第11話 過去の呪縛
暗く湿った階段を一歩一歩登っていく。
少し陰鬱な気持ちになる。
高度成長期に建設された団地はバブル期を迎え、庶民の憧れの住宅ではなく、時代に取り残された建造物と化していた。
雑草が茂り、手入れされていない共有部分。
集会所は廃墟と化している。
この日、小学生だった東山は同級生と些細なことで口論となった。
感情を言葉で伝える能力が乏しく汚い口調で言い返すので精一杯だった。
途中から何にムカついているのかも良くわからなくなる。
説明しきれない自分にも腹が立つし、理路整然と反論できる同級生にも腹が立つ。
気が付けば相手を殴り飛ばしていた。
クラスでも1,2を争う巨漢だった東山の一発で相手は戦意を喪失し、周囲は腫れ物を見るかのようで、疎外感を感じた。
当然の様に先生にバレ、怒られる。
先生に説明したくても、言葉が上手く出てこない。
言いたいはずなのに整理ができないのだ。
今回の事は親御さんにも電話しますからねと言われ心が痛くなった。
帰宅してみると、母は喧嘩の話題に触れず、仕事から帰ってきた父も何も言わなかった。
自分の中で暴力が許された気持ちになっていた。
頭で考え周囲に説明することはできなくても力でねじ伏せれば良いんだ。
中学生となり悪い先輩や同級生仲間もできた。
中学1、2年生は成長期を迎えているかそうでないかで体格が変わってくる。
まるで大人と子供の違いくらいあった。
成長期の早かった東山は既に170㎝を越えており横幅もあったので歯向かう奴は誰もいなかった。
誘われるまま夜の街に繰り出し、煙草を覚えるようになり、暴走族に入ることとなったのだ。
暴走族は本当に楽しかった。
気心知れた仲間と優しい先輩たちと無駄に集まって煙草をふかしていた。
だた、それだけだったけど本当に楽しかった。
丁度その頃、三田君が解散していた暴走族を復活させ、次々に傘下に収めていた。
東山の暴走族は小さな組織ではあったが、目を付けられ襲われてします。
武闘派でもなく、目を付けられた時は友人と二人きりだったので仕方ない。
それ以降、抗争の度に徴集され喧嘩させられていた。
体格に恵まれていたことと、巨大な組織だったことから相手が怯む、一方的な喧嘩が多かった。
成人を迎えると喧嘩の強さだけではなく、財力も必要となってくる。
ガキの喧嘩では飯も食えなければ、周囲への影響力もない。
本職に誘われシノギを始める者、夜の街関連の仕事を始める者など金を作れる者が組織の中心人物となっていく。
本職になった先輩に仕事を紹介してもらい、特殊詐欺のかけ子の仕事を始める。
どうしてもババアに金を振り込ませる段階になると、金で苦労した母親の姿が脳裏をよぎり失敗してしまう。
本当に息子なの?生年月日は?と問われると上手く切り替えせず黙ってしまう。
最初は先輩も多めに見てくれていたけど、一か月経過すると人が変わったように怒り出す。
「お前はバカか‼」「木偶の坊だな」「ただのデブ」「お前が詐欺師だよ、出来高で良いよな‼ただ飯喰らい‼」
先輩の暴言はエスカレートし暴行されることもあった。
現役時代は仲間とバカやって弱い奴を殴れば賞賛され…
でも、今は違う。
自分でもわかっていた。
悪ぶっているのに、悪い事を馬鹿にし、頭の回転も悪いから何も言い返せない。
俺だけ大人になれていない。
気が付けば職場に行く気力も何も残っていなかった。
徐々に引き籠りがちになり酒を飲む量も増えていく、そうなればなるほどに職場にいけなくなる。
頑張って外に出てみるも、昔の仲間に街中で逃げた奴と言われ張り倒された。
お互い大人となり体格差もない。
それどころか成功してジムで屈強な肉体となっていた。
頭脳も肉体もなに一つ勝るものはない。
劣等感の塊へとなっていく。
脱力感、虚無感、挫折。
その強迫観念から更に酒の量が進む。
行き場のない怒りは親への暴力に変わっていく。
こんなんじゃいけないってわかっている。
でも、心と行動が伴わない。
息苦しくて涙が溢れてくる。
俺の人生はこんなんじゃないはずだ。
俺が悪いんじゃない、人を騙して金を奪う方が悪いんだ。
金は力、金が正義、金が俺らを高みに連れて行く、嘘じゃねーかよ。
俺は信じて、信じて、それでもやって。
でも、何もできない。
俺がこんなに悩んでいるの誰も知らないだろ。
苦しいのわかってないだろ。
今となっては生きている意味すら、涙のいみすら分からない。
昔の仲間は事件を起こし、次々と逮捕されていく。
俺を傷つけ、追い込んだことすら気付いていないほど先に行った奴等すら時代の波に飲まれていく。
俺は心を病み、アル中となり、奴らは奴らで司法によって裁かれ消えていく。
あの時は楽しかった。
俺らは何処に向かっていたのか?
進んだ先には何もなかった虚像の世界だった。
そんなとき、ネット配信に出会った。
俺みたいな廃人やってんのにハッタリ決めて情けない癖に…
貶しながら、文句を言いながら見るも、自分に被って見えてくる。
でも、輝いて見えた。
俺もいつかその扉を、外の世界に出てみたい。
ゴミみたいな人生、光のない世界から抜け出したい。
一筋の涙がこぼれると同時に目が覚め、現実に戻る。
そうだ、俺は拉致られていたんだ。
手錠で拘束され、足はガムテープで固定されている。
結局、俺も虚像の世界から抜け出せないのか…。
『東山』
囁くような声が聞こえてくる。
ぼやけた視界のまま見上げるが、誰だかわからない。
徐々に視界がクリアとなる。
そこには関の姿があった。
どういうこと?
関は拘束されておらず、爽やかな笑顔を見せている。
もしかして、俺は助かったのか?
関が助けに来てくれたのか?
それとも、動画のネタにされているのか?
壮大なドッキリだな。
次第に怒りが込み上げてくる。
怒鳴り散らしてやろうと思った瞬間、関は人差し指を口元に立てて
「しー。静かに、俺も拉致された」と言った。
嘘つけと思いながら、関の足元を見ると手錠とガムテープが落ちていた。
目線を上げると、十徳ナイフ片手に笑顔を見せる。
「お前が捕まったという動画を見て来てみたら襲われた。
情報を整理したいから拉致られてからのことを教えてくれ」
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