勇気を出して、初めての婚約破棄宣言

アソビのココロ

第1話

「アイナ・ツィルハーマン侯爵令嬢! 僕はあなたとの婚約を破棄する!」


 言った、言ってやった。

 心臓がドキドキする。

 王立学院初等部の卒業パーティーの会場が静まり返る。

 これなら間違ってもなかったことにはできまい。

 アイナを自由にしてやれる。


 沈黙を破り、学院長先生が言う。


「ホッホッホッ、大層元気のいいことじゃの。クリフトン・ダンブルフロウ君」

「は、はい」


 学院長先生の声でやや冷静さを取り戻す。

 皆の晴れの日でもあるのに、えらいことをしでかしてしまったという気持ちはある。

 でも今日しかなかったから。

 今婚約をチャラにしておけば、アイナは十分やり直せる。


「パーティーを台なしにしてしまって申し訳ありません」

「いやいや、そんなことはないぞよ。ハプニングに弱い者など、ものの役に立たんからのう」


 学院長先生の言葉でざわざわし始める。

 なるほど? 

 何事も人生経験ということか。

 さすがは学院長先生だなあ。


 そうだ、初等部卒業パーティーの様子は高等部のクラス分けの参考にするという話もあったな。


「皆の者! せっかくクリフトン君が面白い舞台を拵えてくれたのだ。存分に楽しもうではないか!」

「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」


 拍手?

 学院長先生のおかげで助かったけど、おかしなことになったぞ?


「そもそもクリフトン君がアイナ君を嫌うのは何故じゃな? ともに侯爵と家格も合っておるし、お似合いだと思うが」

「それは……」


 アイナを見る。

 よかった、落ち着いてるみたいだ。

 アイナは僕にはもったいなさ過ぎる。

 美人だし淑女だし成績優秀だし。

 僕が婚約者でさえなければ、アイナは王妃にだってなれるかもしれないのに。


「……アイナはいつも取り澄ましているんだ。きっと僕なんかバカにしている」


 あっ、アイナが悲しそうな顔をしている。

 ごめんよ、傷つける気はなかったんだ。

 一方で学院長先生はいたずらっぽい顔だ。

 何なのだろう?


「オークションじゃ!」

「えっ?」


 オークション?

 学院長先生は何を言い出した?


「アイナ嬢は婚約破棄された! 言わば傷物令嬢じゃ。しかしそんなことはない、アイナ嬢は素晴らしいと思う者は名乗り出よ! 我こそはと思わん者は集え!」

「「「「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」」」」


 ええ? 何これ。

 アイナの人気すごい!


「支度金オークションじゃ! どれほどの支度金を用意できるか、己の覚悟を金額で示せ!」

「「「「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」」」」


 学院長先生の言ってることがゲスい!

 あっ、でも愛情とか打算とかひっくるめて必要性を測る指標ってお金なのかな?

 僕にはよくわからない!


「一〇〇万ゴールドからスタート!」

「一五〇万!」

「二〇〇万だ!」


 今日は卒業パーティーだから保護者は参加していない。

 しかしいかに貴族の子弟とはいえ、一〇〇万ゴールドは結構な大金だ。

 もちろん本来アイナと婚約しようとする支度金としては全然足りないんだろうけど。


「三五〇万!」

「ええい、三八〇万!」

「四五〇万だ!」


 まだまだ全然止まる気配がない。

 アイナはすごく美人な上にお淑やかだもの。

 当然だろうなあ。


「七〇〇万!」

「七三〇!」


 アイナをお金で買うなんて冒涜だと思う。

 でも仮に僕だったらいくら出せるだろう?


「九一〇万でどうだ!」

「九二〇万!」

「一千万ゴールド!」


 そうだ、僕の個人の資産ではおそらく一千万ゴールドが限界だ。

 誰だろう?

 一千万ゴールドなんて。

 あっ、ヒューバート殿下か。

 うん、アイナには王子様がお似合いだよ……。


 ……本当にそうか?


「一千万と一〇万ゴールド!」

「ここからは一千万を略します」

「五〇万ゴールド!」


 殿下と競ってるのは豪商の息子コービーか。

 でも殿下相手じゃ分が悪いだろう。

 アイナは殿下のものか。


 ……僕はいいのか? それで?


「ええい、二千万ゴールドだ!」


 アイナの価値はお金なんかじゃ決められない。

 だってアイナはあんなに悲しそうな顔をしてるじゃないか。

 でもお金でしかアイナを購えないならば……。


「二千万ゴールドないか?」

「一億ゴールド!」


 思わず叫んでいた。

 お父様ごめんなさい。

 絶対にお返しします。

 ヒューバート殿下が呆れたような顔で首を振っている。


「一億ゴールド、ハンマープライスです! 愛を取り戻したクリフトン君、おめでとう!」


 アイナが僕の胸に飛び込んできた。

 皆が拍手してくれる。


「もう、クリフはおバカなんですからっ!」

「ごめんよ、アイナ。でも僕は自信がなくて」

「クリフだからいいのですわっ!」


 アイナが完璧な令嬢だと思っていたから。

 でも違った。

 いまここで泣きじゃくっているアイナは普通の女の子なんだ。

 少し肩の力が抜けた気になる。


 アイナは僕が婚約者でいいと思ってくれていたみたいだ。

 そんなそぶりを見せたことなかったのになあ。

 女の子の気持ちは複雑怪奇だ。


「さあさあ、生徒諸君。誰しも道を誤ることはある。最後まで間違っていなければいいのでありますよ。友なるクリフトン君が道を誤りかけた今日この場、皆の力で引き戻したのでありますぞ。我ら全員の勝利じゃ!」

「「「「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」」」」

「クリフトン君とアイナ嬢に拍手!」

「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」


 丸く収まった。

 卒業パーティーを台なしにしないですんだ。

 学院長先生ありがとうございます。


「さてさてこれも勉強じゃ。もう少しクリフトン君にはお付き合い願おうかの」

「はい、何でしょう?」

「先ほどの一億ゴールド、これは迷惑料としてツィルハーマン侯爵家に払わずばなるまい。しかと心得ておくのですぞ?」

「はい」


 ハハッ、借金持ちになってしまった。

 でも不思議に爽やかな気分だ。


「それからどうやらクリフトン君は自分に自信がないようじゃ。それで婚約破棄などと言い出したのだとお見受けするがいかに?」

「その通りです」


 学院長先生はお見通しだ。

 僕は何一つアイナに勝っているところがないから。


「生徒諸君も皆聞くのじゃ。自分自身を客観的に捉えることは難しい。儂などこの歳になっても何故女性にモテぬのかわからぬくらいじゃからの」


 アハハ。

 学院長先生は面白いなあ。

 若い頃はきっとモテてたと思う。


「クリフトン君は自分の優れているところはどこだと思っているんじゃ?」

「優れているところなんて……」

「ふむ、アイナ嬢はどうじゃな? クリフトン君の優れているところをよく知っているじゃろう?」

「はい、クリフはとても優しいです。平民相手でも決して威張ったりしないのです」


 自分に自信がないことの裏返しのような気もするけど、アイナは僕のこと、そんな風に思っていてくれたのか。

 ちょっとくすぐったいな。


「そ、それにクリフはイケメンですし」

「「「「「「「「ヒューヒュー!」」」」」」」」


 うわあ、恥ずかしい!

 アイナは大人っぽくて美人だと思ってたけど、可愛いところもあるんだな。

 頷く学院長先生。


「優れたところでなくてもいいのじゃ。ちょっとした特徴、好みのポイントであっても、長所に発展させることはできるからの。しかしクリフトン君には明らかに優れたところがある」

「それは何でしょう?」

「魔力の質じゃよ」


 ……そういえば僕は珍しい聖属性の魔力持ちらしい。

 男で聖属性の持ち主は例がないとも。

 昔は国防結界を維持するのに純粋な聖属性の魔力の持ち主が必要だったと聞いたことがあるけど、魔道具の発達している現在ではそんなこともない。


「珍しいかもしれませんけど、特にいいことがあるわけでもありませんし」


 アイナも聖属性持ちだ。

 アイナは他に風属性まで持っている。

 僕よりすごいから、僕の魔法属性が優れてるなんて思ったことはなかったな。


「聖女王妃様がクリフトン君に興味を示しているのじゃよ」

「えっ?」


 聖女王妃様は、辺境出身の平民だったけど聖女として見出された人。

 盲目だった現在の陛下の目を癒し、北の帝国との和平修好に尽力し、宮廷魔道士をリードして聖女に頼らない国防結界のシステムを構築した、生ける伝説とまで言われている方だ。

 その聖女王妃様が僕に興味を示している?


「男なのに聖属性持ちとはどういうことなんだとな。ホッホッ、あのお方は好奇心旺盛であるから」


 そうなの?

 えっ、何だろう?

 魔力が高まる?


「おお、聖女王妃様ではありませぬか」

「レックスさん、こんにちはー」


 突然聖女王妃様が現れた。

 何これ?

 あっ、噂の転移魔法?

 聖女王妃様にしか使えないと言われる?


「レックスさんも学院長が板に付いて来たねえ。すっかりジジイ口調が馴染んできたじゃん」

「ホッホッ、おかげ様で」

「あれ、今日の卒業パーティーは雰囲気が微妙だね。あたし歓迎されてない?」

「いや、そうではないのですぞ。ちょっと前に婚約破棄劇がありましてな」

「それは泣けるわー」


 聖女王妃様はとても気さくな方だ。

 そしてあっという間に場を支配するような雰囲気がある。


「しかし丸く元の鞘に収まったのですぞ」

「そーだったか。まー若い頃は過ちもあるわ」

「さようですな。その過ちを犯したのが例のクリフトン・ダンブルフロウでありまして」

「あの聖属性持ちの侯爵令息? マジか」


 本当に聖女王妃様が僕のことを知っている!


「確か婚約者がアイナちゃんだっけ? ツィルハーマン侯爵家の、成績優秀な?」

「はい」

「しまったなー。あたしとしたことが、そんな面白い場面に遅刻してしまうとは」

「ハハッ、たまにはそういうこともありますぞ」


 単にエンターテインメント好きなのかな?

 僕の方をくるっと向く聖女王妃様。


「君がクリフトン君だね? 高等部に行くと魔道理論も教わるからね。あたしの研究にも協力してちょうだい」

「は、はい」


 何の役にも立たないと思っていたことが、聖女王妃様と知り合うきっかけになった。

 自分のことってわかってないものなんだ。


「聖女王妃様、卒業生諸君に訓示を垂れてくだされ」

「任せて。おいこら有象無象のモブ君モブちゃん達」


 入りがすごい。

 親族のヒューバート殿下もいるのに、十把一絡げにモブ呼ばわりだ。

 どうして聖女王妃様が卒業式に出ないで、父兄のいないパーティーの方に来たのか理由がわかった。


「才能や運に恵まれないモブであることを恥じることはないんだぞ? あんた達はまだ初等部を卒業したばかりなんだからね。これからだ。もっとも学院に通えている時点で恵まれていないとは言えないけど」


 ドキッとする。

 そうだ、アイナに何も勝てないことでいじけていたけど、僕は恵まれてないなどとはとても言えない。


「才能や運が足りなくても、大体努力と根性で何とかなっちゃうものなのだ。あたしの同級生に、初等部時代のスコアは真ん中以下だったけど高等部では最優秀クラスで卒業して、宮廷魔道士になって公爵家に婿入りした男爵家の三男坊がいるよ。あっ、それ以前にあたしは平民出なのに王妃だわ」


 ケラケラと笑う聖女王妃様。

 聖女王妃様は伝説的な存在だから参考にならないとしても、男爵家の三男で公爵家に婿入りってすごい。

 そんな人もいるんだな。

 我が国の話だとすると、エインズワース公爵家当代女公爵の御夫君のことかな?


「努力したって自分の思うような結果が出ない時はあるよ? でも努力はムダにはなんない。思わぬところで役に立っちゃうこともある」


 努力ではないけど、今日の僕の聖属性持ちであるということがまさにそうじゃないか。

 自分の持っている何がどこで役に立つかなんて、自分じゃ決められないこともあるんだ。


「君達には時間がある。モブ君モブちゃんで終わっちゃうのか、少なくとも自分自身では褒めてやれるような人生を歩むのか。これからの四年間でほぼ決まるのだ。高等部に進学する諸君もしない諸君も。今この瞬間のままのモブ君モブちゃんで満足しようとすんなよ? 健闘を祈る!」


 ぶわーっと体温が上がったみたいな心地がする。

 聖女王妃様の言葉は熱量が尋常じゃない。

 アイナの顔も火照ってるじゃないか。

 やる気になってるなあ。

 よし、僕も!


「じゃー最後ね。唸れネギソード!」


 おかしな名前付けているけど、取り出したのは杖だ。

 どこから出したんだろう?

 収納魔法かな?

 聖女王妃様のやることは規格外だそうだからよくわからない。


「天の神よ、地にあまねく祝福を!」


 派手に降り注ぐ光の雨。

 ああ、祝福の魔法だ。

 温かみを感じる。


「さらばだ諸君! 卒業おめでとう!」


 転移魔法で去っていく聖女王妃様。

 一陣の風のようだ。

 その間一〇分もなかったと思うけど、強烈な印象を残してお帰りになられた。


「ささ、パーティーはまだまだ続きますぞ」


          ◇


 勝手な婚約破棄宣言は母様に大目玉を食らった。

 しかし父様はそう怒ってもいないようだ。


「今後はアイナ嬢を大事にするんだぞ?」

「もちろんです。目が覚めました」

「ツィルハーマン侯爵家に詫びに行かねばならんな」

「申し訳ありません」

「痛い出費だが、クリフはいい子過ぎると思っていたのだ。いい顔になったではないか」


 アイナとともに歩んでいくんだということを再確認し、聖女王妃様にやる気を注入されたから。


「それで聖女王妃様がクリフを知っていたというのは本当か?」

「はい。研究に協力してくれとも言われました」

「ふむ、大きな収穫だな」


 父様は聖女王妃様の知遇を得たことを大きなプラスと見ているようだ。

 何たって世界最大の実力者だもんな。


「そんなことよりアイナちゃんですよ」

「はい」


 そんなこと呼ばわりにもビックリだが、母様の言うことももっともだ。

 目先はアイナのフォローをしっかりせねば。

 だけど……。


「大丈夫なの?」

「大丈夫です」


 却って互いの理解が深まった気がする。

 いや、思い込みはよくないな。

 高等部入学まで一ヶ月ある。

 アイナも王都に残ると言っていたから、より親睦を深めることに努力しよう。


 そうだ、努力。

 聖女王妃様も言っていたじゃないか。

 才能や運がなくても、大体努力と根性で何とかなるって。

 僕は努力すべきなのだ。


「恋愛歌劇のチケットがありますよ。アイナちゃんと見ていらっしゃい」

「ええと、最近話題のやつですか? 見ていて恥ずかしくなるほど甘ったるいという?」

「そうですよ。クリフとアイナちゃんはもっとラブラブすべきなのです」


 思春期の男子にはツラいやつだ。

 あっ、父様が助かったって顔してる。

 父様母様で観劇に行く予定だったんだな?

 母様ラブロマンスが好きだから。


 仕方ない、アイナと連絡を取って都合を聞こう。

 精一杯の思いを込めた一文を添えて。

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