1. 家康の上洛と降伏宣言 -3

 康政と叫び合っているところ、髭面の筋肉達磨こと本多忠勝が口を挟んでくる。


「康政、お主は大事なことを勘違いしておる」


「と言いますと?」


「殿は戦が得意ではない。正面から戦えば負けるぞ」


「それは確かに...」

  

 確かにじゃない。お前らはもう少し儂に敬意を払え。



「世間では海道一の弓取りと呼ばれているが、そもそも単独で勝てた相手は大しておらん。織田がおらねば、信玄公亡き武田すら倒せない始末だぞ」


「武田勝頼殿は普通に強かっただろ!信玄公の負債が無ければ今でも健在だった可能性が高いわ!というか、小牧・長久手で秀吉殿に勝った采配を忘れるな!」


「小牧・長久手にしても、森長可・池田恒興が自爆しただけでは?」


「ぐぬぬ...」


「秀吉も本気で正面からぶつかる気がなかったのが幸い。損害覚悟で攻め込まれていたらどうなったことか」


「まて、その後は一進一退の互角の攻防を繰り広げていただろ!」


「しかし、織田信雄などを外交で切り崩されたことを考えれば、帥としての能力はあちらが上なのは間違いなし。そんな相手と戦うべきではない」


 忠勝は儂を援護したいのか、それとも単に馬鹿にしているのか。



 怒りを飲み込んで改めて全員に告げる。


「秀吉殿が強いのは言うに及ばず。そして皆も知っての通り、遂に実の母親を人質として送り込んできた。先日の妹君の件もある。ここまでして友誼を結ぼうとした相手に対し、拒否を突きつけた場合に他大名からどう見られるか」


 全員の顔を見回すと、戦のことしか考えていない者達でも流石に状況が掴めてきたようで、嫌々ながらも納得しそうな空気になってきた。



 ここで更に畳み掛けていく。


「次の戦は中途半端なところでは終わらん。豊臣と徳川、どちらかの名が地図上から消えることになる。秀吉殿がここまでするのも、先日の地震で対徳川の拠点だった大垣城が焼失したからに他ならない。今回も突き放すなら、拠点の再構築を始めるだろう。降伏するならここが最後の機会だ」


「殿。戦に勝てない理由は理解できました。ですが、降伏するにしても1つ問題がございます」


 勢いよく演説をしていると、厳しい顔つきの男が日頃よりも険しい顔で質問してくる。


 鳥居元忠。

 子供の頃からの付き合いで、忠誠心に関しては疑う余地がない。

 戦上手で真面目だが、頑固で偏屈と三河武士を煮詰めたような男である。


 冗談が通じないので、下手なことを言わないように注意しないといけない。



「どういった問題がある?」


「殿のお命です。何らかの理由をつけて切腹を迫る可能性があります。特に上洛ともなれば問題の1つや2つは必ず出ますので、付け込まれるのは避けられませぬ」


 こいつ、本当に真面目だな。その可能性は考えていたが、正直なところそうされたらどうしようもないので諦めていた。



「上洛を要請しておいて切腹を迫るのは風評に響く。秀吉殿は情報戦が上手い。自分の評判を下げるようなことをするより、徳川が屈したことを最大限利用しようとするだろう」


「万が一がございます」


「だからこそ我々は上洛に際し、忠実な豊臣家の家臣として振る舞わねばならん。いつか寝首をかいてやろうとなどと考えていれば、すぐにでもバレて謀反の罪で責められることになる」


「畏まりました。そこまでおっしゃるのであれば従います。殿が切腹を命じられるようなことがありましたら、某がその場で秀吉を討ち取りますのでご安心を」


「...まあ、うむ、穏便にな」


 やっぱりこいつは秀吉殿との謁見の際には外しておきたい。




 元忠が折れたことで周りも一応は納得した。

 三河武士は目を離すと何をするか分からんので注意は必要だが、今すぐどうこうする者はいなさそうだ。


 最後に改めて今後の方針について宣言する。


「儂は秀吉殿に降伏する。そして、忠実な家臣として全力を尽くす。不満を持つ者もいるだろうが、この方針に従わぬ者は徳川に必要ない!」


 叫んだ後、腰を下ろし続ける。


「この戦の世は長く続いておる。しかし、秀吉殿が天下を取れば、ようやく平穏な時代が訪れることになる。徳川家は今でこそ勢力を築いているが、昔は弱小で吹けば飛ぶような存在。生きるために必死になって駆けずり回ってきたが、儂はもうこの戦続きの世に疲れた」


 自分で言っていて思わず大きなため息が出る。

 織田家で人質になってから一体どれほどの月日が経ったことか。


「今川義元公や織田信長様も、一時は天下を手中に収める寸前まで行った。しかし、最後に思いもよらぬことで全てを失った。儂らはお二方に比べられる程ではないが、欲をかけば同じ目にあうと考えよ」

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