3. 異世界ほのぼの日記 61~70


-61 昨日の敵は今日の友と言うが-


 3位グループの3台は今までずっと共に走っていた為か、いつの間にか絆が生まれていた。


④ドライバー「お前ら、大丈夫か?!悪かった!怪我してないか?!」

⑫ドライバー「こちらこそ悪い・・・、あそこで俺が無理に妨害していなかったら・・・。⑧番車の野郎は・・・、無・・・。」

⑧ドライバー「野郎じゃないわよ、失礼ね。」

⑫ドライバー「そうか・・・、悪かった。怪我は無いか?」

⑧ドライバー「私は大丈夫、とりあえずレースの邪魔にならない様に端に避けていましょう、奇跡的にも1台が通れる位の空間は空いてるみたいだからレースに問題は無いと思うわ。」

⑫ドライバー「とにかく怪我が無かったらそれでいい、レースはまたの機会に参加すればいいさ。とりあえず端に・・・。」


 どこかで会話を聞いていたのか実況のカバーサが一言。


カバーサ「お2人さん、良い雰囲気ですがレース自体は一時的に予備のルートを使って続行していますのでご心配なく。」

⑧ドライバー「そうなの?・・・って、アンタどこで聞いてんのよ!!」


 ⑧番車のドライバーに追及されるとカバーサは慌てて胡麻化した。


カバーサ「おや、1匹のコッカトリスが車番プレートを両手に持って自らコース飛んでますよ。えっと・・・、こちらは④番車のドライバーさんですか?」

④ドライバー「俺は・・・、死んだ⑧番と俺を気遣ってくれた⑫番の為に・・・、それと自分達の為に完走だけでもするんだ・・・!!」

⑧ドライバー「失礼ね、私まだ死んでないわよ!!」


 ⑧番車のドライバーによる適格なツッコミにより一瞬会場は湧いたがレースの主催者から通達が出たのでカバーサが伝えた。


カバーサ「えっと・・・、④番さん・・・、気合には皆が感動していますがお車で走っていませんので事故での失格は取り消されませんよ」

④ドライバー「えっ・・・。」

カバーサ「だから言ってるでしょ、あなた失格。今すぐコースから立ち退かないと私が自らピー(自粛)しますよ。」

④ドライバー「は・・・、はいー・・・。」


 ④番車のドライバーは諦めて地上に降り立つと、人間の姿に戻ってから徒歩で戻って行った。背中にはとても哀愁を感じるが、少し震えてもいた。


カバーサ「まぁ、どう考えても距離的に無理なんですけどね、本人自ら立ち退いて下さったので良しとしましょう。あ、くれぐれも私は脅してませんので。」


 観客全員があんたが脅したんだろと言いたくなっている様な表情をしているので、表面上は一先ず否定はしたが、実際は言葉に暗黒系の魔力を乗せて少し脅していた。

 カバーサはとある偉大なリッチの下で修業をしたネクロマンサーである。普段はご存知の通りボートレースの実況をして隠しているが、実は暗黒系の魔法、特に黒魔術を得意としていた。プライベートを知る者はあまりいないという。

 因みにだが、ゲオルの下で修業をしたパルライもネクロマンサーであった。

 さて、皆がカバーサと④番車のドライバーのやり取りに注目している間にトップを独走する⑨番車は競馬場横の道を抜けてダンラルタ王国を目指していた、今日1日で何回国境を通過しただろうかとため息をつきながら退屈そうに走行していたら監督から茶々が入った。


⑨監督「おいおい、どうした?お得意の鼻歌が聞こえんぞ。」

⑨ドライバー「曲・・・、無くなった。」

⑨監督「おいおい、冗談だろ。本当はどうなんだよ?」

⑨ドライバー「飽きた。」

⑨監督「お前、そんなに寡黙なやつだったか?鼻歌している時と全然違うじゃないか・・・。」

⑨ドライバー「許せ。」

カバーサ「えー、先程とは打って変わってとても寡黙なトップの⑨番車のドライバーさんはテンションと走行スピードが反比例するらしく、どんどんとラップタイムを縮めております。これはどういう事なのでしょうか?」

⑨ドライバー「猫・・・。」

カバーサ「は・・・、はい?」

⑨ドライバー「猫・・・、触りたい・・・。」

カバーサ「愛猫家さんでした、意外と可愛い所ありますね。ギャップ萌えしちゃう女性の方々いるんじゃないですか?」

光「ははは・・・、どうだかね・・・。」


-62 寡黙なドライバーの過去-


 レースは50周目に差し掛かろうとしていた。依然トップは⑨番車で車を操る寡黙なドライバーはまだまだペースを上げ。最速ラップタイムを更新していった。数年もの間、続いて来たレースだがここまでの記録が出たのは初めてだと言う。


⑨監督「おいおい、疲れて来てないか?そろそろピットに入って交代していいんだぞ。」

⑨ドライバー「まだ・・・、行ける・・・。と言うか、行きたい・・・。」

⑨監督「そうか・・・、お前が良いなら良いが、無理だけはするなよ?」

⑨ドライバー「ああ・・・、感謝する・・・。」

カバーサ「未だに記録が更新されていきますが、それに連れドライバーさんもがどんどん寡黙になっていきます。」


 コースのコツを掴んだのか、彼にとったら現在このレースはただのドライブ感覚となっていた。彼はフルフェイスの顔部分を上げ、傍らに置いていた煙草を燻らせ始めた。


⑨監督「お前、このチームに来て今年で3年目だったはずだが大分貫禄が出て来たな。まさかレース中に煙草を吸う程の余裕まであるし。」

⑨ドライバー「ふぅー・・・(煙草)、駄目か?」

⑨監督「駄目とは・・・、言わないけどさ。タイヤは平気か?」


 ドライバーはタコメーター横のパラメーターにチラリと目をやった。


⑨ドライバー「まだ・・・、走れる・・・。すまんが、一人にしてくれ。」

⑨監督「ああ・・・、いつでも交代するから言えよ?」

⑨ドライバー「分かった・・・。」


 ドライバーは短くなった煙草を灰皿に捨てると新たにもう1本煙草を燻らせ始め、1人思い出に更け始めた。カバーサが実況席を通し彼の回想を音声に変えて観客全員に行き渡らせ始めた。ドライバーは気付いてないらしい・・・。


⑨ドライバー(回想)「そうか・・・、俺もこのチームに入ってもう3年目か。あの頃の俺はこうやって走っているだなんて想像も付かなかっただろうな。確か異動は急な話だったはず、前は営業3課にいたはずだな・・・。ホント・・・、課長がうるさかったな。一応・・・、このチームがあるから会社に入ったんだが・・・。」

課長(回想)「キュルア(⑨ドライバー)!お前は相変わらず役に立たん奴だな!お前だけだぞ、この3課でノルマを達成出来ていないのはよ!何もしない癖に椅子にドカッと座って飯だけはいっちょ前に食いやがってよ、次の異動とボーナスを楽しみにしているんだな。」

キュルア(回想)「毎日の様に3課全員がいる前で罵声を浴びせられていたっけな・・・、頼まれる取引先が気難しい人たちばっかりの所だったから中々だったんだよな・・・。俺だってそれなりに頑張っていたし自分の仕事が上手く行かなかった分皆の手助けを色々していたんだがな、本当にあの時はやっていけるか悩んだよ・・・。そんな時によ・・・。」

課長(回想)「ほら喜べ、優秀なキュルアさんに異動が出たぞ。精々そこで頑張るんだな。おっと、後は安心してくれよ?お前の代わりはいくらでもいるんだからな。」

キュルア(回想)「あの課長が嫌味な言い方してきたから正直左遷かと思ったが今は感謝してるぜ、まさかこうやって昔ヤンチャしていたが故のドラテクが役に立つ職場に来れるとは思わなかったからな。ふぅー・・・(煙草)、煙草が美味いわ。」

⑨監督「本当、こっちにお前をくれたラルアン課長とお前自身に感謝してるぜ。こんなに優秀なドライバーに出逢えると思っていなかったからな。」

キュルア「感謝しているのは俺の方さ・・・、今はこの仕事が楽しくて仕方がない。運転は好きだし趣味と1つと言っても過言ではないからな、それに営業に比べて有休が取りやすいから猫と戯れやすって・・・、あれ?」

⑨監督「おいおい・・・、やっと気付いたのか?今までのお前さんの回想、全部観客席に魔力放送されていたぞ。まさかのだが、ラルアン課長の嫌味な音声付きで。」

キュルア「やっちまった・・・、こんなつもりは・・・。つい思い出に更けっちまった。集中集中。」


 レースは50周目に入り、全ての券売機がレース終了まで一時閉鎖された。殆どの観客がキュルアが操り独走する⑨番車が優勝すると予想し、⑨の入った買い目のオッズ倍率が一気に下がった。主催者側もここまで差が付くとは思わなかったのだろう。

 一方で、⑨番車のピットスタッフにキュルアの回想に出てきたラルアン課長が部下への日々のパワハラで訴えられたと連絡が入った。どうやらキュルア以外にもラルアン課長には悩まされていたらしく今回の騒動はチームが所属する会社に大きな打撃を与えた。これによりラルアン課長は懲戒免職、また意見が寄せられていたのにも関わらず無視し続けていた人事部長は3か月の減俸を言い渡され、被害者全員にはパワハラへの対策の悪さ等に対するお詫びとして会社から金一封、そして気分転換の為の温泉旅行券が配られる事となった。

また、本人が故意に行ったわけではないのだが、今回のきっかけを作ったキュルアには賞賛の声が集まり、社長からの感謝状含め色々与えられる事になったらしい。


キュルア「ふぅー・・・(煙草)。まぁ・・・、いいか・・・。」


-63 レースの裏で-


 レースは70周目に入ろうとしている、トップは未だキュルアが乗る⑨番車。他のチーム車両がピットストップを行っていく中でも彼は依然として行おうとしなかったので差がどんどんとついて行く。ピットスタッフに至っては交代で仮眠を取り出す始末だ。

 そんな中、レースコースの周辺を3国の警察が協力して警備を行っていた。ネフェテルサ王国では林田警部が指揮を執り、息子で警部補の利通や刑事のノームこと、冒険者ギルドの受付嬢を兼任するエルフのドーラが参加していた。

 コースの一部が併設されている競馬場にパトカーや覆面パトカーを止め警備本部のテントを設置して、林田警部がそこで街中の定点カメラ等の映像とにらめっこしていると1人の巡査が緊張で震えながら近づいて来た。手袋をした右手で1通の手紙を持っている。


巡査「警部・・・、あの・・・、よろしいですか?」

林田「ど・・・、どうした?顔が蒼ざめているぞ。」

巡査「実はと申しますと、警部が乗って来られている覆面パトカーにミラーにこれが・・・。」


 巡査から手紙を受け取るとゆっくりと開けて黙読した、切り貼りで作られた脅迫状で、こう書かれていた。


-3国のレースコース周辺の各所と、ネフェテルサ王国にある貝塚学園小分校、そしてバルファイ王国の貝塚学園高等魔学校に爆弾を仕掛けた。最下位がゴールした瞬間に爆発する様に設定してある、解除して欲しければ現金1兆円用意しろ。またこの脅迫状を受けてレースを中止したり、爆弾の事を外部に漏らしたりすると即爆発のスイッチを押す。-


林田「爆弾か・・・、しかも3国とはまた面倒な・・・。それにしても貝塚学園か、久々に聞く名前だな。確かネフェテルサの孤児院とバルファイ王国の魔学校がそこに当たると言っていたな。確か転生してくる数年前だったか・・・、あっちの世界で贈収賄の疑いで貝塚財閥の前社長が逮捕される直前に色んな作戦を経て最終的に全権を奪った今の社長夫婦がこっちの世界に転生した時に当時ボロボロになっていた2校を立て直したものらしい。前社長が理事長を務めた貝塚学園高校での独裁政治ぶりが露わになったが故に評判の落ちた学園や財閥を立て直すべく、今の社長が筆頭株主と協力して積極的な教育支援を行い今となってはあっちでもこっちでも文武両道の良好な学園となっていると聞く。確か・・・、貝塚財閥社長兼学園理事長の名前は・・・。」(※私の長編1作目である「最強になるために」をご参照頂ければと思います。作者より。)

女性「結愛(ゆうあ)です。」

林田「そうそう・・・、貝塚結愛。・・・って、え?!」

利通「連れてきたよ、俺とこいつら魔学校の同級生でちょこちょこ遊んでてさ、今でもたまに一緒に呑んだりしてるんだぜ。夫の光明(みつあき)も喜んで今回の捜査に協力させてくれってさ。」


 林田は利通の胸ぐらを掴み怒鳴った後、結愛に向かって土下座をした。


林田「おい!!利通!!『こいつら』とは何だ、『こいつら』とは!!こちらの方々は私の転生前の世界にある大企業『貝塚財閥』の社長夫婦だぞ!!貝塚社長、愚息が大変失礼致しました、誠に申し訳ございません!!」

光明「ははは・・・、お父さん、いや警部さん。頭を上げて下さい、利通さんが言っていた事は本当ですから。」

林田「それでも・・・。」

結愛「利通さんがこんな性格なのは今に始まった事では無いですのでもう慣れっこなんです、ご安心下さい。」

林田「そうですか・・・、社長がそう仰いますなら。」

結愛「あの警部さん、私達堅苦しいのが非常に苦手ですので気軽に結愛、光明と呼んで頂けますか?」

林田「分かりました、では・・・、結愛さん。宜しいのですか?お忙しいはずですのに捜査にご協力頂けるなんて。」

結愛「勿論です、我々貝塚財閥が力を入れているのは今も昔も『子供達を主体とした教育現場への支援』です。実はこのレースも当社が協賛致しておりまして、売り上げも支援金として教育各所に寄付しようと考えていますから。その場での今回の事件、私も見逃す訳には参りません。警察の方々の捜査に協力するべく、私共の優秀な使用人を連れて参りました。羽田さん、警備隊の方々に混じってでの捜査の方、宜しくお願い致します!!」


 結愛に呼ばれた黒服長の羽田(はた)が部下を連れてやって来た。


羽田「羽田です、宜しくお願い致します。」

林田「お願いします。さて、ノーム君。他の2国の警備本部はこの事を把握しているのかね?」

ノーム(ドーラ)「各国の警備本部にいる私の同期にメールで脅迫状の画像を送ってあります、確認の依頼を電話でも行っておりますので大丈夫かと。」

林田「分かった、一先ずダンラルタ王国警察に連絡して爆弾処理班の手配をお願いしてくれ。」

ドーラ「分かりました。」


-64 この世界の爆弾処理班-


 林田の指示を受け、ただちにドーラが連絡を入れると、ダンラルタ王国警察から爆弾処理班が派遣され各国に散らばりもうすぐ到着するとの折り返しの連絡があった。

 こっちの世界での爆弾処理班といえば重厚な装備を付けた正しく「爆弾のプロ」というイメージがある。

 数十分後、軽装の男性が数名警備本部にやって来た。


男性「お待たせっした、爆弾処理班っす。」

林田「おいおいノーム君、こいつら本当に大丈夫なのか?」

ドーラ「大丈夫ですよ、何せ彼らは火のプロですから。上級魔獣と上級の鳥獣人族(ホークマン)の集まりですよ。ここは私達にお任せください、警部は警備の指揮に戻られた方がよろしいかと。」

林田「分かった、じゃあ任せるから随時報告を頼むな。」


 林田警部はその場を離れ、逃げる様に競馬場周辺の警備隊と巡回し始めた。

ダンラルタ王国警察から派遣された爆弾処理班は6名、内2名は上級鳥獣人族(アーク・ホークマン)で火属性に強いレイブン、そして人の姿をしたレッドドラゴンが2名と爆弾探し要因のケルベロスが2名、しつこい様だが全員かなりの軽装だ。

 リーダーを務めるレイブンのプニは昔かなりのヤンチャだった為、少しチャラさがあった。


プニ「んで、どっから調べます?」

利通「プニー、久々だな。取り敢えずこの競馬場から頼むわ。」

プニ「利通じゃねぇか、久しぶりだな!魔学校以来か、まさかお前と仕事するとはな。」

結愛「プニ、俺達もいるぜ。」

プニ「おお!!結愛に光明じゃねえか、結愛のキャラも相変わらず変わらねぇな!!」

光明「俺達も捜査に手伝うから宜しくな。全社員一同、捜査に協力するぜ。」

プニ「貝塚財閥だったか?えれぇデカい会社だもんな、心強いぜ。」

利通「よし、そろそろ始めようぜ。」


 テントを出て、ケルベロス達が嗅覚を利用して探し始めた。


ケルベロス①「ふんふんふん・・・、さっきからずっと匂ってたけど分かるか?」

ケルベロス②「この火薬臭い匂いだろ、お前も感じるか。」

プニ「匂いなんて全然しねぇぞ、どっからだよ。」


 ケルベロス達の案内で全員が競馬場内のコインロッカーへと向かって行った。南口にあるロッカーの45番、微かにだが確かにカチカチと音がしている。


ケルベロス②「これ、開けれるか?」

光明「任せろ、こういうのは得意だからな。」

プニ「よっ、先生。待ってました。」

ケルベロス①「噂の小型マシンの登場か。」


 ロッカーの鍵穴に光明が持ち寄ったマシンのアームを挿入して回すと鍵が易々と開いてしまった。

 デジタル時計が接続されたダイナマイトが仕掛けられている。ただこの爆弾、特徴的な点が1つだけあり、デジタルの数字が「0」に近づくペースが遅くなったり速くなったりとカウントダウンが不規則な進み方をしていた。

 ドーラは脅迫状にあったとある記述を思い出していた。


-最下位がゴールした瞬間に爆発する様に設定してある-


 ドーラは魔力映像を出し、最下位で走る⑲番車を見ていた。右下でデジタルの数字が上下している、どうやらスピードメーターらしい。


ドーラ「⑲番車・・・、出走表にも何処にも何故か名前が書かれてないですね・・・。」

利通「どの国の代表かは分かるか?」

ドーラ「それも書かれてないです・・・、主催者に問い合わせたら分かるかと。」

結愛「聞いてみるからちょっと待ってくれ。」


 結愛が懐から携帯電話を取り出し、主催者に問い合わせようとした瞬間・・・。


男「おいお前ら、余計な詮索すんじゃねぇ・・・。このエルフがどうなっても良いのかよ?!綺麗な顔に傷が入っちまうぜ・・・。分かったら全員黙って手を挙げてその場に伏せろ!!」


 覆面をした男がドーラに小刀を突き付け後ろに立っていた。顔が見えないその男のから狂気のオーラを全員感じ取っていた。

 両手を挙げ、息を呑んでその場にひれ伏していた。覆面の男は未だドーラを離そうとはしない、ただドーラはずっと冷静な顔をしていたが。


-65 ヒーローはすぐそばに-


 覆面の男は息を漏らしながら突き付けている小刀をドーラの顔にゆっくりと近づけ始めた。


男「俺はゆっくりと嬲っていくのが好きなんだ・・・、無力な馬鹿どもの目の前でお前の顔に1つずつ傷を入れてやる・・・。」

ドーラ「あんた・・・、誰を相手にしてるか分かってんの?私みたいなブスを人質にしたって仕方ないのよ。」

男「俺はこの状況が好きなだけでお前が誰かなんてどうでも良いんだ・・・。ほらほら・・・、後ちょっとで傷が・・・、ぐはっ。」


 小刀が顔まであと2cmとなった瞬間、男が小刀を落とし崩れ落ちた。

 男に男性が微量だがスタンガン程度の電力がある雷魔法を喰らわせている。


男性「ふっ・・・、間に合ったな・・・。」

ドーラ「林・・・、田・・・、いや利通!!怖かった・・・!!」


 利通の胸で涙を流すドーラは1人の刑事ではなく女性の顔をしていた。


利通「てめぇ・・・、何人の女に手ぇ出してんだよ・・・。」


 利通は小刀を持つ男に鋭い眼光を向けた。


結愛「社内恋愛ならぬ、署内恋愛?」

ドーラ「・・・ってあんた、何彼氏面してんのよ!!」

結愛「違うんかい・・・。」

ドーラ「いや、利通は正真正銘私の彼氏ですけど?」

結愛「何やねん・・・、ってどうでもええわ!!」

利通「わ・・・、悪い・・・。だって・・・、大好きなドーラに・・・、刃物が向けられているのを見て・・・、じっとおれんかって・・・。」

結愛「何で関西弁やねん・・・、でお前が泣くんかい!!」


 結愛がキツめのツッコミを見せた時、利通とドーラの無線機から声がした。林田警部からだ。


林田(無線)「えっとな・・・、利通・・・、それとノーム君。君たちが以前から良い雰囲気になっていたのは署内全員が知ってはいたんだがね。そのやりとりの音声を署内の人間全員の無線に送る必要は無かったのでは無いのかな・・・、と私は思うのだよ。しかも貝塚社長の目の前で・・・、ねぇ・・・。」


 利通とドーラは無線機のチャンネルを確認した、両方ともの無線機が署員全体への連絡に使う物となっている。

 恋人たちは顔を赤くし2人仲良くその場から離れて行った、行き先はどこへやら・・・。

 気を取り直して、プニ達は爆弾の処理に戻ろうとしたがその場にまだ男がまだいたのを忘れていた。

 ケルベロスの1人が男を背後から取り押さえ、もう1人が懐から手錠を取り出して男の両手に取り付けた。


ケルベロス②「15:56 銃刀法違反、現行犯で逮捕する。根掘り葉掘り署で聞かせてもらうからな、行け!!」


 たまたま同行していた数名の巡査がパトカーに男を乗せネフェテルサ王国警察に運んだ。


ケルベロス①「さてと、早くやっちまおうぜ。爆発しちまう。」

プニ「そうだな、早速やるか。」


 ただ爆弾を解体する器具も全く準備していない上に軽装なので結愛達は不審な目でプニを見ていた。

 心配する貝塚夫妻をよそに、プニが45番ロッカーから素手で爆弾を取り出し、屋外にあるダートの競馬場へと持って行った。

 レッドドラゴンの1人が優しい赤さの火の玉で爆弾を包むと、もう1人とプニが慎重に火属性魔法を掛け、ゆっくりと焼却処分していった。もし爆発したとしても火の玉のお陰で被害が広がる事はない。


爆弾「ボムッ・・・。」

プニ「ふぅ・・・、取り敢えず一丁上がりだな。これだけとは思えんけど・・・。匂いはするか?」

ケルベロス①「うん・・・、何個か分からんけど、すぐ近くに結構あるかもだぞ。」

レッドドラゴン「よし、いっその事競馬場ごと焼いて何か食うか?」

結愛「笑えるか、アホ・・・。」


-66 一方で-


 恋人たちが現場に戻って来たのはプニ達が爆弾を『処理』し終えてから十数分経過してからの事だった。2人は口の周りが不自然に明るく光り、表情が少し赤くなっている。髪が少し乱れているのは言うまでもない。


プニ「お前ら・・・、ううむ・・・。」


 プニは仕事を再開すべきだと気持ちを押し殺した。何をしていたかだなんて正直想像もしたくない。

 ただ、林田警部が無線の向こうで呆れ顔になってしまっているのは確かだ。幸いケルベロスやレッドドラゴン達は気付いていないらしくその場を何としても納めなくてはと冷静に対処する事にした。

 プニの無線機から林田警部の声が聞こえる、どうやら恋人たちは無線機の電源を切っていたらしい。


林田(無線)「利通君・・・、そしてノーム君・・・、君らが無線機の電源を切ってまで2人きりになりたい気持ちは私も大人だから分からんでもないが・・・。」

ドーラ「そんな・・・、照れるじゃないですか。」

林田(無線)「ぶっ・・・。」


 ドーラが林田に何をしたかはその場の全員が分からなかったが何かしらの攻撃がなされたらしい、多分ビンタに近い物だろう。取り敢えず林田は偶然を装う事にした、どう頑張ってもドーラが何かをした証拠が見つからないのだ。


林田(無線)「失礼・・・。さてと、爆弾の方はどうなっているかね?」

ドーラ「お父さ・・・、いや警部、1つがコインロッカーの中に見つかりました。爆弾処理班の方々によるとまだ複数個隠されているかとの事です。」

林田(無線)「ノーム君・・・、まさかこの言葉を言う事になるとは思わなかったが、君にお父さんと呼ばれる筋合いは無いよ。取り敢えず見つかった爆弾はどうしたのかね?」

利通「えっと・・・。」

プニ「見つけた1個は俺達で処理したっす。」

ケルベロス①「ただ競馬場内から爆弾の匂いがプンプンしますぜ、林田の旦那。」


 相変わらずのキャラを保っているが仕事はしっかりと行っているので文句は言わないでおくことにした、別の者達には日を改めて。

一方、銃刀法違反の現行犯で逮捕した犯人をネフェテルサ王国の警察署に巡査が輸送し、それに合わせ警備本部にいた林田警部が一時的に署に戻り取り調べを行った。犯人によると、自分は金で雇われただけだと言う。真犯人からは電話での指示を受けていたが非通知での着信だった為番号は知らないそうだ。そして分かった事がもう1つ、真犯人に雇われて犯行を手伝っている物が後2人いるらしく、ダンラルタとバルファイに1人ずつ。主に真犯人が仕掛けた爆弾の管理を任されていた。

現行犯逮捕なのでネフェテルサ王国の法律で確実に有罪になるとは思われるが刑を軽くすることを条件に競馬場に仕掛けられている爆弾の位置と個数、そして他の2国にいる犯人グループの者の特徴を聞き出すことにしてみた。


林田「些細な事でも何でもいい、君の知っている事を教えてくれないか?」

犯人「競馬場に仕掛けられている爆弾はあと3つ・・・、そして場外に大き目の物が3つで、勿論場所は教える。ただ全てが独自のネットワークで繋がっていて同時に爆発される様に設定されているらしい。ただ、警察にバレた時の事を考慮して解除された瞬間に真犯人に連絡が行く様になっていると聞いた。下手すればそれによって爆発までの時間が短くなるかも知れない。

 そしてすまないが、会った事も無いから主犯者含め他の犯人グループの者の顔や名前といった特徴は全く知らない。

 金は作戦を終えてからとの事なので勿論まだ払われていないし、差出人不明の封筒に入ったこの携帯を持たされてさっきも言った通り番号非通知だったから俺には全く情報が無い。」

林田「そうか・・・、よく言ってくれた。察するにお前さん・・・、かなり腹が減っているのでは無いのかな?」

犯人「何故・・・、分かった・・・。」

林田「私の想像だが、君はろくに食えない程金に困っていて、真犯人の奴からの報酬の情報に目がくらみ、犯行に協力してしまったのだろう。ただ、自分が間違った事をした、罪を犯したという事は勿論分かっているね?」

犯人「ああ・・・、どんな重い罰でも甘んじて受けるつもりだ。そしてエルフの刑事さんに謝りたい。不本意とは言え、申し訳ない事をしたと。」

林田「分かった、『どん』な罰でも受けるんだな?エルフの刑事・・・、ああノーム君の事か。おい、またうちの利通とお楽しみの様だが聞いてたか?」

ドーラ(無線)「す、すみません・・・。はっきりと聞こえてましたよ、許します許します。」

林田「そういう事だから、こっちも君に見苦しい物を見せてしまったかもしれないんだよ。お詫びと言ってはなんだが、罰の1つとしてこのデカ盛りの特製『丼』を食べて貰おう。」

犯人「警部さん・・・、ぐすん・・・。これうめぇよ、ただある意味『重い』罰だな。」


-67 重い罰-


 『丼』な『重い』罰を受ける犯人に林田は柔らかな表情と口調で質問してみた、キツめの口調で聞くと答えづらくなってしまうかも知れない、素直に答えてくれそうな内に聞いてみようと言う作戦だ。


林田「どうだ、味は美味いか?知り合いの板前さんに頼んで作って貰ったんだ。俺大好きなんだ、カツ丼と親子丼に牛丼、そしてかき揚げ丼がよ。」


 丼にたっぷりの白米が盛られ、上には黒豚のロースカツにネフェテルサ特産の若鶏で出来た親子丼の具材がかけられ横にカラッとサクサクに揚げられた大きなかき揚げと継ぎ足しの出汁で甘辛く煮詰められた牛肉が添えられている。料理の練習に余念のない焼肉屋で働くウェアタイガーのヤンチの特製丼で、お代はいらないからと御厨板長が試食を頼んできたのだ。


犯人「こんなご馳走・・・、久々だよ。」

林田「それな、本当は俺の昼飯だったんだぞ。」

犯人「いいのか?俺、さっきも言ったが金ねえぞ。」

林田「良いんだ良いんだ。目の前で腹を空かせている奴がいるとほっとけねぇ性格(たち)でな、許してくれ。それにしてもよっぽど腹減っていたんだな、もう半分も無いじゃんかよ。」

犯人「美味すぎてな・・・、俺には勿体ねぇ・・・。死んだ両親に食わせてやりてぇ・・・。」

林田「良かったら、お前さんの話を聞かせてくれないか?食べ終わってからで良いからよ。」


 犯人は冷めない内にと口にどんどんと運んでいった、急ぎすぎて詰まらせかけている。ただ、まだ満腹感は来ていないみたいで勢いはおさまらない。


林田「ははは、急ぐからだろ。今お茶を持ってきてやるから待っとけ。」


 林田警部は冷蔵庫から麦茶を持ってきて犯人に1杯与えると、食らいつく様に一気に飲み干した。


林田「少し気になったんだが、お前さん。この世界の奴では無いな?」

犯人「ああ・・・、確かにそうだが何故分かった?」

林田「俺と同じ匂いがしたんだよ、今更だが名前は?」

犯人「梶岡だ・・・、梶岡浩章(かじおかひろあき)。」

林田「梶岡か、実は俺も転生者なんだ。お前さんも俺と同じだから、日本の味を美味そうに食ってるんだな。」

梶岡「いや・・・、実は日本での記憶は全く無くてな。」

林田「良かったら聞かせてくれるか。」

梶岡「長くなるぞ、レースを見なくて良いのか?」

林田「後で何とでもするさ。」

梶岡「ん?まぁ・・・、良いか。これは数年前、ここに俺を転生させた神様的な奴に聞いた話なんだが、俺が生まれた直後に元々体の弱かった母親は分娩室で出血多量で亡くなり、病院まで走っていた父親もトラックにひき逃げされて即死だったらしい。そのトラックは逃走中の銀行強盗犯が運転していた物らしく、犯人は未だ捕まっていないそうだ。両親の顔や名前、声も知らぬまま施設に送られる事になった俺は施設に行く予定だった当日に新生児室から何者かに盗まれ、駅のコインロッカーの中で放置されている内に窒息で死んだと聞いた。そしてこの世界に転生されこの国の孤児院で育ち卒業、ほぼほぼ全財産をはたいてアパートを購入した俺はバルファイ王国の魔学校に行く予定だったんだ。一応、首席入学の予定だったんだぜ?なのにいきなり入学資格の剥奪通知なんてものが来てな、そこに書かれていた電話番号にかけてみたんだが誰も出ない。居場所も無くしちまった俺は職を得ようと冒険者ギルドに登録しようとしてみたが身分証明書が無いから登録出来ないと受付嬢に言われてよ・・・、それで今に至る訳さ。それにしても今思えばあのエルフの刑事さんに似た奴だった気がするな。」


 林田は懐に忍ばせていた無線機を机に置き、呼びかけた。


林田「ノーム君・・・、そう言う事らしいが、聞いていたか?」

ドーラ(無線)「聞いてました、何となく見たことがある顔だと思ったのですがあなただったのですね?」

梶岡「どういう事だ?」

林田「この国の冒険者ギルドの受付嬢本人だよ、本職はここの刑事。それと結愛さん・・・、梶岡が言っていた事は事実でしょうか?」

結愛(無線)「私の方には報告が上がってませんね、梶岡さんでしたっけ、少し調べさせて頂けませんか?羽田さん、お願いできますか?」

羽田(無線)「お任せください。」

梶岡「これもどういう事だ?」

林田「君が行こうとしていた魔学校の理事長だよ、調べてくれるらしい。それでだ・・・、どうやらこちら側に非があるようなので今回のもう1つの『罰』は俺達の捜査に協力するって事でどうだ?」


-68 協力と反抗-


 羽田は警備隊に混ざり捜査を続けつつ、黒服に指示を出し魔学校の入学センターの担当者に取り調べを行う事にした。その前に、結愛の指示で当時の入学者リストをコピーし入念にチェックしていった。勿論、梶岡の名前は無い。首席入学者は「リラン・クァーデン」と書かれている。黒服からその事を聞くと羽田はすぐに結愛と林田に無線で伝えた。林田は驚きを隠せない。


林田(無線)「クァーデンですって?!確かにそう書かれていたのですか?!」

結愛(無線)「警部さん、何かご存知なのですか?」

林田(無線)「ええ・・・、悪名高い事で有名でしてね。名誉の為なら何でもしでかすダンラルタ王国の貴族ですよ。少し私に時間を頂けませんか?」


 林田は電話を取り出し、ある所に事情を話し始めた。電話の向こうの男性は快諾し、梶岡と話してくれると言った。


男性(電話)「梶岡さんでしたか?私で宜しければ力になりましょう、お話をお聞かせ願えますか?」


 梶岡は林田に話した自らの歴史を男性に話した、電話の向こうで男性は涙を流している。


男性(電話)「そうですか・・・、大変でしたね。私にお任せ下さい、魔学校とクァーデン家に問い合わせてみましょう。」

梶岡「あの・・・、貴方は?」

男性(電話)「ダンラルタで八百屋を経営している者でして、知り合いが多いのです。」


 林田は笑いを堪えた、有名な某時代劇で聞いた事のある様なフレーズだからだ。

 数分後、警察署に来た羽田に梶岡を紹介し、一緒に魔学校を調べる様に伝えた。羽田達がその場を離れると林田は男性に電話を掛けなおした。


林田「国王様、宜しいのですか?あんな嘘をついて。」

デカルト(電話)「構いませんよ、国王だと言うと身構えて話し辛くしまうでしょう。現にあなたもそうですから。」

林田「はい?」


 林田は以前飲み比べをした時にデカルトと連絡先を交換していたのだった。その時、自分達はもう友人なので気兼ねなく話してくれと言われていたのだ。


林田「そうだな、デカルト。すまない、ただ他の人の前だったから許しておくれ。」

デカルト(電話)「ひどい奴だな、忘れたのかと思ったぜ。」

林田「とにかく頼むわ、一大事かも知れん。」

デカルト(電話)「分かった、ただ俺は立場上レース会場を離れる訳にはいかんから軍の者に頼んでみるよ。」


 今行われている伝統のレースは3国の国王が主催者とも言えるので各国のレース本部にいる必要があるのだ。

 デカルトは軍隊に属するグリフォン数人と隊を率いる上級鳥獣人族(アーク・ホークマン)で雷魔法を操るバルタンを数人呼ぶとクァーデン家に向かう様伝えレースの方に戻った。

 クァーデン家の屋敷はらせん状のレースコース近辺の山の山頂に豪邸を構えており、噂では裏市場の人身売買で無理矢理連れて帰ってきた奴隷を多く持っているらしく、魔獣愛護団体からも目を付けられているそうだ。

 デカルトの指示でクァーデン家に来た軍隊長のムカリトが呼びかけた。


ムカリト「国王様の指示でここに来た、聞きたいことがある。玄関を開けて貰えないだろうか。」


 執事が奥から出てきた。主人は拒否していると伝えると玄関を固く閉め中庭の奥へと戻って行った。ムカリトはデカルトに報告の電話をした。


ムカリト「国王様、いかが致しましょうか。」

デカルト(電話)「私の申し出を断るとはね・・・、クァーデンならあり得ると思いましたがやはり怪しいですね。分かりました、私が許可します。もう1度申し出に応じないようでしたら強行突破してください。その時は、運悪く奴隷となった獣人達の保護をお忘れなく。」

ムカリト「かしこまりました。」


 ムカリトは再び玄関に向かい先程と同じ台詞と共に強行突破する旨をも伝えた。玄関は静まり返っている。軍隊は木製の扉をこじ開け中庭に入った。奥から汚れたぼろきれを着せられ手枷を付けられた獣人が数人助けを求めながら飛び出してきた、きっと例の奴隷だろう。軍隊長達は獣人達をグリフォンの背に乗せると王宮へと向かう様に指示した。


-69 解放した理由-


 クァーデン家から解放した奴隷たちをデカルトに会わせる為、一先ず王宮へと連れて行った。レース場に行く前に彼らに入浴させた後、新品の衣服と沢山の食事を与える様にとデカルトから指示があったからだ。特に食事に関しては出せるだけ出して良いので奴隷たちが満腹になるまでとの通達だった。

ムカリトの同僚で同じく軍隊長であるバルタンのウィダンが数人のグリフォンと任務を遂行していた。ただ、デカルトの「出せるだけ出して良い」という通達が妙に引っかかっているのだが。


奴隷「兵士さん・・・、良いのかい?こんなに良くしてもらって。」

ウィダン「だ・・・、大丈夫だ。こうする様に国王陛下直々の指示があってな。それにしても全然食事を取っていなかったのか?王宮にあった食材の殆ど9割方出したんだが全部食っちまったじゃねぇか。」

奴隷「まずい事をしてしまったならすまない、俺達元々巨獣人族(ジャイアント)なんだ。」


 ウィダンは王宮や王国軍の者の普段の食事の数十倍の量を出したつもりだったのだが奴隷たちは全てをペロリと完食してしまった、しかも10分も掛からない内に。


ウィダン「だからか・・・、大食いで有名だと聞いたが本当だったんだな。」

奴隷「さっき兵士さんに聞かれた通り、捕まってから全く食事という物を与えられて無かった。我慢しながらの強制労働は本当に辛かったよ。決して満たされない空腹と喉の渇きに耐える事が出来ず、何人もの仲間が亡くなっていったんだ・・・。辛かったよ、友人が目の前で息を引き取るのを見るのは。」

ウィダン「そうか・・・。思い出したくなかったら良いのだが、亡くなった方々はどうなった?」

奴隷「ゴミの様に鉄の窯に入れられ、燃料として使われた。俺達の毛皮はよく燃えると知っているらしい。ぐっ・・・。」

ウィダン「すまない・・・、悪かった。許してくれ。」


 ウィダンは奴隷の両肩に手を置き、頭を下げた。2人は目に涙を浮かべている。


ウィダン「それにしても初めて聞いたな、巨獣人族の毛皮がよく燃えるなんて。」

奴隷「俺達は普段は魔法で人の姿やこのサイズを維持しているんだが、これも結構辛くてな。ただ獣人族の中でも俺達巨獣人族は寒い所に住むことが多いから、体表に沢山ある毛皮で体を温めながら過ごしていたんだ。たまにだが毛の1本1本にある油分を利用し、焚火をしてキャンプの様にバーベキュー等を中心とした料理をする事もあったんだよ。

それより兵士さん、本当にありがとう・・・。本当に美味しかった・・・。」

ウィダン「礼には及ばないさ、そろそろ国王様の所に出発しようか。」


 ウィダンの声を聴くと丁度出発の準備を終えたグリフォン達が背中に乗るように促し、奴隷たちは従った。奴隷たちはグリフォンにもお礼を言っていた、よっぽど嬉しかったのだろう。


グリフォン「礼なら国王様に言いな・・・。」


 笑みを浮かべ奴隷にこう伝えると、レース場に向かって飛び立った。奴隷達の気持ちを落ち着ける為ウィダンが話しかけた。


ウィダン「王宮の料理、美味かっただろ?俺も好きでな、特に何が美味かった?」

奴隷「そうだな・・・。全て美味かったが、特に明太子スパゲッティだったな。俺大好物なんだよ。少し和風出汁と辣油が利いてて味わい深く、ついがっついてしまった。」

ウィダン「やっぱりか、俺もあれ好きでな。それにしてもまさかシェフが少しだけ入れた隠し味を初めて食って2つ当てるなんて凄いな。」

グリフォン「俺も最初は生クリームしか分からなかったぞ。」

奴隷「実はこう見えて調理師の資格を持っていてな、料理と味覚には自信があるんだ。」

ウィダン「そうか、良かったら今度食わせてくれよ。」

奴隷「いくらでも食わせてやるさ。」

ウィダン「楽しみにしてるぜ。おっと・・、もうすぐ着くみたいだ。」

グリフォン「着陸するぞ、ただ少し場が荒れてるみたいだからよく捕まっていてくれ。」


 ウィダンと奴隷達を乗せたグリフォン達がゆっくりとレース場横の砂地にゆっくりと旋回しながら着陸するとそこにコッカトリスが飛んで来た、デカルトだ。

 デカルトが人化するとグリフォン達も同じ様に人化し、皆と共に頭を下げて跪いた。


ウィダン「国王様、クァーデン家に捕えられていた方々をお連れしました。」

デカルト「ありがとう。皆さん、長旅お疲れ様でした。私は国王のデカルトと申します。皆さんにお越しいただいたのはありません、クァーデンとバルファイ王国にある魔学校の人間との関係性を可能な限りお伺いしたかったからです。」

奴隷「確か・・・、俺達が捕まっていた牢屋の向かいでクァーデンが何者かに大金を渡していたのを見ました、その時『これで上手くやってくれ』と言っていたような・・・。」


-70 出てきたのはまさかの人物-


 ダンラルタ王国の悪徳貴族であるクァーデン家に奴隷として捕まっていた巨獣人族の話を親身になって聞き入る国王のデカルト、少しも聞き逃さぬようにしたいので慎重に言葉を選んで質問していく。


デカルト「恐れ入りますが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

奴隷「皆・・・、名前を奪われ番号で呼ばれていました。」

デカルト「そうですか・・・、因みに奪われる前の物は覚えていますか?」

奴隷「ガヒューでした、ガヒュー・パンドル。」

デカルト「ではガヒューさん含め皆さん、これからは堂々とご自分のお名前を名乗って下さい。」


 巨獣人族の者達の目には涙が。


ガヒュー「よろしいのですか・・・。」

デカルト「勿論、国王の名の下に許可致します。今日からあなた方はわが友、そして皆さんの雇口も探させて頂きましょう・・・。」

ガヒュー「ありがとうございます、人生でこの上ない位の幸せです。」

デカルト「これからどんどん、幸せで楽しい人生を共に歩みましょう。その為にも私に協力してくれますね?」

巨獣人族達「お任せください、国王様!」

デカルト「ではウィダン君・・・、皆さんの為に雇口を。恐れ入りますがガヒューさんはもう少しお話をお伺いさせて頂けますか?」

ガヒュー「勿論でございます、国王様。」


 デカルトはゆったりとした雰囲気で話しやすくする為にとガヒューにハーブティーを与えた。また、果実で作ったフルーツタルトも横に添えている。両方とも素材からデカルトが作っている。


デカルト「どうぞ、私が王宮の中庭で育てたハーブと果実を使ったハーブティーとフルーツタルトです。お召し上がりください、ただくれぐれも他の人には内緒にしてくださいね。」


 ガヒューは震えながらティーカップを手にし、1口啜った。優しい味わいに心が安らいでゆく。そして横に添えられたフルーツタルトをナイフとフォークで器用に切って食べた。

 ガヒューは2品の優しい味わいで落ち着いた様だ。


ガヒュー「美味しいです、こんなご馳走久々で・・・嬉し・・・い・・・。」

デカルト「お辛かったでしょう・・・、もう大丈夫ですからね。我々は味方です。すみませんが、覚えている事をお教え願えませんか?」


 ガヒューは使っていた什器類を置き、重い口を開こうとしていたのでデカルトは林田に電話を繋いだ。


デカルト「私の友人です、ネフェテルサ王国警察で警部をしています。」

林田(電話)「デカルト国王の友人の林田と申します。些細な事でも構いません、覚えている事をお教え願えますか?」

ガヒュー「先程国王に申し上げました通り、俺達が捕まっていた牢屋の向かいでクァーデンが札束を何者かに渡して『これで上手くやってくれ』と伝えていました、確かクァーデン含め3人いたと思います。残り2人の顔は見えませんでしたが、先程の言葉の後にクァーデンが『義弘さんもお願いします』と言っていました。」

林田(電話)「い・・・、今何と?!」

ガヒュー「だから・・・、『義弘さんもお願いします』って・・・。」

林田(電話)「『義弘』と言っていたのですね?」

ガヒュー「確かに言っていました、牢の監視カメラに3人の様子が映っていたはずですので間違いなく。」


 林田から競馬場にいる結愛にその事が伝わると結愛は無線機を持った右手を震わせていた、顔全体が蒼ざめている。


結愛「義弘・・・、あの野郎・・・。この世界で何をする気だ・・・。」

林田(無線)「結愛さん、落ち着いて待って下さい。確か奴の刑期はまだ終わっていなかったはず、日本の刑務所に『連絡』してみましょう。」


 林田は日本と連絡出来る様、この世界に来て初めて『作成』した『連絡』で義弘がいるはずの刑務所へと繋いだ。怪しまれない様に電話を通して話す形にしている、お陰で日本では「あらゆる場所の固定電話に死者からの着信がある」という都市伝説が生まれてしまっているが、今はそんな事言っている場合ではない。


林田「刑務所長、久々だな。落ち着いて話したい、時間あるか?」

刑務所長(電話)「お前その声・・・、林田か?死んだって・・・、聞いたぞ・・・。」

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