3. 異世界ほのぼの日記 51~60
-51 女子会の夜-
2人はゲオルの店に寄り、缶ビールやワインと言ったアルコールに、そしてチーズにポテチなどの肴を買い込み光の家に向かった。後から自分達も参加したいとパン屋のミーシャとローレン、林田家のネスタから連絡を受けたので多めに買い込んだ。
皿に買い込んだ肴を並べ、冷蔵庫で酒と一緒に冷やしこみ、3人を待ちつつ風呂に入ってから先に2人だけで始める事にした。
汗を流した2人は缶ビールを同時に開け乾杯する、一気に口に流し込んだ。火照った体の五臓六腑にビールが染み渡る。
しばらくして色々と買い込んだ3人がやって来た。両手に沢山の買い物袋を抱えている。
ネスタ「何だい、もう始めているのかい?連れないね。」
ドーラ「何言ってんの、まだ始まったばかりだから問題ないって。」
ネスタ達が一緒にテーブルを囲み、改めて・・・。
5人「乾杯!!」
ミーシャ「パンを固めのカリカリに焼いて味付けしたら良い肴になっていいわね。」
ローレン「このローストビーフ、ワインにぴったり。」
5人「お酒が美味しい~。」
話題は光の恋愛についてとなった。先程のカフェにおけるナルとの様子を見て察したドーラが切り出した。
光はナルとの今までをゆっくりと語っていった。新聞の勧誘で偶々来た事や、無理言って料理を沢山作ってもらった事、家庭菜園を手伝って貰った事に、昨日の事。余す事無く語る光の顔は少し赤くなっていたが生き生きとしていた。
ローレン「過去の話はここまでとして・・・。」
ミーシャ「ナルの事、どう思ってんのよ・・・。」
光「だ、だから料理が上手くて、スイーツも上手くて、いざという時頼りになるし・・・。」
ドーラ「もう、回りくどいわね。だから?一緒にいる時どうなのよ。」
光「何かこう・・・、どこどきすると言うか、楽しくて離れるのが嫌になって、ずっと一緒にいれたら嬉しいと言うか・・・。」
ネスタ「ナルが大好きで、愛しているんだろ?好きで好きで堪らないんじゃないのかい?」
光「・・・はい、大好きです!出来る事なら今すぐにでも顔が見たい、手を繋ぎたい。横顔をずっと眺めていたい!ぎゅっと抱きしめたい!何もかもかなぐり捨ててでも良いから会いたい!」
涙を流し、大声で泣き叫んだ光をネスタがぎゅっっと抱きしめ、気持ちを確かめた。
ネスタ「その気持ちに嘘は無いみたいだね・・・、そろそろ頃合いかね。」
ネスタは光を玄関へと引き連れドアを開けるとそこには林田警部とナルがいた。
ナルを見つけた光はすぐに駆け寄り抱きしめた。ナルも光に応え抱いた。
ネスタ「あんた、随分と時間が掛かっていたじゃないか。」
林田「悪い、ナルがなかなか話を聞き入らなくてな。」
ネスタ「ほら、あんたも中に入って呑もうじゃないか。」
林田「折角の女子会だろ、おっさんが入っ・・・、うぐっ。」
ネスタが林田警部の口を塞ぎ無理矢理家の中に入れ、2人きりにした。実は女子会というのは真っ赤な嘘で、双方の気持ちを知ったドーラが2人を会わせる為の口実にしたものだった。
因みにだが、ネスタとパン屋の2人、ウェイトレスのレーゼ、そしてカフェのオーナーには全員ドーラの根回しがされていた。いわゆる全員グルだったのだ。
ドーラ「警部ー、遅いですよ。早く呑みましょうよ。」
林田「はははは・・・、ノーム君、ご機嫌な様で・・・。」
ドーラ(ノーム)「良いでしょ、今日は休みですし私のお陰であの2人を会わせる事が出来たんですから。」
ナル「あ、光さん・・・。いつぶりでしたかね?」
光「お昼以来では無いですか?」
ナル「あ・・・、あの・・・、先程家の中から聞こえて来たのですが・・・。いや勿論盗み聞きしていた訳では無いですので。ただ・・・、あの・・・、先程の・・・。」
光「何でしたっけ、色々ありすぎて記憶が曖昧でして。」
ナル「そうですか・・・、では私から言わせて頂けませんか?」
光「はい・・・。」
ナル「あの日・・・、休みだったのにいきなり店長に呼び出されて仕事になってしまった事をあの瞬間までは悔やんでました。丁度この玄関だったと思います、ヴァンパイアである私の暗いばかりの人生が一気に変わったのが。」
-52 女子会の夜は更けて-
ナルは語り続けた。
ナル「あの日、新聞の配達係が風邪で欠員し、最後に勧誘を兼ねて訪れたのがここでしたね。玄関を開けて下さったのがその時まで見たことも無い様な綺麗な女性の光さんでした。それから大食いと聞いて無茶だと言える量の食事を作ってみましたが、それにも関わらず完食してしまった事には驚きました。私が作ったただの男料理を綺麗に食べてくれたので本当に嬉しかったです。それをきっかけに家庭菜園をお手伝いさせて頂いたり、一緒に料理したり遊んだり銭湯にいったりと本当に楽しくて幸せでした。会う度に私を幸せにして下さる貴女に一生かけて恩返しがしたい。
先程申し上げました通り、私はヴァンパイアです。貴女がこの国にやってくる数年前まで私は一族共々、吸血鬼が故に恐れられ忌み嫌われていました。元々暮らしていた村を追われ王国の山の隅に追いやられ、逃げる様に引っ越しを繰り返していました。誰も味方がおらず、食料を得る事も困難で生きる事で精一杯でした。
後に私の家族は全員、ヴァンパイアを忌み嫌う人の手により殺され1人逃げ出した私は天涯孤独の身となりました。
生きる為とは言え、人の血を吸っていたのは確かです。しかし、私自身好きで吸っていた訳ではありません。当時まだ子供だった頃から料理とトマトが大好きだった私を温かく家に招き入れ我が子の様に育てて下さった恩人であるリッチ、ゲオルさんのお陰で今はこの様に姿を変え人に混じり平然と暮らせていますが、正直まだ、家族を殺された事は悔しくてなりません。今でも家族を思い、一晩中1人悔し涙を流す日々です。
そんな中、改めて私に嬉し涙を流させて下さった貴女に心から伝えたい。
くどくどと長くなりましたが吉村 光さん・・・、大好きです。私とお付き合いしてください!」
光は躊躇いながらも答えた。
光「お気持ちにお答えする前に貴方にお伝えせねばならない事があります。私は元々この世界の人間ではありません。林田警部や車屋の珠洲田さんと同じく異世界から転生して来た者です。
最初は右も左も、言葉も全く分からないこの地でナルさんと同じくゲオルさんに助けて頂きネスタさんのご厚意で林田警部のお宅に数泊させて頂いた後、この世界に連れてきた神様に与えられた財産でこの家を買い、沢山の方々に支えて頂きながら生活を始めて行きました。
実は生まれる前に父親を亡くし、母親も事故で亡くした私は前の世界で物売り(外回りの営業)の仕事を始め平凡に暮らしていましたが、酷い熱中症により倒れそのまま亡くなった折、気付いたらこの世界にいたのです。
先程言った神様により色々と便利に作り替えられたであろうこの世界でも初めての事が多くしどろもどろしていた時に新聞の勧誘に来て下さったのがナルさんでした。
私はあの時、とにかく嬉しかったんです!貴方が無茶を言ってしまった私に対し必死に応えて下さった事が!!
とにかくお腹が空いていて、美味しくて、嬉しくて堪らなかった!!
会う度に出逢えてよかったという思いが強くなっていって、次第にそれは好きという気持ちに変わっていきました!!
一緒にいて楽しくて、誇らしくて、気付いたら貴方の事ばかり考えてて、一緒に食べる食事の一口、一緒に呑んだお酒の一滴が思い出として強く私の中に残っています!
私も貴方の事が大好きです!こんな私で宜しければお願いします!」
2人は無言で見つめ合い、手を繋ぎ、その後暫くの間星を眺めていた。
林田警部とネスタ、そして遅れてやって来た利通が無理矢理外に出ようとしていたのでドーラとミーシャが必死に止めていた。
林田「ナルめ・・・、いつの間に私の娘をたぶらかしていたんだ・・・。」
ネスタ「私だって本当の娘だって思ってんだよ・・・。」
利通「俺の可愛い妹を・・・。」
ドーラ「ぐぎぎぎぎぎ・・・・、あんたらのじゃないだろ・・・。」
外にいる2人が同時に玄関の方を振り向いた。
ネスタ「あらぁ・・・、何かごめんなさいね、ごゆっくりー・・・。」
玄関のドアがバタンと閉まり一瞬気まずくなってしまったがすぐに元に戻った。
光「ナル・・・、さん・・・。」
ナル「ナル・・・、いやナルリスって・・・、呼んでください・・・。」
光「ナルリス・・・。あの・・・、あの・・・。」
ナル、改めナルリスは無言で光を抱きしめ緊張しつつ唇を近づけた。光も応える様に唇を近づける。
2人は声にならない静かな声を長い間ずっとかけ続けていた。
-53 翌朝を迎えて-
窓から差し込む柔らかな朝日と共に光は目が覚めた。昨夜は珍しく呑みすぎたのだろうか、少し頭痛がする。
正直自宅での女子会で呑み始め、玄関前でナルリスに告白され受け入れてキス・・・、キス?!
光「嘘でしょ?!私ナルリスとキスしちゃったの?!・・・、ファーストキス奪われちゃった。」
それからの事を思い出そうとしていた、恥ずかしくなってヤケ酒して確か何度かリバースして・・・、そこから思い出せない。
周囲をチラリと見回すと自分とナルリスが脱ぎ散らかした・・・、ん?!
いや、待て、落ち着こう。そんな訳がないじゃないか・・・。落ち着いて確認しよう。ほら、ベッドの上には衣服を何も着ていない自分とナルリスが寝転んで・・・、え?!
光「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!!!」
とにかく急ぎ服を着て落ち着こう、それから深呼吸して確認。ベッドのシーツから濡れていてそこら辺から異臭がするし少し赤色っぽいけど大丈夫だろう・・・、ん?!
光「確定じゃない・・・、酔った勢いって怖い・・・。ヴァンパイアと初キスに初夜・・・、何て滑稽なの・・・、ハハハ・・・。実はもっと血が出ててナルリスに吸い取られたって?はぁ~・・・。」
異世界にいるが故に出来る想像まで浮かび上がり始めた。そんな時、自室の出入口の扉越しにネスタとドーラがこちらを覗き込んでいる。
ネスタ「どうぞ、続けて続けて。」
ドーラ「いやぁ奥様、貴重な物が見えましたね、私この上なく感動してます。」
光「覗いてたんですか?!心の準備も出来てないんだから見物してないで止めて下さいよ!!」
ネスタ「良いもんだね、朝早くだけどこれを肴に呑めるさね。」
ドーラ「私も呑んで良いですか?」
光「本当に朝から缶ビール呑んでるし・・・、っていい加減にして下さいよ!!」
その時、林田警部と利通親子が立て看板を持ち勢いよく入って来た。
林田親子「テッテレー!!ドッキリでした!!」
ネスタ「ごめんねぇ。まさか昨日の夜、2人の初キスシーンまで見えると思わなかったからさ、悪戯したくなっちゃって。」
ドーラ「魔法で睡眠状態を出来るだけ継続させている内にシーツ等をすりかえたりして事後をそれなりに再現してみました、テヘ。」
光「え・・・?」
ネスタ「ナルリスが仕掛け人をするのにノリ良い子で助かったよ。」
光「ちょっと・・・、トイレ・・・。長いかも・・・。」
それから光はトイレに15分ほど籠りほっとした表情をして出てきた。ドッキリなのは本当だったそうで、本人の「大切な何かしら」は守られたらしい。
光「はぁ~・・・、良かった。」
ネスタ「悪かったよ、羨ましかったから悪戯したくなってね。お詫びに朝ごはん作るからお茶でも飲んでてよ。」
光「・・・、お酒が良い。」
光は今日も休みにしていたので問題は無い。
冷蔵庫をガサゴソと漁り缶ビール・・・、が見つからない。
林田「ごめん、俺とドーラで全部呑んじゃった。」
光「くっ・・・、かくなる上は・・・。」
光は玄関を出て普段使っている愛車の真横にある蓋を開け、第二の愛車・カフェラッテが置いてある家の裏の地下倉庫に向かって長い廊下をダッシュし、人知れず隠しておいた大型冷蔵庫に貯蔵してある缶ビールを手に取り、地上に駆け上がり一気に煽った。
光「ぷはぁ~・・・、はぁ・・・、やっと落ち着いた・・・。」
ドーラ「そこまでして呑みたくなるほどだったんだ・・・。」
ネスタ「何か本当に悪い事しちゃったみたいだねぇ・・・。」
生きている事を実感する様に幸せそうにビールを呑む光を横目にネスタ達がドン引きしていると、何も知らずにやっと起きてきたナルリスがドッキリの成功を確認していた。
-54 国境を越えたビッグイベント-
今朝のリベンジを心に誓いながら光は自宅の家庭菜園でサラダに使うレタスやキュウリといったシャキシャキで瑞々しい野菜を収穫していた。
ドッキリのお詫びとしてネスタが朝ごはんを作ってくれるそうなので横に添えようと張り切って採っている時、ふといつも使っているゴマダレが切れている事を思い出した。
散歩がてらデオルのお店に向かう、横には彼氏となったナルリス。光に歩幅を合わせて歩いてくれているので自然と笑みがこぼれた。その光景を陰から利通が眺めている。
利通「羨ましいな・・・、恋人か・・・。」
林田「心配しなくてもいずれは良い人が現れるさ、ただ俺みたいな失敗はするなよ。」
ネスタ「誰が失敗だって?」
林田「か・・・、母ちゃん、違うんだって。」
林田警部が奥さんから大き目の雷と拳骨を喰らわされている頃、付き合いたてのカップルは街の中に差し掛かろうとしていた。ただ、先程から違和感を感じる。
改めて道路が舗装しなおされ、平らにならされている。ゆっくり歩いていると数人のリッチが分担して道路を舗装し直していて、その中にゲオルもいた。
ゲオル「ふう・・・、道幅も申し分ないはずなのでここはこんなもんで大丈夫ですかね。確か・・・、この辺りに地下のトンネルを掘るらしいのですが、そこは大工さん達の腕の見せ所ですかね。おや、光さんとナル君では無いですか、おはようございます。」
光・ナルリス「おはようございます、ゲオルさん。」
ゲオル「あら、お2人揃って昨日の今日で早速おデートですか?」
光「あはははは・・・・まぁ、ね。」
リッチには何もかもお見通しらしい、今朝の事を話題にしないでくれたら助かるのだが。
ただ気になる事は、どうしてリッチが数人集まって道路の舗装を直していたのかという事だ。
何かを思い出し察したかの様にナルリスが声を掛けた。
ナルリス「もしかして『アレ』の時期ですか?」
ゲオル「そうなんですよ、この後別の人たちが街中に柵や観客席、あと関係者席などを設置する様になってるんです。」
光「ナルリス、『アレ』って何?」
ゲオル「おやおや、もうお互いを名前で呼ぶようになっているんですね。」
光「それより何なんですか?」
ゲオル「おっと失礼。毎年ネフェテルサ、ダンラルタ、そしてバルファイの3国を1つのコースとして繋いでのカーレースが行われるんです、この街全体がコースの1部になるんですよ。」
どうやらF1の聖地で、レースカーが街中を走る事で有名なモナコグランプリのモンテカルロの様に市街地がレースコースになるのだと言う。この世界では3国を繋ぐ事になっているのでかなり大きなサーキットが出来上がりレースの舞台となるらしい。
3国の国王がロックフェスと同様にカーレースが大好きなので毎年行われているのだという。
バルファイ王国の王都をスタートし、砂漠に設置された道路を突っ切ってネフェテルサまでの平地をひた走る。国境を越えるとまず南側の山に専用に掘られ普段は閉鎖されているトンネルを通り、入り組んだ市街地を抜けると北側の住宅地を経由し特設の入り口を経て西側の競馬場横の道から地下のトンネルを抜け東側の出入口横からダンラルタ王国に入る。獣人族と鳥獣人族が共存する街や上級魔獣と上級鳥魔獣が作った村などを繋いだ勾配のきつい山道の横に作られた螺旋状のコースを走りバルファイ王国の王都へと戻る。この大掛かりで巨大なコースを122周するのだ。
因みにホームストレートとなる王都は18kmもの長い長い直線状の道路沿いに建物が並んでいるのでピットとスタートシグナルを設置し、そしてポジションマークを直す以外の作業を必要としない。
今年は各国6チームずつ、そして選抜3チームを合わせ21チームが参加する。毎年の様に各選手の実力で勝負させる為、各チームの車種は珠洲田のカフェラッテのMT車で統一されていた。
車種は決まっているがチューン等は各々のチーム任せになっている為、そこも含め実力での勝負と考えてもいい。
その大イベントの準備の1部を任されていたのがゲオルだったのだ。レース前日までお店は普段通り営業しているがレース中は臨時休業になるのでまとめ買いをする人が多いと見込み、入荷を大幅に増やし早いうちから開店させ、従業員に店を任せてゲオルはコース作りに協力していた。
そのゲオルの店でとりあえずゴマダレを購入し、家で作った野菜サラダにかけて食べていると、林田警部が切り出した。
林田「例えばだが、光ちゃんがレースに参加するとしたらこの前の走りで余裕で優勝しちゃうと思うんだけどな。車も丁度カフェラッテだし。」
光「何言ってるんですか、私は座って観戦したいです。」
-55 レース当日を迎え-
レース当日を迎え、光達は南側の山にレース用に掘られているトンネルの前に特設された観客席で、ビール片手に選手たちがトンネルから出てくるのを今か今かと待っていた。
レースコースを挟み向かい側に魔術で作られたと思われる巨大なオーロラビジョンに映るレース模様を観客皆がドキドキしながら注目している。
ホームストレートに各国から常連として毎回出場しているチームが各国3チーム、新規の参加チームが3チーム、そして各国の王宮で選ばれた選手達が集まる選抜チームが3チームで、毎年通り合計21チームが出場する事になった。
前日に行われた予選の結果、今年からバルファイ王国代表で新たに出場する事になったブルーボアが1位のポールポジションを獲得し優勝候補として名乗りを上げている。
規定通り皆と同じ珠洲田のカフェラッテを使用していたがエンジンの開発に余念の無い研究を重ね加速と最高速度に特化した物が完成し、メンバー全員が意気揚々としている。
予選ではバルファイ王国の王都に設置された18kmものホームストレートを1番速く走り抜けたチームからポジションを取っていくルールなので全力で車を走らせた結果だった。
色とりどりのカフェラッテにゼッケンのプレートが貼り付けられ各々のポジションに付き準備万端で15分後のスタートを待っていた。
涼し気な気温、そして眩しい程の晴天によりドライとなった路面により絶好のレース日和となっている。
各国の各所に観客席が特設され、満員御礼となっていた。レースのスタートが近づく度に観客たちの熱気が高まって行く中、光は1人、ナルリスとゲオルの席を取り待っていた。
光「2人とも遅いな・・・、どこ行っちゃったんだろ・・・、トイレかな?」
光に席の確保を頼んでから40分程戻って来ないので心配になって来た。一応、確保した席は連絡したはずなのだがちゃんと伝わっているのだろうか。
心配する光の前をビールの売り子が横切ったので、熱気による暑さも手伝い欲しくなってしまい思わず手を挙げた。
光「お姉さん、ビール!!大サイズで!!」
売り子「400円でーす、毎度ー。」
渡されたビールを一気に煽り息を吐く、まるで1人公園で缶チューハイを呑むおっさんの様だ。ただ、周りにも同じ様にビールを呑む女性達が数人いたのですぐに意気投合していた。乾杯を交わし塩味のポテチを肴にビールを煽る。
やっとのことで2人が現れ、席に着く。手には見覚えのある小さな紙が各々1枚ずつ。
ゲオル「すみませんね、車券を買ってたら遅くなってしまいました。」
ナルリス「出走表が見にくいし、発券機は全部行列になってしまっているから苦労しちゃってね。光は買わないの?」
実はこの国際レースはこの世界の公営競技として認められており、車券の販売が行われている。販売形式は単勝や3連単など、公営競技と同じとなっている。
『ネフェテルサ王国レース場公園』の各レース場も毎年この国際レースの日は通常のレースを休止し、各場の券売機でレースの車券を販売していた、ただそれだけでは裁き切れないので数か所にも券売機が特設されている。
ゲオル「やはり優勝候補の⑰番車ブルーボアがストレート勝負で3連単に絡んで来ると思うんですよね。」
ナルリス「毎年表彰台に上がる⑬番車ブラックティガーも外せないですね、ボックス買いが良かったか悩みましたね。」
ゲオル「なので私は⑥⑬⑰のボックスにしましたよ。」
ナルリス「⑥番車・・・、バルファイ王国選抜のピンクファイターですね。初出場でエンジンもそこまでですが大丈夫そうですか?」
ゲオル「コーナリング重視のチューニングにしているのではと思いまして。」
一応レース50周目になるまでは車券を購入する事が出来るのだが、混雑を防ぐため車券は1人2枚までの制限が掛かっているので買い足しのもう1枚をどうしようか2人は悩んでいた。
光「彼女ほったらかして車券買ってたんだ・・・、ぶー!!!」
光は顔全体を赤くし頬を膨らましている。
ナルリス「ご、ご、ご、ごめんなさい。」
光「全然帰って来ないから心配したんだよ、ゲオルさんもです!!」
ゲオル「すみましぇん・・・。」
光「出走表どこですか?私も買ってきます!!」
ナルリス「では、我々はビールでも呑んでますかね。」
光「私が帰って来るまで待つの!!」
ナルリス・ゲオル「本当にすみましぇん・・・。」
-56 レース開始直前だが-
光は出走表の場所をナルリスに聞き車券を購入しに向かっていた。まるで国民の祝日の様に老若男女が右往左往していて大混雑している。
先程1杯呑んだビールの影響か光はトイレに行きたくなったので車券売り場への道中で探すことにした。
トイレは意外過ぎるほど早く見つかり全く混雑していなかったので光はすぐに駆け込み用を済ませた。
トイレを出て車券売り場を目指す。ぷらぷらと歩いているとふんわりと優しい香りがして来たので近くを通った時少し寄ってみるかと意気込んだ。
何軒か日本に似た食べ物屋の屋台が出ている様でその内の1軒を覗いてみる事にした。
光「『龍(たつ)の鱗(うろこ)』ね・・・、こんな名前の店あったかな。」
ただ一際行列が目立っており、その上光を誘った香りがその屋台からだったので光は一切迷う事無く飛び込んだ。
店の中では皆が一心不乱に丼に入った麺を啜っている。
店主「いらっしゃいませ、お一人様ですか?お好きなお席へどうぞ。」
どうやらここはラーメン屋さんの屋台のようだ。他のお客さんが食べているラーメンはスープが綺麗に透き通った金色のもので、細麺。トッピングはカイワレ大根と何かを揚げているチップスらしい。(※作者が大好きなラーメンの1つです、店名は変えてますが。)
カウンターにお品書きがあったのでチラリと見てみると「鯛塩ラーメン」の文字がある。
光「『魚介ベースのスープで鯛の皮のチップスをトッピングした美味しいラーメンです』・・・か。」
店主「お決まりですか?」
光「あっ、鯛塩ラーメンをお願いします。」
店主「少々お待ちください。」
屋台の隅に探していた出走表をみつけた。
光「出走表頂いてもいいですか?」
店主「勿論どうぞ、ラーメンが出来るまでゆっくり予想していて下さいね。」
光「助かります。」
光は店の隅に行き出走表を1枚取って席に戻った、①~㉑までの車番の横にチーム名やホームストレートで行われた予選の計測タイム、スタートポジション等が書かれていた。
光「確かポールポジション取った⑰ブルーボアが1番人気で、18kmのホームストレートはダントツ、ただガソリンの積載量が比較的少ない気がするな・・・。」
ピットでの給油は認められているがピットストップの回数が多いとその分逆転を許してしまう可能性が大きくなる。
光「コーナリングの図を見てみたら1番インを走っているのは・・・、⑮ベルガーロードっぽいね。最高速度は少し弱いけど加速が良いみたいだからコーナー曲がった直後の差しが決まりやすそう、ボックスに入れようかな。」
慣れない予想で苦戦していると笑顔の店主がやって来た。
店主「予想は順調ですか?」
光「初めてなのでじっくり考えてみようかなと思いまして。」
店主「フフ・・・、ごゆっくりお考え下さい。もうすぐ出来ますからね。」
それから数分経つと丼を持った店主がやって来て光の席の前へやって来た。
店主「お待たせ致しました、鯛塩ラーメンです。」
光「ありがとうございます。」
女性でも食べやすい量で優しい味のラーメンは1口啜っただけで光を虜にした。予想していた事も忘れてしまう位の美味。箸が止まらなく、光の全身が喜んでいる。後味スッキリのスープのお陰で次々と麺を口に流し込みたくなり興奮が覚めない。
かぶりつく様に一心不乱に食べていると店主が声を掛けてきた。
店主「鯛塩飯はどうされますか?」
光「それ何ですか?」
店主「麺を食べ終わったスープにご飯を入れて最後の一滴までスープをお楽しみ頂ける様になっています。」
光「最後の・・・、一滴まで・・・、ハァ・・・、ハァ・・・、頂きます!!」
-57 誘われるがままに-
店主「では、スープを残したまま少々お待ちください。」
屋台にて、店主による誘惑の言葉に迷う事無く鯛塩飯を注文した光は、ゾクゾクしながら店主を待っていた。車券の事など頭の隅にもない様子だ。ただ大食いなのでここのラーメンだけで自分の腹が満たされるかどうかを心配し始めた。
大食いの人間特有の心配をする光をよそにニコニコしながら店主が茶碗1杯のご飯を手に近づいてきた。
店主「お待たせ致しました、鯛塩飯です。残ったスープにぶっこんでお召し上がり下さい。」
光はご飯を1匙すくい、スープに入れて1口食べようとしたら店主が来て説明しなおした。
店主「すみません、説明が足りませんでした。ご飯を全部入れっちゃって豪快に食べちゃって下さい、美味しいですよ。」
光「全部ですか・・・?」
店主「はい、お席が汚れても私は気にせず、喜んでお掃除致しますので。」
光はご飯の入った茶碗をスープの入った丼の上でひっくり返し、ご飯をスープどぽんと入れた。
ご飯の1粒1粒にスープが染み込みお茶漬けや雑炊の様にサラサラと食べれる状態に変身する。
そのご飯をカウンターやテーブルに蓮華代わりとして設置されたお玉でたっぷりとすくい1口・・・。
光「嘘でしょ・・・、美味しい!!!」
サラサラと優しく口に流れ込むご飯がスープを引き連れて次々と胃に納まっていく、まるで飲み物の様に。(※食べ物ですのでちゃんと咀嚼しましょう。)
光「ダメ・・・、無くなっちゃう。」
自分の意志に反して両手は食事を止めさせようとしない。気付いたときには既に丼の中身は無くなり、スープは1滴も残っていない。
光「美味しかった・・・。」
店主「フフフ・・・、ご満足頂けましたか?」
光「はい・・・、お会計お願いします。」
店主「それより、予想の方はお決まりになりましたか?確か⑮番車をお考えだったと思いますが・・・。」
光「どうしてご存知なんで・・・。」
光が質問しようとしたら頭の中に声が直接流れ込んできた。
声「光さん!!光さん!!どちらですか?!」
光「へ?」
店主「おや・・・、この声は・・・。」
声「光さん、聞こえますか?ゲオルです!!念話の魔法で直接語り掛けています、返事をしてください!!どちらにいらっしゃいますか?!」
念話・・・?あ、そう言えばここ異世界だったわ・・・、と改めて感じた光。
店主(念話)「師匠、ご安心ください。お探しの方なら私のお店でお食事をなさってたんですよ。」
ゲオル(念話)「その声はパルライ!!助かった、今光さんは君の店にいるんだな?」
パルライ(念話)「大丈夫ですよ、師匠。私の屋台『龍の鱗』でお食事されてたんですよ。」
光「えっと・・・、こうですかね・・・。」
光は初めての念話に挑戦しようとしてみたができない。
パルライ(念話)「師匠・・・、恐れ入りますが念話は魔法使い特有ですので・・・。」
光(念話)「こうかな・・・、ゲオルさん、聞こえますか?」
パルライ「あら、いつの間に念話を?」
光「えっと・・・、ちょ、ちょっとね。」
光は『念話』を瞬時に『作成』して使用した。
ゲオル(念話)「光さん、良かった!!心配しましたよ、ナルリス君もそわそわしてます!!」
光(念話)「はーい・・・、じゃあ車券買ってすぐ帰りまーす・・・。」
-58 レース開始-
とりあえず⑮番車に投票しようと決めた光は残りの2台、若しくは3台を歩きながら決める事にし、忘れないように出走表の⑮番車に「◎」印を付けた。
改めて出走表の全体を見回し、計測タイムが一際目立っていた⑰番車も考えていたがやはりネフェテルサ王国の市街地をコースとして使用するレースなのでバルファイ王国のストレートを過ぎてからの事を考慮し「×」印を付けて票は入れない事にした。
コーナリング重視でのチューニングである事を考え⑥番車は入れる、まぁ50週目になるまでだったら買い足しが可能だから大丈夫だろう、気楽に行こう。
とりあえず後1台か・・・、そう思いながら所々に設置されたモニターを見ていると他のチーム以上にピットスタッフとドライバーが入念に打ち合わせと練習を行い、連携が取れていそうなチームがあった。やはりピットがもたつくとコースに戻った時の順位に影響する。
光「このチームは⑨番車ドッグファイトね・・・、これ入れてみようかな。このチーム初出場か・・・。来たら大きいかもね。じゃあ⑥⑨⑮のボックスにしよう。」
偶々空いていた券売機が目の前にあったので思ったよりすんなりとマークシートを記入して車券を購入できた。
光「結構遠くまで来ちゃったから『瞬間移動』で良いかな。」
『作成』したばかりの『念話』でゲオルとナルリスの位置を確認する、どうやら光がすぐ戻ると言ってからずっと客席で待ってくれていた様だ。他の観客達を驚かせる訳にはいかないと思い近くのトイレの隅に『瞬間移動』した。そして客席に戻り近くの売り子からビールを3杯購入して待っていてくれていた2人に渡した。
光「すみません・・・、あまりにもパルライさんのラーメンが美味しかったので。これで許して下さい。」
ゲオル「いえいえ、それにしてもまさか私の弟子がラーメン屋をしているとは思いませんでしたよ、ずっと連絡をよこさなかったので何をしているのか心配していたんです。屋台だったんですって?」
光「中は比較的広々とした屋台でしたよ、ただそこからの香りが凄くて。」
ナルリス「俺も今度食べに行きたいな・・・、今度連れてってよ。」
光「ごめん・・・、普段何処でお店をしているか聞いてなくて。」
ゲオル「念話で今聞いてみては?」
光「えっと・・・、こうでしたかね・・・。(念話)パルライさーん、聞こえますか?先程はありがとうございました。」
パルライ(念話)「聞こえますよ、こちらこそありがとうございました。今度はお店の方にもお越しください、ダンラルタ王国にございますのでまたご連絡頂けたら幸いです。」
ゲオル(念話)「それにしてもずっとどうしていたんだ、連絡もよこさないで。」
パルライ(念話)「すみません・・・、皆が食べやすいスープの開発に集中したくて師匠を含めた他者との連絡と魔法の使用を断っていたんです。妥協もせず魔法にも頼らず、自分の舌だけを頼りに作りたかったんで。」
ゲオル(念話)「そうか・・・、今度食べに行かせてもらうよ。」
パルライ(念話)「今ならお店が空いてますから宜しければ。」
ゲオル(念話)「馬鹿者、何を言ってるんだ。今からレースだぞ。」
パルライ(念話)「師匠も相変わらずですね・・・、では僕も車券を買いに行きますので失礼します。」
念話を終了し、3人は巨大モニターを見始めた。スタート前の各車がパトランプを乗せた軽トラの後ろをゆっくりと走りタイヤを温めている。軽トラを運転しているのは珠洲田だった。毎年競技用車の手配に協力しているので、特別に参加させてもらっているらしい。ただ、軽トラの後ろを走る全ての車がカフェラッテの為、なかなか区別が付かない。各車に番号が付いていて本当に助かった。
全車がスタートポジションに着き、スタートの瞬間を今か今かと待っている。珠洲田が運転する軽トラがコースから退き、シグナルの1つ目が赤く点灯する。すると、聞き覚えのある女性の声が魔力で響き渡った。
声「あー、あー、魔力テスト魔力テストー、これ入ってますか?あ、大丈夫、はーい。では改めまして皆さんこんにちは、私ネフェテルサ王国レース場公園でボートレースの実況を担当してます、カバーサと申します。本日はレースのメイン実況を務めさせて頂きます。尚、コースの各所に記録係を兼ねた実況も常駐していますので紹介していきましょう。」
カバーサが各所の実況担当を紹介している間を利用してドライバー達が車を降り水分補給等を済ませている。物凄くゆったりとした時間が流れていたがこれは各選手が余裕のある演技をして相手の油断等を誘う作戦なんだそうだ。そんな中、1台だけドライバーが動かず車の中で待機している車があった。光がボックスに加えた⑨ドッグファイトだ。
他者が和やかに過ごしていると故障したのかシグナルが赤色に点灯していき、最後に全て青色に点灯した。⑨番車だけがそれに従いスタートしたが他のチームはチラ見だけして和やかに過ごしていたが、ただ観客達はざわついていた。
-59 かなりのハンデと判断力の良さ-
スタート地点で各車が和やかに過ごしていると実況のカバーサの声が響いた。
カバーサ「ご連絡いたします、只今の点灯は故障によるものではなく正式なスタートでございます。繰り返します、只今の点灯は故障によるものではなく正式なスタートでございます。よって冷静な判断でスタートした⑨ドッグファイトが1位で独走しています。」
ゲオル・ナルリス「嘘だろ、こんな事毎年あったか?!」
カバーサ「ドライバーの冷静さを見る為に敢えて主催者が仕掛けたトラップでございます、これに引っかかった残りの各ドライバーが車に乗り込みスタートして行きました。ドライバーの皆さん、くれぐれもスタートする時、他のドライバーに影響を与える事の無いようにお願いします。事故は勘弁ですよー。」
光「カバーサさん・・・、こんなキャラだったっけ・・・。」
隣の魔法使いと吸血鬼が口をあんぐりとさせていた頃、唯一光が投票した⑨番車は大差を付け悠々と走っていた。18kmのホームストレートを抜け第一コーナーに差し掛かり、冷静なコーナリングを見せた。立ち上がりも悪くない、どうやら光の判断は正しかった様だ。
ふとオーロラビジョン映像が車内に切り替わり、実況と一緒に2人の男性の声が流れ出した。
男性①「お、おい・・・。大丈夫なのか?」
男性②「ま、まぁ・・・、問題ないさ・・・。何せ俺達の車は予選をトップ通過した高性能なんだぜ・・・。」
男性①「な・・・、ならいいが・・・、ってあれ?何か俺達の声響いてね?」
男性②「本当だ・・・、どういう事だ。」
カバーサ「お気づきでしょうか、説明し忘れてました、てへっ。今年からレース中の車内の映像が流れ、ドライバーとチームメイトとの通信の音声を実況席を通してお楽しみ頂ける様になりました。各車の皆さんは下手に作戦を漏らさないようにお願いしますねー。」
⑰ドライバー「聞いてねぇよ、こんなの初めてだ。慎重に行こう・・・。」
ポールポジションに車を止めている⑰ブルーボアのドライバーは運転席に急いで乗り込み魔力を流し込んで車を発進させた。後続車を一気に突き放し⑨番車をトップスピードで追いかけ始めた。ギアを5速に入れ18kmものホームストレートで一気に差を付け先程⑨番車が冷静にコーナリングを見せた第一コーナーに差し掛かった。第一コーナーの周りは砂漠から飛んで来た砂に囲まれ滑りやすく、またコーナー自体少し傾斜がかっておりスピードを落としづらい状況となっていた。その上ほぼほぼ360度をぐるっと回る様な設定となっているのでホームストレートでスピードを出しすぎてこのコーナーを回り切れず、毎年外の砂地に放り込まれる車が多発している。今年も例外では無かったみたいであった。
聞き覚えのある声が焦った様子で話しかけている。映像が切り替わり猛スピードで第一コーナーに突入しようとしている車の映像が映っていた。
⑰監督「おいおい・・・、そんなスピードで曲がりきれるのか?!そろそろ落とせよ。」
⑰ドライバー「監督は心配性だな、俺を誰だと思ってんの?こんなの余裕だって。」
そう言いつつ第一コーナーに差し掛かった⑰番車は落としきれていないスピードと、外から風で侵入してきたバルファイ王国特有の砂により滑りやすくなった路面も手伝い外壁に向かって突っ込もうとしている。
⑰監督「おい、右だ!一気に右にステアリングを切ってすぐに左に切り返せ!ドリフトして何とか旋回するんだ!」
⑰ドライバー「分かってらい、余裕だって。」
だが⑰番車は完璧にコントロールを失ってしまっている。コーナーの出口が少し狭めに作られているせいか立ち上がりする直前に外壁にリアを激突させてしまった。直ちに軽トラに乗った珠洲田が救出に向かい、荷台にドライバーを乗せた。
カバーサ「おっとー、今年も例年通り第一コーナーで事故があった模様です。事故車とセーフティーカーを避けて後続車が冷静にコーナリングを行っていきます。⑰番車のドライバーはかなり反省している模様です。」
ゲオル・ナルリス「踏んだり蹴ったりってこんな事を言うのかな・・・、買い足して来よう・・・。」
2人は泣きながら券売機へとぼとぼと歩いて向かった、光は隣で微笑んでいる。ナルリスは光が出走表の⑰番車に「×」印を付けていたのを見て驚いていた。
ナルリス「予期・・・、してたの・・・?」
光「何となくね、ほら、早く行かなきゃ買えなくなるよ。」
光は余裕の表情を見せながらビールをもう一口。そんな中、トップの⑨番車は砂漠に設置された道路を抜けネフェテルサ王国の平地へと差し掛かろうとしていた。光は笑みがこぼれていた。
-60 十人十色-
トップを独走する⑨番車と事故を起こした⑰番車を除いた各組の車がバルファイ王国にある第一コーナーと砂漠の道、国境近くの平地を抜けネフェテルサ王国に入って改めて平地に差し掛かり、未だ数台がスピード勝負を行っていた頃、⑨番車は市街地の複雑で狭い道を走っていた。市街地のコースではそのまま走ると交差点等でぶつからない様にする為、トンネルを掘ったり街中の小川の両端に柵を付けコースの一部として利用したり、また橋や立体交差を一時的に増やしたりと事故を出来る限り防止している。因みにコースの整備にはゲオルが魔法で関わっていたので車券購入時にかなり有利になっているはずなのだが・・・、そこは今関係ないのでやめておこう。
小川の端を突っ切っていた⑨番車は橋を通り対岸をまた突っ切ろうとしていて、未だ独走状態でほぼ趣味のドライブ感覚だ。ドライバーから何気にルンルンと鼻歌が出始めているので実況のカバーサが悪戯感覚で音声を切り替えた。
⑨ドライバー「ふんふんふん・・・、ふふふふふん・・・。」
カバーサ「トップの⑨番車はネフェテルサ王国の市街地で余裕をかましています、まさかの鼻歌が出ているなんて良いですねぇ・・・。曲選びはあれですけど。」
光「何で『ぶんぶんぶん』なの・・・。童謡って・・・。」
ナルリス「どうよ。」
周囲が凍り付くように静まり返ったのでゲオルがナルリスの肩に手を置いて一言。
ゲオル「ナル君・・・、ウケると思ったんですか?」
ナルリス「・・・、あ、フランクフルト1つー。」
光「あ、逃げた。」
ゲオル「逃げましたね。」
売り子の下に向かったナルリスは顔が赤くなっていて、汗が尋常では無い位に噴出していた。
その時、後続車の2位を争う3台のグループ、⑥番車⑮番車、して⑳番車が喧嘩をするようにひしめき合いながらトンネルを抜け出して走っていく。全車カフェラッテだが、数台纏まるとエンジン音も迫力がある。ぶつかりそうでぶつからない瀬戸際でずっと争っているらしくそろそろ1台が抜け出しそうな様子なのだが結局3台でずっと走っている。
暫くして3位グループが仲良さげな様子で走って来た。車番を出走表の番号と照らし合わせてチームを確認してみると加速やコーナリングの性能がほぼほぼ一緒と言える位に似ていて、ずっと一進一退をずっと繰り返している。よく見たら全車ダンラルタ王国代表らしい。
市街地に差し掛かる寸前の急な左コーナーで全員が同じようにイン側を走ろうとしているのを見て3位グループの内の1台、④番車リンプランタがアウトから捲る作戦に出ようとしていた。
3位グループから④番車が1台一瞬だけ抜け出したがコーナーの立ち上がりに失敗し、またグループに戻り走り続けている。市街地の多数で複雑なコーナーによりドライバーやチームメイトが手に汗握る状態になっていた。
④番車チームの交信が実況席から流れてくる。
④監督「はぁ・・・、さっきの立ち上がりが良かったら・・・。」
④ドライバー「もう、何回も言わなくても良いだろ。122周もあるんだぞ、まだまだチャンスはあるって。最初から弱音吐くなよ。」
④監督「でもさ・・・、もう1位は競馬場の所のトンネルにいるんだよ、もう絶対追い付かないよ・・・。泣けて来たよ・・・。」
④ドライバー「じゃあ俺がその涙を嬉し涙に変えてやるよ!!!」
ドライバーに監督にそう伝えると④番車が一気に加速し始め後の⑧番車と⑫番車もついて行く様に加速していくとすぐに急なコーナーに差し掛かり3位グループは全車仲良く通過していった。
暫くして、何事も起こることなくレースは40周目に入った。トップは未だに⑨ドッグファイトで一定の距離を保ったまま2位グループが⑮⑥⑳の順で走っていた。
カバーサ「レースは40周目、例年通りならそろそろ各車がピットインによりタイヤ交換とメンバーチェンジを行っていく様になるはずです。現在上位3台は⑨番⑮番⑥番、このまま行きますと大穴万車券となりそうな模様ですが、このレース最大の特徴の1つである『50週目まで車券の買い足しが可能』というルールにより未だ票数とオッズ共に確定はされておらず、レースの行方はまだ分かりません。」
3位グループの3台が小川の端を走っていると横から皆が差そうとするもコースの狭さにより苦戦を強いられていた。その時、先程気合を見せていた④番車が1歩前に出ようとし、見誤って電柱にぶつかると残りの2台を巻き込みクラッシュしてしまった。
ここではコースが狭い為、小川を小型ボートが走りセーフティーカーの代わりを務めている。と言っても結局事故車は魔力により一度別次元に収納した魔法使いが運ぶので船を使うかどうかはどちらでも良いのだが。ただ④番車は諦めていなかった・・・。
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