3. 異世界ほのぼの日記 131~140


-131 登録完了-


 光が『転送』した渚の軽バンを見て「これなら大丈夫だ」と頷くシューゴ、早速商人兼商業者ギルドに登録しに行く事にした。


シューゴ「ギルドに登録したらその場でお車の商用登録と改造もできるのでご心配なく。」


 本人の車を使用し、登録と改造だけ行う場合は光にお金を借りなくても渚が用意出来る予算の範囲内で大丈夫だった。

 『転送』したばかりなので勿論日本のガソリンエンジンを積んでいる車に3人が乗り、シューゴの案内で商人兼商業者ギルドへと向かった。

 光は個人的にだが冒険者ギルドの様な建物を想像していたのだが、案内された場所は来た覚えがある場所だった。


光「シューゴさん・・・、場所間違えてませんか?ここって「スズタ」ですよね?車屋の。」

渚「さっき来た場所・・・。」

シューゴ「そうなんです、ここが商人兼商業者ギルドなんですよ。そしてここの店主が・・・。」

珠洲田「ギルドマスターです。」


 ニコニコしながら店主・珠洲田が横入りしてきた、


珠洲田「街の人に是非と頼まれましてね、どうせ車屋は普段暇なんで良いかと引き受けたんです。勿論、今回のギルド登録やお車の事もお任せ下さい。」


 車屋の奥にある地下への階段を降りると広々としたギルドが広がっており、商人たちが情報交換を兼ねてまったりとしていた。ギルドなので酒を含む飲食も可能だ。

 珠洲田が奥の受付を手差しし、自ら案内した。


珠洲田「それで、誰が登録なさるんです?まさかなっちょじゃないよね・・・?」

渚「私がしちゃだめなのかい?」

珠洲田「悪い悪い、屋台をするって聞いたからもうダンラルタで登録しているのかと思ってたんだよ。ほら、登録はあそこだ。」


 受付カウンターへと行くと受付嬢が登録用紙を手渡してくれたので順を追って登録していった、登録は思ったより早く済んだので渚は安堵の表情を見せた。

 地上へと上がった渚たちを珠洲田が優しい笑顔で迎え、出来たばかりの屋台へと案内した。勿論、エンジンの起動方法もこの世界仕様になっている。


珠洲田「一応・・・、ギルドマスターとして確認しておきたい。なっちょ、商用登録は出来たかい?」


 出来上がったばかりの書類を持っているだけ全て見せた渚、1枚で良いはずなのに結構な量の書類を渡されたので珠洲田は焦りを見せてしまった。

 一先ず片っ端から書類を掻き分け必要な書類を探す。


渚「分かんないからこれから取って。」

珠洲田「これだけでいいの・・・、うん。登録できているね。じゃあ、どうぞ。」


 屋台となった軽バンに乗った渚は、エボⅢに乗った時以上にエンジンをふかしだした。これからこの車で商売すると思うと興奮が冷めない。

 八百屋の店主からまた電話が来たので、その時にこれからは拉麵屋台をすると伝えた。


店主(電話)「それは良いじゃないか、是非食べに行かせておくれ。」


 無事に渚が転職先を見つけたと聞き店主も安堵の声を聞かせた。

 さて、車を受け取った渚はシューゴと新たな屋台に乗り先程の飲食店へと向かった。屋台になった事で乗れる人数が減った為、光は『瞬間移動』で後から追いかけた。

 光に洗車を頼み、エボⅢを任せた後、渚はスープや段取り等について聞くためにシューゴと調理場へと入って行った。


シューゴ「ウチの拉麵のベースはスープもそうなのですが、毎朝ここで私が継ぎ足しているこの秘伝の醤油ダレと叉焼です。この作り方は秘密にしていて弟にも教えていません。」


 渚にタレに浸かった叉焼を持ち上げるとタレの香りが調理場中に広がった。渚は香りに魅了されている。


渚「これが美味さの秘密なんですね。」

シューゴ「なので申し訳ないのですがこれを作る時は調理場に入らないで欲しいんです、出来上がり次第お渡ししますから。」

渚「了解しました!!」

シューゴ「ふふふ・・・。では、続けましょうか。」


-132 出来立ての屋台と焼きそば-


 秘伝の醬油ダレとスープ、そして叉焼を含む営業用の商売道具を説明の為に一通り外に止めてあった新しい屋台に積むと一緒に積んでいた丼を1つ取り出し拉麺の作り方説明し始めた。


シューゴ「まず最初に注文を取ってメモに書き、丼の底にゆっくりとこの醬油ダレを入れて頂きます。次に箸で溶かしながらスープを入れていくのですが、それと同時並行で別の鍋にて麺を茹でていきます。各硬さに対応する茹で時間はメモしてありますのでこれを見ながらやって見て下さい。」


 茹で上がった麺を取り出し上下に振って湯切りする、これがきっちり出来ていないと折角のスープの味がゆで汁で薄くなってしまう。


シューゴ「予め切ってある叉焼などの具材を乗せて完成です、提供する時に必ずお箸を一緒にして下さい。」


 経費の削減の為、今回の屋台では割り箸ではなく洗って使う塗り箸を用意してある。しかし希望する客がいれば割り箸を提供する。

 お箸と割り箸を入れている引き出しの真下にドリンク用の冷蔵庫が設置されていた、中ではグラスも冷やせる様になっており、固定して運ぶ為に移動中割れる心配がない。

 この屋台には魔力計算機(レジ)が標準装備されており、各ボタンに値段が登録されているので記憶する必要が無い。トッピングや白飯、またドリンクのオーダーにも対応出来る様にもなっている。

 因みに注文用のメモには各商品の名前が記載されていて、「正」の字を書けばいいだけになっているので大助かりである。各席の厨房側にメモを挟めるようにピンが付いていて、すぐに調理にかかれるシステムだ。

 渚がメモをじっくり読み込んでいると「特製・辛辛焼きそば」の文字が。


渚「シューゴさん、これ・・・。」


 渚がメモ用紙の「特製・辛辛焼きそば」の箇所を指差しながら聞くと、シューゴは懐から看板らしき板を取り出した。


シューゴ「そうそう・・・、これは私からの開店祝いです。それとこれからは渚さんにお教え頂いたあの焼きそばを新メニューとして取り入れる事にしました。」


 シューゴがプレゼントの看板を裏返すと、全体的に黒の背景に赤い文字で「新メニュー 特製・渚の辛辛焼きそば」と書かれていた。右下には唐辛子や辛子マヨネーズの絵が描かれている。


渚「いつの間に・・・、それに私の名前入りで・・・、良いんですか?」

シューゴ「勿論です、渚さんの拘りのお料理ですので。名物メニューに出来たら良いですね。」


 渚はシューゴの両手を取り、涙ながらに感謝した。


渚「シューゴさん・・・、嬉しいです・・・、ありがとうございます!!」

シューゴ「ははは・・・、大袈裟ですね。でも喜んで頂けて嬉しいです。因みに専用のお皿もありますのでね、これです。」


 全体的に白のデザインの拉麺丼とは対照的に黒くて少し浅い皿が一緒に設置されている。シューゴは1枚手に取って渚に依頼した。


シューゴ「宜しければお1つ作ってみて頂けませんか?折角ですので。」


 渚は言われるがままにキッチン部分へと移動し、鍋の横にあるフライパンで豚キムチから作り始めた。キムチや豚の小間切れ肉にウインナー、そして韮も冷蔵庫に入っている。横には必要な調味料が常備されていた。ある程度まで炒めて一度皿にあける。

 鍋で少し硬めに茹でた麺と、共に味見しながら配合したソース、そして一度取り出していた豚キムチとウインナーを入れて一緒に炒め始めた。例の「インスタントの焼きそば」ではウインナーは麺と一緒に茹でる様になっていたが、この屋台のメニューでは一緒に炒めていく事にした。強火で一気に煽っていく。

 辣油で味にアクセントを付け、皿に盛りつけて仕上げの辛子マヨネーズを振りかけたら完成。

 シューゴは出来立ての新メニューを1口啜った。


シューゴ「参りましたね・・・、美味すぎて私に再現できるか分かりませんね。」

渚「大袈裟ですよ、でもお口に合ったみたいで光栄です。」


 翌日から、この新メニューを引っさげて商売開始となった。渚は意気揚々としている。


-133 お仕事開始-


 夜明け前、弟・レンカルドの経営する飲食店の調理場を借り、毎日継ぎ足して使っている秘伝の醤油ダレをシューゴが仕込んでいた。

 自らの舌で選び抜いた素材と独自に調合したスパイス、そして黄金比をやっとの思いで見つけ出し配合した調味料を沸騰させない様にゆっくりと火入れしていく。

 幾度となく納得のいくまで味見を繰り返し、完成しかけたタレに煮込み前の叉焼を入れ肉の脂を混じらせつつ双方を仕上げていった。

 

シューゴ「これは味見・・・、味のチェック・・・。」


出来たばかりの叉焼を1口、十分納得のいく味付けと全体的にトロトロの食感が織りなす絶妙なハーモニーを口いっぱいに頬張って首を縦に振った。その味に堪らなくなってしまっていたのか数秒後には白飯に手を出していた。こうなると予想していたレンカルドが気を利かせて用意してくれていたのだ。


シューゴ「うん・・・、これは仕事終わりにビールだな。」


 数切れ程タッパーに残し楽しみに取っておき、屋台2台分の準備をし始めた。そうこれからは屋台が2台だ、味付けの責任も2倍だ。

 2台分の醬油ダレ、叉焼、そしてその他の具材を用意し終えた頃に裏の勝手口から渚が声を掛けた。


渚「おはようございます、良い匂いですね。」

シューゴ「おはようございます、宜しければ味の確認も兼ねて出来立てを如何ですか?」


 そう言って1口サイズに切った叉焼を小皿に乗せて渡すと渚は目を輝かせながらパクついた。目を閉じてその味を堪能する。


シューゴ「その表情だとお口に合ったみたいですね。」

渚「これビールの肴としての叉焼単品や叉焼丼でも売れるんじゃないですか?折角辛子マヨネーズも持っていくのでそれをかけて。」

シューゴ「そのアイデア・・・、採用しても良いですか?」


 シューゴは調理場に渚を残しパソコンのある部屋に向かい、急ぎ電源をつけた。どうやらメニュー表や注文用のメモの改定と魔力計算機(レジ)のボタン設定を即座に行っている様だ。因みに値段は原価等を考慮して即席で決定した。


渚「シューゴさん、いくら何でも早すぎないかい?私でも焦りますよ。」

シューゴ「いや、折角のアイデアです。是非採用させて下さい。容器はまたいずれ作りますので今日は取り敢えず今ある分でお願いします。」

渚「了解しました。」


 新メニューが即席で誕生した所で屋台への積み込みだ、忘れ物の無いように必ず2人で1台ずつ確認しながら行っていく。忘れ物があると折角の注文を断らねばならない、それはお客さんの信頼を失う行為だ。

 全ての積荷の確認を終えると次は各々のルートを確認する、まだまだ現役と言える軽トラの1号車に乗るシューゴは前回と同様にダンラルタ王国からのルートを、そして新しい軽バンである2号車の渚は新ルートのバルファイ王国からのルートを周回して行く事になった。以前レースがあった様に3国全て行っても車で回れる距離なので無理なくダンラルタ王国に帰国出来て途中での合流も可能だ。

 各々が車に乗り込み、飲食店の駐車場から各ルートへの方向に走り出した。屋台を移動させている途中でも食べたそうな人がいれば一先ず声を掛けて必要に応じてその場で屋台を展開して販売する。

 シューゴの乗る1号車はダンラルタ王国に入ると常連さんが多いいつもの採掘場を目指した、リーダーであるゴブリンキング・ブロキント率いるチームがミスリル鉱石を日々採掘している。何より体力を必要とする作業をしているので屋台の拉麺はゴブリン達に人気なのだ。

 いつもの駐車場に車を止め屋台の準備をしていると噂をすれば影と言わんばかりにリーダーがその場に現れた。


ブロキント「店主はん毎度、相変わらず良い匂いでんな。」

シューゴ「ブロキントさん、いらっしゃい。今日は何しましょう。」


 ブロキントは新しくなったメニューをまじまじと眺めて尋ねた。


ブロキント「店主はん・・・、この「特製・渚の辛辛焼きそば」ってなんでっか?」

シューゴ「実はうち、今日から2台体制でやらせてもらう事になりましてね。その2号車に乗る渚さんという方から教えて頂いた新メニューです、叉焼丼のアイデアも下さったんですよ。」

ブロキント「もしかしたら・・・、すんまへん、それ1つずつくれまっか?」


-134 懐かしの味-


 常連さんの注文に応じ、新メニューである「特製・渚の辛辛焼きそば」を作り始めた1号車の担当・シューゴ。まずは豚キムチを作っていくのだがここで必ずお客さんに聴いて欲しい事があるそうだ。


シューゴ「辛さはどれくらいがお好みですか?」


 判断基準の為、ラミネートされた用紙を渚から手渡されていたのでそれをブロキントに見せる。辛さは5段階まで表示されており、それに応じて各々の辛さのキムチを使用する事になる。キムチはこの調理用に全て渚が特製で漬けていたのだが、シューゴには5種類とも試食する度胸が無かった。最高の5辛のキムチは色が尋常じゃない位に黒く、恐怖心をあおる様に唐辛子の匂いがやって来る。5辛以上の辛さを求められた場合は5辛の物に特製ペーストを加えて作る。

 因みに最初のお客さんには1辛を勧める様にと伝えられており、1辛のキムチは多めに作られていた。


シューゴ「最初は1辛をお勧めさせて頂いているのですが。」

ブロキント「せやね・・・、丁度刺激が欲しかったんで敢えて3辛でお願いできまっか?」

シューゴ「3辛で・・・、分かりました。お好みで辛さ調節できますのでね。」


 3辛用のキムチを加え調理にかかる、後で炒めなおすので最初は軽く火を通す程度に。一度皿にあけ少し硬めに茹でていた麺をソースと辣油で炒め先程の豚キムチを加え一気に煽る。それを見た瞬間、ブロキントが何か思い出したかの様な表情をして聞いた。


ブロキント「店主はん・・・、それまさか赤江 渚はんのレシピちゃいますのん?」

シューゴ「はい、なので「渚の」が付いているんです。」

ブロキント「渚はんって、ホンマにあの渚はんなんですか?」

シューゴ「ど・・・、どうされたんです?」

ブロキント「いやね、以前ここで事務と調理の仕事をしとった人がおったんですけどね、その人と同じ作り方やなぁと思っとったんです。」


 そういうと幸せそうに、そしてどこか懐かしそうに微笑みながら調理を眺めていた。


シューゴ「渚さん・・・、多分今日中にこの場に来るはずですよ。実は今日からウチの2号車としてデビューする事になったんで。」

ブロキント「ほんまでっか?!ほな夕飯に渚はんの作った拉麺を食べてみます!!」

シューゴ「ふふふ・・・、お楽しみに。さぁ、出来ましたよ。」


 皿に炒めた麺を盛り付け辛子マヨネーズを振りかけて出来上がり、お客のゴブリンキングは嬉しそうに受け取ると1口啜り頷いた。


ブロキント「これこれ、これですわ。正に渚はんの味。」

シューゴ「お褒め頂けて光栄です、さてと。」


 続いて叉焼丼の調理にかかる、ホカホカの白飯にサニーレタス、刻んだ叉焼とネギを乗せ特製の醬油ダレと辛子マヨネーズをかける。


ブロキント「これは美味そうですわ、頂きます。」


 出来立ての料理に匙を入れ、全ての食材が美味しく味わえるように掬った。


ブロキント「これは贅沢やな、頂きます。」


 口に入れて咀嚼する、顔は幸せそうだ。


ブロキント「いつまでも噛んでいたい位美味いですわ、飲み込むのが勿体ないでんな。」

シューゴ「ありがとうございます、これから新メニューとして売り出す予定です。」


 すると、美味そうで何処か懐かしい豚キムチの匂いに誘われゴブリン達が採掘場から出てきた。


ゴブリン「リーダーまた抜け駆けでっか?ずるいでんな・・・。」


 後から後からどんどん集まってくるゴブリン、懐かしい渚の料理と共に定番の拉麺も売れていく。用意していた麺が無くなるんじゃないかと心配しながら調理していたのだが、実は保険で以前の倍の量を持って来てたので大丈夫だった。ただ心配な事が1つ。


シューゴ「これじゃ皆さんの夕飯時に渚さんが来た時に、かなりハードルが上がっちゃってますね。」

ブロキント「いけますいけます、渚はんはそれを絶対超えてきますんで。」


-135 大企業の事実-


 以前の職場で噂されているとは知らない2号車の渚は、シューゴに手渡された地図で指定された販売ポイントの駐車場に到着した。シューゴとは逆回り、この後渚にとって懐かしきダンラルタ王国の採掘場での販売をも予定している。


渚「この辺りだね・・・、よし。」


 本来はとある職場の職員が使う駐車場で、管理人とシューゴが特別に月極契約している端の⑮番の白線内にバックで止める。何があってもすぐに対応できる様に「必ず駐車はバックで」と言うのがシューゴとのお約束だった。

 渚は運転席から降車し、少し辺りを見てみる事にした。


渚「ここはどこの駐車場なのかね・・・。」


 駐車場から数十メートル歩いた所に大きな建物が2つ並んでいた、1つは大企業の本社ビルで最低でも20階以上はありそうだ。また、隣接する建物は15階建てのものらしく横に大きく広がっている。2つの建物は数か所の渡り廊下で繋がっていて窓の向こうから行き来する人々がちらほらと見えている。


渚「大きいね・・・、何ていう建物なんだい?」


 入口らしき門が見えたのでその左側に書かれている文字をじっくりと読んでみた、見覚えのある文字がそこにある。


渚「「貝塚学園高等魔学校 貝塚財閥バルファイ王国支社」ね・・・、貝塚財閥ってあの貝塚財閥かい?!確か向こうの世界で教育系統に力を入れているって聞いた事があるけどこっちの世界にお目見えするとはね、こんな所で屋台をするのかい?贅沢だねぇ・・・、ありがたやありがたや。」


 渚はハンカチで汗を拭いながら軽バンへと戻り営業の準備を始めた、屋台キットを展開しスープの入った寸胴を火にかける。暫くしてスープの香りが漂い始めると先程の建物から昼休みを知らせるチャイムが聞こえて来た。すると女性が1人、疲れ切った様子で屋台へとやって来た。へとへとになりながら渚が差し出した椅子へと座る。お冷を手渡すと砂漠を彷徨っていたかの様に一気に喉を潤した。目にはクマがあり、酷い寝不足らしい。聞くと人件費の削減でかなりの人数を減らされ毎日酷い残業らしく、今日みたいに昼休みを過ごせない日もあるそうだ。せめて今日の昼休みくらいは美味しい物をとスープの匂いに誘われてやって来た。


女性「えっと・・・、拉麺を1杯お願いします。麺は硬めで。」


 疲れ切った表情で渚に伝えると懐から手帳を出し、午後からの仕事の確認をし始めた。渚はせめてこの場にいる時だけは仕事を忘れて欲しいと少し気を利かせてみる事にした。


渚「あの・・・、余計なお世話かと思いますがここにいる時だけは楽にされてはいかがですか?ほら、折角のお昼休みですし。」

女性「うん・・・、それもそうですね・・・。」


 手帳を片付け、お冷を一口。すると下半身が光りだし蛇の姿へと変わってしまった、そう、ヒドゥラと名乗ったこの女性はラミアだったのだ。湯切りをしていた渚は開いた口が塞がらない。


渚「あらま。」

ヒドゥラ「驚かせてすみません・・・、実は普段人間の姿をキープするのも結構楽じゃなくて・・・。」

渚「いえいえ、大丈夫ですよ。もうすぐ出来ますからね。」


 目の前のラミアが安心した様子でとぐろを巻いて座っていると、出来上がった拉麺を渚がそこまで運んでいった。ヒドゥラは料理を受け取ると有難そうに手を合わせた。


ヒドゥラ「頂きます。」


 幾日ぶりかの温かな食事だと感じさせる程美味そうに渚の拉麺を食べる客、ただその味に欲しくなったものが一つ。


ヒドゥラ「すみません・・・、ご飯頂けますか?」

渚「あいよ、少々お待ちを。」


 炊飯器から銀シャリを出し初めての客に渡すと、たっぷりとスープと醬油ダレの味を吸った叉焼をその上でバウンドさせ染み込んだご飯を楽しんでいた。要望通り硬めに茹でられた麺を啜る姿からも嬉しさが伝わってくる、渚はこの仕事を始めて良かったと思った。


-136 優しく頼もしき老夫婦-


 先程まで抱えていた悩みなどどうでも良くなってしまったと周りに思わせてしまう位の笑顔で拉麺と銀シャリを楽しむラミア、その表情に安堵したのか渚は屋台の業務に戻る事にした。でもその表情には何処かまだ疲労感がある、そこで冷蔵庫からとあるものをとりだし、ヒドゥラに渡した。


ヒドゥラ「あの・・・、頼んでいませんけど。」

渚「いいんですよ、疲れている時は甘い物です。貴女この後も頑張らなきゃなんでしょ。」


 ヒドゥラは手渡されたプリンを食後の楽しみにすると、より一層笑みがこぼれた。


ヒドゥラ「ありがとうございます。」


 その数分前、渚が屋台を構える駐車場の前を1組の男女が通りかかり、その内の女性が小声で男性に一言ぼそっと呟くと、2人は頷き合いその場を離れた。

 それから数分後、ヒドゥラがプリンを楽しんでいる時に1組の老夫婦が屋台を訪れ席に座った。


老夫人「よっこらしょ・・・、お姉さんここ良いかね?」

ヒドゥラ「勿論どうぞ。」

ご主人「ありがとうよ、昼間にやってる拉麺屋台なんて珍しいから食べてみたくてね。」

ヒドゥラ「美味しいですよ、お2人も是非。」

老夫人「嬉しいねぇ。店員さぁ~ん、拉麺2つね。歯が悪いから麺は柔らかめにしてもらえるかい?」

渚「はい、少々お待ちを。」


 渚が老夫婦の拉麵を作り始めると夫人がヒドゥラを見てお茶を啜り、声を掛けてきた。


老夫人「そう言えばこの辺りでラミアを見かけるなんて珍しいね。」

ヒドゥラ「あ、これ・・・。普段は魔法で足に変化させて人の姿で働いているんです。」

ご主人「それにしてもお姉さんどこか疲れているね、何かあったのかい?」


 老夫婦の柔らかで優しい笑顔により安心したのか、先程渚に語った会社における自らの現状をもう1度語った。老夫婦は親身になってヒドゥラの話を聞き、時に涙を流しつつまるでそのラミアが自分達の孫娘であるかの様に優しく手を握り頭を撫でた。

 ヒドゥラは涙を流し老夫婦に感謝を告げると、手を振りながらその場を後にして会社へと戻って行った。

 老夫人がご主人に向かって頷くと、残った拉麵を完食してすぐお勘定を払ってその場を去っていった。


渚「ありがとうございました、またどうぞ!!」


 老夫婦が去ってからは昼の2時半頃までお客が絶えず、ずっと皿洗いと調理を繰り返していた。正直こんなに大変とは思わなかったと感じてしまう位に。

 客足が落ち着くと渚は水分を補給し、片づけを始めた。テーブルや椅子などを軽バンに納め運転席に乗りこむ、そして地図に書かれている次の販売ポイントへと向かって行った。

 数日後、仕事に追われ相変わらず疲弊した表情を隠せずにいるヒドゥラの部屋の内線電話が鳴り、女性の声である部屋へと来る様にとの連絡がなされた。


ヒドゥラ「何の用だろう・・・。」


 そう呟きながらエレベーターに乗り指定された階へと向かうと、降りた所の大きなドアの前で先程の内線をしてきた女性が待ち構えていた。恰好から見るに秘書っぽい。


女性「ヒドゥラさんですね、中へどうぞ。」


 案内されるがままに奥の部屋に入ると、先日の老夫婦が優しい笑顔を見せながらその場に立っていた。


ヒドゥラ「あ・・・、先日の・・・。」

老夫人「そう、先日は貴重なお話を聞かせて頂きありがとうございました。」

ご主人「ただこのままでは貴女を騙している様な物なので正体を明かすことにしたのです。」


 老夫婦がスキルの『変身(特殊メイク)』を解くと、そこには若い夫婦が立っていた。


ヒドゥラ「あなた方は・・・、えっと・・・、どなた?」


 ヒドゥラがぽかんとした表情を浮かべている中、夫婦はヒドゥラに頭を下げた。


夫人「貴女の話を聞いて人事部に確認しました、本当に申し訳ありません。」


-137 人事部長の悪事-


 夫婦は重い頭を上げヒドゥラにソファを勧めた、先程の入り口前にいた女性にお茶を頼むとゆっくりと話し始めた。


夫人「初めまして、普段は学園にいるからお会いするのは初めてですね。私は貝塚結愛、この貝塚財閥の代表取締役社長です。隣は主人で副社長の光明です。」

光明「初めまして、これからよろしく。」

ヒドゥラ「しゃ・・・、社長・・・。そうとはつい知らずペラペラと、申し訳ありません。」

結愛「何を仰いますやら、貴重なお話を頂きありがとうございます。」


 実は最近の異動で人事部長が変わってから、やたらと人件費が削減されているので怪しいと思っていたのだ。削減された人件費の割には利益が昨年に比べて悪すぎると思っていた折、ヒドゥラの話を聞いた結愛は人事部長が怪しいと踏み、部の社員数人にスパイを頼み込んで調べていた。光明の作った超小型監視カメラを数台仕掛けて証拠を押さえてある。

 調べによると金に困った人事部長が独断でありとあらゆる部署から人員を削り、余分に出た利益を、書類を書き換えた上で自らの口座へと横流ししていたのだ。


結愛「今回発覚した事件により貴女を含め大多数の社員に迷惑を掛けてしまった事は決して許されない事実です。人事部長は私の権限で以前の者に戻し、迷惑を掛けた皆さんには賠償金を支払った上で私達夫婦からお詫びの温泉旅行をプレゼントさせて頂きます。」

光明「そしてヒドゥラさん、貴重なお話を聞かせて下さった事により我々にご協力下さいました。我々からの感謝の気持ちもそうなのですが、業務に対する責任感を感じる態度へと敬意を表し今の部署での管理職の職位を与え、勿論貴女にもお詫びの温泉旅行をプレゼント致します。」


 ヒドゥラは今までの苦労が報われたと涙を流すと、全身を震わせ崩れ落ちた。2人に感謝の気持ちを伝えると自らの部署に戻り暫くの間泣いていたという。

 問題の人事部長についての調査なのだが、以前から魔学校の入学センター長を兼任しているアーク・ワイズマンのリンガルス警部に結愛が直々にお願いしていた。そしてこういう事もあろうかと様々な魔術をリンガルスから学んでもいたのだ、屋台で使用した『変身』もその1つである。そのお陰でネクロマンサーとなり、多くの魔術が使える様になった結愛は魔法使い特有の念話も使える様になっていた(光は『作成』スキルで作ったが)。


結愛(念話)「警部さん、調査の方はいかがですか?」

リンガルス(念話)「理事長・・・、思ったより多くの問題が発覚しましてね。正直困ったものです。」


 結愛の思惑通り人事部長には業務上において社員や魔学校の教員、そしてまさかとは思ったが生徒の保護者からの苦情により発覚した問題が多数あり、リンガルスの正体を知る者から情報が多数提供されていた。


リンガルス(念話)「それが我々が見えてない所で今回の様な横流しは勿論、社員に対するセクハラ・パワハラに暴力行為を行っていたらしく、その上一番酷いのが・・・。」

結愛(念話)「どうされました?」

リンガルス(念話)「それが生徒に対する脅迫行為などもあるらしく、申し訳ないのですが多すぎて私の頭脳が追いつきません。」

結愛(念話)「分かりました、すぐに対応します。」


 結愛は即座に人事部長の解雇通知書を作成し、代わりに以前務めていた者に対し戻る様に通達を出した。

 その解雇通知書は人事部長に対する逮捕状も添付されており、裁判所にはリンガルスが申告を出していた。


結愛(念話)「相変わらず対応が早いですわね、助かります。」

リンガルス(念話)「いえいえ、理事長に感謝しているのは私の方です。私の様なクズ人間をずっと雇って下さっているんですから、生徒の皆さんや教員の先生方、社員の皆さんの為に当然の事をしたまでですよ。」

結愛(念話)「貴方を雇って正解でした。これからもよろしくお願いします、リンガルス入学センター長。」

リンガルス(念話)「私も以前ご迷惑をおかけした身、これ位で恩を返せたとは思っていません。」

結愛(念話)「あれは捜査の一環だったじゃないですか、相変わらずの真面目っぷりですわね、尊敬してます。それと・・・。」


 リンガルスは急に途切れた念話に少し焦りを見せた。


結愛「もう近くにいるのですから、念話じゃなくても良いのでは?」

リンガルス「あらま、いつの間に。これはやられちゃいましたね。」

光明「お前も人が悪いな、結愛。」

結愛「何言ってんだよ、たまには俺だってこういう事するんだぜ。」


-138 事件後の屋台では-


事件が発覚してから1週間後、人事部長がバルファイ王国警察に逮捕され、お詫びとして受け取った温泉旅行から帰って来て笑顔を見せるヒドゥラの姿が渚の屋台の席にあった。


渚「良かったですね、これで安心して働けるんじゃないですか?」

ヒドゥラ「あれもこれも店主さんのお陰です。」

渚「何を言っているんですか、私は何もしていませんよ。」

ヒドゥラ「いえいえ、ここで拉麺を食べてなかったら社長に会う事は無かったんですから。」


 その時、渚が屋台を設営している駐車場の前を1組の男女が歩いていた、貝塚夫妻だ。


結愛「良い匂いだな、折角の昼休みだ。俺らも食っていくか?」

光明「いいな、俺も腹が減っちったもん。」

結愛「よいしょっと・・・、ヒドゥラさん、ここ良いですか?」


 夫妻は前回と同じ席に着き、拉麺と叉焼丼を注文した。その時渚は既視感と違和感を半々で感じていた。


渚「あれ?この前来たおばあちゃんと同じセリフな様な・・・。」

結愛「き・・・、気のせいですよ、店主さん。やだなぁ・・・、嗚呼お腹空いた。」


 結愛は光と渚が親子だという事を知らない、それと同様に渚は結愛と光が友人だという事を知らない。まぁ、この事に関してはまたいずれ・・・。

 貝塚夫妻は以前とは逆に麺を硬めにとお願いした、前回は老夫婦に変身していたので仕方なく柔らかめにしていたが好みと言う意味では我慢出来なかったのだ。次こそは絶対硬めで食べると堅く決意していた、別に駄洒落ではない。

 結愛達が注文した拉麺がテーブルに並び、3人共幸せそうに食べていた。やはり同様に転生した日本人が作ったが故に結愛と光明は何処か懐かしさを感じている。


ヒドゥラ「おば・・・、理事長も拉麺とか召し上がるんですね。毎日高級料理ばかり食べているのかと思っていました。」

結愛「何を仰っているのですか、私はドレスコードのある様な堅苦しい高級料理よりむしろ拉麺の方が好きでしてね。それと貴女、先程私の事・・・。」

ヒドゥラ「て、店主さーん、白ご飯お代わりー。」

渚「上手く胡麻化しちゃって、あいよ。」


 数時間後、渚は屋台の片づけをして次の現場へと向かう事にした。実はシューゴに新たな地図を渡されていたのだが、2か所目のポイントを変更したというのだ。そこでは屋台を2台並べて販売する予定だと言っていた。

 指定されたポイントはダンラルタ王国と、バルファイ王国の国境付近となっていた。ポイントには先に1号車のシューゴが到着しており販売の準備を始めていた。

 このポイントではシューゴが拉麺を、渚が辛辛焼きそばをと分担して販売する事になっており、2人が専門としている分野で腕を振るうという。


シューゴ「渚さーん、こっちですよ。」


 10分程後にやって来た渚に手を振るシューゴ。


渚「シューゴさん、お待たせしました。」

シューゴ「いえいえ、急な変更を行って申し訳ありません。道に迷いませんでしたか?」

渚「いえいえ、頂いた地図のお陰で無事に。」


 その言葉を聞いて安堵の表情を見せるシューゴ、そしてこの国境付近での販売に至った経緯を説明し始めた。


シューゴ「実は私の方にバルファイ王国の王宮の方から連絡がありまして、2国の王様方が「食は種族を越える」をテーマに国民達の交流の懸け橋となればとここに屋台を出してほしいと仰って来たんです。いずれは両国とネフェテルサ王国との国境付近にもと仰っていました。」

渚「良い事じゃないですか、私達の仕事が役に立つと思えば頑張れますよ。早速始めましょう。」


 2台は車両を横並びにして屋台の準備を始めた。シューゴはスープの寸胴に火をかけ、渚は辛辛焼きそばに使う白菜を刻み始めた。因みにシューゴには既に出来ているキムチを渡していたが、渚は豚肉と全ての具材を自家製のキムチの素で一気に炒める形を取っていた。これは屋台をする上での渚の拘りで絶対譲れないのだと言う、改めて味の研究をしなおしたらしい。

 2台が放つ良い匂いに誘われ両国民が集まって来た、そこにいた者達が良い具合に好みの麺を出す屋台へと散らばっていく。2人は各々の作業に全力を注ぎ、1人でも多くのお客さんに美味い料理をと奮起していた。2時間位経った頃、辺りが眩しく光った・・・。


-139 懐かしき再会-


 その眩しい光は渚にとって少し懐かしさを感じる物だった、ただ花火か何かかなと気にせずすぐに仕事に戻った。今いるポイントで開店してから2時間以上が経過したが客足の波は落ち着く事を知らない。

 2台の屋台で2人が忙しくしている中、渚の目の前に『瞬間移動』で娘の光がやって来た。スキルの仕様に慣れたのか着地は完璧だ。


光「お母さん、売れてんじゃん。忙しそうだね。」

渚「何言ってんだい、そう思うなら少しは手伝ってちょうだい。」

光「いいけど、あたしは高いよ。」

渚「もう・・・、分かったから早く早く。」


 注文が次々とやって来ている為、調理と皿洗いで忙しそうなのでせめて接客をと配膳とレジを中心とした仕事を手伝う事にした。2号車の2人の汗が半端じゃない位に流れている頃、少し離れた場所から女性の叫び声がしていた。先程眩しく光った方向だ。


女性①「大変!!人が倒れているわ!!誰か、誰か!!」


 大事だと思った屋台の3人も、そこで食事をしていたお客たちも一斉にそちらの方向へと向かった。一応、火は消してある。


男性①「この辺りでは見かけない服装だな、外界のやつか?」

女性②「頬や肩を叩いても気付かないわよ、死んでるんじゃないの?」

男性②「(日本語)ん・・・、んん・・・。何処だここは、俺は今まで何していたっけ。」


 どうやら男性が話しているのは日本語らしいのだが、まだ神による翻訳機能が発動していないらしい。


男性①「(異世界語)こいつ・・・、何言ってんだ?やっぱり外界の奴らしいな。」

男性②「(日本語)ここは・・・?この人たちは何を言っているんだ?」


 しかし光の時と同様にその問題はすぐに解決され、光達が現場に到着した時には雰囲気は少し和やかな物になっていた。すぐに対応した神が翻訳機能を発動させ、男性は皆に今自分がいる場所などを聞いていた。ただ、男性の声に覚えがある光はまさかと思いながら群衆を掻き分け中心にいる男性を見て驚愕した。


光「や・・・、やっぱり!!」

男性②「その声は吉村か?!何故吉村がここにいるんだ?!」

渚「あんた・・・、ウチの娘に偉そうじゃないか?」


 光は男性に少し喧嘩腰になっている渚を宥める様に話した。


光「母さん、この人は向こうの世界にいた私の上司の寄巻さんっていうの。」

渚「え・・・、上司の・・・、方・・・、なのかい?」

寄巻「そう、今光さんが仰った通りです。私、営業部長の寄巻と申します。そういうあなたは?」

渚「先程は失礼しました、私は光の母の赤江 渚です・・・。」


 光から母親を早くに亡くしたと聞いていた寄巻は訳が分からなくなりその場に倒れてしまった、目の前に亡くなったはずの光の母親・・・、しかも名字が「赤江」なので正直頭が痛い。


寄巻「吉村・・・、私は夢を見ているのか?急に周りの人との会話が出来る様になっているし、葬儀に並んだはずのお前がいるしでもう訳が分からないぞ!!」

光「あ・・・、それなら多分もうすぐ・・・。」


 すると光の時みたいに寄巻の頭に神様の声が響き、目を瞑った部長はその場に倒れてしまった。周囲の人達が少し驚いていたが、以前自分も経験した光は冷静にシューゴを呼んで木陰へと運んで行った。

 数分経った後、神の説明を受けた寄巻が目覚め光から水を受け取ると一気に煽りお代わりを要求したので『作成』で作って手渡した。


寄巻「吉村・・・、お前それ魔法ってやつか?」

光「まぁ、そんなもんです。」

寄巻「今が現実で・・・、異世界で・・・、なぁ・・・、俺これからどうすればいい?」

光「そうですね・・・。」


 光は周囲を見回した。先程のお客が食事を再開し、屋台には行列ができている


光「とりあえず屋台を手伝って下さい。」


-140 部下から先輩へ-


 異世界と言っても神によって日本に限りなく近づけられた世界で、同じ様な拉麺屋台なので学生時代にバイト経験があったせいか寄巻部長はお手伝いをそつなくこなしていた。


寄巻「拉麺の大盛りと叉焼丼が各々3人前で、ありがとうございます。注文通します!!大3丼3、④番テーブル様です!!」

シューゴ「ありがとうございます!!おあと、⑦番テーブルお願いします!!」

寄巻「はい、了解です!!」


 寄巻の登場により一気に回転率が上がったシューゴの1号車は、今までで1番の売り上げを誇っていた。嬉しい忙しさにシューゴも汗が止まらない、熱くなってきたせいか寄巻はTシャツに着替えている。

 数時間後、今いるポイントでの販売を終えシューゴが片付けている横で手伝いのお礼としてもらった冷えたコーラを片手に寄巻が座り込んでいた。


シューゴ「寄巻さんだっけ?あんた・・・、初めてでは無さそうだね。」

寄巻「数十年も前も話ですが、あっちの世界で拉麵屋のバイトをしていた事があったのでそれでですよ。」


 いつも以上に美味く感じる冷えたコーラを一気に煽ると、寄巻はこれからどうしようかと黄昏ながら一息ついた。渚は隣に座り寄巻自身が1番悩んでいる事を聞いた。


渚「部長・・・、家とかどうします?」

寄巻「吉村・・・、さん・・・。こっちの世界では違うからもう部長と呼ばなくていいんだよ?それに君の方がこの世界での先輩じゃないか、お勉強させて下さい。」


 寄巻は久々に再会した部下に深々と頭を下げた、渚は焦った様子で宥めた。


渚「よして下さいよ。取り敢えず不動産屋さんに行ってみましょう、即入居可能なアパートか何かがあるかも知れません。」

シューゴ「おーい、寄巻さんにまた後で話があるから連れて来て貰えるか?」


 シューゴの呼びかけに軽く頷いた渚は寄巻を連れて『瞬間移動』し、ネフェテルサ王国にある不動産屋に到着した。以前渚もお世話になったお店だ。

 寄巻は『瞬間移動』に少々驚きながらも目の前のお店に入ろうとした渚を引き止めた。不動産屋で契約出来たとしてもお金が・・・。


渚「そうでしょうね、でも安心して下さい。部ちょ・・・、寄巻さんも神様にあったんでしょ?」

寄巻「それはどういう事だ?「論より証拠」って言うじゃないか、分かりやすい形で見せて欲しいんだが。」

渚「では、場所を移しましょう。」


 渚は再び『瞬間移動』し、ゲオルの雑貨屋に到着した。そしてATMへと案内し、自分のカードを挿し込む様に促した。


渚「ほら、日本にあるどこの銀行のカードも使えますから。」


 寄巻はキャッシュカードを入れて暗証番号を入力すると、鼻血を出しながらその場に倒れてしまった。やはり渚同様、見た事の無い金額が入金されていたみたいだ。


渚「やはりですか・・・、それは転生者だけらしいので他の人には内緒にした方が良いですよ。」

寄巻「ふぁ・・・、ふぁい・・・(は・・・、はい・・・)。」


 気を取り直して不動産屋に向かい、こちらでの新居の契約をしにいった。奇跡的に「即入居可能」で月家賃が8万8000円のマンションがあったので寄巻は迷う事無く契約した。


寄巻「さてと・・・、次は仕事か・・・。」

渚「多分その事だと思いますけど、先程のシューゴさんが呼んでましたよ。早速行きましょう、良かったら私も連れてって下さい。」


 渚は寄巻が契約書を熟読し、サインをしている間に『瞬間移動』を『付与』して使える様にしていた。渚の動きを真似てスキルを発動する。


寄巻「何故・・・、俺にも出来たんだ・・・。」


 寄巻が冷静な渚に動揺しながら聞くと、促された通り両手を前に出して念じステータス画面を出してじっくりと見た。

 寄巻はそれにより一層、異世界に来た実感が湧いた様だ。

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