第2話 悪夢

(ああ、これは夢の中だ)


 偶に夢の中で意識がある、と言うのが正しいのだろうか。

 時折見ている光景が、夢だと解る時がある。

 意識はあるが身体がふわふわと浮かんでいる様な、自分が世界に繋がっていない様な。

 その感覚の時はいつも夢の中にいる。

 それに……。


(嫌な夢だ。久しぶりに見たな)


 その夢には憶えがあった。

 大人になってからは殆ど見なくなっていたけれど、幼い頃は何度も何度も繰り返し見てきた夢。

 直ぐにでも思い出せる。

 家族と最後に出かけた場所であり、家族と最後に過ごした場所。

 忘れちゃいけない家族の思い出と、忘れたい家族の死に際を思い出させる悪夢。


 ◇ ◇ ◇


【父親が運転する車の中、妹と遊ぶ自分。それを見守りながら微笑む母親】

【キャンプ場に到着し、楽しく過ごす自分達】

【両親に、一人で近くを散策してみたいと言った自分】

【ついて行きたいと思いながらも口は出さない様にしようと、母親の服を引っ張りながら我慢している妹】

【直ぐに戻るよと言って妹の頭を撫で、森のに向かって一人で歩き出す自分】


(少しだけ。本当に少しだけで、直ぐに戻ろうとしてたんだ)


 この時道に迷ってしまった事を、その所為で家族のいる場所に戻るのが遅くなった事を、夢の中でも思い出す。

 

【夕暮れの中。心配させていると、怒られても仕方がないと思いながらも、慌てて家族の待っているテントの中に駆け込む自分】

【目の前に広がった血の海】

【血まみれで伏している両親】

【父親は動かない】

【微かに動いた母親に駆け寄る自分】

【母親は、近寄ってきた自分に視線だけを向けて告げる】


『タクト、おかえり。無事で良かった』


 この時の自分が何と答えたのかは、憶えていない。

 何も言わなかったのかもしれない。


『タクト。どうか、幸せに。辛い事もあるだろうけど、頑張って。頑張って生きてね』


 その言葉と後の言葉は、強く強く憶えている。


『アイ……を、守って……あげ……て』


【そう告げると、母親の瞳からは光が消えていた】

【その言葉で、妹の姿が見当たらない事に気づく】

【慌ててテントの外に出る自分】

【辺りを見回しても誰もいない】

【荒くなる息を落ち着かせる様にひと呼吸入れると、テントの出入り口から森へと続く点々と残った血痕と何かを引きづった跡に気づく】


 それを見つけた時は両親を血だるまにした犯人がいるかも知れないという恐怖より『妹を守らないと』と、思う気持ちが勝っていた。

 だから。


【直ぐ様、その跡を辿っていく】

【その先で。胸の辺りから血を流し、木に寄りかかっている妹を見つける】

【泣き叫びながら慌てて妹に駆け寄り、背に担ぎ、急いでテントまで戻っていく】


『ん……。お、兄ちゃん』


【背に担いだ事で、妹が反応を示す】


 この時はまだ息をしていた。

 弱かったが、意識があった。


『兄ちゃんが、兄ちゃんが絶対に守るから。助けるから。死んじゃダメだ。ダメだダメだダメだダメだダメだ』


【テントに着いたら急いで両親の携帯を探しだし、110番に連絡する】


『どうされました?』

『早く助けて!早くきて!お願いします!』

『っ!落ち着いて。直ぐに向かうから、場所はわかる?どこにいるのか、教えてくれる?』

『お願いします……。早くきて。助けて。妹を助けて』

『妹さんが怪我をしているの?直ぐに向かうから、場所はどこかわかる?――』


【泣きながら、携帯に向かって叫ぶしか能のなかった自分】

【妹を背に担いだまま、蹲るだけの自分】


 その姿に、情けなさに、助けると、守ると言うだけで、結局自分では何もできていない姿を、夢で、俯瞰で、冷えた頭に見せつけられると腸が煮えくり返ってくる。


『お兄……ちゃん』


【電話の向こうから聞こえてくる声はもう聞こえていなかったが、妹の声に直ぐ様反応する】


『お、兄……ちゃん』

『ここに兄ちゃんはいるぞ。いるから。どうした?何かしてほしいのか?何でもするぞ!』


【その言葉に反応する様に、妹は首を振る】


『いつも、あり、とう。一緒、いてくれて、守って、助けて……くれて。だぁ、い、好き』

『何言ってる。まだ何も、できてない。守れても、助けてだっていないぞ』


【妹は再度、首を振る】


『お父、さん、と、お母さん、の、ところ。連、てくれて……一緒、に、れて、嬉しい、よ。ありがとう』

『何言ってる!皆、いつも一緒だ!何時までも、一緒にいるんだから!』


【自分の言葉を聞いた妹は、ニコッといつもの満面の笑みを見せてきた】


 其処でいつも、悪夢は終わる。

 眠りから目が覚める。

 その日から暫くの間記憶がないから、その所為もあるのだろう。

 ここから先の夢はいつもみない。

 夢の終わり。

 因みに。

 両親と妹を殺した犯人が捕まった事は、聞いた憶えがある。

 ただ、幼い自分の悪影響になるからと気にしてくれた警察の配慮もあって、詳細は解っていない。

 当事者だから聞けば色々と教えてくれるだろうし、調べれば直ぐにでも詳細は解るのだろうけれど。

 大人になった今でも、進んでトラウマに向かっていく勇気はないままでいる。


(おかしいな。いつもなら、ここで夢が終わって起きるんだけど)


 夢は、悪夢は、一通り見終えていた。

 ただ、いつもと違う事が起きている。

 夢は見終えたというのに眠りから覚める事はなく、真っ暗闇の空間に取り残されている。


(なんだこれ)


 身動きが自由に取れる訳でもなく、真っ暗な闇の中に身体が浮いている様な状態。

 それから時間にして、大体1分程だろうか。

 時間が経過する。


(っ……!)


 闇の奥、と言うのが正しいのだろうか?

 光が見えた。

 その光は見えてから、瞬く間に自分の体を飲み込んでいく。

 真っ暗闇の中にいた反動もあり、あまりの眩しさだった所為で反射的に目を腕で隠す。

 暫くして、腕の影からゆっくりと目を開けて何が起こっているのか確認してみると。


(また、かよ)


 其処には見憶えのある光景が、悪夢の始まりの場所が、再び目の前に広がっていた。

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