第19話  あやまってくんない?

 ――九竜side。



 体育館裏で、一人たたずんでいる東。様子を見ていると彼は手紙を取り出す。


「……手紙?誰からの?」


 九竜は視線を手紙に向ける。さすがに距離があるから内容とか、誰宛かとかはわからない。

 そうこうしていると、誰かの足音が聞こえる。


「誰か来る?」


 現れたのは……

 比賀士だった。


「え?あの人は……。あれ?北山君が尾行してるんじゃ?」


 北山が近くにいるようには見えなかった。まあ実際いないのだから当然だが。


「嘘、なんでいないの?まさか」


 ただ単に北山が尾行をやめたからなのだが、九竜はそれを知らないので、殺られたのかと心配。


「あれ?君かい?僕をここに呼び出したの」


 東が問うと比賀士が笑い。


「ああそうだよ」


 やけに落ち着いた態度……

 あの神邏達の前で見せた、おどおどした態度はどこへやら。

 あれは演技だったのか?


「なんだ。机の中に手紙入ってて、内容は【体育館裏で待ってます】……なんて書いてるから女の子と思ったのに。わざわざ時間まで指定して……」

「そいつは悪かったなあ。時間指定は尾行してるやつを撒きたかったからよ。勝手にどっか行ったから、撒く手間はぶけたけどよ」


 (尾行を撒く?北山くんの事?)


 と、九竜は思った。

 そして二人の話は続く。


「天界軍も人手不足みたいでよ、尾行が三人しかいなくて助かったぜ。おかげで今この場にいるの……一人だけだしな」


 天界軍の一人の尾行?

 ――九竜の存在がバレてる!!


 比賀士が煙幕を張った!

 さっきの東田と同じだ。


 視界が煙で見えなくなり、とっさに九竜は飛び出すも……


「しまった、もういないかも……」


 気配がない。

 比賀士が東を連れ、逃げたようだ。


 ……おそらく、これから儀式とやらを行うのだろう。それに東を利用して……


「ま、まずいよ……。司令いわく、儀式の成功失敗に限らず、とんでもない被害でるらしいし」


 慌てる九竜。


「う、う~あたし一人じゃ……」


 不安で少し涙ぐむ。

 ……それでも幹部か?と言われかねない。

 とはいえ彼女も言ってたが、人材不足だから幹部になれただけだ。まだ高校生の年齢だし、仕方ないといえば仕方ない。


「す、朱雀……。早く来て」


 そう呟いたとたん。


「はあはあ!」


 息を切らして誰かがやってきた。


「比賀士ぃ!どこだぁ!」


 朱雀ではなく、北山だ。


「あ、れ?姫ちゃん?どうしたんだ涙ぐんで」


 九竜は涙をふいてキッとにらむ。


「あなた、今まで何してたの!」

「そ、その……。魔族の心配ないって聞いたから、美波の援護に」

「朱雀は尾行を続けろと言ってたじゃない。もう……。どうしよ。あたしも見失うから人の事言えないし」

「見失った!?なら早く追わないと!」

「でもどこにいるかなんて」

「手当たり次第探すしかねーだろ!」


 二人は比賀士の後を追う。

 その時伝令部隊からの連絡が、皆に入る。


「「教団の儀式の内容がわかりました!地脈、大地に流れる魔力の大元、そこを中心に5つの魔法陣を作り、大多数の人間を犠牲に赤龍を召喚するもようです!」」


 中心……。それがこの学園ということなのかも。東をわざわざここに呼び寄せたのだし。


「え?でも魔法陣は一つしかまだ発見されてないはず……」

「「それが残り4つが、突如現れたのです!」」

「そんな!?」

「「後は中心部に最後の魔法陣が描かれたら、完成してしまいます!!」」


 とんでもない状況になってしまった。このままでは魔法陣に囲まれた、周囲の人々が犠牲に……


「中心は!学園のどこなんです!」

「「……生物室内と出ました!!」」


 九竜と北山は一階、生物室へと急ぐ。

 (お願い!間に合って!)


 祈るしか九竜にはなかった。


 ――生物室の扉が見えた。

 速く、速く、速く!と二人は内心焦る。

 扉を蹴り飛ばして早く侵入を……


「ギィヤアアアアアアアアア!!」


 部屋に入る前に、断末魔の叫びがこだました……

 扉のガラスが血で、真っ赤に染まった。


 間に……合わなかった?


 二人は膝をつく。

 北山は廊下に拳をつきたてる。


「ちくしょう!!おれのせいだ!」

「いえ、あたしも悪いんです。あっさりと逃亡を許して……」

「わりい東……。でも、仇は、とってやるからな……」


 怒りに震え立ち上がり、比賀士、いや、比賀士になりすました魔族を潰してやると、生物室の扉に手をかける。


 ふと、九竜は思った。


 (あれ?そういえば儀式完成したの?特に何も起きてないけど)


 周囲の人々が犠牲になったようには思えない……。いや、そもそもこの場にいる九竜達にだって、なにか影響あってもおかしくない。


 ――だが特に何もない。


「まだ、儀式は終わってないのね!」


 東が殺られただけかもと思い、九竜も立ち上がり、生物室へと入ってみると……



 ――神邏side。



 俺達はあの後警察に扮した天界軍の兵に、東田の偽物の魔族を引き渡し、伝令部隊の情報を元に学園へと戻る。

 警察に扮してるのは、周りの目を考えてらしい。


 腰が抜けていた夏目は兵に任せた。

 ……ルミアはついてきてるが。


 しかし、ルミアも魔力を扱えるのは本当のようだな。足に魔力を集中し、俺と同等の速力を出してる。


 人体に魔力を集中できれば、常人以上の力が備わる。

 それは一般人には無理なことらしい。そんな彼女に俺は感心する。


「……すごいなルミ。体育の成績よくないとか聞いたことあるが、手を抜いてたのか?」

「はい。まあ人間界ここで魔力とか使うのはズルみたいなものですし。神邏くんも魔力は授業じゃ使ってないですよね?」

「まあ、そうだな」

「魔力自体は便利なんで、細かい事ではしょっちゅう使ってますけどね。例えばサラシ巻いてるかのように、胸を固定したりとか」


 ……ああ、なるほど。

 あまり詳しく聞くのは止めておくか……





 ――俺とルミアは無事、学園に到着する。


 伝令部隊の情報で、生物室内に地脈とやらがあると聞いた。

 急いで生物室へと向かうと……


 扉についた血痕と、部屋内で立ち往生してる北山と九竜の姿が見えた。


 どうしたのだろうか……?


「北山、九竜」


 二人に声をかける。


「み、美波、ちょっと来てくれよ」


 北山が呼んできた。

 彼の表情は、なにがなんだがわからないと言いたげなものだった。


 ……なにがあるかわからない。俺はルミアをすぐ後ろにたたせ、ゆっくりと部屋に近づく。


「ルミ、部屋に入らないで待っててくれ」

「――?はい……」


 自分だけまず部屋に入る……


 床や窓に鮮血が、水でも巻かれたかのように飛び散っていた……


「うっ……」


 血とかグロいのは苦手なんだ……。ウッ、吐きそうになる……


 ……な、なんとか耐えながら周りを見る。


 そこにはバラバラになった死体。これは……。比賀士か!?

 顔を見るとわかる。間違いない。


 ……そして返り血を浴び、ニヤリと笑みを浮かべながら立っている、


 ――東の姿があった。



 どういうことだ……?

 東が魔族だった?いや、違う。


 死体は顔こそ比賀士のままだが、体は黒く、棘が生え、人間離れした大きな体格をしており、どう見ても人間には見えない。

 つまり比賀士が魔族なはず。


 いや全員魔族だったのかもしれない。


「あ、東!テメエはなんなんだ!?なにがあったんだ!」


 業を煮やした北山が叫んだ。

 東は言う。


「何って、このカスが魔力の大きい僕を生贄に、儀式発動企んだんだよ。まだ残ってる生徒共々ね。――で、僕は阻止するために始末した」

「し、始末って、お前ただの人間なんじゃ……」

「違うよ?僕は四聖獣しせいじゅう青龍せいりゅうさ」


 ――衝撃の事実!

 ……いや、そもそもその可能性を考えられてたから、そこまで驚く事ではないか……

 でも確か、


「……青龍は偽東田いわく、でっちあげと聞いたが…」


 そう俺は聞いていた。どういう事なんだ。東はその答えを言う。


「そう、馬鹿だよね奴ら。ホントに紛れ込んでたの気づかないなんてさ」

「……つまり、奴らにバレないように天界に疑われる人物の中に、入り込んだのか」

「そう。都合よく人間にしては高い魔力の持ち主って存在のふりしてさ、目の前に僕という餌を釣り糸たらして見せてたわけ。すると簡単に釣られこのザマ。情けなさすぎて笑いが止まらないよね」 


 情報屋によって天界を欺いた教団残党。……そしてそんな奴らもまた、青龍の東に騙され、始末されたわけか。


 ……全部東の手のひらで踊らされてたかのようだ。


「元々教団は僕が滅ぼしたんだけど幹部の内、一匹だけ逃しちゃってさ。どうにかしておびき寄せたかったんだよ。それで残党見つけたから、ギリギリまで踊らせておいて、幹部が出てくるの待ってたんだ」

「それはつまり、この騒動すぐにどうにかできたのに、あえて何もしなかったと言う事か?」

「そういうこと。ま、結局生き残りの幹部出てこなかったけどね最後まで。まさかこんなギリギリになっても部下に任せるとは、よほどビビってるのかな?」


 呆れ気味にため息をつく東。

 その発言に北山は黙ってなかった。


「おい待てよ!魔族を放っておいた事で被害者がいたかもしんねーんだぞ!わかってんのかよ!おびき寄せるためとはいえ、なにか起きてたらどうするつもりだったんだよ!」


 興奮気味にぶち切れてる。だが、北山の気持ちもわかる。というか同意見だ。

 ……しかし、東は意に返さず、


「そんなの、僕の知ったことじゃないよ」

「なんだと!」

「幹部潰しのが重要だし、その間の犠牲なんて些細な事さ」


 バカバカしいと言いたげだ。

 大のために小を犠牲にする。…いや、こいつはそういう理由で言ってるようにも見えない。

 敵を倒すためなら、大の犠牲も気にしない。……そんな男に見える。


 ……個人的には前者でも後者でも、納得できないがな。


「そもそもさ、君らにとやかく言われたくないんだよね。僕がこいつ始末してなかったら、どうなってたかな?」

「うぐっ……。そ、それは」


 ……どんなに東を責めたくても、この一件を解決したのは東だ。今回の功労者に間違いはない。彼がいなければ、儀式は発動していたかもしれない……

 何も俺達に文句言われる筋合いはないか……


「それと……。もし僕がただの人間だったとしたらさ、殺されてたよね?君らのせいで」

「……は?そうかもしんねえけど」

「だからさ、あやまってくんない?」


 まさかの謝罪要求……

 対し、北山はまたキレる。


「な、なに言ってやがんだ!」

「いやおかしな話かい?君らの失態で僕は死んでたかもしれない。それに対しての謝罪の要求だよ?逆にそれで許してあげるというんだ、心広いと思わないかい?」

「のやろう……」


 拳を握りしめ、今にも殴りかかりそうな北山。

 そんな北山を俺は手で制し……


「……確かに、お前に迷惑をかけた。全面的に俺が悪い。謝る、…すまない」


 俺は東に頭を下げた。


 東は、そんな俺を見下ろす。


「つまらん……。キレるかと思ったのに。だいぶつまらない人間だね、美波」


 不機嫌そうにその場を後にしようとする、すると女の子二人、九竜とルミアに東は気づく。


「ああごめんね。見苦しいとこ見せちゃってさ」

「い、いえ……。すいません」


 素直に謝る九竜。

 一方ルミアは……


「私、東くん嫌いになりました。神邏くんを傷つけるような人、嫌いなので」


 ルミアは笑顔をやめ、冷たく言い放った。東は苦笑い。


「……それは残念だ。好感度、後で上げなきゃね」

「もう無理だと思いますけど」


 冷たい視線と冷たい表情。


「……あんな顔だけの甘っちょろい奴のどこがいいのやら……」


 呆れるような捨て台詞の後、東は何処かに去っていった……


 ……今回ばかしは失態だ。だが、最悪の状況は免れた。


 ならばもう、これ以上の失敗をしないよう学習するしかない……

 今回の出来事を無駄にしないように……


「「あの男、青龍なだけあってかなり出来るな」」


 聖霊のイリスは言った。

 俺は聞く。


「……わかるのか」

「「この魔族を始末するのに武器精霊スピリットウエポンを使った素振りがない。くさっても、あのなんとか七人衆くらいの実力はこの死体の魔族はあったろうに」」


 なんとか七人衆とは、ローベルト配下の幹部のことか。


 ――ひしっと、何かに包まれる感触を感じた。

 ルミアが俺に軽く引っ付いたようだ。

 ……感触もいいが、いい匂いもする。

 ルミアは優しく言う。


「あんまり気にしちゃダメですよ?」


 ……心配してくれてる。それが何より嬉しい。

 俺は素直に感謝する。


「ああ、ありがとう……」

「いえいえ」


 ニコリとするルミア。

 この笑顔に俺はいつも癒やされる。可愛いし。


 ……今回の一件は済んだが、東いわく、生き残りの教団幹部がいる事を考えると、まだなにかあるかもしれない。


 赤龍教団の次の一手が……



 ――つづく。



「青龍、ホントにいましたね~。しかし東くんは見損ないましたよ!ぷんぷん!」


「次回 青龍のお友達……? まあ友達はいるでしょうけど……」

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