4. 異世界ほのぼの日記2 56~60


-56 吸血鬼の不安-


 守と言う名前を聞いた瞬間に思わず笑顔をこぼす妻を見たヴァンパイアは、結婚前の光との日々を思い出していた。

 恋人として付き合っていた頃は2人ともインドア派であった為、お互いの部屋で遊ぶことが多かったのだがその時大抵行われていたのが「プロレスごっこ」だった。

 プロレスはおろか格闘技は全く興味が無かった光がたまたまテレビで見かけたプロレス技を見様見真似で一方的に仕掛けるというかなり理不尽な遊びだったのだ。

 ナルリスは「いままで付き合っていた彼氏にも仕掛けていたんだろうな、何か可哀そうだ」と体に湿布を貼る度に思っていたのだが、このプロレスごっこの原点が守らしいのだ。

 ナルリスが受けた時には少し上達していてマシになったと思われるものの、流石に「初めて」を受けた守の方がかなりのリスクがあっただろう。

 正直、怖くないと言えば噓になるが話を聞いてみたい。結婚してから十数年経ったが最近もちょこちょこ襲われるのであくまで今後の対策の為に。

 その時、空気を読んだのだろうか、渚が守を連れて『瞬間移動』して来た。守にとって初めての『瞬間移動』だったので到着した瞬間、目を塞いでいた。

 それを良い事に光は久々にやる気スイッチが入ったらしく、とても楽しそうにしている。

夫が「この人が守さんか」と思った瞬間・・・。


光「守くぅ~ん、久々に楽しませて貰おうか・・・。」

守「その声は光姉ちゃん?!まずい!!」


屋外に逃げようとする守の腕をぐっと掴み、次々と独学で覚えたプロレス技を仕掛けていく。守は既にボロボロだった。


守「いたたたたたたたたたたたたたたた・・・・・・・・・・、ギブギブギブ!!」

渚「あんた、相変わらずだね。家が隣にあったからって毎日の様に技かけて遊んでいたもんね。」


 守の家は幼馴染の家に挟まれていた、一方は普通に仲良く遊んでいた同級生の赤城 圭(あかぎ けい)が住んでいた家で、もう一方は1つ先輩だった光や渚が住んでいたアパート。

 光が2年で守達が1年だった当時、光は渚が仕事で留守にしていた間、鍵が掛かっていたので部屋に入る事が出来なかった為守の家で待たせて貰う事が多かった。ジャージを着ていた事が多かったが故に、それを利用して運動がてら行っていたのが例の「プロレスごっこ」の始まり。仕事を終えた渚はいつもこの光景を見ながら楽しそうに笑っていた、「高校生も子供、いつまでも子供は元気に遊ぶべし」が何よりのモットーだったからだ。

 因みに、圭ともタッグを組んで技をかけていた事もあった。ほぼほぼ「遊び」の範疇を超えかけている。

 しかし、守は心からこの「プロレスごっこ」を拒否していた訳では無かった。やはり幼馴染と言えど光と圭が女の子だったからだ。


渚「守君、あんた今もそうだけど昔から顔をニヤつかせていたもんね。このド変態。」


 技をかけられた後の守は色んな意味で元気になっていたので、家事の手伝い含め色々とはかどったそうだ。


守「ありがたや~・・・。」


 技をかけられる前は逃げる演技をしていたが、遊び終わった後は正直満更でもない表情をしていた。その光景はナルリスにとって決して参考にはならない。


渚「さてと、遊びはこれ位にしておいて。」

光「ん?どうした?」

渚「守君、あんた光に頼みがあったんじゃないかい?」


 何かを思い出したかのように渚は守を促した、守はこの世界の事をほぼほぼ知らない。自分にも『作成』スキルがあった事は知っていたが、全然使用しない内にケデールの店で養豚の仕事を始めた。因みにギルドへの登録だけはちゃんと行っている。


守「光姉ちゃん・・・、スキルってのを教えてくれねぇか?」

光「何だ、そんな事か。」


 決して鬼ではない光は所有していたスキル全てを守に『付与』し、使い方を直接頭に叩き込んだ。


守「ありがとう、何か色々と一気に流れ込んできたから出来るか分からないけどやってみるわ。とりあえずこの『作成』ってやつを使ってみるか。」

光「作りたいものを強く念じるんだよ。」


 するとまた、いつもの様に目の前にはバランス栄養食が出て来た。


-57 新商品と限定品-


 守により転生者にとっての「いつもの件」が行われたのとほぼほぼ同刻、好美が所有するビル1階にある「暴徒の鱗」では守から受け取った豚肉のサンプルに合う叉焼の味付けの吟味が行われていた。


シューゴ「時代に合わせて塩麹で味付けしてみるのはどうだろう、漬け置きしておけば肉自体が柔らかくなるから良いと思うんだけど。」

一「それだと、拉麺に合うかな。基本うちって醤油ベースじゃない?」

渚「つまみとして出すならアリかもだけど、流石にスープとの相性が心配だよ。」


 一先ず物は試しにとやってみる事にしたのだが、転生者2人の予想通りになり過ぎて正直怖い。しかし、おつまみメニューに入れたら良いのではと保留してみる事に。


シューゴ「塩ベースか・・・。」


 何かを思い出そうとしたシューゴの様子を見て、渚ある人に『念話』で連絡を入れた瞬間。


ある人「言うまでも無いよ、一先ずやってみよう。」

渚「あんた、暇だったのかい?」


 『瞬間移動』してきたのは共同経営者になったパルライ、そうあのバルファイ国王だ。渚は鯛塩スープに合うのではと提案してみる事にしたのだ。ただ、肉と魚介は別々に楽しんだ方が美味しいのではなかろうか。

 試作品を作ってみたのだが、肉の味が強調し過ぎて折角の鯛の風味を消してしまっている。

気を取り直して、今までの醬油ダレに漬け込んでみる事にした。確かに叉焼は格段に美味くなった、ただ醤油ダレを使用した時のスープが豊富な脂が仇となりくどさが出始めていた。

そこで炙って余分な脂を落としてみる事にした、確かに炙る事によりくどさはマシになった。しかし、提供時間に大幅なロスが出てしまう。

試験的にだが塩麹味での提供案を採用した上で、期間限定である冷やし中華のトッピングのメインとして出してみる事にした。他の具材と同様、細長く切っての提供となるが特有の柔らかさは変わる事なく良い味を出してくれている。しばらく試した結果、夏は冷やし中華のトッピングとして、そして他の季節ではおつまみメニューの1つとして提供されることになった。ラーメンでの提供はおいおい考えるとして、一先ず一件落着。

ただ念の為、好美の意見を聞いてみる事にした。美味い肉でビールを呑まないかと聞いた好美は喜んで15階から『瞬間移動』して来た。慌てて出て来たのか、崩れた部屋着と普段家で1人の時だけでかける赤淵眼鏡のままだ。ただ、キンキンに冷やしたグラスを片手に持っている。


渚「好美ちゃん、準備万端なのか出来ていないのかはっきりしてくんない?」

好美「良いんです、これが私なんで!!それより肉とビールは?」


 好美は興奮で鼻息を荒くしている、早く呑みたくてたまらない様子だ。


渚「そう言えば今日って好美ちゃん夜勤明けだと言ってたね、ずっと我慢していた訳だ。」

好美「そうなんです。丁度そろそろ呑もうかな・・・、って考え出した頃だったので嬉しいです。」

渚「さっき守君から貰った豚肉あっただろう、あれを塩麴を使った叉焼にしてみたんだよ。それを今回試して貰おうと思ってね。」


 好美が早く呑みたがっていると知っている渚は少し引っ張ってみようと目論んだ、いつもの悪戯好きが出始めたのだ。


渚「醤油ダレで一度漬け込んでみたんだけど色々と駄目だったんだよ、一先ずおつまみメニューと冷やし中華として出す事になってね。今回はおつまみとして食べてみてくんないかな。」

好美「ゔー・・・、はい・・・。」


 早く出して欲しいと言わんばかりの気持ちで我慢する好美、そろそろ限界点が来ようとしている。


渚「では、こちらをご賞味ください!!」


 新作のおつまみのみを提供してじっくりと咀嚼させる渚、そして限界が頂点に達しかけた頃に丁度良く好美のグラスに注がれたキンキンに冷えた生ビールが提供された。

 店のオーナーはビールを受け取ると、口に泡を付けながら一気に煽り一言。


好美「文句なしの、採用です!!」


-58 メインは胡瓜?いや鶏?-


 暑い日々が続く、光は家庭菜園へと好美を招待してとれたての胡瓜をお裾分けする事にしていた。

 ビニールハウスの中は灼熱のイメージがありがちだが、下の方にビニールが途切れている部分があるのである程度の涼しさをも持ち合わせていた。

 やはり暑い時期における胡瓜の定番として、氷でキンキンに冷やされた一本漬けをイメージしていた好美は縞々の胡瓜を想像していたのだが、光から振舞われたのはまさかのオイキムチだった。


光「胡瓜だけじゃないんだよね・・・。」


 家庭菜園の持ち主はルンルンしながら蓋をあけると中身を木製の蓮華でゆっくりとかき混ぜだした。

 キムチのつけ汁を全体に行き渡らせ、中の胡瓜が辛味に染められる。その時、好美は中に入っていた光拘りの食材を見つけ出した。


好美「メンマだ・・・。」


 そう、辣油に浸かって瓶詰めとなったメンマだ。程よく食感と柔らかさが有名な穂先メンマが入っていた。

 1口食べると両方の食材特有の食感が口内を楽しませ、広がった刺激的な辛さが何となく嬉しくて堪らない。ただ食べ進めていくと、その辛さはキムチの素だけでは無い事が分かった。


好美「メンマの辣油も入っているんですか?」

光「そうそう、これ一回漬けるのに瓶半分使っちゃうんだけど、いつの間にかもう半分も食べちゃうんだよね。」

好美「ご飯にもお酒にも両方ピッタリですから仕方ないですよ。」


 好美の言葉を聞いた光は顔をニヤつかせていた、そして意味ありげに質問した。


光「欲しい?」


 現在朝11:30、夜勤を終えて直接やって来た好美は色々と欲しくなっていたがその中でも1番ややっぱり「あれ」だ。


好美「欲しいです。」

光「やっぱり?私も欲しくなって来たから付き合ってくんない?」


 好美は『転送』で地下にある冷蔵庫で冷やしている「秘蔵のあれ」を取り出した。畑では初めてだが関係なくなってしまっている。

 光から受け取った「あれ」の缶を開けると一気に煽った。


好美「はぁー・・・、たまにはハイボールも良いですよね。」

光「あれ?ごめん、間違えてハイボール渡しちゃった。本当はビールの予定だったんだけど。」

好美「いえいえ、私ハイボールも大好きなので大丈夫ですよ。」


 しかし、ビールと同じ勢いでハイボールを呑んでいたとは。好美の酒の強さはよっぽどと言えるらしい。光は好美のステータス画面を見て「『臓器強化』と『状態異常無効』のお陰だ」と思っていたのだが、ちゃんと表情は赤くなっている上に段々と酔いが回ってきているみたいなので勘違いかとスルーした。

 しかし、折角のハイボールなので是非とも鶏の唐揚げと一緒に楽しみたい。2人が共通して感じていたので好美が屋内のキッチンで鶏もも肉に片栗粉や醤油ダレをまぶしていると、光が裏庭の釜で油を熱していた。

流石に油から目を離す訳にも行かないので、今回はテーブルと椅子や容器を『作成』していつでもパーティーが出来る様にした。

2人は正直待ちきれない様子だった、しかしそこを必死にこらえて。


光「よし!!」

好美「いや、まだです!!」


 そう言うと、中心地にあるビルのオーナーは夜勤中の護身用として将軍長に教えて貰った火魔法(スキル)で釜の火力を上げて油の温度を上げると揚がった唐揚げを再び投入した。


光「そっか・・・、2度揚げだ。」

好美「熱々をハイボールで流し込みたくないですか?」


 光の答えは表情に出ていた、もう答えるまでも無い位に。


-59 初の深夜営業-


 ダルラン家の裏庭で唐揚げをたらふく味わい、ハイボールを浴びる様に口に流し込みまくってから数日の事。ビルの寮部分に住む魔学校生を中心に雇ったアルバイト達がレジや店の仕組みを含めて仕事に慣れて来たと思われる頃、好美は2店舗の主要メンバーを集めて緊急会議を行った。


好美「本格的な営業を始めていきます。」


 今まではデイ営業とナイター営業のみに限定し、全員が仕事に慣れるまで十分な期間を置いてきたのだが、遂にビル下店の本来の目的である深夜営業を始めていく事にした。しかし、イェットから一言。


イェット「何言ってんだい、ウチはもう既に始めているよ。」


 そう雑貨屋を経営する大魔法使いの妻が店長を務める「コノミーマート」では2週間前から試験的に始めていたのだが、「暴徒の鱗」の場合は調理技術等の観点から期間を置いていたのだ。

 ホール担当のスタッフ、及びキッチン担当のスタッフの双方の教育が十分だと判断した好美はやっと決意を固めたのだという。


イャンダ「俺も、ナイトマネージャーも、そしてお客さんもずっと待ち構えてたぜ。」

好美「うん、では次の金曜日の夜から始めていきましょう!!」


 金曜日を選んだのにもちゃんとした理由がある、ナイトマネージャーであるピューアとニーコルが両方とも出勤出来る曜日だからだ。念の為に人数を揃えておき、深夜に来る余裕を持って客数を把握する必要がある。

それに、「花金」とも言うではないか。呑んだ帰りにラーメンを食べたくなる人が多い事は言うまでも無い、オーナーである好美が正しくそうだからだ。

デイ営業では麺類やランチメニューを、そしてナイター営業では居酒屋メニューを中心に販売を行ってきたが深夜はどちらが必要とされるのだろうか。いや下手すれば両方の可能性もある、その事も十分に把握しておきたい。

ドラマで有名な「出来るものなら何でも作るあの食堂」では無いが、夜遅くにも関わらず店に来てくれるのだ。とても難しいと思うが可能な限り皆からの信頼を得たい。

数こそは少ないとは思われるが、好美と同様に普段夜勤として働くお客さんだっているはずだ。本人にとって少しハードで、ちゃんと役に立てるかは不安だと思われるが、好美は自分もちょこちょこお手伝いして好美なりに状況をしっかり把握しようと思った。

数日後、王宮での夜勤が休みである金曜日の夜。「暴徒の鱗」での最初の深夜営業が遂に始まる。

イャンダとデルアから店舗の鍵を預かると。


イャンダ「本当に大丈夫かい?俺達も残ろうか?」

好美「何言ってんの、2人にちゃんと休んで貰うために私達がいるんでしょ。ちゃんと寝て朝、また顔を見せて。」

デルア「そうだな、分かったよ。店を頼みます、オーナー。」

好美「もう、その呼び名止めてって言ったじゃん・・・。」


 そう言いながら好美達夜勤3人は、日勤を終えて夜の闇に消える店長と副店長を見送った。深夜営業は22時~6時を予定しており、深夜営業が終わる頃に日勤のメンバーが仕込みにやって来るという仕組みだ。

 今夜はピューアとニーコル、そして好美が基本キッチンでの調理を担当して数人のバイトがホールを担当する形を取っていた。しかし、状況に応じて行けそうな3人の誰かもホールに加わる事に無っている。

 22時~24時の間は居酒屋メニューが中心に売れていた、街の何処かで呑んできた人々が2次会や3次会の場所として利用していた。

 その中に、仕事を終えた妻と盃を酌み交わすあの大魔法使いがいた。


好美「ゲオルさん、いらっしゃい。」

ゲオル「どうもどうも、妻がいつもお世話になっております。」

イェット「何言ってんだろうね、私がこの子の世話をしてやっているというのに。」


 別の席では見覚えのある将軍長がカウンターで日本酒を手酌で呑んでいた、肴はシンプルに冷奴。奥さんにお小遣いを制限されているのだろうか。


ニコフ「あぁ、好美さあん。ここ好美さんのお店でしたか、何かすみません。」

好美「謝らなくても良いですよ、ゆっくりしていって下さいね。あ、これは私の奢りです。」

ニコフ「では、遠慮なく・・・。」


 「オーナー 倉下好美」と書かれた名札をちらっと見たニコフ、少し怖気づきながら好美から唐揚げが乗った小皿を受け取ると熱々を一口。

 恍惚としたその姿を見た好美は、将軍長も1人の人なんだと嬉しくなった。


-60 また実感する世間の狭さ-


 深夜営業の時間帯の内、24時~6時(閉店)までの間は〆としてラーメンやご飯系の物を求めるお客さんが増えて来ていたが、まだ呑み足りない人達や普段夜勤をしているがたまたま休日で呑みに来た人達がいたので居酒屋メニューも盛況となっていた。

 好美は想像以上の客足で仕入れた材料が足りるかどうかを心配していたが、強めに発注をしていたおかげで何とか閉店までお店を持たせる事が出来た。

 6時になり、店長が仕込みの為に店に来ると深夜営業初日を終えたメンバーはへとへとになりながら各階へと帰って行った。ただ1人、好美はその場に残っていた。


イャンダ「好美ちゃん、どうした?」

好美「ん?いや、大した事じゃないんだけどね。また、朝が来たな・・・って。」

イャンダ「何だそれ、好美ちゃんは王宮でも夜勤をしているからいつもだろ。」

好美「まぁね、でも今は一般の従業員じゃなくて一応オーナーじゃん?」

イャンダ「うん、そうだね。」

好美「それなりに大変なんだな・・・って。」

イャンダ「そうか、好美ちゃんなりに実感しているって事だな。さてと、俺は仕込みに入るよ。お疲れ様、ゆっくり休んでな。」

好美「うん、後宜しく。」


好美がその場を離れ、エレベーターで15階(自宅)へと向かった後に仕込みをしようと冷蔵庫や調味料の在庫を確認した元竜将軍が絶叫した事は言うまでもない。

1階の店舗部分で数台のトラックの運転手が慌てた様子で食材を運び込んでいた頃、初日を終えた好美は冷蔵庫から缶ビールを取り出して呑もうとしていた。しかし、冷蔵庫に肴になりそうなものが残っていなかったのでビールを戻し、『瞬間移動』で急いで1階へと向かった。正直、エレベーターの意味はあるのだろうか。

「コノミーマート」でレンジで温める用の鯖の塩焼きや、バターピーナッツを買い込んだ好美は早く呑みたかったので店舗部分から直接『瞬間移動』してしまった。


バイト①「80円の御返しです、ありがとうございました。」

好美「どうも、じゃあ!!」

バイト②「えっ?!」


目の前で人が『瞬間移動』して消えた場面を初めて見た数人の学生アルバイトが慌てていたのは言うまでもない、しかも本人たちはイェットが面接をして雇ったので今消えたその人が店のオーナーだった事もまだ知らなかったと言う。

好美がアルバイトの目の前で『瞬間移動』してから約2時間後、ダルラン家ではいつも通りの日常が始まろうとしていた。

光が出汁からお味噌汁を作る香りが漂う中、モーニングコーヒーを片手に渚が2階への階段を眺めながら声をかけた。


渚「光、おはよう。」

光「おはよう、お母さん。良いなぁ、あたしもコーヒー欲しいかも。」

渚「じゃあ、淹れるわ。そう言えば、ガルナスがまだ起きてきていないんじゃないのかい?」

光「またあの子は・・・。ガルナス、起きなさい!!またバスに遅れるよ!!」


 眠い目を擦りながら制服姿のハーフ・ヴァンパイアがゆっくりと階段を降りて来た、全くもって焦ってはいない様子だ。


ガルナス「お母さんとおばあちゃん、おはよう。」

光「おはよう。何あんた、妙に落ち着いているじゃない。」

ガルナス「今日は友達とお姉さんの車で行く事になってんの、だから大丈夫。」

光「あら、それはお礼を言わなきゃね。でも、車で行くにしても間に合わないんじゃない?」

ガルナス「大丈夫大丈夫。あ、噂をすればだ。」


 渚と光にとって聞き覚えのある排気音が響き渡った後、玄関のドア横のインターホンが鳴った。ドアを開けてみると、ガルナスと同じ制服を着た金髪の女の子が立っていた。その子の金髪は見覚えがある位に青みがかっている。


光「おはよう。えっと・・・、ガルナスのお友達かな?」

女の子「お、おはようございます。マーメイドのメラ・チェルドと申します。」

光「マーメイドのチェルドさんね・・・、ん?」


 暫くすると、車の持ち主である姉がやって来た。やはり光と渚の記憶は正しかったらしい、玄関の前には紫のスルサーティーが止まっていた。そう、やはりピューアの車だ。


ピューア「何やってんの。あ、おはようございます。」

光「おはよう、やはり貴女だったのね。今日はガルナスを宜しくね。」

ピューア「分かりました。えっと、この後朝風呂に行こうと思うのですがいかがですか?」

光「行く行く、お母さんもどう?」

渚「ああ、今日はゆっくりしようと思っていたから丁度いいね。私も行かせてもらうよ。」

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