第6話

ユキヒロ叔父さんは二人いる母の弟の大きい方だった。お盆とお正月の二回だけ、母の実家で会う機会があった。みんなで集まって楽しくおしゃべりしながらご飯を食べていてるとき、ユキヒロおじさんが喋るとなぜかみんな迷惑そうな嫌な顔をするのだ。ユキヒロ叔父さんはニコニコ話していたけど、淋しそうだった。


 母やおじいちゃんやおばあちゃんは私に、「ユキヒロ叔父さんとは遊んじゃダメよ」とうんざりするほど言い聞かせた。理由は分からなかったが、ユキヒロ叔父さんも廊下ですれ違うときとか微笑むだけだった。私は話してみたいと思っていたけど、そうすると大人たちからどれくらい怒られるか、それとも怒られるだけで済むのだろうか想像するだけで恐ろしかった。


 去年の冬、ユキヒロ叔父さんは一人暮らししていた部屋で首を吊って自殺した。私は棺桶で穏やかな笑顔を浮かべるユキヒロおじさんを見たが、一度も喋ったことはなかったからか全然悲しくはなく、涙も出なかった。葬式は家族と叔父さんのショクバの人たちだけで行われた。母や小さい方の叔父さん、他の大人たちは涙を流していたけど私と同じで悲しんでいるようには思えなかった。私はそんな大人たちに嫌な感じがした。


 葬式が終わり、私が一人で廊下の壁に寄りかかっていると小さい方の叔父さんが隣に立った。叔父さんの目は少しも腫れておらず、私は涙さえも嘘だったんだと気づいた。


 「ユキヒロは不肖の息子だったんだよ」


 「フショウノムスコって、なに?」


 「美緒ちゃんのお母さんも、僕も弁護士だろ。そして、おばあちゃんもおじいちゃんも昔は弁護士だったんだ。だけど、ユキヒロは車の整備士だったんだ」


 「ふーん」


小さい叔父さんが、何故その時そんなことを話したのか分からないけどユキヒロ叔父さんは母の家族と何かが違ってたんだ。


 目の前のサエナイ男の人とユキヒロ叔父さんは瓜二つだった。周りの人から避けられ、淋しさの死神が寄り添っている。ふいに美緒の目から涙が溢れ、流星のごとく一筋の軌跡を頬に描いた。涙はこれまでのどんなものより熱かった。それに呼応するように外では空が急に泣き始めた。


 多くの人たちは濡れまいと必死に駆け出した。だって空の雨はひたすら冷たく、冷たさに慣れていない人にとっては怖いものだからだ。あの男の人は傘もささず、かといって雨から逃げるわけでもなかった。一瞬、男の人は笑ったように見えた。それはどんな感情か分からない。けれど、きっと最後だろう。


 私はサエナイ男の人が見えなくなるまで懸命に追った、せめてそこにいたことを忘れないために。


 「わ、すごい雨、私傘持ってきてない」


 「ほんと。でも、通り雨よ。きっとすぐに晴れるわ」


 母と母の同級生はようやく雨が気づいたようだった。私は涙を見られることの恥ずかしさから体を元に戻してオレンジジュースを飲んだ。氷が溶け出して薄まり、とても不味かった。


 後日、K県の▲▲港で二人の男と一人の女性の溺死体が見つかった。男性はそれぞれ二十代前半と三十代前半、女性は四十代後半と見られている。身元は現在捜査中とのこと。

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一一八番 並白 スズネ @44ru1sei46

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