3. 異世界ほのぼの日記 ⑪~⑳


-⑪大食いが役に立つ-


 店長のラリーは聞き返した、身近に自分の事を大食いと自信満々に言う人がいる訳がないとずっと思っていたからだ。確かに大食いの番組はこの世界にあったりはするがそれもやらせやはったりの塊なのだろう、1人の人間が本当にあれだけの量を食べてしまう事を信じる事が出来なかった。

 しかし、目の前の新人従業員は出来ると言い張っているのだ、よしそう言うなら試してやろう。丁度売れ残りのパンがかき集めたものがあったはずだ。


ラリー「光・・・、そんなに言うなら俺が作った大食いメニュー、やってみるかい?」

ローレン「店長、ウチそんなの無かっただろう、あたしゃここ長いけど見たことないよ。」

ウェイン「まさかあの堅くなりかけてるパンを出すのか?」

ラリー「ああ・・・、ただそのままでは出さない。これも以前から考えてた新作だ。無駄になりそうな食い物を可能な限り減らす方法を探してたんだ。折角だ、試しにやってみるさ。ウェイン、すまんが手伝ってくれ。光、食えなくても別に罰はない。こっちは一応売れ残りを出すんだからな、逆にもしも食えたら給料2倍だ。約束しよう。」

ウェイン「ああ・・・、やってやるさ・・・。」


 給料2倍・・・、別に金に困っている訳ではないけど(光の口座には1京円入っているため)、良い響きだ、心がうずうずしてくる。それに失敗しても何も問題なし、そんなの断る理由がどこにあるのだろうか!!!


光「店長・・・、今すぐ持ってきて下さい!!!」


 ラリーはその声を皮切りに厨房へと駆け込んで行き調理を始めていった、売れ残ったパンを細かく刻んでいく。その作業をウェインに任せると自分は大量のホワイトソースを作って行った。

 刻んだパンをバターを塗った大きなグラタン皿に盛り、鶏もも肉の切り身やベーコンをラリー特製のホワイトソースやチーズをこれでもかと言わんばかりにかける。

 最後にオーブンで焼いて大きなグラタンが完成した。


ラリー・ウェイン「出来たぞ!!!食えるもんなら食ってみろ!!!」


 直前まで通常通り接客の仕事を行っていた光を呼び出し光の前に出来立て熱々を提供した。店も丁度午前中の営業時間を終えたところだったので店にいた全員が光を見守った。


光「いっただっきまーす!!!」


 光は嬉しそうな顔で食べ始めた。熱々のグラタンが口の中に運ばれていく。


光「おーいしいー!!!あっ、鶏肉とベーコンも入ってるんだ、嬉しい!!!」


 光は本当に幸せそうな顔をしていた。勢いが止まらないどころかどんどん速くなっていく。


ラリー「味変・・・、しなくていいか?」

光「ほひひーははひふほーはいへふ(美味しいから必要ないです)。」

ラリー「そ・・・、そうか・・・、制限時間無いからゆっくりでいいぞ。」

光「まだ、余裕でーす。」


 いや、余裕では無いのはラリーの方だったのだ。自分で給料2倍と言ってしまった手前、冗談のつもりだったのでただ事ではなくなってきたから顔が蒼ざめていた。開始10分も経ってないのにもう、半分以上減っている。

 奥からラリーの奥さんであるミーシャが出てきた。


ミーシャ「父ちゃんあんた何やってんだい、まさかあのグラタンをこの子が食べてるのかい?あらま、もう食べちゃうじゃないか。」

ラリー「母ちゃん・・・、ごめん。俺こいつに食えたら給料2倍って言っちゃった。」

ミーシャ「しょうがないね、あんたの小遣いから差し引いとくからね。」

ラリー「ああー、母ちゃーん、それだけはちょっとー。」

ミーシャ「どうせ競馬でスッちまうんだからちょうどいいだろ、お灸だよ。」

ラリー「今月はデカいレースがあるから勘弁してよー。」


 そう言えば新聞の4面が競馬の記事でいっぱいだったなという事を思い出しながらミーシャに泣きつくラリーを横目に光は最後の1口となっていた。

 最後に残ったパンにホワイトソースを満遍なく染み込ませパクっと喰らった。


光「ごちそうさまでしたー!!!」

ラリー「完敗だ・・・、分かった、給料2倍な・・・。」


 ラリーは背中で泣いていた。


-⑫突然の訪問-


 朝一、光が残っているカレーを一人前食べ保存容器に入れてからパン屋の仕事に向かっている頃、街中の様子が慌ただしくなっていた。その様子は少なくとも催し物での盛り上がりとは全くもって違っていた。市場は片付けられお店は閉店していて街の真ん中では国旗のデザインが描かれたテントが四方に張られていた。光は騒ぎの中にラリーとゲオルを見つけたので話しかけることにした。


ゲオル「もうすぐご到着みたいですよ。」

ラリー「早く済まさなくてはいけませんね。」

光「ゲオルさん、店長、おはようございます。」

ゲオル「光さん、おはようございます。」

ラリー「おはよう、丁度良かった、人手を探してたんだよ。」


 何かただ事では無い事が起ころうとしているのだという事は光にも理解できたが、正直言って何が何だか分からなかった。一先ず、自分に出来る事は無いかと尋ねた。


ラリー「店に荷物を置いてきてあっちのテーブルの準備を手伝ってやってくれ。」


 ラリーが指差したテーブルでネスタやパン屋で働く女性陣が料理の準備をしている。見回してみるとどうやら中華料理から構成されたメニューになっているらしい、それも豪華な物ではなくいわゆる『町中華』の中華料理だ。


光「おはようございます、何があるんですか?」

ネスタ「あっ、光ちゃん、おはよう。あたしらもさっき聞いたばっかりなんだけどね、王族の方々が街に来るみたいなんだよ。今日はこういった料理が食べたいって今朝文が来たみたいでね、初めて作る料理ばかりで大騒ぎさ。」

光「でもどうやってここまで作ったんですか?」

ミーシャ「文にレシピが載っていたからその通りに作ってみたんだけど、あんたこの料理知っているかね。」

光「私の祖国でもちょこちょこ食べる料理ですけど。」

ドーラ「助かりました、教えてお願いがあるんです。」

光「私で良ければ。」

ドーラ「料理が出来てきたのは良いんですけど、私たちが食べたことない物ばかりなので味が大丈夫なのか不安でして・・・。」


 言ってしまえば試食を頼みたいとの事だった。光は今朝カレー1人前しか食べていないので丁度お腹が空いてしまっていた。鍋やフライパンには炒飯や天津飯といったご飯ものを中心に餃子や春巻きなどの天心、麻婆豆腐、青椒肉絲、そして杏仁豆腐といったラインナップ。王族は何人来るのだろうか、結構量があるので相当な人数だろうなと思った。1つひとつを少しずつ小皿に取って試食していく。日本人が好きなあの味が揃っていた。


光「味は問題ありませんよ、後はどうしたんですか?」

ネスタ「この料理に合う器が無いんだよ。」

光「そう言う事ね、分かりました。因みに王族の方々は何名様で来られるのですか?」

ネスタ「8名様だと聞いてるよ。」


 光は日本から持ってきていた物を『アイテムボックス』から取り出した。町中華で使う炒飯皿や丼を趣味の感覚で雑貨屋に行って買っておいたのが功を奏したみたいだ。するとその時遠くからドラの音と男性の声がした。


男性「ネフェテルサ国王陛下の御成り!!!」

ネスタ「来たね、光さん、見に行くよ。」


 光たちが街の中心部に集まると何台もの馬車が止まり、1番大きな車の中から王族がぞろぞろと出てきた。王様らしき老人が語り掛ける、ただかなり腰が低かった。


王様「皆様、おはようございます!本日は突然の訪問と料理の依頼、誠に申し訳ございません。場所と料理をご用意下さった皆々様には感謝いたします!本日は隣国であるバルファイ王国の方々も来られておりますのでおもてなしの方、宜しくお願い致します!」


 すると別の馬車から隣国の2人が降りてきた、王様と女王様だそうだ。王様2人は握手を交わしラリー達が設計図を見ながら用意したテーブルを囲んだ。8人掛けの回転テーブルだ。

 テーブルの中心に置かれた大皿や蒸し器から各々の小皿に料理を取り分けながら炒飯や白飯を食べていた。王族や隣国の方々は美味しそうに『町中華』を食べ進めていった。

 最後に杏仁豆腐と胡麻団子を堪能して食事会は終了となった。


国王「皆様、ご馳走様でした。とても美味しいお料理でした。さて、腹も満たされましたし、会合に向かいますかな。」

隣国王「そうですな、一刻を争いますからな、国民の皆様ありがとうございました!」


-⑬無知からの脱却-


 隣国の王が共通で言っていた『一刻を争う』問題とは何なのだろうか、正直恥ずかしくて聞く勇気がない。周りを見ると国の街の全員が知っているみたいで光にとってはむしろこの事が一刻を争う問題となっていた。パン屋で仕事している時もミーシャとラリーが深刻な表情で話し合っていたので自分も早くニュースを見える環境にしなくてはと仕事が終わると一目散に家路を急いだ。因みに今日は半休だ。

 家に帰るとすぐにテレビの電源を入れた。相変わらず日本のテレビ放送が流れている。光はこの世界のテレビ放送を見る為にチャンネルを再登録する事にした。


光「えっと・・・、放送スキャンは・・・、これか。」


 家電の操作や設定は得意な方で自分一人でやってのけてしまう事が多く今回はその特技が生かされ助かった。

 放送スキャンをやり直しても何故か日本の放送が受信されるようになっている、ただ数チャンネルほど追加されていてそれがこの世界のテレビ放送だとすぐに理解できた。見える放送局の選択肢が多いので助かる、神様のお陰だなと笑みを浮かべた。

 そうこうしているうちにニュースの時間となったみたいだ。


キャスター「こんにちは、この時間のニュースをお知らせいたします。」


 最初は隣国の王がこの国を会合の為に訪問している事だった。映像もはっきりと残されているが撮影クルーっぽい集団は見かけなかった。まぁ、たまたまだろうと光は受け流した。

次は雨不足で野菜の不足が目立ち、市場価格が高騰傾向にあると報じられていた。確かに市場で見かけた野菜は日本にいた時より少し高かった気がする、家庭菜園を始めて正解だ。後で野菜たちの様子を水やりがてら見に行ってみよう。

最後に隣国と共通して起こっている問題なのだが最近町はずれの山々で走り屋による騒音問題があるらしい。そう言えばネスタと銭湯に行った時道路にタイヤ痕が数か所あったような・・・、ただこの辺りの人たちは農耕用の軽トラに乗っている人達がほとんどで乗用車はちらほらとしか見かけず、走り屋仕様の車は全く見かけない。別の街からわざわざ走りに来ているのだろうか、暇な人もいるんだなと光はコーヒーを啜った。きっと国王同士が会合で話し合っているのはこの事なのだろうと思っていた時、インターホンが鳴った。玄関を開けるとそこには警官らしき男性が2名立っていた。光に罪を犯した覚えはない。

2人の内1人は警官の制服を着ていかにもこの世界の人間だという雰囲気だったが光は警部の格好をしたもう1人に何となく自分と近い物を感じていた。この世界の雰囲気の方の警官が話し出した。


光「こんにちは。」

警官「こんにちは、突然ですが失礼致します。運転免許証はお持ちですか?」


 そう聞かれると光は快く免許証を提示した。


警官「ありがとうございます。吉村 光さんですね?えっと・・・、お車はお持ちでは無いのですか?」

光「持ってないです。職場には歩いて行ける距離なので。」

警官「ほほう・・・、ではこの2人の顔に見覚えはありませんか?」


 警官は男女2名の写真を見せた、全く知らない人だ。


光「見たことないです。」

警官「分かりました、ご協力感謝致します。では、これで。警部、行きましょう。」

警部「ちょっと先に行っててくれるか、すぐ行くから。」

警官「は・・・、はい・・・。」


 光は何だろうと不審に思っていた。警部が笑顔で話しかける。


警部「すみません、もしかして日本出身の方では?」

光「何で分かったんですか?」

警部「やはりですか、実は私もそうなんです。申し遅れました、私警部の林田と申します。」


 林田は警察手帳を見せた。警察手帳が日本の物なので日本出身で間違いない様だ。


林田「先程は部下が失礼いたしました、吉村 光(ひかり)さんですね?」

光「あかりで合ってます・・・。」

林田「あっ・・・、ごめんなさい、漢字をそのまま読んでました。」

光「いえ、よくある事なので。」

林田「光さんも転生されたのですか?」

光「はい、あの・・・、私たちの他にも日本から転生してきている人っているんですか?」

林田「いや実は私もこの世界に来てから初めて日本人の方にお会いしたもので嬉しくなりまして。」


-⑭初めて会った日本人-


 話を聞いているとどうやらこの林田という刑事、光と同じ経路でこの世界に転生してきたらしく、同様に神様からの色んなプレゼントをもらっていたらしい。言語も日本語に自動翻訳されていたので光の免許証も日本語のまま見えていたそうだ。


林田「では、部下を待たせていますので失礼致します。」

光「あの警部さん。」

林田「林田で良いですよ、どうされました?」

光「またお話しできますか?実は転生者は自分だけだと思っていたので不安だったです。」

林田「勿論、これが私の連絡先です。」


 林田は光に名刺を渡した、携帯の番号とメールアドレスが記されている。こっちの世界で使う事は無いと思っていたので携帯と充電器はアイテムボックスにしまっていた。

 林田たちが光の家を去った後、光は家庭菜園の雑草を取り除き水やりをして街に出かけて行った。遂に車・・・、というより軽トラを見に行くのだ。

 軽トラ屋は街の入り口付近にあった、因みに乗用車は王都に行くと手に入るらしい。しかし、そこまで大きい車は必要ないしいざという時に農業の手伝いができたらという気持ちから光は軽トラを買う決心をしていた。


光は看板を見て後ずさりした。どこからどう見ても日本の国産車メーカーの看板に見える。ただよく見てみたら・・・。


光「ス・・・、ズ・・・、タ?スズタなのね?ははは・・・、どこまで日本に寄せてんの・・・。」


 そう呟きながら店に入った。普通の荷台が載っているタイプから緑色のほろが付いているもの、ダンプタイプなどの種類が揃っていた。ただどれも一律100万円と言うのだから驚きだ。

 因みに皆が大抵軽トラを買うので軽トラ屋と呼ばれているだけで実は軽乗用車も無い事は無い。箱型のバンタイプのものもあるので選択肢は多い、ただそれらも全部100万円だそうなのだ。奥から店主が出てきて声をかけた。


店主「いらっしゃい、どのような物をお探しで?」

光「荷物が沢山乗るものを思ったので軽トラが良いかなと思ったんですが・・・、どれも一律価格なんですね。」

店主「その方が分かりやすいでしょ、ハハハ・・・。」


 まさかの理由に光は顔が引きつっていた。

 気を取り直して車を見よう、今思えば軽トラだと雨の時に困る。ではほろが付いている物にしようか、いやそれだとバックの時後ろが見えづらい。ダンプタイプは・・・、正直いらない機能だ。箱型のバンタイプにしようか、だったら軽乗用車のほうがいいかと色々悩んだ末にドーム型の軽乗用車を買う事にした。

 光が現金を渡すと店主が席を離れ、少し待つように言った。今から納車が楽しみで仕方ない、ただ店主は納車の時期を伝えて来なかったのでまた聞こうとしていたその時。


店主「お待たせしました、光さんのお車ですよ。」


 店先に店主と相談していた通り作られた軽乗用車が止まっている。いくら何でも早すぎる。まさかと思い光は店主に尋ねた。


光「もしかして店主さんって日本から転生された方なんですか?」

店主「そうですよ、この車も『作成』で作りました。それにしてもよくお気づきで。」

光「看板に『スズタ』って書いていたので。」

店主「はい、私が珠洲田(すずた)ですから。」

光「意外と難しいのね・・・。」


 連続して転生者に出会ったので混乱するなか、軽トラ屋の前をミーシャが通った。


ミーシャ「あらあんた、車買ったのかい。それにしてもこの辺りじゃ珍しいの買ったね。」

光「買い物した時に荷物が沢山積めて雨が降っても安心できる物にしたんです。」

ミーシャ「そりゃいい買い物したじゃないか。どれ、よかったら店まで送ってくれないかい?」

光「分かりました。」

珠洲田「では、お買い上げありがとうございます。くれぐれも安全運転でお帰り下さい。」


 光は助手席にミーシャを乗せ出発した。新車独特の匂いがプンプンとしている。ゆったりとした速度を保ちながらも光自身はルンルンとした気分だった。ミーシャも釣られてルンルンとしている。

 ミーシャを降ろし家へ帰ると買ったばかりの車を慎重に玄関の横に止め、家の中へと入って行った。ただ、その日の夕飯の買い物を忘れていたのですぐに乗る羽目になったのだが。まぁ、いいかと光は車へ乗り込んだ。


-⑮カレーと驚きともうひとつの秘密と-


 ある朝、今日はパン屋の仕事も休みなのでゆっくり出来るなとうんと体を伸ばした。朝一でシャワーを浴び先日のカレーを食べようかと温めていく。スパイスの芳しい香りが部屋を包み光の空腹を誘う、涎を飲み込みながら皿に白飯をよそっているとインターホンが鳴った。カレーはお預けかなと思いながら玄関のドアを開けた、ネスタだ。何か忘れていたような気がするが何だったのであろうか。


ネスタ「あーら、この前の約束忘れてたのかい。やだよ、熟したカレーをご馳走してくれるって言ってたじゃないか。」

光「そうでした、丁度温めていたので良かったらどうぞ。」

ネスタ「そう来なくっちゃね、頂くよ。」


 光は米だけには拘りを持っていて家で食べる米は必ず新潟県魚沼産のコシヒカリと決めていた。異世界に来た今もその拘りは変わらず、念の為『作成』で作っておいてアイテムボックスに入れておいたのだ。その拘りのコシヒカリを皿によそってカレーをかける。

 2人はテーブルに向かい合わせて座りカレーに食らいつきだした。


ネスタ「うーん、本当に美味しいね。食が進んで匙が喜んでいるさ。」

光「大袈裟ですよ、市販のカレールーを使ってますもん。」

ネスタ「ゲオルさんのお店に売ってあるやつかい?」

光「全体的に黄色のあれです。」

ネスタ「リンゴと蜂蜜で有名なやつだね、あの辛口でないと旦那が食べないんだよ。」

光「そう言えば私旦那さんにお会いした事無いですね。」

ネスタ「あの人警察で働いてるからよく職場に呼び出されるんさ。」

光「警察?!へぇ、そうなんですね・・・。」


 そう言っているとインターホンが数回連続で鳴り響いた。勢いよくドアが開く。聞き覚えのある男性の声が響いた。


男性「ネスタ、探したぞ!ここにいたのか、腹が減って死にそうだよ。」

ネスタ「あんた、光ちゃんに失礼じゃないか!」

男性「ああ、申し訳ない。腹が減っててつい。」

光「林田さん?!何でここに?!」

ネスタ「何言ってんのさ、うちの旦那じゃないか。私ネスタ林田だもん。」


 思った以上に世間が狭すぎる、ご近所付き合いも大事にしないとなと改めて思った。そうこうしていた時、林田がお腹をさすりながら鼻をクンクンさせていた。


林田「光さん、カレーですか。」

光「・・・食べますか?」

林田「ありがとうございます、カレー大好きなんです!!」


 またお気に入りの魚沼産のコシヒカリが減る、まぁ『作成』で作ればいいか。そう思いながらカレーをよそい林田に渡した。林田は満足そうにニコニコしながら食事を楽しんだ。

 林田がカレーを食べ終わった頃に携帯が鳴った、この前一緒にいた警官かららしい。


林田「うん、うん、なるほど。分かった。明日また資料見させてもらうよ、ありがとう。」


 ネスタは機嫌悪そうな顔をしている。休みの日まで仕事することないじゃないと言わんばかりだ。どうやら国王同士が気にかけている両国での走り屋による騒音問題についての捜査が難航しているらしい。


林田「どうやってあいつらを追い込むかを考えないと・・・。」

光「あ、あの・・・、私で良かったら協力しますけど。」


 林田夫婦は目を丸くしている。光は家の裏に案内した。

 実は光の家の地下にはガレージがあるのだ、家庭菜園の水道パイプをレバーの様に動かすと地響きが鳴り赤いスポーツタイプの軽乗用車が出てきた。走り屋仕様になっている。


林田「えっとこれ・・・、権利的なやつは大丈夫ですか?」

光「安心してくださいよ、車種名をよく見て下さい。これは珠洲田の『カフェラッテ』ですよ。」(※ふぅ・・・、危ない危ない。)

林田「まぁ・・・、大丈夫ですか。それよりこの車どうしたんです?」

光「日本にいた時の愛車です、でも目立つと思って地下に隠していたんです。私、元走り屋で母とちょこちょこ峠責めてたんです。」

ネスタ「はぁ・・・、人は見かけによらないねぇ。」


 新品同様に手入れされた軽乗用車を林田はまじまじと眺めていた。ネスタ曰く林田は相当な車好きらしい、ただ林田は1つ引っかかっていた事がありずっと考え込んでいた。

 林田は椅子に深く腰かけ昔話をし始めた。


-⑯林田と光の記憶-


 林田は深くため息を吐き語りだした。


林田「私が新人警官の頃です、その頃警察署長をしていた先輩と暴走族の摘発を行ったんです。日本のとある山で警察に協力的な2台の走り屋と共に暴走族を追い込んで逮捕した事があったんです。その2台のうち1台が赤いスポーツカーに乗った当時・・・。」

光「『赤鬼』って呼ばれていたんですよね。」


 林田は驚いていた。まさかと思っていた事が事実だと発覚し始めたので驚愕していた。ネスタは3人分の皿を洗っていたが手を止めて聞いていた。


光「今は事情があって別姓を名乗っていますが、私は『赤鬼』と呼ばれていた走り屋、赤江 渚(あかえ なぎさ)の娘です。生まれる前に父を亡くし女手一つで育てられた私は母とよく夜の峠を攻めていました。ただ、本能のままにではなく警察署長に依頼されてでした。当時、様々な峠で違法な暴走族や走り屋の摘発に協力していた母は私を連れ2台で警官のいる場所まで犯人たちを追い込んで逮捕するまでを見届けていました。ある日、いつも通り警察署長の依頼で走っていたら車の整備不良が原因でコーナーを曲がり切れず峠から車ごと落ちて亡くなりました。母の車は無残に潰れ、母は即死だったそうです、あの車は決して裕福とは言えなかったのに必死にお金を貯めてくれた母からの最初で最後の贈り物で形見なんです。

あの日も私は母の遺志を継ぎ警察署長の依頼を受け夜の峠を攻める予定でしたが昼間に熱中症で倒れそのまま亡くなり、この世界に転生してきたんです。その時にあの車を持ってきて地下に格納しました。」(※『赤江 渚』については私の「私の秘密」をご参照ください、作者より。)


人の死に直面した時の話は涙なしに聞けないと言わんばかりに林田は涙を流しながら光の過去の話に聞き入り流れる涙を右手で拭い重い口を開いた。


林田「そんな事があったんですね・・・、後ほどお母様の御仏壇に手を合わせてもよろしいでしょうか。」

光「勿論、ありがとうございます。それと・・・。」

林田「捜査へのご協力感謝します、ただ無理はなさらないでください。明日日時が決まればまたご連絡いたします。」


 林田夫婦は渚の仏壇に手を合わせた。その後ネスタと光は家庭菜園で水やりをし、林田は携帯で先程の話をこの国の警察署長に話していた、そして光が操作に協力してくれるという事も。

 電話の向こうで警察署長は涙を流していた、そして林田と光の提案に賛成した。時刻は午前11時を迎えようとしている、光と林田夫婦は気晴らしに買い物に出かける事にした。明るい日差しの元、街中の店の前には賑やかな市場が展開されている。林田は光に串焼きを勧めた。霜降りがとても美味そうな牛肉の串焼き。光は口いっぱいに頬張った。さっきまでのしんみりとした雰囲気が噓のようだ。串焼きを美味しそうに頬張る嬉しそうな笑顔を哀愁のある優しい顔で眺めている。

 買い物を終わらせ車からはみ出しそうな量の荷物を積んで光の家へと向かった。ゲオルの店で購入したビールを1缶渚の仏壇に供え3人で手を合わせた。林田は光、ネスタ以上に長く拝んでいた、それ位今回の事件解決への熱意と渚への敬意の想いが強かったのだろう。


林田「光さん、許してくれとは決して言いませんが聞いてください。渚さん、いやお母さんが亡くなったのは私の所為です。私はお母さんが亡くなったあの事件でお母さんに依頼をした警察署長でした・・・。誠に・・・、申し訳ございませんでした。」

ネスタ「あ・・・、あなた・・・。」

林田「左側のヘッドライトに刻まれた稲妻のデザインを見て、思い出しました。あれは間違いなく・・・、『赤鬼』の・・・、お母さんのマークでした。また会わせてくれて・・・、ありがとう。生きててくれて・・・、ありがとう・・・。」

光「林田さん!!母は決してあなたを恨むような事はしなかったはずです、原因は整備不良でしたから。証拠品だって見つかっているんです、ネジが1本外れたまま放置されていましたから。」

ネスタ「今日は良い日になったじゃない、2人で渚さんを囲んで楽しく呑んだら?」

光「私は林田さんが良かったら。」

林田「私たちの家ですぐに準備しよう、渚さんの好物を沢山作って。」


 光は林田夫婦と一緒に2人の家へと向かった。改めて市場へと向かい大き目の白身の魚を沢山買った。市場の人に脂のりの良い物を選んでもらって。その魚で刺身や薄造りでのしゃぶしゃぶを用意し日本酒の熱燗を準備した。

 林田は先日、光の家に来た時一緒だった警官に就業時間を聞いた後、今後の為になる話をしながら呑むから合流するようにと指示を出した。

 2時間後、マイナーと名乗ったその警官はビールを持って現れた。光は渚が生前ビールも好きだった事を話し歓迎した。マイナーは林田から渚の話を聞いてずっと泣いていた。光は林田とマイナー、そして勿論ネスタに親近感が湧いていた。


-⑰事件解決の為に-


 次の日、光は久々のバトル・・・、いや捜査に向けて車のセッティングを行っていた。渚の二の舞にならぬよう、凄惨な事件が二度と起きぬよう林田もセッティングに立ち会った。車のプロとして店を休みにした珠洲田が同伴した。今夜事件現場になると思われる街はずれの「通称:お風呂山(皆が通う銭湯があるため)」のコースはアスファルトのオンロードで所々に緩やかなコーナーが続く。光の車は軽の為小回りが利きやすいので軽い体重も助けインを攻めやすかった。珠洲田は光のオーダーに応えコーナー明けの加速に重きを置いたセッティングにした。

 夜の8時、銭湯の主人に協力を得て店を早めに閉めてもらった。ただ営業中を装うため客が帰った後も電灯はつけたままにしてもらっている。目立たないようにいつも使っているご立派な乗用車のパトカーは使わず全車両軽乗用車や軽トラを中心とした覆面パトカーを使用し駐車場に止めた。しかし、犯人逮捕の為パワーアップさせてある乗用車のものも用意していた。

 勿論、向かい側の駐車場にも車を止める。全員普段着を着るなど可能な限り自然な見た目にして走り屋達が山を登っていくのを見届ける事にした。林田は光に相談や提案をしつつ指示を出していく事にした。


林田「お1人で大丈夫ですか?何なら護衛を付けますが。」

光「なら、女性の方を1人お願いできますか?印象良くなると思うので。」

林田「良いですとも、何でも仰ってください。」


 林田は女性の刑事を1人連れてきた。元々カートなどのモータースポーツに精通している人間がいたので丁度呼び出しておいたのだ。ただ見たことがある様な気がしたが。


林田「刑事のノームです。きっとお役に立つかと思います。」

ノーム「宜しくお願いします。」


 光とノームは握手した。林田は作戦を伝えた。


林田「無理にとは言いませんが、最初に山を登る時から全力でお願いします。走り屋達側に印象付けて興味を持たせ向こうからバトルに誘うように泳がせて下さい。バトルが始まる直前にこの無線機でご連絡頂ければ山の下で我々が準備しますので。下まで走らせ、検挙していきます。ただ敵も数台走っていました、こちらも後ろから数台追いかけようと思います。彼らに何か聞かれたら走り屋のチームメンバーを装い答えて下さい。あなたを中心としたバトル参加組と山頂勢検挙組に分かれて作戦を遂行していきましょう。先程申し上げた通り全力で走っても大丈夫、安心してください、ノームには念の為酔い止めを飲ませていますから。」


 各自車に乗り込みその時を待った。

9時20分、けたたましい排気音(エキゾースト)やスキール音と共に走り屋チームが山を登って行った。


光「あのペースだと山頂まで5分程度で着くでしょう。余裕を持って10分後に私が出発します。」

林田「では3台が後続します、後はお願いします。」

光「あの・・・、登る時私もう少し下からスタートしてもいいですか?その方がしやすいので。」

林田「構いませんが、燃料は大丈夫ですか?」

光「安心してください、魔力ですよ。」

林田「ありゃぁ~、ここ異世界だったわ。」


 光は渾身の1発が決まったので魔力を流し込んで起動させた車に乗り込みセカンドからサ-ドに入れ、少し下に移動した。そう、『カフェラッテ』はマニュアルだ。入り口近くに着くとノームに言った。


光「ノームさんでしたっけ、警部さんには全力でと言われてますが8割程度にしておきますね。」

ノーム「良いわよ、全力で。まさかあなたの運転に乗るとはね。」

光「へっ?」

ノーム「普段は偽名であなたに会ってるわ、私をよく見て。あっ、眼鏡眼鏡・・・、ほら。」


 見覚えのある顔がそこにあった。そう、あの優しい受付嬢の。


光「ドーラ?!」

ノーム(ドーラ)「やっと気づいたのね、これ伊達メガネなの。本当は裸眼だからよろしく。」

光「は・・・、はい・・・。では行きますね。」


 ギアをローに入れサイドブレーキを上げエンジンをめいっぱい回した後、半クラッチの状態にする。

 光がドーラに合図し、サイドブレーキを一気に降ろして、作戦開始だ!!!


-⑱作戦開始-


 安全の為山道は走り屋チームが登ってから封鎖してあるので安心だった。

サイドブレーキが下がった瞬間光の愛車は勢い良く山道を登って行った。銭湯の駐車場沿いの道をドリフト1発で進んでいく。そして最初の左コーナーを壁ギリギリを保ってドリフトしどんどん登っていく。各々のコーナーを鮮やかなドリフトで抜けて行くとあっという間に山頂に着いた。後続の警察車両たちはついて行くのがやっとだった。光は駐車場の適当な場所に陣取り車を止めた。後続車両も止まり、様子を伺っているとリーダーらしき男が1人『カフェラッテ』に近づいて来た。見た目は誠実そうだ。

光は窓を開ける、本格的な作戦開始までもうすぐだ。


リーダー「こんばんは、さっき見てたんだけどお姉さん早いね。」

光「そうかな、適当に流しただけなんだけど。」


 あれで適当なのかとドーラはギョッとした、どう考えても全力のアタックだった。光は凛とした顔をしている。


リーダー「後ろの人たちはチームメイトかい?ヘロヘロみたいだけど。」

光「鍛錬が足らないみたいでごめんなさいね、でもご心配なく。」

リーダー「どうだろう、各々2台ずつ出してチーム戦でもしてみないかい?」

光「暇してたからいいわ、楽しそうね。」

リーダー「じゃあ早速準備しよう。」


 リーダーが離れていくと光は窓を閉めた。ドーラに合図をすると、無線機に作戦開始(バトルスタート)を告げた。無線機越しに林田が声を掛ける。


林田(無線機)「あー、あー、光さん聞こえますか?どうぞ。」

光「聞こえてます、どうぞ。」

林田(無線機)「バトル中はここから指示を出しますので宜しくお願い致します、どうぞ。」

光「了解です、どうぞ。」

林田(無線機)「因みに光さん宛の指示は全員の指示だと伝えてますので気にせず聞いて下さい、どうぞ。」

光「しつこいですよ、どうぞ。」


 無線機の向こうで林田が泣きそうなのでドーラはぷっと含み笑いをした。顔が赤くなっている。


林田(無線機)「す、すみません、どうぞ・・・。」

警官たち(無線機)「け、警部・・・、大丈夫ですから、ね?」


 ドーラが無線機のマイクを切ったので光は愛車を動かしながらドーラに聞いた。


光「林田さんっていつもこうなんですか?」

ドーラ「日常茶飯事なんで気にしないで下さい、警部涙もろいので。」

光「あ、そうだ・・・、次は下りなんでさっきより速いと思うのですが大丈夫ですか?」

ドーラ「だ、だ、だ、大丈夫ですよ。」


 嘘だ、あれ以上に速いのかとドーラは明らかにビクビクしていた。

すると、後続車から1人警官が降りてきたのでドーラがチーム戦だという事を伝え後続車を分けた。

 光の横にはリーダーが、そして後続車と向こうチームからもう1台が並びスタンバイが完了、カウントを待つ。

 向こうチームから1人がシグナル役に回る。


シグナル役「スタート30秒前・・・、20秒前・・・、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、スタート!!!」


 4台が勢い良く飛び出す、第1コーナーまでは10秒もかからなかった。作戦の為には最終的に負けなくてはならないのだが全力を装うため最初は光が先行した。120mほどの差が開いたが数秒後には追い付かれてしまう、数か所のコーナーで抜かれそうになっていたが耐え抜いた。

 後数か所コーナーを抜けたら道幅の広がる地点が来た。後続車は3台とも追い付いている、助手席ドーラは死亡寸前だった。その時無線機から林田の声がした。


林田(無線機)「光さーん、この先廃車が数台置かれてます、上手く避けてくださいねー、どうぞー。」

光「了解です、どうぞ。」


 昔と同様の作戦だ。光はわざと減速し、相手側のリーダーを先行させた。

 しかし、リーダーも作戦を知っていたかの様に避けて行った。ただ、スタート時の様な勢いはない、作戦も集大成だ。


-⑲あっけない最後と暴露-


 排気音を聞き林田は覆面パトカーを横に並べた。リーダーの車のヘッドライトが見え始める。

林田達は車の後ろから叫んだ。


警官達「止まれー、止まれー!!!」


 リーダーや光、そして後続車はドリフトして止まった。


林田「お前ら迷惑防止条例違反だ、逮捕するぞ!!!」

リーダー「父さん待ってよ!!!俺だよ、利通(としみち)だよ!!!」

林田「なんだと?!」


 林田はリーダーの顔を懐中電灯で照らした。


林田「利通!!!すまん!!!」


 リーダーこと林田利通警部補は先程の会話から分かるように林田警部の息子で警部の別動隊として動いていた。

 どうやら今回は林田警部の聞き違いらしく、作戦を遂行しようとした息子一行を捕まえてしまったらしい。というより車を見て分からなかったのだろうか。

 一先ず全員で下山する事にした。


 夜が更ける、大きな一仕事を終えた光は空腹で仕方なかった。今日は自分へのご褒美に何かいつもと違う美味しい物を食べよう、明日は有給にしているからいつもより多めにお酒を煽っても問題はない。とりあえず『カフェラッテ』を地下に入れておかなきゃ、それか明日洗車してからにしようか、愛車を転がしながらどうしようか考えていた。

 ルンルンとした気分で家路を急ぐ、5速から4速に下げると光の気持ちに応える様に愛車は加速した。新しく買った軽乗用車の横に駐車し玄関のドアを開けようとしたら服に忍ばせていた携帯が鳴った、林田だ。かなり出来上がっててご機嫌らしい。


林田(電話)「もしもしぃ、光さんですかぁ?今日の主役が来てないなんて駄目でしょう、早く早くぅ!」

利通(電話)「俺はあなたの走りを見て感動したんですぅ、吞みましょうよ~。」


 その瞬間、車のハイビームが光を照らした。ネスタが軽トラで迎えに来たのだ。


ネスタ「ごめんね、うちの人がどうしても連れて来いって言うから・・・。」

光「良いですよ、食費が浮くから行きます行きます。」

ネスタ「あ、そうそう、今日のテーマ『皆平等』だってさ。出前が来ちゃうから早く帰らなきゃ、私も早く呑みたいし。」


『皆平等』ってどういう事だと思いながら軽トラの助手席に乗り込み林田家に向かった。

林田家の和室に入ると警官達が陽気に・・・、いや口喧嘩しながら呑んでいた。

テーブルには唐揚げ、カキフライ、アジフライ、カニクリームコロッケ、そして明太子と居酒屋メニューによくある光の大好物が揃っていた。(※というより作者の大好物です。)


利通「酷いのは父さんだろぉ、俺に無茶ぶりしといてさぁ。」

林田「お前に俺がいつ指令を出したんだよぉ、お前は別の部署の人間だろぉ、どう見ても馬鹿な走り屋にしか見えん車に乗ってるお前が悪いんだよぉ。」

ドーラ「警部さんよぉ、あんたは何もしてないのに偉そうに言ってんじゃないわよぉ。」

林田「ごめんごめん、そんな事言うなって。おー、光さん、来た来た。こっちこっち。」

光「ハハハ・・・、凄い楽しんでる・・・。」


 光は顔が引きつっていたが2時間後には日本酒片手に持ち・・・。


光「私だってこんな世界に来ると思ってなかったのぉ、しかもドリフトなんて久々だしさぁ、おっさん無茶言い過ぎぃ。」

林田「悪かったって言ってんじゃん・・・、今日はお詫びとお礼に呑んでよぉ。」

光「こんなんで許すとでも思った訳ぇ?」

林田「許してくんないのぉ?」

光「ゆ~る~す~!!!」

利通・ドーラ・ネスタ「光さん、あんた良い人だ!」


 酒が入ってすっかり溶け込んだ光はちょっとした疑問をぶつけた。異世界に来た実感が湧いてないからだ。


光「て言うかここには異世界らしいのっていないのぉ?エルフとかドワーフとかリッチとか・・・。」

ドーラ「何ぃ、聞き捨てなんなぁい!耳見てよ、私エルフなんだけどぉ!」


-⑳嵐の飲み会の後-


ネスタ「今更何言ってんだよ、私だってドワーフだっての!」

利通「母さん?!って事は俺人間とドワーフのハーフなのかよ!」


 まさかの事実が暴露されていく、夜はまだまだ長い、今日は楽しくになりそうだ。

 皆何故か1本のウィスキーでハイボールを作って各々作って呑んでいた、テーブルには鶏の唐揚げが高く積まれている。やっぱりハイボールには熱々の唐揚げだ。唐揚げが無くなったときは光が『作成』でお代わりを作っていた。


ネスタ「あんたそんな魔法が使えるなら自炊する必要無いんじゃないかい?」

光「あんまりこれに頼らないで出来るだけ自分で作りたかったの。料理が出来なきゃ彼氏なんてできないと思ってさぁ。」


 全員がごもっともと言わんばかりに頭を下げた、でもすぐに分かり合い結局どうでもいいやと再び呑みだした。今日は頑張ったんだ、楽しんだって良いじゃないか。

 夜は賑やかなまま過ぎて行った。

朝の10時が来た、全員酔い潰れて知らぬ間に寝落ちしていたらしい。有給休暇だから大丈夫なのだが。

インスタントの味噌汁を勧められ光は若布入りを飲んだ、五臓六腑に染み渡る。警官達はまだ眠っている。

光は家へ帰り家庭菜園の水やりをし、シャワーを浴びて牛乳を一気飲みする。テレビをつけ誰もいないリビングで髪を手早く拭いた。姿見を見ながら思う、髪伸びたなと。久々に美容室に行こうかと考えたがこの世界に美容室なんてあったのだろうか。光は街を散歩がてら探しに行く事にした。

街の駐車場のいつもの場所に車を止め歩いて街に入って行った。店前の市場を抜け街の中心部に出る、ただ美容室らしき店はどこにもない。きっといった事のない裏小路にあるんだろう、今日は時間がたっぷりあるからぶらぶらと歩いて見てみよう。テラスのあるカフェは何軒か見かけたがやはり美容室らしき店は無い。ネスタにでも聞いてみるかと思ったが番号を知らなかった。という事で旦那の林田に聞いてみる事にしてみた。

10コール程電話してみたが出ない、まだ寝ているのだろうか。そうこうしているうちに雑貨屋の前に着いたので、ゲオルに聞いてみる事にした。


店員「店長今日休みですよ。」

光「あらま、そうなんですね。」

店員「何か御用ですか?」

光「実は髪が伸びてきたので店を探しているんですが見つからなくて。」

店員「店?いやいや、髪などはリッチの人に頼むのが定石でしょ。」

光「そうなんですか?!初めて聞きました。」


 この世界に来て色々経験したはずなのだがまさかまだ知らない事が多いなんて、ただ知り合いにリッチがいないのだが。


店員「明日店長にお願いしたらどうですか?あの人リッチなんで。私いつもお願いしてますよ。」

光「え?!」


 人は見た目によらないな・・・、と言うより燈台下暗しってこう言う事なんだって改めて思った。無理もない、ドーラがエルフでネスタがドワーフだって知ったのは昨日なんだから。ネスタに至っては家族が知らなかったくらいだし。

 そう思っている間に店員がゲオルに電話を掛けて光に替った。


ゲオル(電話)「ああ、誰かと思えば光さんでしたか、勿論構いませんよ。何なら今から伺いましょうか。」

光「では街の中心部の・・・、噴水の前でも大丈夫ですか?」

ゲオル(電話)「勿論良いですよ、すぐ行きますね。」


 電話を切ってすぐに光は噴水へと向かった。近くで光の到着を見ていたかの様にすぐにゲオルがやって来た。光が買い食いしていたホットドッグを落としかけたのでゲオルが浮遊魔法で受け止めて渡した。


ゲオル「驚かせてすみません、ホットドッグは無事ですから許して下さい。」


 気を取り直して光達は本題に入ることにした。ただ日本にいた時に行っていた美容室ではいつも通りと伝えると注文が通っていたのでどうやって希望を伝えるべきか悩んだ。という訳でゲオルがCG映像の様に光の顔のイメージ図のサンプルを魔法で浮かべ髪型だけを変えて光に見せた。


光「あっ、そうです、そんな感じです。」

ゲオル「あの・・・、もう髪型変わってますけど。」

光「はい?!」

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