4. 異世界ほのぼの日記2 ⑪~⑳


-⑪ シューゴの新たな戦略-


 光の万舟券による柔らかな肉と家庭菜園で採れた野菜を、100%光のお陰で楽しむ一行の下に仕事を終えた林田署長が家族を連れやって来た。

 全員の両手には光の牛肉に負けない位の美味さを誇る豚肉を抱えている。どうやらどれもブランド豚の物らしく、全員期待に胸を膨らませていた。


光「警部さん来てくれたんですか?」

林田「光さん嫌だな、今の僕は署長ですよ。」

光「忘れてました、ごめんなさい。」


 すると横から同行してきた男女が割り込んできた、男性はハーフ・ドワーフで女性はアーク・エルフらしい。そう、署長の息子である林田利通(はやしだとしみち)とドーラ林田だ。


好美「あれ?ギルドのお姉さんだ。」

ドーラ「あら、覚えててくれたのね。私林田家に嫁入りしたのよ、それにいつもは受付嬢してるけど本当はネフェテルサ警察の警部補なのよ。」

利通「そして俺が夫で警部の利通、よろしくね。」


 夫婦が自己紹介をしている間に光が厚めに切った豚ロース肉を塩コショウでシンプルに味付けして焼いていた、そしてまた良い香りが辺りを包んでいた。

 網目状に焦げ目が付いた豚肉に齧り付くと甘い脂が食欲をそそった。飽きが来ない様に味変として用意した味噌マヨネーズも好評で林田家が持って来たロース肉はすぐに無くなってしまったので次は肩ロースに移る事にした。市販のタレに漬け込んで生姜焼きにしていく。一緒に持って来ていたバラ肉は塩で味付けして釜を作り替えた燻製器へと入れ、ベーコンを作る事にした。

 因みにご飯はお櫃に入れて保管している。

 そんな中、光の真後ろから男性の声が聞こえたので驚きを隠せずにいた。


男性「おや、今回は魚介類が無いようですね。ちょっと買って来ます。」

光「誰?・・・、ってあれ?いない。」


 声の正体はすぐに消えてしまい、光は誰が来たのかを確認が出来ずにいた。しかしすぐにどうでも良くなり、再び肉に集中した。しかし口の中が脂っぽくなって来たので家庭菜園からレタスを持って来ると洗ってすぐに齧りついた。横でその光景を見ていた渚が少し引いていた。


渚「あんた・・・、切らないでよく食べれるね。女捨てたんじゃない?」

光「レタスは金属を嫌うからこれが一番良いの。」

渚「あ、さいですか。」


 その瞬間、先程の男性がビニール袋を手に戻って来た。どうやら正体は雑貨屋の店長でリッチのゲオルだ。


ゲオル「今日は敢えて干物にしてみました、鯵とホッケの開きです。焼いた時の脂がたまらないですよね、ご飯ってまだありますか?」


 光はお櫃を確認すると白飯は空っぽになっている上に、釜は今燻製を作っているから使えない。

 一先ず光は同じ米という事で日本酒を勧める事にした、その間に炊飯器で急いで炊いて渡せば大丈夫だろうと思ったからだ。光は今までに無い位の勢いで米を洗うと一気に炊き始めた。本当は30分程つけ置きしておきたかったが致し方無い。

 一方、いつも夜勤で昼夜逆転生活をする好美にとって就寝する時間帯となっていたが楽しすぎて関係なくなってしまっていた。それもそのはず、好美が試しにと『状態異常無効』のスキルを『作成』していたからだ。好美は改めて『作成』を授けてくれた神様に感謝した。

 生姜焼きや干物の焼ける良い匂いが食欲を誘い始めた時、家から炊飯終了を知らせるアラームが鳴った。


光「ちょうど良かった・・・。」


 そう呟くと炊き立ての白飯をゲオルに渡し事なきを得た。丁度その頃ベーコンが出来上がり、燻したての物を網の上で焼くと上質な脂が浮かびまた食欲をそそった。好美はここにいるだけでかなりの幸せ者になった様だ。最高の歓迎会は深夜まで続いたという。

 次の日の朝、渚は楽しかった思い出の余韻に浸りながらシューゴの店へと向かった。


渚「大将、おはよう。話ってなんだい?」

シューゴ「おはよう、実はこの店の深夜営業を始めようと思っていてね。ウチって基本的に屋台も合わせて全部朝から昼か夜までの営業じゃん?最近「深夜にも食べたい」っていうお客さんの意見が多くてね、どうしようか渚さんに相談しようと思っていたんだよ。」


-⑫ 熱意に応える為に考え直させる-


 お客さんからの要望に可能な限り応えようとするシューゴの熱意に敬意を表し、提示された案に渚は決して反対をする事は無かった。

 ただ、熱意があるのは良い事だが深夜営業を行う為の方法を考える事から始める事にした、まず、人事的な面はどうするべきなのだろうか。


渚「店主はあんただ、あたしゃ決して反対はしないよ。ただあたしらはずっと昼営業でやって来たんだよ、今更深夜営業って言ったってどうするんだい?」

シューゴ「無理のない様に週2日のみの営業から始めてみようと思うんだ。」


 しかし、渚には引っ掛かる事があった。店を見回しても「従業員・アルバイト募集」と書かれたポスターらしき物は無い。


渚「まさかと思うけど、昼間屋台で営業しながらあんたがやるだなんて言わないよね。」

シューゴ「うん、そうだけどどうした?」


 シューゴだって1人の人間、自らの健康面も考慮すべきだ。渚は決して無理をして欲しくなかったのだ。きっと初めてと言っても過言では位に渚は心を鬼にして説得した。


渚「あんたね、馬鹿な事言ってんじゃないよ!!確かにあんたが熱心なのはあたしやレンカルドさんが一番分かってるつもりさ。あたしゃスープや具材への拘りや熱心な気持ちを知っているからあんたについて来たんだ、そのあんたが倒れちゃこの店は誰が守るんだい!!」

シューゴ「うん・・・、分かっているけどさ。じゃあ、他に方法がある訳?」


 渚は腕を組んで考えた、ただあっという間に具体的すぎると言える最適そうな案が生まれた。一先ず渚は水を一口飲んで落ち着き、一息ついてシューゴに案を提示した。


渚「一先ず、あそこにここの支店を出すべきだね。その為にはある人に相談せねばね。」

シューゴ「支店なんて簡単に言わないでよ、それに何処に?誰にしてもらうのさ。」


渚は今更ながら即席で『念話』を『作成』し、ある人に声を掛けてみた。


渚「ちょっと待ってな、聞いてみるから。これやるの初めてなんだよね・・・。(念話)ちょっと、好美ちゃん今大丈夫かい?聞こえてる?」

好美(念話)「その声は渚さんですか?何かありました?」


 渚からの突然の『念話』に驚きを隠せない好美、そして目の前で渚が口を紡ぎずっと黙っているのをじっと見つめているシューゴ。


シューゴ「ちょ、ちょっと・・・。大丈夫?」

渚「ごめん、今いい所だから。(念話)ごめん好美ちゃん、ちょっと相談があるんだ。私の所来れるかい?」

好美「あの、どの辺りですか?」

渚(念話)「『探知』してくれたら分かると思うんだがね。」

好美(念話)「分かりました、やってみます・・・。ここかな、ちょっと行ってみますね。」


 好美は『作成』したばかりの『探知』で渚がいると思われる場所を見つけると、そこに向かって『瞬間移動』した。どうやら、一発で当たりを引いたらしく目の前では渚とシューゴがテーブルで話し込んでいた。


好美「よいしょっと・・・、お待たせしました。」

渚「来たね、良かった良かった。急にすまないね、ちょっと聞きたいことがあるんだ。」

シューゴ「渚さん・・・、こちらの方は?」


 突然『瞬間移動』でやって来た好美に驚きと動揺を隠せない店主、好美も同様に動揺していた。


渚「この子は倉下好美さん。ほら最近街の中心地の王宮寄りの所にある大きなビルがマンションになっただろ?そこのオーナーさんだよ。」


 好美にもシューゴの事を紹介した渚、やっと2人は落ち着きを取り戻した様だ。


シューゴ「えっ?!そんな凄い人に何を相談すんの?まさか・・・。」

渚「そのまさかだよ。好美ちゃん、ビルの1階のあの空きスペースって何か入る予定はあるかい?出来れば、そこを一部借りれないかな?」


 そう、コンビニが入ったビルの1階にはまだ空きがありそこに店を出そうと言うのだ。


好美「一応はまだ予定は無いですが、どうされるんですか?」


-⑬ 深夜営業の相談と好美の願望-


 席に着いたばかりで全くもって状況を把握できていない好美に渚が今回企てた支店の話をしていると、渚とシューゴが屋台で販売している間に店舗を切り盛りしている光の元上司、いや叔父の一 一秀(にのまえ かずひで)がその場に到着した。渚と同様にシューゴに呼び出されていたらしい。

 ここ数年で店舗を一任される様になった一は、店主であるシューゴ自身の一番の拘りポイントである門外不出の「醤油ダレ」を唯一引き継いでいる人間だった。


シューゴ「あ、おはよう。」

一「おはよう、急な呼び出しなんて珍しいな。何かあったのかい?実は朝の仕込みがまだなんだけど。」

渚「おはよう、悪かったね。実は大将がお客さんに要望されて深夜営業を始めようかって言いだしたんだけどね、週2回から始めてみる方向でそれが可能そうな支店を出そうかって話をしてたんだよ。一応、この子がその支店のオーナー店主になる予定の倉下好美ちゃんさ。あたしらと同じ転生者だよ、来たばっかりで緊張しているみたいだから仲良くしてやっておくれ。

 好美ちゃん、この人は私の旦那の兄で光の叔父の一秀さんだよ。勿論、転生者だからあたしらの仲間さね。昔は光の上司だったんだけど今はここの店舗の店長をしているんだよ。」

好美「お・・・、お願いします。」

一秀「宜しくね、それでどこの予定なんだい?」


 何も知らない一秀に街の中心地に立つ好美のビルを指差し、その1階に支店を出すと伝えた。勿論、好美がビルのオーナーだという事も。

 それを聞いた一は急に態度を変えた。


一「す・・・、すみません。そ、そんな凄い方だとは知らず。」

好美「や、やめて下さいよ。あたしここに来て間もないんですから。」

渚「こらこら、また好美ちゃんが緊張しちゃうだろ。」

一「悪い・・・、申し訳ない。そんでだけど、店舗を出したとしてどうやって深夜営業をやるんだい?夜中にずっと起きて仕事するなんて正直大変だと思うよ。」


 すると好美が腕を組み深く考え始めた、コンビニにおいてもそうなのだがやはり経営に関する知識などない。ましてや今回は調理の知識も必要とされている。食品衛生法の観点から出来れば調理師の資格をも持つ者を探し雇う事が必要とされている。

 好美は『作成』を利用してコンビニのオープニングスタッフ募集のポスターに、今回の拉麺屋の事も付け加え貼りなおした。勿論、不動産屋に貼っている物も。


渚「因みに深夜営業の曜日の希望はあるかい?」

好美「実は来週の火曜日の夜から、こっちの世界でも週3でですが夜勤をする事になったんです。そこで相談してからでいいですか?」

渚「夜勤?こっちの世界でかい?」

シューゴ「因みに差し支えなければ、何のお仕事を?」

好美「王宮の見回りらしいんですよ・・・。」

一「凄い頑張るんだね・・・。」

好美「それでなんですが、そこでのシフトが確定次第でご相談をさせて頂きたいのですが。」

シューゴ「勿論、君がオーナーだから合わせるよ。」


 一先ず、好美には確認したい事が何点かあった。


好美「あの・・・、確認なんですが、もう1階に店舗が入るのは確定なんですね。」

渚「あれ、駄目だったかい?」

好美「いえ、私も拉麺が好きなので構わないのですがこの店ってお昼も営業するんですか?」

シューゴ「勿論、その予定だよ。どうしたの?」

好美「個人的な事なんですが・・・。」


 好美を顔を赤らめ恥ずかしそうにしている。


3人「どうした?」

好美「お酒とおつまみのメニューってありますかね・・・、私夜勤族なので昼吞みがしたいのですが。勿論、その分お家賃はお安くしますので。駄目・・・、ですか?」


 それを聞いた3人は数秒の間沈黙した後、大声で笑いだした。


好美「何ですかー?」

渚「ははは・・・、ごめんごめん、悪かった悪かった。そう言う事かい、不安そうに言うから何かと思ったよ。大将、勿論良いよね。どちらかと言えば場所を借りて世話になるのはこっちなんだから。」

シューゴ「勿論さ、何なら酒とおつまみの出前もさせて貰うよ。家賃を安くしてもらう分はこっちもサービスしなきゃね。」

好美「そこまで求めてはいないのですが・・・。」


-⑭ 新店舗-


 思った以上にあっさりと事が運んだので暫くの間1人ポカンとした表情を浮かべるシューゴの隣で、あたかも自分が主人の様に計画を進めていく渚と新店のオーナーの好美。完全にアウェーな状態になってしまったので調理場へと移動しようとしたのだが。


シューゴ「俺・・・、醬油ダレの仕込みを・・・。」

渚「何言ってんだい、大将無しにこんな重要な案件を決める訳にはいかんだろ。」


 あっさりと渚に腕を引っ張り席に座らされ、しょぼくれていたのだが一先ず思いついた新サービスの提案をしてみる事にした。


シューゴ「折角、マンションの真下に店舗を構えるんだから住民の方々限定でお部屋に出前するのってどうかな。勿論、コンビニと同じでビルの内側からも入店出来る様にもした上でだけど。」

渚「あんたたまにはいいこと言うじゃないか、見直したよ。」


 もう1つの重要事項について決める為、好美が口を挟んだ。


好美「あ、あの・・・。オープニングスタッフの採用面接はいつしますか?出来ればコンビニと合同で行っていけたらと思っているんですが。」

渚「そうだね・・・、面接についてのポスターを出してもすぐには連絡が来ないと思うから、マンション内の掲示板と街中に数か所貼って1週間後位連絡を待ってみるのが良いんじゃないかね。」


 好美はよし、そうと決まれば善は急げだと言わんばかりにポスターを数枚刷って早速マンション内の掲示板に貼っていった。マンションには続々と契約した住民達が引っ越してきている様なのでもう何人かは見ているだろうと思われる、一応コンビニ側の面接を担当する好美と拉麺屋側を担当するシューゴの両方の連絡先を記載して面接希望者を待った。

 今回はアルバイトと店長や副店長、そしてナイトマネージャーといったメンバーを募集する。店長と副店長、ナイトマネージャーの面接には「経営にお詳しい方限定」とやんわりと条件を書いておいた。同時に拉麵屋の条件には「調理師免許をお持ちの方」と付け加えてある。理由は2つあり、1つはオーナーとなる好美が経営については全く詳しくないからで、もう1つは好美自身も夜勤での王宮の見回りの仕事に行くので安心して店を任せることが出来る人材を確保したいからであった。渚とシューゴも交えてポスターを何度も何度も読み返して全ての重要事項がしっかりと記入されている事を確認した上で貼りだしておいたから大丈夫だろう。

 今日は一旦、拉麵屋を臨時休業にして3人はポスターをマンション内の掲示板全てに貼り終えると全員で1階へと移動した。渚が『瞬間移動』で不動産屋を連れて来て仲介を依頼し、その場で双方が書類にサインして契約を交わし終えた。


渚「そうと決まれば早速やるか、ここ1箇所なら私1人で大丈夫そうだね。」


『瞬間移動』で不動産屋を送って来た渚が両手をビル1階の空きスペースへと向けて魔力を流し込むと、一瞬にして空きスペースが一秀のいる1号店の様な見た目に様変わりした。よく考えてみればこのビル自体を改装したのも渚だ、本人にとったらこれ位は自由自在で朝飯前なのだろう。

シューゴは新しい調理場に入ると早速調理道具の確認をしていった、ざっと見回しただけだが器も含め必要な道具等は揃っているそうだ。今回は新たな施設として商品のみを載せて住民の部屋に送る用の小さなエレベーターを設置した、これを出前に有効活用して欲しいと渚は伝えた。横のボタンで「階層」ではなく「部屋番号」を指定して送るシステムとなっている、これは忙しい時は大助かりになりそうだ。食べ終えた食器類は客により階層で指定されている引き戸から返却され、ビル全体を流れる水の力で戻ってくるシステムになっている、戻ってくる間に洗剤やスポンジを用いた洗浄が行われ綺麗な状態で食器棚近辺の戻り口へと戻ってくる。上の階層から降りてくる時、食器類は常に水に包まれている状態で保たれている為割れる事は無い。某有名回転寿司チェーンを参考にしたシステムらしい。このエレベーターには住民用の物とは違い、「倉下家(15階)」のボタンが付いている。例の「暗証番号」の流出を防ぐための対策だそうだ。

回転率を少しでも上げる為に注文のシステムも機械式に変わっており、各々の従業員が貸し出される機械で注文を入力して送ると伝票が印刷される。

出前の注文システムも特殊だった。店舗の調理場には液晶ディスプレイが設置されており、住民が家にある固定電話のテンキーで専用のコードを入力するとディスプレイに注文が表示され店舗での注文と同様に伝票が印刷される。それに応じて調理をすれば良いという訳だ。

マンション内だけでも多くの客を相手にするので、店主には別の問題が生じていた。そう、自分と一秀しか知らない秘伝の「醬油ダレ」の生産が追い付かない可能性が生じていた。天候や気候に合わせているから毎朝作る必要があり、前日までの作り置きができない。


渚「うーん・・・、だったら。」


 渚は頭を抱える店主の為、自分に出来る事は何か無いかと考えてみた。


-⑮要人との業務提携-


 渚は考えた結果『複製』というスペルを『作成』してみた、朝シューゴや一秀からその日(オリジナル)の醤油ダレを受け取り必要に応じて『複製』する。これなら醬油ダレのレシピは門外不出のままを保てる。キムチ等の材料も揃えると、渚のアイデアで生まれた人気メニューの「特製・辛辛焼きそば」も無事に作れそうだ。

 そんな中、シューゴの電話が鳴った。本人曰く見た事の無い番号の様で、新店の従業員面接の連絡かなとスピーカーに切り替え電話に出てみる事にした。


シューゴ「もしもし、シューゴです。」

男性(電話)「もしもし、突然のお電話失礼致します。拉麺「暴徒」様のご主人様でしょうか。」

シューゴ「はい、そうですけど。」


 通話を聞きながら屋台の2号車に乗る女将が冷や汗をかいて呟いた。


渚「今更だけど何て店名だい、まぁ本人がバーサーカーだから仕方ないか。」

一「性格は全く「暴徒(バーサーカー)」っぽくはないけどな。」


 横から声を挟んだ一に驚く渚。


渚「あんたいたのかい!!」

一「最初からいたわ!!」


 そんな2人を横目に通話を続ける大将、どうやら面接以上に大変重要そうな電話らしい。選択を誤れば騒動が起こる可能性がある。

 それを察したのは『瞬間移動』してきた光だった。


男性(電話)「すみません、突然のお電話失礼致しました。私「龍の鱗」という拉麺屋をやっておりますパルライと申しまして今回「暴徒」様と業務提携をさせて頂けたらなと思いまして。」

シューゴ「パルライさん・・・、どっかで聞いた事があるな・・・。ただね、今業務提携どこ・・・。」

光「大将、ちょっと待って!!電話保留して!!(念話)パルライさんお久しぶりです、光です。今「暴徒」のご主人と電話されているのってパルライさんご本人ですか?」

パルライ(念話)「お久しぶりです、勿論私本人ですけど。どうされました?」

光(念話)「いや、それが分かれば大丈夫です。」


 電話を保留させてから目の前で沈黙を続ける光に業を煮やした渚が声を掛けた。


渚「光、何をやっているんだい。ずっと黙ってて。」

光「ごめん母さん、この電話ただ事じゃないと思ってね。大将、これ提携しないと大騒動になります。理由は後で説明しますから早く!!」

シューゴ「わ、分かりました。大変お待たせしました、喜んで業務提携させて頂きます!!詳細は後日・・・。」

パルライ(電話)「ありがとうございます、またお店にお伺いさせて頂きますので宜しくお願い致します。」


 光はパルライの心の広さに感謝していた、隣国の王をずっと待たせていたのだ。正直、失礼極まりない。

 光の言動の訳が分かっていない渚が説明を求めた。


渚「あんた、そろそろ私達にも分かる様に状況を言わんかい。何で別の拉麵屋との業務提携を勧めたんだい?」

光「母さん達・・・、まだ分からないの?今の相手のパルライさんは隣国・バルファイ王国の国王様だよ、もし「提携しない」って言ってたら「王命に背く」って言う事だからこの先どうなっていたか・・・。」


 光の言葉により事の重大さをやっと理解した渚達、数秒程沈黙すると全員顔を蒼白させていた。


渚「危なかったね・・・、それにしても何で1国の王様が拉麵屋なんてしているんだい?」

光「それはね・・・。」


 光の言葉を声に覚えのある男性が遮った。


男性「普段は王政を分身の鎧で行い、派手な事が苦手な自分は身を隠していますので。」

光「パルライさん、びっくりしたじゃないですか!!」

渚「普段は例の鎧でのお姿しかお見かけしたことが無かったけど、この方が・・・。」

シューゴ「バルファイ国王・・・。」

パルライ「あはは・・・、どうも・・・。」


-⑯ 業務提携における提案-


 大将・シューゴは不思議で仕方が無かった、どうして1国の王が拉麵屋を経営して自分の店と業務提携を結ぼうと考えたのだろうか。

 前者の疑問は本人の発言で解決したがどうして自分の店と?


パルライ「理由はシンプルですよ、プライベートで数回食べに来た時全てのメニューが美味しかったので。実は丁度、この国に支店を出したいと思っていたのですよ。」

シューゴ「お褒め頂き光栄でございます。」


 1国の王を前にどうしてもいつもの調子が出ず、腰を低くしてしまうシューゴ。しかも自分達の商品を素直に「美味しい」と言われた事が本当に嬉しくなっていた。その王が自ら業務提携の提案・・・、願ったり叶ったりだ。勿論、断る理由はない。


シューゴ「謹んでお受けいたします。」

パルライ「やめて下さいよ、これからは共同経営者、いや仲間ですよ。フランクにお願い致します。」

シューゴ「では、どういたしましょう・・・。」


 頭を抱えるシューゴ達の前に雑貨屋店長のリッチ・ゲオルが突然現れた、その姿に驚いていたのはどちらかと言えば王の方だ。


ゲオル「こんにちは、明かりがついてたので入ったのですが店やってますか?」

シューゴ「あ、ゲオ・・・。」

パルライ「師匠!!」


 ネクロマンサーであるパルライは偉大なリッチであるゲオルの魔力を受け、必死に魔法の修業をしていた身なのだ。


ゲオル「パルライじゃないか、何でここに・・・。どうやら俺いちゃ駄目な空気だね・・・。」


 その場の雰囲気を察した大魔法使いがすぐにその場を後にしたので2人は業務提携についての話し合いを続けた。


パルライ「えっと・・・、どこまで話しましたっけ?」

シューゴ「これから私達は共同経営者で、フランクに行こうとおうさ・・・、いやパルライさんが丁度仰って・・・。」

パルライ「ははは・・・、フランクになりきれていませんよ。もう私の事を王と思わないで下さい、良ければ呼び捨てでも構いませんよ。」

シューゴ「恐れ多いですが・・・、パルライ?」


 シューゴが試しに呼んでみると目の前の共同経営者はにこやかに笑った。


パルライ「うんうん、これからよろしくシューゴ。」


 それから暫くの間2人の話し合いは続き、いつの間にか2人は昼間から堂々と友達の様に朗らかに呑んでいた。2人共調理場で呑む立派なキッチンドランカーだ。

 提携するに当たってパルライから何点か提案があった。店名を合体させる事と、お互いの料理を各店舗で提供する事。酒の助けもあり、シューゴは即座に王の提案を採用した。

 

シューゴ「お前、準備良すぎねぇか?俺が断ったらどうするつもりだったんだよ!!」

パルライ「いやいや、俺はお前を信じていたからよ。やっぱり俺の目は間違っていなかったぜ。」


いつの間にか、シューゴは1国の王であるパルライと同様にお互いを「お前」と呼ぶほどになってしまっていた。

 パルライは勢いに任せ、魔力で店の内装をガラリと変えてしまった。危うく上の階層のマンションまで変えてしまいそうだったので急いで止めた。

 ただ、渚が設置した設備は基本的にそのままの状態で留めてあるのでシューゴは一先ず安心した。


シューゴ「はぁ・・・、お前いくら何でもやり過ぎになりかけてたぞ。」

パルライ「悪い悪い、たまに魔力を抑えきれない時があるんだよ。でもその代わり・・・。」

渚「ちょっと、いきなり屋台の柄や店名が変わっちまったんだが!!」


 そう、意外と行動が速いパルライが「暴徒」本店やバルファイ王国にある「龍の鱗」本店や2台の屋台までもガラリと変えてしまった。新たな店の名は「暴徒の鱗。」


パルライ「明日からお互いのメニューを教え合おうや、だって俺らこんなんだから。」


 そんな中、その裏でマンションの住人を対象とした従業員面接が進んでいた。


-⑰ 従業員面接開始したけど-


 業務提携の話し合いが上手く行き過ぎたが故に臨時休業とした拉麺屋の業務をすっぽかして昼間から堂々と呑んでいるシューゴとパルライを遠くに見ながら、自ら所有するビルの一部を提供してオーナーとして関わる事になった倉下好美は、こちらもまた自らがオーナーとなりもうすぐ開店する予定であるコンビニのオープニングスタッフも併せて拉麺屋の従業員採用面接を行っていた。

 自分が採用面接の面接官をするだなんて思っていなかった上に、異世界で。面接官をしている好美の方が多分緊張していたであろう雰囲気の中で、メモしておいた通りに必要事項を確認していった。


好美「どうぞ、お座りください。私、今回オーナーになる予定の倉下好美と申します。気軽に好美って呼んで下さい、まだ実感が湧いていないので。宜しくお願いします。」


 事前に決めておいた台詞を面接相手に向けて言うと、この世界の面接において必ず最初に行うべき事をすることにした。


好美「では、早速ギルドカードをご確認させて頂きますね。」


 この世界においてギルドカードは履歴書も兼ねているらしく、表面には氏名や種族などは勿論の事、所有スキルや資格などがある程度記載されている。表面に記載しきれなかった情報は、特殊な魔力によりギルドカードに触れた瞬間頭に直接流れ込んで来るというのだ。しかし、好美達転生者の持つスキルや資格、そして経歴などは特殊過ぎて情報を入力できないそうだ。

 「そう言えば光さんが初めてこっちの世界でパン屋の面接を受けた時も前の職業を聞かれたって言ってたもんな、こういう理由なんだ」とふと思いながら預かったギルドカードを片手に面接を続けていった。


好美「えっと・・・、ニクシーのピューア・チェルドさんですね。このお仕事の前はどの様なお仕事をされていたのですか?」

ピューア「こちらに来させて頂く前は寿司屋で板前を致しておりました、勿論調理師免許資格も持っております。」

好美「ご自分でネタを切って・・・、ですよね。」

ピューア「勿論そうです、自分で言うのもなんですが私魚捌くの得意でして。」

好美「当店ではお肉系統や麺類がメインなのですが大丈夫ですか?」

ピューア「はい、私お肉や麺も大好物なので。」


 肉料理と麺に関しては好きこそものの上手なれというやつかと好美なりに理解しようとした。ただ人魚が魚料理って・・・、何処か皮肉な気がした。


好美「あの・・・、差し支えなければ一つお伺いしたいのですが。」

ピューア「どうされました?」

好美「抵抗されないのですか?お魚を切る事に関してなのですが。」


 飽くまでも好美個人的な事なのだが、ニクシーやマーメイドといった人魚族は毎日小さな魚などに囲まれて仲良く過ごしているイメージがあった。

 仲間とも言える魚を・・・、捌くだと?


ピューア「やっぱりそう思われますか。でも仕事だと思って割り切っていますし、魔力で尾鰭を足に変えてる時は自分もいち人間だと思っています。」

好美「なるほど・・・、プロ根性ってやつですかね。それで話は変わりますが、ピューアさんはバルファイ王国の魔学校で経営学も学んでおられた様ですのでこの度は店長希望でよろしいですか?」

ピューア「確か週2日で深夜営業をされる予定と書かれていましたので、ナイトマネージャーと厨房担当を希望していまして。」


 深夜希望・・・、何か理由があるのだろうか。


好美「日勤ではなく夜勤を希望されるという事ですか?」


 どうやらピューアはこのネフェテルサ王国の市街地で、週3日の午前中に料理教室を開く為、ダンラルタ王国からやって来ているらしく、深夜営業が休みの時は教室で教える料理の研究をする予定なのだと言う。因みに居住地は上の階層のマンションで、1306号室に入居しているそうだ。

 近所に住む人魚が作る料理に個人的に興味を示し始めた好美は是非採用したいと思っていた。


好美「分かりました、では店主と話し合いまして採用不採用のご連絡をさせて頂きます。本日はお越し頂きありがとうございました。因みに、この後のご予定は?」

ピューア「この後は何も無いので、家に帰って呑もうかと・・・。何ですか?」

好美「良かったらご一緒させてください、ピューアさんの事、もっと知りたいので。」


-⑱ 痺れを切らしたオーナー-


 自分だけが面接を行っているのにも関わらず、仕事をほったらかしてずっと呑んでいる2人を見てイライラしていた好美は正直今日はピューアで終わりにしようと思い始めていた。

 その上、ピューアはこのマンションの住人な上に自分と同じ夜勤を希望している。という事は今のうちに呑み仲間になっておいても損は絶対ない、いやなるべきだ。それに経営学を学んでいる上に調理師免許持ち、正直寿司職人をしていたこの人の、いやこの人魚(ニクシー)の魚料理を肴に美味い日本酒を呑んでみたい。


好美「丁度今日の仕事は終わりにしようと思っていたんです、というよりあそこをご覧頂ければ分かるのですが、この店の大将と共同経営者がさっきから仕事をサボって呑んでいるので1人仕事をしているのが馬鹿らしく思えてきまして。よかったら材料費は出しますのでピューアさんのお料理でご一緒に呑ませて頂けませんか?一応、オーナーとして料理の実力も知っておきたいですし。」

ピューア「分かりました、ではご一緒にお店に行きましょう。」


 2人はビルを後にし、ゲオルのお店へと向かった。店に着くとそこには転生者の先輩である光がいて、店長と何やら相談をしていた。


光「噂をすれば影ってやつね。好美ちゃーん、こっちこっち。」

好美「光さん、どうされたんですか?」


 光は好美の店、特にコンビニについての相談をしていた。面接等で忙しくしている好美を気遣っての事だった。


光「実はね、好美ちゃんが開くコンビニの商品の流通ルートについて相談してたのよ。」

ピューア「えっ、好美さんがやるのって拉麵屋じゃなかったんですか?」

好美「いや、私は1階のスペースを2店舗分貸してオーナーとして関わるつもりなんですが、一先ず拉麵屋とコンビニの面接を同時に行っていたんです。それに今度から夜勤で王宮の見回りの仕事をする予定ですし。」

ゲオル「他でもない光さんの頼み、私が両店舗の流通ルートを確保させて頂きます。」

好美「本当ですか、私本当に疎くて分からない事だらけだからずっと悩んでいたんです。」


 好美が商人の先輩であるゲオルの行いに本当に感謝している中、光は横の女性について気になっていた。少し青みがかった金髪で、絹の様な眩しい位の白い肌。本当に人間なのか、いや本当は人間ではないのか?


光「こちらの方は?」

好美「拉麵屋のナイトマネージャーとして働いて頂くピューア・チェルドさんです。」

ピューア「という事は私・・・、採用ですか?」


 首を縦に振る好美、その横で目の前の魔法使いは何かを思い出そうと必死になっていた。


ゲオル「聞いた事があるな・・・、もしかしてマーメイドのピューアちゃんかい?」


 ゲオルは嬉しそうな表情でピューアの方を見ていた、知り合いなのだろうか。


ピューア「もしかして・・・、リッチのゲオル叔父さんですか?」

ゲオル「やはりか、君に会うのは20年ぶりだったね。マリューは元気にしているかい?」

ピューア「はい、父は相変わらずのんびりと生きてます。それと私今、ニクシーです。」


 人魚とアンデッドの魔法使いが親戚?!改めて自分達が異世界にいる事を実感しつつ世間の狭さを実感する好美と光、そんな3人を横目に親戚との再会・・・、って3人?!

 光と好美は先程から誰かが後ろにいた事には気付いてはいたのだが、誰かは全く分からなかった。

後ろにずっといたのはよく見なくても何処からどう見ても・・・、渚だ。


渚「何さ、私はそこまで影が薄い女なのかい?」

光「母さん、さっきからずっと静かだったから気付かなかったじゃん!!」

好美「渚さん、いつからいたんですか?」


 ただ、渚はついて来ていた訳では無いらしい。お得意の『瞬間移動』で先程この場に到着したとの事なのだ。


渚「だってね、ずっと何もせずに2人が呑んでいるだろ?イライラしちゃってね、仕事するのも馬鹿らしくなってきたのさ。」

好美「私もです、もう一層呑んじゃおうかと。」

ゲオル「もしかして・・・、私の弟子がご迷惑を?」

好美「良いんですよ、商談が上手く行っているみたいなので放っておいてただけでして。」

ゲオル「そうですか、じゃあ今日は私の奢りですので好きなだけ持って行っちゃって下さい。早い開店祝いとお詫びを兼ねて。」


-⑲ 大魔法使いの妻-


 ゲオルの好意に甘え好美達は昼呑みの材料と、各々好みの酒をわんさかと調達する事にした。ただ、店長さんの許しを得ているとはいえ流石に店内で『アイテムボックス』に商品を直接入れるのは万引きと間違われる可能性があるからまずいだろうと一先ず買い物かごに入れ、ゲオルに一度見せてから移す事にした。

 その行動は正解だった様で、一度同様の手口で万引きを行おうとした魔学校生をゲオル自ら直前で引き止めた事があったとの事だ。レジで自ら待ち構えるゲオルの下に商品を持って行くと、店長の魔法使いは想像以上の量に驚きを隠せずにいた。


ゲオル「沢山持ってきましたね、人数多いんですか?・・・、ってそういう事ですね。」


 ゲオルが光の方にチラッと目をやると、光は少し顔を赤らめた。十数年の間に大食いだという事がかなり広まったんだと思われる。


好美「沢山ですけど、本当に良いんですか?」

ゲオル「勿論、男に二言は無いですよ。それに先日光さんには沢山ご馳走になりましたからね、そのお返しです。実は私も昨日競馬で大穴を当てたので泡銭がたんまりあるんですよ。」


 そう言うと『アイテムボックス』から昨日の競馬新聞を取り出して好美に見せた、7レースの所に花丸が描かれている。


ゲオル「ね?以前から来ると信じていた馬だったんですよ、買って正解でした。」


 すると、それを聞きつけたゲオルの妻であるウィッチのイェットが店長の後ろから満面の笑みで声を掛けた。


イェット「へぇー・・・、昨日の7レースか・・・。時間帯的に私達が昨日店で忙しくしている時に高貴な魔法使いのゲオル様はお馬さんで遊んでいたのね・・・。じゃあその間のお給料は弾んでもらわないといけないかしら・・・。」


 イェットの言葉に寒気を感じたのか、ゲオルは後ろを振り向けずにいた。顔面を蒼白させる店長に妻は言葉を続けた。

 先程以上の笑顔をこちらに向けてきている事は間違いないのだが、どうやら首筋に冷却魔法を加えている様だ。本来は風邪をひいた時の熱を冷ます時などに使う物なのだが、その光景が面白くて好美達は止める気が起こらなかった。ゲオルはリッチだから大丈夫だろうという少しの安心感も手伝い、笑いが止まらなくなっていた。


イェット「よっぽど景気が良いのね・・・、羨ましいわ。今夜は従業員皆で焼き肉かしらね・・・、御厨さんに電話しておくわね・・・。今夜が楽しみね、貴方。」


 開いた口が塞がらなくなっていたゲオルを横目に、好美達は奢って貰った商品を『アイテムボックス』へと入れていった。因みに、昨日ゲオルは3連単19008倍の大穴万馬券を当てていたそうだ。それを偶然見かけたイェットの友人が連絡して来ていたのだという。

 金銭的にはまだ余裕なのだが精神的に崩壊しそうになっているゲオルは今夜覚悟を決めたらしい、御厨に電話して良い肉を仕入れて貰っておく事にした。

 そんな中、ゲオルは何かを思い出したかのようにピューアに声を掛けた。手にはスポーツドリンクを持っている。


ゲオル「今日はずっと晴れてて暑かったろう、これもお代は良いからすぐに飲みなさい。」

ピューア「叔父さん、ありがとう。丁度欲しかったんです。」


 どうやらピューア達人魚族は暑さに少し弱いらしく、今日もずっと日中暑くなっていたので顔を火照らせ額に汗を滲ませていた。その証拠に魔力の維持が困難になりかけていた為、足が尾鰭に戻りかけていた。まぁ、肌の表面に鱗の様な模様が少し浮き上がっていた程度だったのだが。

 その様子を遠くから見ていた好美の視線を感じたゲオルは、好美に近づき耳打ちでお願いした。


ゲオル「すみません、偶にで構いませんので姪の様子を見て頂けませんか。あいつ水分補給を忘れがちなんですよ、何卒宜しくお願い致します。」

好美「任せて下さい、分かりました。」


 笑みを浮かべる好美に新任のナイトマネージャーが尋ねた。


ピューア「あの・・・、叔父さん何か余計な事を?」

好美「いや特に、ただ姪っ子思いの優しい叔父さんなんだなって思いましてね。さて、行きましょうか。今日はお料理をして頂くので特別に15階にご案内致します。」

ピューア「あれ?うちのマンション、15階までありましたっけ?」

好美「ふふふ・・・、気にしない気にしない。」


-⑳ 生鮮食品の調達-


 ゲオルの店で入手した材料を『アイテムボックス』に入れその場を後にすると、肉は贔屓にしているいつもの肉屋で、魚は街中の屋台で、そして野菜類は光の家庭菜園で確保する事にした。

いつもお馴染みの肉屋に着く、実はこの肉屋に来たのには別の理由があった。シューゴによると店や屋台で使う叉焼等に使う肉をここで卸して貰っているらしく、新店でも使いたいのでその旨を伝えにも来ていたのだ。初めてこの店に来る好美にとって常連の光の存在は本当に助かる。

先日購入した牛肉もここで買ったので店主は光に対してかなり腰が低くなっていた。


店主「いらっしゃいま・・・、あら吉村様ではありませんか。今日はご予約を頂いていませんがいかが致しましょう。」


相変わらず皆には旧姓の吉村で呼ばれるなと呆れながら注文をしていく。


光「今日はこの角切り肉と鶏モモの切り身、それと霜降りカルビを1kgずつ頂けますか?」

店主「いつも御贔屓に有難うございます、吉村様の頼みならどんな無茶でも引き受けます。」


 この言葉に少しふざけた光は皆を誘い無茶ぶりをしてみた。


光「じゃあビールを30ケース。」

好美「私50インチのテレビ。」

渚「じゃあこちらの人魚(ニクシー)さんにエボⅢ1台。」


 肉以外の物を頼むと流石に無理と言われるだろうなと思った、特にピューアの転職祝いを楽に手に入れようとした渚が。しかし、本気になり過ぎた店主はまさかの行動に出た。


店主「早速買いに行ってきます、少々お待ちを!!」

4人「良いから良いから、ご自分の仕事をして下さい!!」


 やっと落ち着きを取り戻した店主は注文された商品を包みだした、光は商品を受け取ると唐突に切り出した。


光「そう言えばここって「暴徒」っていう拉麵屋にお肉を卸しているんですって?」

店主「そうですよ、シューゴさんに御贔屓にさせて頂いております。風の噂で聞いたのですが今度から「龍の鱗」と業務提携するそうですね。」

渚「それに当たって街にある中心の大きいビルの1階に新店を出す事になったんです、それでその新店の方でもお世話になろうかと。」

店主「それで今日はおか・・・、いや渚さんもいらっしゃるのですね。」


 ただ一見さんが2人がいるので尋ねてみる事にした。


店主「そう言えばこちらの方々は?この辺りでは見慣れない顔ですね。」

渚「先程お伝えした新店のオーナーとナイトマネージャーですよ。」

店主「これはこれは、私はこの肉屋の店主でライカンスロープ(ウェアウルフ)のケデールと申します。これからもお見知りおきを。」

渚「そう言えば結構長い付き合いだけどこの人の名前初めて聞いたね。」

ケデール「まぁ、あまりお会いしませんでしたから。」


 受け取った商品を好美の家の冷蔵庫に『転送』すると4人は店を後にした。

 次は野菜だ、光の家庭菜園で新鮮な物を採る。ただその時、少しトラブルになりかけた。遠くから男性の怒号が響いていたのだ。


男性「こら!!野菜泥棒め!!」

光「私だよ、仕事のし過ぎで嫁の顔も忘れたの?」


 そう、声の主は光の夫であるヴァンパイアのナルリスだった。レストランの材料を採りに来た折に4人に出くわしたらしい。


ナルリス「何だ、光だったのか。皆さんも失礼致しました。」

渚「私はここでも影が薄いのかい?」

ナルリス「お義母さんにも気づいて・・・、いたもん。」


 目線を逸らし気味にするナルリス。一先ず収穫を終えた4人は『アイテムボックス』に入れると街の屋台へと移動し、ピューアを中心に魚介類を選んで購入した。

 購入した材料を見渡した好美はとある料理を思い浮かべた。


好美「カレー・・・、ですか?」


 好美はカレー自体は好きなのだが、実は1つ心配事があった。

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