3. 異世界ほのぼの日記 141~150


-141 寄巻の真実-


 不動産屋で入居の手続きを終えた寄巻の横で、シューゴに1つ確認する事があったので渚を通して連絡先を聞いた。


光「もしもし、2号車の赤江 渚の娘の光です。突然すみません、1つ聞いておきたいことがあるのですが。」


 突然の連絡に驚きつつも、シューゴは快く通話に応じた。確認事項についても答えは「イエス」だったらしい。首を傾げる寄巻をよそに光は話を進めていった。


光「ぶち・・・、寄巻さん。」


 相変わらず昔の呼び方が抜けていない光、未だ「寄巻さん」と呼ぶのに少し抵抗があるみたいだ。


寄巻「ん?どうしたの?」

光「今シューゴさんに確認したのですが、本人に会う前に冒険者ギルドに登録しておいて欲しいとの事なんです。きっと部・・・、寄巻さんにとっていい結果を生むと思いますので行きましょう。」


 改めて『瞬間移動』で寄巻を冒険者ギルドに連れて行くと、奥の受付カウンターにいる受付嬢兼ネフェテルサ王国警察刑事のアーク・エルフ、「ドーラ」こと新婚のノーム林田に声を掛けた。


ドーラ「いらっしゃい、光ちゃん久しぶりね。」

光「お久しぶりです、今日はちょっとお願いがあって。」


 そう聞いたドーラは寄巻の方をチラ見した


ドーラ「そちらの方の事かしら?まさか不倫とか?」

光「何言っているんですか、ナルに怒られちゃいますよ。」


 一発ジョークをかますドーラを見て少々緊張している様子の寄巻。それもそのはずで、異世界(こっちの世界)に来初めての事なのだが自分の目と鼻の先にエルフがいる、日本(あっちの世界)にいた頃にアニメやマンガでしか見たことが無いエルフが。先程屋台の手伝いをしていた時に客として何人かいたかも知れないのだが、忙しすぎて全く気付かなかった。

 寄巻が耳が長い事以外は普通の人間なんだなと思いながら受付カウンターの方をぼぉーっと眺めている間、傍にいたエルフ(ドーラ)がずっと肩を軽く叩いてくれていた事にやっと気付いた。


ドーラ「だ・・・、大丈夫ですか?」

寄巻「す・・・、すみません。」

光「ドーラさんごめんなさい、この人こっちの世界に来たばっかりで。」

ドーラ「よくある事よ、多分エルフをまじまじと見るの初めてだったからじゃない?」

寄巻「正しく・・・、その通りです・・・。」


 緊張しながら言葉を搾り出す寄巻、ドーラに促されるまま登録用紙に記入をし始めた。光の知る名前は「寄巻一秀(よりまきかずひで)」だったのだが、用紙に書かれていた名前は「一 一秀」だった。


ドーラ「えっと・・・、一 一秀(いち かずひで)さんかしら?」

寄巻「一 一秀(にのまえ かずひで)と申します。」


 横で開いた口が塞がらない様子の光、突然目の前に転生して来た元上司の名字が知らぬ間に変わっていたのだ。思わず、声が漏れてしまう。


光「部長・・・、どう言う事ですか?」

一「悪い・・・、転生した事が突然すぎて言えてなかったんだが総務課の一課長の婿養子になったんだ。」

光「突然過ぎてこっちの世界での一番の驚きなんですけど・・・。」


 寄巻改め一は着々と登録用紙への記入を進めて行き、身分証明書として日本で発行された運転免許証を見せた。


ドーラ「あれ?一さんもですか?この国には何人億万長者がいるんですか?」

一「えっと・・・、どう説明すれば・・・。」

光「あ、あの・・・、お気になさらず。ははは・・・。」


 光は転生者の事情について必死に誤魔化し、混乱が起こらない様に努めた。


-142 ば、バレた・・・。-


 一のギルド登録が無事に終え、シューゴのもとへ戻ることにした2人。一の『瞬間移動』の練習も兼ねてそれで帰還する事にした。

 まだ慣れていないみたいで、スキル使用の為前に差し出した右手がまだ震えていた。しかし、冷静になり丁寧に行った為か一発でシューゴのいる弟・レンカルドの経営する飲食店に到着した。


シューゴ「あ、お帰りなさい。寄巻さんの登録も大丈夫そうですね。」

光「そ・・・、それが・・・。」

一「すみません、光さんにも言えてなかったのですが実は転生前に婿養子に入って「一」になったんです。」

シューゴ「そうですか、でも大丈夫ですよ。まだ名札も作ってませんから。」


 一は事が進みすぎて思考が追いついていない、拉麺屋台の一員として採用された事にいつ気付くのだろうか。


光「大丈夫だったでしょ?お手伝いしてた時の一さん、生き生きとしてたじゃないですか。好きだったんでしょ、拉麺屋さんのお仕事。」

一「うん・・・。実は子供の頃から拉麺屋さんのお店を出す事が夢だったんだ。」


 そう聞いたシューゴは安心した様子で笑みを浮かべていた、とても嬉しそうな顔だ。


シューゴ「寄巻さん改め一さん、その夢私と一緒に叶えませんか?」

光「という事は・・・、また屋台を増やすんですか?」


 シューゴは首を横に振り笑顔で答えた。


シューゴ「いえ・・・、実はそろそろ店舗を出しても良いかと思ってたんです。一さんにはその手助けをして頂ければと。」


 心配していた仕事が即決まったので一は安心した様子で涙を流した。


一「私で宜しければ・・・。」

シューゴ「こちらこそ・・・、宜しくお願い致します。」

光「あの・・・、感動している時に悪いのですが何か忘れてません?」


 咄嗟に口を挟んだ光を2人はぽかんとしながらじっと見ていた。


光「お店を経営する事になるから、一さんも一応商人兼商業者ギルドに登録する必要が無いのですか?」


 数秒の間、静寂が続いた後シューゴが笑顔で自らの頭を撫でながら照れた様子で言った。


シューゴ「ははは・・・、すみません。完璧に忘れてました。今日はもう遅いので明日にしませんか?渚さんと一さんの歓迎会を兼ねて一緒に呑みましょう。実は叉焼を作りすぎちゃいまして、ビールを買って来ますのでお待ちください。」

レンカルド「兄さん・・・、ビールならお店にもあるよ。」

光「丁度良かったです、私今凄くドライブしたかったので買って来ますよ。すぐ戻りますからお待ち頂けますか?」


 そう言うと『瞬間移動』で自宅の地下格納庫へと向かい、愛車・カフェラッテを起動し一気に地上に飛び出した。

ただ起動したエンジンが排気音を響かせた時、ある事に気付いた。助手席から聞き覚えのある男性の声がする。


男性「吉村・・・、お前こんな趣味があったのか?」

光「えっ・・・、何で部長がいるんですか?」


 知らぬ間に一を一緒に連れて来てしまっていたらしい。そしてまた「部長」呼びに戻っている、これからは拉麺屋の店員として働く事になったその人に。冷静さを取り戻し、一先ずギアをセカンドに入れゲオルの雑貨屋へと向かって行った。

 車内ではずっと日本の曲が響いていた、Bluetoothでスマホをオーディオに接続して流している。オーディオの大きな画面を見て一が尋ねた。


一「「がぴさん」って誰だ?知り合いか?」

光「いや、全く知らない人なんですけど曲の好みが合うみたいなのでこの人のプレイリストを聞いてまして。普通のJ-POPのアーティストが歌うアニメやドラマの主題歌が好きなんです。」


 大好きな故郷の歌は何処の世界で聞いても我々を元気にしてくれる。


-143 一の疑問-


 光と一はゲオルの雑貨屋へと到着し、呑み会の為の買い物を始めた。飲食店を経営している身であってもシューゴとレンカルドは2人共バーサーカーなので、多く呑みそうだなと想像してビール2ケースを中心に多めに用意しておくことにした。ただ、一は乗って来た車両(カフェラッテ)の大きさを考慮して「乗らないんじゃないか」という疑念を抱いていた。勿論『アイテムボックス』を使うので車両積載量は関係ないのだが、何もかもが初めての一は脳内で騒動が起こっている。


一「吉村・・・、1つ聞くがどう運ぶつもりだ?」

光「運ぶと言うより入れておくって言った方がよろしいかと。」


 すると突然ゲオルが2人の真後ろに音も立てず現れ、声をかけた。気配を全く感じなかったので驚いた一は白目を向いていた。


ゲオル「光さん・・・、また凄い量ですね。」

一「だ、だ、だ、誰だ!!」

光「ここの店長でリッチのゲオルさんですよ、この世界で一番お世話になっていまして。」


 一は自分の中のリッチのイメージを思い浮かべた、目の前にいる店長の風貌は明らかにイメージとかけ離れている。一の思念を呼んだのかゲオルは手で頭の後ろを搔きながら言った。


ゲオル「やはりそういうイメージをお持ちでしたか・・・。すみません、普段はこうやって普通の人間の姿をしていないと生活に支障が出るんですよ。」


 一は自分の中のイメージを読み取られ驚きを隠せずにいる、日本に似ている異世界に来たはずなのに日本との違いをまざまざと見せつけられた気がした。


一「いや・・・、本当に凄いお方なんですね。申し遅れました、私光さんの元上司の一と申します。以後、お見知り置きを。」


 ゲオルは懐から名刺を取り出し一に渡した、勿論一には日本語での表記で見えている。


ゲオル「これはご丁寧に、私ここの店長のゲオルです。それにしても驚きましたよ、男性の方とお買物されているので知らぬ間にナル君と別れて新しい彼氏さんが出来たのかと。」

光「何か・・・、ごめんなさい。でも一さんは既婚者ですから。」

ゲオル「おっと・・・、これは失礼。」


 するとレジの方から店員に呼び出されたみたいなので、ゲオルは目の前からスッと消えて業務に戻って行った。

 買い込んだ酒類を『アイテムボックス』に入れていると、一が羨ましそうに眺めていたのでスキルをさり気なく『付与』してあげる事にした。


光「そんなに見なくても良いじゃないですか、一さんも出来る様になっていますよ。」


 一は恐る恐るステータス画面を出してスキルが増えている事を確認した。『アイテムボックス』と書かれていたので目を輝かせている。転生者は共通して神から『作成』を貰っているはずなので欲しい物やスキルは自分で『作成』してみてはとアドバイスしてあげようと光は思った。

 買い物を終え車に乗り込むと、一はゲオルの名刺を見ながら気になる事を聞いてみる事にした。


一「この世界の主要言語は日本語なんだな、この名刺も日本語で書かれているし。」

光「それね、神様が転生した私達に自動翻訳機能を付けてくれているみたいでして、こっちの世界生まれの人にはこっちの言語での会話や表記になっているみたいです。」


 それを聞いて一はまた疑問を抱いてしまった、冒険者ギルドでの事だ。


一「でもこっちの世界の言語には平仮名や漢字の様な概念はあるのかな、受付嬢のドーラさんが名字の読み方を一度間違えていたから思ったんだが。」

光「文字は一貫していると思いますよ、でも気になりますね。」


 光の自宅でカフェラッテから降りた2人は『瞬間移動』で冒険者ギルドに向かいドーラに質問をぶつけた。


ドーラ「それがね、何かのスキルかもなんだけど利通と結婚してから違和感無く日本語も話せる様になっちゃったみたいなのよ。実際さっきもそうだったんだけど一さんのギルドカードも今は日本語表記で見えてるから漢字を読み間違えちゃったのかもね、でもこっちの世界の言語も今まで通り話せるから良いかと思って。」

光「ははは・・・。こっちの世界での結婚って・・・、ここまで人を変えるの・・・。」


-144 親子の盃-


 ドーラに真実を聞いた後、兄弟を待たせては悪いと2人は急ぎ『瞬間移動』でレンカルドの飲食店へと向かった。ただこの世界の者に共通して言えるあの事を考えると・・・、と思っていたので光はそこまで焦ってはいなかった。一は不思議で仕方なさそうな表情をしている。


一「やけに落ち着いているな、吉村。」

光「何となく予感している事があるので。」


 『瞬間移動』で到着した時、光は一瞬引き笑いをした。どうやら予感が当たったらしい。


シューゴ「一はぁ~ん・・・、こっちこっちぃ~。」

レンカルド「光さんも早く呑みましょうよぉ~。」


 予想通り2人はもう出来上がっていていた、ただその横で見覚えのある人物が1人手酌酒を呑んでいる。光の母、渚だ。


光「もう・・・、お母さんまで・・・。」


 どうやら2人に誘われたらしく喜び勇んでやって来たらしいのだが、実はそれ自体は問題ではない。渚が呑んでいた酒を見て光は驚きを隠せなかった。


光「ちょ、ちょっとそのお酒!!」

渚「光ぃ~、どうしてこんなに美味い酒を隠してたのよ。勿体ない。」

光「それは今度ナルリスを交えて3人で呑もうって大切にしていた「森伊蔵」じゃない、それ高かったんだけど!!」


 すると完全に出来上がっているシューゴが即座に解決策を出すため光に聞いた。


シューゴ「ナルリスってあのヴァンパイアのナルリス君かい?」

渚「そうなのよ、この子の旦那。」

光「お母さんが何で答えんの、それにまだ結婚してないし!!と言うか凄く打ち解けてるじゃん!!」


 光の一言に引っかかった渚、今までの様子が嘘みたいに酔いがさめた様な表情をしている。頬が少し赤い以外、見た目は完全なる素面みたいだ。


渚「光・・・、「まだ」って何だい?」

光「まだ付き合って1年も経ってないの、結婚する訳ないじゃん。」

渚「馬鹿だね、お母さんはお父さんと出逢って半年で結婚してあんたを産んだんだよ。」


 光からの目線からすればかなりのスピード婚だが少し待とう、今思えば渚は完全に酔っているのだ。


光「早すぎない?」

渚「いやちょっと待って、半月だったかな?」

光「全然違うじゃない・・・。」


 いくら何でも記憶があやふや過ぎる渚、それを聞いていたレンカルドが提案した。


レンカルド「だったら御家族みんなで集まれば良いのでは?」


 渚は夫・阿久津が未だに見つかっていない事や、光が生まれてからすぐに行方不明となり死亡した事になっている事、そして自分と同様にこっちの世界に来ている可能性を信じて仕事が休みの日にちょこちょこ探している事を伝えた。実は先日、光と再会した時も阿久津を探していたのだと言う。それを聞いてレンカルドは少し神妙な表情を見せた。


レンカルド「何も知らないとは言え、ごめんなさい。」

渚「良いのよ~、それより何暗くなってんのよ。酒が足りてないんじゃないの?ほら。」


 レンカルドに自分が空けたばかりの盃を渡し、光が大事にしている「森伊蔵」を何一つ抵抗する事無く並々と注いだ。注がれた酒をレンカルドが有難く呑もうとするとその盃を横からシューゴが横取りした。


シューゴ「だったら俺が渚さんと結婚するぞ!!」

渚「あたしゃまだ未亡人じゃないよ、何言ってんだい!!」


 やはり酔っているせいかシューゴの言葉をジョークとして上手く笑い飛ばしている。そんな中、渚はずっとその場に立っている光を隣に座らせ輪に加わるように促し酒を注いだ。2人はしみじみとした雰囲気で親子の盃を酌み交わした。光の、いや家族の「森伊蔵」で。


-145 突然現れた恋人とお詫びの料理-


 渚と光の2人は親子だけで「森伊蔵」を吞んでいたつもりだったが、思った以上に減りが速いので周囲を見回した。飲食店と拉麵屋台を経営する兄弟と一は先程買ってきたばかりのビールでずっと楽しんでいる。瓶を見回したが傷1つない。

 納得していない光をよそにどんどん酒を呑む渚、その後ろから男性の手が伸びて光の宝物を掴んだ。何の抵抗もなく酒を並々注いでいる男性の腕を掴んで見てみると・・・。


光「あんたね・・・、了承も無しに勝手に人の高い酒呑んでんじゃないわ・・・、ってナルリス?!」


 そう、先程から渚の陰でこそこそと「森伊蔵」を呑んでいたのは光の彼氏、ヴァンパイアのナルリスだった。腕を掴まれた恋人の手はずっと震えている。


ナルリス「ごめん、美味くてつい・・・。」

渚「あたしとシューゴさんが呼んだんだよ、3人でこれが呑みたかったんだろ?」


 光が望んだ形では無かったが、一応光の目的通りになった。

 光を驚かせ、喜ばそうと3人が結託して行ったドッキリだ、ただその場にいたレンカルドは一切関与していないので光の表情を見ておどおどしていた。驚いてはいたがどう見ても喜んではいない。


レンカルド「みんな・・・、本人それどころじゃないみたいだけど。」


 大切にしていた高級な酒を勝手に、しかも購入した自分以上にガバガバと呑まれているので光は今にもキレそうになっていた、しかしその事も想定の範囲内だ。


ナルリス「お詫びと言っちゃなんだけどおつまみ・・・、ポテトサラダとロールキャベツを作って来たよ。」


 最近光の家庭菜園でごろっとした新じゃが芋や新玉ねぎ、そしてふんわりと柔らかな春キャベツが採れる様になっていたのだがこれで料理を作ってみてくれないかと料理上手のナルリスにお願いしていたのだ。今に始まった事ではないのだが光はナルリスの料理が大好きであった。

 酒と白飯の両方に合う様にポテトサラダはブラックペッパーで、そしてロールキャベツはトマトソースで味付けされている。どうやら肴が叉焼しかないので何か持って来てくれないかとシューゴがナルリスに頼んでいたらしい、2人は魔学校の先輩後輩の間柄だった。


光「もう・・・、こんなんで私の機嫌が直る訳・・・、ない・・・、じゃない・・・。」


 こう言う割には食が進んでいる光、よっぽど美味かったのだろうか。それを見て上手く行ったと顔をニヤリとさせる渚。


渚「あんた・・・、言葉と行動が矛盾しているじゃないか。美味いんだろ、正直に言ってみな。」

光「ま・・・、不味くは・・・、無いね・・・、うん。」


 どんどん食が進む光を見て渚は安堵の表情を見せ、トマトソースのロールキャベツを勧めた。ふんわりと柔らかなキャベツの葉にトマトソースが染み込み、中の豚挽肉の味を引き立てている。光の恍惚とした表情を見て、渚も唾を飲み込み各々の料理を食べてみた。


渚「うん・・・、うん・・・。本当に美味いね、こりゃ安心だ。」


 光は幼少の頃に渚の作った料理、いわば「お袋の味」を好き好んで食べていたのだが、本当の事を言うと渚は料理がそんなに得意では無かったのだ。


渚「こりゃナルリスのご両親も料理が上手かっ・・・。」


 光はナルリスの前で「両親」の話をし始めた渚の口を人差し指で止め、視線を恋人の方向にやった。人の手によってナルリスの両親が殺された事、そして今でもナルリスがその事を悔やんでいるのを覚えていたからだ。


光「ナ・・・、ナル?」

ナルリス「んー・・・、何か言った?」


 どうやら「森伊蔵」の飲み過ぎで渚の声は耳に入っていなかったらしく、ナルリスは気持ち良さそうな顔をしているので光は「助かった」と思いながら息を吐いて話を逸らした。


光「ナ・・・、ナル。このロールキャベツのトマトソース、結構濃厚だね。」

ナルリス「大好きな光に貰った大好きなトマトをたっぷり使ったトマトソースだよ。」

渚「あらら、こりゃ甘酸っぱいのはトマトだけじゃないみたいだね。」


-146 2人の思い出とパンケーキ-


 ロールキャベツを食べながらソムリエの資格を持つレンカルドが、ナルリスの料理に合いそうなワインを地下のワインセラーから出してきて全員に振舞った。殆どの者が何も考えずにガバガバ呑んでいたが、光だけは銘柄を見て驚きを隠せずにいた。


光「レンカルドさん、これ吞んじゃって良いんですか?」

レンカルド「気分が良いので出しちゃいました、それに実は・・・。」


 レンカルドによれば、今日は兄・シューゴの誕生日らしく毎年誕生日には弟が送ったワインを2人で呑んでいる事が多いとの事だ。その度いつもいつかはワインを色んな人と楽しみたいと言っていたので、まさに本人の希望通りとなっている。


光「本人の希望通りなら良いんですが、これって「ロートシルト」じゃないですか。緊張して呑めないんですけど。」


 日本でも年末年始の某格付け番組に出てくるレベルの超高級ワインで、1本100万円は下らない(正直作者もドン引きしました)。


レンカルド「兄も喜んでいるみたいなので良いんじゃないですかね。」

シューゴ「おいおい、何コソコソとしてんだよ。」

レンカルド「兄さん、そのワインが今年の誕生日プレゼントだよ。」


 シューゴは呆然としていた、改めてワインをテイスティングする。数秒後、ボトルを見てガバガバ呑んだ事を後悔していた。


シューゴ「すまん・・・、大切に呑むべきだったな。」

レンカルド「いやいいよ、以前から色んな人とワインを楽しみたいって言ってたじゃないか。それと遅くなったけど、誕生日おめでとう。」


 当然の事ながら今まで貰った誕生日プレゼントの中で最高級の品だったので物凄く焦っていた拉麺屋台の店主を横目に、その高級品をラッパ飲みしている女性が1人。そして勢いをそのままに飲み干して一言。


渚「おーかわーりないー?」

光「母さん・・・、それレンカルドさんからシューゴさんへの誕生日プレゼントだったんだけど。」

渚「もぉ吞んじゃったもん、早くお代わり頂戴!!」


 光は渚からボトルを奪い取りラベルを見せた。


光「お母さん、見える?今自分が何呑んだか分かる?」

渚「何言ってんのあんた、こんな安も・・・の・・・、じゃないね。」


 ラベルに書いてある「ロートシルト」の文字を見て事の重大さを知った渚はその場で土下座した。


渚「誠に申し訳ございません!!」

レンカルド「良いんですよ、兄も楽しそうにしていましたし。」


 誕生日と聞いて気を利かせたナルリスがレンカルドに一言申し出て厨房を借り、パンケーキを数枚焼くとチョコソースやホイップでデコレーションして簡易的な誕生日ケーキを用意した。偶然持っていた蝋燭に火をつけてシューゴに振舞った。


シューゴ「美味そうだ、良いのか?」

ナルリス「勿論です、誕生日おめでとうございます。これは俺からシューゴ先輩へのプレゼントです。」


 蝋燭の火を吹き消し振舞われたパンケーキを一口。じっくりと咀嚼しながらシューゴは涙を流していた、どうやら2人にとってその「パンケーキ」は特別な意味を持つ食べ物だったらしい。


シューゴ「懐かしいな、この味は確か俺が初めてお前に教えたスイーツだよな。」

ナルリス「覚えていましたか、思い出のあの味です。」


 実はシューゴは拉麵屋台を始める前、見分を広げる為少しの間だがカフェでパティシエとして働いていた経験を持ち、そのカフェに偶然雇われたナルリスに空いた時間を利用してスイーツを教えていた事があったのだ。このパンケーキは初めて教えた思い出の深い物だった。シューゴはもう一口食べると涙を流した。


シューゴ「こんな気持ちは久しぶりだよ、本当にありがとう。嬉しいよ。」


-147 惚気る2人とほったらかしの元上司-


 たっぷりとナルリスの作ったパンケーキを堪能したシューゴの顔は恍惚に満ち溢れていた、皿の底に残っていたホイップやチョコソースをパンケーキの欠片で残さず拭き取っていた位だ。自らが育てた後輩の成長が何より嬉しかったという。

 自分が教えたのはスイーツだけだったが、この日ナルリスが作った料理は両方とも昔食べた物に比べると数段美味しくなっている様に感じた。正直誰に学んだのか気になる位だ。


ナルリス「料理が好きなだけですよ。それに俺は光と、光の家庭菜園で採れた美味しい野菜が大好きなんです。」

シューゴ「さり気なくお惚気を出しやがって。」

ナルリス「何言ってんですか?さり気なくじゃなくて堂々とですよ。」


 すると横で照れていた光が恋人の背中を強めに叩いた。


光「もう、照れるじゃん!!」

ナルリス「えへへ・・・。」


 2人の様子を見たシューゴが調理場へと向かおうとしたので、レンカルドは急いで宥めていた。


レンカルド「兄さん、早まっちゃ駄目だ。いくら女性経験が殆ど無いからって!!ピー・・・(自主規制)しちゃ駄目だ!!」

シューゴ「お前何言ってんだ、俺は酒の肴に置いておいたからすみを取りに行っていただけなんだが。」

渚「からすみ・・・、良いじゃないか!!でも、もう呑むものが無いね・・・。」

一「と言うか・・・、俺の存在って一体・・・。」


 端っこで呑んでいた光の元上司が疎外感をずっと感じていたのでさり気なく帰ろうとしていたので、酔った元部下が肩をぐぐっと掴んだ。


光「一さん、何帰ろうとしているんですか。今日は徹底的にやりましょうよ~。」

一「おい吉村、呑みすぎじゃないのか?」

光「久々の再会なんですから、いいじゃないですか。それに私婿養子に入って名字が変わっていた事知らなかったんですよ、そこんとこ徹底的に聞きますからね。」

一「渚さん・・・、何故私は今娘さんに脅されているんですかね。」


 一が光による行動で震えている横で酒盛りを楽しむ渚、何があっても知ったこっちゃないと言った様子だ。


渚「あはは・・・。光ー、今日は母さんが許すからやっておしまい。この人にはこき使われていたんでしょ。」

光「そうだね、母さん。さて、元部長・・・。向こうの世界でこき使われた分、今日は反撃させて頂きますよ。やられたらやり返す、倍・・・。」

一「待て待て、権利的な物が危ない!!」


 某有名ドラマの名台詞で決めようとした光を慌てた様子で止めた一、その上本人からすればこき使った覚えは無かった・・・、気がした。


光「40度以上の炎天下でずっと外回りさせられてたんですよね・・・、クーラーの利いた本社で貴方がずっと寛いでいた時に。」


 しゃがみ込む一を見下ろしながら指を数回鳴らす光、今にも喧嘩を始めようとしていると言っても過言ではない。


一「待て、俺は書類に追われていたんだ。お前の分も手伝っていたんだぞ。確かにクーラーの下でずっと働いていた事は認める、ただ・・・。」

光「ただ何ですか?」


 一は必死に言葉を搾り出した、今一番すべきなのは光を抑える事だ。


一「む・・・、麦茶作ってやったじゃないか。」

渚「あれ?もしかしてこの人良い上司だったりしたのかい?一さん、何かごめんなさいね。」


 親子共々、悪い事をしちゃった感を感じてしまった渚は急いで一にお酌をし始めた。横で光が『アイテムボックス』から出したバターピーナッツを進めている。


一「俺・・・、吉村に恨まれていたんだな・・・。」

光「そ、そんな・・・。冗談じゃないですか、母さんがあんな事言ったから乗っちゃっただけですよ。ほら、ピーナッツ大好きでしょ。」

一「うん、ピーナッツ食べる・・・。」


-148 上司と部下の関係-


 やっとの思いで一を慰める事が出来た渚達は、謝罪の意味を込めて何か作ろうかと話し始めた、ただ光は一の好物と言えば「バターピーナッツ」以外知らなかったのでどうすれば良いのかが分からない。


一「ポテトサラダ・・・、ポテトサラダが食べたかったの。」


 ナルリスが持って来たポテトサラダをずっと欲しがっていた様なのだが、何故か自分だけ回って来なかったので物凄く病んでいたらしい。どうやら好物の1つだったようだ。


シューゴ「それは・・・、悪かった。」


 わなわなした様子で反省するシューゴを見たナルリスが最善策を講じた、どうやら作りすぎたので幾分か余っていたらしい。


ナルリス「一さん、家にお代わりがありますけど。」


 一は心が救われたような気分になっていた、ナルリスが神に見えた。ただ実際は吸血鬼なのだが今はそんな事関係無い、一は勢いよくナルリスに縋りついた。


一「ナルリス様ー!!」

ナルリス「ポテトサラダ位で大袈裟ですよ、それに光がお世話になっていた方を放っておくわけにも行きませんし。今から走って取って来ますので待ってて下さい。」

一「いや、待てそうにありません。『瞬間移動』で行きましょう!!」


 誰だって大好物を前にして「待て」と言われても待てる訳が無い、人間の欲とはやはり奥深い物だ。ただ一にとって「ポテトサラダ」はただの大好物なだけではなかった、一にはナルリスにどうしても聞きたいことがあったのでそのきっかけとして利用したのだ。

 ナルリスに家の場所を聞いた一の『瞬間移動』で移動し、魔力保冷庫の中から残りのポテトサラダを出そうとしていた吸血鬼に元上司はここぞとばかりに質問した。


一「ナルリスさんは、吉む・・・、いや光さんの事をどうお思いなんですか?」

ナルリス「正直、初めて会った時は自分には釣り合わない方だと思っていました。ただ自分の作った料理をあんなにも美味しそうに、そして幸せそうに食べる様子を見て本当に嬉しくなっちゃいまして。あんな女神の様な綺麗な方に出逢えた事、そして吸血鬼である自分を誰よりも受け入れてくれた事に感謝しているんです。その感謝の気持ちが会う度に好きと言う感情に変わっていきました、いつかは結婚出来たら嬉しいです。いや、結婚したいです。ただ今の自分は結婚するに値しません、今の様に新聞配達との掛け持ちで働くのではなく料理人として立派に稼げる様になるまではプロポーズするつもりはありません。」

一「なるほど、貴方は私が思った以上に立派なお方だ。試すような事を言って申し訳ありません。」


 立派な目標を持ち、一途に料理人を目指す目の前の吸血鬼に感動した一はこの人なら光を任せても良いと父親の様な感情を抱いていた。ずっと上司という形で光を見てきたのだ、一の中にはいつの間にか光に対する親心が芽生えていたらしい。ナルリスの一途な思いを表すように受け取ったポテトサラダは人生で1、2を争う位に美味かったそうで一は一口一口噛みしめる様に食べていった。咀嚼をする度に涙が溢れだした。ただ一には光に話せていない事があり、それを聞いたナルリスは今までに無い位驚愕していた。いい機会だと、今日その事を打ち明けようとしているらしい。

 『瞬間移動』で戻ってからナルリスが残りのポテトサラダを配り終わり、一が重い口を開こうとした時、渚が急に切り出した。


渚「そう言えば一さんって誰かに似ていると思っていたんだけど、あなたあたしの亭主みたいだね。偶然だと思うけど。」

一「渚さん・・・、偶然では無いんです。実は私の両親は私が中学生の頃に離婚し、私は母親に、2個下の弟は父親に引き取られました。その時から私は母親の「寄巻」の姓を、そして弟は父親の「阿久津」の姓を名乗っていたんです。」

渚「ま・・・、まさか・・・。」


 そのまさかだ。一は渚の旦那で光の父親の阿久津 明(あくつ あきら)の実の兄、そう一は光の叔父だったのだ。光が入社した頃、光に弟の面影を感じ「まさか」と思って実家に父親側の実家に確認すると、思った通り光は自分の姪だという事を確信し、亡くなった明や渚の代わりとしてずっと親代わりを務めていたという。ただ一と光は上司と部下の関係、他の社員の前でその関係を崩してはいけないとずっと叔父だという事を隠していたのだ。ただ隠している事がずっと辛かったそうで、いつかは打ち明けて楽になりたがっていたらしい。


一「吉村・・・、いや光。ずっと隠していて悪かった。」

光「はぁ、今更何言ってんの叔父さん。不自然な位に会社で親バカ発揮していたじゃない。私が何も気付いてないとでも思ったの?気付いてない演技するの大変だったのよ。」


-149 恋人達の実力-


 光の発言に開いた口が塞がらない一は急に恥ずかしくなってきた。熱が出た様に顔を赤くし、逃げる様にその場から離れ化粧室へと向かった。

一がいない間も食を進める一同、以前から光は気になっていた事をナルリスに聞いてみた。


光「ナル、今になって聞くけどそうしてこんなに料理が上手なの?誰かに習った訳?」

ナルリス「両親を殺されてから生きる術の一つとしてせめて料理だけでも出来る様になろうと御厨板長や地元のカフェのシェフの下で家庭料理を中心に勉強させて貰っていた事があったんだ。」


 以前入った焼き肉屋の板長と自らの恋人の意外なつながりに驚きを隠せずにいた光、板長に今度お礼を言わないといけないなと料理を楽しみながら思った。毎晩この料理を楽しむ事が出来たら良いのにと、この吸血鬼と今以上に幸せになれたら良いのにと結婚を少し意識し始めた時に恋人がどれだけ自分に厳しいかを改めて知る事になった。


ナルリス「今の様に掛け持ちじゃなくて料理だけで稼げる様になるのが今の目標なんだ、いつかは自分の店を持ちたいとも思っていてね。」

男性達「じゃあ、私達の前で実力を証明して見せなさい。」


 突然、4人の男性達が声を揃えてナルに言うと光がその方向に目をやった。声の正体はまさかの御厨板長、そして3国の国王だった。


御厨「ナルリス、今日はもう遅いから明日の正午、我々4人に自慢の料理をフルコースで振舞って貰おう。その味を見て我々が合格を出したら店を出しなさい、店舗等の資金を全て出してやろう。どうだ、実力を恋人の前で証明するには丁度いいだろう。」


 ナルリスは師の前で少しも悩む事無く首を縦に振った。


ナルリス「やらせて下さい。」


 吸血鬼が決意を表明すると3国の王がこそこそと相談し、そして満場一致した結果をナルリスに伝えた。どうやら今回の「試験」についての重要事項らしく、それを聞いた瞬間ナルリスは紙とペンを用意して色々と考え始めた。どの素材を使い、どんな料理を作ろうかを頭を抱えずっと悩んでいる、ペンを震わせる程だったからよっぽどだろう。


光「王様たちは何て?」

ナルリス「王宮の調理場で4品のフルコースを作れって、テーマは「恋人への想い」だそうだ。食材は自由に使って良いと言ってた。そうだ・・・、光ちょっと良いか?」


 ナルリスが耳打ちで光に相談した事に、光自身は了承したのだが国王達に確認する必要があると念話でネクロマンサーであるバルファイ王国国王・パルライに相談した。


光「王様側も大丈夫だって。」

一「おいおい、俺がトイレに行ってた間に何があったんだ?」


 光が元上司改め自らの叔父に一部始終を説明すると、叔父は吸血鬼を外へと呼び出した。


一「いい機会だ、今回の「試験」で実力を証明して光にプロポーズするんだ。私や渚さんはもう君を認めている、後は君自身が君を認めるだけじゃないか?」

ナルリス「分かりました、やらせて下さい。」


 翌日、決意を固める様にじっくりと包丁を研ぐナルリス。時間が許す限り自慢の調理道具の手入れを入念に行っていった。

 同刻、今朝早くから近くの竹林に行っていた光は家庭菜園の野菜を採っていた。ナルリスが「試験」で光の作った野菜を使いたいと希望していたのだ。

 約束の正午、王宮の調理場に前日のメンバーが集まり、エラノダにより調理開始の合図がなされた。制限時間は2時間、周囲からすれば長い様に思えるがナルリスにとっては決して長くは無かった。

 2時間が経過し、テーブルにナルリスの料理・1品目が並んだ。最初は光の家庭菜園で採れたレタスや胡瓜、そしてパプリカをたっぷり使った「野菜サラダ」だ。

 2品目は魚料理、得意な家庭料理をと今回は「鯖の味噌煮」を振舞った。味噌煮に使った味噌にも勿論光の家庭菜園で採れた大豆を使っている。

 3品目は肉料理だ、敢えて大それた物を作らず前日作った物と同じ「トマトソースのロールキャベツを出した。キャベツもトマトも光作だ。

 最後の4品目、ご飯もの。今朝光が竹林で採った「朝掘り筍の炊き込みご飯」を作り、お焦げも余す事無く味わって貰うようにした。そしてシェフが自ら説明し始めた。


ナルリス「この料理には全て光の採った野菜を使用しています、何故なら自分の料理には光の野菜が必要不可欠だからです。これは、2人の料理と言っても過言ではありません。」


-150 幸せな2人の味-


 吸血鬼の説明を聞くと、その思いを与する様に振舞われた料理の残りを改めて味見し始めた。2人が一から作った2人の料理、国王達と御厨板長は涙を流しながら咀嚼をしていた。


御厨「2人でないと作れない味か。エラノダはどう思う?」

エラノダ「そうだな、兄さん。太陽の光をたっぷり浴び、丁寧に作られた野菜がこんなに美味いとはね。お2人はどう思いますか?」

デカルト「あくまで家庭の味で勝負してくるとは、これから送るであろう幸せそうな生活が目に浮かぶ様だ。」

パルライ「この出逢いが運命だったという事を何よりも表している気がします。」


 4人は1分も経たない内に試験結果を決めた、どうやら満場一致らしい。


御厨「では皆さん、宜しいですか?せーの・・・。」

4人「合格です!!」


 それを聞いた吸血鬼は手本の様な男泣きを見せた、そんな中エラノダから提案が出された。


エラノダ「ナルリス君、街の中心地で店を出しませんか?一等地をご用意致しましょう。」


 ナルリスは数秒程考え込み、国王の提案に対し答えた。


ナルリス「折角のご提案ですが、お断りさせて頂きます。先程申し上げました通り、私の料理には光の採った新鮮な野菜が必要不可欠です。私は本人の作った野菜の美味しさを新鮮なまま皆さんに伝えるべく、光の家の隣にお店を出したいと思っています。」

エラノダ「そうですか・・・、ではご希望の場所にお店を建てましょう。せめて資金は我々に出させて下さい。お2人が作った美味しい料理へのお礼です。」


 エラノダの言葉に再度涙を流したナルリス。


ナルリス「王様、感謝致します。」

一「ほら、これで実力が証明されただろ。やる事があるんじゃないのか?」

ナルリス「・・・、はい!!」

一「ほら・・・、行ってこい!!」


 涙を拭き取ったナルリスは一から預けていた紙袋を受け取り、中から小さい箱を取り出して光の前に向かい跪いた。


ナルリス「光、いや吉村 光さん。口下手なのでシンプルに言います、ずっと待たせていた事謝罪します。So, will you marry me?」


 一同が何でそこだけ英語なんだよとツッコミを入れたがったが、空気を読んで何も言わずにいた。数秒程静寂が続く、そして光が声を震わせながら答えた。


光「一度死んじゃったけど、今までの人生の中で一番幸せです。勿論、喜んで!!」


 光の言葉にそこにいた全員が拍手すると、エラノダが善は急げと動きを見せた。


エラノダ「そうと決まれば早速挙式ですね、お2人共ご準備下さい。」


 実は王宮横の教会で挙式の準備を密かに進めていたエラノダ、全員に早すぎと言われつつも褒めて欲しいと言わんばかりに踏ん反りがえった。

 恋人達はメイド達に案内され着替えへと向かい、実はこの展開を知っていた一同は一張羅に着替え教会へと向かって行った。そう、これは最初から仕組まれたドッキリだったのだ。2人に納得して結婚して欲しいと皆が仕組んでいた。

 教会には既に2人を祝福しようと街中の者が集っていた、2人が知らない所で全員がこのドッキリに参加していたのだ。

アーク・ビショップのメイスが教会の奥で構え、着替えが済んだという知らせを聞くと2人を大声で呼び込んだ。


メイス「お待たせしました、まず初めに新郎の入場です。」


 白のタキシードに身を包んだ吸血鬼が渚に手を引かれゆっくりと入場していた。緊張で表情が硬くなっていたが今まで世話になった方々の顔を見て落ち着きを取り戻した。

 メイスの目の前に到着すると、渚は手を放して離れて耳打ちをした。


渚「頑張って、それと娘をお願いします。」


 小声でそう伝えると参列席へと向かった、それを見たメイスが静寂を改めて確認すると大きく息を吸い込み叫んだ。


メイス「続きまして、新婦の入場です。」


 大きな扉が開き純白のウェディングドレスを着た光が叔父の一と共にヴァージンロードを歩き始めた、その姿に新郎が思わず息を飲んだ。目の前の吸血鬼が再び緊張しだしたのでアーク・ビショップは小声で言った。


メイス「今緊張してどうすんのよ、これからが大変だってのに。」

ナルリス「・・・ですね。」


 2人が小声で話していた間に新婦が入場を終え、ナルリスに純粋無垢な笑顔を見せた。そして大きな十字架を背に立つメイスの方を向き深呼吸した。


メイス「宜しいですか、今2人は街中の方々に見守られ、神の下におきまして夫婦になろうとしています。

 まずは新郎、ナルリス・グラム・ダルランさん。貴方は如何なる時も目の前の女性を妻として愛する事を誓いますか?」


 新郎はメイスの問いに迷いの無い表情で答えた。


ナルリス「誓います。」

メイス「宜しい。では新婦、吉村 光さん。貴女は如何なる時も目の前の男性を夫として愛する事を誓いますか?」

光「誓います。」


 メイスはゆっくりと頷いて参列している全員にカメラを構える様に促した、これは渚が少しふざけて考えた演出だった。それに全員で撮れば何より強力な証拠となる。


メイス「良いですね、ではアーク・ビショップの名の下に申し上げます。誓いのキスを・・・。」


 ナルリスが光のベールをゆっくりと捲ると、2人は顔を近づけ口づけをした。その瞬間シャッター音が教会中に響き渡った。皆は面白がって連写している。


メイス「ははは・・・、皆やってくれますね。さてと、証拠写真が沢山出来た所でこの2人はこれから正真正銘の夫婦です。」

ナルリス「皆相変わらずノリが良いな。」

光「だからこの世界が好きなのよね。」

ナルリス「光、改めてこれからよろしく。」

光「こちらこそ。」


 メイスはほくそ笑むと参列者に教会の外に出る様に促し、2人には後ろからついて行く様に指示した。

 教会の扉が開くと両端に参列者が並び2人を改めて祝福した。教会から退場する2人にライスシャワーをかけ、拍手するなり涙するなりで大変だった。

 参列者の列が途切れた所でナルリスが光をお姫様抱っこすると王宮専属のカメラマンや友人たちが一斉にシャッターを切った、相変わらず皆連写だ。

 その後迎えたブーケトスでは投げる方向を光が誤った為、光に農業のあれこれを教えたガイが受け取った。


ガイ「おりょりょ、良いのかな・・・。」


 ガイの言葉を聞いた独身女性達がギラっとした視線を向けたので、さり気なくブーケを新婦に返却した。

 改めてブーケを投げるとまた方向を誤った為、今度はドーラが取った。


ドーラ「参ったね・・・、あたし新婚なんだけど。」


 またもや返却、3度目は少し近い所から投げた。最後はペプリ王女に落ち着いた。


ペプリ「嬉しい、喜んで御受けします。」

メイス「さて、次の結婚式がかなり大きな意味を持つものになる事が決まった所で披露宴に向かいますか。」

光「披露宴まであるんですか?」

メイス「勿論、今夜は帰しませんよ。」


 教会から数分程歩き、街の真ん中へと到着すると大きなテーブルに沢山の料理と酒が並んでいた。

 全員が飲み物を受け取ると喜び勇んで乾杯し、新たな夫婦の誕生を祝った。街中の者達が新郎新婦と盃を交わし、最後林田警部が来た時にはおよそ30分ほど経過していた。

 賑やかな宴は夜遅くどころか翌日、15次会まで続いたが誰1人脱落者は出なかったという。本当にこの世界の皆は酒と宴が大好きで、光はその一員で本当に幸せだった。≪完≫

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