20xx年07月22日(火)
午前中に終業式が行われ、無事高校一年の一学期を終えることになった要。
当初、午後はゆっくりと映画でも見に行こうかと考えていた彼だが、思わぬ来客の訪問が予定されたことにより、その計画は白紙となった。
(なぜこんなことになった・・・・・・)
片道一時間。
電車を乗り継いで家に戻ってきた要と、その友人である流星。
一番懸念されるひよりとの遭遇についてだが、そこは心配には及ばない。クラスの学級委員長である彼女は午後から委員会に出席しているはずなので、おそらくまだ学校に残っているはずだ。
ただ、万が一ということがあるので、余計な詮索はさせぬよう、さっさと二階に上がり部屋に誘導した。
「ここだ」
「お邪魔しまーす」
部屋を見た流星は感嘆の声を上げる。
それの意味するところは余裕で読み取ることができたので、要はあえて自分から切り込んでいく。
「どうせ汚いとか思ってたんだろ?」
「そりゃまあ。だって男の一人暮らしだし、ましてや要だし」
「・・・・・・どういう意味だよ」
ナチュラルに失礼なことをいう流星に、要はじとっとした視線を向ける。
だがこうした光景は日常茶飯事であり、流星は全く気にした素振りも見せない。
それどころか、何かを探すかのように辺りを見回していた。
「それよりお前ってエロ本どこに隠してんの」
「ねえよ。あっても言わねえし。大体、このネットが発達した時代にわざわざ紙で見てるやつとかいるのかよ」
「失敬な。俺は今だにグラビアは紙派だ!」
「・・・・・・まじで今年一番どうでもいい情報だわ」
今更だが、こんな阿保を家に入れたことを後悔していた要。
さりとて一度家に上げてしまった手前、目的を達成しなければ素直に帰る男でもない。
「とにかく、さっさと勉強に取り掛かるぞ。残りの七月を棒に振りたくなければな」
あえて語尾を強調することで、流星ははっと我に返ったようだ。
自らリビングに座ると、テーブルの上に勉強道具を並べ始める。どうやらやっとやる気になってくれたらしい。
「じゃあとりあえず期末テストの復習から始めるか。補習のテストは主にこれがベースになるって話だもんな?」
「みたいだ。答えの丸暗記を防ぐために数字は変えるみたいだけど」
「だったら、やっぱり闇雲に対策するよりかは期末テストに出た問題の解き方を完璧に理解する方が高得点取れそうだな。意外と何とかなるかもしれん」
「おお、光が見えてきたぜ!」
目に炎をたぎらせる流星。
その気合いを何故最初から発揮しなかったのかとも思うが、追い詰められなければ本気になれないタイプなのだろう。
ただ真面目に取り組めばそこそこのポテンシャルを発揮することは予想されるため、要としても教え甲斐があるというもの。
自分の復習も兼ねて、夕暮れまでみっちり流星と勉強に励んでいた。
あらかた対策を終えた頃には既に十九時を回っていた。流星も手応えらしきものがあるのか、やり切った感じで背伸びをしている。これ以上なにかやろうとすると逆に中途半端になりそうなので、変に混乱するくらいならここで終えておく方がいいだろう。そう思って、要は握ったペンを机に置いた。
「お疲れ。まあ、この感じなら補習テストは大丈夫なんじゃね?」
「おう、できる気しかしねえぜ!」
その自信が逆に不安にもなるが、後は個人の問題なので自力で頑張ってもらうとしよう。
要がお開きムード全開で勉強道具を片付け始める。かなり頭を使ったこともあり空腹は限界に達しており、この状況で口にする言葉なんていえば一言しかなかった。
「腹減ったな」
「まじそれ」
激しく同意を見せる流星。
彼の場合、実家暮らしなのでこのまま家に帰れば何もしなくても温かいご飯が出てくるのだろう。今日の晩飯なにかなーと呑気に呟いていた。
「要は相変わらずコンビニ飯か?」
「・・・・・・んーまあな」
嘘である。本当は昨日ひよりから頂いた肉じゃがが冷蔵庫に入っているので、それをチンして食べる予定だ。だから早く帰って欲しくてたまらなかった。
「・・・・・・お前、なんか俺に隠してる?」
「なんも隠してねえよ。いいから早く帰れ」
「・・・・・・ますます怪しい。怒らないから言ってみ」
「お前は浮気を疑う彼女かよ。とにかく、お前は明日からも補習なんだから、早く家帰ってゆっくり過ごせって」
「・・・・・・へいへい、分かったよ」
重い腰を上げ、立ち上がる流星。
ようやく解放されると思い安堵した要だったが、ピンポーンと部屋にチャイムの音が鳴ったため、別の感情が新たに湧き上がってしまう。
「こんな時間に来客か?」
流星も不思議そうに頭を捻っている。
確証はないが、呼び鈴を鳴らした張本人と流星を会わせるわけにはいかない。そんな本能が働いて、要はちょっとその場で待機するように流星に断りを入れた。
要は玄関へ急いだ。
扉を少しだけ開けて外を確認すると、思った通りの人物がタッパーを持ってそこに立っていた。
「・・・・・・よ、よう」
「どうしたのですか?」
様子がおかしいことは明らかであり、要は端的にひよりに説明する。流星には聞こえないように小さな声で。
「友人が来てる」
「友人? ああ、もしかしてあの声の大きい?」
「そう、そいつ」
「そうでしたか。それはすみません、タイミングが悪かったですね」
「いや、まあいいんだが・・・・・・それより、もしかしてまたなんか作ってくれたのか?」
「ええ、まあ。なすのおひたし作ったので、よかったら副菜にどうかと思いまして」
差し出されたタッパーをありがたく受け取る要。ナスのおひたしは大好物の部類なので、分かりやすくテンションが上がってしまう。
「めっちゃ美味そう。てか、美味いに決まってる」
「まだ食べてもないのに?」
「分かるさ。だって杠葉さん、料理上手じゃん」
ここまで何食かひよりの料理を食べた要としては、それは確固たる評価であり、いつか伝えようとしていた事柄ではあった。
それがこんなタイミングになってしまったのは想定外だったのだが、それ以上に彼女もそんなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう。
分かりやすく、頬を赤く染める。
「そ、そんなことはないです。でも、私の料理がお口に合ってるなら良かったです」
「まじで感謝してる。最近、ちょっと健康的になってるような気もするし」
「これから夏休みに入りますけど、夜更かしは駄目ですからね。ちゃんと規則正しい生活を送るように」
人差し指を立てて、注意喚起するひより。
相変わらずオカンっぽいなあとか思いつつ、言われた限りは気を付けようと心がける。
「善処するよ」
「はい。・・・・・・では、私はこれで」
「おう。またタッパー返しに行くわ」
空気を読むかのように、要件だけ済ませて風のようにひよりは去っていった。
要はドアを閉め、手に持った物を見られないようにさっと冷蔵庫に寄ってからリビングに戻る。
「すまん、待たせたな」
「いや。エロ本探してたから全然待ってなかったぞ」
「だからねえって言ってるだろが!」
半ば強引に流星を追い出し、一人になってから、要はひよりの作った料理に舌鼓を打った。
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