第3話 自己肯定感

東山は家につき部屋に入る。

湿気と何日も洗っていない服と酒の匂いでムワっとしている。

普段は部屋から出ないので気づかないが、久しぶりに長時間外の空気に触れていたことから気になった。

少し酒が抜けてきている証拠でもある。

高揚した気持ちを持続させる為に飲みかけだった焼酎の水割りを一気に飲み干す。


本当に不思議な一日だった。


いつもなら、自分の王国である、この部屋から出ることはない。

けれども、偶然知っている先輩の名前が出たことと、泥酔していたこともあり向かってしまった。

本当は威嚇して帰るだけのはずだったが、関が来ていて、お節介にも強引にYouTubeライブをさせられた。

身長は低かったが、暴走族連合時代の先輩たちのような肉体をしており、その当時の恐怖が頭をよぎったことで逆らうことができなかった。


暴走族時代は単なる町の暴走族だったが、暴走族を連合化させている奴らに目を付けられ、あっけなく吸収されてしまった。

それだけなら良かった。

奴等は勝つことを目的とし、手段は一切問わなかったのだ。

抗争に出席しなければトラウマレベルの教育的指導が入り、抗争に行ったらいったで、武器を使ってでも、刃物を使ってでも相手を仕留めなければ、逆に自分がやられる状況だった。

頂点だった三田君の身長は日本人平均よりも低く167㎝だったが、鍛え抜かれた筋肉は見る者を圧倒していた。

三田君は誰が見ても、腕っぷしが強い人間だったが、素手での喧嘩はほとんどせず、警棒や子供用のバットを使っていた。

それは、コンパクトで扱いやすく、確実に仕留めることができるからだ。

東山は身長180㎝近くあり、肥満体型だったこともあり、肉体的に有利ではあったものの、武器を使われてはひとたまりもなかった。

気が付けば、牙を抜かれ従順な犬と化していた。

東山自身、それが身を守る最大の手法だと認識していた。

大きな抗争の際、死人が出たことで警察に逮捕された。

亡くなった人には大変申し訳ないし、ご冥福をお祈りしたい。

でも、これで安全な世界に行けると喜んだ部分もあった。


そういった過去があったこともあり、三田君と関は顔は似ていないが、肉体や雰囲気が似ていたこともあり、逆らう気になれなかったのだ。


でも、身をゆだねたことで違法薬物にも近い感覚に陥ることができたのだ。


有名な先輩たちの陰に隠れ、裏稼業について行けずフェイドアウトし、地中に潜っていたが、ライブで多くの視聴者からコメントであふれかえっていた。


実は、東山が早々にフェイドアウトし、家に引きこもったことを知っている暴走族連合の皆は、メディアであったり、本を出版する際に、東山を誇張して喧嘩が凄いなど持ち上げていた。

もちろん、皮肉を込めた意味だったはずだ。

もしかしたら、二度と表舞台に出てくるなと言う意味だったのかも知れない。


けれども、視聴者や読者は、その言葉を額面通り受け取っていたことから、偶像化された東山の登場に感極まっていたのだった。

意図せず、関東最凶と言われた暴走族連合の元総長が渋谷のドンを襲撃するという図式になっていたのだ。

しかも、そこに週刊文春をも凌駕する勢いの捲り屋関が登場したことで瞬く間に拡散されてしまったのだ。


暴走族連合といっても、主要メンバーは国外逃亡をしていたり、刑務所の中に入っているし、本職をしている人物もいるが、世界が違うから今更言ってくることもないだろう。

その事から、少しだけ関に感謝をしている。


25年間引き籠って酒に浸り、潜り続けた人生が輝きを放ったのだ。

その喜びはドーパミンをバンバン放出し、いくら酒を飲んでも飲まれることはないくらい全身を駆け巡っている。


幸せに浸っていると、カーテンの隙間から日の光が見えてきた。

そろそろ眠りたいところだが、もう一度味わいたい。

スマホを開き、YouTubeの画面を開くと登録者数が5千人を超えていた。

少し恐怖すら覚えながら、ライブのコメント欄を確認する。

「本物が来た」

「大山なんてやっちゃってください」

「関君と一緒に捲り倒してください」

「ファンです」

誰一人としてアンチがいなかった。

アイコンが女性の人も熱烈な熱いコメントを書いてくれている。

引き籠って以来、リアルな女性と交流を持たなかった東山はズボンを降ろし手でまさぐる。

これからは俺の時代が到来する。

女もやりたい放題だ。

ドーパミンとアルコールと自身の王国である子供部屋という環境で都合の良い世界に浸っていく。


興奮により血流が良くなり、更に脳内にアルコールが蓄積されていく。


今すぐライブをやりたかったが、昭和初期の砂壁アパートの室内を晒すわけにはいかない。

でも、すぐにでも王様になりたかった。

白い液体が付着した手のままスマホのカメラを指で隠し、ライブボタンを押す。

早朝のこんな時間だし、人も集まらないだろう。

それに、暴走族連合自体が影の組織的なイメージもあるから顔を出さなくても言い訳ができる。

画面を見てみると、1000人が集まっていた。

こんな時間に起きている連中ってどんな奴なんだ。

なんで、こんなに集まるんだ。

そんな疑問が頭をよぎるが、アルコールによって、疑問は血流と共にどっかに消えてなくなっていく。

何を話そうか決めていなかったので、少し沈黙をしているとチャット欄にコメントが溢れかえってきたので、それに返答する形で進めていた。

質問の中でも多かったのは、大山がタイマンでやっつけたと言っていた先輩との真実についてだった。

東山は「先輩は俺よりも強い、大山は俺から逃げようとしていた。それが全てだ」と短く語った。

みるみる間にチャット欄が濁流の如く言葉で溢れかえる。

台風で氾濫した河川を彷彿させる勢いだ。

それと同時に心が満たされていくのがわかる。

なんて気持ちいいんだ。

今日はこの辺で終わりにしようとライブを終え、画面を見つめる。

なんと、投げ銭だけで10万円を超えていたのだ。

今までアルバイトすら一週間も続けて事がなかった東山は、こんな大金が1時間もしないで稼げることに衝撃を受けながらも、俺は別格の人間なんだ。

選ばれた人間なんだと悦に入ったまま眠りにつく。


目が覚めた時には既に外は暗かった。

時計と見ると午後5時を過ぎていたのだ。

久しぶりに外に出たから疲れていたのかも知れないと思い、部屋を見回す。

何日も洗っていない服が転がり、何年も干していない湿った布団。

爪でこすれば砂がこぼれ出す砂壁。

少し気落ちしながらも、初めての希望に心が少し熱くなった。

目が覚めてきて気になったのは、大山のことだった。

東山が登場したことで、大山の嘘が捲れたはずだ。

ましてや、捲り屋も現場にいた。

大山を地の底に引きずり落とせたのか、ネット掲示板を開く。

意見は完全に二分していた。

大山を擁護する人と東山が真実という意見だ。

腸が煮えくり返りそうになる。

俺はあいつをどん底に陥れなくちゃいけないんだ。

俺が正しいんだよ。

今までの俺は、未来のお前なんだ。

そう考えながらキッチンへ行きカップラーメンとポテトチップス2袋を手にする。

カップラーメンが出来るまでの間、大山の次の動きを想像しながら焼酎をあおる。

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