20xx年07月07日(月) ②

 十七時を過ぎた頃。


 家のチャイムが鳴り、要が玄関へと走る。

 昼を極端にセーブしたせいで既に腹ペコ状態の彼は、背中とお腹がくっつきそうになっていた。


「こんばんは。少し遅くなりましたが、こちら約束していた品です。お召し上がりください」


 本日二回目の挨拶を終えたひよりは、さっそく手に持った紙袋を要に渡した。


 紙袋は温かくずっしりとしており、中にはタッパーに入ったおかずと白米が入っていた。男子高校生にとってはありがたいボリューム感である。


「ちょっと作り過ぎたと思っているので、食べきれなければ残してくれて構いませんよ」

「これくらい余裕だ。マジでありがとう」

「いえ、どういたしまして。・・・・・・では、私はこれで失礼します」


 お辞儀をして、その場を立ち去ろうとするひより。だが、五歩くらい進んだ所で足を止めた彼女は、何か言いたげな顔をしてこちらに戻ってきた。


「どうした?」

「・・・・・・あの、もし良かったら食べるところを見ていてもいいですか?」


 この子はたまに変なことを言い出す。


 思えばあの夜もそうだった。急に泊めてくれと言い出すもんだからいろいろ勘ぐったが、聞けばちゃんとした理由があったわけで。


 今回も何かそうしたい事情があるのだろうと要は推測する。


「一応理由だけ聞いてもいいか?」

「私、人に料理を振る舞うのって初めてでして、その・・・・・・味付けとか色々大丈夫かなと」

「要らぬ心配だと思うが。味見はしたんだろ?」

「しましたけど、人それぞれ好みとかあるじゃないですか」

「まあ確かに。けど、感想が欲しいなら後日報告してやるぞ?」

「それだと、お世辞でどうとでも言えますよね。私は嘘偽りのない素直な表情が見たいのです」

「つまり表情は誤魔化せないと?」

「はい。本当に美味しいと感じた時にしか出ない顔ってありますから」


 どうやら彼女は、ありのままの評価を求めているらしい。その妥協を許さないストイックな性格は先日の掃除の際に垣間見えており、こうなったら最後、ひよりは気が済むまで引かないのは要も理解しているところである。

 

 要は諦めたように息を吐くと、もはやひより

専用と化したスリッパを玄関に並べるのであった。


 


 ひよりを招き入れた要は、さっそく二人用のダイニングテーブルに腰掛け、紙袋の中からタッパーを取り出す。


 おかずの中身は、白飯に良く合いそうな回鍋肉だ。スライスした豚バラ肉とキャベツやピーマンがタレで絡まり合い、なんとも食欲をそそる見た目をしている。


 タッパーを開けると、ふわりと豆板醤やニンニクの香りも漂い、今にもよだれが出そうである。


「さっそく食べていいか?」

「ちょっと待ってください。お皿に移しますので」


 ひよりが台所からほぼ使われていないお茶碗や平皿を持ってきた。おそらくこの間の掃除の時に置き場所を把握していたのだろうが、それにしても一切迷うことなくピックできるのはさすがの物覚えの良さである。


 ひよりはタッパーからささっと盛り付け、食器を要の前に置いた。


「どうぞ、召し上がれ」

「・・・・・・頂きます」


 手を合わせてから、要は箸を手に取る。

 皿に乗った豚肉とキャベツを箸で挟み、そのまま口の中に運んだ。

 一回、二回と。咀嚼することで口いっぱいに広がる肉汁とタレ、そしてキャベツ本来の甘み。

 豆板醤が効いたピリ辛の味付けは要好みであり、みるみるうちに箸が進む。

 ご飯も炊き立てを持ってきてくれたのだろう。しっかりと粒が立っており、お米の味を引き立たせていた。


「・・・・・・うま」


 忖度などこれっぽっちもない、無意識に出た言葉だった。

 もはや目の前に調理者がいることさえ忘れるくらい要は夢中になって回鍋肉を頬張っており、それを眺めるひよりの顔も徐々に柔らいでいく。


「すごい食べっぷりですね。そんなにお腹空いてたのですか?」

「それもあるけど単純に料理が美味すぎる」

「お褒めに預かり光栄です。けど、ちゃんと噛んで食べるのですよ? 消化に悪いですからね」


 オカンみたいなことを言うひよりに、分かってますよと返そうとした要。

 しかしそのタイミングでフラグを回収するかのように見事に喉を詰まらせ、咳き込んでしまった。


「ほら、言ったそばから!」


 ひよりが急いで冷蔵庫からペットボトルのお茶を持ってきた。それをぐびぐびと流し込むことで事なきを得た要は、彼女の献身さに深く感謝する。


「助かったよ、ありがとな」

「いえ。それより急がなくても料理は逃げていきませんのでゆっくり食べてくださいな」

「それもそうだな」


 再び食事を再開した要。

 その様子を見つめていたひよりだったのだが、ふとあることを思い出したように「そう言えば」と切り出す。


「今日、七夕祭りに誘われていましたね」

「・・・・・・見てたのかよ」

「ちょっとお昼に日向さんの教室に用事がありまして。その時にお友達が大きな声で話していたのが聞こえちゃいました」

「あいつ、無駄に元気だから」

「そのようですね。私としては、全然友達を優先してくれても構いませんでしたよ?」

「いや、祭りでワイワイとか柄じゃないから。それに先に約束してたのはこっちだし、俺としては杠葉さんのご飯を食べる方が楽しみだったから」

「・・・・・・日向さんって、素直な気持ちをすんなりと言葉にできる人ですよね。そういうところ凄く良いと思います」

「そうか? 初めて言われたが・・・・・・」

「じゃあ、私がその魅力に初めて気付いた人ってことですね」


 よく分からんがひよりが誇らしげな表情をしていたので、ここで自分を卑下するのも違う気がした。


 ただ、人から褒められ慣れていない要にとってはこの状況はなんともこそばゆく、何か別の話題で誤魔化せないかと考えを巡らせるわけだが、今日という日はやはり七夕以外の何者でもなく、結局彼は何を思ったか、突拍子もないことを言い出す羽目になる。


「杠葉さんって、天の川とか見たことある?」

「天の川ですか? いえ、ないですが・・・・・・」


 要としては変なことを言った自覚はある。

 案の定ひよりはきょとんとしており、彼の次の言葉を待っているようだった。


「俺もない」

「そこはあるじゃないと、話の流れ的におかしくないですか?」

「まあそうなんだが、もしかしたら今日見れるかなあって」

「難しいでしょうね。もっと自然に囲まれた所でないと」


 天の川は明かりの少ない田舎の方や山でよく見える傾向がある。逆に言えば、生まれてこの方、都会育ちのひよりからすれば、見たことがなくてもなんら不思議ではなかった。


 だからだろう。

 つい本音が溢れてしまったのは。


「・・・・・・けど、いつか見てみたいものですね」


 その言葉に深い意味はない。ただ単純に見てみたいだけであり、間違っても一緒に行こうと誘っているわけではない。それはお互いの関係性からも明白だ。


 だから要は深く言及することはせず、窓の外を見ながらそうだなと呟くのだった。


 

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