3. 異世界ほのぼの日記 ㉑~㉚


-㉑苦労はしているのだろうか-


 光がサンプルを見て選んでいる間に一瞬でゲオルが髪型を変えてしまったので、光は開いた口が塞がらなかった。流石リッチと言うべきなのだろうか。しかし、光には疑問が浮上した。


光「リッチという事は・・・、アンデッド・・・、死んでるんですか?」


 何処からどう見ても人間と変わりなく見えるので違和感を感じていた。これは光の勝手なイメージなのだがアンデッド(死者)なのでリッチも全体的に骸骨っぽい見た目と思っていたのだ。しかし、ゲオルは生きている普通の人間と変わらない見た目をしている。


ゲオル「やっぱりそう思います?そうですよね、よく言われます。」


 ゲオルは笑顔で答えていた、でも生きるため(?)に苦労をしていそうな感じもした。ゲオルは人気のない裏道に光を連れて行った、何をされるのだろうか。


ゲオル「引かないで・・・、下さいね。」


 すると魔術を解き、イメージ通りの姿をしたリッチが現れた。そして次の瞬間には元のゲオルの姿に戻っていた。


ゲオル「特に満月の日苦労するんです、人間の姿を維持するの。一応魔法で膜張ってガードしているんですが満月の光を浴びるとどうしても元の姿に戻ってしまうんですよね。」

光「アンデッドの方々がそうなるんですか?」


 他にも身近に苦労している人もいるのだろうかと心配になってしまった。

 満月と言えば狼男だろうか、これも光のイメージだが月夜の晩や丸い物を見てしまった時に凶暴な狼に変貌してしまう。

 そして逆に夜の世界にしか生きることが出来ない者もいるはずだ、吸血鬼とか。その質問をゲオルにぶつけてみた。


ゲオル「そうですね・・・、まあ取り敢えずお茶でも飲みながら話しますか。」


 2人はカフェに移動して話すことにした、確かに男女が人気のない暗がりで話していたら怪しまれてもおかしくない。


ゲオル「まずはヴァンパイア、吸血鬼ですね。最近の彼らは昼間でも普通に動けるみたいです、しかも人間の生き血を欲しがりません。オレンジやトマトを使ったジュースやチューハイが好きらしいです。確か・・・、新聞屋のナル君がそうだったかと。」

光「適応しすぎでしょ・・・。今度呑みにでも誘ってみよう。」

ゲオル「そして人狼・・・、ウェアウルフですね。最近は凶暴化の力が弱まっていると聞きます。それに最近は純粋な者はあまりおらず、人間とのハーフが殆どだそうですよ。」


 人狼と人間のハーフ・・・、って事は知らぬ間に結婚して子供を作っていたってパターンなのだろうか。

 丸い物を見た場合はどうなのだろうか。知り合いにいた場合試してみよう。ただ、近くにいるか分からないが。


ゲオル「何を仰っているんですか?いるでしょ、あなたの御勤め先に。」

光「えっ?!」

ゲオル「ラリーさんがそうじゃないですか。」

光「店長が?!」


 次の日、朝一店に出勤して丸いメロンパンを1つ取るとラリーに向けてみた。


ラリー「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ・・・、お前ら逃げろぉ・・・って、なるかぁ!!!」

光「ノリ・・・、ツッコミ・・・。あ、ごめんなさい。」

ラリー「いいよ・・・、日常茶飯事だから。」


 昨日ゲオルがウェアウルフ達はノリが良い者が多いと。多分この世界に溶け込む為の工夫なんだろうなと思いながらメロンパンを降ろし売り場のお盆に置いた。厳格なイメージを持ってたのだが意外な一面が垣間見えた気がして楽しくなってしまった。

 ウェアウルフのその性質を知っているが故にちょくちょく楽しんでいるのがホークマン等の鳥獣人族だ、普段は翼を魔法で消しているそう。光の周りではウェインがそうらしい。仕事中調理場からちょこちょこウェインの笑い声が聞こえていた理由が分かった、どうやらラリーをいじっている様だ。噂をすれば影、早速ウェインの笑い声が聞こえる。

まるで休み時間の男子中学生のようだ。


ラリー「ウェインさーん、勘弁してよー。こんなので仕事出来ないよー。」

ウェイン「ほろほら・・・、良いじゃんかよー。口紅似合いそうじゃんかー。」


-㉒いよいよ収穫-


 光は朝一、庭先の家庭菜園を眺めポロっと一言呟いた。


光「そろそろ収穫できるかな・・・。」


 今日になるまで水やりや草抜きなどのお手入れを欠かさず行い丹精込めて大事に大事に育ててきた野菜たちが美味しそうに実っている。

 朝日が照り付け絶好の収穫日和、先日買った麦わら帽子にTシャツ姿になり光は笊を片手に収穫に臨んだ。

 まずは真っ赤に熟したトマト、沢山あるので1つ取って試しにつまみ食いしてみる。1口齧るとそこから爽やかで甘酸っぱい果汁がたっぷり口に流れ込み幸せにしてくれる。

 そして細長く育った茄子やオクラも収穫、今日は夏野菜カレーにするかとルンルンさせてくれる。完成した料理を想像し腹を空かせながら収穫を進めていった。

 胡瓜も育っているのでサラダを作るため収穫することに、お陰で今日のランチは豪華なものになりそうだと微笑んだ。

 川沿いの小さな切り株に結んだ紐に持っていた笊を結び付け、そこに胡瓜とトマト、そして缶ビールをおいて川につけ収穫後の楽しみとして冷やしておくことにした。

 ニヤニヤしながら収穫していると家の前をたまたま通った新聞屋のナルが声を掛けてきた。以前、ゲオルからナルがヴァンパイアだと聞かされたが午前中でも平気でおきているし、普通にカジュアルウェアを着こなしているので実感が湧かない。


ナル「光さんおはようございます、収穫ですか?」

光「あ、おはようございます。そうなんです、この野菜でカレーを作ろうと思いまして。」

ナル「いいですね、僕トマト大好きなんですよ。」


 これもゲオルが言っていた様な・・・。


ナル「良かったらお手伝いさせて頂けませんか?」

光「勿論です、カレーを作った後にあそこで野菜とビールを冷やしているのでご一緒にいかがですか?」


 光は川の水で冷やしている野菜の入った笊を指差した。


ナル「最高ですね、俄然やる気がしてきました。」

光「では、手早く収穫しちゃいましょう。」


2人は手早く、しかし果実を傷つけないように丁寧に収穫を進めてきた。ナルのお陰で思っていた以上にかなり早く収穫が終わった。

キッチンに移動して光は収穫した野菜を切っていき、その横でナルは寸胴でお湯を沸かし始め、別に用意したガラスの容器に切ったトマトと胡瓜を入れ冷蔵庫で冷やしておいた。

寸胴にカレールーを入れ溶かし、その横でフライパンで切った野菜を炒めて一緒にしていく。ゆっくり混ぜながらじっくりコトコト煮込んでいき完成だ。

キッチン全体にカレーの良い匂いが漂う、光拘りの新潟県魚沼産のコシヒカリを炊飯器に仕掛け、水を少し少な目にして氷を3個入れ『炊飯』ボタンを押して炊きあがりを待つ。

その間に2人はお楽しみの冷え冷え野菜とビールを楽しむ事にした。ナルが見てない所で川沿いにベンチとパラソルを『作成』して用意していたのでそこに座り涼みながら冷え冷えの夏野菜の入った笊を取り出し缶ビールを開ける。


2人「かんぱーい。」


 2人は冷え冷えの缶ビールを呑み高揚感を感じていた。暑い時に外で呑む冷えたビールのお陰で最高の気分になっている。

 そして川に水で冷えた胡瓜とトマトにかぶりついた。瑞々しさに溢れ乾いた喉を暑さを凌いでくれる。2人は自然と顔が緩み綻んでいく。

 川が浅めだったので足をつけてまた野菜とビールを楽しむ。そうしていたら通行人にデートですかと尋ねられたので2人は顔を赤くしていた。

 十分楽しんだのでタオルで足を拭き急いで家へと入って行った、そろそろご飯が炊けるはずだ。

 キッチンに入った瞬間に炊飯器のブザーが鳴ったので光は蓋を開け炊き立てのご飯を混ぜた。

 皿にご飯を盛りカレールーをかけ、野菜サラダと一緒に先程の屋外のテーブルに持って行った。椅子に腰かけて手を合わせて叫ぶ。


2人「頂きます!!」


 ナルは1口目としてスプーンに大好きなトマトを乗せ嬉しそうな笑顔を浮かべていた。1口頬張ってまた笑顔を浮かべる。

 本当に大好きなんだなと感心させてくれるナルを光は微笑みながら見ていた、このナルがヴァンパイアなのだ。実感が湧かない。

 本当にこの世界の住民は皆種族の違い関係なく過ごしているのだ。


-㉓続く食事会-


 光はカレーが、そしてナルはトマトが好きすぎて数日に分けて食べる予定だった夏野菜カレーを1日、1食で食べ終わる勢いであった。ただ、日本から持って来て『アイテムボックス』に保存しておいたお米が無くなりそうな勢いだった。


ナル「ごめんなさい、貴重な食料なのに。美味しすぎちゃってつい・・・。」

光「大丈夫ですよ、代用品を作りましょう。」

ナル「ご飯以外にカレーに会うものってあるんですか?」

光「ずっと米だけじゃ飽きるでしょ、私に任せて下さい。それに私の故郷ではカレールーだけ食べてビールを呑む人までいますので大丈夫ですよ、では作りますか。」


 そう言うと光は小麦粉などの材料、そしてヨーグルトを混ぜたパン生地を作り外へ持って行った。


光「見よう見まねにDIYで作ったこの子が役に立つ日が来るとはね。」


家の裏に筒状の窯があった、底で薪炭を火属性魔法で燃やし内部は500度ほどになっている。内側に生地を貼り付け数十秒経つと焼きあがりだ。


ナル「何ですかこれは。」

光「『タンドール』って言う窯なんです、これでパンを焼きます。」

ナル「パンですか、それ用の窯なんですか?」

光「いや、鶏肉や魚も焼けますよ。外はパリパリ、中はふっくらと焼けるんです。」


 ナルが数十秒経過し焼きたてのナンを取り出す。


ナル「薄っぺらなパンですね。」

光「『ナン』って言うんです、確かゲオルさんのお店にも売ってた様な気がしますが。」

ナル「ああ、これですか。結構手軽にできるんですね。」


気を取り直して、あと数枚ナンを焼き家に持ちこんだ。温めなおしたカレーにつけて1口。


ナル「これは初めてです、美味しいですね。」

 

 それを聞いて光はナルに微笑みかけた。

一方、トマトと胡瓜のサラダはドレッシング味変し楽しんでいたが流石にそのまま食べることに飽きてきた。そこでナルが歩いて5分ほどの自宅で手作りしたチーズを加えオリーブオイルとジェノベーゼソースで作ったドレッシングをかけてカプレーゼにした。光の勤め先の店で買ったフランスパンを切ったものに乗せて食べる、これにはナルも驚きを隠せない。


ナル「こんな食べ方があるんですね、初めて知りました。」

光「『カプレーゼ』って言うんです、簡単に出来るので今度また是非作ってみてください。」

ナル「良いですね、ただ母がチーズが苦手なんですが、その場合はどうすればいいですか?」

光「その場合は絹ごし豆腐やおぼろ豆腐でも代用出来ますよ。」

ナル「なら助かります。」


 その横で光はトマトをミキサーにかけトマトジュースを作り、それをビールに加えてカクテルにした、『レッドアイ』だ。

 大好きなトマト料理をたらふく楽しんだナルは後片付けを手伝い幸せそうな顔をして手を振り帰って行った。

 光も嬉しくなった、今までの人生で自分の料理を食べあんなに幸せそうな顔をしたのはナルが初めてだったからだ。ただ、日本で1度死んでいるのだが。

 光はその日、何故か銭湯に行きたい気分になっていた。ゆっくり歩きたかったので桶に洗面用具等を入れて歩いて銭湯に向かった。街の柔らかな明かりが気分を上げる。今日は本当に楽しい日だったと思いながら鼻歌を歌った。その鼻歌に低音が混じる。最初自分の喉を疑ったがどうしても理解できないので辺りを見回すとナルが同じように歩きで銭湯へと向かっていた。

 ただ、ナルはヴァンパイアだ。少しだけだが身の危険を感じた光はそれとなくナルに聞いてみた。


光「夜に出歩いて大丈夫なんですか?」

ナル「ああ・・・、僕がヴァンパイアだからでしょ、大丈夫ですよ。僕生き血苦手ですもん、それに満月の夜でも困るのはこれだけですから。」


 そう言うとナルはいつもより尖った八重歯を見せた。それを見て光はクスっと笑った。

何となく雰囲気が良かったまま銭湯に着いたので光は風呂上がりのビールにナルを誘った。ナルは快諾し2人は男女に分かれ浴場へと向かった。

今夜の風呂上がりのビールはいつも以上に楽しく、美味かったという。


-㉔休日を楽しむ-


 銭湯の帰り道、2人は缶ビールを買って歩きながら呑みなおした。ビールを一気に煽ったナルが一言。


ナル「いや、幸せです。こんなに楽しい日が待ってるなんて思わなかったな。」

光「えっと・・・、どういうことですか?」


 光の顔は温泉とビールのお陰でほんのり赤くなっている。


ナル「実は初めて会ったあの日、僕仕事が休みだったんですが、元々の担当者が急に出れなくなって店長に呼び出されたんです。」

光「そうだったんですか・・・。あの日は何か仕事の時間を延ばしたみたいで、すみませんでした。」

ナル「いえ、気にしないで下さい。楽しかったから。」


 一瞬シュンとしてしまった光をナルは一言で慰めた。

 光はずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。


光「そう言えば、ナルさんは休日いつも何してるんですか?」

ナル「そうですね・・・、ゲオルさんとよく休みが合うので一緒に遊んでます。」

光「次、私もご一緒してもいいですか?」

ナル「いいですが・・・、休み合いますか?一応、来週の火曜日ですが。」


 光はパン屋のシフト表を確認して答えた。


光「大丈夫です、行けます。」

ナル「では、来週の火曜日に。お楽しみいただければ幸いです。」


 そう言うとナルは光を家まで送り自宅へと帰った。本人はルンルンと飛びながら家路を急いだ。

 次の火曜日の朝、ナルは光を家まで迎えに行きゲオルの店へと向かった。ゲオルは店の前で待っていた。

 光の家は街から北に向かった所にあり、反対にいつもの銭湯は街から南にあった。ただ今日はいつもと違い西の方向に向かって行った。西側にはいつもゆったりとした川が流れていたが街から歩いて行くとけたたましいエンジン音が響き始めた。


ゲオル「さぁ、今日は勝たせてもらいますよ!!!」


 ゲオルとナルの目が見たことない位に燃えている。看板を見てみると『ネフェテルサ王国レース場公園』とあった。横に場内マップを見ると競輪場、競馬場、ボートレース場、オートレース場が1つの公園に一緒になっていた。

 ゲオルとナルはいつもボートレースを選んでいた。2人は出走表を取ると赤ペンを耳に挟み入場料の100円を改札に入れて入って行った。因みに光も日本にいた時やった事があるので違和感は無かった。

 場内にはテレビ画面が並びオッズ倍率や先程行われたレースの結果、そして別の画面には展示の結果やリプレイが流れていた。


ゲオル「うーん・・・、そうですね・・・、経験があって腕が立つからやっぱ3番が頭で走るんじゃないですか?」

ナル「でもスタートは5番が良かったですよ。」

光「いやでもまわり足と1周はタイムが良いのは4番ですね。」

ゲオル「おや、経験がおありなんですね。」


 光は独身で彼氏もいなかったので休日は大抵料理教室に行ったり家でゴロゴロしたり、そしてたまにだが公営競技へと行っていた事もあった。因みに100円を18万円位化かした経験もある。

 ただ1つ光には疑問があった。


光「でもゲオルさん、リッチだから魔法を使えば予想なんかしなくても良いのでは?」

ゲオル「ハハハ・・・。それが出来れば皆そうしてますよ、ただこの中は特殊な魔法がかけられていて皆魔力を制限されているんです。」

 

ネフェテルサ王国競艇場は川を利用した競艇場でスタートしてからの1コーナー目(1マークと言う)のブイと壁とが極端に狭く、緩やかだが流れがあるので内側を走る1番が不利になり外側を走る艇ほど有利となっているらしい。

 数分後、レースの投票が締め切りとなりそこからまた数分後、レースが始まった。6艇がピットから飛び出しスタートの位置を争っている、ただ今回はイン側から番号順に並んでスタートするらしい。

大きな時計が動き出しアウト側の3艇からスタートし始める。すると興奮した実況の声が響き渡った。


-㉕緊張の瞬間-


ナル、ゲオル、そして光の3人は固唾を飲んで競争水面を走る6艇を見ていた。片手に丸めた出走表を握っている傍でスピーカーから実況の女性の声がしている。


実況「おはようございます、このレースから私カバーサが実況を務めて参ります。

先程から川の流れが強くなっている競争水面でスタートライン上には横風が吹いて参りました、現在この状況でも人気は1番と2番(ふたばん)が集めております。

 2連単では1番-2番、1番-3番、2番-1番、そして2番-3番がオッズ1桁代での予選競争第4レースです。」


 光は他の2人以上に緊張していた、この世界での初レースだからだ。


光「ゴクッ・・・、お願い・・・。」


 そして、出走表をより強く握りしめた。


実況「スロー3艇、123、かまし3艇、456、枠なり3対3での進入です。

進入はインコースから、1番2番3番、4番5番6番で・・・、いまああああ、スタートしました!

全艇横並び一線でのスタートです、1周目の1マーク、逃げる1番ミイダスと3番フォールドの間を4番ナシュラがぐぐぅっと差し込んで参りました!」

ゲオル・ナル「4だと?!何だってー?!」

光「来た!」

実況「バックストレッチ4番ナシュラが抜け出して参りました。艇間離れて2着を1番ミイダスと6番カンミが争っております、なおスタートは全艇正常でした。

1周目の2マーク、先頭4番ナシュラが落ち着いて旋回していきます、2着争いの2艇が回りますがインコースを取った1番ミイダスの外側から6番カンミが来てずぼぉぉぉぉっと大回りして加速しております。

2着争いの2艇が未だ並走している中レースは2週目へと入って参りした。

 2周目の1マーク、先頭4番ナシュラが余裕を持って旋回し、どんどん後ろとの差を広げて行く中2着争いの2艇が同時に旋回し外側握った6番カンミがこれまたずぼぉぉぉぉっと抜け出して参りました。

 バックストレッチ、先頭4号艇ナシュラが加速していく中、上位3艇が固まって参りました。

 2週目の2マーク、先頭4号艇、2番手6号艇、そして3番手1号艇でこのまま行きますと今回大混戦の決着となりそうな第4レースも最終周回へと入ります。

最終周回の1マーク、先頭4号艇に2番手6号艇3番手1号艇の順番で旋回してバックストレッチです。

オッズ2連単、4-6の組み合わせ、267.5倍、3連単、4-6-1の組み合わせですと黄色い数字を示しております。

先頭4番ナシュラゴールイン。6番カンミゴールイン。1番ミイダスゴールイン。

2番ゴールイン、3番ゴールイン。そして5番がゴールイン。

尚、3連単、4-6-1、5578倍です。以上第4レース予選競争でした。」

光「やっっっっっったああああああああああああああああああああ!!!」

ゲオル「噓でしょ、何で分かったんですか?!」

ナル「本当、悔しいですね。次は負けませんよ。」


結局光の1人勝ちであった。

ただ、日本のとある有名な実況の人に特徴が似ていたが気にしない事にした。

光は勝っても負けても口座に大量の貯金があるので勝ち負けも気にしていなかったが顔はニヤついていたので周りから1人勝ちがバレバレとなっていた。

夜になり気持ちが大きくなった光は普段お世話になっている人たちを全員呼び出して宴会を行う事にした。高級な焼き肉店を貸し切りバク食いを決行する、光はその事で頭が一杯で涎がダラダラだった。

公園を出て、警察にパン屋、そしてドーラに連絡を入れ貸切った焼き肉店に集合をかける。その時に発覚した事だがこの世界にも日本と同じで携帯等での投票システムがあり、光と同じレースでネスタとラリーが3連単を当てていた。光と合わせておよそ160万円以上の儲けなので焼き肉食べ放題の状況になっている。

1度光達は銭湯へ向かいサウナで汗を流して腹を空かせることにした。甘い脂とタレが混ざった肉の味を想像すると興奮する。荒くなる鼻息を抑えつつ3人は宴会会場へと向かった。

会場に着くと店の前に皆が勢ぞろいしている。


ドーラ「早くしようよ・・・、お腹が空いて仕方ないよ。」

林田・利通「ビール!ビール!」


 3人共警官とは思えないが仲間だから関係無かった。

 全員で店に入り貸切った大きな宴会場に入る。皆が椅子に座ると女将さんは今日使う牛肉を持った板前と挨拶に入って来た。

 板前の両手には美味そうに輝く和牛のサーロインが乗っていた。


-㉖豪華な宴会と板前の過去-


 貸切った大宴会場で店の女将が日本でも今まで見たことない位の笑顔を見せていた。肌はとてもつるつるで皺1つない印象で年齢を感じさせない。何か秘密があるんだろうか。接客していた女将とは別に若女将が存在しており2人が笑顔で奥から出てきた。


女将「何かございまして?」

光「あ・・・、いや・・・、女将さんお綺麗な方だなと思いまして。」

女将「あらお上手ですこと、でも何も出ませんわよ。」


 と言いながら片手に持っていた熱燗をテーブルに置く、どうやらかなり嬉しかったみたいで女将がサービスしてくれた様だ、ただどこから出てきたかは分からないが。


若女将「女将、そろそろ・・・。」

女将「あら失礼、ではこの辺で一旦失礼致しますわ。」

若女将「あれ?また行っちゃった・・・、すみません。では鉄板の電源失礼致しますね。」


 知らぬ間に女将は瞬間移動で消えてしまっていた。若女将は気付かなかったらしく首を左右に振っている。一先ず、鉄板の電源を入れ温めだした。

 数分後、宴会場の外から女将、若女将、最後に板前の順番に3人が注文したコースのお肉を運んで来た。


女将「お待たせいたしました、『特上焼き肉松コース』のA5ランクのサーロインでございます。」

板前「1枚ずつお渡しさせて頂きますのでごゆっくりお楽しみください。味付けはシンプルにこちらの岩塩でどうぞ。」


 静かで厳格な風貌ながら落ち着きがあり優しさ溢れる口調で板前が説明する、どうやらこの人はここの板長らしい。


板前「板長、お待たせしました。」

板長「ありがとう、良かったらお客様の前で説明して差し上げて。」

板前「は、はい・・・。こ、こちらは・・・、カルビで・・・、ございます。甘く・・・、豊かな脂が・・・、ビールやご飯に・・・、ピッタリでございます。」

板前「ハハハ・・・、一応合格にしておこうか。すみませんね、こいつ支店からこの本店に配属になったばかりでして、緊張しているみたいなんです。でも可愛い奴なんですよ。」


 板長は意外と明るい人らしく気軽に声を掛けやすかった。


板長「今から2枚目と3枚目のサーロインを焼いていきます、別の鉄板では、ヤンチってんですが、こいつがカルビを焼いていきますのでお好みの味付けでどうぞ。腕は確かなので美味しく焼いてくれると思いますよ。」


 ヤンチが別の鉄板にカルビを丁寧に焼いて行った。お肉がゆっくりと焼けていき芳しい香りがまた辺りを包んだ。その香りを嗅ぐだけでナルが白飯やビールを進めていた。


ヤンチ「お飲み物のおかわりはよろしいですか?」

板長「宜しければ、お客様も・・・。」


 光と林田のグラスが空いているのを見て瓶ビールを継いでいく。光は嬉しくなりすぐに飲み干してしまった。今日のビールは勝利の味だ。

 板長が焼いたサーロインとヤンチのカルビが並んでいく。板長が信頼している通りヤンチの焼いたカルビも美味しそうだ。

 特製のタレに焼けた肉をつけ、ご飯にバウンドさせる。肉とご飯を楽しんだ後ビールを流し込む、最高のひと時を過ごしていた。

 板長はヤンチの肩に手を添え自慢げに語った。


板長「いかがですか?こいつが焼いた肉は。俺と違って板前一筋で15歳の時から修行してますから俺も尊敬してましてね。」

ヤンチ「板長・・・、照れるじゃないですか。」

光「板長さんと違ってって・・・、どう言う事ですか?」

板長「実は私ね・・・、王国軍の出でしてね、主に料理番と防衛の1部を任されていたんですが若いのに渡したんです。」

ヤンチ「板長、そうだったんですか?」


 ヤンチも知らなかったらしい。

 どうやら板長は剣捌きがお手の物だった将軍クラスのジェネラルだったらしく、戦闘の間に振舞っていた料理の腕を買われ王様の料理番も任されていたとの事だ。定年前に王国軍を離れ女将とこの焼き肉店を開いた。ヤンチはその時に出会ったらしい。


板長「ヤンチ・・・、俺のお気に入りのあれを出してみたらどうだ?」


-㉗運命の出会いの話-


 ヤンチは少し抵抗した。いくら板長が勧めたからって自分が納得したものを店の商品として出したいらしい。

 ヤンチも板長を信頼していた。店を開く前から、いや女将と出会う前からの話だという。板長は唐突に語り始めた。


板長「ちょっと昔話にお付き合い頂けますかい。昔、王国軍で料理番と防衛の一部を任されていた一兵卒がいたんです。そいつは仕事と日常に疲れ刺激を求めていましたので定年間近で軍を辞めて冒険者になりました。最初は軍の時に作った貯金で買った装備でゆっくりと採集等の簡単なクエストを進めていたんです。

 そんなある日、岩山の上で1人孤独に暮らしていた獣人(ウェアタイガー)がいたんです。そいつは生まれてから孤独の身で親のぬくもりも言葉も知らなかったらしく、ただただ空腹だったみたいなのでそいつに元一兵卒はクエストで捕った魔物の肉を採集で余ったハーブと一緒に焼いて食べさせました。

 その味に感動を覚えたらしく獣人はちょこちょこ一兵卒について行くようになり、次第に料理に目覚めていきました。

 ただこのままでは一兵卒から料理を学び辛かったからか、獣人はまず言葉を勉強するようになり次第に一兵卒の事を『親父』と呼ぶように・・・。」

ヤンチ「親父、やめろよ・・・、照れるだろ!」

板長「まぁ、良いじゃないか・・・。おっと失礼、そしてその一兵卒、いや私は獣人のヤンチと小さな屋台を出して暮らして行ったんです、それがこの店の起源でした。

だから私はこいつを信用しているんです。だからこいつの新作、食ってみて頂けませんか、勿論お題は結構ですから。」

ヤンチ「でもあれは元々・・・、賄いだし・・・。」

板長「良いだろ、それとこれは板長命令だ。」

ヤンチ「では・・・、お待ちください・・・。」


 ヤンチは調理場へと消えて行った。その間を繋ぐべく板長は焼き肉を続行し光らにビールやお酒を注ぎ続けた。ただその表情は今まで以上に楽しそうに。信頼する息子の成長を楽しみにする父親の様に。

 そうこうしている内にヤンチが料理を持って来た、1品目は『黒豚のもみもみ焼き-出汁醤油風味-』。香ばしい香りが光らを楽しませ、薄めの豚肉でご飯を巻くとお代わりが止まらなくなる。隠し味の生姜が手助けしているらしい。

 2品目は国産若鶏の混ぜご飯、炙った鶏の切り身を調味料と一緒にふっくらと炊かれた温かなご飯に混ぜて刻み海苔と胡麻を振りかけたものだ。


ヤンチ「元々支店での賄いで作ったものなのでお口に合うか分かりませんか、宜しければどうぞ。」


 光はもみもみ焼きで混ぜご飯と日本酒を進める、別のテーブルでは林田親子が焼酎片手に涙を流していた。板長の話に感動したようだ。

 ヤンチは横で焼酎のロックを作り続けていた。ヤンチが作った酒がよっぽど美味かったのか皆お代わりをし続けていた。

 ゲオルとナルは最終レースの予想をしていた、『ネフェテルサ王国レース場公園』はナイターとミッドナイトまで開催しており各場1日36レースまで行っているので資金と時間が許す限り本来1日ずっと遊ぶことが出来るとの事だ。しかし2人はかなり酔っていたのでまともに話せてはいなかったが。ただそこにラリーがいたのでかなり盛り上がっていたみたいだ。後で光も参戦してやろうかと意気込んでいた。


板長「さて、コースの最後のデザートですかね。シンプルなバニラのアイスクリームにしましょう、ただこの前の畑で採れたサトウキビで作った黒糖の蜜、そして近隣の山中に生えてるカエデの樹液で作ったメイプルシロップをかけてお召し上がりください。」


 光はひんやりとしたバニラアイスをすくい黒蜜をかけて一口食べた。日本でも食べたことが無い程の優しい甘さで涙が流れる。

 そしてメイプルシロップで一口、シロップのほろ苦さがアイスの甘さを際立たせる。これでもまた涙が一滴、この歳になってまさかアイスで涙を流すとは。


板長「お、お客様?」

光「す、すみません。美味しすぎてつい・・・。」

ラリー「板長の人の好さが出ているからだな。」

ゲオル「良い話を聞かせて頂きましたからね・・・、あ・・・。」


 ゲオルが愕然とした顔をしている、そしてぷるぷると体が震えていた・・・。


ナル「どうしたんですか?」

ゲオル「ハハハ・・・、すみません。どうやら最終レース外しちゃったみたいでして・・・。」

ナル「この期に及んで何じゃそりゃあー!!!」


 全員、腹を抱えて笑っていた。


-㉘買い物する魔獣・・・、さん?-


 楽しかった宴会から数日が経過し、光は街のパン屋で仕事をしていた。街の中央ではいつも通り噴水が噴き出ている。ただ店前の市場がいつも以上に活気づいていたので街中を歩く人々はルンルンと楽しそうだ。

 串焼き屋が数量多く焼いて在庫を大量に作っていたのでこれには光もテンションが爆上がりとなっていた。しかしやけに行列が多い、ランチタイムまで在庫が持ってくれたら良いのだが。

 普段光が住む農耕地を中心とした住宅地は街の北側、銭湯は南側、そして先日の『ネフェテルサ王国レース場公園』が西側にある。さて、気になる東側は何なのだろうか。そしてもう1つ気になるのは大人の遊び場は見つけたが子供たちはどこで遊ぶのだろうかという事だ、きっと遊園地的なものがあるんだろうなと想像を膨らませていた。

 それにしてもやたらと街中を右往左往するお客さんが多いので光の仕事もいつも以上に忙しくなっていた。

 光はさり気なくミーシャに聞いてみた。


ミーシャ「そりゃそうさね、今日から2週間は東側の出入口が開くからだよ。上級魔獣さん達がお買い物に来てんだ。」


 上級魔獣・・・さん?!お買い物?!どういう事?!そう混乱する光を横目にお客さんは絶えない。ただ実際に東側の出入口に見に行く余裕がない。とりあえず、仕事を終わらせてから改めて詳しく話を聞いてみる事にした。

 お昼のピーク時を過ぎた頃には3時が近づいてきていた。ミーシャと休憩時間に入り串焼きを買いに行くついでに東側の出入口を見に行くことにした。


ミーシャ「ほらご覧よ、700年以上生きてきた経験を重ね理性と人語を話せるスキルを持つ上級魔獣さん達が出入口の守衛さんにカードを見せてるだろ?あのカードは人に決して危害を加えません、人間の行動に協力しますって約束の印なんだ。

王都が発行する特殊な書類にサインと拇印をして適性が認められた上級魔獣さん達だけがカードを貰えるって話さね。違反したらすぐに王国軍に連絡が入って討伐されるとかいう仕組みらしいわ。

出入口で身分証になるあのカードを提示して人間の姿に化ける事を条件に街に入れるようになるって訳さね。」


実際に東側の出入口へ見に行く事にした。丁度1体のレッドドラゴンが王国軍の守衛に止められている所だった。


守衛「だからカードが無きゃ入れないって言ってるでしょ。」

レッドドラゴン「友達に初めて連れてきてもらったからカードがいるとか知らなかったんだよ、どうやったら貰えるの?」

守衛「あっちの人に申請して適性検査を受けて合格したら貰えるからね、お友達待たせちゃ困るでしょ、ハイ次!」


 人間の姿に化けた友達が手を振りながら叫ぶ。


友達①「80点以上で合格だからね、待っててやるから早く受かって温泉行こうぜー。」

友達②「串焼きをアテに呑むビールが最高だぞー。」


 光はそれを聞いてまずいと思ってしまった。空腹過ぎて全部買ってしまったのだ。

 急いで串焼き屋に戻り次の商品を焼いてもらうように伝えた。

 光達は休憩時間が終わりパン屋に急いで戻ることにした。店ではラリーとキェルダ、マック、そしてウェインがてんてこ舞いとしていた。


ラリー「おかえり、待ってたよ!」

ウェイン「もう追いつかないって、助けてくれ!!」

キェルダ・マック「俺(あたし)ら、初登場がこれかよ!!」

ミーシャ「もう、双子で何言ってんさね。ささ、光ちゃん。仕事するよ!!」

光「はーい・・・。」


 いつもは片方しか使っていないレジを両方使っても解消されない混雑にうんざりしていたがとりあえず普段作業場でパンを作っているマックと交代して光がレジに入る。しかしどんどんお客が増え店の中で事態は混乱を極めていた。

 混雑は夜の8時まで続いた。閉店した時には皆へとへとでこれが再来週まで続くと思うと光はため息をつくしかなかった。

 仕事を終え、光は夕飯を作る気になれず今日は温泉に入って銭湯で食事をとる事にした。歩くのも面倒になり久々に光は『瞬間移動』する事に、光が到着した時は銭湯の前は意外と静かだった。そう言っても、いつも以上には人は多かったが。

 光は受付に代金を支払い脱衣所に入ろうとしていた。その横で幸せそうな3人組がビールを酌み交わしていた、服装から見るに休憩の時のレッドドラゴンだと分かった。無事、適性検査に合格してカードを取得出来たみたいだ、それを見て光はほっとしながら脱衣所へと入って行った。


-㉙会合の結果-


 東側の出入口が開放されて数日、街中の人口密度が一時的に上昇しているこの状況に光がやっと慣れてきた今日この頃、街の掲示板に一際目立つ貼り紙が掲示されていた。


『-ネフェテルサ国王・獣人族・鳥獣人族主催 ネフェテルサロックフェス 今年も開催-』


 お堅い仕事に就きながらロックが好きな上に全人類平等を日々主張しているこの国の国王が街中に住む獣人族と鳥獣人族と協力して毎年開催しているフェスだそうだ。光の知り合いではパン屋のウェインと、マック・キェルダの双子の兄妹が、新聞屋のナルとバンドを組み参加を表明していた。

 そんな中、未だ東側の出入口からは上級魔獣や上級鳥魔獣がカードを提示して街に入って来ていた。どうやら今回のロックフェスは彼らの為のイベントらしく、各々に属する者たち同士の交流を主な理由としているものだった。

 光がパン屋での仕事を終えると東側の出入口の手前でウェイン、マック、そしてキェルダが誰かを待っている様だった。


光「ねぇ、ナルと待ち合わせ?」

キェルダ「ああ、光ちゃんか。じつはもうすぐあたいら3人の叔父さんが来ることになってんだよ。」

光「えっ・・・、3人?!マックとキェルダが双子の兄妹なのは知ってるけど。」

ウェイン「俺、こいつらの兄貴なの。そんで俺ら全員鳥獣人族だから。」

光「なるほどね・・・、でも鳥獣人族だったら東側の出入口でなくても入れるんじゃない?」

マック「俺らの叔父さんはコッカトリス、上級の鳥魔獣なんだ。」


 すると、一際煌びやかな翼を羽ばたかせ1匹のコッカトリスが出入口の守衛にカードを提示しスーツ姿の男性に化けて街に入って来た。男性が兄妹に近づいて声を掛けた。


男性「皆久しぶりだな、迎えに来てくれたか。」

3人「デカルト叔父さん、待ってたよ。」

ウェイン「今日はこの後予定あるの?」

デカルト「もうそろそろ迎えが来ていると思ったんだが。そう言えばそちらの方は?」

光「吉村 光です、3人とは同じパン屋でお仕事頂いております。」

デカルト「光さんか、よろしくね。」


すると、街中に真っ黒で長いリムジンが入って来てまさかの国王が隣のバルファイ王国の国王と降りてきてデカルトの元にやって来た。


国王「先輩、こちらにいらっしゃいましたか。」

デカルト「おう、エラノダ。やっと来たか、早速行こうか。」

隣国王「とりあえず早く会合を終わらせましょうよ。」


 意味が分からなくなっている光を横目にデカルトは国王達とリムジンに乗り込んだ。光は3人に説明を求めた。


ウェイン「俺ら・・・、一応・・・、王族なんだわ・・・、東側で上級魔獣と獣人族で成り立つダンラルタ王国の・・・。」

光「何だそれ・・・、世間せまーい・・・。」


 ただ言えるのは未だに国王間での会合が終わっていないという事だ。その原因の1つが東側の出入口にあった。

実は東側の出入口から街の外側に出たすぐそばに上級魔獣達の為に意見箱が置かれておりその中で『出入口の永久開放』を求める意見が目立っていたのだ。この事でダンラルタ国王のデカルトを迎えて国王同士が話し合う必要があると考え出入口の開放期間を待っていたそうなのだ。

国王達は走り屋問題で話し合っていただけではなかったらしい。


マック「俺たちは獣人・鳥獣人族が街で友好な交友関係を維持できるようにパン屋で仕事しつつちらほら見回りを行っているんだ、他の人にはくれぐれも内緒にしといてね。」


 夜9時を過ぎ、地元のテレビ放送で突如緊急ニュースが流れた。


キャスター「番組の途中ですが、ここで緊急ニュースをお知らせします。数日間に渡り行われていた国王同士の会合におきまして『出入口の永久開放』案が『今まで通り必ずカードを提示する事』を条件に可決されました。」


 その後、東側の出入口の門扉が取り外され数十年に渡る上級魔獣族、そして上級鳥魔獣族の隔離が幕を下ろした現場が生中継されていた。その周囲で人間に化けた上級魔獣や上級鳥魔獣たちが歓声を上げていた。その後、デカルトがカメラに向かい声高らかに言った。


デカルト「皆さん、5日後のロックフェスは皆さんで楽しみましょう!!」


-㉚ロックフェスに向けて-


エラノダ「いや、先輩私の台詞ですから。」


 エラノダの弱めのツッコミでニュースが終わった瞬間に光の電話が鳴った、林田警部だ。


林田(電話)「光さん、報告がありまして。」

光「急ですね、唐突にどうされたんですか?」

林田(電話)「私と利通、そして先日の板前のえっと・・・。」

光「ヤンチさんですか?」

林田「そうです、ヤンチ君です。私たち3人でバンドを組むことになりまして、今度のロックフェスを見に来て頂けませんか?」

光「いいですけど、どうしてそんな組み合わせに?」

林田(電話)「元々親子2人で出ようと話していたんですが、ヤンチ君が参加させてほしいと要望してきましてね、板長さんも推薦してきたんですよ。」

光「でも3人共楽器なんて出来るんですか?」

林田(電話)「まぁ、何とかなるでしょう。」


 電話を切り冷蔵庫を開けて牛乳を1口飲んで学生の時自分もバンドを組んでた事を思い出していた。ただあの時のバンドメンバーとはよくある方向性の違いが理由で解散してしまったのだ。

 一方その頃、王宮ではエラノダが他の国王達に相談を持ち掛けていた。自分達も出てみないかと。他の2人もノリ気になって早速練習しようとしていたが、物置に楽器やアンプ等を自分達で取りに行こうとしていた時に場内にいる王国軍の小隊長や大隊長、ましてや将軍クラスの者たちに全力で止められてしまった。


将軍「国王様方、ご自分でお持ちになるとお怪我をなされる危険がございます、私共がお部屋までお持ち致しますからこちらに置いて下さいませ。そこのー、大隊長、手伝ってくれ!」


 金の鎧の大隊長、そして銀の鎧の小隊長が集まって3人のバンド道具を搬入していった。実はこの3人、昔からバンドを組んで毎年フェスに出場していた。ただ場の空気が変わってしまう事を恐れ正体を隠して出場している。


将軍「国王様・・・、あの・・・、恐れ入りますが少々よろしいでしょうか?」

エラノダ「どうされました?」

将軍「毎年疑問に思っていたですがドラムとベースはどうされているのですか?」

エラノダ「今年もこの3人だけでやろうと思っていますが。」


 毎年国王達のバンドはギターボーカルのみで、ベースやドラムが居ないので正直言うと他のバンドに比べたら迫力が無い。そこで将軍がある提案をした。


将軍「実は先日より我々でメンバーを組んだのですが、皆音痴ばかりでボーカルがいないんです。宜しければ王様方とご一緒させて頂けませんか?」


 あくまでも下手に出てエラノダが気を遣わなくてもいいようにした。その気遣いが効いたのかエラノダたちは快諾した。

 そして王様クラス3人と将軍クラス3人、合計6人がメンバーを組む事になった。

 ただ練習を始めると将軍たちの想像以上に王様3人が酷かったという状況が続き、将軍たちは頭を抱えていた。

 そこで街で有名な『万能人』を呼ぶ事にした、ゲオルだ。ゲオルは商売や魔法以外も何でもできる雑貨屋の店長で有名なリッチだ。今年もステージの音響設備等を任されていた。


ゲオル「王様に謁見させて頂けるとは、誠に光栄でございます。」

エラノダ「実は・・・。」


 エラノダはゲオルに包み隠さず全て伝えた。ただエラノダ達が毎年正体を隠して参加していることを街の皆知っている事をゲオルは黙っていた。

 場内に入りゲオルの指導の下で練習が始まった。国王達の汗がサウナに入っている時の倍以上流れていた。


ゲオル「ここまで練習すれば何とかなるでしょう、では私はこの辺で。」

エラノダ「どうぞ、報酬を受け取って下さい。」

ゲオル「そんな・・、勿体なくていただけませんよ。それに私も楽しかったですし。」


 ゲオルと別れエラノダ達は毎日練習を重ねて行った、時間の許す限り。女王や他の王族達が過去に見たことない位に必死だった。本番の日が近づくと食事をとる時間を飛ばしてまで練習していた。王族として、そして1人のバンドマンとして恥じない物にしたいという一心だった。

 ネフェテルサロックフェスの前夜となった、エラノダ達は指に豆が出来る位にずっとギターに食らいついていた。

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