第5話

 このとき、消えゆく真一の姿を見つめる幼い二つの瞳があった。名前は杉崎美緒といい、今年八になる、特に際立った特徴のない普通の女の子であった。


 この日は母親の買い物に付き合わされていた。二人は食材や日用品を一通り買い終えると、同級生の営むこざっぱりしたカフェを訪れた。わざわざ、家から遠いこの通りに来る目的のほとんどが同級生との他愛もない会話のためであった。


 美緒は地面につかない両足をふらふら動かし、オレンジジュースの注がれたグラスに刺さるストローに向かって息を吹きかけていた。ストローは美緒の吐息によって右に左に揺れて、それがなくなると元あった位置に戻る。強く吹くと一周まわることもある。美緒はストローの動きをぼんやり目で追うことで時間の過ぎるのを待っていた。


 「美緒、そんな行儀の悪いことしちゃダメでしょ」


 「だってぇ」


 「だってじゃないの。ほら、これあげるから」


 母は軽く注意して自分のスマホを手渡すと、再び同級生との楽しいおしゃべりに戻った。この時だけは母は赤の他人のようだ。スマホをいじってみるが、どうにも楽しくなかった。


 美緒は与えられたスマホをすぐテーブルに置き、体を後ろに捻って通りを眺めた。太陽の当たる道路の白さは輝きを増して、それなのに通りを歩く人は増えていた。ハゲ、ハゲ、メガネハゲ、太っちょ、豚さん、ハゲ・・・・。似た色のスーツを着た、同じような人しかいなくて、つまらない。


 と、そのとき小柄な男の人が一人現れた。どんな顔かは分からないが、肩が内側に丸まった上に猫背で、灰色のスーツはよれよれでだらしなかった。そして頭をがっくし、という風に下げてトボトボ歩いていた。サエナイ、という言葉がピッタリだった。私は不思議にその男の人から目から離せなくなっていた。どこかで見たことのある、そんな感じだった。


 夏の激しい太陽の似合わない小柄な男は道の途中で立ち止まり、顔をむくりと上げて車の走る道路を見つめた。そして再び歩き始めて白い柵のようなものの手前で立ち止まった。そこに何かあるわけではなかった。


 それから、小柄な男は奇妙な動きをした。右手を胸の前まで上げ、何かを落とし、その後電話をとるような仕草をした。おじさんはしばらく電話を持っている手つきで、口を動かし誰かと喋っているようだった。他の人は気味悪がって、避けるように歩いた結果、男の周りにはデッドスペースが生まれていた。

  

 その光景を見た私は、頭の中に霜に触れたような冷たさを伴って1年前の記憶がフラッシュバックした。あの男の人は、親戚のユキヒロ叔父さんにそっくりなのだ。

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