第10話  北山兄弟

「神邏くん?どうしたんですか?あわててますけど」


 幼馴染の神条ルミアが、必死に北山を探す俺達の様子を確認して聞いてきた。

 まず彼女に俺は聞く。


「ルミ、北山見なかったか?」

「えっと、なんかすごい形相で走り去って行きましたけど、どうかしたんですか?」

「……ちょっとあいつの身内がな、詳しくは後で説明する」

「……また魔族との戦いですか」


 心配そうにしてくれるルミア。心配してくれるのはとてもありがたい。心苦しいが、俺は頷く。


「……ああ。悪い」

「もう、一緒に帰る予定だったのに。それに昼からの授業はサボりですか?」


 昼休憩中に今の指令を受けていた。今から向かうとしたら、確かにサボらねばならないか。


「時間あったら戻ってくる。もし無理なら、またみんなで下校してくれ……。あと、妹二人も頼む」

「ルキくんもいますから、別に大丈夫ですけど、そうします。……あと授業のノート、とっておいてあげますから、無事に帰ってきてくださいね」

「ありがとう……」


 軽く笑いかけると、ルミアは少し照れくさそうにしていた。


「いつまでもいちゃついてんな。行くぞ」

 

 南城が茶化すので、俺はすぐさま北山の後を追う。


 そのあと、ルミアは何かポツリとつぶやいていた。


「……私も何か、神邏くんを手伝えないでしょうか?」





 俺達は北山を探しながら走る。

 ……一向に北山の姿が見えない。

 ローベルトコンツェルンという会社に向かったかもしれないので、任務通りそこに向かうことにした。


「美波、お前さっきの女とは親しいのか」


 南城がふと聞いてきた。

 俺は肯定する。


「ああ。……それが?」

「いや、お前忘れてるかもしれんが、許嫁いるんだぞ。知られたら面倒かもしれねぇぞ」


 ……前に九竜が言ってた子の話か。俺は首をかしげる。


「……許嫁なんて親同士が決めたことだ。そんなこと気にする必要あるのか?」

「あいつは本気だぞ。それに学園で過ごしてた時、わりと親しそうだったしなお前ら」

「……そうなのか?」


 ……許嫁のほうは俺が朱雀な事を知っていたようだし、南城の言い分通り仲は良かったのかも。

でもルミア以上にって事はない。


「友人としては、あの子を傷つけるつもりなら許せないんですけども」


 九竜がチクリと言った。

 仲の良い友人がないがしろにされたら怒るだろうが……


「まあ、そもそも忘れてる時点で傷つけてるかもしれないけどな。

……悪いけど」


 俺はそう思った。


 ただ二人共その許嫁の名前は絶対に言わないな。……自分で思い出せと言いたいのだろうか?





 ――北山side。


 北山は会社近くの公園に兄を呼び出していた。まだ昼休憩中だから出てこれるだろうと思ったのだ。


「なんだよ乱。なんのようだ一体よ」


 北山の兄がやってきた。

 元ヤンと聞いていたが、顔付きが少しいかついくらいであまりそうは見えない人だ。

 社会人になってちゃんとしているのだろう。

 がたいの良さも相まって、ピシッとしたスーツ姿が似合っている。


「わりいな兄貴。実はよ……」

「ん?」


 なんて言えばいいんだと思う北山。

 北山自体は、まだ兄が魔族とは信じてないが一応聞くべきなのか。それとも、ただ今の会社魔族に乗っ取られてるから辞めろ。と言うだけにするべきか。

 いや、そもそも魔族と聞いて、そうだと素直に言うだろうか?

 辞めろと言う場合も、魔族の事を知らない以上、何いってんだと言われて聞いちゃもらえないはずだ。


 それらを踏まえてまず、北山がとった行動は……


「なあ兄貴、ちょっとバカな事を何個か聞くけど、……茶化さずちゃんと答えてくれよ」

「はあ?まあいいけど、手短にしろよ?おれ飯まだなんだからよ」

「わかってる。じゃあまず兄貴、お前の名前は?」


 身内の名前を聞く……。確かに変というか、バカな事を聞いている。案の定兄は呆れ気味に言う。


「はぁ?なんだそりゃ」

「いいから!茶化すなっつったろ!」

「何キレてんだよ。北山直道きたやまなおみちだよ」


 合っている。


「次は年齢、そして高校時代はどんな人間だった?」

「23歳。高校時代ねえ……。まあヤンキーやってて、他の町いって喧嘩三昧だったかな。地元じゃあんま不良もいなかったしな。タバコに酒も、未成年からやってたなそういや」

「そうそうクソ野郎だったよな」

「あ?んだと」

「うるせえ続けんぞ。……そうだな、真面目に働く気になった理由は?」


 どうやら北山は、兄や自分達家族しか知らない情報を聞いているようだ。

 それら全てを聞いて、本物か判断するつもりらしい……


「理由、理由ねえ。……まあなんだ。親が死んでからだろうな」

「迷惑かけてたもんな」

「――悪かったな。で、親戚にお前らがバラバラに引き取られるって話聞いて、おれが全員面倒見ると啖呵切って、ヤンキー辞めて働きだしたんだよ」

「親戚一同に最初は信用されてなかったよな?」

「まあおれの話は親から聞いてたろうからな〜。バイトじゃやってけねえし」

「そらそうだ」


 北山は少しずつにこやかになっていた。

 今のところ正しいからだ。兄貴の言っていることの全てが。


「でもよ。なんで兄弟離れ離れを避けようとしたんだ?」

「まあ確かに、当時はお前らとも仲いいとは、けして言えなかったしな。でもよ、お前らが泣いてる姿見てよ~。親の変わりにおれが守ってやんなきゃって思ったんだよ」


 少し照れくさそうに頭をかいている兄。


「って!何言わせんだよアホ!」

「う、うるせえ!気持ち悪い野郎だな!」

「なにを!てめえ〜」


(間違いねえよ。兄貴だ!性格にも違和感ねえし、言ってる事もおかしくねえ!擬態だかなんだか知らねえが、兄貴の性格や思ってたことなんてわかるわけねえんだ!)


 北山は完全に兄貴を信じきってしまった。


 ……そういう油断は今後、命を失いかねないとはとても思ったりしていなかった。


「で、結局なんのようだったんだよ」

「あ~いや大した事じゃねーんだけどよ。……この会社どうよ」 

「どうってなんだよ」

「いやさ、ここの社長の変な噂聞いてよ」


 怪しまれないように、何か聞き出そうとローベルトについての話題をだした北山。


「社長は素晴らしい方だぞ。将来的にこの世の中をもっと素晴らしい世界に変えてくれるはずだ」

「……はあ?世の中を?会社の社長が?」

「そうだぞ」


 訳のわからんこと言って、どうしたと心配する。

 ただこの様子だと社長をまったく疑ってないとわかる。


(そうだ。確か会社に攻め込むって言ってたな。なら兄貴はここに足止めしといたほうがよさそうだな)


 任務内容を思いだす北山だった。


「なあ兄貴、ちょっと会社抜けられねえか?」

「何言ってやがる。無理に決まってんだろ」

「そこをなんとかさ」


 ――ふと気づく北山。仲間達に何も言わずに来たことを。


(そうだ。急いでここ来ちまったし、美波達に兄貴は本物だって言って合流しねえと……)


 とはいえ今どこにいるのか……

 そう思い、辺りを見回し振り返り、背後を確認。


(まだこっちに来てねえよな。……どうしようかね)


 と、考えてたその瞬間、ズボッ……と鈍く、何かをえぐったような音がした。


(ん?何だ今の音)



 強い痛みを感じる……


(は?何だこれ?腹から血が出てやがる……)


 痛みの正体は腹部からの大量出血だった。

 何故?それは何者かの手が、北山の腹を貫いていたからだ。


 そっと後ろを振り向く。

 ……そこには笑顔の兄貴が立っていた。


「えっ?あ、兄貴?」

「悪いな〜乱。もうお前は用済みだ」


 北山を貫いた腕を抜き、軽く蹴り飛ばす。


「ガッ……」


 地面に倒れた北山は、出血してる腹を抑えつつ、すぐ立ち上がり兄貴をにらむ。


 姿形は兄で間違いない。だが、素手で人体を貫くなんて芸当、普通の人間にはできない。そして、兄が北山おとうとを刺す理由もない。


 それはつまり……


「な、なんだよ……結局、あ、兄貴じゃねえのかよ」

「バレたか。ってこんなことしてバレないわけねえわな」


 兄貴……だったものの顔が、泥のように崩れる

 そして別人の顔があらわに。

 目の色が紫で、牙を生やした魔族。オールバックの長髪をしており、北山以上の体格。


 スーツを筋力で破り捨て、上半身裸の姿をみせる。ボディービルダーも驚くほどの筋肉隆々とした体だった。


「俺さまの名はリヴィロー・リッヒ。ローベルトさま直属の幹部、異能七人衆が一人だ」

「こ、のや、野郎……じゃあ兄貴は……?」

「死んでるぜ。おれさまがとっくの前に始末した」

「とっくの前……だと?」


 つまり、兄とすり変わったのはつい最近の話ではないということになる。

 ……それはつまり。


「入社、いや面接の時か?そのくらい前からおれさまとお前の兄貴は入れ替わってんだよ」

「なん、だと。1年以上前からお前、だったって……のかよ!?」

「そうなんだよびっくりしたかぁ?1年以上も一緒に住んで、違和感感じてなかったわけだよお前ら家族はなぁ!」


 その間の楽しかった日々。兄貴と過ごしてた日々は全て偽物。

 このリヴィローという魔族が怪しまれないように、人間として振る舞うために利用されてただけなのだ。


「悲しいよなぁ乱。ガキ共連れて遊園地とか行ったよな?楽しかったよなぁ~」

「やめろ……」

「ガキ共の授業参観も行ったし、運動会もあったなあ~。あん時お前が珍しく作った弁当、失敗作であんまり旨くなかったなぁ〜」

「うるせえ」

「両親の命日の墓参り。辛かったなぁ~。兄貴として振る舞うために、なみだ浮かべて祈ったからよぉー」

「――ぶっ殺してやる!」


 頭に血が登り、激しく憎悪する。だが、先ほどのダメージがデカく、心とは裏腹に体がまともに動かず、膝をつく。

 北山は今すぐにでも殴りかかりたいというのに。


「おいおい無茶すんなよ乱〜。お兄ちゃん心配しちゃうからさあ〜。――ってやったのおれさまじゃねえかってな!ひぃひゃひゃひゃ!」


 耳障りなキンキン声で笑い始めるリヴィロー。

 許せない……そんな感情が北山の全身を駆け巡る。

 絶対に自分が倒してやると怒るも、何もできない自分が情けなかった。


「ところでさ~。なんで今までお前らに手を出さなかったかわかるか?」

「知るか、よ」

「天界軍の目を妨げるためとか、普段は人間になりすましたほうがいいからだとか、身内に本当の人間がいたほうが便利だとか、いろいろあったからなんだけどよ〜。ここ最近は違う理由があったんだよ」


 リヴィローは、膝をついている北山に目線を合わせるため、しゃがみこむ。


「お前がユニコーンの力を得たことはその日にわかってた。力を得たお前は将来的に邪魔になるから、始末したほうがいいなと思ったんだけどよぉ、ローベルト様が止めたんだ」


 にこやかに微笑みかける。

 薄気味悪い笑みだ……


「何故かっていうとよ、軍に入ったなら、スパイとして使えるからってはなしでよぉ」

「す、スパイだぁ?おれはそんなことしねえぞ!」

「いやいやお前はすでにしてるんだよぉ」


 リヴィローは北山の耳を触る。

 いや正確にいうと耳たぶについているピアスにだ。


「このピアスさ、最近おれがプレゼントしたよなぁ?」


 ユニコーンの力を得た、あくる日くらいの事だった。兄貴にピアスのプレゼントをもらったのだ。

 そんなものいらないと言ったが、穴を開けずともつれけるものだからといい、肌身離さずつけておけと言われていたのだ。


 北山は邪険にしながらも素直につけていた。

 常に、どこに行くときも……

 

 ――北山は察する。


「ま、まさかこれ……」

「そう!盗聴器付きなんだよ!驚いたかぁ!」

「クッソがァ!」


 すぐさま取り外し、投げ捨てる。


「今更遅えって。まあお前は入ったばかりの下っ端だし、大した情報は得られなかったんだけどよ。今回の襲撃の件、助かったぜ教えてもらってよぉ」

「はっ!」


 先ほどの指令の件だ。天界軍の襲撃、それが奴らに筒抜けという事になる。


「だがなローベルト様は逃げねえぜ。変わりに待ち伏せして天界軍をぶち殺してやんのさ。そもそもくるのはお前らガキ共だけみてえだしなぁ!今頃全滅してんじゃねえのか?」



 ♢



 所変わって、――ローベルトコンツェルン前。


 筒抜けだったことにより、すでに会社近くで伏せていた天界軍の兵が、逆に奴らの奇襲にあっていた。


「なっ、どういう事だ一体!ぐわあああ!」


 数々の天界軍の兵がやられていく。中には2や3の低ランカーもいたようだったが……


 それを見ていた配下の者が首領のローベルトに言う。


「ローベルト様やりましたね」

「ふふん当然であるな。吾輩に楯突こうなど百年早い。七人衆が多く出払っていたが、情報屋にリヴィローのおかげで難なく退けられそうであるな」


 ヒゲを触り、満足そうにしているローベルト。

 配下の者は言う。


「ですが本拠は変えなくてはなりませんね」

「うむ。また天界の邪魔が入ると面倒であるからな。情報屋か赤龍教団辺りに、どこか探させようかね」

「へい。ところでリヴィローの奴まだ遊んでんすかね?」

「ふふん。1年以上過ごした弟なんだ。多目に見てやらんと」





 ――神邏side。


 ……一方俺達は、会社周辺にたどり着く。まず先に北山を探そうとするが……


「待って、北山くんはあたしが探すので二人は会社に乗り込んで」


 九竜が呼び止めた。


「情報が入ったのだけど、軍の兵は奇襲をかけられ全滅寸前、だから戦力の二人は早く合流してほしいの。悔しいけどあたしじゃそこまで戦力にはならないから……」


 九竜は唇をかみしめている……


「……だが」

「なんとしても北山くんは助けます。危なかったら二人で逃げるんであたしを、九竜姫御子を信用して!」


 まっすぐ見つめてくる。

 こっちの心配は無用だからと信念のある目。


 ……俺自身、情けないが人と視線を合わせるのは苦手な人間。だが、……九竜の覚悟に押され、わずかだが見つめあう。

 そして俺は頷く。


「……わかった、君に任せる。北山を頼む」

「任せて」


 九竜だけを残し、俺と南城はローベルトコンツェルンへ向かっていった。


 ――つづく。


「……悲しい出来事がありましたね。私にはお兄ちゃんはいませんが、弟と妹がいるので兄弟を失うなんて考えたくないです。ちなみに今回私が触れたルキくんというのが私の弟くんです。私に似て綺麗な顔のイケメンです!」


「次回 アゼル・ディボルト ……誰?」

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