第5話 捲り屋

室内のトレーニングマシンが一定のテンポを刻んで音を鳴らしていた。

関真は胸筋を鍛えていたのだ。


池袋にある高層マンションの購入し、7畳の部屋を繋げてトレーニングルームにしていた。

幼少期に両親が離婚をしたのを切っ掛けに、早々に働いて母親を楽にさせてあげたいと考えるようになる。

興味あることに対しては没頭するが、その反面、興味がないことに無関心となる関は、学校の勉強に興味がなく、中学卒業と共に土建屋で働きだす。

元々運動神経が良く、体を動かすことが好きだった関にとっては興味が持てる仕事となり、みるみるうちに成長していく。

普段は、建築現場の骨組みを組んだりする仕事がメインだったが、この日は違っていた。

一般家庭の戸建てに骨組みを組んでいく日だった。

昼休憩中に、家主と仲良くなり話をしていると、中古住宅を購入したが欠陥品だったようで、外壁塗装が必要だったようだ。

それだけではなく、雨漏りから屋根裏が腐っていたり、床下の土台も危うい状況とのことだった。

更に驚いたのは、購入金額が6千万円だったことだ。

なぜ、そんな高い金額なのに欠陥品を売っているのか疑問に感じたのだ。

その翌日に土建屋を退職し、不動産業界に飛び込んだのだ。

不動産業界に飛び込むと、詐欺まがいな行為が横行していたり、更には競売物件にいすわり金銭を要求するチンピラも当たり前にいたのだった。

そういったアンタッチャブルな物には蓋がされ、誰も近寄らないのが不思議に思えたのだ。

その問題を解消さえできれば、個人でやっても食っていけるのではないか。

何よりも、よういった不条理がまかり通っている世界が嫌だった。

そこに一石を投じる為に、開業したのだった。

当初はチンピラに脅されることもあった。

自分の身を守る為、そして、見た目で相手の戦意を削ぐ目的もあり、ムエタイを学び、ボディメイクを始めた。

あの日から始めたトレーニングも、今では日課となっている。

壁を壊して作ったトレーニングルームは14畳程度とそこまで広くないが、個人的には満足している。

もう少し機材も欲しいところだが、30畳あるリビングを潰す選択肢はなかった。

30畳だと、1人では持て余してしまうだろう。


胸筋のトレーニングが終わり、たまりにたまった乳酸を流す為にホームサウナに入る。

体の芯から温まり、じわっと汗が出てくる。

この環境には凄く感謝しているが、今後どうすれば良いのか思案していた。

一見、成功者に見える関にも心の陰があったのだ。


不動産業のアンタッチャブルに手を出したことで、一躍業績を伸ばし、凄腕弁護士事務所と顧問契約をすることで、武装していったのだ。

けれども、会社が大きくなるにつれ、社員がチンピラと対峙することもあった。

若かった関は「欲しがりません、勝つまでは」という戦時中の様な精神を掲げ、それを社員にも強要していたのだ。

見事、業績を上げインセンティブで大金を稼いだ社員もいたが、中には心を病み消えていくものもいた。

誰よりも最前線で業績を上げ続けた関には、心を病む社員の気持ちが理解できていなかった。

その後は、隙間を縫うように、不動産適正価格を一発で査定できるアプリや、賃借人と賃貸人を直接マッチングさせるアプリを開発し、更には、そのサポート管理を担うサービスも始めたことで、業界をけん引する若き経営者として注目を集めることとなったのだ。

勢いはとどまることなく、バブル期の負の遺産と言われた巨大ホテルを安く買い上げ、リノベーションで西洋の城の様にし、会員制高級リゾートを作り上げ、更にはスキー場などを購入しては、リゾート化にも成功していたのだ。


ただ、成功ばかりではなかった。

負の遺産とはいえ、購入するには資金調達が必要だったこともあり、ベンチャーキャピタルのジャスコに持ち株の30%を売却してから、経営に口を出されるようになっていったのだ。

ことある毎に上場はまだかと言わる。

もう、うんざりだ。


完全トップダウンで、欲しがりません勝つまでは、の精神でやり続けていたこともあり、労務管理が全くできていなかったのだ。

そうも言っていられず上場準備を進めていく。

役員会議の際には、毎回ジャスコの担当と、主幹事証券である、村野の担当が出席し、小言を言われることとなったのだ。


今まで自由にやってきたこともあり、息苦しさを感じていた。

その日は、深夜25時まで社長室に籠り、上場にまつわる書類を確認し、対策を練っていた。

なんで社員が300人もいるのに、俺だけが残っているんだ。

ふと、そんなことを思い、怒りが込み上げてくる。

だいたい、社員だって持株会に入っているし、課長以上ならストックオプションも発行している。

課長以上なら最低でも、みんな億はいくだろう。

不動産だけではなく、アプリも好調だから、ウェブ系のカテゴリに入るので株価の評価も高いと言ってくれている。

みんなラッキーじゃないか。

なんで、俺だけが苦しむんだよ。

欲しがりません、勝つまでは、だろ。

全員棚ぼたじゃねえかよ。

何もしてねーのに。

そう思いながら社長室を出ようと立ち上がると、荒れ狂う海を渡る船の甲板にいるくらい世界がうねりだす。

何かに捕まっていないと立っていられない。

地震が発生しているのでは、と思う。

本社があるビルは最新の耐震構造で、地震の力を左右に揺らすことで力を逃がすようになっていた。

書類棚を見る、スーツを掛けを見る。

何も揺れていなかった…。

その現実を理解した次の瞬間、忘れていた記憶が蘇ってくる。

心を病んで消えていった社員の顔だった。

面接した時はみんなやる気に満ち溢れていた。

なんで、そんな悲しい顔しているんだよ…。

みんな笑顔だったじゃんか。

なんでだよ。

俺がそうさせたのか?

母親を楽にさせたかったから働いた。

がむしゃらに働いた。

でも、大切なはずの仲間が傷ついて壊れてしまった。

関は自然と涙が溢れ、癇癪を起した子供の様に泣きじゃくった。


次の日の朝に病院に行くと、ストレス性の突発難聴と診断された。


きっと、上場準備を1人で抱えていたからだ。

でも、関には、そのやり方しか知らなかった。


会社は生き物だ。

きっと、俺という細胞がなくなっても、新たに細胞分裂を繰り返し補われていく。

上場を果たした後、関は自己株式の全てを売却したのだ。


仕事を辞め、多額の資金を持て余していた関は、誰かを応援したいと思い、エンジェル投資家を始めた。

類まれなる経営手腕と嗅覚を求められ、何社かは顧問契約をするに至った。

以前の様に前面に出ず、意見を求められた時だけ発言するスタンスにしていたので、時間を持て余してた。

ネットサーフィンをしていると、以前の私の様に、取り繕った人であふれていた。

中にはキャラが破綻しながらも、それにすがり苦しくもがいている人もいたのだ。

なんとか、彼らの為になれないか。

私の様な道を歩んでもらいたくない。

時として荒療治も必要なのかも知れない。

その為なら、ダークヒーローにだってなれる。と、捲り屋を始めたのだった。

捲り屋で得た収益の何割かは、彼らが立ち上がるサポートの費用にまわすつもりだ。

もちろん、今戦っている大山の件もそのつもりだが、少し勝手が違う気もしている。


関はサウナから出て、リビングで水分補給をする。

つけっ放しだったテレビの音声が聞こえてくる。

どうも、逮捕された出し子、受け子の手首に「川崎国」というタトゥーが入っているそうで、関連性を調査しているようだ。

リモコンでテレビを消して、パソコンを起動させメールをチェックする。

そこには調査会社からの回答があった。


実は、東山の調査を依頼していたのだ。

大山の自宅に行った際に、東山を見かけ話しかけたときに違和感を感じたのだ。

細い腕、醜く太った体、ヨレ切った服、ホームレスに近い悪臭と泥酔者の香りのミックスだった。

本当に彼は、元暴走族連合の総長だったのか?

以前にメディアに出ていた人たちは全員がブランドに身を包み、鍛え抜かれた体をしていた。

関は起業した当時からボディメイクをしていたので、一見で判断がつくのだ。

東山が乗ったタクシーのナンバーを控え、彼がどの地域に住んで居るのかを調べたうえで、調査会社に依頼をした返答だったのだ。


メールには衝撃の内容が記載されていた。

東山の住所と生年月日。

何よりも普段の行動に驚かされた。

当初は、暴走族連合のツテでかけ子などを行うも早々に辞める。

その後はアルバイトを転々とし、自宅に籠っているとのことだった。

今では、アパートに父親と2人で暮らし、部屋に籠ったまま出てこない。

外出するのは、月に数回で、近所に住む母親の家にお風呂に入りに行くときだけだった。

典型的なパラサイトシングルだ。


少し汗が出てくる。

衝撃からなのか、サウナによるものなのかはわからなかった。

ただ、東山はそれで満足しているのであれば、捲る必要もない。

心に素直に行動しているのであれば、その道を応援するつもりだ。


パソコンの隅に、ライブが始まったと通知が出てきた。

東山のライブだったのだ。

開いてみると、口調が完全によれていた。

今までの人生で出会ったことのない人種だったこともあり、少しライブを見てみることにする。

「暴走族連合が全員、武器を使うと思うなよ。俺のパンチは顎を砕くからな」

気持ちよさそうに語っている。

暴走族連合出身者と言うこともあり、視聴者全員が喚起しているが、真実を知ってしまった私としては、少し滑稽に思えるが、酔っぱらいのたわごとで、良くあることだと思う。


「関のこと?別にアイツは小さいし、大したことねぇだろ。秒だよ、秒。」

視聴者に誘導されてなのか、私の話題となる。

しかも、話題が私より強いかどうかだ。

体格差はあれど、鍛えていない人物に負ける気はしなかった。

それにしても、視聴者に誘導され、気持ち良さそうにメッキをまとっていくな。


「あぁぁぁ。関よぉぉ。捲れるもんなら捲ってみろってんだ。モノホンの世界見ることになっちゃうよ。」

遂には、攻撃までしだした…。

滑稽すぎるな…。

でも、このまま放置していては、彼も視聴者のイメージに飲み込まれ苦しい気持ちになってしまう恐れもある。

少しだけ釘をさしておこうか。

行き過ぎると、自分で自分の首を絞めることになる。

かつての私みたいに。


今の現状をそのまま伝えたら、東山君のメンタルが持たない恐れもある。

今回は、ヤードという、複数名でライブ配信ができるソフトを使って、彼を呼び出し、顔出してみろ、出せないだろ、部屋出せないだろと、プチ喧嘩配信風のスタイルで行おう。


関は、早速ライブ配信を始める。

「皆様、こんばんは。

早速だけど、ちょうど今、元暴走族連合の東山君が配信をやっているようだ。

この前に偶然出会った縁もあるので、うちのヤードにあがってくれないか。

もしかしたら、私の配信を見ていない可能性もあるので、視聴者の皆さま、お手数ですが、チャットで知らせていただけると幸いです。」

こうすることで、関のリスナーが東山へ流れていく。

釘を刺すだけで終わらせるのではなく、しっかりと視聴者を共有し、東山君にも利があるようにしてあげなといけない。


しばらくすると、東山がヤードにあがってきたので丁寧に挨拶をしつつ、ジャブを入れる。

「せっかくだから、顔を合わせて話したいから、顔を出してくれないかな?」

少しの間があり、今は無理だと返答があった。

「もしかして、見せられない場所にいるのかな?やましい事が無ければ見せられるよね。」

言っていて、少しムッとする。

嫌味な言い方だ。

けれども、プチ喧嘩配信が趣旨なので仕方ない。

その中で、釘をさしていかなくてはいけないからだ。

パソコンの画面から東山の声が聞こえてくる。

「今は寝ぐせのままなんだ。仕事が忙しくて朝方まで仕事をしていて、さっき起きたんだ。仕事だしい方ないだろ。こんな姿見せられないよ。」


何を言うんだ。

無職で昼夜逆転しているからそうなっているんだろ。

プライドだけは高いようだ。

次の一手を打つか。

「前にお会いしたときも、少し寝ぐせがついていたようでしたし、今更問題ないのではないでしょうか?」


画面越しの東山は怒りだす。

「それは、お前が不意に撮影してきたからだろ!俺に会えんのかよ。びびってんじゃねえの?」


急に会う会わないの話になり、驚く。

すぐにでも会いにいけるが、それでは彼の家を晒すことになってしまう。

けれども、この流れは仕方がない。

「なら、すぐに向かいますよ。どちらなんでしょうか?一時的に音声を遮断するので、ご安心して待ち合わせ場所を仰ってください。」


「あぁぁぁん。じゃぁ来いよ。主張で沖縄に来ているんだ。すぐ来れんだろ。今すぐにだ。」

画面越しの東山の呂律が限界を超えているレベルだった。

どれだけ飲んだらそうなるのか心配になる。

それよりも、お前…。

都内のアパートに居るだろ…。

「それなら、沖縄の夜景を見せてください。忙しかったので久しくいっていませんので」


東山の返答はなかった。

その変わりに、ごそごそと音が鳴り響く。

少しすると、顔をだし、ここどこだと思う?と言い出した。

背景は白い壁紙で、画面がゆらゆらとしている。

そして、東山は言い放つ。

「ホテルなんだよ。もうこれでいいだろ。今日は終わりだ。俺のネーム使って視聴稼ぐのも対外にしておけっ!」

そのまま東山はヤードを降りてしまった。

ただ、降りる瞬間、見覚えのあるものが映し出されていた。

コンビニのポスターだった。

おそらく、東山は自宅からスマホの画面を抑えながらコンビニのトイレに駆け込んで

ホテルに見立てたのだろう。

確かに、コンビニは壁紙にお金をかけているからホテルに見えなくもない。


今回は、負けたかも知れない。

釘を刺すつもりが、次から次に出る嘘によって、東山が日本を飛び回るビジネスマン的な印象を与えてしまったからだ。

視聴者も歓喜している。

逆に拍車をかけてしまったのかも知れない。

それよりも、今までにないタイプの人間で、いかにして釘を刺すのかが楽しくなってきた。

少し、東山で遊んでみるか。


余韻を楽しもうとYouTubeの登録チャンネルを確認したら、大山がライブをしていたのでクリックをしてみた。

住宅街の中に大きなお屋敷があり、そのお屋敷の門に向かってメガホン片手に叫んでいた。

「お前ら悪いことすんなよ!お前らも、俺ん家なんだよ。」

門から本職と思われる強面が何人も駆けて出てくる。

大山はスケボーを片手に駆け出し、ランニングプッシュで逃げていく。

車道に出て、上手に車に掴まりながら、器用に次々と車を乗り継ぎ、夜の町を駆け回っていく。

ウィールが激しくアスファルトに擦られる音と大山の雄たけびがこだまする。

そして、盛大にコケた。


関は、コイツは普通じゃない。

とんでもないのを相手にしちゃったのかも知れないと思った。




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