オーバードーズ
「異能は魔術とは全く違う原理で動くからなあ。どれだけ魔術的セキュリティを高めても転送の異能を持った
気がつくとぼくは斜面を背にもたれかかるように座り込まされ、
煙草臭い息を吐きながらスーツを着たサラリーマン風の男が、僕の目の前にしゃがみこみ話しをしていた。
片手で手裏剣の様な物を数個ハンドスピナーの様に弄んでいる。
「まったく。表でヒーローごっこしてるだけならよかったのに、もしくはその人類の
状況は理解できない。しかし、アモンの麓で僕は状況を理解する前に対処する、そうしないと手遅れになるという思考と行動の癖を身につけていた。
――一錠。
「俺たちはBE2。『表』から『裏』を一片残らず駆逐する『人間』の団体だ。」
要するに裏が嫌いな連中が、珍しい
――二錠。
「『解花性存在』、3人目の『主人公候補』。うちの大将はあんたを「裏」側と判断した。「裏」は「表」に悲劇を招く。放置すればするほど強くなる『解花性存在』が裏についたなら早めに潰そうってこった。」
――三錠。
「お前の周りから大量に人が消えただろ?あれだって裏の仕業だ。たまたま主人公候補として生れたってだけで『裏』はそいつの周りの人間を理不尽と不条理に巻き込む。主人公候補だけじゃない。裏の存在に人生を狂わされた奴ってのは大勢いるんだよ。俺達の世界にファンタジーはいらねえ。冒険も波乱もどっか知らねえ遠くでやってくれりゃいい。それを俺達の
――四錠。五錠。六錠。七錠。八錠。九錠。十錠。十一錠。十二錠。十三錠十四錠十五錠十六錠十七錠十八錠十九錠二十錠二十一錠二十二錠二十三錠二十四錠二十五錠二十六錠二十七錠二十八錠二十九錠三十錠三十一錠三十二錠三十三錠――
「ずっと見てたぜ。神話武器はおっかねえがもう気力も魔力もすっからかんだろ?お前の英雄譚はここで終わりだよ。」
サラリーマン風の男が手を上げると場の温度が熱くなる。殺気立った人間共が近づいて来る中、僕はいくつかの事を諦めていた。
男が一席ぶっている間にポケットの中にある魔力ポーションを全てシートから出し、左手からあふれるほど握りしめていた。
『魔力ポーションをオーバードーズしてパワーアップ!とかしちゃ駄目だよ?発狂して脳の血管が切れるかもしれないからね』
不殺の英雄とか、かっこよくて好きだったんだけどな。
錠剤を一気に口に放り込み、死ぬ気の速度で嚥下する。
一席ぶっていた男は何をしたのか一瞬で理解したらしく、目を見開いて手裏剣を振りかぶる。
次の瞬間、サラリーマン風の男の頭部は僕の右手から出た炎によって灰にすらならず蒸発した。
「魔力ポーションを
数十の振り下ろされる
圧倒的な魔力と共に根源的な恐怖が脳の奥底から隅まで満ち満ち、殆ど思考が出来ず叫び出しそうになる。
耳の奥に心臓が出来たかのように鼓動の音が爆音で聞こえる。
既に耳からも鼻からも血が垂れていて、嫌な音と共に左側の視界が赤くなり左目に手をやると、赤い血が手にべっとりついた。
人生で一番と言える痛みが頭痛として襲ってきていた。
意志なんて不確かな物は掻き消えてしまいそうな苦痛の中で、僕は言葉にすることで自分の意志を世界に叩きつける。
「
その日、アモンの麓で二回目の地形変動が起こった。
「アイラ!もっとなにか薬は無いの?!」
「魔力中和剤で器以上の魔力は中和した。血圧も下げたしベンゾジアゼピン系、オピオイド系の鎮静剤で脳の異常興奮も止めた。もうこれ以上は手の打ちようがねえよ」
少女二人が言い争っている声が聞こえる。片方は相当焦っているようだ。
悪い夢を見て、瞼を開ける気にもならない最悪の微睡み。今の自分はそんな状態だった。
しかし脳というものは殊勝にも働き者で、一度覚醒すると時間と共に見当識がおぼろげながら掴めてくる。
自分が何者か、何をしたか、言い争っている少女達は誰か。思い出した辺りで嫌々ながら目を開ける。
「蓮?……蓮!大丈夫!?私の事わかる?」
「……十火」
「三日三晩起きなかったんだぜ。四十錠近くポーションを飲んだんだ。頭破裂しなかったのが奇跡だけどな。飲んだ後すぐに大規模魔術を使ったのが良かったんだろう。あれで身体中を荒れ狂う魔力の8割は消費してた」
ふと視線を横に向けると窓の外は夕焼けで赤く染まっていた。夕焼けだ。と思った。お見舞いらしき青い花が花瓶に刺さっていた。青い花だ。と思った。
あれ?なにかおかしいな。
「――BE2とか言ってたけど、あいつら」
「
「……なんで、そんな」
「リーダーが蓮と同じ『主人公候補』なんだよ」
十火が説明を引き継いだ。
「『エクスカリパー』っていう神話武器を
「だから裏を憎んでる」
「……うん。蓮と蓮のお姉さんが拉致されなかったのは、おじさんが拉致に使う転送魔法に無理矢理干渉したからだよ。だから、言いづらいけど蓮の村の人は、その……」
「ああ、実験体にされてるんだ」
あれ?あれれ?
十火は拍子抜けしたような顔でこちらを見ていたが、すぐに気を取り直して話を続けた。
「『解花性存在』は私の物にしたって大々的に公言することで、アモン一族の権威を使って裏の様々な組織から蓮や蓮のお姉さんを守るつもりだったんだけど、今回はそれが裏目に出た。まさかBE2がアモンの領域にまで入ってくるとは思わなかったの。彼等は基本裏には来ないから」
別に死にかけた事はどうでもいいが、その言い訳じみた口調が鼻にさわった。
ん?
「あ、うん」
なんだか違和感がある。自分の感情の反応が予測と食い違う、感じた事の無い違和感。
「蓮?」
「なに」
「大丈夫……だよね?」
アイラが口を挟む。
「後遺症で発狂してるようには見えねえけどな。疲れてるだけだろ。念の為一日寝てから帰れ。学校には適当に言ってあるし、お前の家族にも同じ言い訳してあるから」
「ああ……あ、うん。そう。あの、寝ていい?」
「ああ、そうしろ。心も、体も、お前が思ってる以上に疲れてる筈だ」
そうして僕は、違和感を無視して眠りについて、翌日、家に帰り、その次の日から学校に戻った。
違和感は、ずっと消えなかった。
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