第4話 火種
いつもなら、10時台のドラマが終わった時間から大山の配信がスタートするが、この日は遅れていた。
恐らく、タイマン勝負について視聴者から集中砲火を喰らう対策を練っているのだろう。
以前か、天皇の血筋であったり、ヤクザの大親分は全員親戚など意味不明な発言を繰り返していたこともあり、最近では武勇伝自体が胡散臭いと言われるようにもなっていた。
東山は暗く、むせ返るほどの生活臭を超えて動物園の様な匂いのする部屋で、ネット掲示板を見ながら配信を待っていた。
配信の通知音が鳴り、スマホを見ると、捲り屋関の放送が開始されていた。
なんと、関は大山の戸籍を調べ上げ、天皇家であったり、ヤクザの親分と親戚関係にない事実にたどり着いたことを述べていたのだ。
小気味いい気持ちになりながらも、その役目は俺じゃなくてはいけない。
俺の獲物なんだよとスマホに語り掛ける。
関の配信に少し遅れ、大山が配信を始めた。
当然、チャット欄は大炎上だった。
当初は気持ちよさそうな表情をして余裕ぶっていた大山も、徐々に苦い顔になっていく。
大山は電話番号を公開し、視聴者からの電話凸や相談を受けていたこともあり、電話が次から次に鳴り出し、罵声を浴びせられる。
大山はチャット欄を管理しているモデレーターに、アンチを全員ブロックするように指示を飛ばす。
チャット欄はそれでも、荒れ狂う濁流の河川の様に文字が飛び交っていた。
もしかしたら、視聴者も複数のアカウントを作り、ブロック対策をしているのかも知れない。
苦悶の表情を浮かべた大山の怒りの矛先は、関に向いていく。
リアルタイムに家系の嘘を捲られているのをチャット欄で知っているからだ。
関は会社を立ち上げ、自己株式を全部売却しているものの、類まれなる才能から、多くの会社の顧問を務めており、コンサルとしてHPも持っていたのだ。
大山は、関のHPを画面に映しだす。
「みなさ~ん。
こいつは悪ですよ。王様である私を陥れる為に、嘘の情報を流しています。
どうか皆様のお力で、関に関わる企業さん全員に悪行を知らしめてください。
それことが正義なのです。」
大山は電話番号を指さしながら視聴者に攻撃を指示している。
東山は同じようにされたらたまったもんじゃないと思う。
昭和初期のアパートに父親と二人暮らしで、トイレはあるが、風呂はなかった。
風呂がないが故に、部屋が獣臭だか、ホームレス臭に近いものになっている。
そんな姿を晒されたら、偶像に浸っている視聴者から攻撃されてしまうと想像し、胃の当たりから何かが上がってくるのに近い感覚にむせ返る。
関の配信を見ると、関のスマホが鳴りっぱなしのようだった。
少し動揺しながらも、徹底抗戦の姿勢を示している。
これは、完全に全面戦争だ。
関は証拠ありきで大山を捲り、大山は信者を使って直接攻撃を仕掛けていた。
東山はどういう方針で配信をすれば良いのか悩む。
この争いに割って入って、巻き込まれ捲られてしまったら終わりだ。
配信をしないという選択肢もあったが、脚光を浴びる気持ちよさを知ってしまった今となっては、配信しない選択肢もなくなっている。
今朝にやったみたいに、短時間の配信で、視聴者のコメントに返答する形なら良いし、都合の悪いことは全て濁せばいい。
危険な匂いがすれば距離や時間を空ければ問題ないだろう。
約25年間も引き籠ってきたから時間的なものは少し長くても苦にもならない。
結局、この日は配信をしなかった。
同じ日にやれば、視聴者から質問を受けるだろうし、ボロがでてしまう恐れもあったからだ。
まずは、大山と関の争いの行く末を見なくてはいけない。
結局、大山の信者の猛攻撃により、関は数社顧問契約を打ち切られたようだった。
関の影響力が高い分、繋がっているリスクを回避したがる企業の気持ちもわかる。
けれども、大山も痛手を被っていたのだ。
嘘が捲れたことで、視聴回数はジェットコースターの急降下の如く減り、アンチからは、企業に電話をかけさせるなど、やり過ぎだと炎上していた。
世間的な風潮としては、関擁護派がほとんどになっていた。
実際、大山の配信中のチャット欄を見ると、投げ銭禁止と定期的に打ち込まれるという、制裁を受けていた。
ライブを主体としている配信者の収入は投げ銭が8割を占めている。
炎上という社会的制裁は、大山の収入を絶つという経済制裁の意味もあったのだ。
それに加え、関は不法行為に基づく損害賠償請求の民事裁判を起こすこととなったのだ。
今回の炎上が下火になった頃に、東山も配信をスタートさせることとなった。
当初は、波風を立てず、皆の抱いている偶像を逆手に取りながら配信をしていくつもりだった。
配信を始めると、以前よりも多くの視聴者が集まっていた。
それは、大山に見切りをつけた視聴者が流れてきた証拠だった。
大山の配信中に、突撃した東山も捲った英雄の一人として認識されていたのだ。
当初は、視聴者のチャットに対して、あたり話去りなく話を進めていた。
自分では気が付かなかったが、呂律注意なるチャットが増えだしている。
もしかしたら、久しぶりの人とのコミュニケーションで酒のペースが早くなっているのかも知れない。
でも、それが東山のプライドを刺激した。
この場所は俺の王国だ。
俺が頂点なんだ。
偉そうに呂律注意なんて言ってんだよ。と怒り狂っていたら、偉そうにの下りを言葉として発していたのだ。
一瞬、炎上を恐れるも、チャット欄は瞬く間に、歓喜の声で溢れ出す。
暴走族連合出身で、コワモテ風の口調がキャラとマッチしていたからだ。
チャット欄は大山に対しての発言を求めるようになっていた。
当たり障りなくやり過ごすつもりだったが、酒の力と悦に入ってしまったことで次から次に言葉があふれ出す。
「あいつ、結局は俺に会えなかったよな。よえ~からだろ」
「結局はモノホンの世界を知らないシャバぞう君なんだよ」
「俺はしつけーぞ」
暴走族連合から本職になった先輩がいることを知っているが故に、自然と本職を匂わせる発言をしてしまった。
一瞬、やり過ぎたかも知れないと思ったが、チャット欄が更に歓喜していた。
投げ銭も次から次に入ってくる。
約25年間に稼いだ金額を秒で稼げている現実が、更に東山の脳を狂わせていく。
「俺も昔は一通りのことやってきたから、あんな奴は目じゃねーからよ」
遂には犯罪を犯した過去まで匂わせてしまったが、実際に引きこもってからは悪さなんて一切してないかった。
当然ではあるが、狭い子供部屋の中で一人きりで犯罪を犯すことなんて物理的に可能だ。
チャット欄は、関の話題へと変わっていく。
それも当然かも知れない。
大山との経緯が終われば、現場に居合わせた関との接点となっていく。
東山としても、その日初対面だったので、視聴者と同じ範囲でしか情報を持ち合わせていない。
けれども、今の東山は完全に酒にもコワモテキャラにも酔いしれていた。
視聴者から関は強いですか?と質問があった。
「そもそも、アイツは有名じゃないだろ。俺は知らないし、周りの奴等も知らない」
「確かにガタイは良かったけど、身長低いし、ワンパンで終わりじゃね」
東山は自分の言葉に酔いしれていく。
「ってか、アイツが捲ってるんじゃなく、情報買ってるだけだろ。
別にアイツは大したことないから。
捲れるもんならやってみろ」
言った次の瞬間、酔いが醒める思いがした。
もし、ターゲットになったら…。
でも、俺みたいな小さいチャンネルなんて見ているはずもない。
そう言い聞かせて配信を続けていた。
画面の隅で、捲り屋関が配信を始めた通知が出ていたが、カメラ部分に黒いテープを張り付けていたので、通知には気づかなかった。
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