第3話
僕が起きられるようになったときには、もう日が沈んでいた。十火は「今日はもう遅いから説明は明日にするね」と言って帰る事を提案した。姉が心配しているだろうと思って僕も了解し、姉には「友達が出来たから記念に遊んでいた」とメールをして、十火と校門で別れた。
「蓮!遅くなるなら早めに連絡しなさい!心配したでしょ!」
「ごめん
姉の表情は必死に怒っているように取り繕っていたが、安堵しているのは一目でわかった。その証拠に一度怒鳴るとすぐにキッチンに引っ込み、僕の夕飯を温めなおして出てきた時にはもう機嫌がなおっていた。
なんせ周りの人間がある日突然消えたのだ。僕もいなくなったんじゃないかと不安でたまらなかったのだろう。僕は本気で反省した。
「部活を始めるから帰りが遅くなると思う」
「へえ。なんの部活始めたの?やっぱり剣道部?」
「……………文学部」
「はあ?あんたが文学に興味なんかあるわけないでしょ。オカルト研究会ならまだしも。バカみたいにずっと剣を振り回してたくせに」
酷い言い草だが、なにも言い返せなかった。
姉は何かを思いついた様に意地悪そうににやりと笑った。
「あ、可愛い女の子でもいた?」
「い、いやそうじゃなくて、環境も変わったしこの機会に教養を深めようとさ。やっぱり学生の本分は勉強なわけで」
「やっぱりそうなんだ〜」
けらけらと笑いだした。
口ごもったのは本当の事を言う訳にもいかないという理由もそうなのだが、「可愛い女の子」は実際にいた訳で、僕がなにも言わず文学部に引きずられていったのも十火の容姿によるものではないのか、と聞かれたらNOとはっきりは言えないからだ。
翌日、高校最初の授業が終わった。小学生から中学生になったときはなんとなく学校の空気が変わった気がして不思議な感覚があったが、中学と高校でその感覚はなかった。
放課後、僕が荷物を纏めていると教室の生徒がざわざわとしだした。周囲を見渡すとほぼ全員が教室の後ろの扉の方を向いていた。
案の定というか──言うまでもなく十火だった。
「蓮!」
彼女は注目を気にする事なく僕を見つけると駆け寄ってきた。
「誰?すごい綺麗な人……」
「焔崎十火だよ。中等部の頃から有名人で毎日の様に告白されてたけどことごとく振りまくってたの」
「じゃあ蓮ってのは?」
「さぁ……少なくとも中等部からの子には蓮って人はいないよ」
そんな入学ニ日目にして仲良くなったらしい女子の話し声が聞こえる。
「部活の時間だよ!行こう!他の部員も紹介するから!」
そういえば部員が一人だけなんて訳がない。やっぱり他の部員も悪魔なんだろうか。
「うん。でも別に迎えに来なくてもよかったのに。ちゃんと行くつもりだったよ」
「えへへ〜待ち切れなくて」
そういうと昨日の様に手をとって歩きだした。
廊下をずんずん進んでいく。
生徒から教師にいたるまで全員がこちらに注目する。視線が痛い。
「あのさ、十火」
「なあに?」
にこっ
「……なんでもない」
こんな無防備な笑顔を見せられて、「手を離して」なんて言えるはずがなかった。
視線で身体に穴が空くんじゃないかと思った頃に、文学部の部室に到着した。
「みんなおまたせ〜」
「おうお嬢!来たか」
「全員集まってるみたいだね。紹介するよ。この子が『解花性存在』の如月蓮くん。3人目の『主人公候補』」
いきなり訳のわからない単語で紹介された。
金髪のポニーテール、女性としては背の高く胸の大きい少女がソファから立ち上がった。それに続いてみんな立ち上がる。部員は十火と僕を除くと四人いるらしい。
「あたしは西条アイラ。ハイエルフだ」
「ハイ」ってエルフもいるんだろうか。
「私は小鳥遊小春。人狼。祖母は村で現人神やってます。どうぞよろしくしやがってください」
「……」
小学生くらいの体格の白い髪のショートカットの子がそう言った。
「私は冴樹裕子、冴樹和葉の妻で「違う。こいつは葉賀裕子。堕天使だ」
「……」
茶髪のセミロング、左手の方だけ三編みにした女の子が自己紹介しようとしたのを、かなり背の高い精悍な顔立ちの少年が遮った。
「あ〜……俺は冴樹和葉。
四人目にしてようやく人間が出てきた。……よくわからない単語を言っていたが。
「えっと、皆さんよろしくお願いします」
「小春は中等部三年。他のみんなは蓮と同じ高校一年生だよ。さあ、じゃあ自己紹介も終わったところだし、ちゃちゃっと蓮くんにこの世界の理を教えちゃおっか。まだなんにも知らない訳だしね」
そう言うと十火は僕をソファに座らせると自分も僕の隣に座り机を指さした。机の上、空中に赤い膜が現れた。
「この世界には『表』と『裏』があるの。表は今私達がいる場所。魔術も悪魔も人狼もエルフも『基本的には』いない普通の世界」
この世界を模したのであろう山やビルが膜から生えてきた。
十火は膜を裏返す。
今度は中世の城の様な物や恐らく魔物かなにかを表しているであろう異形の存在が膜の上に現れた。
「そして『裏』。こっちの世界には神話や伝説に出てくる様々な生物や、表の世界では名も知られていない常軌を逸した存在が沢山住んでるの。それらは時々表の世界に現れる。私達みたいに魔術を使って自分の意思で表に来る知的生物もいれば、ふとしたきっかけで表に『染みでて』しまう物もいる」
膜が消えると今度は赤い人形が3体空中に浮かび上がった。
「表にも裏にも人間はいるけど、人間が超常現象を引き起こす能力を持つパターンは三種類。それらは
人形の内一体は手から火の様な物を出し、二体目は剣を持ち、三体目は戯画化した悪魔のシルエットと線で繋がっている。
「
そこで十火は人形を消した。
「ここまででなにか質問はある?」
「えーっと……まずどうして君は僕を文学部に──裏の世界に引き入れようとするの?そもそも僕の名前とその、解花性存在っていう
「ニつ目の質問は簡単。君の叔父さん、如月彰吾さんと私が知り合いだから。彼は『金の暁の写本』という魔導書と契約した大魔道士なんだよ」
不思議と驚きは無かった。叔父の変人ぶりは異常だったし、僕に聞かせてくれた物語の数々がそれを証明しているような気がした。
「一つ目の質問、私がなぜ蓮にこだわるのか。それは蓮が持つ解花性存在が『主人公候補』と呼ばれる程特別な
元々火の様な十火の瞳が更に熱を持つ。興奮して身を僕の方にのりだして語った。
まあ、大体わかった。飲み込めはしないけれど、理解は出来た。いくら「英雄になりたい」といったって十火と状況にただ流されていく今までの状況が不安ではなかったと言ったら嘘になる。
「じゃあ、やろうか。契約」
「ほんと?本当にしてくれるの?昨日思い知ったと思うけど、普通に死ぬことだって──ていうか生きるのが奇跡みたいな世界に蓮はこれから踏み出すんだよ?」
「死ぬのなんて普通に生きるよりよっぽどマシだよ」
「あはは。やっぱり蓮は如月おじさんの言う通りの男の子だ」
十火は手のひらに赤い魔法陣を出した。
「ここに手を置いて、宣言して。アモン一族の悪魔、焔崎十火の眷属になることを承認するって」
僕は契約することよりも十火の手に自分から触れる事に少し動揺しながら、それを顔に出さないように手を置いた
「如月蓮はアモン一族の悪魔、焔崎十火の眷属になる事をここに承認する」
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