第12話 脱出に向けて

東山は静かに経緯を語り出した。

彼氏はいるけど別れると言っていた女子高生からDMが来ていて、相談に乗る予定だった。

一応、女性と会うから身だしなみを整えてから駅に向かったら連絡が来て大通りに向かったら、ハイエースから複数の男性が下りてきて気を失い拉致られた。

腹部に強烈な痛みを感じ目を開けると複数の男に囲まれ、状況を一瞬で理解した。

俺が拉致られたんだと。

暗く砂埃が舞う室内には電気が通っていない様で焚き木で灯されていた。

6人くらいの10代か20前半の若者が楽しそうに会話している。

良く見ると手の甲に「川崎国」とタトゥーが入っている。

1人だけ文字の回りを赤い龍で彩られていた。


狭山のタイソンとどっちが強いかな?

こいつのが背が高いし強いだろ?

ってか、狭山のタイソンって速攻で泣いていたよな。

マジで雑魚じゃん。


ガキどもは互いに小突き合いながら変なテンションで笑っている。

「お前、負けたら俺らの養分な。タイソンと同じ様な動画を取るから。

別に人気になりたいとかじゃないんだよ。

俺らがどれくらい強いのかと言う証明なだけだから。

俺らの1人とやって勝てたら逃がしてやるよ。これは嘘じゃない。」

誰がやる?俺やりたいんだけど。

タイマン勝負を楽しむ感じに腹が立つ。

しばらくすると対戦相手が決まった様で首根っこ掴まれ無理やり立たされた。


対戦相手が歩み寄ってくる。

身長は約170㎝で東山よりも低く、スリムな体型をしていた。

対戦相手を見ながら体重差は約30キロ近く。

勝てない戦いではない。

一時は暴走族連合の仲間が格闘技ジムを開業するということで、特殊詐欺の仕事後に練習をしていたこともあった。


対戦相手は手を顔の前に持ち上げ、かかって来いよと挑発をする。


相手の力量を試す意味で軽くジャブを入れる。

相手は一切動いていないが、距離が遠くて当たらなかった。

完全に目測を誤っていたが、勝たなければ帰れない。

一歩踏み込んでジャブを何発か入れるも当たらない。

対戦相手はニヤニヤしているだけで攻撃を仕掛けてこないので、ジャブを入れ続けるが、30秒もすると息が上がってくる。

そうれもそうだ。

20歳くらいから引き籠りとなり心拍数が上がることなんて、コンビニやスーパーに酒を買いに歩くときくらいだ。

引き籠りでアル中の東山には窒息寸前に陥っていた。

腕の筋肉に乳酸が溜まりまくっている。

長年蓄積させたアルコールが汗と共に体からにじみ出る。


相手はニヤつきながら

「コイツ超よえ~。ってか汗かきまくって臭ぇよ。体臭が酔っぱらいのおっさんみたい」


ガキの発言、まったく動かない自分への怒りから何発も何発も殴るが当たることはない。

暗い海底の中で溺れている感覚になっていく。

更には、長らくアルコール依存症だったこともあり、三半規管が壊れ平衡感覚が失われていったのだ。

嵐の中の小舟に乗っている感覚に近い。

詰め寄って一発殴り飛ばしたいが、地面が揺れて踏ん張らないと立ってもいられない。

体が鉛のように重く、苦しい。

気が付けが膝に手を置いた状態となり身動きが取れなくなっていた。


次の瞬間、対戦相手が右手で頭部目掛けフックを打ち、東山はガードもできぬまま撃ち抜かれ倒れたのだ。

ガードしたくても腕は上がらなかった。

そもそも、相手の動作すら見えていない。

顔すらあげることもできなかった。


頭から水を掛けられ起こされ動画を撮られた。

約束だから仕方ない。

どうせ反抗すらできないんだから。

動画の撮影が終わり帰らせてもらえると思っていたが、帰らせてくれず、タイマンした作業場と思われる場所の隣にある部屋に、手錠を嵌めた状態で監禁された。


不安に駆られながら流れる時間に身をかましていると、少年らの会話が聞こえてくる。

少年らは家族への不平不満、学校への不平不満を互いに語っていた。

どうも川崎国のメンバーは片親だったり、混血を理由にいじめられたり、単純に学校に馴染めずグレた奴らの集まりのようだ。

その内容を聞き、東山は親近感を覚えた。

両親はいたけど、荒んだ環境だった。

学校では言いたいことが上手く言えず、暴力に走っていた。

暴走族連合の仲間にも混血だったり、複雑な家庭環境、周囲と馴染めない人もいた。


更に話を聞くと、暴力団にシノギを回してもらい金を稼いでいるようだ。

川崎国を作り上げたリーダー以外の幹部二人が暴力団員になることが内定している。

リーダーは川崎国全体をまとめる為に敢て本職にならないみたいだ。


まるで暴力団連合そのものじゃないか。

そう思いながら眠りについていた。


説明を聞いた関はニヤニヤと笑っている。

「お前さ、彼氏持ちの女を奪うのを豆泥っているんだぞ。今日から豆山な」


この状況で、そこ??

マジでこいつムカつくな。

「ってか、なんでお前がここに居るんだよ。早く手錠を外せ」


関は手に持っている十徳ナイフをひらひらとさせ、手錠の鍵を触れる。

開錠しようとしているのだ。

「お前の動画を見て、どうせ劇団ろう、捲ってやろうと来たんだよ。調べ上げて来てみたら、マジで拉致られているって気づいて帰ろうと思ったら首元にスタンガン。運良くベルトのバックルに仕込んでおいた十徳ナイフは取り上げられずに済んだ。」


「今は助けてくれているから良いけど、マジで迷惑だぞ。お前の世界に俺を引きずり込むな」


関の手が一瞬止まる。

上場を目指し必死に突き進んでいた時に辞めて行った社員の顔が浮かんだのだ。

勝つまでは、社員もストックオプションで大儲けできるはずだ。

そう思って強引に働かせ、挫折していった人々。

仲間の苦しみを、その時の呪縛を振り払うように株式を全て手放した。

また、あの時の自分に戻っていたのか。

東山の為と思いながらも、エゴが出ていたことに気が付かされ涙が出そうになる。

それと同時に東山を救わなければいけないと思う。

「手錠は外れた。扉を開け一気に駆け出すぞ。出来るか?」


手錠が外れ東山はゆっくりと立ち上がる。

不思議と体が軽かった。頭のモヤも完全に取れていた。

監禁されたことで、20数年ぶりに酒が完全に抜けていたのだ。

空腹ではあるものの、酒が抜け冴えわたる感覚。

軽くジャンプをしてみると体が軽かった。

これなら走れる。

いち早く家に帰り、安全地帯とも言える子供部屋で焼酎を指先が痺れるまで飲みたい。


二人は東山を先頭に、一気に駆け抜ける作戦を立てる。

東山が先頭なのは、追い付かれた際、普段から鍛えている関の方が迎撃に向いているからだ。

スマホや財布などは奪われたままだが、諦めることにした。

まずは逃げ切り、警察に駆け込む必要がある。

途中に捕まったとしても、狭い路地に行けば1対1の勝負に持ち込めるから、1人が警察を呼べればなんとかなる。

それに街中で喧嘩していれば、周辺住民の目があるから奴らも逃げていくだろう。

特殊詐欺に加担しているメンバー何名かが逮捕されている報道もあったから、目立ちたくはないはずだ。


東山が足音を立てずにゆっくりと扉に向かうと、扉が開いたのだ。












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