第2話「見知らぬ少女」

「ねえ、そこから飛び降りようとでも思ってる?」


「えっ」


 聞き覚えのない声が聞こえ、驚いて振り返った。

 そこにいたのは、端麗な顔を微笑ませる少女だった。


「もし凶器をもった変質者が学校に入ってきたらって、考えたことある?」


「え…?」


 理解が難しいことを言いながら、少女はゆっくりと私の横に肘かけた。


「私はね、暇なときにそれを想定して逃げ道を考えるの。ほら、まずそこに下りるでしょ?」


 そう言いながら、窓のすぐ下にある太いパイプを指さした。


「そしたらそこから屋根に乗り移って、あの裏門から出られる」


 白く細い指の先には、体育館に続く外廊下の上につく屋根があった。


「ジェットコースターとかって、いける系?」


「えっ、うん」


 突然の質問に戸惑いながらも、休みになるとよく行く遊園地にあるジェットコースターを思い浮かべた。高いところは父ともに得意だ。


「じゃあ大丈夫だね。行こ!」


「行くってどこに…ちょっ」


 少女は窓を全開に開くと、窓枠に足をかけた。


「何してるの!!」


 慌てる私を他所よそに、少女は小首を傾げた。


「なんで?」


「なんでって」


「今の状況から目を背けたいんじゃないの?この現実から逃げ出したくて、外を見ていたんでしょ?」


「それは…」


 少女の言う通りだった。私は、この状況から目を逸らしたい。こんな日常から、逃げ出したい…!

 勢いよく顔を上げると、そこには既にパイプの上に立つ少女の姿があった。

 背中まである髪を校則に違反して下ろし、風になびかせながら、片手をこちらに差し出してきた。


 私はその手を、しっかりと握った。


「うわぁ、これ壊れないかな?」


「んーなんとかなるでしょ!」


 目の前を歩く少女は呑気のんきにそう言った。


「誰かに見つかったらどうしようっ、説教どころの話じゃないよ!」


「一斉下校はこっちの門から出られないし、大丈夫だよ」


 門の前まできて、少女は華麗に屋根から舞い降りた。


「よっ、と」


「いったぁぁあ」


 それを真似して飛び降りてみたものの、足にじーんとした痛みが走り、地面の上で尻もちをついた。


「あっはは、それ痛いやつ!」


 少女はそんな私を見て、楽しそうに笑っていた。


「貴方は、誰なの?」


 スカートを払って立ち上がりながら、私は尋ねた。


「私はあお。色じゃなくて、花の方のあお。君は?」


「私は、木実このみ遥香はるか。遥か遠くの遥に香りの香」


「よろしくっ」


 そう言った爽やかな笑顔は、青く澄んだ空によく映えていた。

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