
――は?
――Part4へ!
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