3. 異世界ほのぼの日記 ㉛~㊵
-㉛ロックフェス当日-
街の南側、銭湯のある山の麓に特設の野外ステージや音響システムなどがゲオルを中心とした街で働く魔法使いの者たちのよって設置され、街が興奮の渦に巻き込まれて行く中、光はいつも通りパン屋の仕事を夕方までこなしていた。街中の人がロックフェスを楽しめる様にエラノダが『フェスの日、街中の店は必ず夕方6時までに閉店する事』という決まりを作っているので野外ステージ以外の照明は消え、全ての店で『準備中』札がかけられていた。ただ、それでも気分を盛り上げようと屋台を出している商人がいたりした。これに関してはエラノダも盛り上げ要因として容認していたので皆喜んでいた。
フェスなので競い合いをするものではないのだがバンド達の気合が故の熱気がムンムンとしていて体感温度が気温を大幅に上回っていた。
このフェスには決まりがあり各組オリジナル1曲、そしてカバー1曲の合計2曲を演奏する事になっていた。それを聞いてか焼き肉店の板長には心配事があった。
先日メンバーを組んだばかりの林田親子とヤンチのバンド、組んで間もないのにオリジナルで作詞作曲と練習を行い無事成功できるかが心配だったそうで光に相談を持ち掛けてきた。
板長「私は音楽は全くなのですが、俺はヤンチの親みたいなもんなので楽器の経験があるのは勿論知っているのです、ただ作詞作曲の才があるかどうかは無知でして・・・。それに組んで間もないので練習も間に合ってないのでは・・・。」
光「ヤンチさんは今まで沢山の苦悩を乗り越えた方ですよ、今回だって何とかなりますよ。」
板長の心配をよそにロックフェスが始まり、最初はパン屋の鳥獣人兄妹とナルのバンドがステージに出てきた。観客たちの興奮が最高潮に高まって来た所で1曲目の演奏が始まる。皆手に汗を握り涙が出てくる、声援が止まらない。そんな中王様3人と将軍達が変装したバンドがステージに立った。その瞬間大隊長と小隊長、そして将兵達が護衛の為フェス会場を囲もうとしていた、これではせっかくの変装の意味が無くなってしまう。そこでゲオルが全員を普段着の姿に変え一般客と何ら変わらないようにした。ステージ裏にいたエラノダは勿論知らなかったが、王国軍は色々苦労したようだ。ただ共にバンドを組む3人の将軍達には伝えられたらしい。
将軍「皆・・・、気を遣わせてすまない。」
そんな事もつゆ知らず、エラノダは1曲目の演奏を始めた。マイクを通して伝わるのは1つひとつの歌詞を通した国王としての国民への想いだった。歌うエラノダの熱気がライトにより水蒸気の様に照らされている。2曲目の最後には喉を傷め声が枯れてしまっていた。その後数日、エラノダはマスクとのど飴なしで生活が出来なかったという。
最後に板長が心配するヤンチと林田達が組むバンドだ。その心配とは裏腹に1曲1曲に熱と心がこもり光は感動していた。
光はフェスが終わってからもずっと泣いていた。
その後家に帰ってからも心に余韻が残り、これは恋心の1種なのだろうか、ずっとドキドキが止まらなかった。
光「ビールでも飲んで落ち着こう・・・。」
ビールと肴のチーズ生ハムを出そうとを冷蔵庫を開けた瞬間電話が鳴った、ナルだ。
ナル(電話)「あ・・・、あの・・・。今日来て頂けましたか?」
光「勿論、行きました。楽しかったです・・・、まだ余韻が残ってるからビールでも呑んで落ち着こうと思っていたんです。」
ナル(電話)「良かったら・・・、ご一緒してもよろしいですか?」
光「へ・・・?」
光は一瞬顔を赤らめドキッとした。
ナル(電話)「パン屋さんの裏で集まって呑んでるのでよろしければ・・・。」
光「あ・・・、そう言う事でしたか。」
ナル(電話)「えっと・・・、どうかされましたか?」
光「いえ、何でもないです。急いで準備して行きますね。」
鳥獣人の3兄妹と打ち上げをしていたので合流しないかという誘いだった。
光はどうしてドキッとしてしまったのかが分からなかったがすぐに落ち着きを取り戻しバッグを手にパン屋へと向かった。
パン屋は閉店してすっかり暗くなっているが建物の裏側がぽぉっと明るくなっており楽し気な声が聞こえてきた、ナルが表に出てきた。
ナル「今晩は。そろそろ来る頃だと思っていたんです、こちらへどうぞ。」
ナルが優しく光をエスコートする。建物の裏でひっくり返したビール瓶のケースを椅子代わりにして3兄妹とラリーが吞んでいた。ナルと光が座ると改めて完敗し直す。
いつもの楽しい仲間と美味しいお酒のお陰で楽しい時間だった。
-㉜楽しみの最中-
光が5人に加わり、楽しく呑んでいると裏通りの暗がりからコンコンと石畳を杖で突く音が微かにしていた。段々と近づいてくる、音の正体は白い正装を身に纏った髪の長いエルフの女性だった。両足がガクガクと震えている。
女性「ハァ・・・、ハァ・・・、すみ・・・、ません・・・。1杯で・・・、構いませんので・・・、水を・・・。」
光「とにかく座ってもらおう。」
ラリー「この方は・・・、まさか・・・、少々お待ちを!」
ラリー女性の正装を見て驚きグラスに並々と注いだ水を女性に飲ませた。この世界で布教されている『神教』で数人しかいないと言われる『アーク・ビショップ』と呼ばれるうちの1人、メイスだった。メイスは隣のバルファイ王国からこの国の王宮の横にある教会を目指して1人歩いていたのだが食料が底を尽き空腹で死にかけていたのだ。
水を飲んだメイスは正しく水を得た魚の様に復活し、1息ついて感謝を述べた。
メイス「ふぅ・・・、助かりました。ここまで歩いて来る折、ある程度の食料は持っていたのですが、少しずつ食べていたのにも関わらず無くなってしまった上に財布を隣国の教会に忘れてきたらしく、命からがらこちらまで歩いて来た次第でして。とても良い匂いがして来たので近づいてしまったのです・・・、哀れな私をお許し下さい。」
ラリー「アーク・ビショップ様・・・、ただの呑み会なので大した物はございませんがこちらでご一緒にいかがですか?」
メイス「宜しいのですか、何とお優しい・・・。皆様に神のご加護があらん事を。」
メイスは祈りを捧げ感謝するように差し出された焼き鳥やピザを食べ始めた。
因みにだが『神教』には個人の自由を尊重するという考えがあり、また『タダより高い物は無い、貰える物は全て貰え』を基本としているらしい。それが故に・・・。
メイス「お願いですからぁ~、アーク・ビショップなんて堅い呼び方せずに気軽にメイスって呼んで下さいよぉ~。」
基本に忠実に行動した結果、勧められるがままに差し出された酒を呑みつくし泥酔してしまった。因みに食事の制限も無いので肉食も酒も大丈夫なのだ。
メイスと光はすぐに意気投合して互いに日本酒をお酌しあう仲にまで至っていた。どう見ても聖職者には見えない。
メイス「何ぃ?違う世界で熱中症で死んで、知らない間にこの世界に転生してきたってぇ?そんな話聞いた事ないわよぉ、面白いわね、あんた。気に入った、明日の朝まで呑もうじゃないの!」
光「初対面で何偉そうな事言ってんのよぉ、気に入ったってのはこっちの台詞だっつぅの!」
この世界の考えでは酒さえあれば全種族全人類皆平等で皆友達だ。
ラリー「それにしても良いのかな、アーク・ビショップとずっと吞んでても。」
メイス「何言ってんのあんた。良いの、私が言ってんだから良いの!」
ウェイン「ラリーは心配しすぎなんだって、気にせず呑もうや。」
光はその雰囲気が何よりも好きだった、この世界に転生してきて正解だなと改めて思った。神に感謝だなと言える時間が流れる・・・。
メイス「明日さ、あんたたちあたしんとこ来なよ、今日のお礼させて欲しいんだわ。」
光「あんたの家どこよ、初対面で知る訳ないでしょ。」
メイス「教会に決まってるじゃんかよ、ほら2次会行くよー!!」
光「あんた後からの飛び入りだし財布ないのに何偉そうに言ってんのよぉ。」
メイス「教会行けばあるわよぉ。」
ラリーが店の魔力保冷庫に隠していたビールのケースを取りに行こうとしていたら集団で歩く聖職者を見かけた、きっとメイスを探しているのだろう、そう思っていたら聖職者の内の1人がメイスに声をかけた。
聖職者「メイスさ~ん、いつまで待たせんの~?ずっと待ってたんですけどぉー。」
メイス「誰かと思えばこの国で教会長やってるビショップさんじゃない、あんたも参加しなさいよぉー。」
光「良いけどぉ、あんたが勝手に言ってんじゃないわよぉー。」
ウェイン「お前も主催者じゃないだろぉ、ラリーに聞いてからにしろよぉ。」
ラリー「おいおい、俺に聞かなくても答えは分かってんだろぉ?」
ラリーの横には既に椅子が用意されていた。
いつの間に用意したのだろうか、キッチンから次々と料理が運び出されてきた。
平和で楽しい時間がゆっくりと流れていた。
-㉝聖職者からの感謝と教会-
メイスがへべれけの聖職者達と合流してから1時間程経過し、綺麗な月と星が夜空を彩る夜。酒と肴、そして出会った仲間のお陰で光の気分は好調だった。
メイスはグラスを置き、聖職者達を集め端の方でコソコソと話し合いを始めた。結論が出たのだろうか話し合いを終わらせ各々の席へと戻る、その時光に1本の電話が入った。林田達から合流しないかという連絡だ、光はパン屋のメンバーに確認を取り合流すると答えた。
数十分後、林田が団体を連れてパン屋の裏へとやって来た、ラリーは料理が足りるか心配してたがネスタが余ったものをタッパに詰めて持って来たので大丈夫だった。
改まったかのようにメイスが立ち上がり聖職者達に声を掛けた。
メイス「そろそろいいかしらね・・・、あんたたちやるよ。」
聖職者達と他のメンバーを集めて街の中心部へと歩いて行った、暗闇と静寂が包み噴水の音だけが聞こえるその場所でメイス達が空に杖の先を向けた。
聖職者達が魔力の玉を空に飛ばすと玉が弾け花の様に綺麗に開いた。それを立て続けに行っていく、そう、花火のスターマインみたいに。
メイス「貰ってばっかりじゃ悪いからね、私たちからのお礼だよ。少ないけど楽しんでおくれ。」
光「これはビール吞みたくなるわ。」
そう言うとビールを1口呑んで口の周りに泡を付けていた、それを見て皆笑っていた。賑やかな夜が過ぎて行った。
朝、光は王宮の横にある教会へと向かいメイスの体調等を伺う事にした。扉を開けると数人の信者が祈りを捧げている。信者の前に綺麗な正装を着たメイスが出てきた。
メイス「祈りなさい、さすれば神はあなた方を必ずお救い下さいます。」
呑んでた時とは全く違う印象のメイスが信者の全員に丁寧に語り掛けていた。信者が涙を流す中、メイスは光に気付くと優しく声を掛けた。
メイス「あ、おはようございます、光さん。昨晩は良い時間でしたね。ありがとうございました。光さんに神のご加護があらん事を・・・、では失礼。」
光「めっちゃ酒強い上にめっちゃ聖職者してるやん・・・。」
実はこの教会、王族の支援を受け孤児院も兼ねており親に捨てられたり死別した子供達を引き取り寝食を共にして育てていた。
メイスは孤児院の子供達から慕われ人気者となっていた。メイスを見つけると子供たちは声を揃えて言った。
子供達「メイスおばちゃん、お帰りなさーい。」
メイス「もう皆して・・・、お姉さんだろ。もう、罰が必要だね。」
子供達「うわーん、ごめんなさーい。」
光は懐かしさを感じながらその光景を見ていた。
メイス「冗談だよ。変わらないね、あんた達は。」
光「フフフ、メイスさん楽しそうですね。」
メイス「そりゃあね、普段の労働の苦労なんて子供たちの顔を見りゃ吹っ飛びますよ。困った事や面倒な事が無いと言ったら嘘になりますがね、やりがいのある仕事だと思ってますよ。」
そこにいたメイスは昨晩とは全く別人に見えた、子供達への慈愛に満ち溢れ正しく優しさの塊と言った所か。
光が感心していると教会の奥からやって来た聖職者が声を掛けた。
聖職者「アーク・ビショップ様、そろそろお食事の時間です。」
メイス「ありがとう。皆さん、食堂でお食事にしましょう。その後講堂でお勉強の時間ですよ。」
子供たちが笑顔で食堂へと入って行く、内容は野菜とソーセージのポトフが少量とパンが1つずつだ。
メイス「子供たちにお腹いっぱい食べさせてやりたいのですが、教会の財政状況は厳しく今の様に最低限の食べ物しか買えません、ほかに方法があると良いのですが。」
光「あの・・・、これは1つのアイデアなのですが。」
メイス「何か秘策でも?!」
光「そのためにとある方に会っていただきたいのですが宜しいですか?」
メイス「はぁ・・・。」
-㉞子供の教育と食事-
光はある人に電話をして午後に会う約束を取り付けた。メイスは横にいながらぽかんとしている。
午後になって、光はメイスを連れ教会を出た。15分程歩いただろうか、田園風景が広がる場所に着きそこで約束を取り付けた人、ガイに声を掛けた。
光「お久しぶりです、ごめんなさい急にお願いして。」
ガイ「光ちゃんの頼みなら聞かない訳には行かないや、俺でよければ何でも言ってよ。」
メイス「あの・・・、これから何を?」
光「もう分かっているのかと思ってましたが、まぁいいか。子供たちの食育も兼ねて農業体験でもと思ったんです、土に触れ遊びながら自分達で食べる食糧を自分達で作りありがたみや大変さを学びつつ教会の食費を浮かすという作せ・・・、いや提案です。」
メイス「なるほど、良い提案ですね。早速教会に持ち帰って聖職者たちに話を持ち掛けてみます。」
光の作せ・・・、いや提案は教会でも絶賛され即採用となった。早速次の日から子供たちがガイの田んぼで米を育て始めた。川から水を引き稲を1本ずつ大切に植え小さな合鴨を離した、これで害虫などによる稲への被害は減るだろう。田んぼを眺めながらメイスは光にお礼を言った。
メイス「ありがとう、これからは私もちょこちょこ見に来るわね。」
光「私もそうするかな・・・。」
すると光はメイスに微笑みかけ、パン屋の仕事へと向かった。
光が『作成』で作った肥料により米は1週間ほどで実り、早くから収穫の日を迎えた。合鴨のお陰で害虫の被害は無く無事にすくすくと育ち穂を垂れている。
教会で面倒を見ている子供達が嬉しそうに田んぼへとやって来た、メイスも女の子に手を引かれほぼ無理くりの駆け足でやって来た。
光も鎌を手に収穫に参加する事にした、子供達に教えながら1束1束丁寧に刈っていったが人数が多い分短時間で収穫が終わった。肥料のお陰で乾燥もすぐに終わってしまった。
光「これを脱穀と精米して炊いたら美味しいご飯の完成だね。」
子供達「はーやーくー!」
メイス「慌てない慌てない、炊けるまで皆で遊びましょう。」
稲を刈った後の田んぼは子供たちの格好の遊び場となった。「空腹は最高のスパイス」だ、おかずに悩まなくて済みそうだ。シンプルな塩むすびで存分に喜んでくれるだろう。後は白菜の浅漬けでも出してあげるか、あれは日本酒の肴にする様に漬けたものだが米にも合う、あげた分はまた漬ければいい。たしか・・・、胡瓜の糠漬けもあったな。今日はご飯を存分に味わうか、光の表情が自然に綻ぶ。
光「炊飯器で十分かもだけど、折角だから『作成』で羽釜を作って焚火で炊こう。」
火を最初は弱火でおこし、炊飯を始めて暫くすると米の炊ける良い匂いがして来た。
メイス「早く開けて食べましょうよ。」
光「メイスさんも慌てない慌てない。」
米を炊くときは「初めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣けども蓋開けるな」というほどだ、決して慌ててはいけない。炊けた後は蒸らして・・・、完成!!!おこげも出来てるから上出来だ。皆が見てない間にちょっとつま・・・、いや味見・・・、と。
光「いける・・・、皆お待たせしました。炊けましたよ!!」
子供達が集まって来て自前の茶碗を持ってくる、茶碗にご飯がよそられる、白菜の浅漬けと胡瓜の糠漬けを添えて出す。
メイス「皆さん、行き渡りましたか?では頂きましょう。」
子供達「今日(こんにち)の御恵みに感謝して、頂きます!」
皆で祈りを捧げてから飯を食う、炊き立てでふっくらとしたご飯はやはり皆大好きだ、異世界に来てもこれは変わらない。(※作者の家は元米農家です。)
光「慌てないの、まだお代わりあるからね!それにしてもこんなに成功するとは思いませんでしたよ。」
メイス「光さんとガイさんに感謝ですね、いつもここの工房で焼いたパンばかりだったので子供達も飽きていたみたいです。それにしてもこのお漬物中々ですね、どこでご購入なさったのですか?」
光「すいません、それは・・・、私が酒の肴として作っていた物です・・・。」
メイス「あなた本当にお料理がお得意なのね。」
-㉟小さく大きな建設計画-
メイスは光にある相談を持ち掛けた、流石に美味しくても毎日白い飯と漬物だけでは飽きてくる。そこで光は自宅の家庭菜園へ招待する事にした。先日米作りの時に使った肥料のお陰か野菜が豊富に実っていた。
庭にテーブルを出し汚れない様にゲオルの店で買っておいたラップを巻き付け、その周りに子供達を集めた。先日、ガイにお裾分けしてもらった小麦粉を使い生地を作り、薄く丸く広げる。そこに自宅で採れたトマトで作ったソースを塗り、切ったベーコンとナル特製のモッツァレラチーズを散らす。子供達にちぎりながら散らしてもらうべくナルに頼んで作り方を教えて貰いながら一緒に作っておいた。
ベーコンは先日『作成』で作ったタンドールを利用した燻製器で作った自家製だ。豚バラのブロック肉を仕入れて燻製し今回用に半分、そして自分の晩酌用に半分と分けてある。
さて、もうお分かりのはずだが光は今回、子供達とピザ作りをする事にしていたのだ。ただやはり子供達が嫌う野菜の代表格と言えるピーマンを彩りの為乗せたい、そこで見た目が分からなくなるまで木端微塵に刻み市場で買ったトウモロコシやツナと一緒に散らす事にした。
子供達が遊び感覚で小さなピザを各々で作り、それをメイスや丁度休日だったゲオルの協力で高温に熱されたピザ窯(これもタンドールの窯を利用したもの)に入れて焼いていった。
数分後、子供たちのピザが焼けたので配り、食事会の始まりとなった。子供達が先日と同様に祈りを捧げ食事を始める。焼きたてのピザは熱々だったが味は好評で子供たちは知らないうちにピーマンを克服していった。
食事会が終わり、メイスの引率で子供達が教会に帰った頃、光は何故か不服な気持ちになっていた。何かが足りない・・・、ただ何故か思い出せない。そこで改めて自分が焼いたピザを一口齧り咀嚼していった。
光「マッシュルーム・・・、茸(きのこ)食べたい!」
唐突にそう思った光は庭の空いている土地に鋼鉄で作ったハウスを『作成』で建設し、内側にビニールを張り巡らせた。川から引いた水を利用し、まず水車を利用した簡易式の水力発電装置を設置して、普段家で利用している蓄電池に接続した上でハウス内の電力を確保する。流水を利用したシャワー設備を構築して年中茸が育つ状態にした。
空調に関しては苦労した。エアコンや換気扇は無事に設置出来たが、この世界に暖房用に使う石油がある訳ではないのでそこはまずソーラー発電時の太陽熱と足らない分を魔力で補強する事にした。
原木での栽培はせずDIY時に出た木のチップを水で固めたブロックに『作成』で作った茸の菌を埋めて設置した。いわゆる『菌床栽培』だ。(※作者の家は椎茸農家です。)
大小様々なブロックが揃ったので、光はキノコ類の名前を書いた札を差し込んでいった。この菌床ブロックにも例の肥料を入れておいたので苦労することなく数種類の茸が生えてきた。
今回はシンプルに『焼き』で行きたくなった光はタンドールの窯の上に網を乗せゆっくりと焼いていった。ポン酢をかけ、じゅわっとという音と同時に香りが立ち始めた。
窯の中の炭に空気を送り火を強める。
光「我慢出来ない・・・。」
一言こぼした光は冷蔵庫に急ぎビールを数缶持って戻って来た。
早速焼けたエリンギを一口食べ、コリコリシャキシャキの食感と熱さ、そしてポン酢の風味を楽しむとビールで流した。
光「たまんない・・・、今度はエノキ行こうかな・・・。」
これもシャキシャキで美味、ポン酢でなくても塩コショウでも楽しめる。
次は一株舞茸を一口、プリプリとした舞茸を網の上でフライパンに注いだハーブ入りのオリーブオイルに入れて熱しアヒージョにした。
光「クセになりそう・・・。」
勿論、焼いたバゲットも用意しているので、アヒージョの油をつけて楽しむ。
ホワイトとブラウンの2種類用意したマッシュルームもアヒージョにして食べた。
それらを全部ビールで流し込んで一息つく。これぞ至福の一時・・・。
光「片付けしてお風呂入ろ。」
炭に水をかけ、網は明日洗うので一先ずつけ置きしゴミを片付け沸かしておいた家風呂の湯船に足を入れる。今日食べた物を頭に浮かべながらゆっくりと風呂に浸かった。
光「風呂上がりの牛乳を一気・・・、と。そしてこれは忘れちゃだめだよね。」
何缶保存しているのだろうか、光はまた冷蔵庫のビールに手を出した。
メイスや子供達と別れて約半日、光は存分に1人呑みを楽しんだ。
-㊱違和感の世界で・・・、え?-
パン屋での仕事を終わらせた光は街中を少し散策して帰ることにした、いつもさり気なく通る道を改めてゆったりと歩いてみると何かしら発見がありそうでワクワクしてくる。
先日、呑み会を行ったパン屋の裏通りを少し歩いてみよう。テラス席が沢山ありカレーハンバーグが人気のコーヒー専門店や、東京の浅草にありそうな風格のある老舗っぽいカレーが人気のメイド喫茶、そして元々賄いだった裏メニューのカレー茶漬けが密かな人気になっているインドカレー専門店など、日本にあっても違和感ばかりの店が並んでいた。
川に座敷と半分に切った筒を設置して「流しカレールー」をやっている店もある、ただ利用してもなかなか掴めないので客足が遠のくばかりで次の策を考えている様だ。
いつ考えていつ作ったのだろうか、蛇口を捻ればオレンジジュースやカルピス、焼酎、生ビール、そして変わり種としてカレールーが出てくるお店も発見する。ただこのお店、お水が出てくる蛇口は無いらしい。
光「か・・・、カレーばっかりじゃん・・・。」
様々なお店の前を通り少し引きながら散策して行った、店員さんがいたら確実に店に引きずり込まれる。しかし、今は何となくカレーの気分ではない。
行き止まりになったので来た道を戻り待ちの中心部へと戻ることにした、鬱陶しい位に嗅ぎ飽きたカレーの匂いに包まれゆっくりと歩く。
先程通った蛇口のお店で見覚えのある女の子がご飯片手にカレーの蛇口の前にへばりついていた、またカレー茶漬けばかりを沢山頼んで他の料理も食べて欲しい一心の店主を泣かせている見覚えのある男の子もいる。老舗っぽい店で両脇に種類の違うルーを持つメイド2人を従えひたすらカレーをがっつく見覚えのある女性、そして、スプーンの代わりに中華料理で使う蓮華で流れるカレールーをすくおうと必死になる見覚えのある男性。ただとろみがあり中々流れてこない上に流れてきても蓮華では全て取れない。因みに、「大き目のおたま」はオプション料金らしい。
しかし、今着目すべきはカレールーのとろみ加減やオプション料金のおたまではない、カレーを食べている人たちを先日どこかで見たことがあるという事だ。全員が私服なので違和感が勝り正直誰なのか思い出せない、光はカレールーを必死に取ろうとしている男性に見覚えのある服装を頭の中で着せてみた。
光「えっと・・・、まさかね・・・。」
そう、光の予想は的中していたのだ、正直人違いだったら良いのにと思っていたが。彼らは先日、街の中心部で街をあげてもてなした王族の人たちだった。服装を変えているのは街の人に紛れるため、そして一緒にいるとかなり鬱陶しい護衛の王国軍の目を盗むためだそうだ。
絢爛豪華なお料理も毎日だと飽きる上に格式高くマナーなどに気を遣うので嫌になってくる、そこで何も気にしなくても良く王族全員が大好きなカレーを皆が各々の形で楽しんでいる。
王族たちはカレーが好きすぎて他国の王族に示しがつかないと普段は王国軍にカレーを禁止しているとの事でこそこそと食べにくるしかない、でも王宮に帰った際に香りでいつもバレてしまう。いつも対策の為厳戒態勢を敷いているが、実はこの国の王族、全員土木工事やDIYが得意なので抜け穴をすぐ作ってしまうのだ。なので、王宮は隠されてはいるが穴だらけになっている。王国軍の将軍達を中心に見つけ次第穴を埋めてはいるがまた新たに開けてしまうので正直追い付かない、王国軍は頭を抱え悩んでいた。
今日も大好きなカレーを楽しみ作ったばかりの新しい抜け穴から王宮に帰ったエラノダ達王族一家だが、丁度抜け穴の出入口でたまたまそこにいた将軍クラスの者にバレてしまった。
将軍「王様方・・・、またですか。先程ご昼食にお呼びしたのに皆様いらっしゃらなかったのでまさかとは思いましたが。」
エラノダ「我々だって人間です、好きな物をたらふく食べたい時だってあるじゃないですか。」
将軍「しかし・・・、隣国からおいで下さっている王様方もお待ちだというのに。」
すると金の鎧を着た大隊長が報告した。
大隊長「将軍様・・・、先程食堂を確認したのですが隣国の王様方も各々で出掛けておられるらしく・・・。」
将軍「そうなのか?知らなかった・・・。王様、大変失礼致しました。申し訳ございません。」
エラノダ「気にしていませんよ、それでは他国のお2人はどちらに?」
大隊長「軍をあげて王宮内を探してみましたがお2人ともいらっしゃいませんでした。」
一方、その頃。街の一角にある呑み屋でパン屋の3兄妹とデカルトが親族水入らずで昼間から酒を酌み交わしていた。デカルトは私服で完全に溶け込んでいる、変装はエラノダより得意だそうだ。生中のジョッキを片手に大声をあげてゲラゲラと笑っている。王族も感情を持つ人間(いやこの4人は違うが)、堅苦しいのが苦手らしい。
まぁ、こういう時があっても良いじゃないか。
-㊲子供達のために?-
異世界に来てどれ位経っただろうか、光はコーヒーを片手にふと思った。神様には何もしなくていいと言われたが今まで色々ありすぎて自分で言うのも何だがそれなりに活躍してきたと胸を張って言える気がする。
しかし、それなりにこっちでの催しや遊びも楽しんできた、結構日本に近い物を感じていたが異世界なりの変化もあったのでそれはそれで良しとした。
1人の大人として楽しく過ごしてはいたが疑問に思う事がある。
この国に子供たちの為の遊び場ってあっただろうか、と。
大人たちは街の西側にあるレース場公園夜銭湯や呑み屋で楽しめるが、子供達が遊べる公園や遊園地などの遊び場は見当たらない。
たまに田畑の端を走り回る姿は見かけたがそれ以外は殆ど見ていない。
そこで、教会に行き、アーク・ビショップのメイスに相談を持ち掛けてみる事にした。
メイス「確かにその通りかも知れませんね、他国の公園や遊園地などでは友達を得る子供達が多いですから。」
教会は孤児院を兼ねていて、子供達が勉学を学ぶ施設や少し狭めだが小学校の様に遊具のある運動場も併設している。
そこで、メイスが国王のエラノダに相談を持ち掛ける事にした。アーク・ビショップは国王以上の権威や権利のある人間がいて、メイスもその内の1人だった。
翌日、メイスは王宮へエラノダに直接会いに行った。
エラノダ「そうですか・・・、それは盲点でしたね・・・。」
メイス「子供たちにはお友達やご家族の方々との楽しい交流の場が必要とされています、この機会にご検討をお願いいたします。」
エラノダは即決断し王国軍の将軍達を集め作業の指示を出した。初めの第1歩として光の家がある住宅地近くに公園を作った、決して大きくはないがブランコや滑り台、そしてジャングルジムなど子供達が楽しめる遊具が設置された公園だ。
次にインパクトのあるものをと考え、銭湯の向かいの駐車場の端に山の斜面を活かしたローラー滑り台を作ると一瞬にして子供たちの注目の場になった。
そして銭湯に引いている温泉を利用し年中通える温水プールを建設し親子連れでワイワイしながら楽しめる場所とした。
メイスはエラノダに直接相談を持ち掛けて正解だと思った、まさかこんなに早く解決するのは予想外だったがこれも王国軍の仕事の早さの賜物だ。
温水プールの利用客の為、街の洋品店が水着やプール用品専門の支店を出したので経済効果も上昇した。光はパン屋の女子仲間と水着を買いに行き、早速温水プールへと向かった。
4本の巨大なウォータースライダーが特徴的で流れるプールや体を癒す為のジャグジーまで完備。銭湯と建物を繋げ疲れた体への癒しの場所まで確保している。
プールサイドではまるで本物のバカンスの様なセットが組まれておりソフトドリンクやアルコールを楽しめる様になっている。
光「大きいね・・・、これなら皆楽しめそう!」
キェルダ「私たちも早く入らなきゃね。」
そう言いながらも興奮を抑えプールサイドを歩き、流れるプールへと向かった。ゆっくりと入ると流れる温水に身を任せ洋品店で買った内輪やビニール製の海豚のおもちゃにしがみつく。決して冷たくなく、そして熱くなくゆったりと浸かれる温水が身も心も癒されていく。
時間を忘れ遊んでいるとプールサイドに見覚えのある女性が際どい水着で現れた、まさかのメイスだ。いつもは正装の姿しか見たこと無かったので新鮮さがある、ただアーク・ビショップを表す白を基調としたデザインのものを選んだらしいので実際に着て少々焦っている。
メイス「聖職者らしくない恰好を選んでしまいましたわ・・・。」
聖職者「アーク・ビショップ様、その様なはしたない恰好はおやめください。」
後ろに従えた聖職者達は2つに意見が分かれていた。彼らの『神教』は個人の自由を尊重する宗教でもあるので・・・。
聖職者「良いではないですか、アーク・ビショップ様。この場では堅苦しい事は無しでしょう。」
聖職者達をよそにプールをめいいっぱい楽しもうとするメイス。
それを見て光達は負けじとウォータースライダーへと向かう、ここでよくある件が発生した。
心はまだ子供のままらしいのが目に見えた。
光「競争しましょう、メイスさん!」
-㊳学びの場-
温水プールではっちゃけた数日後、街中のカフェテラスでネスタが尋ねた。
ネスタ「そう言えば、あんたはどこの魔学校に通ってたんだい?」
ネスタは光と一緒で日本からこの世界に転生して来た林田警部の奥さんだ。
この世界では住民が魔法を使えて当然との事だが、どこかで学んでいた等の話は全く聞いた事が無かった。ネスタには自分がどうやってこの世界にやって来たかを伝えてはいる。
光は一応、大卒の会社員だが勿論魔法なんて日本で学んだ事は無い。
この世界では小中学校、高等学校、専門学校、そして大学という概念が無く学校と言えば魔法を中心とした勉学を学ぶ「魔学校」のみだそうなのだ。そこでは種族関係なく子供達が6歳から15歳まで学ぶことになっている。
夫の林田警部が転生者でありどこで学んでいたか知りたかったのだろう。
光「私の元の世界には魔法自体が無くて、魔学校というものも無かったです。」
因みにこの世界での魔学校は隣のバルファイ王国に1校だけある、そう言えば街を見回しても学校らしき施設は孤児院の施設以外見当たらなかった。
6歳から15歳と言えば日本では大体義務教育の期間となる、その時期になれば出生届と住民票を役場と共有するバルファイ王国魔学校から連絡が来て学校に行くようになるのだ。
ただ、全寮制でも無いらしいので毎日隣国まで通うのは大変だろうなと思っていたが、学生証を家の玄関のドアにかざして開けるとすぐ教室に到着するとの事だ。
光はこの世界に来てから神様の恩恵で使える様になった『作成』のおかげで色々出来る様になったが林田警部は魔法が使えない。きっと、『作成』などのスキルの存在に気付いていないか本人が使おうとしていないかだ。
そんな事を考えていたら、ネスタが確信をつく質問を投げかけた。
ネスタ「じゃあ、誰に魔法を教わったんだい。」
きっと神様のお陰だと言っても信じてもらえないだろう、光の場合誰かに教わった訳では無く『作成』で自ら作ったものだったからだ。
光「この世界に来て、ネスタさんの家で眠っていた時に気づいたら出来てました。」
ネスタ「そう言えば、朝ごはんの後に突然倒れた事があったね。あれと関係があるのかい?」
この世界に来た初日、ネスタの家で違和感を覚えながら全体的に和の朝食を食べた後、精神だけ神様に呼び出された折に、現実世界では廊下で倒れていた事になっている。その時に『作成』を授かった。
そう言えばあれから全く神様に会ってはいない、確か気が向いたら様子を見に来ると言っていたが。
光「そう・・・、ですね・・・。一応・・・、関係あります。」
ネスタ「なるほどね、うちの人が魔法を使えないのは突然倒れた事が無かったからかな。」
後日、林田警部に会う約束を取り付けて本人に聞いてみる事にした。
林田「そうですか・・・、うちの家内がそんな事を。」
光「林田さんは神様から何かを授かったというのは。」
林田「ありますよ、『作成』も使えますが敢えて使ってないんです、使う場面が無くてね。」
どうやら魔法が使えないというのは勘違いだった様だ。
光「そうなんですね・・・、そう言えばネスタさんが魔法を使っている所を見た事無いのですが。」
林田「家内はドワーフですから魔法を使うイメージは無い様な気がしますが。」
光「この世界では種族関係なく学校に通っているから皆魔法が使えるみたいですよ。」
林田「なるほど・・・、家で家内に聞いてみましょう。」
コーヒー片手に林田は感心していた。結構この世界が日本に似ているから林田自身魔法が無くても何とかなっているのだろう。
林田「車やテレビ、それに電話まであるから必要無いと思っていましたが、知らぬ間に自分も魔法を使っていたかも知れませんね。」
光「そうですね・・・、違和感が無くなってきたから改めて考えるいい機会だったかもですね。」
林田「そう言えば、利通も6歳頃から学校に通っていましたね。」
光「何もご存じなかったんですね・・・。」
世の中燈台下暗しというがこういう事らしい。
今度改めて魔法を学んでみようか。
-㊴1つの鍋を囲む-
林田警部と会ってから数日、光はパン屋の仕事を昼過ぎまでこなし休憩時間に入る頃にネスタが店にやって来た。孤児院の子供達の事を聞いて自分にも何かできないかと相談を持ち掛けてきた。この事には林田警部も賛成していて本人も協力したいとの事だ。
ネスタ「さっき街に来る途中でとても大きな鍋を見かけたんだよ、あれで料理をして皆で楽しく食べれないかと思ってね。何か良いアイデアでも無いかい?」
光「やはり大人も子供も共通して食べたくなるものが良いですよね、それに各々の好きな具材を持ち寄って出来る・・・、カレーとかどうですか?」
ネスタ「いいかもね、皆の好きな具材が入った大きいお鍋でカレーなんて美味しくて豪華になりそうね。」
光の仕事が終わり、ネスタとメイス、そしてゲオルとカフェテラスで会い具体的に話を詰めていく事にした。
ネスタは先程の鍋を自ら調達し、一旦家で保管してるという。最低限必要なカレールーはゲオルが自らの自腹でお店から寄付すると持ち掛けた。
米は子供達の農業体験で田畑を提供したガイがたんまりと用意すると意気込んでいるとの光に連絡があったそうだ。子供達が育てた米を沢山の人たちに食べて欲しいとの事だ。
とりあえずじゃが芋、人参、玉ねぎの3種類の根菜は用意して後の具材は皆が好きな物を持ち寄って入れようという話になった、様々な家庭のオリジナリティが集結した豪華なカレーを作ることになった。
数日後、稲を刈り取り乾燥したガイの田んぼに大量の薪で焚火を起こし、火を通すのに時間がかかる根菜類から入れていく事にした。
最初に話していた3種類に加え、ルーを提供したゲオルが持って来た蓮根を入れる。しっかりとした歯ごたえと甘みでルーの辛味に深みが増すとの事だ。
後から話を聞いた焼き肉屋の板長とヤンチが普段の調理で余り、普段賄いなどに使用する牛肉や豚肉の切れ端を提供してくれた、本人たちや他の従業員達も今日は店を休みにして全員が駆けつけてくれている。肉は切れ端と言えど普段店で出てくる物と変わらず旨味の溢れる物だった。
ネスタと光の話をこっそり聞いていたラリー達も普段コーンパンに入れているトウモロコシを提供して来てくれた。
ネスタは林田家で評判の良い鶏肉を2種類を沢山用意し焼き肉屋の肉と一緒に炒めてから鍋へ。
警察署内で林田からカレーの話を聞いたノーム刑事ことドーラは海老とホタテの貝柱をありったけ提供してバターで炒めた後に鍋へと投入する、コクが増してよりまろやかに。
匂いに連れられ孤児院の子供達がメイスら聖職者と共にやって来た。子供達が育てた米を沢山の土鍋で炊き上げていく、綺麗な茶色をしたおこげも出来て好評だ。
最後にゲオル達が店から持って来たカレールーを鍋に入れて煮込んだら完成だ、ネフェテルサの「大好き」が詰まったカレーだ。
日光に照らされ白く輝く銀シャリを皿に盛り具材がたっぷりと入ったカレールーをかける。子供達はもう待てないと言わんばかりにカレーをずっと眺めていた。
ネスタ「そう言えば光ちゃんは何を持ってきてくれたんだい?」
光「皆がカレーの具材を持ってきてくれているので敢えて自分はポテトサラダをうんとたっぷり作ってきました、カレーの横に添えると合うと思いまして。」
ネスタ「良いね、口がさっぱりするね。」
小皿にレタスとトマトのサラダを敷き、そこにポテトサラダを乗せる。これを全員に行き渡らせるとメイスが声を掛けた。
メイス「では皆様、頂きましょうか。」
全員「今日(こんにち)の御恵みに感謝して、頂きます!」
皆が喜び勇んでスプーンを入れていき、ルーのかかった白米を口いっぱいに頬張る。一口食べた全員から笑みがこぼれた。
ガイ「良い日だ・・・、こんなに農業してて嬉しいことは無いですよ・・・。」
メイス「ガイさんが場所とお米を提供してくれたおかげですよ。」
ガイ「いえいえ、お米は子供達が汗水たらして丁寧に育てた物ですから、私は何もしてませんよ。」
光はカレールーのみを別の皿に移し、それを肴にこっそり家から持って来た缶ビールを呑み始めた。すぐに林田とドーラにバレてしまったがビールを渡してその場を治めた。
皆がお代わりを欲しがり沢山あったカレーは全て無くなり鍋に付いてたルーもパンやじゃが芋に拭き取った為、鍋の中は買ったばかり新品の様に綺麗になった。
カレーを拭き取ったじゃが芋を使ったコロッケも評判で皆カレーを満喫してその日は過ぎて行った。
光「あー、揚げたてのカレーコロッケもビールに合う・・・。」
林田「お1人でまだ呑んでたんですね・・・。」
-㊵異世界らしくない位の平和な理由-
光は違和感を感じていた、冒険者ギルドが存在し街を訪れた冒険者たちが魔獣達に困っている住民から依頼を受け各々の仲間と共に仕事へと向かって行く。仕事を終えると報酬を受け取り建物内で呑み食いを行っている。
しかし・・・、何かが変だ。ギルドに捕獲した魔獣を買い取ってもらったり、討伐したその場で魔獣の素材を剥ぎ取ったり、もしくは依頼者から報酬として素材を受け取り武器や防具を作っている様子が無い。魔獣の肉を食べている様子もなく普通に畜産業が存在している。冒険者達が農民たちからの依頼で魔獣の駆除をしているとの事だが駆除した魔獣はどうしているのだろうか。
700年以上生き、経験を重ねた上級魔獣達は東門から街へ出入りし人に混じって生活を共にしている。
では、それ以外はどうしているのだろうか。冒険者ギルドでドーラに聞いてみる事にした。
ドーラ「何言ってんですか、討伐なんかしちゃったら協定違反になってしまいますよ。」
光「協定違反・・・、ですか。」
この世界に来てからそこそこ経っているはずだし、一応就職の為とは言え自分も登録しているが初耳だ。光は顔が赤くなり、ギルドから逃げ出して勢いのままに林田家に『瞬間移動』した。
部屋の床を箒で掃いていたネスタが驚きながら言った。
ネスタ「ひゃぁっ!誰だい、いきなり入って来るなん・・・、光ちゃんかい?」
光「はぁ・・・、はぁ・・・、ネスタさん・・・、はぁ・・・、すみません・・・、はぁ・・・、お水を・・・、はぁ・・・、下さい・・・。」
光は水を受け取ると一気に飲み干しお代わりを要求した。5敗、いや6杯程飲んでやっと落ち着いた光はネスタからチョコを貰って一部始終をほぼ早口気味になりながら話した。
ネスタ「なるほどね・・・、知らなかったと言ってもね、そう言われても仕方ないわ。」
光「協定違反ってどういうことですか?」
ネスタ「あのね・・・、光ちゃんがこの世界に来る数年前の事さね。ネフェテルサ・バルファイ・ダンラルタの3国間で『魔獣愛護協定』ってのが制定されたんだよ。それ以前は素材目的の奴もいたけど殺戮目的で自由に暴れていた冒険者が多くてね、多くの種類の魔獣達が絶滅したんだ。その影響で上級魔獣にならずに死んでいった魔獣達が後を絶たなかったから3国の街での商売の売り上げがガクッと下がったりしてね。特に王族含め国民の殆どが上級魔獣や獣人族、そして鳥獣人族のダンラルタ王国では人口が著しく激減したからそれを心配した魔獣愛護団体の連中を中心に賛同した3国の国王同士でさっきの協定が出来たって訳。そのお陰で『依頼での駆除を目的に罠等で捕獲した魔獣は必ず遠くの山に放さないといけない』って言う決まりなんだよ。討伐はご法度、素材や肉の剥ぎ取りはもっての外なのさ。」
光は納得した、だからこんなに平和な世界が出来上がったんだな、と。でないと駆除をする側の人間達と駆除される側の魔獣達がこんなに仲良くなる訳がない、ましてや上級魔獣を恐れずに街に迎え入れてすらいる。
しかし、3国間で協定が制定されていても近隣では魔獣の絶滅等の問題が後を絶たない。他国で依頼を受けた冒険者達が知らずに、或いは故意に討伐してしまっているのだ。前者の場合は3国の中で発行され、魔学校でも教科書の1つとして指定されているとても分厚い『魔獣愛護の教え』という本を読みながらその内容について長々と口説かれるだけで終わるのだが、後者の場合は最悪の場合絞首刑となってしまう。
残虐で非道な冒険者から魔獣達を守るため、攻撃が察知されると諸国の軍により処罰がなされるという訳だ。
光「もしも他国から来た冒険者が魔獣から剥ぎ取った素材を使った武器や防具を身につけていたらどうなるんですか?」
ネスタ「即座に没収されてしまうんだ。それからその冒険者は3国から永久追放だって話だよ、ギルドマスターの手によりギルドカードに特別な魔法がかけられて国境を越えようとする時・・・。」
光「恐ろしい事が・・・。」
ネスタ「異常な位の腹痛と下痢に襲われるって話さ。」
光「そこでは殺されはしないんですね。」
ネスタ「他国の領域で討伐とかがされた場合はあんまり干渉出来ないんだと。」
光「だからって下痢・・・、ですか・・・。」
ネスタ「私も又聞きで聞いた噂なんだけどね、1週間位ずっとトイレから出てこれなかった馬鹿な冒険者がいたらしいよ。一方では薬局で下痢止めがバカ売れだったそうさね。」
光「経済にいい影響が生まれていますね・・・、チョコ・・・、食べづらいな・・・。」
光は顔が引きつっていた、改めて変わった世界に来てしまったと嘆きたくなってしまう。
変わった動物・・・、いや、魔獣愛護の形があるらしい。
こんな平和の形があっても・・・、いい・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます