第2話  四聖獣朱雀

 あの後、九竜くりょうが呼んだ彼女の仲間らしき者達が現れ、後始末をしてくれた。


 ……それから俺達はとりあえず帰宅。

 北山だけは病院へ連れていき、少し入院してもらう事になった。

 本人は大丈夫と言っていたが、わりと無理やり入院させた。


 一番重症と思われた義父ちちだが、九竜の治療によりだいぶ元気になり、意識も取り戻した。

 ……一安心だった。


 義父ちちこそ入院したほうが良いと思われるが、今回の一件を知りたいらしいので一緒に帰宅した。……体は大丈夫なのだろうか。


 家に帰ってきたら、詩良里しよりちゃんがすごく心配した様子で、出迎えてくれた。


 ……まあ当然だろう。

 今にも泣き出しそうだった彼女をなだめ、その後天馬くんを寝かしつけてから、皆で居間に集まって……

 九竜姫御子と話をすることになった。



 ♢



 まず最初に、自分が天界について何もかも知らない事を九竜に話した。


「なるほど。……やっぱりあなたは天界で、二年ほど過ごした記憶がまるまるなくなってるみたいですね」


 彼女はため息をついた。

 俺は更に補足する。


「……中2、中3時の記憶があいまいだなんて、考えた事もなかったんですけどね。卒業自体は、今通ってる学園の中等部でしてるわけですし」

「その中3だったとき、二年前ですか。ある事件の後あなたは天界の学園を去り、その中学校に編入したみたいですね」

「編入した記憶もない……。普通に3年をそこで過ごした記憶しか……」


 天界で過ごした期間と、今の学園に転校してきたという記憶だけ、抜け落ちているのだろうか?


 ただそれだと、クラスメイトの誰かが言及してきてもおかしくない。たまたまそういう話にならなかっただけなのか?


「その影響で魔力の使い方、果ては自分が朱雀になっていた事も忘れていたわけですね。いかに強力な魔力を持っていても、使えなければ戦う事はできないでしょうし。まあそれでもあの程度の相手に殺される事は、なかったでしょうけど」


 ちらりと俺の体を見てくる九竜。


 奴らに攻撃されたはずだった俺の体は、まったくの無傷。あざすらない。

 一撃を受けた時、咳き込むくらい苦しかったはずだったのに。


 ただ、よく考えてみると


 俺は第一の疑問を問う。


「それで、朱雀になったというのは?」

「朱雀とは天界の守護神、四聖獣の一角。あなたはその一族、美波家の天界人。そして二百年ぶり? くらいに朱雀となった人物なんですよ」


 ……二百年ぶりか。途方もない時間だな。よくわからないが、だいそれた存在に俺はなった……。

 ――ってことだけは理解した。


 ピンとこない。人より優れたところなど特にない、平々凡々な男だぞ俺は……


 だがあの力……。あれに嘘偽りはない。体感した自分が一番よくわかっている。

 あの凄まじい力。あれがその守護神と言われる、朱雀となった証拠なのかもしれない。

 何せ喧嘩すらろくにしたことのない俺が、あんな力を使えたわけだから。


 九竜は話を続ける。


「朱雀は火の鳥と言われてますがあなたは木属性。天界が把握してなかったのはそこに理由があるかもしれませんが、あなたは間違いなく四聖獣朱雀です」

「……それで、偶然俺なんかが朱雀になったわけだから仕方なく、その天界の軍にスカウトしにきたと?」

「そう言うことです。軍は把握してなかったらしく、なのでいち早く知ったあたしが来たんですよ」


 いち早く知った? 軍より先にって事か?……何故?

 いや、別にそれはどうでもいいか……


 天界、朱雀の一族、朱雀、……いろいろ一気に言われたな。

 まだ完全に理解はしきれてないが、……嘘はないとわかる。


 あんな体験をしたからってだけじゃなく、俺のその失った記憶のなかにそれらの情報があるのかもしれない。元々知っていた事だから、どこか俺は腑に落ちるのかも。


 ……最初に会ったときこそ、何言ってるんだと思った。だが今にして思えば、聞き覚えのある用語だった気がしていた。


 ……そういえば俺を天界人とさっき言ってたな。それはつまり……


「……俺が天界人って事は両親も?」

「いえ、正確に言うとあなたは混血、お父上の火人殿が天界人で、お母様は人間らしいので」


 ……そうなると俺だけでなく、実の妹の莉羅も混血天界人になる。

 九竜さんは死んだ父の名を知っていた。となると父は天界軍だったのだろうか?


「僕からもいいかな」


 義父ちちが少し痛そうにしながら、手をあげる。

 腹部を貫かれ、出血も多い重症だったが、九竜の治療が良かったのか普通に座って今まで話を聞いていた。

 九竜は頷く。


「どうぞお父さん」

「軍人だと聞いたけど、君いくつだい? それ相応の立場でもなければ人を推薦なんて、できないと思うけど」


 ……道理だ。

 そう考えるとわりといい立場にいるのかもしれない。


 見た目からして、年齢は俺とそう変わらなそうだが……

 そんな若い人物が……?


 九竜は質問に答える。


「年齢はそこの朱雀殿と同じで今年17。軍の立場はランカーという幹部の一人です」

「幹部!? その年でかい?」

「ええ。ダイヤの7という真ん中くらいの立場ですけど」


 ダイヤの7……トランプの数字か?

 もしトランプのように1から13、そしてそれが♤♢♧♡の四種類分あるとするなら、……52人の幹部がいるのか?……多いな。


 1と13どれがトップかはわからないが7ならどちらにせよ真ん中か……


「人手不足というか、人材不足というか、あたし程度でそれくらいの階級に入れるほど、今の天界軍はレベルが低いんです。朱雀が入隊すれば確実にあたしより上の階級になれますよ」


 別にそんなことに惹かれたりはしないがな。


「天界軍ってのは基本どんな仕事を?」


 義父ちちは続けて聞いた。

 息子を入れたいという軍の事。父親として気にしてくれてるのかな……


 九竜は説明する。


「人間界や天界での魔族の犯罪を取り締まるのが基本の仕事ですかね。滅多にないですが、その逆もあります」

「魔族とはあの怪物?」

「あれは妖魔ですね。どの世界にも生まれる悪魔みたいなもの。まあ魔族に比べれば、なんてことのない存在ですが」

「あいつらよりもっと危険な存在なのかい? その魔族とは」

「もちろん。人間や妖魔などとは比較にならない実力者です。魔界という世界に住む種族なんですけどね。あのローベルトとかいう奴は魔族ですね。いたのは人形でしたが」


 つまり軍に入れば、あの妖魔より恐ろしい種族と戦うはめになるわけか。


「奴らにはなにか目的でもあるのかい?」

「魔族によるでしょうけど、一番多いのは人間の魔力を喰う事でしょうか」

「……魔力を喰う?」

「魔力とは人間なら誰しもわずかにあるんです。それを食事理由なり、自らの魔力をあげるなり理由はさまざまですが、魔族は欲するんです」


 魔力を奪う魔族。それが犯罪となる。……つまり、


「魔力を奪われた人は……死ぬんですね?」


 俺がそう聞くと、彼女は頷く。


「天界は人間どうしの争いなら特に干渉しないですが、魔族と人間の争いといった、異世界人どうしの争いには介入します。第一はもちろん天界の守護ですけどね」


 ようするに、魔族による人間界と天界への進攻を阻止するのが基本の仕事なのか。


「まあだいたいの事はわかりましたが、そんなことは警察とかに任せればよいのでは? 息子を危険な目には……」

「……あのですね。人間じゃ魔族には勝てません。なぜなら奴らには、魔力による攻撃しか通じないんですよ。銃とか核ミサイルをいくら撃っても無駄なんです」


 ……だから魔力を使える俺をスカウトするわけか。奴らと戦えるから……


「息子なら魔族に勝てるから誘うのはわかりますが、それでも親としては承諾しかねます」


 義父ちちはそれでも断りの姿勢だ。

 九竜は首をかしげる。


「なぜです?」

「なぜ? 当然でしょ! 親として子供が死ぬかもしれない仕事についてほしいなどと思わないでしょう! それにこの子はまだ子供なんですよ!」

「子供?……でも朱雀ですよ」

「朱雀だから何だと言うんだ!そんなこと関係ないだろ!」


 ヒートアップしだした……。

 こんな義父ちちは初めて見る。……普段はホントに穏かな人だから。

 父親として、子どもの俺を案じてくれているのだろう……

 ――だが九竜は、


「伝説の存在朱雀になった者が、世のため人のために働くのは義務ですよ」

「知ったことじゃないよ! この子が望んでなったのか!?」

「四聖獣はなりたくてもなれるものではないです。なれたきっかけは知りませんし、望んでなったかまではわからないですが……」

「ならたまたまなったとしても、無理に戦えと言うのか!」

「ええ。偶然だろうがなんだろうが、なったのなら義務と言えます」


 淡々と言った九竜。

 むしろ彼女はなぜこの人は朱雀となった責任を、俺に果たさせようとしないんだ? そう、不思議がってるように見える。


 彼女にとっては戦いが日常なのだろうか?

 自分の命より、世界のために戦う事を栄誉とでも思っているのかも知れない。


「話にならない。僕は父親として認めるわけにはいかないね」


 断固拒否の姿勢。


「……詩良里は現場見てないし~。今の話もよくわかんないけど、おにーちゃんに危険な事してほしくないから詩良里も反対〜」


 義妹、詩良里ちゃんも反対。


「まあお兄が決める事だから、あたしは特に何も言えないけど……。個人的には嫌かも」


 もう一人の妹莉羅も、俺が死ぬ事を怖がっていたし、個人的には反対な模様。

 だが俺の意志は尊重する気のようだ。


「私も大反対です。そもそも神邏くんは戦いとか野蛮な事に向いてないんです。変な事に巻き込まないでほしいですね〜」


 桃色のセミロングヘアーで、厚着したとしても強調されるほどの凄まじく大きな胸をもつ、容姿もとても可愛らしい少女が、ややキレ気味に反対している。


 ……誰? と、九竜には思われるだろうな。

 いつの間にか、この家族会議に参加しているし。


「……あのどちらさま? いつの間にかおられましたけど、家族の方?」


 九竜が質問。

 すると、問われた少女はスンとした態度で答える。


「神邏くんの幼馴染で、神条かみじょうルミアと申します。家族みたいなものですよ」


 実際その通り。ルミアとは家も隣だし、昔から仲がよかった。家族同然の付き合いをしてる幼なじみなのは間違いない。


「まあ将来的に神邏くんのお嫁さんになるので、ホントの家族になるんですけどね。フフフ~」


 ルミアはぼそっと何か小さい声で言ってニコニコしてる。

 何を言ったのだろうか……?


 この神条ルミアという女の子は、祖母が外国人らしくクォーター。常に笑顔と敬語の可愛らしい少女だ。桃色の髪にヘアバンドと髪留めをつけており、背丈は俺とそう変わらない。


 そして先ほどいった通り、胸がとてつもなくデカい。バストサイズなんて100は軽く越えてるらしい。一体何カップなのだと思わざるえない……

 腰回りとかは細いし、太ってないのに胸は大きいのはすごい。

 ……あまり見ないように努力はしている。


「友達がこういう家族会議に入るのはどうかと……」


 九竜が首をかしげるが、


「ルミは特別なんでいいんですよ」


 と、俺は了承する。ルミアなら参加しても構わないと、少なくとも俺は思ってる。


「確かに昔から家族ぐるみの付き合いだったらしいもんね、神条さんの家とは」


 と義父ちちは頷く。


「家族ぐるみでも、家族じゃないけどね〜」


 と、チクリと言う詩良里ちゃん。

 さっきまではニコニコしてたが、その発言には少しイラついたか、眉が動くルミア。笑顔はそのままだが。

 ……この二人、少し仲悪いんだよな。


「まあそれならいいとして、朱雀、あなたの意見は? どうやら親御さんや家族の皆さんは反対らしいですけど」


 本人がどう思っているか、それが一番ってことか……。

 外野が何言おうが気にするなと言いたげだが……


 ……俺が人を助けられるなら、やる価値はあるかもしれない。

 ……だがそんなだいそれた事、俺ごときができるか?


 自分の実力にまだ半信半疑というか、自信はあまりない……


 ……それに俺なんかを心配してくれている人がいるのだから、悲しませたくはない。俺などすぐ死にかねないからな……


 家族の意見を聞いて、なおさら思った。

 莉羅も家族の死はもう見たくないと言っていたし、他のみんなにもそんな思いはさせたくない。


 ……そうなると答えは一つだった。


「軍に入る気は……ないです」

「……本気ですか?」

「ええ……」


 その発言が意外と思ったのだろうか、九竜は少し考え込む……


「また明日にでも来ます。もう一度よく考えてみて。朱雀の力は天界軍に必要なものなんですから」


 とりあえず日をあけてみることにしたようだ。ゆっくり考える時間を与えようと……

 天界軍は人材不足と言っていたし、なんとしても朱雀である俺を引き入れたいのだろうか?


「何度来ようが答えは一緒だよ。息子もこう言ってるし、家族皆が反対してるんだからね」


 と義父ちちは突っぱねた。



 ♢



 九竜は家を出て、いずこかへ去っていった。また明日来るらしいが……


「塩でも撒きますか?」


 ムスッとしながらルミアが言った。が、俺は断る。


「いいよそんなことしなくて。……それよりもう遅いから送る」


 もう夜九時を過ぎていた。

 とはいえ、ルミアの家は隣だからわざわざ送る事もないのだが……。一応な……


 それからルミアを送り、家族で食事をとった。


 その間、皆無事で良かったと義父ちちが泣きそうになったりしたものの、久々に家族団欒の食事をした。


 莉羅は、


「今回は、その、心配かけてごめんなさい」


 らしくなく、みんなに素直に謝罪した。


「いいんだよ。それにリっちゃんが悪いわけじゃないんだし」

「そーそー家族なんだし~」


 義父ちちと詩良里ちゃんが温かい言葉をかけてくれた。


「もう、こんないい人達を家族じゃないなんて……。思うなよ」


 俺は優しく諭すと、莉羅はゆっくりと頷いていた。



 ♢



 とても危険な1日だった……

 誰かが死んでしまってもおかしくなかった。

 だが皮肉にも、そんな時だからこそ家族の絆を感じられた。

 水斗さんの父親としての思いを感じられた。父親と、心から思えるようになった。


 今日この日から、俺達は本当の家族になれたのかもしれない。



 ――夜もふけ、俺は自分の部屋のベットに寝転んでいた。


「……」


 ―――――――――――――――


「「朱雀となったものが世のため人のため闘うのは義務ですよ」」


 ―――――――――――――――


 九竜に言われた言葉がひっかかる。


 力を手にした以上、やれることはやるべきなんじゃないか?

 ……そう思わなくもなかった。


 とはいえ、俺に何ができるというんだ……


「「本当に良かったのかことわって」」

「……ああ」


 ………


 ……ん?


 俺は飛び起きる。


「……誰だ?」


 部屋の中には誰もいない。

 なのにどこからともなく声がした……

 家族の声じゃない。一体……。


 その時――


 俺の体から、緑色の魔力がゆらゆら出てくる。その魔力はぐにゃぐにゃしながら人の形をしだす。


 下半身は幽霊みたいなまま、上半身だけが人間のような姿になっていく……

 下半身に届くほどの長い髪。

 黒目がなくパッチリとした白目、というか全身緑だから緑の目。

 体つきは細身の巨乳をかたどる。


 まさに女の幽霊みたいなものだった。


「……何がどうなってる」


 つづく。


「ついに登場しましたね神条ルミアちゃんが!……まあまだ話には大きく関わらないですけど、神邏くんのヒロインは私なので、お忘れなきようお願いしますね」


「次回 天界総司令。……誰ですかね? どうでもいいですけど」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る