第7話 心霊スポット

アルミ缶をつかみ、芳醇なアルコールで喉を潤す。

そして好物のさきいかを口に放って、2つの味をからませせる。


あぁ、大学生はいいなぁ。親にうるさく言われずに酒がのめる。

オレは酒臭い部屋で、あぐらをかいてちびちびつまんでいた。


「きゃあぁぁ!」

甲高い女性の悲鳴は、テレビからだ。


「うひょー、コワ。」

肘枕しながら隆史が言った。


そして、好奇心を含んだ目で隆史が続けた。

「なぁ、浩市。オレ達も心霊スポットとか行こうぜ。」


また何を言い出すんだコイツは。

「ムリ。」


こう答えるのも理由があった。


(遊び半分で心霊スポットにいくとばちが当たる。)

そうお袋から教わっていた。


「身から出た錆で悲劇の死をとげる若者。なんてホラー映画でよくある話だ。

そういう所には遊び半分で行かない方がいいんだ。」


「まぁまぁ。」

俊がプシュッとかんを開けながら床に座る。


「浩一君、君は頭がかたい!そんなだから彼女一つ出来ないんだ。

ね、友人の頼みと思って、ね。」


俊も隆史もまじまじとオレを見つめてさきいかを口に運ぶ。


あぁもう、2人してそんな希望をたくした目で見やがって、ちくしょう。


そしてオレは、お袋からの教えも、今となってはどうってことないように思えてしまい、

心霊スポットに行くことにしたのだった。


━そして、その日はやってきた。いつものようにシャワーを浴び、お決まりのトースト

をかじっても、どこか違う。


鮮やかな朝日を浴びても、心のはじっこでは黒い不安の渦がたちこめている。


ああ、なんでOKしてしまったんだろう。

なにかこう、雰囲気に流された感じだった。


「プップー。」

俊の車だ。


━道路際の木々たちが、ビュンビュンと横を通り過ぎていく。

オレは後部座席からそれを眺める。


「まだなの?」

オレはしびれを切らして俊に聞く。


「もうちょっと。この山の奥にやばい所があるんだって。で、そこに行って帰ってきた

奴は1人もいないらしいよ。」


おいおい、マジかよ。

ああ、今更だけど帰りたい。


━10分くらいした頃には車は停まっていた。


夕闇の赤い筋が木の間(このま)をつらぬいて、雑草はびこる林床は暗影(あんえい)と化していた。


「んっ!」

オレは何かの視線を感じ、茂みの所に目をやった。

いない。あぁ、もう本当勘弁してくれー。


「あれだ。」

隆史が指さす方向には、うっすらと建物らしきものが見える。


皆してそろそろと歩き始めた。

少しずつ心臓が暴れ始めるのが分かる。


「んっ、これはっ!」

オレは切り株のところに落ちてある何かを拾った。

そしてそれが何か分かると、急いで遠くへ投げた。


「おい、やっぱりここはやばいって。」

「何、何だったの?」

「服、血がついてた。」


2人とも顔を見合わせる。

「はは、臆病だなぁ、浩一は。幽霊はいないんだよ?」

「ささ、行こう。」


そして、再び歩き出してしまった。


それにしても、なんだろうか。このずっと見られてるような気分は。

まるで自分らを取り囲むたくさんの木が、憎悪をむき出しにして監視しているかのようだ。


それに、やけに静かだ。森は至って沈静だが、どこか殺伐としている。


足音がとぎれる。

オレ達はほとんど何も喋らない内に、目的の場所に来ていた。


そこは古臭い木造の小屋で、色は黒かった。

どうりでよく分からなかったんだ。


「あけようぜ。」

と俊が言って、しばらく沈黙がよぎった。


「オレかよ…。」

仕方なくノブに手をかける。冷や汗をかいてるのが分かる。


そして、思いっきりドアを突き放した。


「ギィーッ。」


次の瞬間、血まみれの女が血相変えて襲ってくるのを想像したが、

姿を現したのは暗黒に溶け込んだ、空き部屋だった。


「あーっ、怖かった。」


オレはひとまずホッとして、溜め息をもらす。

それから3人とも中へと入った。


「よし、早いとこ出よう。」

「まぁまぁ浩一君、そんなにあせらない。」


はぁ、どうしてこの2人はそんなにのんきでいられ・・・。



腰まで伸びている手入れされてないボサボサの黒髪。小汚い白い着物。

振り向いた所には、その女が俯いていた。


で、出た。


血の気が引いてゆく。


自分が後方へと倒れてゆくのが分かる。


せ、戦慄だ。背筋が凍るとはこの事だろう。

動けん。どうやって声をだせばいいんだっけ。


この女から発せられているものは何なんだ!

この冷酷な程冷たい狂気は!!


「ぎゃははは!」

その笑い声で、オレはハッとした。


「浩一、お前最高だぜ!」

「あー、腹いてー!」


2人はこの状況のどこが笑えるというのだろうか。

気でも狂ったのか。


気がつくとオレは尻もちをついていて、女は依然として突っ立っていた。


「ドッキリだったんだよ!心霊スポットに行こうって提案する前から決めてたんだよ。」

俊は笑いを必死にこらえながら言った。


「う、うぅぅっ・・。」


独りでに流れる涙。


まず、この2人を腹立たしく思った。

だが、それよりも、生きているという安心感だけが満ち溢れるのだった。


「お前ら、冗談きついって。」

硬直しきった顔に、思わず笑みがこぼれた。


「あははは!」

2人は爆笑し、オレは吹き出すように笑った。


あぁ、いい気分だなぁ。

恐怖から解放されたオレの心は、心地よい疲労感と安堵で充実していた。


「ちなみにこの女の人は大学の先輩。」

と隆史。


「先輩も冗談きついっすよ~っ・・。」


「・・・・。」


ん、なんか変だぞ。この女の人、思えばさっきからずっと俯いている。

それに、何だろうか。この異様な気味の悪さは。


俊もそれを感じ取る。

「やだな先輩。もう計画は終わりですよ。」


突然、室内に怪しい空気が漂う。


顔をひきつらせて、俊が口を開く。


「もしかして、あんた本物の…。」


女は俯けていた顔を勢いよく真ん前に向ける。

そして、女は言う。


「幽霊じゃなくて悪かったね。」




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