第16話「あの頃のラジオ体操」

「そこじゃない」


「あっ、ごめん」


 他に言い方が無いのかよ、という言葉は喉を通らない。七夏ななかは私に睨みをきかせた。彼女を前にすると、私は萎縮いしゅくしてしまう。何も言われないように、何にも触れることがないように常に気を使うのは、精神的な疲れが大きい。何故こんな奴の機嫌をうかがわなければいけないのかと怒りが湧くが、今の私に反論する勇気は無い。

 体育の授業。

 夏の4時間目は、どうしてこうも暑いのだろうか。強い日差しが当たって痛い。日差しが当たる、と言うより刺さるという表現の方が合う気がする程だ。


「1,2,3,4 5,6,7,8」


 前で体操をする体育係が口にする数に合わせて、私も同じ動きをする。

 ふと、去年の体育の時間が頭をかすめた。


 私は、ラジオ体操が嫌いだった。

 1年生の頃からカウントに合わせて動いてきたのに、運動会になると陽気な音楽が流れる。曲中の歌詞で次の動きを教えてくれるのだが、音割れがひどくていつも分からない。

 けれど、6年生の担任の先生はいつもラジオ体操だった。最初は、愉快なミュージックに合わない動きをするのが嫌で恥ずかしかった。しかし気づけば、木々のかたわら絵画のごとく鮮やかな空の下で流れる音楽がやけに心地よくて、大きく吸った空気がとても美味しかった。


 いつしか、あの時のラジオ体操を恋しく思うようになっていた。でも今は、バラバラな声が重なっただけ。近くに木々も無い。

 あの頃にどうしようもなく戻りたくなって、あの頃が、懐かしい。

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