4. 異世界ほのぼの日記2 71~75


-71 シェフへの要望-


 店の魔力保冷庫に食材を確認し、使えそうな食材を一通りメモしたナルリスは改めて女子高生達の前に現れた。戻って来た吸血鬼はシェフの証であるコック帽を被り少し雰囲気を出している。


ナルリス「お客様方いらっしゃいませ、お弁当の中身のご希望はございますか?」

メラ「えっ・・・、私達ですか?」

ナルリス「勿論でございます、可能な限りご希望にお応えさせていただきます。」


 憧れの人に「お客様」と呼ばれ緊張する人魚、本人は店の料理を食べた事が無いので少し申し訳なくも思っていた。

 中々希望を言い出せない妹の背中を姉がそっと押した。


ピューア「ほら、折角の機会なんだから言ってみなさいよ。」

メラ「うん・・・、えっと・・・、自家製ハンバーグをお願いしたいです。」

ナルリス「ハンバーグですか、そうですね・・・。味付けはいかが致しましょう、特製のデミグラスかシンプルな塩胡椒が可能ですが。」


 本来、店ではもう1種類としておろしポン酢味を出しているのだが、弁当にした際にもしも傾いてしまった時に汁が駄々洩れてしまう可能性があるので今回は選択肢から抜いた。


光「あんたはいつもオムレツとサンドイッチだよね。」

ガルナス「うん・・・。」


 偶然親子の会話を耳にしたメラは黙っていなかった。


メラ「2種類も大丈夫なんですか?!」

光「1種類までってルールは無いけど、何か希望はある?」

メラ「コロッケ!!あのコロッケが食べたいです!!」


 唯一食べさせた物は余り物だったが、自分の作った料理をよっぽど気に行った様子の女子高生を見たオーナーシェフは少し離れた所で涙ぐんでいた。


光「何よもう。」

ナルリス「いや悪い・・・、こりゃ気合入れて作らないとな。コロッケとハンバーグの仕込みして来るわ。まだ希望があるなら聞いといて。」

光「気合入れるのは良いけど、もう入らないでしょ。」


 未だ涙ぐみながら「バレたか」という表情を浮かべた父親は店の調理場へと消えて行った。

 いつもはハンバーグに特製のデミグラスソースを使用する事が多いのだが、敢えてシンプルな塩胡椒で味付けする事にしてオムレツをデミグラス味にすることにした。

 魔力保冷庫内の「ある食材」がそうさせた様だ。


ナルリス「待てよ・・・、あれで作って組み合わせて・・・。いけるかも。」


 普段店では牛豚の合挽肉を使用するのだが、今回は鶏もものひき肉を使用する事に。シンプルに塩胡椒で味付けするが故にハンバーグというより捏ね団子に似たような物になりそうだがそこは洋食屋。

 プランでは鶏挽肉で作ったハンバーグを薄焼き卵で包み、そこにとろみをつけたデミグラスソースをかけて弁当仕様に。2人の要望を組み合わせた弁当になりそうだ。

 明日店に出す用のコロッケは2個余分に仕込む、あんなに切願されては作らない訳にはいかない。ナルリスは急遽日替わりランチの内容を変更してでも女子高生達の要望に応えるつもりでいた。


ナルリス「確かガルナスがサンドイッチって言ってたな。(念話)光、今大丈夫か?」

光(念話)「どうした?」

ナルリス(念話)「いつもは何サンドを入れているんだ?」

光(念話)「大抵卵かレタスハムかな、たまにツナ入れるけど。」

ナルリス(念話)「了解、サンキュー。」


 ナルリスのプランは大体固まった様だ、コロッケサンドとハンバーグオムレツ。そして入っていたら嬉しくなるであろう、昔懐かしの赤いタコさんウインナー。

 コロッケサンドには隠し味として辛子マヨネーズと卵やピクルスから作った自家製のタルタルソースを塗っておこう、ちょっとしたサプライズ。

 食感を加える為にレタスを入れておきたいが、傷みやすそうだし水気でパンやコロッケがふやけてしまわないだろうか。

 調理場の奥で色々と考えながら顔をニヤつかせるナルリスを見たミーレンと真希子がひそひそ話をしていたので、オーナーシェフは2人にちゃんと説明した。

 息を切らしながら今回の企画を熱弁したので何とか説明が通じたみたいだ。


-72 シェフの悪戯心-


 弁当の内容を考えながら相も変わらず顔をニヤつかせていたナルリスにはとある思惑があった、1人楽しそうにしているオーナーシェフは悪戯好きで弁当を食べた娘達が驚く顔を想像すると最高の気分だった。

 早速魔力保冷庫を確認したが、必要とされる食材が見当たらなかったのでとある所に連絡して夕方に取りに行く事にした。

 因みに悪戯の為に弁当箱もこちらで用意すると伝えてある。

 夕方、ナルリスは連絡した場所に食材を買いに行き、やっとのこさで弁当作りへの前日準備を終えた。


ナルリス「おっと・・・、弁当箱を忘れていたぜ。」


 今回は広めの2段重ねにする様だ、サンドイッチを入れる時点で深めの弁当箱になるはずなのだが持って行けるのだろうか、ただそんな事など吸血鬼は全然気にしていなかった。

 翌朝、早速昨日の夕方手に入れた食材をある調味料で30分程漬け置きしてメラが大好きと言ったコロッケを揚げ始めた。

 ゆっくりと丁寧に揚げ、外はサクサクで中はしっとりに仕上げている。そして耳を落とした食パンで挟んでいたのだが・・・。


ナルリス「ありゃ、あれだあれだ。」


 おっちょこちょいの吸血鬼は昨日仕掛けておいた辛子マヨネーズと特製のタルタルソースを塗っておくのを忘れていた、渡していないからまだセーフ。

 隠し味を塗りたくったパンでコロッケを挟むと1口大に切り、弁当箱に入れる。

 メインディッシュに入る、前日に仕掛けておいた鶏肉100%の捏ねだん・・、いやハンバーグを焼いてシンプルに塩胡椒で仕上げる。

 焼けた鶏ハンバーグを薄焼き卵で包み、通常以上にとろみをつけたデミグラスソースをかけた。これでメインディッシュは出来上がり・・・、のはずだった。

 一先ず付け合わせの用意に入る、赤いウインナーに切り込みを入れて油をひかずに炒める。足を開かせつつパリパリとした食感を残し、見た目でも食感でも楽しめる様に工夫していた。

彩りと栄養バランスを考え小さく切ったブロッコリーも添える、細く絞ったマヨネーズをかけておけば取り敢えず味付けは大丈夫だろう。

ここまでの1段目のみで十分な仕上がりと思われるが、ナルリスにとったらまだ不十分だった。本人にとったらこれがメインディッシュでメインの工程・・・。


ナルリス「うーん・・・、それにしても守君には無理言っちゃったな。」


 実は昨日、食材を手に入れる為連絡したのはライカンスロープのケデールが店主を務める肉屋であった。そこで養豚を担当する守の作ったロース肉が必要だった。

 漬け置きしておいたその肉を油を敷いたフライパンに乗せて火をつける、コールドスタートにする事により柔らかく仕上がるのだ。

 十分に火を通した豚肉を、悪戯用に用意した2段目に入れていく。サンドイッチでパンを入れているが念の為に白飯を一緒に詰めておかないと、多分・・・。

 さて、これで出来上がりなので後ほど2人に渡したら大丈夫だと安心していた。


ナルリス「念の為の試食試食・・・。」


 悪戯用の豚肉の残りを焼いて1口、すると急激に白飯が欲しくなった。期待通りの仕上がりだった様で本人は満足している。


ナルリス「行ってらっしゃい、お土産宜しくね。」


 悪戯心たっぷりに仕上がった弁当を巾着袋に入れて女子高生達に渡す、思ったより大きかったらしかったので2人は喜び勇んで遠足へと向かった。


ガルナス「まだ温かいし凄いね・・・、何が入っているの?」

ナルリス「それは開けた時の楽しみだろう、ほら早く。」

メラ「あ・・・、ありがとうございます。嬉しい・・・。行って来ます!!」


 今回の遠足は一度魔学校に集合してからダンラルタ王国へと向かう事になっていた、ブロキント率いるゴブリン達が日々ミスリル鉱石の採掘に勤しむ炭鉱を見学した後に数年前に設立された遊園地にて自由時間を過ごす。そこで弁当を食べるという手筈になっている。

 空腹の2人は遊園地のベンチで早速ランチタイムにする事にした。


ガルナス「さて、食べよう。2段になってるね、何でだろ。」

メラ「取り敢えず早速開けてみよう。」


 1段目を見た2人は驚いた、サンドイッチとオムレツに付け合わせ2種類で見た目はガルナス専用の弁当に見えた。しかし驚くのはまだ早い・・・。


-73 悪戯味の弁当-


 各々の弁当にはメモ用紙が1枚同封されていた、どうやらお品書きの様だ。しかし料理の内容が詳しく書かれているか正直言って微妙なのだが。


「1段目-2人の「好き」を合わせてみました-」

 ・自家製ハンバーグのオムレツ

 ・お気に入りの詰まったコロッケサンド etc・・・

「2段目-お楽しみメニュー-」


 2段目に関しては料理名も書いていない、どういうつもりなのだろうか。「お楽しみ」と書いているのが正直怪しいのだが、ただその時ガルナスは父親が悪戯好きだった事をすっかり忘れてしまっていた。


メラ「取り敢えず食べてみよう。」

ガルナス「そ・・・、そうだね・・・。」


 デミグラスソースのかかった薄焼き卵を箸で割る、中から塩胡椒でシンプルに味付けされた鶏のハンバーグが出て来た。コリコリとした軟骨入りでやはり・・・。


メラ「これ・・・、捏ねだん・・・。」

ガルナス「珍しいハンバーグだね、店の新作かな。」


 しかし流石はレストランのオーナーシェフ、味は当然の様に美味い。

 次はメラが好きなコロッケが入った1口サンドイッチに手を延ばす。


メラ「ピリっとしてる、辛子マヨネーズかな。」

ガルナス「タルタスソースだ、家でも店でも人気のやつだよ!!」


 2種類の味を楽しめる良い悪戯に感動している女子高生達、付け合わせのタコさんウインナーとブロッコリーが2人を何となく安心させた。

 安心したのも束の間、2人は問題の「2段目」の蓋を開ける事にした。弁当屋でも人気の「あのおかず」と思われる1品とまさかの白飯が詰められていた。

 1段目にサンドイッチが入っているのに何故2段目に白飯が?しかし大食いの2人にはそんな事など気にしていなかった、寧ろ大歓迎と言った様子だ。

 しかし気になるのは横に添えられた「おかず」、「お楽しみメニュー」と言う割にはシンプル過ぎやしないだろうか。


メラ「これ・・・、豚の生姜焼きだよね。好きな事は好きだけど・・・。」


 確かに「豚の生姜焼き」は2人共大好きな上に、ナルリスの店でも日替わりランチのメニュー内での上位にランクインしていた。

 しかしハーフ・ヴァンパイアはたった今思い出した、自らの父親が悪戯好きだという事を。そう、この2段目に詰められているはただの「白飯と人気おかず」ではないのだ。

 これも今思い出した事なのだが、先程のサンドイッチに使われていた辛子マヨネーズは少し辛子が強めだった気がする、という事はこれもそれなりの覚悟で食べなければならない。

 その事に気付いていない人魚は何にも考える間もなく箸を延ばしていた。


メラ「美味しそうだね、頂きます!!」

ガルナス「待っ・・・。」


 ガルナスの静止も空しく、メラの口には例のおかずが入っていた。


メラ「か・・・、辛っ・・・!!ご飯欲しい!!」


 そう、2段目に敷き詰められていたのは豚の生姜焼きに見せかけた「ロース肉の豚キムチ」だったのだ。守から受け取った生姜焼き用の豚ロース肉をたっぷりのキムチの素で漬け込み、辣油と七味唐辛子で辛味を加えたこの弁当を食べるサプライズ好きの2人の為に考えた特製の料理だ。

 肉は5枚入っていたのだが・・・。


ガルナス「2枚でご飯が無くなっちゃった、どうしよう!!」

メラ「いや、実はご飯持って来たから大丈夫!!」


 2人は慌てながらメラが持参した大量の白飯を勧めた、ただ白飯だけ持って来てどうするつもりだったのだろうか。どうやら吸血鬼の悪戯が功を奏した様だ。


ガルナス「あたしら・・・、どんだけご飯食べてんの?」

メラ「遠足の目的がほぼ弁当になり始めてる・・・。」

ガルナス「いや、今から沢山遊べば大丈夫!!何とかなるって!!」


-74 2人なりの楽しみ方-


 2人は弁当を予想外の辛さに耐えながら弁当を完食した後の短い時間を充実させようとしたが、流石は出来たばかりの遊園地、園内はカップルで溢れていてどのアトラクションも1時間単位の待ちが生じていた。

 自由時間は残り2時間しかない、2人は2人なりに楽しむ方法を考えた。ただよく考えたらお土産を何も買っていない。

 一先ず、お土産は嵩張るから後にしよう。アトラクションはもう無理確定なので他の楽しみ方を考えよう、2人は熟考した。ただ女子高生達の悩みはすぐに解決する。


「ぐぅー・・・。」


 先程まで2段重ねのとても大きな弁当を食べていたと言うのに2人の腹の虫が鳴った。共通して大食いだという事を思い出し、2人は食べ歩きをする事にした。

 園内にはレストランも数店舗あるが屋外にも屋台が点々としており、良い香りがそこら辺中にずっと漂っている。数多の香りが手伝い、2人はどんどん空腹になっていった。

 取り敢えず目の前にある屋台で売られているホットドッグを食べる事に、一般的な物の約2倍の長さのソーセージが自慢なのだが正直コッペパンの長さが全く足りていない。

 手が汚さないためにケチャップとマスタードはパンの部分だけに付いているのだが、追加したい場合は屋台横に設置されているソースをセルフで使用できるようになっていた。

 ガルナスは明太マヨ、そしてメラはチリソースを追加してソーセージに齧り付いた。コッペパンも焼きたてで美味い、正直家で再現してみたい。

 ただ2人はまだ足らなかった、次は甘いものを食べよう。周囲を見回すとネバネバモチモチで有名な「あのアイス」の屋台が。

 初体験の2人は当然の様に屋台の店主に遊ばれた、2人の声により遠くからでも必死にアイスを求める様子が伺える。


ガルナス「あっ、また!!何でくれないの!!」

メラ「けち!!」

店主「悪い悪い、次はちゃんと渡すから許してよ。」


 しかし店主は当然の様に裏切った、先端にアイスを付けた棒を振り回して楽しんでいる。周囲の者達は店主を見てああなって当然だなと笑っていた、そう店主は人をいじるのが好きな鳥獣人族のホークマンなのだ。

 2人は約5分程店主と格闘し、やっとの思いでアイスを手に入れた。店主の遊びに耐えていた位だ、かなりの粘りとモチモチ感で2人を楽しませていた。

 アイスを頬張りながら次の獲物を探していた、すると次はポップコーンの屋台が。少し塩気が欲しかった2人は塩キャラメル味を選んだ、コーラを飲みながら器用にポップコーンを食べる。

 何となく次は魚だなという気分になったので次は「フィッシュ&チップス」をチョイス、正直この2人の胃袋の底が知れない。

 偶然会った同級生数人の開いた口が塞がらない中、2人は心行くまで食べ歩きを楽しんだ。

 自由時間も残り30分となったので、お土産を買う事に。先程のアイスの屋台で同級生たちが店主に遊ばれているのを横目に移動して、名物の御菓子や何故かお漬物を数種類、そしてバスの中で食べるポップコーンを購入すると集合場所へと戻った後に遊園地を後にした。

 今回の目的地であったダンラルタ王国から魔学校のあるバルファイ王国へと通じる直通道路には数か所のサービスエリアがあった、そこでの小休憩での事。

 2人はバスの中でポップコーンを完食して満腹・・・、のはずだった。


「ぐぅー・・・。」


 そう、本日2回目の「腹の虫」の登場だ。2人はサービスエリアに点々と設置された屋台を見た瞬間に空腹になってしまったのだ。

 取り敢えず15分間の小休憩を有効に使うべく、化粧室で用を済ませて屋台へと直行した。串焼きや天婦羅など手軽に食せる物の屋台が並んでいるのを見て2人は目を光らせた、財布と相談しつつ狙いを定めていく。


メラ「牛串・・・、1本500円か・・・。和牛は2000円・・・、絶対無理じゃん。」

ガルナス「鶏天があるよ、1つ300円だって。」


 それを聞いた人魚は天婦羅屋に直行した、菜種油の香りがより一層食欲を誘う。


メラ「おばちゃん、鶏天1個頂戴。」

女将「あいよ、すぐに揚げるから待ってな。」


 衣を纏った鶏肉をカラッと揚げる、サクサクとした衣が美味そうな1品。

 一方、ハーフ・ヴァンパイアは串焼きの屋台の前にいた。吸血鬼の血がそうさせたのか、血の滴る肉がガルナスを誘った様だ。迷う事無く牛串を頼む。

 焼けた肉からの香りに気絶しかけたが、意識がある内に食にありつけたので無事にバスに乗り込めた。2人の影響でバス内には美味そうな香りがずっと漂っていた。


-75 吸血鬼の失敗-


 ダンラルタ王国にあるサービスエリアで女子高生達が屋台での買い食いを楽しんでいた同刻、ネフェテルサ王国の街はずれにあるレストランの調理場の端っこでオーナーシェフである吸血鬼(ヴァンパイア)のナルリス・グラム・ダルランは・・・、悪戯に失敗して落胆していた!!


ナルリス「どうしよう・・・、やらかしてしまったぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 実は先日、嫁の光に「少し変わっていてビールに合う豚肉料理を考えて欲しい」と頼まれて仕掛けておいたあの「豚ロースの生姜焼き風豚キムチ」をガルナスとメラの弁当に入れる予定だった「少し生姜多めの生姜焼き」と間違えて入れてしまったのだ。

 2人共生姜味が好きな事を覚えていたのできっと白飯を空っぽにして帰って来るだろうと期待しながら仕掛けていたのだが、朝早くからの弁当作りで寝ぼけていた為タッパーを間違えてしまっていたらしい。

 因みに事件が発覚したのは昼間、その日非番だった光は好美に「昼呑みしないか」と誘われていたので好美所有のビルの屋上に行った際、ナルリスの豚料理(焼く前)のタッパーを持参していた。しかし、いざ焼いた時にお世辞にも「少し変わっている」とは言えない「結構普通な感じのする生姜焼きの香り」がしたので光から「本当にこれなの?」と確認の『念話』があったのだ。

 どう考えてもビールより白飯が欲しくなる香りと味だったが故に、違和感を覚えた光からの連絡を受けたナルリスはすぐさま魔力保冷庫内を見て初めて自らの間違いに気付いたのだった。

 それから数時間後、今現在に至る。この時オーナーシェフはもう1つ思い出した事があった。


ナルリス「大丈夫だ、きっと大丈夫なはずだ。確か2人共辛い物が大好物だったはず・・・!!」


 普段からガルナスが家であらゆる料理に一味唐辛子をかけて食べていた事を思い出した、魔学校にも「マイタバスコ」を持参して食堂の料理にもかけている事を聞いている。

 友人の人魚(マーメイド)で、今日一緒の弁当を持参して行ったメラも「マイ辣油」を持ち歩く程の辛い物好きだったはず・・・。

 その上に、メラの辣油は一般的な赤い蓋の物ではなく黒い蓋の辛さがより一層強い物・・・。

 吸血鬼はこの2点を思い出し、何とか自分を安心させようとしていた。しかし、落胆が酷過ぎてずっとパイプ椅子に座りこんで動かないでいる。

ナルリスの様子をずっとチラ見していた従業員達は・・・、非常に焦っていた!!

洋食中心のレストランの命とも言える「フォン・ド・ヴォー」と「デミグラスソース」が底を尽きかけていたのだ!!

店にはサブシェフとして人化していたケンタウロスのロリューを雇っていたのだが、全ての料理のベースとなるフォン・ド・ヴォーとデミグラスソースの作り方はナルリスが門外不出にしていて知らないと言うのだ。


ロリュー「ホワイトソースは十分に有るから日替わり定食のメインをクリームコロッケとホワイトシチューに変更したら何とかなりそうだけど・・・、まずいな・・・。」


 実はこの日、ある上客からの予約が入っていてその客から「是非、煮込みハンバーグ・チーズ焼きグラタン風を食べたい」との要望があったのだ。

 この料理にはナルリスの作るデミグラスソースが必須となる上、付け合わせのスープや注文が多いカレーとハヤシライスはフォン・ド・ヴォーが無いと作れない。

 ナルリスを何とか説得して作って貰わないと上客の信用を失ってしまう、しかも客はデミグラスソースをかなり気に入って毎回来ているのだ。非常にまず過ぎる・・・。

 焦るロリューの様子を見た副店長の宝田真希子は、急ぎ即興でスキルを『作成』して味のベースを繰り返し『複製』していた。ナルリスは決して望まないだろうが非常時だ、仕方がない。

 ただ寸胴鍋ごと『複製』しているので、調理場中に寸胴鍋が散乱してしまっている。正直、足の踏み場もない。

 一先ず『アイテムボックス』に寸胴鍋を押し込みながらフォン・ド・ヴォーとデミグラスソースをかき集め何とかした、いやするしかなかった。

 オーナーシェフは未だ落胆しているし、予約の時間は刻々と迫っているので真希子は後ほど頭を下げる事にした。しかしその時・・・。


ガルナス「お父さーん、いるー?お弁当ありがとう、美味しかったよ!!」


 ガルナスとメラが空の弁当箱を持ち店の調理場に入って来た、娘の声を聞いたナルリスは涙ぐみながらやっと顔を上げた。


ガルナス「ただい・・・、ま・・・。何で泣いてんの?」

ナルリス「2人共、すまんかった!!生姜焼きと間違えてお母さんのおつまみにする予定だった豚キムチを弁当に入れちゃったんだよ!!」

メラ「もしかして2段目のあれですか・・・、美味しかったから良いですよ。」

ナルリス「本・・・、当・・・?」

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