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家に帰り、無添加の石鹸で手を洗う。

その時・・・1つだけ思い出して、慌ててクローゼットを開けた。




「よかった・・・!!」




専用の袋はちゃんと閉じられていた。

その袋を持ったまま、ベランダへと出る。

窓をしっかりと閉めたのを確認し・・・




袋をゆっくりと、開けた・・・。




ソッと顔を近付け・・・匂いを確認する。




少しだけ、塩素の匂いが残っているような気もする。




それをゆっくりと取り出し、両手で持ち・・・

少しだけ悩み、すぐに決めた。





「念の為、捨てよう。」





専用の袋に入れる前に、最後にもう1度だけ見る・・・。





それは、私の競泳用の水着だった。





それと、スイムキャップとゴーグル。





それらを最後にもう1度だけ見て、“ありがとう”と小さな声でお礼を伝えた。





またしっかりと袋を閉めたのを確認してベランダの窓を開け、しばらく空気の入れ替えをした。





競泳用の水着とスイムキャップ、ゴーグルが入った専用の袋をビニール袋に入れ、しったりと閉めてから蓋付きのゴミ箱に捨てた。





また買えばいい。

泳げるようになったら、また買えばいい。






人生は、続いていくから。






その途中でまた泳げるようになったら、また買えばいい。






もしも死ぬまで泳げなかったとしても、それは今考えることではないから。






死ぬ時に何を思うのか、人生の途中である今、想像する必要はないから。







だから、泳げるようになったら、また買えばいい。










「瑠美!!」




サポート支援センターのスタッフルームの扉をノックして開けると、1人で仕事をしている一成が嬉しそうに立ち上がった。




「お疲れ様。

夜のお弁当、持ってきたよ。」




「マジでありがとう、腹減ってた!」




月曜日の今日は、一成が23時まで勤務の日。

夜のお弁当を持っていく約束をしていた。




「夜だから、食べられる物だけ。

おかかのおにぎりと昆布のおにぎり、大きめにしてあるから。

あとは金平ごぼうとほうれん草とお豆腐の和え物。

調味料はお醤油とお塩だけ。

昆布は市販のやつだけど、大丈夫?」




「うん、ありがとう!」




一成が嬉しそうにお弁当の入っている袋を覗いている。

それから、真面目な顔になって私を見下ろした。




「瑠美と一緒にいるようになってから、凄い調子良い。」




「本当・・・?

夜、シングルベッドで眠れてる?」




「爆睡!!!」




「確かに寝相悪いもんね。」





2人で笑ってから、顔色が良いというか・・・ハツラツさが増した一成の顔を見る。

それにも笑いながら、念の為報告をした。





「今日、法務部長に一成と付き合ってることを念の為報告したから。」




「マジで!?そういうのアリ!?」




「一応ね。社内恋愛で・・・もしも、何かあったら部長にも迷惑を掛けるかもしれないから。」




「俺も誰かに報告する!!」




「一成は自分が部長だから必要ないんじゃない?」




「瑠美は、秘密にしたい・・・?」




少し悲しそうにしている一成に、私が聞く。




「一成はどうしたいの?」




「みんなに自慢したい!!」




「申し訳ないけど、何の自慢にもならないよ?」




笑いながら伝えると、一成は不思議そうな顔で私を見ている。




「一成に任せるよ。」




「じゃあ、自慢する方向で。」




「分かった。

それなら、付き合ってるっていうことだけにして?

私は法務部の所属だし・・・。」




「分かってる!!よっしゃっ!!!」





一成が甘い顔をもっと甘くして、ゆっくり・・・私の顔に、近付こうとしてきて・・・





してきて・・・





ハッと、思い出した。






「ごめん!!!」






両手で一成の胸を分厚い押し、顔を下に向けた。






「ごめん、顔洗ってないから。」




「それくらい大丈夫だよ。」




「念の為・・・一応。」




「分かった・・・。」





一成が少し残念そうに笑うけれど、さっき競泳水着が入っている袋に顔を近付けたから、念の為・・・。





一成とそんなやり取りをした後にスタッフルームを出た。

そして出入口に向かい歩いていると、入口から見覚えのある女の子が入ってきた。




腕時計を確認すると、21時。




心臓が煩く鳴り響く私をその女の子がジロジロと見てきて、それから可愛く笑ってお辞儀をしてきた。

それに、私はお辞儀を返し・・・。




サポート支援センターの出入口へと歩き続ける・・・。




そして、出口に着く頃には背中から楽しそうな笑い声が聞こえていた。

女の子の可愛い声と、一成の大きな声・・・。




それがしばらくして聞こえなくなるのを確認してから、ゆっくりと・・・振り返った。




廊下には、誰もいなかった・・・。




誰も、誰も、いなかった・・・。




女の子も、一成も・・・。




2人とも、いなかった・・・。




スタッフルームに入ったんだと思う、2人で。




可愛い女の子だった。




若くて、可愛らしい女の子だった。




前に1回見たことがある子。

その時もスタッフルームの前で一成と楽しそうに話していた。

いなくなったと思ったら、また走って戻ってきて・・・。




一成のことを“一成君”と、呼んでいた。




少しだけ、本当に少しだけ、念の為・・・もう少しだけ、廊下を見ていた。

でも扉が開きそうになかったので、また出口の方を向き、家に、帰る・・・。





一成と私が住む家に・・・。





何で、私なんだろう・・・。

何で、何で、私なんだろう・・・。

いつから・・・?

いつから・・・?





ある日突然だったから、私の何が良かったのかが分からない・・・。

もっと若くて可愛い子が沢山いるのに・・・。

何で私なんだろう・・・。





一成からプロポーズされた日から毎日浮かぶ疑問。

今日もそれを考えながら、家まで帰る。





一人暮らしの部屋へ

一成と一緒に住んでいる部屋へ・・・。

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