3. 異世界ほのぼの日記 121~130


-121 珈琲と事件の匂い?-


 珠洲田おすすめの飲食店のメニューを見る2人、自他共に認める美味さを誇るお店自慢のハンバーグを注文すると粋な店主がお冷を配りながら一言。


店主「少々お時間を頂きますので、宜しければこちらに置いてあります小説を読んだりお2人でゲームをしたりで「ゆっくりと流れる時間」をお楽しみ下さい。」


 御手洗の横には数冊の文庫本や写真集が置かれた本棚、下の段には小さなCDラジカセとクラシックのCDアルバムが数枚。ラジカセからは少し眠くなりそうなピアノの音楽が流れていた。

 静かな飲食店で一先ず同じテーブルを囲む2人、神様と広域暴力団の子孫では正直共通の話題が見つからない。静けさが気まずさに変わる前に何かしようと渚が周囲を見回すと木製のリバーシがあったのでやらないかと提案してみた。


クォーツ「そう・・・、だな。俺も久々にオセロがやりたかったのだ。」


 神様も商標で呼ぶんだなと何となく身近さを感じながらテーブルにリバーシの盤を置く。平等にじゃんけんをして先攻後攻を決める。結果、先攻(黒)が渚で後攻(白)がクォーツに決まった。

それからゲームを開始して5分程経過しただろうか、未だ五分五分の状態で頭を悩ませている2人のテーブルに店主がセットのサラダとドレッシングを持って来たが。


店主「失礼し・・・、ました・・・。」


 今サラダを置くのは何となくまずいと感じたのかそのまま店の奥へと下がっていこうとした。それに気づいた渚が少しスペースをあけて一言。


渚「すみません・・・、ここにお願いします。」

店主「かしこまりました・・・。」


 店主が静かにサラダとドレッシングを置くと2人はサラダを受け取りゲームに戻る。自分の番が来ると駒を置き、相手はサラダを食べながら盤を睨みつける。よっぽど集中していたのだろうか、ドレッシングには手を延ばさないどころか気付いていない。塩も振っている訳でも無いので本当にオーガニックなサラダを食べている状態だ。

 すると遅れてやって来た林田警部が同じテーブルに座ろうとしたのだが緊張感が伝わって来たので諦めてカウンターに座り小声でブラックを注文した。


渚「次はここに置きたいけど・・・、下手したらな・・・。」

クォーツ「それにしてもこのレタス甘いな・・・、何処のやつだろう。」


 2人の大きな独り言なのか、それとも油断させるための会話なのだろうか。全くもって目線を合わせていない様子を見るときっと前者なんだろうなと店主と林田警部は思った。

 静かな店内に林田の飲む珈琲の香りが広がる頃、ゲームは佳境へと進んでいった。端っこは双方が2つずつ取っているらしく戦況は未だ五分五分。一先ず盤面を全て埋めてみる事にした。

 それから数分経過した頃にゲームが終わったらしく、それと同時に店主がハンバーグを焼き始めた。きっと静かな空間を維持するために気を利かせたのだろうと林田は想像したのだが、実は少しの間だけ冷蔵庫で生地を寝かせていたのだという。2人への気遣いに気付かれない様に店主が言葉を選んだらしい。

 生地を焼いたフライパンに残った脂へケチャップとウスターソース、そして秘密裏に配合した門外不出のスパイスを加えて特製のソースを作る。

 プレートに白米とふっくらと焼けたハンバーグを乗せ特製のソースをかけて完成。早速店主は出来立ての料理を2人の下へと持っていき配膳する事にした。ゲームを終えたばかりの状態で維持されている盤がそのままテーブルに置かれている、それを見るにどうやら勝負は僅差で古龍が勝ったらしい。


渚「流石神様、やりますね。」

クォーツ「お主もな、この俺をここまで楽しませてくれた者はお主が初めてだ。」

店主「丁度勝負がついたみたいなのでどうぞ、こちらが当店自慢のハンバーグプレートです。」


 良い色に焼けたハンバーグの香りが食欲を誘い、それだけで白米が欲しくなってくる。一口食べると溢れ出す肉汁が舌を刺激し2人の心を躍らせた。

 そして特製のソースと一緒にもう一口、そして白米。美味しさいっぱいのハンバーグにより先程までの勝負などどうでも良くなっていた。

そんな中、林田の携帯に連絡が入る。ただ少し様子がおかしい。


林田「はい・・・、分かりました。私の方から言ってみますね。」

渚「林田ちゃん・・・、どうした?」

林田「珠洲田さんからなんですが、どうやら部品の素材が足らないらしいんです。」


-122 作業不可の理由と古き友人-


 珠洲田からの連絡によると、この国の車はエンジンの起動の為に予め魔力を貯めるタンクがあり、渚のエボⅢの様な乗用車は軽に比べて1まわり大きいのだがそのタンクを作るためのミスリル鉱石が足らないとの事なのだ。

 この世界においてミスリル鉱石はそこまで希少という訳では無いのだが、全体の採掘量の8割以上を占めるダンラルタ王国での生産が滞りがちになっており、珠洲田自身も必要なので1週間前から採掘業者に何度も発注しているのだが全くもって品物が届いていないというのだ。

 今までは軽自動車での作業ばかりだったので在庫で何とか持たせていたのだが、今回はエボⅢなのでどうしても追加が必要になる。

 林田は状況を確認すべくある友人に連絡を取る事にした。


林田「もしもし、今電話大丈夫か?」

友人(電話)「のっちー、久々じゃん。」

林田「デカルト・・・、それやめろと前から言ってるだろ。」


 そう、林田が連絡を取ったのはダンラルタ国王でありやたらと「のっち」と呼びたがるコッカトリスのデカルトだ。


デカルト(電話)「それは置いといて何か用か?」

林田「実はな・・・。」


すぐさま珠洲田から聞いた事を報告し、ダンラルタ王国におけるミスリル鉱石の状況が知りたいと伝えた。


デカルト(電話)「何だって?!それは迷惑を掛けて申し訳ない。すぐに王国軍の者と調べて来るから待ってくれ。何分俺も初耳だ、状況を知る必要があるから俺自身も出る事にしよう。待ってくれているお客さんにも俺の方から謝らせてくれ。」

林田「すまない、宜しく頼む。」


 デカルトは電話を切るとすぐに王国軍の者を呼び出した、応じたのは軍隊長のバルタン・ムカリトとウィダンだ。


デカルト「南の採掘場の現状を知りたいので一緒について来て頂けますか?」

ムカリト「勿論です。」

ウィダン「かしこまりました、国王様。」


 3人は王宮を出るとすぐに南の採掘場に向かって飛び立った。そこではゴブリン達が日々採掘作業に勤しんでいて、唯一人語を話せるゴブリンキングのリーダー・ブロキントが指揮を執っていた。

 3人は採掘場の出入口の手前に降り立つと早速ブロキントに話を聞くことにした。


ブロキント「お・・・、王様。おはようさんです。」


 ブロキントは何故か関西弁を話した。


デカルト「ブロキントさん、おはようございます。我々がここに来たのは他でもありません。最近ミスリル鉱石の生産が滞っていると聞いたのですが。」

ブロキント「すんまへん、実は最近洞窟の何処を掘ってもミスリル鉱石が全然出て来なくなってるみたいなんですわ。訳を部下に聞いたらかなり大きなメタルリザードが出たみたいで、わいも有り得へんと思ってるんですがそいつが全部食うてしもてるらしいんですわ。ほんでこの国って「魔獣愛護協定」があるでしょ、せやから追い払いたくてもわいらには何も出来ひんのです。それにどうやら相手はわいみたいに人語を話せる訳でもないみたいですんでどうも出来ひんで、今丁度王宮に連絡仕掛けてたんですわ。」

デカルト「ふむ・・・、分かりました。我々が行ってみましょう。中のゴブリンさん達を一時的に外に出し、ブロキントさんは一緒に来てください。」

ブロキント「分かりました、・・・・・・・(ゴブリン語)。」


 ブロキントの言葉を聞いたゴブリン達が採掘場からの避難を終えると、デカルト達は歩いてでの調査を始めた。ゆっくりと歩を進める為に敢えて人化した姿での調査を行う。ブロキントにも協力を願い、人化をしてもらう事にしたが久しくしていなかったそうなので思ったより時間がかかった。

 問題の場所である採掘場の最奥の場所に近づくとガジガジという何かを齧る音がずっと響き渡っていた。


デカルト「あいつ・・・、いやあのお方みたいですね・・・。」

メタルリザード「何だよ、折角の食事中に・・・。今俺の事「あいつ」って言ったか・・・?」


 デカルトには全ての魔獣の鳴き声や言葉を人語として理解する『完全翻訳』のスキルがあった、どうやらお知り合いらしい・・・。


-123 鉱石蜥蜴の正体と謝罪-


 採掘場に潜み、その場のミスリルをメタル代わりに食べ尽くしてしまったが故に、本人も気づかぬ内に鉱石蜥蜴(メタルリザード)の上級種である希少鉱石蜥蜴(ミスリルリザード)になっていたのはダンラルタ国王の側近である食いしん坊のロラーシュ大臣であった。

 大臣を含む鉱石蜥蜴(メタルリザード)種の者達は人間や他の魔獣と同様の食物を普通に食べても体質的には問題ないのだが、デカルトはロラーシュ本人がたまにこっそり他の採掘場でメタルを勿論迷惑を掛けない程度におやつとして食べていた事を黙認していた。しかし、どうやら普通のメタルに飽きてしまったらしくぶらっとこの採掘場に来て1口ミスリルを食べたら一気にハマってしまったとの事だ。夢中になっていたが故に気付けば1週間ずっと食べ続けてしまっていたそうだ。

 因みに王宮で大臣をしている位なのだから勿論人語を話せるのだが、正体がバレない様に敢えて人語を無視している事もデカルトは知っている。

 別にミスリル鉱石自体は翌日にまた出現するので生産的には問題ないのだが流石に食べ過ぎだ、これは酷い。

一先ずデカルトは採掘場のリーダーであるゴブリンキングのブロキントに頭を下げ小声で一言。


デカルト「ブロキントさん、王宮の者がご迷惑をお掛けし大変申し訳ございません。心よりお詫び申し上げます。」

ブロキント「国王はん、そんなんやめて下さい。誰だって美味いもん見つけたら独り占めしたくなるもんです。」

デカルト「そう仰って頂けると幸いです。ご迷惑をお掛けしたゴブリンさんや発注元の方々にも王宮から謝罪させて下さい。勿論、1週間分の御給金は上乗せして王宮から支払わせて頂きます。」

ブロキント「逆に申し訳ないです・・・。」

デカルト「それ位のご迷惑をお掛けしたのです、せめてもの謝罪です。さてと・・・。」


 デカルトはロラーシュに気付かれない様にこっそりと近づき、物陰に潜んだ。因みにロラーシュがまだ人語を理解しないフリを続けているのでデカルトは『完全翻訳』で話しかける事にした。


ロラーシュ「誰だ・・・、誰がちょこまかと動いているんだ。コソコソせずに出て来い・・・。」

デカルト「分かりました、ただ随分と長いおやつタイムですね。1週間も王宮に出勤できない程美味しい鉱石だった用ですね、大臣。」

ロラーシュ「その声は・・・。こ・・・、国王様!!何故ここに?!」

デカルト「ネフェテルサ王国警察の林田警部からご連絡を頂きましてね、お知り合いのお店の方が発注されたミスリル鉱石が全く届かないと聞いたので調査に来たのです。溜まっている書類を私に押し付けて何をしているのですか、それに週休以外に休むなら必ず届け出を出すようにと常日頃から言っているでしょう。今回は無断欠勤を含めた罰を与える必要があるみたいですね、分かったら早く人化してゴブリンさん達に謝って下さい。」


 デカルトがロラーシュを連れ採掘場の外に向かうと、外にはブロキントを含むゴブリン達が集合していた。国王が非は自分達にあると言うと、せめてもの謝罪にと人語を全く話せないゴブリン達に『完全翻訳』を『付与』して皆と話せるようにした。ただ何故かブロキントの部下達も関西弁を話していた。


ゴブリン「ど・・・、どういう事や?何でか分からんけどいきなり皆の言葉が分かるようになったで。」

デカルト「私からの謝罪を受け取って頂けますか?」

ゴブリン「勿論です。国王はん、ほんまおおきに。おおきにです!!」

デカルト「さてロラーシュ大臣・・・、謝罪を。」

ロラーシュ「皆さんの仕事を奪った上に財源となるミスリル鉱石を独り占めし、ご迷惑をお掛けした事をお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした。」


 デカルトはゴブリン達に迷惑を掛けた1週間分のお給料は王宮の経費から色を付けて支払わせて貰うと約束すると、その場を後にして王宮にその旨を連絡した。その時、滞ってしまっている受注リストのコピーをブロキントから受け取ったので、王宮が保有するミスリル鉱石を各所に送るようにとも伝えた。

 そして今回の事態発生の連絡をくれた林田に急ぎ電話をかけた。


デカルト「もしもしのっちー、待たせて申し訳ない。どうやらメタルリザードである俺の側近がおやつとして独り占めしちゃってたみたいなんだよ。だから代わりとして王宮にあるミスリル鉱石を持ってい・・・、送るから許してくれ。」


 電話を切るとデカルトは急いで王宮に戻り珠洲田からの受注書(コピー)をこっそり抜き出すと、必要分のミスリル鉱石を倉庫から取り出してネフェテルサ王国に向かいルンルン気分で飛び立って行った。因みに大臣は半年の減給の罰を受ける事になっている。


デカルト「よし、久々に遊びに行ってのっちを驚かせてやろうっと。」


-124 大将の秘密の工房-


 デカルトが王宮からネフェテルサ王国に向かって飛び立った頃、ロラーシュ大臣によって一時的にだが鉱石がすっからかんになった採掘場を見てゴブリンキングのリーダー・ブロキントは一言呟いた。


ブロキント「見た感じ美味そうに食うてたけど、そんなに美味いもんなんかいな・・・。言うてしもたらあれやけど石やで。」


 味を一応想像したけど全くもって美味しいイメージが湧かない。

 その時、たまたま近くを通った屋台から聞こえたチャルメラの音を聞き、魔法で誘われたかの様に腹をさすりながら食べに行った。


ブロキント「大将ー、1杯くれまっか。」

大将「あいよ、椅子出すからちょっと待っててくれな。」


 大将は軽トラを改造した屋台から小さな椅子を数脚持ち出すとその一つに座るように誘った。ブロキントがそれに座るとスープの入った寸胴に火にかけ徐々に熱を加えていく。

 丁寧に血を拭き取った豚骨と鶏ガラから丹念に煮だしたスープが香りだし食欲を湧かせる。


大将「兄ちゃん、麺の硬さは?」

ブロキント「粉落としで頼んま。」


 採掘場で働くゴブリン達は皆歯応えのある硬い麺を好んだ、特にブロキントは茹でた後も生麺の香りがする粉落としを好んだ。2~10秒ほどで湯から上げるので名前の通り表面の打粉を落とすだけの茹で方。

濃い目の醤油ベースのタレを丼の底に入れ、香りの迸るスープを注いだ後茹でたての麺を湯切りして入れる。具材はもやしにシナチク、ナルト、そして豚肩ロースを丸めて作った特製の大きな叉焼。この叉焼は先程の醤油ダレで煮込み味を染み込ませている。


大将「お待ちどうさん、待ってもらったから叉焼おまけしてあるよ。」

ブロキント「それはおおきに、頂きますぅ。」


 普段は2枚入れている叉焼を3枚にしてくれている美味そうな拉麺を前に、リーダーが割り箸を割り感動の1口目に入ろうとすると腹を空かせた部下たちが続々と屋台の席を埋めていった。ブロキントはおまけ分の大きな叉焼を急いで口に入れた、トロトロの食感と肉汁が舌を楽しませる。


大将「ほらよ、絶対に合うぞ。」


 大将が笑顔で白く光る銀シャリを渡すとブロキントは一気にがっついた。素直に合う、本当に合う。因みに炊飯器は太陽光発電で動く様にし、降水時でも大丈夫な様にバッテリーに繋いでいる。


ゴブリン「リーダー早いでんな、ずるいですわ。大将、わいらにも一つ。」

大将「あいよ、ちょっと待っててな。」


 大将は数人分の拉麺を急いで作り始めた、スープの香りが辺りを包み周りの村の住民までも誘い始めた。

 1杯を完食したブロキントの表情は恍惚と輝いていた。


ブロキント「大将、またこの辺りに来るの?」

大将「そうだな・・・、風の吹くまま気の向くまま。お天道様に誘われるがままに行くだけだから分かんねぇな・・・。」


 そう言いながら大将は追加の注文に対応し始めた。

 全ての注文分を作り終えると足早に片づけを終え、次の日の準備のために誰も知らない工房へと帰って行った。

 一方その頃、ミスリル鉱石を待つ林田達は先程の飲食店でデザートのパフェを楽しんでいた。渚はホイップクリームとイチゴがたっぷりのパフェを口いっぱいに頬張り、笑顔で楽しんでいた。


渚「うーん・・・、ここのパフェ大好きー。苺いっぱーい。」


 修理を待つエボⅢの持ち主は大好物の苺がいっぱい入ったパフェに感動している。すると調理場の奥からただいまという男の声がし、その後この場に相応しくない香りがしてきた。渚が鼻をクンクンさせる。


渚「な・・・、何か拉麺の良い匂いしない?」

店主「すみません・・・、兄が奥で豚骨と鶏ガラからスープを煮だしてまして。」


-125 兄弟の頑固な拘りと料理-


 渚はふと疑問に思ったことを店主にぶつけてみた、店内が不自然な位にスープの匂いで満たされていたからだ。


渚「お店で出されるんですか?」

店主「いえ、軽トラを改造した屋台で各国を放浪して売っているんです。」


 ふと窓の外を見ると木製の屋根と煙突が付いた軽トラがあった、ぶら下がっている赤提灯に「拉麺」と書かれている。


店主「屋台で販売する事が兄の拘りみたいでして、1箇所に留まりたくないそうなんです。」

渚「お2人で拉麺屋をするおつもりは無いんですか?」

店主「自分は自分で洋食の修業をしてきましたので大切にしたいんです。」

渚「そうですか・・・。」


 匂いの素となっていたスープの入った寸胴鍋を軽トラに乗せると兄らしき男性はまた何処かへと行ってしまった。

 お店では再びハンバーグの香りがし始めた。店主は何故か「営業中」の札を「準備中」に返すと渚たち以外にお客がいない店内で店主が珈琲を淹れ始めた、自分用だろうか。ただ不自然なのは他にもカップが数個。

 全てのカップに珈琲を淹れると渚たちが座るテーブルへと持って来た。


店主「実はそろそろ休憩にしようかと思っていたんです。こちらの珈琲は私からご馳走させて頂きますので良かったらちょっと昔話にお付き合い願えますか?」


 そう言うと淹れてきた珈琲を配膳し、他のテーブルから持って来た椅子に座り語りだした。


店主「私達兄弟は学生の頃に祖父母を亡くしましてね。当時2人はずっと、昼間に小さな町工場を経営しながら夜に拉麵屋台をやっていたんです。私も兄もたまに食べていた2人の拉麺が大好きだったんですよ。ただ私も含め先祖代々そうなのですが、バーサーカーが故の頑固さで休みなくずっと働いていたが故に祖父は過労で倒れてそのまま・・・。

あ、バーサーカーと言っても我々は全く好戦的ではないのでご安心を。

実は私達の両親は私達が小学生の頃に離婚しましてね、2人共父に引き取られたんです。ただ父は務めていた会社が倒産してから全く働くこと無く酒と煙草、そしてギャンブルばかりしていました。

 そんな中、祖母は私達に苦労をさせまいと1人になってもずっと町工場と屋台を続けていました。そんな祖母も祖父の後を追う様に急病に倒れ亡くなりました。

 せめてもの感謝の気持ちとして2人の工場と味を残していきたいと兄が父に町工場を存続する様に説得して本人は拉麺屋台を引き継いだんです。だから今でも屋台に拘っているんですよ。実はあの軽トラは祖父の物をそのまま使っているんですよ、正直壊れるのも時間の問題かも知れませんが兄は全財産を払ってでも修理して使うつもりだそうです。

私は私でヨーロッパや日本国内のお店で修業した身、いつかは兄が大切にしているスープの味を活かした料理を作れたらなと思っていましてスープを作る時に厨房を貸すことを条件にスープ作りを手伝わせて貰っているんです。

そうだ、良かったら味見をお願いできませんか?今度新メニューにしようかと思っているんですが兄のスープを活かした料理の試作がありまして、勿論お代は結構ですので。」


 渚と林田、そしてクォーツは勿論了承した。話を聞いておいて流石に拒否は出来ない。

 店主が奥の調理場に向かうと先程のスープの匂いが再び漂い出した、暫くするとその匂いに店主がアレンジで入れたバターの香りが加わったので満腹のはずの渚やクォーツの食欲が湧いてくる。

 奥から店主が穏やかな笑顔で出来立ての料理を長方形のお盆に乗せて持って来た、店主のアレンジによりバターと生クリームを加え洋風に仕上げられた家族のスープ、そして醤油ダレで出来たスープパスタ。上には粉チーズとベーコンに変わり小さく切った兄の叉焼の端の部分を乗せている、叉焼を使うのは兄の提案で兄弟が作った料理となっていた。


店主「どうぞ、お召し上がり下さい。名付けて「頑固な我ら家族が作ったスープパスタ」でございます。」


 渚はスプーンでスープを掬い1口啜る、口に優しいスープの味がふんわりと広がった。スプーンでもう1度スープを掬うと、その上でパスタをフォークにくるくると巻き付けて食べた。アルデンテに茹でられたスープがぴったりで美味しかった。

 トッピングとして一際目立っていた兄の叉焼を口にする、見た目だけではなく味わいの面でもアクセントとなり皆の舌を楽しませた。


渚「店主・・・、美味しいです。是非とも新メニューとして販売してください。」

クォーツ「「家族が作った」パスタか・・・、良いな。私も定期的に通わせてもらおう。」

林田「それで店主・・・、このお料理のお値段はおいくらのご予定で?」

店主「そうですね・・・、私1人で決めるのは難しいかと。思い出がいっぱいなので。」


-126 飲食店に拘る理由-


 店主が思い出に浸っていると勢いよく出入口のドアが開いた、ドアを開けたのは愛車の修理を待つ渚の娘・光だ。


店主「ごめん光ちゃん、今「準備中」というか休憩してたんだよ。」

光「こちらこそごめんなさい、レンカルドさん。車屋の珠洲田さんに母の場所を聞いたらここだって聞きまして。」


 光は懐からハンカチを出して汗を拭った、息を整えようとするとレンカルドがお冷を渡した。


レンカルド「ほら、これ飲んで。それにしても光ちゃんのお母様だったんですね、何となく雰囲気が似ていた訳だ。」

渚「こちらこそ娘がお世話になっています。」

レンカルド「いえいえ、何を仰いますやら。光ちゃんはここの常連になってくれましてね、いつも美味しそうに私の料理を食べてくれるんです。」


 料理と聞いて渚は先程の昔話について疑問に思っていた事をレンカルド本人にぶつけてみた、不自然すぎる事が一点。


渚「そう言えば先程ヨーロッパや日本の洋食屋で修業をしたと仰っていましたが、どうやってそう言った国々に?」

レンカルド「私が18歳になったばかりの頃です。実は兄が祖父の拉麺屋台の修繕とスープの再現に勤しんでいた傍らで、私は不治の病に倒れ入院先の病院で意識と霊魂の一部のみが異世界に飛ばされていたんです。そして現地の料理人見習の方に一時的に憑依する形でその方と一緒に洋食の修業をし、終わった頃に私本人として復活致しました。意識と霊魂の一部が自分自身の体に戻ったのですが、異世界で学んだ技能などははっきりと覚えていたのでこの経験を是非活かそうとこの飲食店を始めました。」

光「初めて食べた時に何処か懐かしさを感じたから常連になっちゃったって訳。」

男性「あのー・・・、とても良い話をお聞かせ頂いた後に恐縮なのですが、私はずっとほったらかしですか?」


 光は後ろに振り返り、飲食店に来た目的等をやっと思い出した。レンカルドの話につい聞き入ってしまっていたのだ。

 焦りの表情を見せながら一緒に連れてきたその男性を急いで招き入れた。


光「あ、ごめんなさい。珠洲田さんの所に行ったらこの人がいてね、一緒に連れて行ってくれって頼まれたんだ。」

デカルト「来ちゃったー。」

林田「デカ・・・、ダンラルタ国王様。どうしてこちらに?」


 周囲に他の人がいるので林田はいつも通り名前で呼びかけたが急いで言い直した。


デカルト「のっちー、良いじゃんか。別に隠している訳じゃないんだからさ。」

林田「でもなデカルト、一国の王が構わないのか?」

デカルト「俺が良いって言っているのだから良いの。」

光「それに仲良しだって皆知ってましたよ。」


 呆気にとられる林田とデカルト。


デカルト「折角こっちの王宮から保存していたミスリル鉱石を持って来たのに。」

光「それを母に伝えに来たんです。」

林田「そうですか・・・。悪かったな、デカルト。ありがとうよ。」

渚「国王様自ら私の為に・・・、恐れ入ります。」

デカルト「いえいえ、丁度友人に会いたかったので構いませんよ。そう言えば・・・。」


 デカルトは店内に漂うスープの良い匂いを嗅ぎ取り、腹の虫を鳴らした。渚たちが食べていた新作のスープパスタを見て食欲が湧いて来たらしい。


デカルト「拉麺のスープを使ったパスタですか、珍しいですね。実は昼食がまだだったんです、私もお一つ頂けませんか?」

レンカルド「かしこまりました、急いでお作り致します。」


 調理場に急ぐレンカルドを見送ると、デカルトは林田の隣の席に座りお冷で喉を潤した。

 そして話題は渚のとエボⅢの事に。


デカルト「そう言えば光さんのお母さんでしたか、自己紹介が遅れて申し訳ございません。私はデカルト、ダンラルタ王国の国王を一応やってるただのコッカトリスです。」

渚「これはこれは国王様、ご丁寧にありがとうございます。私は赤江 渚、異世界から転生した後ダンラルタ王国から今日この国に引っ越して来た者です。」


-127 渚の拘り-


 林田は友人であるデカルトに唐突なお願いをした。ただ相手は隣国の王、表情はおそるおそるといった感じだ。


林田「デカルト、すまん・・・。少しお願いがあるんだがいいか?」

デカルト「ん?どうした、のっち。」

林田「ははは・・・、もう良いか。この新メニューの値段を決めてくれないか?」


 店主のレンカルドが決めかねているので国王の権限で決めてしまって欲しいとの事なのだ。


デカルト「俺は良いけど・・・。店主さん・・・、宜しいのですか?かなり拘って作っておられるとお聞きしましたが。」

レンカルド「何を仰いますやら。1国の王様にお決め頂けるとはこの上ない幸せ、どうぞ宜しくお願い致します。」


 価格を決めるヒントとして1つ質問してみる。


デカルト「確か・・・、お兄さんの作られる拉麺のスープを使っておられるのですよね?お兄さんのお名前をお伺い出来ませんか?」

レンカルド「兄・・・、ですか?シューゴと申しますが。」


 メニュー表のパスタの欄を改めて見直しながら考え始めた。


デカルト「パスタ料理の平均価格から見てそうですね・・・、「シューゴさん」だから1500円でいかがでしょうか?」

レンカルド「あ・・・、ありがとうございます。光栄でございます。」


 レンカルドが涙ながらに感謝を伝える横でデカルトが話題を変えようと「拘り」について聞いてみる事にしてみた。


デカルト「そう言えば他の皆さんは何か拘っておられる事はありませんか?結構拘っておられる品を食べたので是非と思いまして。」

渚「そうですね・・・、うちは「焼きそば」でしょうか。光、覚えているかい?あんたも女子高生だった時から好きだったインスタントの焼きそばに豚キムチを入れたやつ。」

光「あれね、いつ作っても麺がやわやわになっちゃうやつ。いつもウインナーを入れてくれてたのを覚えてるよ。母さんの影響で辛い物が好きになったきっかけだったな。」


 かなり腹に来ているはずの林田が唾を飲み込みながら渚に尋ねた、この世界の住民は皆美味い物に目が無い。


林田「美味そうですね、宜しければ作って頂けませんか?」

渚「私は構いませんが、店主さん良いんですか?」

レンカルド「大丈夫ですよ、魔力保冷庫の中にある食材も良かったらお使いください。」

渚「恩に切ります。んっと・・・、韮と豚の小間切れ肉、それとキムチはあるから後は「あれ」と「あれ」と「あれ」がいるかな。」

レンカルド「「あれ」ばっかりですね。」


 渚は必要な物をメモ書きし、光に渡してお使いを頼んだ。光は『瞬間移動』でゲオルの店に行き、必要な物を買い揃えて来た。


光「母さん、これで良い?」

渚「助かるよ、これで作れそうだ。」


 渚は光から材料を受け取ると、厨房で調理をし始めた。娘の光も助手に入り懐かしの味を再現しながら学ぶことにした。

 まずはフライパンに油を敷いて熱していく。


渚「まずは豚の小間切れと韮をキムチと一緒に炒めていくんだ、豚肉は完全に火を通さなきゃだけど後からまた炒めなおすから今はその心配はいらないよ。」


 豚キムチを一旦皿にあけ、「インスタントの焼きそば」の袋に記載されている通りフライパンにお湯を入れてゆっくりと沸騰させると麺と「ウインナー」を投入し麺にお湯を染み込ませ、水気が無くなる寸前に付属のソースを入れて炒めていく。


光「これこれ、このやわやわが良いのよね。ウインナーも良い具合にボイルになって。」

渚「ふふふ。さぁ、この「辣油」を絡めて仕上げていくよ。」


 ソース等が絡んだ焼きそばに先程の豚キムチを入れ一気に炒めていく。ウインナーと一緒に皿に盛りつけ、最後に付属の青のりと「辛子マヨネーズ」をかけて出来上がり。


-128 新メニューと渚の驚愕-


 とにかく辛く仕上げたこの焼きそば、光が渚の遺伝で辛い物好きになるのも納得がいく。


渚「ウチは昔、決して裕福とは言えなかったんだがね。せめて夕飯は豪華にしようとインスタントの焼きそばに残った豚キムチとウインナーを入れて、少しだけでも豪華に見せる様にしてたんだ。」


 当初はまだ幼少だった光用に普通のソース味の焼きそばを作っていたのだが、渚自身の分として作っていたこの「辛い焼きそば」に興味を持った小さな光に恐る恐る少しだけ与えるとハマってしまったらしくそれから「何か食べたいものは?」と聞かれるとこの焼きそばをねだる程になっていた。

 それから渚はこの焼きそばを酒の肴に、まだ未成年だった光はご飯のお供にしてよく食べていたのだ。

 光はこの焼きそばの作り方を聞くことが出来ないまま渚が亡く・・・、いや渚と生き別れになってしまったので代用品としてあのツナマヨをよく食べていたんだそうだ。

 その事を聞き、林田が号泣していた。


林田「泣かせてくれるじゃないですか・・・、やはり私は罪深き男・・・。」

渚「林田ちゃん、何を泣いているんだい。もう、伸びちまうから早く食べちまおうよ。」

光「懐かしの味、頂きます!!」


 辛子マヨネーズを麺に絡ませ一気に啜ると辛さがガツンとやって来て食欲をそそった、豚肉と一緒に食べると少し甘みのある脂が麺にピッタリだ。白米や酒が進む。

 ソースの絡んだウインナーを食べるとそれも白米と酒に合うので最高の組み合わせだ。皆一気に完食してしまいそうになった時、店の出入口が開きある男性が降りてきた。レンカルドの兄で拉麺屋台店主、シューゴだ。少し落ち込んでいるっぽいが。


レンカルド「兄さん、どうした?」

シューゴ「レンカルド、実は相談が2つあって。その内の1つなんだが俺も新メニューを考えようと思っててな・・・。ん?この香りは?」

レンカルド「あそこにいる渚さんが拘りの、そして娘の光さんとの思い出の味として作ってくれた焼きそばだよ。良かったら食べてみる?」


 レンカルドがシューゴに自分の皿を差し出すと香りに料理の誘われ1口、決して豪華だとは言えないその料理の味に刺激され感動した兄は渚にお願いした。


シューゴ「渚・・・、さんでしたっけ?このお料理のレシピをお教え願えますか?」

渚「何を仰っているんですか、決して料理なんて呼べない代物ですのに。」

シューゴ「いえいえ、この刺激的な味に感動しました。新メニューに加えさせて下さい!!」

渚「でもこれ・・・、インスタントですよ?」

シューゴ「なら私が使う麺や材料に合うソースを探します、是非お願い致します!!」


 渚はシューゴにこの焼きそばの作り方を徹底的にたたき込んだ、拉麵屋台の店主は丹念にメモして必死に再現しようとした。

 自らのアレンジを加えながら何度も何度も練習する、そしてやっと納得のいく1皿が出来上がった。


シューゴ「この刺激とこの辛さ、いかがでしょうか。」

渚「これこれ、いいじゃないですか。」


 努力が報われたシューゴは感動で泣きそうになっている。

 そんな中、思い出したかのようにもう1つの相談を弟が切り出した。


レンカルド「そう言えばもう1つの相談は?」

シューゴ「そうだそうだ、こっちが重要だったんだ。実は最近売り上げが鰻登りでな。」

レンカルド「それは羨ましい悩みだな。」

シューゴ「まぁ、それは置いといて。実は屋台をもう1台増やすか、そろそろお店を出そうかと考えていたんだ。」


 その悩みを聞いた光はシューゴに尋ねた。


光「シューゴさん・・・、冒険者ギルドに聞いては見ましたか?」

シューゴ「これから募集を掛けようと思っているんです、ただその前に弟に相談しようかと。」


 その横で渚の携帯が鳴ったので、本人は少し離れ電話に出た。こちらに聞こえてくる渚の声を聞くにどうやら通話の相手は勤務先の八百屋の店主らしい。


渚「もしもし赤江です、ただ今日私非版なんですけど。うん・・・、うん・・・。えっ?!大将、今の話マジなの?!うん・・・、分かった・・・。」


-129 渚の転職-


 電話を切った渚は震えながらシューゴに尋ねた。


渚「シュ・・・、シューゴさん・・・。拉麵屋台って私にも出来ますかね?」

シューゴ「あの・・・、どうされました?」

渚「どうしましょう・・・。今の電話勤め先の八百屋さんの大将なんですがね、自分達ももう歳だから店を畳むって言ってるんです。」


 急な知らせに動揺を隠せない渚はあからさまに震えていた。八百屋の店主によると一応渚の次の就職先は探すとの事なのだが、念の為に自身でも探してみて欲しいと通達してきたのだ。

 たった今、新メニューの開発に協力してもらった恩義がある。それに2台目の拉麺屋台に乗るのが女性だと話題と良い宣伝になりそうだ。


シューゴ「渚さん、免許証はお持ちですか?」

渚「勿論、こちらです。」


 渚は日本で取得した運転免許証を見せた、今更だが日本語はこの世界の言葉に訳されて見えている。

 シューゴは渡された免許証をしっかりと確認し、返却した。


シューゴ「なるほど、ウチの屋台のトラックはMTなんだけど大丈夫ですか?何ならATをご用意致しますが。」

渚「大丈夫です、日常的にMTに乗って・・・。」


 その時外から聞き覚えのあるけたたましい排気音がし始め、渚の言葉をかき消してしまった。


シューゴ「な・・・。何ですか、この音は?」

渚「えっと・・・、愛車と言う名の証拠品が来ました・・・。」


 窓の外を見ると、駐車場に洗車を終えピカピカになった真紅のエボⅢが爆音と共に到着した。車内から珠洲田が手を振っている。

 渚はシューゴの手を握り、この世界の仕様になった愛車を迎えに行った。

 自然の流れでだが、渚は思わずシューゴの手を握ってしまった事に気付くのに少し時間が掛かった。その上自分で気づいた訳では無い。


珠洲田「なっちょ・・・、いつの間にこの世界で彼氏が出来たんだ?」

渚「えっ・・・?あっ、ごめんなさい。本当にごめんなさい。」


 渚は慌てて手を放し、シューゴに何度も何度も謝った。


シューゴ「構いませんよ・・・、まだ独身ですし・・・。」

珠洲田「あれ?よく見たら拉麵屋台の店主さんじゃないですか、どうしてなっちょと一緒にいるんですか?」

渚「あの・・・、ここはこの人の・・・。」

シューゴ「今日からウチの屋台で働いてもらう事になったんです。」


 渚は震えながらゆっくりとシューゴの方に振り向きじっと目を見た。


渚「と・・・、いう事は?」

シューゴ「勿論採用です、こんなかっこいい車に乗っている女性の方とお仕事が出来るなんて光栄な事ですから。」


 渚は涙ながらに再びシューゴの顔を見た。


渚「貴方は神様ですか・・・?これ以上に嬉しい事はありません、ありがとうございます。命の恩人です。」

シューゴ「ひ、一先ずスープ等の説明をしますからこちらへ。」


 飲食店の厨房へと2人に向かって珠洲田が叫んだ。


珠洲田「おーい、車はどうするんだよ!!」

渚「あ、忘れてた。スーさん、ありがとね。早速駐車しないと。」


 車内のクリスタルを指差し説明する。


珠洲田「こいつに向かってちょっとだけ魔力を流すんだ、そしたらエンジンがつくからな。それ以外は日本のエボⅢと変わらんから。」

渚「よし・・・。」


-130 新しい仕事の為-


 タンクに珠洲田がある程度魔力を貯めておいてくれたので、渚はごく少量の魔力を流したのみでエンジンを起動する事が出来た。先程も聞いたのだが日本にいた頃と全く変わらないけたたましい排気音、渚の頬には感動の涙が流れていた。


渚「懐かしいね・・・、またコイツで走れるんだね。」

シューゴ「大きくてかっこいいですね、これが乗用車ってやつですか?」


 シューゴもまた「乗用車は貴族の乗り物」と言う考えの持ち主で、すぐ目の前で見るのは人生初めてだそうだ。因みに本人の免許は林田警部の妻・ドワーフのネスタと同様に「軽トラ限定」となっていて、正直今の屋台のサイズはギリギリらしい。


渚「これは・・・、スポーツカーって言った方が良いのかもしれませんね・・・。」


 シューゴは初めて見たエボⅢをちらちらと見ながらも気を取り直し、屋台を追加する上で確認する事が1点あったので説明をしながら確認した。


シューゴ「渚さん、ギルドカードをお見せして頂けますか?」


 渚は取得したばかりのギルドカードを見せた。


シューゴ「これは冒険者ギルドのカードですね。実は・・・、屋台を増やす上でまず考慮しないといけない事が一点、この国では「屋台」も「個人事業主・商店」の扱いになります。今回の様に2台目と言う名の「支店」の場合でもです。普通に企業やお店に雇われて働く場合は冒険者ギルドへの登録だけで十分ですが、今回の場合は前者なので「商人兼商業者ギルド」に登録する必要があるんです。渚さんはこちらのカードはお持ちでは無いですか?」


 シューゴは商人兼商業者ギルドのギルドカードを見せながら聞いた。勿論初見なので首を横に振る渚、それにまだ必要な物や登録事項があった。いずれにせよギルドカードは偽造不可能なので必須となる。ただ渚とたまたまだがこの場に来たばかりの光は全くもってチンプンカンプンだった。


シューゴ「そして最も重要なのは車です、ギルドで商用登録した上で屋台として造られた軽トラ等を購入する必要があるんです。」

渚「光、知ってたか?」

光「うん・・・、全部初耳。」


 取り敢えずだが屋台をするのだから車を用意する必要がある事は分かった、ただたった今職を失いシューゴと屋台をする事になった渚には正直資金が無かった。

 渚は隣にいた光に、小声で毎日欠かさず大盛りの夕飯を作る事を条件に資金を貸してほしいと相談した。


光「別に私は良いけど他に屋台を用意する方法があるんじゃないの?」


 渚は腕組をし、熟考した。まるで有名なあの「可愛い小坊主」の様に。何故か周辺にいた数人の脳内に木魚と鈴(りん)の音が響く。


渚「あの・・・、現存する車を屋台に改造するのは駄目ですか?」

シューゴ「勿論、商用として登録した上でですが・・・。まさか・・・。」


 シューゴは勘が働いたが、渚が考えている事を何故か何となくしたくなかったので光の方向をチラ見した。何かを察した光は渚にかなりキツめのツッコミを入れた。


光「母さん!!それだけはダメ!!」

渚「な・・・、何を言ってんだいあんた・・・。」

光「エボⅢだけはダメ!!」


 その言葉を聞いた渚は数秒程その場に立ち尽くし、それからシューゴの方向を見た。


シューゴ「やはり・・・、そうだったんですか?」


 それからまた無言で数秒程が経過し、渚は顔を赤らめた。


渚「あんたやだよぉ、光ったら。流石にエボⅢを屋台にしちまったら誰も食べに来ないだろうが、あれだよ、あたしが普段使い用に持ってた軽バンがあっただろ。」


 光は渚のその言葉に顔を赤らめつつ、日本から渚が指定した軽バンをこの場に『転送』した。赤鬼だとバレない様にするための言わば「カモフラージュ」の車、これだったら軽トラと変わらないので問題ないだろう。

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