3. 異世界ほのぼの日記 91~100(番外編)


-91 空からの来客-


 宴が続く中、月の輝く星空から大声が響き一同を騒然とさせた。


声「この私を差し置いて、皆さんだけでお楽しみとは何事ですか?」

光「な・・・、何?!」


 全員が飲食をやめ空を見上げた、見覚えのある1頭のコッカトリスが3人のホークマンを連れて地上へとゆっくりと舞い降りた。背には軽装の男性が2人乗っている。林田が逃げる様にして家の中へと駆けこむ。


林田「ま・・・、まずい・・・。誘うの忘れていた。」


 舞い降りたコッカトリスが背に乗っていた2人を降ろし人の姿へと変わる、ダンラルタ国王であるデカルトだ。横にはホークマンである甥っ子と姪っ子が3人共揃ってお出まししている。姪っ子が背から降りた男性と軽くキスを交わす。甥っ子達はウェアウルフと取り皿を持ち、焼肉を取りに行こうとしていた。


デカルト「2人も乗せていたから疲れましたよ、と言うかのっちはどこですか?」

ネスタ「のっち・・・?ああ、ウチの旦那ですね。さっき家の方に走って行きましたよ。」

デカルト「奥さん、かしこまらないで下さい。我々はもう友達ではないですか。」

林田「そう仰って下さると助かります!!」

デカルト「またそうやってかしこまる、やめろと言っただろのっちー。」

林田「人前だから、それにのっちはダメだって。」


 2人のやり取りを数人の女性がヒヤヒヤしながら聞いていた、1国の王に何たる態度を取っているのだと言わんばかりに。その内の1人であるドーラが質問した。


ドーラ「お義父さんと国王様、いつの間にそんな関係に?」

デカルト「これはこれはいつぞやの受付嬢さんではありませんか?まさかのっちの娘さんだったとはね。」

林田「たった今俺の息子と結婚したんだよ、だから義理の娘ね。」


 横から聞き覚えのある女性が口の中で黒毛和牛をモグモグさせながら声を挟んだ。その声には光も懐かしさを感じている。


女性「じゃあ私達と一緒で新婚さんって訳だ。」


 声の正体は先程キスを交わした女性ホークマン・キェルダだ。


光「キェルダ!!久しぶりじゃない!!」

キェルダ「ついさっき新婚旅行から帰って来たのよ。」

光「えらく長めの新婚旅行だったのね。」

キェルダ「あんたは暫く仕事を休める位稼いだみたいじゃない。」

光「流石、言ってくれるじゃん。」

2人「あはは・・・。」


 2人が談笑している中、バルタンの兄・ウェインとホークマンの弟・マックがビール片手に肉が焼けるのを待っている。隣にはキェルダの夫となったニコフも一緒にいる。


マック「こんな黒毛和牛の塊なんてなかなか拝めないぞ。」

ウェイン「焼き上がりが楽しみだな、匂いだけでビールが進むぜ。」

御厨「ほらニコフ、俺からの新婚祝いだ。たんと食ってくれ。」

ニコフ「ありがとうアーク・ジェネラル、頂きます。」

光「板長さん、かっこいい事言ってるけどそのお肉を買ったのはあくまでこの私なんですからね。」

御厨「こりゃ1本取られましたな、ははは・・・。」


 その横で結愛とネスタがそれぞれバラ肉を数か所外してヤンチに渡した。2人共呑みながらなのに見事な解体作業だ。


結愛「豊かな脂が美味なバラ肉に参りましょうか、まずは前バラ(肩バラ)です。私や光さんの生まれた世界のある地域で人気のお肉です。」


 前バラは広島の焼き肉屋で「コウネ」と言う名前で大抵のお客さんが注文する人気部位だ。


ネスタ「次は三角バラです、霜降りが綺麗で脂に甘みのある部位です。」


 ヤンチが焼肉の形に整形していき御厨が網の上で焼いていく、豊かな脂がお目見えし食欲をそそった。1口食べた3人はビールと白米を勢いよき口に流し込んだ。


-92 飽き対策-


 ずっと焼肉を食べて呑んでばかりいる者達を見て解体をずっと行っていたネスタがぼそっと呟いた。


ネスタ「皆ずっとバクバク食べているけど肉ばっかりで飽きない物かね。」


 その一言を待っていたかの様に結愛が動きを見せた。丁度いいタイミングで林田家の裏庭にやって来た羽田の方を向いて頷いた。


結愛「フフフ・・・、そろそろ誰かがそう言うと思ってましたよ。師匠、私に任せて頂けますか?羽田さん、お願いします!!」

羽田「貝塚社長から光さんへのお礼と皆様へのプレゼントです。」


 羽田は氷の詰まった発泡スチロールをひっくり返し中身を木製のまな板へと取り出した、脂の乗りが十分で一番うまい状態であがった鰤だ。ネフェテルサでは特殊な海水の海に囲まれている為に季節や時期を問わず年中新鮮で美味な鰤が採れる。ただ、バルファイ王国から研究に来たどの海洋学者も理由は分からないと言う。


羽田「今朝ネフェテルサ王国沿岸で採れた鰤、運よく一番の上物と出会えましたのでお持ちしました。社長・・・、それで・・・。」


 羽田がこそこそと結愛に細長い紙を渡す、おそらく領収証だろう。金額を見て結愛は目が真っ白になり、そのままの姿で後ろに倒れてしまった。


羽田「社長、大丈夫ですか?!」

結愛「こ・・・、こんなに高いの・・・?」


 その様子を見たネスタが結愛の持つ領収証を見てみた。


ネスタ「ありゃ、これはこれはかなりの上物を掴んだ様だね。よっぽど美味い鰤なのかね。」

御厨「それでは僭越ながら私が捌かせて頂きましょう。」


 御厨が包丁を握り羽田が持って来た上物を捌こうとすると羽田が声を掛け、同行してきた男性達を呼んだ。


羽田「すみません板長、少々お待ち頂けますか?こちらですよ。」

林田「き・・・、君は・・・。」

デカルト「貴方方は・・・。」


 林田とデカルトが驚くのも無理は無い、そこにいたのは事件解決の為林田に協力した梶岡浩章とガヒュー達巨獣人族だったからだ。


ガヒュー「デカルト国王にお礼がしたくて来ちゃいました、俺と梶岡さんでこの鰤を捌こうと思います。あの時のハーブティーとフルーツタルトは本当に美味しかった。」

梶岡「俺も、林田警部には冤罪にして貰ったり昼飯を食わせて貰ったりと恩義があります。是非お礼をさせて下さい。」

林田「梶岡君、君の食べた丼はこちらの板前さんが特製の物だ。」

ヤンチ「お口に合いましたかい?」

梶岡「あの丼は実に美味かった、正直本当に泣けました。」


 ガヒューが御厨から包丁を受け取ると頭を外して内臓を取り出す。手早く3枚卸しにするとカマの部分を切り取り、小さく切り分けた中骨や腹骨と一緒に梶岡に渡した。


梶岡「アラは鰤大根にします、俺と羽田さんの得意料理です。大根は自分で育てた物を持ってきました。出汁も羽田さんに味見してもらいながら作りました。」

結愛「私と兄の幼少の頃の思い出のあの味ですね。」

羽田「正直、悔しいですが私の物より美味いです。」


 2人が共同で作った出汁にカマやアラを入れると、香りの良い生姜と共に煮込んでいく。ふんわりと醤油の香りが辺りに広がる。血を丁寧に拭き取りレモン汁をかけているので生臭さは一切感じない。

 梶岡の横でガヒューが鰤の腹の身は和皿の上で身の透き通った刺身に、背の身は厚めの切り身にしていった。網の上で照り焼きと和風のステーキにしていく。


ガヒュー・梶岡「どうぞ、お召し上がり下さい。私達の感謝の品々です。」


 最初に刺身に箸をつける、醤油には薬味として山葵と酢橘を添えさっぱりと楽しめるように工夫している。デカルトは刺身を1切れ食べて日本酒を1口、そして頬には涙が。


デカルト「美味い、美味すぎますよ。私には勿体ない位だ。」


-93 巨獣人族達の未来-


 刺身をたった1口食べただけで号泣するデカルトを見てガヒューはもらい泣きをしてしまいそうになっていた。目の前で1国の王が自分の料理で涙しているのだ、これほど嬉しい事は無い・・・、はずだった。


マック「叔父さんは相変わらずだな、何でも美味い美味いと言ってすぐ泣くんだから。」

ウェイン「特に日本酒を呑んでる時とかな。」


 ガヒューの涙は一気に引いてしまった、目の前にいる人化した上級鳥魔獣は酒を呑むと涙もろくなり、味音痴になるのだろうか。


キェルダ「ガヒューさん、ごめんなさいね。古来からなのですがコッカトリスは情に厚い者が多いんですよ、叔父さんはその代表格でして。」


 それを聞いたデカルトが重めの口調で反論した。よっぽど刺身が気に入ったのだろうか。


デカルト「愚か者たちよ・・・、何を言っているのだ。そういう事は1口食ってから言わんかい。」


 たかが刺身だろうと言わんばかりの様子で各々が刺身を1切れ掴み、口へと運ぶ。豊かな甘みを含んだ脂が口いっぱいに広がりゆっくりと消えて行く。醤油に混ぜたおろしたての山葵の辛さの中にある穂のかで優しい甘みと、皮の香りをつけながら絞った酢橘の酸味が手伝い日本酒を誘った。3人が揃って日本酒を呑む。


キェルダ「前言・・・、撤回・・・。」

ウェイン「美味・・・。」

マック「過ぎる・・・。」


 自分達の発言を反省する兄妹、デカルトと同様に涙を流していた。


キェルダ「実は私、あまり刺身は好きでは無かったのですがこんなに美味しい刺身は初めてです。本当にごめんなさい。」

マック「ガヒューさん、あんた天才だよ。料理人になったらどうだい、なぁ、叔父さん。」

ウェイン「これお店出したらお客さん凄くなるんじゃないか?」

マック「叔父さん、どうだろう?」


 デカルトはマックの言葉を受けて深く考え込み、ガヒューに質問した。


デカルト「ガヒューさん、貴方や今回我々が救出した方々を含むジャイアントの皆さんは料理人の方々ばかりなのですか?」

ガヒュー「私みたいに調理師免許を取って料理する者もいますし、魚介類を養殖する漁師もいれば無農薬の農産物を専門で作る農家もいます。勿論、牧場や養鶏所を経営する者もいたりして食料自給率はほぼほぼ100%と言っても過言ではありません。」

デカルト「そうですか・・・、何か勿体ないな・・・。」


 デカルトは腕を組んでまた深く考え込んだ後、一人頷き相談を持ち掛けた


デカルト「ガヒューさん、実は折り入ってご相談があります。まだ計画中の段階なのですが今度王宮の食堂を一般市民向けに解放しようと考えてまして、ただ食材の流通ルートや料理人が確保出来ません。宜しければ皆さんにご協力をお願いできませんでしょうか。」


 3兄妹は何が何だか分からず仕方なかった、何故ならそんな計画など全く聞いたことがなかったからだ。念の為、ウェインは軍隊長のムカリトに連絡を取り確認した。


ムカリト(電話)「いや、私共は全く存じてはおりません。」

ウェイン「そうですか・・・、分かりました。」


 ムカリト以外の者にも何人かに聞いてみたが、答えは同じでウェインとマックはため息をついた。電話の向こうでもう1人の軍隊長・ウィダンもため息をついている。


マック「という事は・・・。」

ウェイン「叔父さんのいつもの思い付きだな。」

ウィダン(電話)「ああ・・・、相変わらずのあれですか。王宮の食堂やその厨房と言っても場所的にはキャパオーバーですし工事をするって話も全くないですよ。」


 きっとさっきこの大きな計画を考え込んでいたのだろう、これによって自らの手で囚われていたジャイアント達の雇口を作ろうという事だ。


デカルト「皆さんの美味しい料理を国民の方々にお召し上がりいただき、その素晴らしさを伝えるいい機会にしてみませんか?」


-94 日本人が故の楽しみ-


 宴もたけなわとなり、皆が酒の〆にサラサラとした物を求め始め、解体していた牛肉のお店から光がテールも仕入れていたので御厨がそれを使いテールスープを作っていた。ただしつこい様だが呑みながらなので途中「味見」という名目で数回ほど飲んでいる。どうやら濃厚なスープをも肴になってしまっていた様だ。

 出来上がったスープに中華麺や窯のご飯を入れてラーメンやお茶漬けに仕上げていく。光と林田警部はご飯を入れてお茶漬け風に楽しんでいた。


光「ああ・・・、日本人はやっぱり米だわ。」

林田「そうですね、米が美味しいと日本人で良かったと実感できますね。」

光「そう言えば林田さんは好きなご飯のお供はありますか?」


 林田は食事の手を止め、目を閉じて自らの好物を思い浮かべていた。


林田「そうですね・・・、やはり京都のちりめん山椒でしょうか。あの風味がご飯を呼ぶんですよね。光さんはどうですか?」

光「私はシーチキンですね、マヨ醤油に辣油と唐辛子を組み合わせると朝からご飯3杯は行けますよ。」

林田「それにシーチキンは酒にも合いますもんね。」

光「林田さん、警察の方なのに罪な人ですね。思い出したら欲しくなっちゃったじゃないですか。」

林田「あらま、これは申し訳ございません。」


 談笑する2人に数人ほどが近づいて来た、解体を終えた結愛がハイボールを片手に光の隣に座る。ハイボールは少し薄めに作っている為ごくごく呑める様だ。

 大きなジョッキ一杯に入ったハイボールを煽ると会話に参加し始めた。


結愛「何だか楽しそうな話していますね。」

光「ご飯のお供の話をしていたんですよ、結愛さんは社長さんだからやっぱり高級品が出て来るんですかね。」

結愛「私はそうですね・・・、胡瓜の糠漬けですかね。」

林田「意外ですね、もっと拘った珍品が出てくるのかと思いましたよ。」


 すると、結愛はジョッキに残っていたハイボールを飲み干した後、自分の『アイテムボックス』から壺を取り出して蓋を開けた。自らの手で中の糠を混ぜると胡瓜が数本お出ましした、結愛は糠を落とすと光と林田に1本ずつ振舞った。


結愛「私が漬けた胡瓜です、家にもいっぱいあるので良かったらどうぞ。」


 光と林田は手渡された胡瓜を思いっきり齧った。


光・林田「頂きます・・・。カジッ・・・、え?!カジッ、カジッ、カジッ・・・、美味い・・・。美味しいです!!」

林田「何処か懐かしく、優しいお味ですね。」


 結愛は別隣りに座っていた羽田にもう1本を手渡し、同時に日本酒を与えた。日ごろの感謝と捜査への貢献へのお礼だろうか。


羽田「社長、私は勤務中でございますのでお酒は・・・。」

結愛「じゃあ今日はもう上がりで良いですよ、呑みましょう。それともあれですか?私の酒が呑めないとでも?」

羽田「そんな・・・、滅相もございません。では、頂きます。」


 羽田は胡瓜を1口齧り渡された日本酒を呑む、義弘にこのような形でねぎらわれた事など一切無いので結愛の行動が非常に嬉しかった。嬉しさの余りサングラスの横から涙が滲み溢れる。


羽田「うっ・・・、くぅっ・・・。」

結愛「だ・・・、大丈夫ですか?」

羽田「義弘の代から貝塚家にお仕えしてこんなに嬉しい事はありません、生まれて初めてな位美味い酒と肴です。」

光「そうだ・・・、羽田さんでしたっけ?今ご飯のお供の話をしていたのですが、羽田さんは何がお好きですか?」

羽田「そうですね・・・、私は朴葉味噌でしょうか。故郷のお袋の味でして。宜しければ明日にでもお作りしましょうか。」


 光は少しの間目を閉じ考えた。


結愛「どうしました?」

光「明日皆でご飯片手にお供パーティーしませんか?」


-95 ご飯のお供-


 光の考えた計画はこの異世界に転生してきた日本人で集まり、転生前から愛して止まないこれぞ白米にぴったりだと言う1品を持ち寄り美味い白米を思う存分食べ尽くそうという物だった。


光「ご飯片手のパーティーなので、敢えて酒は無しにして純粋にご飯を楽しむものにしてみようと思ってまして。」

結愛「たまにはそういう催し物もありかも知れませんね、やってみますか。」


 次の日、林田や結愛の呼びかけに応じて数名が光の家に集まった。各々の「好き」を発表する場にする為、ご飯のお供は自分で持ち寄ると言うルールにしていた。ただ米は光拘りの新潟県魚沼産のコシヒカリを使用する。いつもは炊飯器を使用しているが今回は御厨の提案で昨晩林田家で使用した直火でのお釜での炊飯を行う事となった。

 光の家の裏庭にある以前ナンを焼いたり燻製をするのに使用した焼き窯をベースに用意したお釜で炊いた白米が空腹を誘う香りを漂わせている。


光「我慢・・・、出来ない・・・。」

結愛「私も・・・、です・・・。」


 「はじめちょろちょろ中パッパ」の教えを大切に、最初は柔らかな弱火で途中から火を強めた後、より美味しくする為じっくりと蒸らしていく。蓋を取った瞬間立ち込める湯気と共に魅惑の香りがやってきてそこにいた全員が日本人であることを喜んだ。

 杓文字で返すように混ぜ、各々の茶碗に優しく盛り付けると輝かんばかりに美しい純白の白米に皆が目を輝かせていた。


光「では、折角の炊き立てご飯が冷めない内に始めて行きましょうか。最初は私から、シーチキンを提供させて頂きます。」


 各々にシーチキンを贅沢にも1缶ずつ渡し、光が拘っている調理の手順を説明していく。「調理」と言っても混ぜるだけなのだが。


光「蓋を利用して油を切ったシーチキンにマヨネーズと醤油を加え一旦混ぜます。そこに辣油と一味唐辛子を好みの量で加えて下さい。」

結愛「もう後は混ぜるだけですか?」

光「よく混ぜたら騙されたと思って最初の1口を思いっきり頬張ってみて下さい。」

林田「むぐむぐむぐむぐ・・・、ん?!嘘でしょ?!もうお代わりだなんて!!」


 参加をした全員が最初の1口を食べるとすぐにご飯を口に搔きこみ出した。そして気付かぬ内に全員が1杯目を数秒で平らげてしまった。(※是非お試しあれ、美味いよ!!)


光「凄いでしょ、この1口目でどれ位の量のご飯を食べるかがポイントなんです。」


 知らぬ間に全員がシーチキンを丸々1缶とそして白米を3杯ずつ食べてしまっていた、ただ今回は光が米に特殊な魔力を込めているのでどれだけ食べていても満腹にならず食事を楽しめる様になっていた。お釜の方には保温効果も兼ね米が無くならない様に先日『作成』した『状態維持』の魔法をかけていた。


林田「3杯も食べたのに全然満腹になりませんね、次が楽しみです。」

結愛「では次は私の糠漬けをお召し上がり下さい、壺ごと持ってきましたからお好きなだけどうぞ。今回は胡瓜だけではなく茄子もご用意させて頂きました。」


 結愛が自らの手で胡瓜や茄子を取り出し糠を落として切っていく、全員に各々2切れずつ仕分けた。勿論、結愛に同行している黒服長の羽田にも。


羽田「あの・・・、私も召し上がっても宜しいのでしょうか。」

結愛「勿論です、それとも何の為にここに来たのですか?それとも貴方は白米はあまりお好きではなくて?」

羽田「滅相もございません、私も1人の日本人ですから。早速・・・、頂きます。」


 羽田は胡瓜を1切れ食べるとサングラスを外し、涙を流しながら白米を流し込む。


羽田「優しい・・・、優しい味で感謝の気持ちが止まりません。次は私がご紹介させて頂いても宜しいでしょうか。」


 羽田が茶色の大きな葉を開くと、香り高い味噌と薬味の葱や生姜の香りが辺りを包んだ。


羽田「飛騨高山の朴葉味噌です、私のお袋の味です。朴葉の上で焼いた味噌を白米に乗せてお召し上がりください。」

光「じんわりと優しいお味がご飯を誘いますね。味噌の様に心も温かくなってきそうです。」

結愛「優しい・・・、お母さんだったのですね。」


-96 ご飯のお供②-


 温かな朴葉味噌を熱々の白米に少しずつ乗せご飯を楽しむ一同、そんな中林田が懐で何かをごそごそと探し始めた。


林田「次は私がご紹介させて頂いて宜しいでしょうか、ゲオルさんのお店でこれを売ってたので助かりました。」


 林田は懐から小瓶を取り出すと嬉しそうに中身を自ら用意した小皿に出した、誰もが食べた事があるであろうメンマの「やわらぎ」だ。


林田「そのまま食べても美味しいのですが、これを胡瓜キムチと混ぜても食感が良くてご飯にピッタリなんです。」


 小皿とは別に少し大きめの器を用意し、胡瓜キムチとやわらぎを混ぜて振舞った。シャキシャキの胡瓜と柔らかなメンマがバランスよく混ざっている。メンマに和えられた辣油が味のアクセントになってご飯を誘い、それにより光と結愛はずっと箸が止まらなかった。


結愛「アクセントの辣油がキムチの味を引き立てていますね、今日ご飯足りますか?」

光「一応2升は用意しているんですが追加注文しないとダメかもしれませんね。」


 光と結愛、そして羽田や林田のご飯のお供の時点で用意をしていた半分の1升が無くなろうとしていたので実は焦っていた。念の為、今現在もう半分の1升をお釜で炊いている状況だが無くなるのも時間の問題だろうか。林田のやわらぎ入り胡瓜キムチの出現は一同にとって大きかった。光は『瞬間移動』を利用して地下の貯蔵庫から追加の米を持って来る事にした。念の為に2升程追加を用意し、食事に戻った。

 すると、家の入口の辺りから聞き覚えのある男性の声がした。


男性「林田さん、林田さん?いらっしゃいますか?来ましたよー。」


 その声に返事をする林田、ただ口の中には米が残っている。


林田「ああ・・・、待って・・・、ましたよ・・・。裏・・・、庭に・・・、どうぞ・・・。」

光「あれ?どなたか呼んだんですか?」

林田「ごくん・・・、失礼しました。光さんもお会いした方ですよ。」

男性「こんにちは、お久しぶりです。」


 優しい笑顔で見覚えのある男性が裏庭に入って来た、この異世界で車を購入したお店の店主・珠洲田だ。


珠洲田「光さん、お久しぶりですね。林田さんにご招待を頂きまして来させていただきました。私も皆さんと一緒でご飯が大好きなんです。」

光「お久しぶりです、レースの映像でお見かけしましたよ。」

珠洲田「これはこれはお恥ずかしい、まさか見られていたとは思いませんでしたよ。さてと・・・、それでは・・・。」


 車屋の珠洲田は懐から藁の包みを取り出すと小皿に中身を取り出し、醤油と辛子を加えて混ぜ始めた。


珠洲田「私のご飯のお供は何と言っても納豆です、いつもはパック入りで買うのですが今回は藁入りの物をお持ち致しました。香りと風味が全然違いますよ。」


 一同は珠洲田に勧められた納豆を何度も何度も混ぜた後、茶碗に盛られた熱々の白飯にかけ一気に煽った。


珠洲田「藁自体に天然の納豆菌が住み着いているので美味しさが違うでしょ。」

結愛「やっぱり納豆ご飯は日本の朝に欠かせない味ですね、明日の朝納豆ご飯にしようかな・・・。」

光「あらら、用意していた2升がなくなっちゃった。」


 光が改めて用意した2升に手を出し始めた時、結愛の電話が鳴った。


結愛「もしもし・・・、うん、うん。あ、そこを左に曲がった所の裏庭にいるからおいで。」


 電話を片手に結愛の夫・光明が裏庭に入って来た、片手には小さい発泡スチロールを抱えている。


光明「すみません、空輸で取り寄せていたお気に入りの物が今やっと届いたので急いで来たんです。」

林田「ところで・・・、何を?」

光明「むふふ・・・、極上品ですよ。」


-97 ご飯のお供③-


 光明は抱えていた小さな発泡スチロールを降ろし、ゆっくりとビニールテープを剝がしていった、宅急便の届け票がまだ付いていたままだったので届いたばかりと言うのは嘘ではないのだろう。


光明「むふふ・・・、これこれ。」


 にやけながら発泡スチロールから小さな箱を取り出す光明、嬉しさは満更ではなさそうだ。


光明「今回は誠に勝手ながら2種類ご用意致しました、まずは福岡県博多の辛子明太子です。」


 炊き立て熱々の白飯に真っ赤な辛子明太子を乗せ、皆が1口齧る。プチプチとした卵の食感や舌ざわりと赤い唐辛子の辛味がご飯を誘う。光明が持参したもう1種類を知る前にかなりの量の白飯を堪能してしまっているが光の魔力のお陰でまだまだお腹は余裕だ。林田に至っては1腹だけで白飯を2杯食べてしまった。


林田「光明さん、早く次の物を出してください。私のお茶碗の中の白米が今か今かと待ち構えています!!」

結愛「いや、待ち構えているのは警部さんでは?」

光「そんなこと言ってる結愛さんだってそうでしょ?」

結愛「あ、バレました?あなた、早く出して!!」


 結愛に急かされた光明は発泡スチロールの中から小瓶を2本取り出した。


光明「焦らない焦らない、すぐ出すから待ってな。では皆様お待たせしました、こちらは粒雲丹です。今回は北海道利尻島産の物と山口県下関産の物を用意しました。小皿に移してお出ししますので宜しければどちらが利尻か、もしくは下関かを当てて見て下さい。」

光「何処か今日の趣旨と違っている様な気がしますがやってみましょうか。」


 白と黒の小皿に少しずつ粒雲丹が盛られており、全員最初は白の皿の物から食べていった。少量だが濃厚な粒雲丹だ。

 とろりと口の中で溶け雲丹の風味が広がる、それを白飯で追いかけるというこの上ない贅沢。全員が少量の粒雲丹でお茶碗2杯分のご飯を食べると、水を飲んで口の中をリセットした。

 全員が黒の皿の粒雲丹に移る、口の中で溶かすと白の皿の物と同様に優しい雲丹の風味が広がるが・・・。


光「白(こっち)が利尻ですね。」

光明「もう分かっちゃったんですか?」


 味には明らかに大きな違いがあったのだが他のメンバーが正直チンプンカンプンな様子だったので、某有名グルメ漫画の主人公のであり、厳格な美食家を父に持つ新聞社のぐうたらサラリーマンの様な口調で説明した。


光「白の皿も黒の皿も両方ともトロリとした雲丹の食感と一緒に海を想像させる塩味が広がりご飯を誘いますが、白(こちら)は利尻が故の明らかな特徴が出ています。利尻は雲丹もそうですが昆布の産地でも有名ですね、その現地では海の底で雲丹が昆布を齧っている事が多く現地で採れた昆布には穴が開いているんです。どうしてかと言いますと、雲丹の口は下部分にあるからで、雲丹が齧った場所にそのまま穴が残っているんですね。その利尻の昆布を齧った雲丹からは昆布の風味も感じる事が出来るのです。」


 光の説明した事を踏まえ、林田と珠洲田は改めて食べ比べをしてみた。


林田「むぐむぐ・・・、言われてみれば本当ですね。白の物には微かに昆布出汁の風味を感じます。」

珠洲田「でもどちらもご飯にぴったりで美味しいですね。」

光明「それにしてもこんなに早く当てられるとは・・・。」


 落胆している光明の隣で、結愛がプルプルと震えている。


結愛「あなた・・・、いつも1人でこんなに美味しい物をこそこそと食べているの・・・?私が自分で漬けた糠漬けを持って来たのに高級品を・・・。」

光明「お取り寄せは数少ない趣味の1つなんだ、許してくれよ。」


 海から届いた豊かな塩味の粒雲丹で白飯を堪能していると、男性の声が玄関の方向から聞こえて来た。


男性「こんにちは、林田警部に呼ばれて来たのですが。」


-98 ご飯のお供④-


 林田警部は声をかけてきた男性を光の家の裏庭へと招待すると、そこにいた全員に紹介した。


林田「皆さんお待たせいたしました、ご紹介させて下さい。こちらは私の部下の梶岡刑事です。今回の貝塚義弘逮捕に大いに協力をしてくれたので招待したのです。」


 元々警察の人間でもない梶岡は当然警官として働いた覚えもないし、はたまた刑事になるなど思った事も無く、当然の事ながら初耳なので驚きを隠せない。


梶岡「えっ・・・、あ・・・、あの・・・、林田さん?ど・・・、どういう事ですか?」

林田「言った通りだよ。実は先日のご活躍についての事をネフェテルサ署長に話してね、これからも協力と活躍をして欲しいと是非刑事職について欲しいとの通達なんだ。」

梶岡「あの・・・、宜しいのでしょうか?」

林田「当然、これからもよろしくお願いします。勿論、優秀な生徒として魔学校に通いながらだがね。梶岡君、いや梶岡刑事。」


 梶岡は涙した、こんなに嬉しい事は一生に一度あるかないかだ。


林田「さて、刑事としての初仕事だ。ここにいる皆さんにご飯のお供を紹介して下さい。」

梶岡「は・・・、はあ・・・。そうですね・・・、数の子の松前漬けですかね。」

光「良いですね、早速食べましょう。」


 光は数の子の松前漬けを『作成』し、そこにいた全員がご飯に乗せて食べた。シャクシャクとした数の子の食感がたまらない。梶岡は今まで出てきたご飯のお供と自ら提案した数の子の松前漬けで白米を勢いよく5杯食べてしまった、かなり空腹だったのだろうか。すると、急いで食べたせいか喉を詰まらせかけた。


林田「ははは・・・、そんなに急がなくても良いのでは?」


 梶岡は体調を戻すと、涙を流し始めた。


梶岡「実は・・・、こんなに沢山の方々と食事した事があまり無いし、元々貧乏学生ですからこんなに美味しい物を沢山食べれるなんて思わなくてね。それに先程の事が響いてまして。」


 光は梶岡の肩にそっと手を乗せた、梶岡は未だに震えている。


光「さあさあ落ち着いて、まだありますから食べましょう。」


 梶岡は光の言葉に促され、テーブルの上にあるご飯のお供と白飯を味わいだした。ゆっくりと噛みしめるように咀嚼をした。そして梶岡は自分の茶碗の飯におこげを見つけた。


梶岡「宜しいのでしょうか、一番美味しい所を自分なんかが。」

光「何を仰いますか、まだまだいっぱいありますから遠慮しないで下さい。」


 梶岡は嬉しそうに頬張っている、ご飯のお供と白飯だけでこんなに感動できる人間がいるとは。

 食事会を進めていると、林田の息子であるハーフ・ドワーフの林田利通警部補が来た。両手に出来立ての料理を持っている。


利通「父さん、言われた通り「あれ」を作って持って来たけどどうしたの?」

林田「丁度いいタイミングだ、ありがとう。梶岡刑事、紹介させてくれ。こいつは林田利通警部補、私の息子だ。利通、早速蓋をあけてくれ。」

利通「待ってよ、この人いつの間に刑事になったの?」

林田「署長から昨日通達があったんだ、すまない。連絡を忘れていた。取り敢えず開けてくれ。」


 利通が両手の料理の蓋を開けると、美味そうな湯気と香りが立ち込めた。林田家の家庭菜園で採れたピーマンで作った肉詰めだ。


林田「皆さん、コイツの得意料理を食ってやって頂けますか?味は私が保証しますよ。何も付けなくても美味いんです。私から梶岡刑事へのお祝いの品です。」


 皆は利通の作った肉詰めに箸を延ばした、一口噛むと溢れ出す肉汁に全員が感動をしている。その溢れ出した肉汁だけで白飯がどんどん進んだ。


光「こんなに美味しい肉詰めは初めてです、きっとハンバーグも美味しいんでしょうね。」


 その言葉を聞いた全員がごくりと唾を飲んだ。


-99 ご飯のお供⑤-


 利通の得意料理のピーマンの肉詰めを食べた一同は、光の一言により利通にかなりの期待を寄せてしまっていた。利通は梶岡という新たな仕事仲間の前で皆の期待に応えようと考えに考えた。


利通「少しお時間を頂けますでしょうか、実は得意なのはピーマンの肉詰めだけではなくて。すぐに作ってきますからごゆっくり。」


 その言葉をかけると『瞬間移動』でどこかへ行ってしまった。

2時間程経過しただろうか、慌てた様子で光の家に戻って来た利通は大皿と深めの中華鍋を持っていた。スパイスの良い香りが辺りに広がる。


利通「お待たせしました、まずはフランクフルトソーセージです。今回は敢えて焼かずにボイルでお召し上がりください。自分で腸詰にしてきました。」


 沸騰しない位に沸かしたお湯にフランクフルトソーセージを入れ、数分間茹でていく。ゆっくりと・・・、ゆっくりと熱を加えていき、ぷかぷかと浮かび上がって来た位のタイミングでお湯から上げた。


利通「自分はいつも何も付けずにおかずや肴にするのですが、今回は横に辛子マヨネーズを添えておきますのでお好みでどうぞ。」


 全員が最初は利通本人がする様に何も付けずに1口、齧った瞬間に口に肉汁が溢れそれだけで白飯を誘う。

 次は辛子マヨネーズを付けて1口、マヨネーズの酸味と辛子の辛味が加わる事で利通は全員の食欲がより増していくのを感じていた。

 ただ、相当な量の米を食べているはずなのに皆の食欲は増すばかりでその勢いは衰える事を知らない。

全員が特製のフランクフルトソーセージに舌鼓を打っている間に、利通は次の料理の準備をし始めた。練りに練り上げた生地の空気を両手で丁寧に抜き、熱したフライパンで焼き始めた。表面にはうっすらとパン粉を付けてある。


利通「では2品目に移りましょうか、光さんのご希望通りハンバーグをご用意致しました、今回はご飯に合う様におろしポン酢でお召し上がり下さい。」

光「凄い美味しそう・・・、何かドーラさんに悪い気がしてきました。」

利通「大丈夫ですよ、これはドーラの大好物でもありましてね。それに今回に至っては光さんが食べると言うと喜んで手伝ってくれましたんですよ。」


 利通は表面のパン粉がうっすら狐色になるまで焼き上げると熱々に温めた鉄板に乗せ、おろしポン酢を横に添え好みの味付けで楽しめる様にした。

 1口食べると表面のパン粉がサクサクとした食感を醸し出し、皆の食欲を誘う。さっぱりとしたおろしポン酢の味も当然の様に手伝い全員白飯がどんどん進んでいった。


利通「さて最後の料理です。」


 そう言うと持参した中華鍋を火にかけた、中身にじっくりと火を加えていくと先程のスパイスの香りが一層強くなってきた。


利通「少し時間が掛かりますのでその間にこちらをお召し上がり下さい。」


 そう言うと、知らぬ間に焼用意していた捏ねの串焼きを差し出した。表面に明太マヨソースをかけて味付けしている。


林田「我が息子ながら相変わらず料理が美味いです、この空気で言うべき台詞では無いと思いますがご飯だけじゃなくビールが欲しくなりますな。」

光「まぁ、今回はご飯が主役ですからね。ただ私もそうなのでお気になさらず。」

利通「さて皆さん、お待たせしました。お気付きの通り、私が得意なのは挽肉料理です。その真骨頂と言っても過言ではないキーマカレーをお召し上がりください。」


 皆が茶碗の白米に利通特製のキーマカレーを乗せ、ご飯を1口。その瞬間、堰が壊れたかのような勢いで白飯を食べ進めていった。


林田「そうだ・・・、良いこと考えたぞ。」


 林田は皿に白米を盛り、その上にまだあったハンバーグを乗せキーマカレーを掛けた。横に赤い福神漬けを添えると、スプーンで食べ始めた。


林田「うん・・・、美味い!!我ながらいい考えだ!!」

利通「父さん、それじゃただのハンバーグカレーだよ。趣旨から外れちゃうよ。」

光「あらあら・・・、林田さんったら・・・。」


-100 番外編・林田の回想と夜勤明けの出会い-


 私は林田 希(はやしだ のぞむ)、ネフェテルサ王国警察で警部の職に就いている。私は元々この世界の者ではなく日本からの転生者だ。転生前も今と変わらずいち警察官としての職務に就いていたのだが、突如心臓麻痺で倒れてそのまま帰らぬ人となってしまった・・・、と思っていたら知らぬ間にこの世界にいて今に至る。

 この世界に来た初日は不安でいっぱいだった、1番の要因はやはり言葉だ。何処からどう見ても西洋の雰囲気を漂わせるこの世界の言葉や文化など分かる訳がない。何も分からず辺りを見回していたら鍬を持った男性に声を掛けられた。


男性「・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?(異世界語)」

林田「えっ・・・、えっと・・・。」


 その瞬間奇跡が起こった、神というものが本当に存在するというのか。


男性「大丈夫ですか、私の声が聞こえますか?言っている事が分かりますか?」


 何故か先程は全くだったこの世界の言葉が急に日本語に聞こえるようになった。


林田「えっ・・・、は・・・、はい・・・。」

男性「良かった、気が付きましたか。酒にでも酔ってこんな所でずっと寝てたんですか?」

林田「いや、私は今の今まで仕事を・・・。」

男性「因みに何のお仕事を?」

林田「恥ずかしながら、こういう者です。」


 私が胸元の警察手帳を見せると、男性はこの国の警察署らしき建物に連れてきてくれた。確か受付の女性が今の警察署長に魔法みたいな物で話を付けてくれたんだっけな、今思えばあれは何だったんだろう。


女性「副警察署長がお待ちです、こちらにどうぞ。」


 長い廊下を暫く歩き、面談室に通された。そこで警察手帳を見せて事情を話すとこの国の警察の職務に就き、我々に協力して欲しいと言われたっけ。

とにかく、あの2人には感謝だ。勿論、今の署長にもだよ。

さてと・・・、こんな俺も今ではこの国の警察署の警部だ。日本の方々も含め警察の皆がそうなのかは知らないが、職業上勤務時間が不規則な事が多い。今日だってそうだ。本当は昨日の夜10時には家へ帰れる予定だったんだが、事件事故が相次いで発生したので今やっと仕事が終わった。


林田「朝8時か・・・、結局夜勤みたいになっちゃったな。疲れた。よし、あれやるか!!」


 実は私は月に一度夜勤に就く事がある。私の様に警部職に就く者は別に断る事が出来ない事は無いのだが、ある理由(楽しみ)があって敢えて断っていない。

 ネフェテルサ署を出て散歩の感覚でゆっくりと街はずれの山の方に歩くと、朝日の暖かく優しい光が私に「お疲れ様」と言っている様に差し込む。澄んだ空気を吸いながら私はある場所へと足を運んだ。

 今もふと思ったのだがこの山には正式名称があるのだろうか、皆にはいつも「お風呂山」と呼ばれているが。まぁ、いいか。そうこうしているうちに着いちゃったもんな。

 お気付きの通り、私にとっての月に一度の夜勤明けの楽しみは「朝風呂」だ。夜に入る露天風呂も良いが、明るい朝に入る風呂は私にとって格別なのだ。朝日が差し込み煌めく風呂場とお湯が爽やかな朝を演出している。


林田「おはようございます。」

女将「あら林田さん、おはようございます。あれ?今日は夜勤でしたっけ?」

林田「いや・・・、ちょっと訳ありでね。」


 受付で女将に料金を渡すと「男湯」と書かれた暖簾をくぐり抜け脱衣所に入った。朝のこの時間は夜程利用している人が多い訳では無く、いつもの見慣れた数人の方々がちらほらといるだけだ・・・、と思っていた。

 備え付けのシャワーで髪と体を洗い、汗を流すと露天風呂に入る。すると、30代前半っぽい初めて見る若者が何とも気持ち良さそうに風呂を満喫していた。ただ、そんなの関係ない。俺は俺で楽しむだけだ。

 若者は寝転ぶように肩まで全身を湯に沈めお湯を楽しみ、暫く浸かると深く頷き颯爽と風呂場を出て行ってしまった。

 私はそれから40分程かけてゆっくりお湯を楽しみ風呂場を後にした。脱衣所で風通しを良くするべく服を崩し気味に着てその場を出ると受付近くの座敷のテーブルで先程の若者が美味そうに瓶ビールを呑んでいる。そこで、1杯奢ると言って話を聞かせて貰う事にした。


林田「初めまして。この辺りでは見ない顔ですが、どちらから来られたのですか?」

男性「私ですか?私はこの世界を創った者です、それにしても良い温泉になって良かった。」

林田「えっ・・・?」

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