3. 異世界ほのぼの日記 101~110


-101回想から目覚めて-


 林田は目を閉じ、不意に思い出した出来事に浸っていた。「あの若者は誰だったのだろうか、そして未だに聞けなかったあの言葉の意味が気になる」と回想していた。

 そんな林田の体を利通が必死にゆすっていた、まるで死にかけの人間を呼び戻しているかのように。


利通「父さん!父さん!!まだ早いって!!カレーのスプーン片手に死にかけてんじゃねぇよ!!」

林田「う・・・、うん・・・。」


 林田はゆっくりと目を開けた、右手には利通が作ったカレーが乗ったスプーンがそのままの姿で握られていた。


利通「父さんどうしたんだよ、スプーン握ったままずっと寝てたんだぞ。」

林田「ああ・・・、夢を見ていた。夢と言っても過去の回想みたいな感じだったのだが。」


 林田はその場にいた一同に見ていた夢について話した。たまに朝風呂を楽しみに行く温泉の事は勿論、そこで出会った「あの若者」の事も。


結愛「その人は神様なんですか?」

林田「神様のイメージからは程遠い見た目でしたね。長い髭をたくわえている訳では無かったですし、見た感じ30代前半でした。」

光「他に分かった事は無いですか?例えばその方のお名前とか。」


 林田はスプーンのカレーを食べた後、再び目を閉じ思い出してみた。


林田「名前はお聞きする事は出来ませんでしたが、普段は夜勤で働いている会社員だと言ってましたね。」

光明「夜勤の会社員なのに世界の想像主?全然想像がつきませんね。」

光「その人は中二病なんですか?」

林田「中二病からはかけ離れた見た目でしたよ、本当にごくごく普通の会社員の方でした。ただ・・・、うん・・・。」


 林田の疑問を残す様な語尾を聞き逃さなかった光、まだ何か引っかかっている事があるのだろうか。


光「ただ・・・、何ですか?」

林田「私達と近い物を感じまして、とにかくビールがお好きだった様な。」


 林田が言うには仕事上がりと風呂上がりが良い意味で重なったが故に思い出の中の男性は美味そうにビールを味わっていたそうな、因みにその時の肴は・・・。


林田「木綿豆腐の冷奴。」

光「へ?」

結愛「冷奴は大抵絹ごし豆腐ですよね。」

利通「好みにもよると思いますよ、俺も木綿に醤油と鰹節、あと生姜かけて冷奴を作る事がありますし。しっかりとした硬さで僕は好きですけどね。」


 光は台所へ駆け込み、冷蔵庫に入っていた木綿豆腐等の材料を使って今の会話に出てきた冷奴を再現してみた。醤油と生姜の味がビールだけではなく今回の主役である白米にも合う。木綿豆腐の歯応えが冷奴をじっくり楽しむのをそっと手助けしてくれている気がした。


林田「あの人はこれを楽しんでいたんだな、確かに美味いや。」

光「あの・・・、少々お待ち頂けますか?」


 そう言うと光は再び台所へと消えて行った、暫くして和皿に持った一品を持って来るとテーブルの中央に優しくそっと置いた。


光「何となく豆腐をもっと食べたかったのでこういうのを作ってみました、厚揚げの和風ステーキです。」


 オーブントースターで表面がこんがりとなるまでじっくり焼き、途中生姜を混ぜた醤油をかけてまた焼いていく。醤油を焦がすイメージと言えば良いだろうか。最後に振りかけた鰹節を表面で躍らせて完成。


利通「油揚げの表面のカリカリとじんわりとした和風の味わいでご飯が進みますね。」

光「急にもっと豆腐が食べたくなっちゃって。」

結愛「言われてみれば私も。」

林田「あら、もしかしたら今頃あの人も豆腐を食べたくなっちゃってたりしてね。」


-102 厄災は突然に?-


将軍「だっしー、大変だ!!」


警察の関係者3人を含む数名がご飯のお供に舌鼓を打つ場所に慌てた様子で王国軍の鎧を身に纏った軍人が慌てた様子で裏庭に入って来た。恰好から見るに将軍(ジェネラル)らしい、と思ったらいつしかのニコフ・デランドだった。林田警部の友人で、鳥獣人族のキェルダと先日席を入れたあの人だ。


林田「ニコフ・・・、そんなに慌ててどうした。カレーくらいゆっくり食わせてくれよ。」

ニコフ「流暢にとても美味そうなキーマカレーを食ってる場合じゃないぞ、ドラゴンだ!!ドラゴンが出たんだよ!!」


 林田は全然慌てていない、ダンラルタ王国警察の爆弾処理班でレッドドラゴンが立派に堂々と働いているからだ。それに観光目的でネフェテルサ王国にやって来て温泉を楽しんでいる者もいる、それにも関わらずニコフは慌てた様子で続けた。理由が理由だったからだ。


ニコフ「何言っているんだ、ドラゴンはドラゴンでもブラックドラゴンだぞ!!」

林田「ブラックドラゴンだって?!」


 その名を聞いて初めて林田が慌てだした、光は未だ訳が分かっていない。


光「林田さん、ブラックドラゴンって?」

林田「レッドドラゴンと同じで上級のドラゴンなのですが、暗黒魔法により魔の手に落ちたドラゴン達がブラックドラゴンになるのです。民家等から放火などの被害が相次いでいて最近は外界に追放されていたのでずっと姿を見なかったのですが、今になってどうしていきなり・・・。」


 本人自身も何かしらの被害を受けた覚えがあるのだろうか、林田は震える両手で頭を抱えていた。


林田「急いで向かおう、被害者が出る前に食い止めるんだ。ニコフ、案内してくれ。」

ニコフ「案内するも何も・・・、お前の真上にいるじゃんか。気付かなかったのか?」

林田「ほへ?」

光「あはは・・・、大きいですね・・・、バタン!!」


 目の前の大きなドラゴンを見てその場に倒れてしまう光、それを見て林田は拳を握った。


林田「光さん!!こいつよくも・・・。」


 歯を食いしばりながら目の前にいる巨大な上級のドラゴンを見上げる林田、それを見てブラックドラゴンは慌てている様子だった。人語を話せるらしいが外界の言葉らしく、全員が理解できていない。


ブラックドラゴン「・・・・・!!・・・・・・・・・・(外界語)!!」


 ただ目が覚めた光は神様のお陰ですぐに理解出来る様になった。


ブラックドラゴン「待ってくれ!!攻撃するつもりは無いから話を聞いてくれ!!」

光「林田さん!!ニコフさん!!待ってください!!」


 光は『自動翻訳』の魔術(というよりスキル)を『作成』してブラックドラゴンに『付与』した。


ブラックドラゴン「俺は人を探しているだけなんだよ。分かった、人の姿になるから待ってくれ。」


 ブラックドラゴンは綺麗な女性の姿に変わり、クォーツ・ラルーと名乗った。両手の掌を向けて敵意が無い事を表明した。


クォーツ「驚かせてすまない、攻撃するつもりは全くないから御覧の通り武器などは持っていない。」

光「それはいいんですけど、ニコフさん・・・。」

ニコフ「そうですね・・・、カードの確認をさせて頂けますか?」


 カードについて初めて聞いたのだろうか、クォーツは慌てた様子でいた。


クォーツ「カ・・・、カード?」

ニコフ「お持ちでないなら街の東側の出入口でご申請下さい、でないと不法侵入とみなし貴女を討伐しなければなりません。」


-103 龍の正体と探し人-


 クォーツを案内し、光達は街の東側の出入口へと向かった。ニコフが守衛にその美女を紹介するとブラックドラゴンの姿に変化した訳では無いのに守衛たちが震えだしている。


守衛「そ・・・、そのお方があのブラックドラゴンなのですか?」

ニコフ「クォーツさんと言います、適性検査とカードの発行をお願いします。」

女性「クォーツさんですって?!そこのお方、お待ちください!!」


 聞き覚えのある声が響き渡る、振り向いてみるとアーク・ビショップのメイスではないか。見た感じは素面なのだが息を切らしながら走って来たらしく、顔が赤くなっている。


メイス「そのお方の適性はこの私が証明致します、カードの即時発行をお願い出来ますでしょうか。」

守衛「アーク・ビショップ様・・・、これはどういう・・・。」

クォーツ「メイスさん、やっと見つけた!!」


 メイスより指示を受けた守衛が出入口横の事務局でカードの発行を行っている間にメイスの方から改めてクォーツが紹介された。ただ全員が大きな勘違いをしていたみたいで、それによりメイスがかなり焦っている。


メイス「クォーツ様がブラックドラゴンですって?!何を仰っているのですか、ドラゴンはドラゴンでも古龍(エンシェントドラゴン)ですよ!!」

林田「え・・・、古龍(エンシェントドラゴン)ってあの1000年以上生き、伝説の存在とされているあのドラゴンですか?!」

クォーツ「そんな大げさな、俺は齢たった1872年の若者ですよ。」


 謙遜する古龍を横目に古代の歴史書を開くメイス、そこには先程のクォーツと同じ特徴を持ったドラゴンを描いた挿絵が見える。横には長々とした説明書きがあった。


【古龍(エンシェントドラゴン)】-古来より1000年以上生き、他のドラゴンや上級魔獣等の比にならない位の知識と権威を持つ伝説のドラゴン。その代表とされるラルー家は各々が一柱の神とも称され崇められている。ただその見た目により、ブラックドラゴンと間違われやすいが角の生え方と鱗の硬さ、そして使用できる魔法の多さに大きな違いがあり、その威厳を人々に見せつけている。存在すら伝説とされているので会える事はこの上ない幸福・・・。


クォーツ「一柱の神だなんてそんな・・・。あ、どうも。」


メイスが丁寧な口調で説明書きを読み終えると、全員改めてクォーツの方を見た。目線の先の古龍は守衛から発行されたカードを受け取っていた。

 歴史書の「一柱の神」の言葉を聞いて光を含めたその場の全員が震えている。


光「一柱の・・・。」

全員「神様?!・・・という事は、大変申し訳ございませんでした!!」


 全員が声を揃えて勢い良く頭を下げる、その時街中の方向から明るい声で女の子が古龍を呼ぶ声がした。


女の子「クォーツ姉ちゃん、待ってたよ!!」


 光にとってはどこか見覚えのある女の子だのだが、Tシャツと短パンという普段着での姿を見たのは正直2回目だ。確か・・・、以前はカレーを食べていた様な・・・。


光「あな・・・。」

メイス「ペプリ王女様!!一国の王女とあろうお方がその様な格好で何をされているのです?!それにこちらの方は古龍(エンシェントドラゴン)、神様ですよ!!」

クォーツ「メイスさん、良いんですよ。ペプリとは10年来の友人なのです、本人が言う通り俺達は姉妹のような付き合いでして。それに今日は完全なプライベートですから。」


 ペプリはずっとクォーツの右腕を引きその場を離れ、すぐにでも遊びに行こうと必死だった。ただ、逆の手でお腹を押さえている様だったが。


メイス「王女様、お腹はどうされたのです?」

ペプリ「朝から少し痛いだけです。でも遊んでいる間にマシになるはず・・・、です。」


 アーク・ビショップと古龍は何かを察したのか、少し険しい表情をして聞いた。


クォーツ「ペプリ、最近吐き気がしたりとかは?」

メイス「今、一番食べたいものは何です?それと・・・。」

2人「相手は誰?!」


-104 神の目的-


王女のペプリは2人に迫られ怖気づいてしまっていたが、正直に自らの腹痛の理由を話そうとしていた。震えながらも重い口を開く。


ペプリ「2人共何か勘違いしてない?吐き気なんてしてないし相手って何?それと今一番食べたいのは大好きなカレー!!」


 一柱の神と称される古龍は開いた口が閉まらなくなっている、その隣でアーク・ビショップが冷静に尋ねた。


メイス「では王女様、腹痛はどこから来ているのです?」

クォーツ「メイスさん・・・、多分俺ですわ。急いで来たんだけど間に合わなかったみたいです。」


 ゆっくりと挙手するクォーツ、どうやら今回の訪問に大きく関係しているらしい。


クォーツ「ペプリ・・・、今朝何食べたんだ?」

ペプリ「クォーツ姉ちゃんが送ってくれた生牡蠣だけど。」


 古龍は頭を抱えた。


クォーツ「やっぱりか、悪かった。生食用と間違えて加熱用の物を送っちゃったんだわ。それに当たっちゃったみたいだね、本当にごめんなさい。メイスさん、回復魔法(ヒーリング)をお願い出来ますか?」

メイス「勿論です、すぐしますね。」


 メイスはペプリのお腹に手を当て魔力を込め始めた、痛みが引いて来たらしくゆっくりと落ち着いた様子で深呼吸をしている。


クォーツ「本当にごめんなさい、カキフライにして俺が食べようとした方だったんだ。何かお詫びをさせてくれや。」


 どうやら神は謝罪の為に来たようで、お詫びとして何か自分に出来ることは無いかと尋ねると王女は空を飛んでみたいと答えた。幼少の頃からずっと王宮に籠りきりなので「自由」というものを改めて感じてみたいのだという。


クォーツ「そんな事なら俺の背中に乗ると良い、飽きる位まで飛んでやるよ。」

ペプリ「えっ・・・、本当に良いの?」

メイス「王女様、いけません。一柱の神に乗るなど罰が当たります!!」


 クォーツが原因は自分にあるのだからと必死になってメイスを宥めようとしている、その様子を見てペプリはクスクスと笑っていた。

 そんなペプリを横目にクォーツは古龍の姿に変化し、自らの背中に招待した。


クォーツ「罰が当たる訳が無い、俺の方に非があるんだし了承しているんだから。さぁ、おいで。」


 王女がキラキラと目を輝かせ招待されるがままに古龍の背中に乗ると、古龍は大きく翼を広げ空へと上昇していった。


メイス「あらあら。まぁ、いいか。光さん、すみません。小腹が空いちゃいまして、恐れ入りますが何かつまむものはありませんか?」

光「でしたら丁度お茶にしようと思っていたのでご一緒にいかがですか?」


 光はメイスを家に招き入れ、家庭菜園で育ったハーブで作ったハーブティーを淹れた。カップからふんわりと柔らかく香りが広がっていく。

 光はお茶のお供として自分で焼いたクッキーを勧めるとメイスは何とも美味そうに食べ始めた。


メイス「落ち着きました、ありがとうございます。王女様がクォーツ神の背中に乗ったときは気が気で無くなっちゃいまして。」

光「そりゃあ一柱の神を前にするだけでも緊張しますもんね、私も同じ気持ちでした。」


 2人はゆっくりとお茶とクッキーを楽しんでいた、窓から差し込んだ陽の光がゆったりとした時間を演じている。


光「今頃何処を飛んでいるんでしょうかね・・・。」

メイス「さぁ・・・、ね・・・。もうどうでも良くなってきました。」


 自然と笑みがこぼれる2人はそれから数十分かけてゆっくりとお茶を飲み干した。


-105 神の帰還と王女の訪問-


 2人が午後の優雅な紅茶タイムを楽しんでいた頃、王女を背に乗せた古龍は何としてでも謝罪をしたいと思っていたので空を飛ぶ以外に何かしたい事は無いかと尋ねてみた。


ペプリ「うーん・・・、やっぱりカレーが食べたいかな。」


 相も変わらずだが、一国の王族が全員カレー好きとは変わっているとクォーツは思った。これは彼女の勝手なイメージなのだが王族は毎日絢爛豪華なフルコースを食べている様な、正直たかがカレーにそれを越える何があるのだろうかと。ただ、カレーとカレーが大好きな全人類に失礼なのだが。


クォーツ「本当にお前はカレーが好きなんだな、会う度いつもカレーじゃないか。」

ペプリ「だって・・・、王宮の食堂のシェフが作ってくれないんだもん。」


 王宮では毎朝シェフが市場に通い、自らの目利きで拘った食材を使った豪華で美味しい料理をじっくりと楽しんでほしいと張り切ってフルコースを作るのだが、その中にカレーライスどころか米料理は含まれていない。理由は非常にシンプルで外界出身のシェフの地元では米文化が発達しておらず、余り食べた事が無い食材で料理は出来ないとの事なのだ。

 ある日王宮をこそこそと抜け出し自由に街を散策していた時、そこら中のお店というお店から芳しいスパイスの匂いに誘われたまたま入ったお店で初めて食べたシンプルな見た目のカレーライスの味を忘れる事が出来ずに今に至る。ただ、何処のお店かを思い出すことが出来ない。

 今でもあの味にもう一度会いたいと一人で王宮からこっそりと抜け出して色んなお店のカレーを食べに行くのだが、そのタイミングが家族と被って結局目立ってしまい、懐かしの味を見つけ出すまでに至らずに終わる。


クォーツ「よし、今回は私のおすすめのお店を紹介しよう。お前の言う懐かしの味かどうか分からないが俺の大好きなお店だ。少し遠くまで行くが大丈夫か?」

ペプリ「平気、楽しいから良い。クォーツ姉ちゃんの好きなカレー楽しみ。」


 クォーツは翼を大きく広げ、雲の上に向かって勢いよく飛んでいった。雲の合間を縫って一面真っ青な空の世界に抜け出して暫く飛んでいくと、大きな島のような物が浮かんでいるのが見えた。ペプリを乗せたクォーツはその島の先端に降り立ち、王女を降ろして人の姿に戻ると歩きながら案内を始めた。まず最初に街の入り口らしき場所へと向かう、そこでは国境検問所の様に人々が並んでおり順番を待っている。


ペプリ「ここは何処?」

クォーツ「あはは・・・、後で分かるさ。」


 2人の番になるとクォーツは懐から何かのカードらしき物と財布を取り出した。


係員「パスポートのご提示をお願い致します。」

クォーツ「ああ、これね。」

係員「ありがとうございます、それでお連れの方は?」


 クォーツが財布から2千円を出して渡す。


クォーツ「地上からの訪問者だ、観光ビザの発行を頼む。」

係員「ではお嬢さん、お名前と今回の訪問の目的をお伺い出来ますか?」

ペプリ「美味しいカレーがあると案内されて来ました、ペプリと言います。」

係員「カレーねぇ・・・、という事はあそこですか?」

クォーツ「流石、やっぱり分かる人は分かるんだね。」

係員「この辺りでは有名ですから。お嬢さん、これがビザです、是非楽しんで下さい。」


 係員の柔らかな笑顔で送り出されると、2人は街へと入って行った。ネフェテルサ王国の様な石畳の街並みが広がり、左右には色鮮やかな建物が並んでいる。所々から空へと向かって虹が伸びていた。何処からか賑やかな音楽が聞こえてくる。右往左往する人々には天使の輪や翼を持った者達もいれば、獣人族や人間等が地上と変わらずいて、種族の境など関係なく楽しそうに過ごしている。


クォーツ「ようこそ、天界・グランツァマリアへ。ここは八百万の神々が集う賑やかな国だ、俺の生まれ故郷の国でもある。さて、美味しいカレーを食べに行こうかね。」

ペプリ「神様もカレーを食べるの?」

クォーツ「勿論、あたしらもカレーが大好きなんだ。」


 2人はゆっくりと歩を進めていき、街中から少し裏路地に入った所にある小さな食堂へと到着した。店の中からうどんの出汁や、ラーメンのスープに混じり、少し優しく芳しいスパイスの匂いがする。店の中に入って行くと、店の主人が威勢の良い声で出迎えた。


主人「いらっしゃい、辛さはどうする?」


-106 優しさの塊-


 裏路地の食堂に入るなり辛さを聞いて来た主人は片手で持てる雪平鍋とお玉を持っていた。傍らにはスパイスが入った小瓶を集めている小さな棚が置かれている。


主人「おい、クォーツ。辛さはどうするって?それとも今日はカレーじゃないのか?」


 どうやらクォーツはこの店の常連らしく、いつもカレーを食べている様だ・・・、とペプリは思っていていると。


クォーツ「3番のロースカツ、唐辛子と飯マシマシ。福神漬け多めで。」

主人「あいよ、隣の姉ちゃんは辛さはどうする?」

ペプリ「えっ・・・?」


 調理場の上に大きなメニュー表らしき物が掲示されている。どうやら主人が「辛さ」を聞いた時に某有名ラーメン屋みたくメインとなるカレーの注文の詳細を全て伝える事になっているらしい。サイドメニューも充実していて気持ち程度だが少な目に作られているのでセットで食べる神々が多い様だ。カレーだけ食べたいなら量を増やせばいい。

 王女は一先ず見様見真似でゆっくりと注文してみる事にした。


ペプリ「えっと・・・、8番のウインナーフライ・・・、飯・・・、マシ・・・。ポテトサラダ・・・、1つ。」

主人「姉ちゃん、許可証は?」

ペプリ「許可証?」


 改めてメニュー表を見てみるとどうやら最初の番号がカレーの辛さの事らしく、6番以上は5番を食べた客に店主が発行する「許可証」が無いと注文出来ないシステムになっている様だ。スパイスに拘っているので6番以上はなかなか作れないが故にそうしているとの事。


ペプリ「ごめんなさい、とりあえず5番で。」

主人「5番でも結構辛いけど良いのかい?それに見た感じ華奢みたいだから飯マシでポテトサラダを付けたら食べ切れないんじゃないの?」

ペプリ「辛いの好きなので平気です。それとポテトサラダは山ほど食べても足りない位大好きなんです。」

主人「ははは・・・、そうか。疑って悪かったな、お詫びにポテトサラダはおまけさせてもらうよ!!好きな所座りな!!」


 店内を見回すと調理場の傍にカウンターが15席とテーブルが8卓ほど設置されている、主人の他に数人のエルフがホールを担当して店を回している様だ。空になった皿を見るに全ての客がカレーを注文して美味しそうに食べている。2人は奥のテーブル席を選んで座った。


クォーツ「ここはこの国で有名な食堂でね、俺なんか週1でカレーを食いに来るんだぜ。」

ペプリ「他の料理だけ食べたい人もいるんじゃないの?」

クォーツ「おいおい、店に入る前に店名を見なかったのか?」

ペプリ「へ?後で見てみる。」


 2人が談笑していると、注文したものがやって来た。料理を運ぶエルフはどこか楽しそうだ。


エルフ「お待たせしました、先ずはクォーツさんのやつね。それとお姉ちゃんが・・・、こっち。ウインナーフライはおまけしといたって。」

クォーツ「こらこら、私が姉なんだぞ。」

エルフ「冗談よ、ポテトサラダちょっと待ってね。」


 頬を膨らせる古龍を横目に運ばれたカレーを眺める王女。鉄製の皿に盛られたカレーのルーは何処か懐かしさを感じさせる明るめの黄色で、上に乗ったウインナーフライは赤いウインナーをフライにしている様だ。カレーに合う様にご飯は少し硬めに炊かれている。


クォーツ「因みにご飯はサフランライスやナンに変更できるからな。おっ・・・、ポテトサラダが来たみたいだぞ。ただお前、よっぽどな位にマスターに気に入られたみたいだな。」

ペプリ「へ?」

エルフ「お・・・、お待たせしました。ポテトサラダ・・・、マスターの気持ち盛りです。」


 ドスンという大きな音を立て、深めのボウルいっぱいに盛られたポテトサラダが置かれた。今にも崩れ落ちそうな位の山盛りになっている。頂上に爪楊枝で旗の様にメモが刺さっていた。「好きなだけお代わりしても良いからな(笑)」と書かれている。

 取り敢えずカレーを1口、スパイスの香りと優しい見た目と反する位の強烈な辛さが口いっぱいに広がり白飯を誘っていく。美味そうに、そして幸せそうに食べるペプリを見かけた主人がかなり嬉しそうな顔をしていた。


-107 王女の好み-


 主人のサービスで普段3本のウインナーフライが5本乗ったカレーとお代わり自由な山盛りのポテトサラダを完食して幸せそうな表情を見せるペプリに会計を済ませたクォーツが店の外で口に合ったかと尋ねる。


ペプリ「初めて食べたのに何処か懐かしさがあったカレーは見た目以上に優しくて、それでいて刺激的な辛さがあって美味しかった。それとポテトサラダも最高、大好物をもっと好きになれたよ。」

クォーツ「そうか、お前さんの好きなあの味に近かったか?」

ペプリ「うーん・・・、何か違う様な。」

クォーツ「そうか、一先ず帰ろうか。」


 その頃、メイスとのお茶会を終えた光は夕飯の支度を始めようとしていた。王女と古龍の話を聞いていたら食べたくなってきたのでカレーを仕掛ける事にした。どうやらメイスも同様に食べたくなって来たらしく、調理を手伝うと申し出てきた。ついでに気になっていた事を尋ねてみる事に。


メイス「そう言えば王女様はこの世界から出た事が無いはずなのですが、言語的な問題は大丈夫なのでしょうか。古龍様が何処に向かわれたかによったら・・・。」

光「大丈夫ですよ、こっそりとですが王女様にも『自動翻訳』を『付与』しておきましたから。」

メイス「それなら安心ですね、もう今からカレーを作るのですか?」


 光は野菜の仕込みを始める為に冷蔵庫を開けて隅々まで材料を探した。


光「そうですね・・・、あれ?ごめんなさい、すぐには出来なさそうです。今見たら肉を柔らかくするためのある材料を切らしているみたいなのでゲオルさんのお店で買ってこないといけないみたいでして、すぐに買ってきますね。」


 光は『瞬間移動』でゲオルの店へと移動し、肉を柔らかくするための「ある材料」を購入してすぐに家に戻った。


メイス「お帰りなさい、早かったですね。えっと・・・、それで肉が柔らかくなるのですか?」

光「火を加える30分前から「これ」につけると柔らかくなるんですよ。」


 早速角切りにしていた牛肉を買って来た「ある材料」につけて冷蔵庫に入れなおした。その傍らで野菜の準備をしていく。

 「ある材料」につけてから30分経ったお肉を冷蔵庫から取り出して水気を取ると、鍋で油を熱して硬い物から野菜を炒めていく。光のカレーには定番の根菜類とは別にえのきだけとぶなしめじが入る、その2種類の茸と一緒に牛肉を入れると一気に炒めていった。

 そこに水とカレールウを加えてグツグツと煮込んでいく。


光「本格的にスパイスから作っても良かったのですが面倒くさいのでカレールウを使います。」

メイス「お気持ち御察しします。」


 光の家でカレーの匂いが良い具合にしてきた一方で、店を出た2人はグランツァマリアの入り口まで戻り相談をし始めた。


クォーツ「直接王宮に送ればいいか?」

ペプリ「いや、ちょっと迷惑を掛けちゃったかもしれないからメイスさんのいた所に寄ってから帰ろうかと。」

クォーツ「分かった、早速向かうな。」


 王女を背に乗せた古龍は光の家の裏庭に向かって飛び始めた。ペプリが怖がらない様にゆっくりと降下していく。

 裏庭の真上に差し掛かった時、光が家で作るカレーの匂いがしてきたのでペプリが反応した。使っているのは有名な黄色の箱のカレールウで香りのアクセントに山椒をいれている。

 炊飯器から炊き立ての白飯を出そうとしていたら裏庭から2人の声がしてきた。


ペプリ「この匂い・・・。クォーツ姉ちゃん急いで!!」

クォーツ「あ・・、ああ。」

光「な、何事?」


 地上に降り立ってすぐに光の家に入った瞬間、王女が叫んだ。


ペプリ「この匂いだ!!これを探していたの!!」

光「へ?」


-108 求めていたのは家庭の味-


少し前なのだが、光はパン屋の仕事が休みの日に街中にある食堂の手伝いをした事があった。そこで自分が家で食べるカレーを作って出したのだが、たまたまその店に立ち寄った王女が気に入ったとの事なのだ。

光が皿に白飯をよそって出来たばかりのカレーをかけてペプリの前に出すと、目の前の王女は目をキラキラと輝かせ始めた。右手には匙、そして左手には水の入ったグラスが握られている。グラスの水を右手の匙につけると、待ってましたと言わんばかりの勢いで一口目を掬い、口に運んだ。

じっくりと咀嚼し、味わっていくペプリの目には涙が流れ始めている。


ペプリ「光お姉様、これをずっと探していたの。この刺激的な香りと根菜類と共に入った2種類の茸。それと不思議な位に柔らかな牛肉、そしてすべてを包み込み受け止めるルウと白飯。美味しい。」

クォーツ「おいおい、言っちゃ悪いがたかだか家庭のカレーだろ?泣くほど美味い訳・・・。」


 知らぬ間に光を「お姉様」と呼ぶ王女の隣で1口食べた古龍。


クォーツ「美味しい・・・。」


 カレーの味に言葉が途切れたクォーツの目からも涙が流れている。


メイス「あの・・・、貴女方さっきどこかでカレーを食べて来たのですよね。それなのにですか?」

2人「これは別物です!!」


 光のカレーを食べ涙しながらペプリは以前から気になっていた事を尋ねた、その事に関してはメイスも気になっていた様だ。


ペプリ「どうしてこんなにこの牛肉は柔らかいのですか?」

光「それはね、炒める前の牛肉をコーラにつけていたからですよ。」


 牛ステーキを中心に焼いた時に硬くなってしまいがちなお肉は火を加える30分前からコーラにつけていると焼いた後でも柔らかいままなのだ。

 勢いが衰える事無いまま3杯を完食した王女はかなり無茶とも言えるお願いをしてみた。あの「一柱の神」とも言える古龍の背に乗ってカレーを食べに行く程の者が恐る恐る尋ねる。


ペプリ「あの・・・、お願いがあるのですが。」

光「はい?」

ペプリ「このカレーを王宮のシェフに伝授して頂けませんか?」

光「こんな家庭のカレーでいいのですか?」

ペプリ「勿論です、是非宜しくお願い致します!!」


 ペプリは深々と頭を下げてお願いした、その様子を見たクォーツも頭を下げる。


クォーツ「俺からも頼むよ、コイツ程の上級古龍使い(エンシェントドラゴンマスター)がこんなに頭を下げる程好きになるカレーなんて中々見つからないんだよ!!王宮でのご馳走以上に好きでいつでも食べたいってよっぽどだぜ、お願いだ!!」


 古龍の言葉には重みと説得力があった、光はできれば断りたかったが仕方なく了承する事にした。


光「わ・・・、分かりましたから頭を上げて下さい。」


 一先ずテーブルを囲んだ光は一抹の不安を覚えながら出来立てのカレーを食べた。

 翌朝、王宮の大きな門の前に立つと、金の鎧を身に纏った大隊長が光に声をかけた。


大隊長「おはようございます、恐れ入りますが今日は何用でしょうか?」

光「お、おはようございます。ペプリ王女様に呼ばれて来たのですが、食堂の方にカレーの作り方を教えてほ・・・。」

ペプリ「光お姉様、おはようございます。待ってましたよ!!」


 昨日とは違って豪華なドレスを着て高そうなアクセサリーを身につけた王女が走って出迎えた。どうやら昨日は王宮をこっそり抜け出して自由に行動するためにわざと庶民の格好をしていた様だ。

 当然の事の様に即時で許可が下りた光は大きな門をくぐり、中庭に入った光をペプリがぎゅっと抱きしめて迎えた。上級古龍使いの力は思った以上に強い。


光「歓迎は十分・・・、十分ですから。大丈夫ですから離してください!!」

ペプリ「嫌です~、光お姉様ぁ~!!」


-109 王宮にて-


 王女に抱きしめられ続けながら王宮の入り口へと向かう光は何かを思い出したかのように門番をしていた大隊長に声を掛け、耳打ちをしてとある連絡をしておいた。

 王宮の中に入り食堂の厨房を目指す、石を敷き詰めて出来た広々とした床が広がり奥にはまさかの日本古来のおくどさんが見える。これはどうやら先祖代々米好きの王族の為に用意された物らしく、他の火を使う調理用として真ん中にガスオーブンや魔力(IH)クッキングヒーターが用意されているが、拘った調理をする時は米以外にもおくどさんを使用する時もあるようだ。今回はペプリの指示で調理前から焚火が仕掛けられており、すぐにでも調理ができる様になっていた。横ではお釜で白米を炊飯しているらしい、米の良い香りが調理場中に広がっている。

木製の調理台が仕掛けられておりレンジやオーブン等と言った調理家電が揃っており、冷蔵を必要とするもの以外の新鮮な食材たちが一緒に並べられている。要冷蔵の物は厨房の真ん中に大型の魔力保冷庫があり、調理台の下にも小型の魔力保冷庫が仕掛けられ保管された食材をすぐに取れるようになっていた。

光はその壮大さ故に口を引きつかせながらドン引きしている。


光「ははは・・・。こ・・・、こんな所で今から家庭のカレーを作んの?」

ペプリ「そうですわ、お姉様。こちらにある食材をご遠慮なく使ったカレーを教えて下さいまし。」

光「き・・・、昨日ので良いんだよね・・・。」


 知らぬ間にエプロンを身につけた王女は満面の笑みで答える。


ペプリ「はい、宜しくお願いいたします。光お姉様。」


 ペプリがメモを片手に嬉しそうにしている隣で光の技と味を盗もうとする厨房のシェフ達や王国軍の者達が数名、そしてまさかのニコフ・デランド将軍までいた。そう、あの新婚の。


光「ニコフさんじゃないですか、どうされたんですか?」

ニコフ「たまには自分もキェルダと料理をしてみようかと思いまして、そのきっかけになればいいなと。本日はご教授お願い致します、光師匠!!」

光「「師匠」だなんて・・・、だったら悪い事しちゃったかな・・・。」

ニコフ「あら、どういう事です?」

光「まぁ、いずれ分かりますよ。取り敢えず始めていき・・・、ん?」


 厨房の出入口の陰からじっと睨みつける様な視線を感じた光は視線の方向へと睨み返した。何故か覗きの犯人を見つけたような表情をしている。


光「誰?!」

ペプリ「お・・・、お父様?!」


 視線を向けていたのはネフェテルサ国王・エラノダその人だった。


光「国王様でしたか、大変失礼致しました。」

エラノダ「いやいや、こちらこそすみません。あまりにも楽しそうで羨ましかったので自分も参加できないかと、いちカレー好きとして。」

光「私は勿論構いませんが、王女様や皆さんは?」

ペプリ「私は構いませんわ。」

王国軍「我々は、王女様の仰せのままに。」

光「王様、お聞きの通り皆さんの許可が出ましたのでどうぞ。」


 それを聞いたエラノダは喜び勇んで着替えを取りに向かった、嬉しさの余り王宮の中を国王がダッシュで右往左往している。

 数分後、厨房の出入口に戻って来たエラノダは拘りの服装を着ていた。


光「か・・・、割烹着ですか?」

エラノダ「これ一度着てみたかったんですよ、いつか着ようとダンラルタ王国から取り寄せましてね。」


 エラノダは嬉しそうに語っていた、確かに着ている割烹着はとても綺麗なシルクで作られている。ダンラルタ王国に多く住む鳥獣人族は布製品の加工を得意とし、国民の普段着から3国王の衣装まで色々な物を作っているらしい。今回の割烹着はニコフと先日結婚したばかりの鳥獣人(ホークマン)のキェルダにお願いして知り合いのプロに作ってもらった物だそうだ。

 ご自慢の割烹着を着てエラノダはとても満足気だ。


光「国王様とても・・・、お似合いですよ。では、早速やっていきますか。」

エラノダ「お褒め頂きありがとうございます。本日はいち生徒として参加させて頂きますのでご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。」


-110 カレー教室開始-


 いつもは市販のカレールウを使うのだが今回は料理教室、しかも王宮の厨房での開催なので本格的な物に挑戦してみる事にした。ただあまり詳しくない光はネットを駆使して徹夜で調べていたのだが、まぁ、大丈夫かと気楽にやってみる事にした。


光「まずはお肉を柔らかくしていきたいので角切りにしてコーラにつけたら、魔力保冷庫に30分程入れます。その間に鍋で油を熱し微塵切りにした大蒜と生姜、そしてトマトや玉ねぎを炒めます。玉ねぎが飴色になったら、用意した2種類の茸(今回はえのきだけとぶなしめじ)を入れてまた炒めます。コリアンダー、クミン、そしてターメリックと塩を加え弱火で炒め混ぜます。」


 全体的に一体感が出た時、光は保冷庫へと向かった。取り出した牛肉の水気を取って水と一緒に鍋へと入れる。少しずつ加えたヨーグルトが全体にしっかりと混ざると再び火を入れ中火で煮詰め始めた。ある程度の水気を飛ばすと香り付けとして拘りの山椒を加える。


光「これでカレールウの出来上がりです。」


 その時、厨房の入り口から門番の大隊長が声を掛けた。まさかのペプリの様に。


大隊長「光お姉様、仰っていた方が来られましたが。」

光「あ、丁度良かった。案内して下さい。」


 厨房に案内された人を見てニコフ将軍が驚いた。


ニコフ「キェルダ、どうしてここに?!」

キェルダ「光にこれを頼まれたんだよ。」


 キェルダは懐の風呂敷から頼まれた物を取り出した、カレー教室が故に光がパン屋の店長に頼んでおいた特注品だ。


光「いつもは白米で食べるのですが、今回は本格的なカレーにしましたのでこんな物を用意してみました。「ナン」です。」


 熱々のナンにそこにいた全員が食らいついた、1人につき1枚が配られ皆が小さく千切って出来立てのカレーをつけて食べ始めた。数分後、ナンだけでは我慢出来ず、炊き立ての白飯に食らいつく者もいた。


エラノダ「どちらで食べても美味です、そしてこの山椒の香りがまた食欲を誘います。」

ペプリ「今回はこの絶品なカレーに合わせてこんな物を作ってみました。」


 カラッと揚がった美味そうな揚げ物を手にニコニコしている、揚げたてを数切れに切って皿によそった白飯に乗せカレールウをかけた。


ペプリ「私とお姉様の共同で作りました、特製シャトーブリアンカツカレーです。」

ニコフ「シャトーブリアンカツですか、考えもしませんでしたね。」

光「ニコフさん、私もですが多分フランソワ・ルネ・ビコンド・ドゥ・シャトーブリアン本人も想像しなかったかと。」


 カレールウのかかったシャトーブリアンカツを一口食べると、サクッという音と一緒に口の中に肉汁が溢れ味がふんわりと広がり白飯を誘う。


ペプリ「うーん・・・、生きてて良かったですわ。」

エラノダ「それにしてもいつの間にこんな柔らかなシャトーブリアンなんか仕入れたのだ。」

ペプリ「街はずれの牛肉屋に予約注文しておきました、お父様いかがでございますか?」

エラノダ「うん・・・、美味いから良いかな・・・。」


 いつの間にか空っぽになっていた大鍋を見つけて光は焦った、実は出来立てもそうだが一晩置いたカレーはより一層美味いと伝えようとしていたのだ。

 光は咄嗟に『瞬間移動』し、自分用に昨晩残しておいた物を家から持参して皆に振舞う事にした。

 大鍋で温めお代わりとして出すと、これもまた好評で残りが底から数センチ分のみになっていたので、小鍋に分けて鰹節と昆布で取った合わせ出汁や鶏がらスープを注ぎ入れて茹でた饂飩や中華麺と合わせた。

 カレー饂飩とカレー拉麺だ、実は今回の為にこっそりと用意していた野菜の掻揚と豚肩ロースの巻叉焼を合わせる。因みに叉焼は直前に少し焦げ目が付くまで火で炙り、甘い脂を浮き出たせている。サクサクの掻揚とトロトロの叉焼もまた好評で皆美味そうに食べていた。


エラノダ「あらまぁ・・・、もう料理教室というより・・・。」

光「食事会ですね。」

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