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月曜日




お昼休憩の後に女子トイレに入ると、あの秘書課の美人さんがいた。

挨拶をすると鏡越しに私の顔を見たかと思ったら・・・





「なによ、あっという間に付き合ったのね?」




「え・・・!?何でですか!?」




「“メス”になったじゃない。

伊藤さん、ずっとバージンっぽかったから分かりやすいわね。」




「超能力者なんですか・・・?」





驚きながら秘書課の美人さんを見ているのに、美人さんは鏡で自分の髪型や化粧を直していて・・・





「秘書課は女と男のことだけしか興味がないから、私だけじゃないわよ。

でも、私は人の幸せは祝えないタイプだから社内には言いふらさないわよ?」




「あの・・・うちの部長と人事部の樹里ちゃんの結婚お祝いパーティーで、泣いて喜んでいませんでしたっけ?

樹里ちゃんと凄く仲が良いですし。」




「あれは・・・!!!怒って泣いてたの!!!

法務部長のこと狙ってたんだからね、私は!!!」





美人さんが急に怒ったけれど、照れているようにも見えて・・・可愛らしい人だった。





「でも・・・私、変じゃないですかね?

中田部長、ですし・・・。」




「何が変なのよ?」




「私、こういう感じなのに・・・私がっていう・・・。」




「早い者勝ちなんだから、文句言う女には見せびらかしてやればいいのよ。

早い者勝ち!落とした者勝ち!!

恋愛の鉄則でしょ?」




いつも為になる教えを聞かせくれる美人さん・・・。

恋愛の相談は、恋愛経験豊富な美人さんに限るなと、改めて思った。




でも・・・




「お祝いパーティーでも、樹里ちゃんに沢山文句言ってましたよね?」




「あなた・・・結構言うわね!?」




この美人さんは普段から厳しい美人さんだけどなんだか憎めなくて、隠れファンも多い。




「伊藤さん、何歳だっけ?24歳?」




「そろそろ26歳になります。」




「26歳なの・・・?」




美人さんが驚きながら私を見ていて・・・




「そうね・・・言われてみれば、うちの会社長いわよね。」




「はい、良い会社に転職出来て嬉しいです。」




「転職だった?新卒じゃなかった?」




「社会人1年目の11月に内定を貰えたので、第二新卒の分類ですかね。」




「真面目の代表みたいな人間なのに、そんなにすぐ辞めちゃったのね。

最初はどこにいたの?」




「法律事務所で事務をしていました。」




「合わなかったの?」




「いえ、そこも良い事務所だったんですが・・・。」




私は結構偏差値の高い私立の法学部を卒業し、法律事務所で事務員として働いていた。

職場の人達も良い人ばかりで、仕事内容も真面目な私によく合っていた。




それなりに評価もしてくれていてお給料は高くはないけれど、細く長く働いていけるような環境が私に合っていた。




でも、辞めた・・・。




「何で辞めたのよ?」




タイミング良く美人さんが聞いてくるので、笑ってしまった。




「人生は続いていくから・・・ですかね。」




「なによ、それ?」




そう聞かれ、鏡に映る自分を見る。




美人さんが言う通り、“真面目の代表”のような私の姿を・・・。

そんな自分を見ながら、少しだけ笑った。




「人生は続いていくから、先に進むことにしたんです。」




不思議そうな顔をしている美人さんを見ながら、伝えた。




「死なない限り人生は続いていくので。

先に、進むことにしました。」










お昼休憩の時間が終わり法務部の部屋に戻る。

時間ギリギリではなく今日は先に戻り仕事を始めていた法務部長を見る。




それから少し呼吸を整え、法務部長のデスクの前に立った。




「部長、お昼休憩が終わったばかりで申し訳ないのですが、少し、お時間いただけますか?」




部長が整った顔を少しだけ驚いた顔にして、私を見上げた。

でもすぐに何事もなかったかのように頷いてくれる。




そんないつもの部長の様子に嬉しく思いながら、部長に連れられ会議室に入った。




「どうした?」




会議室に入り座るなり、部長がすぐに聞いてくる。

私がこんな感じで話し掛けたのは初めてなので、部長にしては珍しく前のめりになっている。




それに少し笑いながらも、また呼吸を整えてから・・・




震えてきた口を無理矢理、開く・・・。





「念の為、お伝えしますが・・・お付き合いすることになった方がいます。」




「それはおめでとう。

報告をするってことは、社内か。

伊藤らしいな。」




「はい・・・。

これから先どうなるかは分からないのですが、念の為・・・。」




「相手は聞いていいのか?」





そう聞いてくれ、まだ震え続けている口を、また無理矢理にでも開く・・・。





「サポート支援部の部長、中田部長です。」





部長は・・・





驚いた顔をしている・・・。






そして・・・






「そうきたか・・・。」





「はい・・・。」





「そうきたか・・・。」





「2回目ですね。」





「的確な指摘をどうも。

俺は、伊藤ほど社員の情報を把握出来ていないが。

付き合ったということは、法的には問題ないという認識で相違はないか?」




それは、一成に聞かれた時にも頭の中で確認していた。




なので、大きく頷く。




「相違ありません。」




それに部長も安心した顔をして、頷いた。




「そうか。それなら、おめでとう。」




「ありがとうございます・・・。」




「伊藤から頑張ったのか、珍しいな。」




「そう思われますよね・・・?

1ヶ月くらい前から急に中田部長からで・・・。

何が起きたのか、私にはサッパリでして。」




今日部長はよく驚く日になってしまい、また驚いた顔をしている。




「まあ、うん・・・結果的に、良かったな。」




「そうですかね・・・。」




「何だよ、嬉しくねーのか?」




「私、変じゃないですか・・・?」





部長を真剣な顔で見る。

この質問をした私を、部長も真剣な顔で見てくる・・・。




そして、珍しく笑ってくれた。




「俺も樹里の時は悩んだけどな~・・・。

伊藤が変だとしたら俺も変だということになるから、大丈夫だろ。」




「それ、全然大丈夫じゃないですよね?」

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