第3話「雨」

 今日は朝から雨が降っていた。強く、激しい雨だった。

 雨は嫌いだ。

 ただでさえ嫌な登校を、より憂鬱ゆううつなものにさせるから。

 私はリビングのカーテンを開き、窓から外を見つめた。ベランダに置かれた母の植木が、雨で葉を湿らせ、雫をつたわせていた。


 視力の低下が止まらない私の両目は、空が曇っているとより視界をボヤけさせた。黒板の字がどうしても見えにくくて、前の方の席だというのに目を細めていた。

 雨のせいで部活は無くなってしまうだろう。

 中学生になって、より一層雨が嫌になった理由としては、今の私にとって、唯一の救いである部活が無くなることだった。

 雨なんて、一つもいいことがない。


 三時間目の授業は、理科だ。私はゆっくりと席を立ち、先生のいる教卓へと近づいて行った。


「体調が悪いので、保健室に言ってもよろしいですか?」


 私のそんな偽言ぎげんに、先生は心配そうな顔で頷いた。


 そうして教室を出た私が向かった先は、保健室ではなく下駄箱だった。


「来てくれないかと思ってた」


 そこには、そう言って嬉しそうに微笑む昨日の少女がいた。


「理科の授業退屈だったし、あの教室から出られるならいいかなって」


 私は、傘立てに立つ自分の傘を手に取りながら言った。

 先生には申し訳ない気もするけれど、七夏ななかと同じ空間に居ることは、どうもそわそわとして居心地が悪い。


「それに、雨降っちゃったし」


 私は靴に足を無造作むぞうさに突っ込みながら、少し唇を尖らせた。


「結構あたるよ?スマホニュース」


 あおは「えへへ」と、言いながら傘を開いた。淡くくすんだピンクの色をした傘が、花弁のような形を型どっていて可愛らしい。

 そんな姿を見ながら、私は昨日、あおに言われたことを思い出した。


 ___「遥香はるかなら、はるはるだ!」


「はるはる?」


「うんっ!我ながらにいいあだ名」


 あおは得意気な顔でそう言った後、


「明日は雨が降るから、三時間目の授業中、抜け出して下駄箱に来て」


 と言った。それを聞いてあからさまに顔をしかめる私を見て、


「大丈夫。無理強むりじいはしないから」


 と、張り付けの笑顔を見せた。

 私はそこを気にしているのではなく、明日雨が降ることに嫌な顔をしたのだが。

 それを言う間もなく、あおは私に手を振って、


「また明日」


 と言って身をひるがえした。___


 内心、半信半疑だったが、例え嘘でもいいと思えるほど、好奇心が膨らんでいた。

 私も傘をさすと、あおが突然目を見開き、


「その傘、素敵」


 と言った。

 私は、


「ありがとう」


 と、歓喜で顔をほころばせながら言った。

 あおの言う通り、この傘はお気に入りのものだった。中心に向かって濃くなっていくスケルトンな青色が、快晴の空を彷彿ほうふつとさせてくれるのだ。

 雨嫌いな私には、うってつけの傘。


「着いて来て」


 まだ余韻よいんに浸っていたかった私を気にすることもなく、あおは背を向け歩き出した。


「ちょっと待って、行くってどこに?」


「秘密っ」


 あお悪戯いたずらな顔で笑いかけ、楽しそうに進んで行った。

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