20xx年10月20日(月)
通り過ぎる度に生徒たちが振り返る。
まるで街中でふとすれ違った芸能人を二度見するかのようだ。
ただその表現はあながち間違いではなく、この学校で抜群の知名度を誇る花守千鶴は、私を見ろと言わんばかりに一年生のフロアを闊歩する。
目的地である一年A組で足を止めた彼女は、視線を一身に浴びながら教室に入った。
「杠葉ひよりさんはいらっしゃるかしら?」
透き通る声が教室中に広がり、生徒たちの視線は一点に集中する。
「何かご用でしょうか?」
ご指名に預かり、悠然と立ち上がるひより。
もっとも、用事なんて分かりきっていた。
「貴女、ミスコンを辞退したってほんとかしら?」
「ええ。残念ながら興味がございませんので」
「そう。けど、貴女は知っているの? 非公式とは言え、この学校のミスコンは有名私立大学への登竜門なのよ?」
彼女が言うように、この学校のミスコン受賞者はもれなく有名私立大学へと進学を果たし、その後、アナウンサーやタレントになっている先輩は数多く存在している。
かくいう千鶴も、名門私立大学へ進んだ後、大手キー局のアイドルアナウンサーになるという明確な目標を持っており、そのためにミスコン三連覇という偉大なる称号を得ようと画策しているのだ。
ただし、ライバルのいない三連覇になど意味はない。最大の刺客を打ち破っての三連覇にこそ、大きな価値があると千鶴は考えている。故に杠葉ひよりの出場はマストなのだ。
「私をだしにしようとしても無駄ですよ? それに私は元々国公立一点狙いなので、私立は全く眼中にないです」
「ご立派なことね。けれど、生まれ持った美貌を活かさないのは愚かなことだと思いますよ?」
「価値観を押し付けないでください。私は別に外見で勝負したいとは思いませんので」
「……随分、わからず屋な後輩ね」
千鶴はひよりの前まで行き、そのモデル体型を遺憾無く発揮し見下ろした。ひよりが猫であるならば、千鶴は獲物を喰らう女豹である。
「断言するわ。貴女は絶対にミスコンに参加せざるを得なくなる」
「……どういう意味ですか」
「私が貴女の弱みを握っているからよ」
「そんな脅しを真に受けるとでも?」
全く信じていないひよりだったが、千鶴に耳打ちされた次の瞬間、目の色を変えてしまうことになる。
「日向要。彼のことが好きなのでしょう?」
「!? ……場所を変えさせてください」
「いいわよ」
二人は校舎裏へと移動した。
ひよりは珍しくイライラを隠せない様子で、強めの口調で言った。
「さっきの件ですけど、何か確証があってのお話ですか?」
「恋は盲目とはよく言ったものね。あんな堂々と一緒にランニングしてて、誰にも見られていないとでも思ったのかしら?」
「……見ていたのですね」
「あの公園、私もよくトレーニングで利用するの」
勝ち誇ったような笑みを見せる千鶴に、ひよりは首を横に振る。
「……残念ですが、先輩が思うような関係ではございませんので、何の弱みにもなりませんよ」
「そうかしら。この写真を見て、果たして何人がそう思うかしらね」
千鶴が見せてきた携帯には、男の子に恥ずかしそうに背負われているひよりの姿が写っており、ひよりは動揺を隠せない。
「……これ、普通に盗撮ですよ」
「その反応は、黒ってことでよろしいかしら」
「いいから早く消してください!」
やれやれと言って、千鶴はひよりの写真を目の前で削除して見せた。
元々彼女の本心を探るために出したにすぎないので、最初から写真を使って脅すつもりなどさらさらなかったのだ。
「日向要。意中の彼に告白はしなくって?」
「先輩には関係ないでしょう」
「そうね。では、私がアプローチを仕掛けても文句は言えないですわよね」
「……嫌がらせのつもりですか?」
「そんなことはありませんよ? ただ、魅力的な男性だなあと思っただけです」
分かりやすい猿芝居に、ひよりは嫌悪感を露わにする。
普段のひよりからは考えられないほどの怒気を孕んでいた。
「人の恋路を邪魔するのはやめて頂けますか」
「あら、もう隠そうともしないのね」
「取り繕うのはやめました。それで、どうしたら引いてくれるのです?」
「まあまあ、落ち着きなさい。杠葉さん、私と勝負をしましょう」
「勝負?」
「ミスコンで勝った者が、日向要に告白できる権利を得る。どう、素敵だと思わない?」
そんな気など毛頭無いのは見え見えだったが、ひよりにその提案を却下することなどできない。
冗談であっても、好きな人を弄ばれたくないという想いが、彼女には強くあったからである。
「いいでしょう。その勝負、引き受けます。ですが、一つ勘違いをなされているようですね」
そこで言葉を切ると、今まで放っていた怒気を意識的に下げ、ひよりは冷めた声で告げる。
「私が出場する時点で先輩の優勝はありません。結果として三連覇の夢は絶たれ、大学進学にも大きな影響を及ぼすことになるかと」
「やれるものならやってみなさい。もっとも、貴女がティアラをかぶることは万に一つもないでしょうけど」
「それを決めるのは観客であって先輩ではないですよ」
「……貴女、いい性格してるじゃない。気に入ったわ、本番が楽しみね」
「ええ。同じく」
美人は怒ると怖いとはよく言ったもの。
二人の類まれなる美貌の持ち主たちは、見に見えぬ火花をバチバチと散らしていた。
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