第8話 平凡なる一夜

黒く塗られた空。

暗くて静かなその夜空と違って、今日も街は騒がしく光り続ける。

上から見下ろせばそこには、小さな光の箱が、まばらに広がりを見せた。


カチッ、カチカチ。


オレは目の前の画面に釘づけになって、熱心にコントローラのボタンを押す。


もう、今何時だっけか。やり始めてから一度も時計見てねぇ。

する行動といえば3つくらいだ。トイレ、水を飲む、たまに何か食う。


「テテテテッ、テッ、テッ、テーン。」

「やった。」


オレはたまにあるレベルアップで喜びを感じた。


カチ、カチカチカチ。


しまった。肝心のボス戦で薬草持ってくんの忘れた。しかもMPもう使い切ってるし、それを回復させるのも持ってないし。やば。


カチ、カチ。

「あ、死んだ。」


・・・・。


「バンッ。」

オレは感情のままに勢いよく握っていたものを床に投げつける。

そして|傍≪そば≫にあったクッションに顔を|埋≪うず≫めた。


「うおぉぉ!ちくしょう!負けた!まず1ターンに2回も行動すんなよ!だいたい薬草切れたら切れたって教えろや!ていうか薬草高ぇよ!」


ただゲームのBGMが|微≪かす≫かに聞こえていて、妙に虚しさがこみあげた。


はぁ、こういう時ってもうやる気失せる。

もう一回洞窟行って、また奥まで行くとか無理。だいたいボス戦までにあんなにザコに出現されたら、そりゃMPもなくなるわ。


ゆっくりと、沈めていた顔を上げた。


「も、もう・・・12時か。」


はは、なんか最近、時間たつの速ぇ。


「ガチャリ。」

のどが渇くから冷蔵庫を開ける。


お、麦茶があった。

「あら。」


底にちょこっとだけしか無い。

しゃーない。面倒だけど買いに行こう。


パジャマの上から黒いコートを羽織る。

そして、革製の茶色い長財布もポッケにしまって、部屋から出て行った。


コツコツ。


あー、顔さみぃ。だからめんどいんだよなぁ。第一、顔の寒さなんて防ぎようがない。


「テレレンッ。」

メールか。


暗い路地を歩きながら、ケータイを開く。

『よ。今度の日曜空いてるか?久しぶりに飲もうぜ。』


なんだ、佐々木か。だれが飲むか。


「ポツ。」

ケータイの画面に、小さい粒が現れた。


ああ、雨か。


コツコツコツ。

少しだけ、歩くスピードを速めた。


━暗い道を出ると、そこは明るい道へと変わる。


アルファベットで書かれたネオンライトの看板。やばそうな店の前に立つ黒いスーツのおじさんとか。

・・・って、なんか目があったー。行きません。そんなお金ありませんからー。


見えなかったようにして別の方向へとさりげなく視点を変えた。

雨はまだ激しくなくて、ちょびちょびと降り始めている。


あぁ、そういえば、近くにツ○ヤがあったんだ。

よってこ。


「ヴィィン。」

「いらっしゃいませー。」


えーと、特に何かが見たい訳では無いが、何かは借りよう。

そうだなぁ・・。


とりあえず、|邦画コーナーに入った。


あ、これ前から見ようと思ってたんだ。

「すみません、呪われしビデオシリーズっていうのは無いんですかね。」

オレは隣にいた女店員に話しかけた。


「あー、それはもう全部借りられてますねー。」

「あ、そすか。ども。」


見たかったんだけどなぁ。

ま、次探そ。


お、これ店長オススメだ。


「ありがとうございましたー。」

「ヴィィン。」


雨がさっきより量を増している。

傘持ってくれば良かった。顔さみぃし、頭冷てぇー。


━ビチャビチャ


音痴な女の声が漏れてるカラオケ店とか、赤ちょうちんがついた居酒屋を通り過ぎて行った。


もうすぐでコンビニだ。


ビチャ、ビチャ。


「マジでさぁ、今日ほんとムカツク事あってさぁー。」

「マジで?」


ひょー、こんな寒い中、太もも丸出しかよ。

オレはこういうチャラい奴らを見てると腹が立つ。


いや、チャラい奴に限らず、社交的な人間は好きじゃない。


集団でつるんで|粋≪いき≫がっている。話の話題も、時代のブームも、社会的地位も全て持ってゆく。クラス全員でやる行事はほとんどドッジボール。


オレは一人でいる方がよっぽど楽。


子供の頃から、友達の面白くないギャグも笑って返してきた。

|相槌≪あいづち≫を打つのも得意。おかけで人間関係の衝突はあまり無い。


だが、|未≪いま≫だに友達と一緒に過ごしても全然楽しくはない。

会社から帰ってきて、こたつに入って麦茶飲みながらゲームするのが至福の時だ。


ま、あいつらも友達なんかとは思っていない。


ギャルも、佐々木も、ハゲ部長も、どうでもいいって事。


「ザーーーッ。」


ビチャビチャ。


「…だよねー。マジヒドクない?」


雨は本格的に降って、いくつもの雨粒が、体に降り注いだ。


・・・はあ、オレって・・・何のために生きてるんだ。


━「ありがとうございましたー。」


「ヴィィン。」


ザザーーーッ。

あぁ、相変わらず、降ってる。


ビチャ、ビチャ。


水が、頭にはじかれ、前髪を伝って|滴≪しずく≫が落ちる。

もう、パジャマにも染みてる。


だけど、何か気持い。ずぶぬれなのに、幸せ。


「あー、オレ生きてる。」


━「ガチャッ。」


あー、濡れた。

「ハックション!」


水がたっぷり染みこんだ靴を脱いで、そして水滴をまとった2つのビニール袋を、テーブルに置いた。


「ふぅ、じゃぁ風呂にでも入ってまたゲームの続きでもやるか。」


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