3. 異世界ほのぼの日記 ㊶~㊿


-㊶ギルドにて-


 3国間で結ばれた『魔獣愛護協定』の影響で冒険者ギルドには他の冒険者に混じり王国軍の将軍達が毎日警戒をしている。警察も協力してこの協定を全ての冒険者が大切なルールとして守ってくれるようにセキュリティを万全としている。その対策の1つとしてギルドマスターの認可のもと、刑事のドーラが看板娘兼受付嬢を務める様になった。ドーラが働く受付には「『魔獣愛護協定』により魔獣から剥ぎ取った素材や肉、魔獣の死体、そして各種罠で捕獲した魔獣自体の買取はお断りさせて頂いておりますのでご了承ください」と書かれた大きな看板を掲げてもいる。

 一応、出入口には「警察官巡回時立寄所」の立札を掲げていて、真実なのだが一部の冒険者が疑ってしまっている。ただ冒険者たちに警戒されないようにドーラや将軍達は粗悪な者たちがうろついていても平然を装う様にしていた。


冒険者「お姉ちゃん、嘘ついちゃいけないよ。今日1日いるけど警察官なんて1人も来ないじゃん。」


 ドーラは体を微細に震わせながらも笑顔で対応している


ドーラ「何を仰っているんですか、私だって警察署の方々がいついらっしゃるか分かりませんし毎日制服を着た方々が来られるとは限りませんから。まあまあ気にせずゆっくりと呑んで行って下さいよ、あなた方のパーティーには隣国のギルドマスターから賞賛のお手紙と特別報酬が出ているので今日は私に1杯奢らせて下さい。」

冒険者「嬉しいね、お言葉に甘えさせてもらうよ。」


 ドーラはほっと一息つくと通常業務に移った。農民や住民、他国から来ている行商人などから毎日多数の依頼が冒険者ギルドに寄せられているのでそれらを振り分けたり斡旋したりなど大忙しだ。それに光と同じで就職の為だという人が多数なのだがギルドへの登録希望者も後を絶たない。ただ、これは平和だという証拠だ。

 そんな中、後ろに並んでいたどこからどう見ても『ヒャッハー!』なあの世界からやって来たように見える冒険者達が2人やって来た。どうやら兄貴分と弟分らしい。


冒険者兄「お姉ちゃん、ここ冒険者ギルドだよなあ。僕達お願いがあるんだぁ。」

ドーラ「何でしょうか、私で宜しければ承りますよ。」


 ドーラはあくまで冷静に対応している。冒険者達は各々のアイテムボックスから大量の荷物を取り出して言った。他国での依頼で討伐したのだろうか、全て魔獣の死体だ。そう、この国ではご法度のやつ。


冒険者弟「兄貴達が討伐したこの死体、買い取ってくれよ。苦労しましたよね、兄貴。」

冒険者兄「ああ、死ぬ思いしたなぁ弟よ。」

ドーラ「あの、この近辺の3国は『魔獣愛護協定』により魔獣の死体の買取は行っておりません。そこの看板にもほら・・・。」

冒険者兄「受付嬢のくせに何言ってんだお前、黙って買い取りすりゃいいじゃねぇかよ。」

冒険者弟「兄貴が下手に出てるからって調子乗ってんじゃねぇぞ、さっさと鑑定を始めやがれ。」


 ギルド内でわいわい呑んでいた冒険者達が一気に静かになった。普段着で冒険者達に紛れていた王国軍の大隊長が武器を取ろうとしたので将軍が静かに止めた。


将軍「待て・・・。期を待つのだ。」


 今にも頭に血が上りそうな冒険者達をよそにドーラは笑顔で対応した。


ドーラ「早くしまって下さい、今の内なら何事もなく終結しますからね。」

冒険者兄「てめぇ・・・、ナメた口利いてると・・・。」

林田「そこまで!警察だ!武器を捨て両手を上げろ、大人しくするんだ!」

冒険者兄「チィッ・・・、誰だよ、通報しやがったのはよ!」


 ギルド内で静かにしていた冒険者達は勿論通報などしていない、ドーラだ。実は受付のテーブルの裏に警察署直通のベルが取り付けられている、勿論この事もギルドマスターの認可のもとだ。そのボタンをドーラがこっそりと押したのだ。


林田「今ギルドマスターの協力を得て君達のギルドカードを調べたがこいつらは公式の依頼を受けて討伐された訳ではないみたいだな。目的は素材か?それとも殺戮か?」

冒険者弟「どっちでもいいだろうがよ!」

林田「ちゃんと言わないと公務執行妨害罪が加わるぞ!」

冒険者兄「言えと言われて言う奴がいるかよ。」

林田「よし、では君たちを『公務執行妨害罪』及び3国間における『魔獣愛護協定』違反、そして何より・・・、私の可愛い部下であるノーム刑事を脅して侮辱した罪で逮捕する!王国軍の方々が証人だ!」

ドーラ「だから言ったでしょ、警察の人間がいついるか分からないって。」


-㊷警察と王国軍、そして国民の友好関係-


林田「では将軍、宜しくお願い致します。」

将軍「かしこまりました。林田警部、お勤めご苦労様です。」


 将軍の先導で冒険者達が王宮の下にある牢へと運ばれる、この国では刑務所や拘留所は王国軍の管理下となっているので常に連携を強く保っているのだ。


将軍「そうだ、思い出しました。林田警部・・・、ちょっとお耳を・・・。」

林田「どうしました?」


 林田が将軍に耳を貸す、将軍が耳打ちで何かを伝えると林田警部は顔をニヤつかせ了承した。


ドーラ「あの2人ったら・・・、相変わらずね。」


 呆れた表情をしているドーラをよそに林田と共にニコニコしながら将軍が大隊長に犯人の連行を指示し、周辺で静かにしていた冒険者に向けて一言。


林田・将軍「皆さん、お騒がせしました。今日は私たちの奢りです、じゃんじゃん呑んで下さい。」

冒険者達「流石だぜ、いつも気前がいいな。2人に乾杯!」


 冒険者達は片手に持ったジョッキを2人に向けて振り上げた。張り詰めていた空気が一気に朗らかになる。

 ギルドの従業員からジョッキを受け取った林田はビールを飲み干した。


将軍「林田警部、この後お仕事では?」

林田「いや、休日出勤です、全く・・・、優秀な犯人ですよ。ねぇ、ノーム刑事・・・。」

ドーラ「あ、いや、あの・・・、空いたジョッキ回収しまーす。」


 警察署直通のベルと押し間違え、どうやら休日を満喫しようとしていた上司を呼び出してしまったと思われるその犯人のエルフはそそくさとした様子で客席へと逃げて行った。

 

女性「ニコフ、あんたも休みなんだろ?遠慮しないで吞みなって。」


 女性の声に引かれる様に役目を終えた私服の将軍、ジェネラルのニコフが涙目になりながら振り向くと、パン屋で働く鳥獣人族で、光の同僚であるキェルダがいた。仕事終わりにドーラから連絡を受けた光が林田の奢りで一緒に呑もうと誘っていたのだ。


光「ニコフって・・・、キェルダ!!いくら何でも将軍に失れ・・・。」

ニコフ「キェルダ・・・、会いたかった・・・。デート行けなくてごめん!」

光・林田「え?!」

キェルダ「こいつ・・・、あたしの彼氏。」

ニコフ「ど、どうも・・・、お初にお目にかかります。お、王国軍でニコフをしてます、将軍と申します。いつも彼女と林田さんからお話を伺っており・・・。」

キェルダ「何であんたが硬くなってんの。」

ニコフ「林田さんと同じで異世界から来た人なんだろ?緊張するって。」


 緊張をほぐす為、林田がニコフの口に一気にビールを流し込んだ。いきなりすぎたのでニコフは鼻から少量出してしまった。


ニコフ「だっしー、お前やめろってー。鼻に入っちまっただろうが。」

林田「ニコフは堅苦しいの、休みなんだから呑めよー。」


 先程までの格好よかった2人はどこへやら。改めてジョッキを受け取ったニコフは林田と乾杯した。どうやらこっちが本来の2人での姿らしい。普段から飲み仲間だという。いつもは林田とニコフ、そしてキェルダの3人で呑んでいるそうだ。

 そこにマックとウェインが肩を組みながら入ってきた、少し顔が赤くなっている。


キェルダ「兄貴達、今日仕事だろ?!」

ウェイン「ラリーが商売あがったりだからもう上がって良いって言ってたもーん。」

キェルダ「全然上手くない・・・。」


 呆れるキェルダの隣で先程とは全く別の表情をしたニコフがマックとウェインに向かって頭を下げている。


ニコフ「お・・・、お義兄さん、お疲れ様です。」

マック・ウェイン「お義兄さんはまだ早い。俺らはまだ認めてねぇ。」

マック「どうしても認めて欲しいなら・・・。」

ニコフ「へ?」


-㊸妹を守る男達の勝負-


ウェイン「俺達と勝負して貰わないとな。」


 マックとウェインが兄弟で妹の彼氏である王国軍のニコフ将軍に勝負を仕掛けている。ウェインの横でマックがどこかへ連絡を入れていた。

 数分後、見覚えのある1匹のコッカトリスがギルドの前に止まり、出入口からスーツ姿の男性が入って来た。


男性「この多忙な私を呼び出すとは、どこの生意気者かな。」

ニコフ「ダンラルタ国王!!どうしてこちらに?!」

デカルト「君は確か、この国の王国軍の将軍だね。甥っ子と姪っ子のピンチに叔父が来ては駄目なのかね?」

ニコフ「甥っ子と姪っ子・・・、えっ?!」

キェルダ「ニコフ・・・、実は・・・。」


 キェルダが耳打ちをするとニコフは混乱してしまった。

 それもそうだ、王族の上級鳥魔獣と鳥獣人族を相手に何で勝負しろというのだ。

 すると、デカルトがドーラに声を掛けた。


デカルト「お姉さん、ビールを4杯頂けますか?」

ドーラ「は・・・、はい・・・。」


 ドーラがジョッキ一杯に入ったビールを4杯運んでくると、デカルトが徐に切り出した。

 昔からの伝統で上級鳥魔獣と鳥獣人族には女性の婚約者や恋人と勝負する事になっているのだが、その内容は・・・。


デカルト「私達と飲み比べをしてもらおう、それともダンラルタ国王である私からの直々の勝負を受けずに私に恥をかかせるつもりなのかね?」

マック「因みに俺達が勝ったらキェルダは諦めてもらう。」

ニコフ「分かりました・・・、受けます。」

キェルダ「ニコフ・・・、無茶だよ。」


 ニコフの顔は真剣だったが、その横でキェルダはとある事を懸念していた。昔から鳥魔獣族と鳥獣人族は人間に比べ酒に対しかなりの強さを持っていた。そう、上級鳥魔獣と鳥獣人族は酒に強く、また多数が酒好きの日本で言う高知県民の集まりなのだ。きっと何かしら理由をつけて皆で吞みたかったのだろう。

 ルールは至ってシンプル、同じ種類の酒を順番に呑み先に倒れた方の負け。酒の種類は順番に決めていく。

まずは手始めにデカルトが本人の希望で注文したビールからのスタートだ。順調に各々5杯目まで到達、その時・・・。


女性達「あたし達は参加しちゃダメなのかよ、え?!」

デカルト「男たちの真剣勝負につき女人は立ち入りをお断りします。」


 勝負に参加しようとしている女性の1人、キェルダは至って真剣だった、早く呑みたかった上に1つでもいいから自分の兄たちに勝てるものが欲しかったらしい。

 もう1人、吉村 光はただただ我慢出来なかっただけだが。


ウェイン「叔父さん、いいじゃねぇかよ。特にキェルダは俺らの妹だよ。」

デカルト「楽しい宴の席だ、まぁ構わんか。」

林田「私も参加させて頂きましょう、ニコフのいち友人として。」


 結局7人での勝負となった、全員の同意でハンデなしの真剣勝負(?)が始まった。

 各々ビールが10杯目になり、次はマックの希望でハイボールだ。


ドーラ「あんた達・・・、強いのは良いけど肴はいらないのかい?」

デカルト「これは失礼、では折角のハイボールだから唐揚げを頂けますかな?」


 熱々の唐揚げがテーブルに並ぶ。口の中に熱々のまま入れ、冷えたハイボールを流し込む、それがまた堪らない。5杯を全員がクリア。

 次はニコフが希望して梅酒ロック。肴は白菜漬けで統一、本人の好みでの注文だ。これも全員が5杯を呑みきった。

 林田とウェインが同意見だったらしく、次は焼酎。勿論全員ロックでの挑戦となった。未だ誰も倒れない。肴はさっぱりとしたものを希望し、刺身が出てきた。この冒険者ギルドは何でもありだ。

 何故か全員がビールで終わらせたがったらしく、最後の1人になるまでずっと続いた。


光「私に勝てると思った訳ぇ~?ナメられたもんね~、って皆倒れてんじゃん。」


 そう、元々勝負に全くもって関係なかった光が勝者となった。


-㊹本来の勝負-


 呑み比べの結果が結果だけにギルド内は少しだけ気まずい雰囲気に包まれていたが光は全く気にしていなかった、酔いが回りすぎて周りが見えなくなっていた訳では無かったがもう皆倒れてしまっているのでもう相手をしてくれる人がいない。光は寂しさを紛らわすためドーラに声を掛けた。


光「ドーラぁ、ビールもう1杯~。」

ドーラ「もうやめときなって、光にしては呑みすぎだよ。」


 その時、頭を抱えながらキェルダが起き上がった。


キェルダ「許してあげて、あたしらが巻き込んじまっただけなんだよ。」

ドーラ「一先ずキェルダのお兄さん達と将軍が起きないと話が始まらないわ、皆にお冷を持ってくる。」


 そう言うとドーラは受付カウンターの奥へと消えて行った、すれ違いざまにキェルダの家族たちが続々と目を覚まし始めた。


デカルト「うん・・・、我々はどうしていたのだ・・・、皆、大丈夫か?」

マック「叔父さん・・・、昼間っからここまで呑むのは久々だよ・・・。」

ウェイン「それにしても俺達どうして呑んでたんだろ・・・。」


 最後にニコフがゆっくりと体を持ち上げる。


ニコフ「悔しいです・・・、勝負の形はどうであれ、負けたのですから・・・。このままではキェルダやご家族の皆さんに合わせる顔がありません。」

林田「誰が負けだと決めたんですか、光さん以外は皆ほぼほぼ同時に酔い潰れたと言うに。」


 お冷の入ったグラスを片手に林田がニコフを介抱した。


林田「我が友よ、上級鳥魔獣と鳥獣人族と勝負して立派にここまでやったんだ、貴方は十分胸を張って顔を合わせてもいいはずだ。ですよね、皆さん?」


 周りの冒険者達が拍手でニコフを称賛した。


冒険者「あんたは立派だよ、俺達上級鳥魔獣と鳥獣人族が酔い潰れたのを初めて見たぞ。」

冒険者「俺達だったら全員リバースの嵐だよ。」

林田「ほら見ろ、皆認めてくれているだろう。ダンラルタ国王様、失礼ながらお伺い致します。貴方様のお気持ちはもうお決まりなのでしょう?」


 デカルトはマックとウェインを集め頷いた、2人も納得している様だ。

 3人がニコフに手を差し伸べた。


デカルト「ニコフさん・・・、いやニコフよ。」

ウェイン・マック「ニコフ将軍・・・、いや義弟よ。」

3人「認めよう・・・、これからもキェルダ含めよろしくお願いします。」


 ニコフは体を震わせ頬には涙が流れていた、彼は認められたのだ。


デカルト「さぁ、新しい王族の誕生をお祝いしようでは無いか。お姉さん、お酒お酒!」


 すると牛乳の入ったグラスを全員に渡した。


ドーラ「何言ってんですか、皆さん呑みすぎですよ。今日はこれで終わり。」

デカルト「ううん・・・、致し方無い・・・。」


 牛乳を片手にデカルトはシュンとしていた。

 実は皆が良い雰囲気になっている横で光がギルド内の酒を1人で飲み干してしまっていたのだ。

 

ドーラ「これは警部からニコフさんへのお祝いにすべきでは無いですか?一応、警部のカードから頂きましたから。サイン下さいね。」


そう言うとドーラは林田に領収書を手渡した。


林田「ううむ・・・、言ってしまった手前・・・。」


 林田は手渡された領収書を開いた。金額欄には『29万8800円』とある。


ドーラ「まぁ、殆どは光さんなんですけどね。」


-㊺輝く日・前編-


 デカルトの唐突な思い付きでの発言によりその日は突然やって来た。


デカルト「そうだ、『善は急げ』と言うからな、明日2人の結婚式を行おう。」


 いくら何でも唐突で王族含めギルドにいた全員がざわついた。

 林田警部やキェルダが発言の撤回を求めた。


林田「国王様、恐れながら申し上げます。流石にご本人のご意見をお聞きしてからのほうがよろしいのでは?」

キェルダ「叔父さん、確かに嬉しいけどあたいら心の準備がまだだよ。」


 しかし、2人の静止を空しくしてしまった者がいた。光だ。電話片手にサムズアップしている、たまたま教会にいたアーク・ビショップのメイスに連絡を入れていたらしい。

 メイスによれば丁度次の日、教会もメイス本人も予定が無く空いているので快く了承してくれたようだ。


デカルト「アーク・ビショップ様に祭事を執り行って頂けるだなんてこんなに名誉な事は無い、明日やるぞ。」

光「もうこれで逃げれないよ、2人とも覚悟なさい。」


 光はまだ酒が抜けていない、ふらふらになりながら式の予定を決めてしまった。もう1人、デカルトに賛同する者がいた。受付嬢のエルフ、ドーラ。


ドーラ「国王様、披露宴兼2次会はギルドにお任せください。ギルドマスターの許可が下りましたのでお料理を沢山お出しさせて頂きますよ。」

デカルト「ほら決まりだ、エラノダに今言ったから2人とも衣装を合わせに王宮に行くぞ。」


 自国の国王まで巻き込む位に話が大事になりすぎていてニコフは動揺を隠しきれていない。一先ず言われるがままに王宮へ向かう事にした。


デカルト「一刻を争う、ニコフ、私の背に乗りなさい。キェルダは後からついて来るんだ。」


 ギルドの出入口でデカルトは人間からコッカトリスの姿に戻った。キェルダは普段しまっている翼を背中から取り出しニコフを待っている。


ニコフ「そんな・・・、国王様の背に乗るなど・・・。」

デカルト「私が乗れと言っているんだ、早くしろ。それとも王命に背くつもりか?」


 ニコフは少し抵抗しながらもデカルトの背に乗った。大きな翼を広げたコッカトリスは王宮に向けてひとっ飛びし、明日の新郎を瞬時に送り届けた。ただ王宮に着いた時、勢いが良すぎてスピードを緩め切れずエラノダが拘って王宮に取り付けた大きなステンドグラスを大胆に破壊してしまったが。

 自らのお小遣いで買った大切なステンドグラスを破壊された国王は涙目になりながら3人を迎え入れた。


エラノダ「先輩、またやりましたね・・・。」


 どうやら初めての事では無いらしい。エラノダは今度強化ガラスと防弾ガラスを組み合わせた物を買うと誓いながら皆を王宮内に案内し衣装となる洋服を取り揃えた大広間へと導いた。メイド長含め数人のメイド達がニコフを広間へと招き入れた。数十着もの洋服がズラリと並んでいる。


メイド長「この度はおめでとうございます。当王宮のメイド共々、心よりお祝い申し上げます。この様なお祝いの場でお手伝いさせて頂ける事、この上ない光栄でございます。全力でサポートさせて頂きますので、どうぞいい意味でご覚悟下さいませ。」

エラノダ「私もデカルト先輩と一緒に選ばせてもらうよ。」

ニコフ「お・・・、お願いします・・・。」


 全ての衣装を1つひとつ試着しながら2人の国王とメイドが各々意見を述べながら満場一致の一着を探していった。

 その一方で副メイド長がキェルダを別室へと導いた。


副メイド長「キェルダ様はこちらへお越しくださいませ。」

キェルダ「す・・・、凄い・・・。」


 純白のウェディングドレスや色とりどりのドレスがキェルダの目の前で輝いている。メイド達がドレスを手に続々と近づいてきた。副メイド長がニヤニヤしながらキェルダを試着室に押し込み逃げない様にバリアを張った、キェルダの絶叫が響き渡る。

式は・・・、明日だ。


-㊻輝く日・中編-


2国の王族を巻き込んだ王宮横の結婚式当日を迎え王宮横の教会には街中の住民が教会に集まり2人の結婚の式典を今か今かと待ちわびていた。林田親子も駆けつけ警備体制はばっちりだ。

光はネスタやローレンと合流し、数時間前からギルドの一角で焼き肉屋の板長の協力を得て披露宴に出す料理の準備を行っていた。

野菜や穀物はガイの畑から、その他の材料や飲み物をゲオルの店から提供する事になったので、焼き肉屋の女将が特別に仕入れた肉類と合わせて調理していく。

披露宴でナイフを入れるウェディングケーキは花嫁のキェルダの希望でパン屋でラリーとヤンチが用意する事になった。ウェアウルフとウェアタイガーで何とか協力してくれればいいのだが。

ギルドで披露宴の飾りつけが着々と進んでいく中、教会ではアーク・ビショップのメイスによる祭事での式典が始まろうとしていた。光は盛り付けまでを急ピッチで進め新たに『作成』した『保管』のスキルで出来上がった料理を保管し、ナルと合流すると教会へと駆け足で急いだ。

教会に入ると参加者たちが着席し静かにその時を待っていた。


メイス「お待たせ致しました。新郎・ニコフ・デランドの入場です!」


 扉が開き、いつの間にか練習していたネフェテルサ・ダンラルタ両王国軍の鼓笛隊による入場曲の演奏が始まった。ただ、入場曲は入場曲でも某有名芸人がプロレスラーのモノマネをする時の「あの曲」だ。


光「ははは・・・、誰の趣味?」

ネスタ「うちの人だよ、恥ずかしくてしょうがないね。結婚式を執り行う教会の雰囲気に全く合わないから笑えて来るよ。」


 教会の外で林田警部がくしゃみをした。


林田「うう・・・、さぶっ。友人の晴れ舞台の日に風邪引いちまったかな・・・。」

ニコフ「ふっ・・・、あいつめ・・・。」

エラノダ「ははっ・・・、良い友人を持ったな、ニコフ。いや、デランド将軍。」


 ニコフは少し微笑みつつも林田警部の演出を鼻で笑いながら王宮のメイド長と時間をかけて選んだ衣装の軍服を身に纏いエラノダの先導で入場した。

 エラノダとニコフが入場を終えると、拍手が静まり返った。


メイス「続きまして、新婦のキェルダ・バーレン改め、キェルダ・ダンラルタの入場です。」


 キェルダに依頼され光が選んだ入場曲を鼓笛隊が奏でる。ダンラルタ側の鼓笛隊は鳥獣人族の集まりなので飛びながら演奏する。日本で「着うたの女王」と呼ばれた「あの歌手」の歌った結婚ソングだ。(※作者も好きなアーティストの1人です。)

ただ出入口ではなく教会の天窓が開いたので会場中が一気にどよめいた。


光「こんなの聞いてないよ、誰の演出?」

ドーラ「デカルト国王らしいよ。」


 すると、開いた天窓から1匹のコッカトリスが翼を広げゆっくりと降下してきた。教会の中に降り立ち純白のウェディングドレスを着た新婦のキェルダが背から降りる。コッカトリスが姿を変え、デカルトが現れた。

 新郎と新婦がアーク・ビショップの前に揃い、儀式が始まった。パイプオルガンの演奏に合わせ神教の神を謳う歌を聖職者が合唱した。

 合唱が終わるとメイスにより誓いの儀が執り行われ始める。


メイス「皆様、お集まりいただきありがとうございます。只今入場して参りましたこちらのお2人は神の名の下に夫婦になろうとしています。新郎、貴方はこちらの女性を妻とし、病めるときも健やかなるときもこの方を愛し続ける事を誓いますか?」

ニコフ「誓います。」

メイス「新婦、貴女はこちらの男性を夫とし、病めるときも健やかなるときもこの方を愛し続ける事を誓いますか?」

キェルダ「誓います。」

メイス「Then, you kiss to the bride.(では、誓いのキスを。)」


 ニコフがキェルダのベールをめくり、ゆっくりと誓いの口づけを交わした。


メイス「神の名の下に、そしてアーク・ビショップの名の下に認め・・・、こちらの2人を夫婦とします。」


 教会中が拍手に包まれ、光やメイスを含む女性たちが感動の涙を流していた。

 教会の出入口が開き新たな人生を始めた1組の男女がゆっくりと歩みだした・・・。


-㊼輝く日・後編-


 教会前でガイの提供した米を使ったライスシャワーを行い新郎新婦を迎え入れる。

新郎新婦を囲い参列者達が教会の前に揃うと自らカメラマンに志願した車屋の主人である珠洲田が集合写真のシャッターを切った。

次は、御姫様抱っこの写真だ。ニコフがかなり照れていたが2人とも幸せそうな顔をしていた。

3枚目はメイスが2人の好きに撮るようにと言ったのでまさかのキス写真を撮影、女性陣がキャーキャーしている。

写真撮影が終わるとブーケトスに移った。キェルダがブーケを投げる。ふんわりと浮かんだブーケはゆっくりとネスタの手に吸い込まれていった。


ネスタ「ありゃぁー、私もまだまだ捨てたもんじゃないかもね。」

林田「ネスター!」

利通「母ちゃん!!」


 会場が笑いに包まれ和やかになり、全員披露宴会場となる冒険者ギルドへと移った。光達が用意した料理が次々と運ばれていく。

 ジャンルを越えてキェルダとニコフの好物を中心とした料理が並べられた。

 真紅のドレスを着たキェルダと和の衣装を着たニコフが拍手に包まれ入場して来た。

2人が席に着くと林田警部による噛み噛みのスピーチが始まった。


林田「に、ニコフ、そ、そしてキェルダさん。本日は、ご、ご結婚おめでとうございやす。そ、そして、ごごご、ご家族の皆様、本日はおめでとうございます・・・。」


 大抵の人が忘れがちというご両親へのお祝いの言葉も無事に伝え、後々は気楽にスピーチをした。

 夫婦初めての共同作業、ケーキカットの時が来た。ラリーとヤンチが1晩かけて作った5メートルの高さの大きなケーキが運び込まれ、2人の前に置かれた。白い生クリームとカラフルな花、そしてリボンで彩られたケーキに2人が包丁を入れると参加者が皆拍手し、各々シャッターを切った。

 そして小分けにされたケーキが配られ、キャンドルサービスが行われる。

 暫く歓談の時間となり皆が食事を楽しんだ。特に特別料理として光が板長と組んで用意した「黒毛和牛のローストビーフ 赤ワインビネガーソースを添えて」と「黒毛和牛の天婦羅 天然岩塩と共に」が人気だった。

 宴もたけなわとなり、キェルダからご両親への感謝の手紙のコーナーとなった。涙ながらに手紙を読み上げるキェルダにもらい泣きする人が多かった。

 無事に披露宴が終わり、即座に2次会が始まった。魔法を使い一瞬で堅苦しい服から私服に着替えた全員が酒やソフトドリンクの入ったジョッキを受け取ると・・・。


メイス「皆さん、お飲み物は行き渡りましたか?では皆様、四の五の言わずに乾杯!」

全員「乾杯!」


 待ってましたと言わんばかりにジョッキがどんどん空いていく、お料理もすぐになくなり新しく運ばれてくるとすぐに皆が食らいついていった。この国の住民は楽しい呑み会が大好きなのだ。

 準備で疲労した光も体にビールを流し込む、五臓六腑に染み渡り幸せが体中を巡る。


キェルダ「皆今日はありがとね、あたい本当に幸せだわ。」

光「おめでとう、呑んで呑んで!」

メイス「そうそう、まだまだ行くわよ!!!」


 メイスはまるでさっきまで真剣に祭事を執り行っていたアーク・ビショップとは別人に見える。

 そこに両国の国王までやってきた。


2人「私たちも混ぜなさい。」

全員「乾杯!!!」


 ニコフは今日の料理やケーキにも感動していた様だった。板長、ヤンチ、そしてラリーを捕まえると絡み酒をし始めた。


ニコフ「皆さん、本当にありがとうございます!どれも本当に美味しかった!俺、泣けてきましたよ!」

板長「光さんのお陰でもあるからちゃんと感謝しておけ。」

ニコフ「貴方はあの時の・・・、お会いしたかった!」


 板長は元々王国軍の将軍だったのでニコフが知らない訳が無かった。感動で涙している。


ニコフ「貴方のお料理で結婚式が出来るなんて幸せです。」

板長「何を言ってるんだ。これから幸せになるんだろうが、今はまだその台詞は早い。」


-㊽まだ輝ける-


 板長は盃を片手に感動している新郎に寡黙な表情で語った。


板長「良いかニコフ、軍を捨てたこんな元一兵卒の老人の話なんてジェネラルとしては聞きたくないかもだが、良かったら頭の隅にでも置いといてくれ。今日は決して人生のゴールなどではない。2人のとても大きく新たなスタートだ、いや、もしかしたらスタートラインに立つ前かも知れない。これから2人で存分に話し合って、計画して、どう人生を歩むかは君ら次第だ。今まで通りお互いが働いて2人きりの人生をずっと歩むも良し、子宝を得て新たに1人の大きな人生を1歩、1歩、君たちなりに支えながら歩ませるも良し。どちらにしろ、お前さんの人生だ。今日はおめでとう、これからはしっかりやれ。」



 板長はニコフの肩を軽く叩いた。新郎は感動で涙が止まらない。


ニコフ「御厨(みくりや)板長・・・、いや、アーク・ジェネラル・・・。」

御厨「やめろ・・・、もう私はただの焼き肉屋の板長だ。王国軍の人間ではない。それよりもほら、盃が空いてるぞ、注いでやるから笑顔で呑んでくれ。俺からの祝いだ。それとも何だ?もしかして俺の酒が吞めないのか?」


 御厨は冗談まじりの笑顔をこぼし酒を注いだ。ニコフは噛みしめる様に注がれた酒を呑んだ。ふと見ると御厨の盃がずっと空っぽだ。ニコフは徳利を手にし、酒を注いだ。


ニコフ「呑んでよ・・・、父さん・・・。感謝の盃だ。」

ヤンチ「おい、板長は俺の親父だよ!」

御厨「待てヤンチ・・・、これで良いんだ。」

ニコフ「実は僕、両親を早くに亡くしてね、教会の孤児院にいた頃から当時大隊長だった御厨板長に本当の父の様に育てて貰ってたんだよ。彼は自分の御給金の1部を毎月教会に寄付してね、その上度々教会に立ち寄り食事を作ってくれていたこともあって、当時僕含め孤児院にいた子供達は全員、板長の事を父さんと呼んでたんだ。ある日、孤児院の企画で王国軍の仕事を見学し、汗水流しながら国の防御の仕事をこなし、次の年には将軍になってた。そんな御厨板長に憧れて俺も王国軍に入った。」

ヤンチ「だから披露宴の時、両親の席に親父が・・・。ニコフさん、悪かった。すまない。」

御厨「2人とも馬鹿か、祝いの席で湿っぽい表情をするな。ほら、笑って呑め。それとも父に反抗するつもりかい?」

ヤンチ「親父には敵わないな、ほら呑もうや、兄弟。」

ニコフ「ああ。」


 兄弟は静かに乾杯を交わし、笑いながら酒を呑んだ。


エラノダ「御厨将軍長、私も参加してよろしいですかな?」

御厨「勿論です、ただ将軍長はやめて下さい。私はただの一兵卒、焼き肉屋の板長ですよ。」

エラノダ「何を仰いますか、私に取ったら今でもあなたは最高の将軍長ですよ。宜しければまた今度、お店に寄らせて下さい。国王・・・、いや弟として・・・。」

御厨「エラノダ・・・、秘密にしてたんだが。」

ニコフ「へっ?」

エラノダ「言ってなかったの?私たちが実の兄弟だって。」

御厨「お前が秘密にしろと言うからずっと黙ってたんだよ、誰にも言ってねぇ。」

ニコフ「ええええええええええええ?!」


ニコフは愕然としていた。そんな2人を遠くから新婦が笑顔で眺めていた。


キェルダ「ニコフ、幸せそう。」

ドーラ「そりゃ親や兄弟の様な人に囲まれてでの酒ですもの。」

光「あんたも同じくらい、いや本人以上に幸せなんじゃないの?」

ドーラ「もうまた絡み酒?」

光「いいじゃん、どれだけ準備に苦労したと思ってんのよ。」

キェルダ「ありがとう、急な話なのに嬉しいよ。」


 ドーラはキェルダの腕を掴みニコフのもとに連れて行った。


ドーラ「ほらほら、これから2人で幸せになっていくんでしょ。」

キェルダ「うん・・・。」


 次の日、街の中心部に住民達が集まった。新郎新婦の2人がハネムーンに行こうとしているそうだ。光にとって見覚えのある車があり、オープンカーになっていた。

 キェルダが珠洲田に頼んで取り寄せてもらったMTの『カフェラッテ』だ、光の愛車を街中で見かけて憧れていた様だ。因みに本人の希望で運転席にはキェルダが座っている。


ニコフ・キェルダ「皆さん、本当にありがとうございます!これからの人生を充実させるための一歩として、私達新郎新婦の・・・、行って参ります!」


-㊾独身女達の女子会-


ハネムーンに出かけた新郎新婦を見送り、街の住民達は普段の生活へと戻っていった。

光はパン屋で有休を取得していたのでその日から週休含め3日間休みとなっていた。披露宴についてはエラノダの計らいで全住民出勤扱いとなり、1日分の給料が王宮から支払われる様になっていた。

ドーラに誘われカフェテラスでスイーツを食べながらお茶を楽しむ事になっていたのでギルド前に待ち合わせの為向かった。

カフェはギルドから数分歩いた所にあった為、2人はすぐに女子会を始めた。スイーツとハーブティーを注文し、ウェイターを待つ。

温かいお茶が提供されるまでの間は一先ず、冷水で喉を潤した。注文したケーキ「こだわり果実のカスタードタルト」が提供されウェイターの手によって切り分けられ、小皿に盛られた。サクサクと焼かれたタルト生地にカスタードクリームを敷き詰めその上に小さく切られた果実が散りばめられている。果実には1つ1つに蜂蜜が塗られ甘く味付けられている。

1口食べると果実の酸味とカスタードクリームや蜂蜜の甘みが織りなすハーモニーが口の中を満足で埋め尽くす。

そこに丁度運ばれてきた温かなハーブティーを流し込むと優雅な休日を楽しんでいるという実感が湧いて来た。

美味しいひと時を過ごしている時、ドーラが突然切り出した。


ドーラ「ねぇ、どう思う?」

光「えっ?あ、ごめん、聞いてなかった。何の話だっけ。」

ドーラ「だからね、あたしらにも結婚出来るのかな・・・って。」

光「その前に相手がいなくちゃ。」


 的を得ている答えを言ったつもりだった、結婚は1人で出来る事ではないし。互いを理解し合えた2人がする事だ。

ただ結婚したいと思うから出逢うのか、出逢ったが故に結婚したいと思う様になるのか、こりゃある意味哲学だなとこの世界に来てから初めて思った。

ただ光も他人の事を言えない身、これ以上ドーラに意見するのはどうかと自問自答してしまっていた。


ドーラ「あんたはどうなの?相手というか良い人でもいる訳?」

光「いると思う?この世界に来てからずっとただただ吞んだくれてただけだよ。」

ドーラ「沢山の男と酒を交わして仲良くしている癖に、チャンスがあったんじゃないの?」


 ドーラは一滴も酒を呑んでいないのに酔っぱらって絡み酒をしている様に見える。


光「いないって言ってんじゃ・・・。」


 そんな時、カフェのオーナーが声を掛けてきた。


オーナー「お客様失礼いたします、お召し上がり頂きましたケーキのお味はいかがだったでしょうか?」

光「お、美味しかったです。果実にしっかりと味がついててふっくらと炊きあげられたクリームの味とピッタリでした。」

オーナー「左様でございますか、それを聞いて安心致しました。最近雇ったバイトが初めて作った物だから心配してたんですよ。」

ドーラ「どんな方が作ったんですか?宜しければお会いしたい気分ですわ。」

オーナー「かしこまりました、呼んで参ります。」


 オーナーは奥の厨房へと消えて行った、暫くしてバイトのパティシエを引き連れてきた。


オーナー「お待たせ致しました、この者でござい・・・。」

光「ナル?!」

ナル「光さん!!」

オーナー「おんや、お知り合いでしたか?」


 光とナルは意外過ぎる再会に動揺していたが、スイーツの美味さも納得できる。ナルが料理上手なヴァンパイアであることは以前から知っていた。何故か気まずさを感じていたので2人は数秒程無言で見つめ合った。

 すると、にやついたドーラが2人を何故かからかい始めた。


ドーラ「あれぇ、どうして2人とも顔が赤いのかなぁ?」

オーナー「そ、そうですね。では私はお邪魔みたいなので・・・。」

ドーラ「私もちょっとお手洗いに・・・。」


 冗談に決まっている、それにしてもここのオーナーはノリの良い方だ。

 ほぼ強制的に2人きりにさせられた光とナルは互いに対して少しだけ抱いていた感情があったが、それがどう言った物なのかが分からずどぎまぎしていたのだ。


-㊿女子会後の約束-


光「さっきはごめんなさい、呼び捨てにしちゃって。」

ナル「いえ、だいじょうぶです。それより・・・、あの・・・、お口に合いましたでしょうか。」

光「はい・・・、美味しっかたです。ナルさんは器用ですね、以前から料理が出来る事は知っていましたがデザートまで・・・。」


 光は顔を赤らめながら語った。ナルの横を偶々通ったウェイトレスが軽く肩を叩いた。


ウェイトレス「良かったじゃない、気に入って貰えて。これ、貴方のオリジナルでしょ?」


 感動でナルが号泣している、こんなナルを見るのは初めてだ。

 このタルトは光の為にナルがオリジナルで考案したスイーツで、普段はメニューに載っておらず、前日2人が来ることを知ったナルがオーナーに頭を下げ頼み込み、無理やり日替わりのメニューを変更して貰っていた。


ナル(前日)「私は明日を境にクビになっても構いません。ただ吉村様・・・、いや光さんにお召し上がり頂きたいのです!」

オーナー(前日)「こうなりゃナルは何言っても聞かないもんな・・・。明日の日替わりタルトは決まってるんだけどね・・・。まぁ、美味しいから良いか・・・。」


 オーナーのその言葉に自信を持ち安心して翌日提供出来ると思っていたが、やはり味覚は十人十色なので光に気に入って貰えるか不安で厨房で1人震えていた。その日は全然眠れず、もしも口に合わなかったら・・・、不味いと言われたらどうしようと、光にどう顔向けすべきか分からないと枕を濡らしていた。そのお陰で瞼が少し腫れ、目の下には隈が出来ていた。

 当日、誰よりも早くカフェの厨房に入り準備をして疲れ切っていたナルは、光の美味しかったという言葉でやっと笑みがこぼれた。


ナル「そろそろ・・・、仕事に戻ります・・・。時給を貰って働いているバイトですから。」

光「待って!」

 

厨房に向かおうと後ろを振り返ったナルを光は思わず呼び止めてしまった。どう声をかけるべきか思いついていないうちに。


光「あ・・・、えっと・・・、また今度ナルさんのお料理が食べたいのですが。」

ナル「ではまた連絡します・・・、今日は・・・、これで。」


 ナルが奥の厨房に消えて行くと、光はテーブルに戻り着席した。ハーブティーが落ち着かせてくれる。タルトをもう一口食べ、光は思わず微笑んだ。

 

ナル「よっしゃ・・・。」


厨房の陰で小さくガッツポーズしたナルを見かけ、水のピッチャーをしていた先程のウェイトレスが声を掛けた。


ウェイトレス「ははーん・・・、ナル君あのお客さんの事が好きなんだ。」

ナル「はいー、・・・って、えっ?!い、いや、あの・・・。」

ウェイトレス「もう・・・、リッチでなくても分かるわよ、ナル君って隅に置けない子ね。お姉さん、好きになっちゃいそ。」

ナル「レーゼさん、何言ってんですか?」

レーゼ「冗談よ、私には旦那がいるし3人の子供もいるのよ。」

ナル「そうなんですか?人は見かけによらないな・・・。」

レーゼ「何?どういう意味?お姉さん綺麗って?」

ナル「あ、オーナーだ・・・、俺皿洗いしてきまーす。」


 そんな会話が厨房で交わされていることも知らず、光の下にドーラが戻って来た。


ドーラ「あの人って新聞屋の人よね?昼間はここにいたんだ。美味しかったね。」

光「はいー・・・。」


 ニヤつく光を見てドーラが誘導尋問してみた。


ドーラ「あの人、光に気があるっぽいね・・・。」

光「はいー・・・。」

ドーラ「光もあの人の事が好きなんだね。」

光「はいー・・・、って、えっ?!いや、あのー・・・。」

ドーラ「はいはい、後で聞きますからね。」


 顔を赤らめた光の背中を押し、ドーラはカフェを出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る