第3話 少女
一体どれくらい、同じ夢を見たのだろう。
悪夢を何度、繰り返し体験してきたのだろう。
俺は何度も繰り返される悪夢のワンセットを終わらせ、再び真っ暗な闇の空間に身体を浮かせた様な状態になっていた。
夢を見始めてどれ程の時間が経ったのか、何度悪夢繰り返しているのかは既に解っていない。
トラウマである過去を夢という形で再現され続け、逃げる事もできず、心を抉られ続けたせいで何も考えられない状態になっている。
『誰か、目を覚まさせてくれ』
何の気なしにそんな言葉がポツリと口から溢れたが、特に変化はない。
『ははっ。だよな』
全てが無意識だった。
無気力に、再び始まるであろう悪夢を心無く受け入れてしまっている状態で、俺は再び口を閉じる。
(ん?)
真っ暗闇に放り出され、どれ程の時間が経ってただろう。
無意識にボーっとしていたせいもあり時間の感覚は全くなくなっているけれど、明らかに変化が起こっている。
『終わった、のか?』
悪夢が終わり真っ暗闇に放り出された後、大体1分程経過した頃には再び悪夢は繰り返されていた。
しかし今は、何も起こらなくなっている。
それに気づいてからも念の為、5分、10分と構えてはいるが、やはり何も起こらない。
『終わったのか……』
安堵した為に、溜息の様な深呼吸をする。
繰り返されてきた悪夢が相当に、
暫くの間は何も考えれずボーっとしていたが意識がはっきりしてくると、まだ問題がある事に気づく。
『後は、どうやったら此処から出られるか。だよな』
悪夢は繰り返される事はなくなった。
それだけでも本当に有り難い事なのだが、現状は真っ黒闇に浮いているだけの状態。
自分の周辺や見える範囲には、特に何もない真っ黒な闇の世界。
そもそも自由に身体も動かせない。
『どうしたもんか……』
夢からは解放されたが眠りからは解放されないこの状況を、半ば諦めの境地考えていると。
バシッ!
『痛っ!』
頬にいきなり痛みが走る。
夢の中なのに痛みがある事はこの際置いておくとして、いきなりの痛みに驚く。
バシッ!
バシッバシッ!
バシッバシッバシッ!
『な、なんだなんだ!?』
左右の頬を交互に痛みが走る。
それと同時に自分の顔も、右へ左へと振り回される。
誰かに往復ビンタをされている感覚だ。
ボグッ!
バキッ!
『痛い!痛い、痛い!!』
痛みが強くなってきた。
感触から、どうやら往復ビンタが往復パンチに切り替わった様だ。
更に、痛みは強さを増してくる。
(これは。早く目を覚まさないと、ヤバイんじゃないか!?)
今は突然の痛みの原因を追求するよりも先に、何とか早く目を覚ませと強く気持ちを込めていた。
◇ ◇ ◇
「いい加減に、起きろ!」
ボグゥ!
盛大に叫ぶ聞き慣れないその声と、普通なら頬から出る筈のない音と強い痛みに、目が覚めた。
「痛いって!だから!」
目が覚めた俺は痛みの原因を避ける様に、上体を勢い良く起こす。
と同時に、腹部の重みがフッと消えたのを感じた。
「痛ってててて」
夢の中で感じた通り、何度も殴られていたのだろう。
今は殴られていないのに、両頬には未だに痛みが残っている。
頬を抑えながらその原因が腹部に感じた重みの感触だったのかと、感じた重さが移動した方向を何となく確認してみる。
視線の先、そこには誰もいなかった。
けれど、見慣れない光景が広がっている。
「草……原?」
夢から覚めない事や悪夢を繰り返し見ていた事もそうだけれど、何で俺はこんなとこにいるんだろう。
寝落ちする前の記憶を必死に辿りながら、言葉にして確認していく。
「確か。弁当食べて、そのままテレビを流し見しながら、眠たくなったから炬燵に潜り込んで寝たんだよな」
辿った記憶は、間違っていない筈。
他の事は、特には思い当たらない。
すると今度は頬ではなく、後頭部に衝撃が走る。
「った!」
慌てて首を後ろに向けた。
「早く立ちなさい」
「!?」
後ろを振り向くと、其処には死んだ筈の妹がいた。
驚きながら慌てて立ち上がり、目を見開いて本当に妹なのか確認する。
「っ!?」
「先に言っておくけれど。私、妹さんじゃないから。この姿の“モト”が妹さんみたいだから似ているけれど、違うから」
俺の思った事が解っている様に、少女は答える。
その姿をまじまじと確認する。
腰に手を当てながら凛と立つ少女の姿は言い放った言葉の通り、記憶にある俺の妹に顔・年齢・背格好が似てはいて、けれど明らかに雰囲気と容姿が違っていた。
妹は黒眼で黒髪だった事に対し、目の前の少女は蒼い眼に白髪。
それに今迄生きてきた上で見た事のない、普通の人とは全く違っている容姿。
テレビでしか見た事がない蒼いロボットの身体をしている。
いや、違うな。
パッと見ロボットに見えるだけで、よく見ると蒼色の機械に見える鎧を装着していると言った方が正しい感じ。
「幼気な少女の身体を、何時まで見つめてるつもり」
「あっ、ああ。悪い」
「まぁ、別に良いけどね」
少女に言われ、じっとその姿を見つめてしまっていた事に気づく。
その姿は現実のモノだとはとても思えず凄く綺麗だったから、いつの間にか見惚れてしまっていた。
「君は、一体誰なんだ?」
目の前にいる非現実的な少女に、質問を投げかける。
「私は貴方の一部よ」
「どういう事?」
「どういう事って、そのままの意味よ」
返ってきた返事は申し訳ないが、意味が解らなかった。
一先ず色々と、思っている疑問を投げかけていく。
「えっと。此処が何処か、君はわかる?」
「さあ?貴方が住んでいた場所じゃないの?」
「草原に住んだ憶えはないんだよね」
「そう。私は知らないわ」
「じゃ、じゃあ。君はどうして此処に?」
「貴方が此処にいるからに決まっているじゃない」
(?)
「私は貴方の一部って、言ったでしょ」
(言ってる意味が解らない)
「誰か、他に人を見たとか?」
「見てないわ。て言うか、危険だから全て貴方に近づけない様にしてたし」
「危険だから?」
「そうよ」
(ますます意味が解らない)
ふと、最近流行っている物語。
ファンタジーのジャンルが頭を過る。
「まさか。此処って、地球じゃないとか?異世界とか……」
「だから、此処がどこだかなんて知らないわ!」
質問を立て続けにしたからだろう。
明らかに少女がイライラしてきている。
「えっと、じゃあ……」
ブチッ!
何かが切れる音が聞こえた気がした。
「いい加減その他人行儀な口調、やめてもらって良いかしら!私は貴方の一部!一心同体なんだから。他人の様に接されると腹が立ってくるから、やめてもらって良いかしら!」
俺に指を差しながら、妹に似た顔でキレてくるのは止めてほしい。
妹も大きくなっていたら、こんな風になっていたのだろうか。
「それに、先に言ってなかった私も悪いけど!今現在貴方が知らない事は、私にも解らないの!解った!?」
「は、はい。解りまし……」
ギロリッ!
ついその勢いに負けて丁寧に返事をしようとしたところ、それがまた他人行儀と取られたのだろう。
返事をしようとしたのを、少女の鋭い視線が突き刺さる。
「わ、解った。解ったよ」
「解ってくれたなら、今後は気をつけてよ!」
まだ少し感情が荒ぶっている気がするが、一旦落ち着こうとしてくれている少女の姿にホッとする。
「私もまだ生まれて間がないから、慣れてないから、貴方との接し方は解らないけれど。貴方に他人行儀にされるのは嫌なの。貴方も、何とか慣れていってちょうだい」
「わっ、解ったよ」
その提案に頭を掻きながら、一先ずは怒らせない為にしっかりと返事をしておく。
彼女は死んだ妹と年齢が近い容姿だ。
妹が死んでからはその年齢層と接する機会なんてなかったんだ、多少時間はかかってしまうのは勘弁してもらいたい。
そんな事を考えてながら、ふと少々の言葉が気になった。
「生まれて間もないって、どういう事?」
性格と容姿が多少見合っていない違和感はあるけれど、大目に見てこういう子もいるところにはいるだろうの範囲だとは思う。
けれど、生まれて間もないって言葉はおかしいだろう。
見た目はどう見ても、十代の少女なんだから。
「私は貴方が寝ている間に生まれた、貴方の
「俺の、
「そうよ。まぁそこら辺に関しては大体何ができるか解るから、追々話していくとして……」
(
少女の言葉から飛び出した非現実的な言葉に、意味が解らないしあり得ないだろうと思った。
けれど。
確かに目の前には、妹に似た容姿で機械に似た鎧を纏った少女がいる。
まさにファンタジーから、物語から、抜け出してきた様な少女が、俺の目の前にはいる。
本当にそんな事があり得るのか?
起こり得るのか?
そう考えていると、今度は少女の方から質問が投げかけられる。
「とりあえず。このまま見通しの良い此処に突っ立ていても危険だし、移動しましょ。何処に行く?」
「はっ!?危険って、何で?」
「そこら辺も、歩きながら話するから。とりあえず何処か行きたいところとかある?」
「えっ?じゃ、じゃあ。とりあえず誰かいる所に行かないか?」
「……」
何処に行くか一瞬考え捻り出した案に、少女は嫌そうな顔をする。
「駄目だった、か?」
「んー。まぁ。貴方が決めたなら、それで良いわ。私としてはこのまま二人でいる方が気兼ねしなくて良いし、他人がいる場所が嫌なだけ」
「そう言われたら、俺もまぁ、そうなんだけど。この状況に対しての、何かしらの情報が欲しいからな」
「その通りだと思うから、貴方が決めた通りで良いわよ。それに提案も、賛成も反対も一応はするけれど。私に決定権なんて最初からないんだし、貴方が決めた事にずっと付いて行くだけだから」
(どういう意味だ?)
その言葉に考えを巡らせ様としたところで、少女が手を叩きながら先を促してきた。
パンッ!パンッ!
「はいはい。とりあえず時間が勿体無いし、日が出ている内に出発しましょ。歩きながら、散策しながら。私が知ってて貴方が知らない事、話していくわ」
「あ、ああ。それもそうだ、な。よろしく頼むよ」
俺の思考が少女に筒抜けになっている様に感じた。
けれどその感覚に対する疑問もまた、逡巡する事はできなかった。
自然な流れ過ぎて疑問に思わなかったけれど、いつ決まったのか。
当たり前の様に行動を共にする流れの少女に、先を歩き始めた少女に置いていかれない様に、俺も慌てて歩き始めたからだ。
思考は止まったのだけれど。
ふと、未だ微かに残っている頬の痛みに対しての言葉が今更ながらに口から出てきた。
「そう言えば、頬が痛いんだけど。俺の事、殴って――」
「知らない」
寝ている間にできたであろう頬の痛み。
その原因が何なのか。
俺の事を殴っていたのか、少女が原因なのかを確認しようとしたところ知らないと言い切る前に制された。
「知らない、か」
けれど、おそらく原因は少女によるものだと直感する。
追求する事はこれ以上、できそうにないけれど。
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