20xx年07月07日(月) ①

 七月に入り、今日から学校の制服は夏服へと移行する。


 初めて袖を通す半袖のブルーシャツは糊のせいか違和感があり、夏素材の灰色のスラックスも風通しが良すぎて落ち着かない。


 ただ、全身鏡に映る自分の姿は、もうすぐ本格的な夏の到来を予感させるには十分すぎるほどの見た目の変化であり、新鮮な気持ちにもなった。


「よし、行くか」


 気分を新たに家を出た要。


 その手には、プラスチック製のゴミ袋がある。土日明けということもあり、袋の中はパンパンのようだ。


 ただ幸い、内容量のわりには重くはなく、いつも通り軽快に鉄の階段を降りていく。

 しかし、その途中。


「あっ」


 無視するのも失礼であり、かと言って気軽に挨拶をするのもどうかと思う存在。そんな彼女が視界に入り、要は思わず階段途中で歩みを止めた。


 向こうもこちらに気付いたようで、わざわざ足を止め、階段下から会釈をしていた。


「おはようございます、日向さん」

「おはよう、杠葉さん」


 挨拶を交わし、要がひよりの隣に立つ。


 ブルーのブラウスとチェックのスカートは、男子の制服より更に涼しげな印象だ。


 もっと細かく言えば、冬服に比べて薄着ということもあり、強い勾配を描く膨らんだ胸元が目を引く。スカートも若干短いのか、引き締まりつつもほどよい柔らかさを保つ腿も際立っている。

 平たく言って、今のひよりは女子高生としての魅力が溢れていた。 


「今日から夏服ですね」

「そうだな。もうすぐ夏本番かと思うと憂鬱で仕方ないが」

「夏は嫌いですか?」

「逆に好きそうに見えるか?」


 夏なんていうのはリア充のためにあるというのが要の見解だ。海やプール、キャンプやバーベキュー、祭りや花火と。どれもこれも一人では成立しない行事ばかりで、碌に楽しんだ記憶はない。


 故に夏は嫌いである。

 ひよりにもそれは伝わったようだ。


「・・・・・・とりあえず、あなたが夏嫌いというのは分かりました。ところで--」


 ひよりの視線が、要の手元に移る。

 気になったのは、透明なゴミ袋の中に見えるコンビニ弁当の容器だ。一つや二つではないその量に、ひよりの中に一つの仮説が生まれる。


「もしかして日向さんって、毎晩コンビニ弁当なのですか?」

「まあ、大概そうだな」

「育ち盛りの高校生が毎日コンビニ弁当ですか・・・・・・栄養偏りますよ?」

「特に気にしたことはないな。まだ若いし大丈夫だろ」

「そういう問題ではなくてですね・・・・・・自炊とかしようとは思わなくて?」

「スーパーに行くのも作るのも面倒だからな」

「・・・・・・重症ですね」


 呆れたように肩を竦めるひより。


 不摂生に関しては要も自分で自覚しているところであり、改めて言われても何も感じないというのが本音だ。


 特に改善しようと思ったこともなく、その予定もない。だから、この話はここで終わりにして、そろそろ学校へ向かおう。


 要はそう提案しようとしたのだが、ひよりの言葉がそれを遮った。


「でしたら、今晩はコンビニ弁当を買うのは控えて頂けますか。代わりに私が作って持って行きますので」

「杠葉さんが・・・・・・俺に晩飯を?」


 なぜ急にそんなことを言い出したのか、要には理解することができなかった。なにか企んでいるのではないか、そんな邪推すらしてしまう。


 その心境は随分顔にも出てしまっていたようで、ひよりは不満そうに目を細める。


「嫌なら別に構いませんよ」

「あ、いや。そういうわけではなくてだな・・・・・・ただその、俺に飯を作っても杠葉さんには何のメリットもないと思うのだが」

「別に深い意味はないですよ。単純にあなたの食生活があまりにも不憫過ぎたので哀れんでるだけです。言わばこれは、私の自己満足です」

「・・・・・・さようですか」


 そこまではっきり言われれば、こちらとしても変に気にする必要もなさそうだ。遠慮なく、栄養満点の手料理を振る舞ってもらおうではないか。


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうぞ」

「分かりました。出来るだけお腹を空かせて待っていてください。では、また夜に」

 

 そう言って、彼女は先に学校へと向かっていった。


 二度あることは三度あるとはよく言ったもので、そのことわざの信憑性は実に高いように感じた要である。




「・・・・・・お前、昼それだけ?」


 昼休みに教室で菓子パンをかじっていた要は、食堂帰りの級友に声をかけられた。


「まあな」

「それで腹膨れんの?」

「あんま食べすぎると午後の授業が眠くなるからな」


 もっともらしい理由を付けたが、本当はどこかの誰かさんに腹を空かせとけって言われたので昼から調整しているだけだ。


 しかし、そんな事情を流星が知る由もない。

 彼は前の席の椅子に腰掛けると、わかりみを込めて大きく頷いた。


「分かるー。けど、結局我慢できずに食べちゃうんだよな」

「その結果、授業で寝てしまって先生から大目玉を食らうと」

「要くん、その通り!」


 なぜそんなドヤ顔なのか理解に苦しむが、この明るさが流星の取り柄であり長所だったりする。


 一緒にいて変に気まずいことにならないのも、クラスで極端に浮いた存在になっていないのも、全て彼のおかげだ。


 別に中学からの付き合いというわけでもないのに、ここまで短期間で仲良くなれたのは確実に彼の性格あってのことだろう。


 面と向かって言うことは絶対にないが、自分には勿体無いくらいの友達だと要は感じており、願わくば三年間同じクラスでありたいとも思っている。


 そんな彼が、こちらをじっと見ながら何か言いたげなのが気になり、要は食事を一時中断する。


「・・・・・・なんだよ」

「お前、今日が何の日か知ってる?」

「今日? んー、英語の小テストの日とか?」

「げっ、そう言えば5限は小テストか・・・・・・じゃなくてだな、今日は七夕の日だろうが!」

「七夕?」

「そうだよ、織り姫と彦星が一年に一度だけ会うことを許されたあの七夕だよ!」


 机をバンと叩く流星。

 なぜそんな熱量を持っているのか要には皆目見当もつかない。

 そもそも、七夕だからなんだと言うのだ。

 要は、興味なさげに流星を見返した。


「それで、その七夕がどうかしたのか」

「よくぞ聞いてくれたな」

「いや、お前が仕向けたんだろが・・・・・・」

「細かいことは気にするなって。そんで言いたいことはだな、今日仲良い連中で隣町の七夕祭りに行く予定なんだが、お前も良かったらどうだ?」

「わざわざ男だけでそんなとこまで行くのかよ」

「ばーか。女子もいるに決まってんだろ。舐めんな!」


 何を舐めんななのかは分からないが、どうやら流星は要を異性との交流の場に連れて行こうとしているようだ。


 率直に言って誘ってくれるのは嬉しいが、そんな場に行っても女子と何を話せばいいのか分からない。経験もないので、恐らくオロオロしてキモがられるのがオチだろう。要は冷静にそう自己分析していた。


 何より、珍しく今日の要には先約がいる。

 だから迷うことなく、この話は丁重にお断りすることに決めた。


「すまんな。今日はパスだ」

「んーまあ、そう言うとは思ったわ。お前はみんなでワイワイとか好むタイプじゃないもんな。一応聞いてみただけだから気にすんな」

「おう。楽しんでこいよ」

「もち」

「その前に小テストがあるけどな」

「そうだったー! ちょっとでも勉強しなければ!」


 慌ただしく自分の席に帰っていく流星。

 やれやれと思いつつ、要は残っていた菓子パンを口の中に放り込んだ。

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