アース✕ブレード
之
第1話 予言
「獅堂くん、お疲れ様。そろそろ時間だから、上がっちゃって」
「あっ、はい。ありがとうございます。お疲れ様です」
アルバイト先の店長に今日の仕事は終了で良いと言われたので、早々に区切りをつけて休憩室兼荷物置き場となっている場所へと向かう。
休憩室の近くに着くと、中から何人かの話声が聞こえてきた。
「新聞見た?あれ、マジだと思う?」
「いや、デマでしょってか。ツリでしょ」
「色んな所で話聞くけどね。でも実際、誰も信じてないかな」
「まぁ、そうだよね」
「それよりよ、今日の忘年会。誰が参加してたっけ?」
「店長と副店長。後、今働いていたウチらと、まだレジやってる何人か。午前のパートの人達も少しの時間ならって。あっ!そうそう!沢さんもきてくれるって」
「おっ!マジでっ!?」
「お疲れ様です」
「おう。お疲れ!」
「お疲れー」
「「お疲れ様」」
なるべく会話の邪魔にならない様に小声で挨拶をしながら休憩室の中に入り、自分も帰り支度を始める。
先に休憩室の中にいた男女四人は自分の事を気にも止めず、先程の会話の続きを再開する。
「沢さん、家族とトーキョーに旅行行くって言ってなかった?」
「まぁ、そうなんだけど。最初は断られてたんだけどさ。聞いたら出発は忘年会より後だったから、私が頑張って誘ったらOKしてくれたんだよね」
「おぉ!でかした!」
「あんた、無理言ってないでしょうね?」
「大丈夫、大丈夫。時間は遅くならない様にするって約束したし、ちょっと顔出すだけでも良いからって言ったから」
盗み聞きをするつもりはないけれど、盛り上がっているせいか声がどうしても聞こえてくる。
「だから男共!もう少しとか、まだ帰らないでとか、ゼェーッタイに!我儘言わないでよ!沢さん優しいから、予定もあるし困らせない事!」
「わかったよ」
「はいよ。まぁちょっとでも、アプローチする
「おい!今日はみんなで楽しく忘年会するのが目的なんだから」
「そうそう」
「邪な事考えるなら、店長・副店長と女子だけで忘年会でもいいんだからね」
「「うっ!」」
「あんた達だけじゃなく男連中全員に、ちゃんと釘さしておいてよ!」
「わかったよ。ちゃんと全員に注意しておく」
「よろしい!」
「お願いね」
「お疲れ様でした」
会話に参加する事もなく、帰り支度を済ませた自分は再び小声で挨拶を投げ、返事も待たず早々に休憩室から出ていく。
「あれ?獅堂は行かないのか?」
「ああ、獅堂くんは――」
休憩室から出たばかりだから、まだドア越しになっているとは言え会話が聞こえる距離。
自分の話を始めた声が聞こえてきたが気にも止めず、盗み聞きをする事もなく、その場を離れる。
噂話をされようが悪口を言われようが、何を言われていても自分にはどうでも良いからだ。
従業員出入り口に到着すると、ごみ捨てに出入り口を利用しようとしている副店長と顔を合わせた。
「お疲れ様でした」
「はい。お疲れ様。獅堂くんは明日もシフト入ってくれてたよね?」
「あっ。はい」
「お正月から、すまないね。なかなかシフトが埋まらない日だから、本当に助かるよ。ありがとう」
「あっ、いえ。自分には特に何も予定がないですから、大丈夫です。それでは、お疲れ様でした」
「はい。お疲れ様」
いつも通り。
会話を広げる事もせず、そそくさとバイト先を抜け出して家路を辿る。
店長も、副店長も、バイト仲間も、良い人達ばかりなのは解ってる。
無愛想な自分を雇ってくれたのは勿論だけど、付き合いが悪く必要最低限の接触しかしない様にしている自分を避けるでもなく、悪く扱う事もなく、普通に接してくれている。
その優しさが、有難い事は理解していた。
けれど。
それでも……。
誰とも関わりたくないと思ってしまっている自分がいる。
表面上は普通に接する事はできるけれど、内心ではどうでも良いと思っている自分がいる。
全てが、どうでも良いと。
年末から年始を迎える世間の賑わいを他所に、いつもと変わらずコンビニで弁当を買って自宅に到着。
帰宅後は直ぐ様風呂に入って汗を流し終え、買ってきた弁当を電子レンジで温めながら、部屋着にしている真っ黒のジャージに着替えたところで『チンッ』と電子レンジから温めが終わった事を知らせる音が聞こえた。
電子レンジから弁当を取り出し、冷蔵庫からは冷えた炭酸飲料を取り出し炬燵に入る。
テレビを点けて適当な番組を流し見しながら、弁当を作業の様に胃袋に入れていく。
それからは特に何をする事もなく、テレビをボーっと眺めるだけで時間が過ぎていく。
そんな毎日。
それが日常。
(何の為に、生きてるんだろうな)
その答えは解っている。
今はいなくなってしまった家族と昔、約束をしたからだ。
その記憶が今も残っているから、自分は何もない人生に何とかしがみついて生きている。
毎日同じ事を思いながら眠気に襲われて負けてしまうまでの間、ひたすらボーっとする。
どれくらい時間が経っただろう。
眠気が程良くきだしていた時、いつしか眺めていたテレビには特番らしき番組が流れていた。
『人類滅亡!?この後、預言者登場!!』
目を引く為のテロップが目論見通りに目に入ってきたが、眠気が強いせいもあり特に気にする事もなく炬燵に潜り込んで目を閉じる。
それでもテレビを消していない為、番組の司会者や出演者の声だけは耳に入ってくる。
『預言者の方が言う通り、人類は滅亡してしまうのでしょうか?まだ発表はされていませんが、果たしてそれはいつなんでしょうか?』
『いやいや。今迄も似たような預言ありましたけど、僕らこうして滅亡してないですからね』
『でも、ですよ。今回出演してまで伝えてくれるって事ですから、私は信憑性が高くて信じてみても良いかもって思います』
『いやいや。今迄も出演はしてくれた人達ならいたでしょう。そんな事言ったら、ハズレた時に巻き込まれますよ』
『私は“かも”って言ってるだけですし、あくまで個人の見解ですから。ハズレた時はご了承ください』
『保険かけてきますねー』
番組を面白可笑しくする為に信じる・信じないと議論していたが、結局のところやはりパフォーマンスなのだろう。
その様子からは、誰も信じていないのが明らかだった。
(出演者の誰も信じていないのに、何をやっているんだか。まぁでも、こういう番組。好きな人は好きだから。その人達の為に頑張ってるんだろうな……)
そんな事を思いつつ、意識がさらに遠のいていく。
(明日もバイトか)
意識は遠のきつつも、明日のアルバイトの事に切り替わる。
そしてスっと眠りに落ちた自分の耳には、最早テレビの声や音は届いていなかった。
◇ ◇ ◇
『でも今回は、少し特殊でして』
『特殊って、どういう事?』
『新聞とかのテレビ欄、見てないんですか?疑問に思いませんでした?』
『?』
出演者である男性の一人が疑問の表情を浮かべる。
『あっ!えっと。テレビ欄の事は言っても大丈夫ですよね。他は……。これって、言っても大丈夫ですか?』
女性司会者はディレクターに確認する素振りで、耳にはめたイヤホンを抑えながらカメラのフレーム外の方向を見つめる。
『あっ。OK。OKですね。良かった』
女性司会者は言ってはいけない事を口走ったのかと焦っている様子だったが、了承が得られた事で安堵する。
『大丈夫です?』
『あっ、はい。大丈夫です』
男性出演者は女性司会者を心配しつつ、話を元に戻す。
『俺、テレビ欄は見てないんですよね。ニュース関連はネットで見ているので、其処にテレビ欄は無いんですよ』
一拍置くようにして、女性司会者は真剣な表情で言葉を返していく。
『今回の預言者さんの事ですが、政府の人達から絶対に放送する様に言われてるんですよ。ニホンの全放送局で、今日の23時に』
『またまたー。話、盛過ぎですよ。政府なんて言って、大丈夫です?それにこの番組。全国放送の特番だし、別に特殊じゃないでしょ。今迄だって似た番組、全国放送でしてたじゃないですか。年末だからって盛過ぎですよー』
『いや、だから。違うんです。全国放送じゃなくて、同時刻にニホン全国にある全放送局で、放送するんですよ!』
『はぁっ!?そんな馬鹿な事、ある訳ないでしょ。……っ』
そう言った男性出演者はアシスタントディレクターからテレビ欄の載った新聞を渡されて、目を見開き声を失う。
其処には23時からの番組が全て、全放送局、同じ
それは今迄にない、異様さを物語っている。
女性司会者の言っていた事が本当なんだと、特殊だと認識したからだ。
『もう間もなく、23時になります。いよいよです。はたして預言者は何を語るのでしょう。CMの後、発表です』
男性司会者が時間を確認し仕切り直す様に淡々と言い放つと、予定通りにCMが流れ出す。
男性出演者が無意識に握り締めていた新聞のテレビ欄、
『全国民、必ず見てください』
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