3. 異世界ほのぼの日記 ①~⑩

3.「異世界ほのぼの日記~日本に似て便利な世界でぷらぷら生活~」


佐行 院


-①突然の異世界-


 ここは東京、現在20XX年、去年からより酷く進みだした地球温暖化により7月8月における1日の平均気温が40度を超える様になってしまった今日この頃、営業職の女子社員・吉村 光(よしむら あかり)は営業先への外回りに出ていた。日差しがまぶしい、正午となり昼休み。1日の中でも1番暑い時間帯を迎え涼を求めて多くの人が喫茶店やレストランで食事を取っていた。光もその1人になろうと店を探していた。


光「お腹空いたし暑くて何もする気しないよ、何食べようかな・・・。」


 街は誘惑に溢れているがどこのお店も満席でなかなか食事にありつけない。そんな中、1軒の中華屋さんを見つけた。夏の風物詩となった『冷やし中華はじめました』の看板が出ている。ちょうどそこから男性が2人出てきた。


男性①「いや、美味かったな。」

男性②「そっすね、これで午後からも頑張れますよ。」

光「羨ましいな・・・、あたしも冷やし中華にしよう。」


 ひんやりと冷たい冷やし中華、細切りの胡瓜やハム、そして錦糸卵が乗っておりトマトが彩りを加える。横に添えられた練りからしが味のアクセントとなって美味な1杯を想像し光は店内に入った。涼を得たいという同じ考えの人間たちで賑わっており店の中は常に満席で4~5人ほど待ちが生じていた。このお店は回転率がいいらしく15分ほどで席へ案内されお品書きを見ずにすぐ冷やし中華を注文した、このお店ではポン酢だれか胡麻だれを選べるらしく光は胡麻だれを選んだ。女将さんに渡されたお冷が嬉しくて、光は4杯もお代わりしてしまった。


女将「そんなに慌てて沢山飲むとお腹壊して冷やし中華が食べれなくなるよ。」

光「暑くて仕方無いんだもん。それよりおばちゃーん、お腹空いたよー。」

女将「『お姉さん』だろ、この子にはお仕置きが必要かもね。」

光「勘弁してよー。」

女将「冗談だよ、もう少し待ってな。」


 暫くして注文した胡麻の冷やし中華がやって来た。光は麺に胡麻だれを絡ませ啜った。啜りきったその顔は恍惚に満ち溢れていた。瑞々しくシャキシャキの胡瓜が嬉しい。光は夢中になって食べていた。そこに女将さんがやって来て餃子の乗った小皿を置いた。


女将「サービスだよ、あんたの食べ方が気持ちよくてね。食べていきな。」

光「ありがとう、おば・・・、お姉さん。」

女将「ふふ・・・、分かっているじゃないか。」


 夢中になりながら腹を満たし光は冷房の効いた店内を出て猛暑の中、寄巻(よりまき)部長から連絡を受けたので本社のオフィスへと戻ることにした。部下思いなのは良いのだが心配性すぎるのが玉に瑕(きず)な上司であった。


寄巻(通話)「大丈夫か、水分ちゃんと取りながら帰ってくるんだぞ。」

光「分かってますよ部長、あともうちょっとで社に着くから切りますよ。」

寄巻(通話)「本当か、冷えた麦茶淹れて待ってるからな。」

光「ははは・・・、楽しみにしてま・・・、す・・・バタン!!!」

寄巻(通話)「お、おい!!大丈夫か?!返事をしろ!!おい!!」


 汗で衣服がびしょびしょになり頭がくらくらしてくる程の猛暑のお陰で光は倒れてしまった。意識がどんどんとどんどんと薄れていく・・・。


 しばらくして目が覚めると全体的に木製で6畳ほどの部屋に置かれたシングルベッドの上に寝ていた。開いていた出窓から優しく涼しげな風が入ってきてカーテンを揺らす。光は目を擦り、起き上がろうとした。


光「ここは・・・、どこ?夢?」


 光は試しに頬をつねり痛みを感じた。部屋に姿見があったのでベッドから起きて自分の姿を確認した。少し前に冷やし中華を食べた時と同じ水色のパンツスーツで光そのもの姿だった。本当に異世界に転生してしまったのだろうか。


光「まさか、・・・、気のせい・・・、だよね・・・。もう1回寝たら元の世界に・・・。」


 ベッドに入り寝ようとしていたその時、部屋の隅の扉が開いてヨーロッパの山間部の民族衣装のような衣服に身を包んだ女性が入って来た。青い目をしているのでどうやら日本人では無いらしい。女性は笑顔で光に声をかけてきた。本当に異世界転生したらしい。


-②異世界?日本?どっち?-


 部屋の扉を開けて女性が光に声を掛けてきた。光にとって何となく予想はしていたが最も困った事態が起こった。


女性「・・・・・・・、・・・・・・・(異世界語)。」


 そう、言語が分からない。しかしその問題もすぐに思った以上に呆気なく解決した。


女性「ん?大丈夫かい?あんた昨日の朝川辺で倒れてたから雑貨屋のゲオルさんに担いでもらって来たんだよ。」

光「え?」

女性「どうやら言葉は話せるみたいだね、下で朝ご飯の準備をしているから降りてきな。」

光「あ・・・、はい・・・。」

女性「そう言えば、あんた名前は?」

光「光です・・・、吉村 光。」

女性「光ね、良い名じゃないか、あたしゃネスタ、よろしくね。早く降りてくるんだよ。」


 光は頷いてネスタを見送り、起き上がりベッドから出た。出窓からはヨーロッパの農村の風景が広がっている。私道はアスファルトではなく石畳で主の道路は舗装されていない道が続いていた。子供たちが笑顔で外を駆け回り大人たちは楽し気に談笑していて日本とは真逆で皆ゆったりと過ごしていた。

 光は部屋を出て階段を降り、ダイニングに入った。異世界で最初の食事だ。


ネスタ「あ、降りてきたね、いらっしゃい。」

光「お腹空いちゃって、良い匂いだったのでつい・・・。」

ネスタ「フフフ・・・、早く座りな。」


光はパンがメインの洋風で温かな美味しいスープが真ん中に置かれたテーブルを想像した。しかし、そこにあったのは茶碗の白米に焼き鮭をメインとし、お味噌汁の香りが食欲を誘う和定食の朝ごはんだった。


光「日本・・・、みたい・・・。」

ネスタ「ニ、ニホン?どこだいそこは?そんな名前の国聞いた事無いねえ。」

光「じゃあ・・・、ここは?」

ネスタ「あんたここの人じゃないのかい?ここはネフェテルサ王国、人民に優しい王族が統べる至って平和な国さ。」

光「ネフェテルサ・・・。」


 光は未だ違和感を感じながら出された朝ごはんを食べる。お腹を満たしながらネスタに色々と聞かれた。光は日本の暑さにやられ倒れたらしく、気付いたらベッドで寝ていた事を明かした。

今思えばどうして急に言語が分かるようになったのだろうか。


食事を終え片づけをするネスタを手伝いダイニングから自分が寝ていたベッドのある部屋に戻ったその時、幻聴のような声が聞こえた。


声「気が付いたか・・・。」

光「え?」

声「私は神だ、何も言わず目を閉じるが良い。」


 光は言われるがままに目を閉じた。夢の中でだが無限に宇宙がひろがり、そこにポツンと仙人の様に長く白い顎鬚をたくわえ、杖をつくご老人が立っていた。ご老人が近づくように手招きしてきている。光は言われるがままに近づいて行った。


光「あなたが神様・・・?」

神様「いかにも、熱中症で倒れていた君をこちらの世界に送ったのが私だ。」

光「じゃあ、突然言葉が分かるようになったのも・・・?」

神様「そうだ、私がやった。その方が便利だと思ってな。あとついでに色々と生活しやすいようにこの世界を作り変えたから安心して過ごすが良い。」

光「色々?」

神様「それは後々分かるさ、楽しみにしながらこの世界で過ごせ。」

光「私をここに送った理由って?私に勇者として何かを倒せとか?」

神様「いや、何もしなくていい。」

光「え?」

神様「だから何もしなくていいの、君日本では熱中症で死んだ事になってんのよ、だからこっちに送ってのほほんと過ごして貰おうと思って。ほら、これを見なさい。」


 神様は映像を出して光に見せた。そこには『故 吉村 光 告別式々場』と書かれた看板が掛けられ喪服を身に纏った多くの人が参列している。号泣している寄巻部長が一際目立っていた。本当に光は熱中症で亡くなったらしい。


-③神様によりできた便利な国-


 元居た世界で本当に自分が亡くなった事を知り光は涙を流した。神様は気まずそうにしている。


神様「うーん・・・、だから見せたくなかったの。無理くりこっちに連れてきたからせめてこの後の生活は出来るだけ何も気にしなくていいようにしたんだよ。」

光「分かった・・・。」

神様「気が向いたら様子を見に来るから元気でいろよ。便利なスキルを特別にあげるから許せ。とりあえず必要な物が手に入るスキルをやろう、出来るだけお前さんの世界に近いように国を作り替えたから他に必要な物はそれで作ると良い。では説明はちゃんとしたからな、しっかりと過ごせよ、じゃあな。」


 急に目の前が明るくなった、またベッドの上だ。どうやら神様に会っていた間ずっと光は倒れていた事になっていたらしくここまではネスタが運んでくれたようだ。どう説明しようか悩んでいたがすぐにどうでもよくなってしまった。光は神様が言ってたスキルを確認すべく異世界転生によくあるステータス画面を出してみた。どうやら両手をぐっと開き前に出して念じると出るらしい。神様のお陰で日本語で書かれているので見やすい。1番下のスキルの場所に『作成』という文字があったので試しに使ってみることにした。使用するには右手を前に出し欲しい物を念じるらしい。光は試しに『バランス栄養食』と念じてみた。すると有名なクッキーの様なブロック型の栄養食が出てきた、食べやすいチョコレート味とある。これは便利だと大切に使おうと思いながら栄養食を食べた。


ずっとベッドに寝転んでいる訳にはいかないし、ずっとネスタの世話になっている訳にもいかないので光は一先ず外に出てみることにした。玄関を出ようとした光をネスタが呼び止めた。ダイニングに招き入れられお茶を振舞われた。


ネスタ「あんたそう言えば何の仕事してんだい?」


 ここは異世界、勿論今まで光のいた日本とは違う世界だ、企業向けOA商品の営業職と言っても分かってもらえないだろう。


光「団体向けの物売りの仕事を。」

ネスタ「じゃあ、冒険者とか勇者という訳では無いらしいね。」

光「冒険者?じゃあギルドとかもあるんですか?」

ネスタ「勿論さ、この辺りは農民が多いからこの辺の魔獣の駆除も頼んだらしてもらえるから助かっているんだよ。冒険者に登録をするならそこに行けばいいよ。」

光「とりあえず、辺りを散策してきます。」

ネスタ「はいよ、この服に着替えて、上の部屋は空けておくからいつでも帰ってきな。」

光「ありがとうございます、行ってきます。」


 ネスタの家を出た光は辺りを散策してみた、今必要なのは情報収集だ。街は石畳が敷かれレンガで出来た三角屋根の建物で溢れている。武器屋もあるみたいでこれぞ異世界という実感が湧く。それ以外にも屋台が数多く立ち並び地域で採れた農産物や畜産品、海産品が多く売られていた。出来立ての串焼き等の食べ物を売る屋台もあり賑わっていた。

地域の公民館にある掲示板には日本語で書かれたポスター等が掲示されていた。多分元々異世界語で書かれたものが光の脳内で日本語に翻訳されているのだろうが。もうそんな事は気にならなくなった。

 田園風景が広がる農村地帯には田を耕す人たちがちらほらといて米作りに勤しんでいた。米以外にも野菜に果物も作っているらしく、自給自足の生活をしている人たちが多いらしい。色々と疑問が生まれた光は田んぼの端で休憩する男性に聞いてみた。


光「すみません、随分と広い田んぼですがここの米は全部この地域の方々が自分達で食べるものなのですか?」

男性「いや、市場に出荷したりもするよ。」

光「じゃあ、どうやって運んでいるんですか、やっぱり馬車とかで?」

男性「あれがあるのに何で馬車なんか使うのさ。」

光「え?何あれ、えええええーーーーーーーーーーーーーーーーー?!」


 光は男性が指差した方向を見た。

 明らかにこの世界にふさわしくない乗り物が見える。どこからどう見ても軽トラだ。


光「ここ日本なの?!違和感ありすぎなんだけど!!」

男性「ん?ニホンって?それに農村には軽トラだろ。」

光「あ、ごめんなさい・・・。」


 ついついツッコミを入れてしまった、ここではこれが普通らしい、いや神様が普通にしたのだろう。でも辺りを見た感じではガソリンスタンドは見えない。光は男性にお願いして運転席を見せてもらう事にした。軽トラは2台あり、窓から覗くと1台はオートマでもう1台はマニュアル車らしいのが見える。ドアを開ければ至って普通の軽トラだが鍵を刺すはずの場所には青いクリスタルが埋められていた。


-④日本との違い-


 光は動力源が気になったので男性に質問してみた。


光「これはどうやって動かすんですか?」

男性「どうやってって・・・、このクラッチを踏んでここに魔力を流すだけだよ。」


 すると男性は青いクリスタルに指を近づけてクリスタルを光らせ軽トラを起動してみせた。もう1台はオートマなのでクラッチを踏む必要は勿論ない。


光「凄い・・・。」

男性「いや、この辺りじゃ普通だけど。」

光「え?」

男性「皆魔法を使えて当たり前じゃん。」


 光は驚くばかりだった、魔法があるのは流石異世界といえる。光も魔法を使ってみたいと思った。


光「よし・・・。」


 光は右手を前に出して『作成』スキルを使い魔力を作ってみた。全身が綺麗なオーラで纏われる、それをオートマの軽トラのクリスタルに指から流すと軽トラが起動した。


光「やった!」

男性「やるじゃないか、ただあんた、免許は?」


 光は日本にいた頃の免許証を出した、どうやらこっちの世界でも有効らしくすぐに乗れるらしい。日本語も向こうの言語に翻訳されて男性側には表示されているようだ。


男性「吉村 光か・・・、珍しい名前だな。俺はガイだ、よろしく。」

光「ガイさん、よろしくお願いします。これからまた色々と教えて下さい。」

ガイ「任せな、俺でよかったら何でも聞いてくれ。」


 頼もしい仲間が増えて光は嬉しかった。そう言えば1つ忘れていた事があった、雑貨屋に行かなければならない。ゲオルという人にお礼を言っておかなければならなかった、この世界に来た初日、川辺で倒れていた自分を運んできてくれた恩人だ。


光「ガイさん・・・、ここに雑貨屋さんってありますか?」

ガイ「食料の調達かい?街に入ってすぐの緑色の店だよ。」

光「ありがとうございます、行ってきます。」


 光はガイと別れ街へと向かった。街に入ってすぐの建物が緑色できっとそこが雑貨屋なのだと分かった。とりあえず中に入ってゲオルを探すことにした。重くて大きな赤い扉を開け・・・、ようとしたら自動で開いたので光はびっくりした。きっとこれも魔法なんだ、もしくは神様が便利なように作ってくれたんだと解釈した。

 扉から中に入って中の商品を物色しつつゲオルを探すことにした。中には塩や砂糖といった調味料から洗面用具など色々揃っていた。ただ、レトルトカレーやインスタントラーメンといった即席の食品まである、まるで日本のスーパーの中核といった加工食品(グロサリーともいう)コーナーだ。実はここ日本じゃないの?と勘違いしかけている。


 おっと、本題を忘れていた、ゲオルを探さないと。一先ず商品出しの仕事をしている店員さんに声を掛けた。


光「す・・・、すみません。」

店員「はい、いらっしゃいませ。」

光「ゲオルさんという方を探しているのですが。」

店員「ゲオル店長ですね、少々お待ちください。」


 店員はそう言うと奥へと消えていった。

数秒後、音もなく光の背後に男性が出てきた。転移魔法でも使ったのだろうか。


ゲオル「お待たせいたしました、ああ・・・、あなたはあの時の。」

光「びっくりした・・・、どこから出てきたんですか?」

ゲオル「おっと大変失礼致しました、店内が広いもので移動には極力転移魔法を使うようにしているのです。それよりあなた・・・。」

光「そうでした、先日はありがとうございました。」

ゲオル「やはりそうでしたか、ご無事で何よりです。今はネスタさんの所に?」

光「そうですね・・・。」


 光はネスタにした過去の話をゲオルにもう1度した、そしてこっちの世界で職と住む所を一先ず探そうとしている事も伝えた、流石にこのままではまずいので。


-⑤お金はどうしよう-


 光は一先ず食料を手に入れる術を手に入れようとした。何でもかんでも『作成』スキルに頼ってばかりいたら周囲の人に怪しまれるし、ずっとネスタの家でただ飯を食べる訳にもいかない。

 まず、光は転生する前に自分が元々住んでいたアパートに残っている食料を持ってこれないかと考えた。自分自身が『移動するスキル』を『作成』して日本とネフェテルサを往復して持ってきたら・・・、いや、結構時間がかかる。

 では、『転送』のスキルを『作成』しよう、冷蔵庫ごと転送しちゃえばいいのだ・・・、この世界には電気が無い。そうだ・・・、あれがあるじゃないか、あれを『作成』して設置しよう。

 光は、丁度近くにいたゲオルに尋ねてみた。


光「この辺りって結構晴れていますか?」

ゲオル「そうですね、雨は1か月に2~3回あるかないかではないですかね、でも夏になる直前は鬱陶しい位毎日の様に降りますがね。」

光「それって何月くらいですか?」

ゲオル「だいたい6月くらいですね。」


 どうやらこの世界にも梅雨の時期があるらしい、まさかここまで日本を再現してくるとは神様って本当にすごいなと改めて思った。

 とりあえず光はゲオルの店を出て職業を探すことにした。ゲオルによると仕事を探す為にもこの町の冒険者ギルドに行く必要があるらしい、今年からギルドカードが履歴書の代わりになるのだという。早速光はゲオルに道を聞いて冒険者ギルドに向かう事にした。街の中心部にあるので歩いて行けるらしいので向かおうとしたが、その前に喉が渇いたので飲み物を手に入れることにした。

 市場とかではどんなお店があるかをちらっとしか見ていなかったのでお金のことを全く調べていなかった。ゲオルの店の中にある飲み物コーナーに向かう。


光「えっと・・・、お茶は・・・、128円・・・、円?!噓でしょ?!」


 光は恐る恐るだが懐に入れていた財布から1000円札を出しゲオルに聞くことにした。


光「ゲオルさん・・・、まさかこれ・・・、使えませんよね・・・?」

ゲオル「何を仰っているのですか?当然、使えるに決まっているじゃないですか。ほら、レジの所の看板をご覧下さい。魔法マネー(電子マネー)各種や魔力カード(やクレジットカードは勿論、デビッドカード)もお使い頂けますよ。」


 お・・・、思いっきり日本じゃん・・・、これも神様がしたって事なのと光は流石にドン引きしていた。日本に似すぎて異世界転生した実感が無くなって来た。


光「あ・・・、あの・・・、まさか銀行は無いですよね?」

ゲオル「あそこにATMありますけど。」


 ゲオルが指差した先には本当にATMがあった、本来は自分の魔力を少量流し認証させるものだが、最近カードの差込口が追加されたのだという、多分これも神様がしたのだろう。画面を見てみると日本にある全銀行のキャッシュカード対応とあった、しかも手数料はずっと無料らしい。念の為しておいた貯金が役に立ちそうだ。とりあえず光は1万円を引き出して財布に入れた。日本にいた頃は電子マネー派だったがこの世界で同じように何でもできるとは限らない、このお店以外では。

 光はお茶を1本購入し店を出て、冒険者ギルドへと向かった。街の中心部にあるのですぐに見つかった。光は扉を開けて中に入った。ビールのジョッキを持った店員が声をかける、冒険者やそれ以外の一般人がそこで飲み食いして交流しているらしい。


店員「いらっしゃいませ。お1人様ですね、今日は何にしますか?」

光「えっと・・・、職を探しているので登録したいのですが。」

店員「じゃあ奥の受付へどうぞー。」

光「ど・・・、どうも。」


 光は店員に言われた通りに進んでいった。受付と大きく書かれた看板の下に受付嬢のお姉さんが座っている。


受付嬢「こんにちは、私は受付嬢のドーラです、今日はどうされました?」

光「こんにちは、あの・・・、職を探しているので登録したいのですが。」

ドーラ「ではこちらへ。身分証になるものをお持ちでしたらお出しください。」


 光は運転免許証を取り出しドーラの後ろについて行った。


ドーラ「身分証明書のご提示をお願いします。」

光「お願いします。」

ドーラ「ありがとうございます、ちょっと調べます・・・、ね・・・、えっ・・・?!」


-⑥心配する必要なかったじゃん-


 ドーラがどうしてびっくりしているのかを光は理解出来なかった。


光「どうしたんですか?」

ドーラ「すみません。あの・・・、恐れ入りますが、もう働く必要無いんじゃないですか?」


 どうやら身分証を提示した時に銀行残高も見えるらしく、その金額を見て驚いた様だ。ただ、光はそんなに驚くほど持ってないんだけどと思いながらドーラに登録を進める様にお願いした。思ったよりあっさりと終わってしまった


ドーラ「はい、登録が完了しました。こちらがギルドカードです。こちらには魔力により光さんの職歴やお持ちの資格などの情報が登録されています。これを職場での面接時に持っていけば大丈夫ですのでね。」

光「ありがとうございます。」


 光はギルドを出てゲオルの店のATMにカードを差し込んだ。「残高照会」のボタンを押すとそこには「1京円」の文字がありまた神様の仕業だなと愕然とした。しかし、働かずに過ごしていたら周りの住民に怪しまれる。街中にあるパン屋が従業員を募集していたので一先ずそこで働くことにした。

 次は住む家だ、広めの土地を買える財産があるみたいだがやはり怪しまれたくないので一般家庭レベルの土地と一軒家を購入した。その事をネスタに話し、建設が終わり次第引っ越すつもりだという事も伝えた。

 数日後、建設が終わったという連絡を受け、引っ越すことにした。この世界に来て間もないから特に大それた荷物がある訳ではないので荷造りにはさほど時間はかからなかった。

 出発の時、玄関でネスタが光を待ち構えていた。


ネスタ「寂しくなるね、ずっとここにいてくれて良かったのに。」

光「いえいえ、そう言う訳にもいきませんので。」

ネスタ「また遊びにおいでね。」

光「お世話になりました。」


 そういうと2人は抱き合い、光は新居へと向かった。

 光の家はネスタの家から街を挟んで反対側にあった、特に急ぎの用事もないしパン屋での仕事も明後日からなのでゆっくりできる。なので光はのんびり歩いて行く事にした。空は青く澄んで空気が美味い。

 1度ゲオルの店に寄り周りの目を気にしながらATMで支払いの金を下ろした。下ろした金を封筒に入れ、新居へと向かう。

街を抜けて数分歩いたところに新居があり、不動産屋の店主が待ち構えていた。


店主「おはようございます、光さんですね?この度はこちらの物件のご購入ありがとうございます。」

光「おはようございます、早速中を拝見させて頂けますか?」

店主「勿論ですとも、今日からこちらが光さんのお宅ですから。」


 店主から鍵を渡され早速玄関を開けた窓から優しく日光が差し込み家全体を照らす。光は1階のリビング・キッチン・ダイニング、そして2階の寝室・バスルームを拝見して思った通りの家が建ち興奮していた。

 

店主「ご満足頂けたでしょうか?」

光「十分です、ありがとうございます!」

店主「ではお支払いの方、お願い申し上げます。当店信用等の観点からお支払いは現金とさせて頂いておりますがよろしいでしょうか?」

光「伺ってます、こちらです。」

店主「では・・・。」


 店主は自分の右手を前に出しステータス画面の様なものを操作した後異空間から計数機を取り出した。スキルか何かなのだろうか。


光「今のも魔法ですか?」

店主「ほう、初めてですか?『アイテムボックス』と言うのですが、結構沢山入るから便利ですよ。」

光「『アイテムボックス』・・・。」


 光は早速『アイテムボックス』を『作成』した。どうやら数億種類の物を数は無限に収納できる様だ。


店主「今の今で習得されたのですか?!私も結構苦労したのに!」

光「は・・・、はは・・・、くれぐれも秘密にお願いします・・・。」

店主「大丈夫ですよ、お客様の個人情報を守るのは我々の義務ですからご安心ください。それではお支払いの方を・・・。」


-⑦本格的な生活と光の秘密-


 店主は周りを見回して光に聞いた。


店主「そう言えば家財道具や家具はどうされるのですか?何なら当店で揃えさせて頂きますが。」


 『作成』で作ったり日本のものを『転送』しようと思っていたから何も買っていない。


光「注文しているものがもうすぐ届く予定でして、足らないものは作ってみたりしようと思います。」

店主「ご自分でですか?!」


 店主はかなり驚いている様だが日本にいたときはDIYにハマっていた時もあるので問題ない。

 店主と別れると光は『転送』スキルを使用し日本にある自分の家具や家財道具、そして家電を新居に設置した。


光「さてと・・・。」


 光は屋根に登り巨大なソーラーパネルを2枚『作成』し設置した。先ずは雨の日の為に蓄電池を取り付け、家の中に配線を通した。コンセントも『作成』して設置する。電灯は可能なかぎり蠟燭の明かりに色を合わせたものを選んだ以外は日本から持ってきた家電をコンセント繋げた。一先ず日本から『転送』した大きめの業務用の冷蔵庫の電源を入れ蓄電池に電力が貯まるまでとりあえず街の中で食料を中心に買い物を行う事にした。埋め込んだソーラーパネルに合わせて屋根の色は黒に塗って蓄電池は木箱に隠す、これで目立つことはないだろう。

 市場で新しく仕入れた食料を冷蔵庫に詰め込むと、元々冷蔵庫に入っていた食料の鮮度等を確かめた。明日使えば何とかなるものも含め全て大丈夫そうだ。

 さあ、光の本格的な「特に何もしない異世界生活」の始まりだ。


光「さて、これから本格的な異世界生活の始まりだ、やるぞー!」


 次の日、今日から新居での新生活の始まりだ。光は朝イチのモーニングルーティンの1つにしている朝シャンを済ませ洗濯機を回し、IHクッキングヒーターでハムエッグを作りオーブントースターでイングリッシュマフィンを焼くことにした。香ばしい香りが部屋を包む。因みに光はパン類はカリカリサクサクと音がするまでしっかり焼く派だ。

 一先ず今朝のニュースを確認する事にした、昨日家電を設置した時に調べたのだが奇跡的にテレビ放送は受信できるらしく、光は助かっていた。

光は朝のニュースを確認する事にした、ただ日本の放送を受信しているのだ、日本のニュースが当然の様に流れる。そう言えばここの人間は情報をどうやって共有しているのだろうか。新聞・・・、的なものがあるのだろうか。


光「そう言えば昨日掲示板を見かけたような気がするな・・・。」


 とりあえず服を着替えて街の掲示板を見に行くことにした。

 さて朝ごはんのハムエッグを取ろう・・・、とした瞬間。


新聞屋「おざーす、新聞屋でーす、新聞取ってますかー?」

光「あっっっっっつつつつつつ!!!!」

新聞屋「あっ、ごめんなさい、大丈夫ですか?」

光「あ、いや、大丈夫です・・・、ただハムエッグが・・・。」


 光は新聞屋の足元を指差した。ハムエッグがぐちゃぐちゃだ。新聞屋は気まずくなり頭を数回搔いた。数秒考えた後、光に提案した。


新聞屋「あの・・・、僕作っていいですか?この家、最後なんで・・・。」

光「えっ?!」


 新聞屋は冷蔵庫の中身を確認し、ハムエッグを作り直し始めその横で鍋に火をかけた。床にぶちまけたハムエッグを片付け新しく焼けたハムエッグを皿に盛りイングリッシュマフィンを横に添え、鍋に固形コンソメと刻んだキャベツとソーセージを入れた。光はハムエッグを1口食べると思わず・・・。


光「美味しい・・・。」

新聞屋「お口に合いましたか、ではコンソメスープを・・・。」


 そう告げると鍋敷きを置きコンソメスープが並々入った鍋を置いた。新聞屋が器に移そうとしたらその腕を掴み光は目を大きく開いて告白した。


光「鍋ごと下さい、普段隠しているのですが実は私・・・、大食いなんです!!」


-⑧食料を得る-


 新聞屋は光の必死な顔に少し引き気味だった、光はかなり強めに新聞屋の腕に掴んでいる。新聞屋は後ずさりしながら光に告げた。


新聞屋「わ・・・、分かりました。一旦店に戻ってきます。タイムカードを押してこないといけませんので。すぐに戻って来ますからちょっと待っ・・・。」

光「早く・・・・、早くしてください!!!お腹が空いて我慢できそうにありません!!!」

新聞屋「やたら大きな魔力保冷庫(冷蔵庫)があったのはそういう理由だったのですね、分かりましたから手を放してください!!!」


 ナルと名乗ったその新聞屋は逃げる様に光の家を出て店に急いだ。流石に大食いだからって女性1人で大鍋に並々入ったコンソメスープをすぐに平らげることは無いだろう、ただ急ぐしかない、それがナルに残る唯一の選択肢だった。


 光はナルが家を出た後、一心不乱に鍋のスープを食べた。こんなに温かく優しい味のスープは久々だ。落ち着いてイングリッシュマフィンをもう1個焼こう、スープにつけたらぴったりだ。オーブントースターの電源をいれ、テーブルのスープに戻る。やはり美味しい、光は夢中になって食べた。


光「美味しすぎる・・・、ナルさん・・・、本当に新聞屋さんなの?!」


 鍋のスープが底を尽き、光は椅子にもたれた。その瞬間ナルが家に必死の形相で入って来た。空っぽになった鍋を見て開いた口が塞がらない。


ナル「急いで何か作ります、待っててください!!!」

光「は・・・、やく・・・、お・・・、腹・・・、が空い・・・、て・・・、死に・・・、そう・・・。」


 ナルは急いでエプロンを締め米を研ぎ始めた。土鍋に米を流し込みつけ置きをする。その間に鍋いっぱいの水に昆布と鰹節を入れて出汁を取る。アジの干物を魚焼きグリルに入れると火をつけた。IHクッキングヒーターを見ながら声を掛ける。


ナル「それにしても不思議な魔法具ですね、何の変哲のないただの板に鍋を置いていると熱くなってくるなんて見たことないですよ。普通は火属性魔法を薪に当てて火をつけるのですが・・・。これはあなたの魔力ですか?」


 軽トラと同じでガスコンロ的なものを使うときにも魔力が必要らしい。やはり改めて思ったがこの世界は何をするにしても魔法が絡んでくるみたいだ。

 そんなこんなでナルによる追加の朝ごはんが出来上がった。先程と打って変わって和食の朝ごはんだ。土鍋で炊かれたご飯とみそ汁はお代わり自由で焼きアジやナルが持ってきた野菜の漬物はご飯にピッタリだ。

 光は箸が止まらなかった、夢中になって食べた。ただまだ空腹は満たされない。


光「れいぞ・・・、魔力保冷庫のもの全部使っていいのでもっとお願いします!!!」

ナル「ははは・・・、その代わり新聞は当店でお願いしますね。」

光「取ります、取りますからお願いします!!!」


 光は涙目になって訴えた。空腹で仕方がない、ナルにどう思われてもいいのでとにかく今は空腹を満たしたい。

 ナルは無我夢中で料理を作っていた、その時の顔は何故か恍惚に満ち溢れていた。光はやっと満腹になり人生で初めてと言えるくらいの笑顔を見せた。


光「はひはほー(ありがとう)、ほひほうははへひは(ご馳走様でした)。」

ナル「ハハハ・・・、それは良かったですが、これからどうするのですか?」

光「そうですね、とりあえず市場に行って食料を調達した後、余った土地を利用して家庭菜園でもしてみようかと。」

ナル「分かりました、またお手伝いできることがあれば仰って下さい。」


 ナルと別れ鍋や食器を片付けた後に市場で魚介類や畜産類を、そしてゲオルのお店で調味料やその他諸々を購入し冷蔵庫に押し込んだ。魚介類や畜産類は市場の人に捌いてもらったので冷蔵庫に入れやすくなっていた。

 その後、ガイの畑へと向かい相談する。ガイは快く野菜類の種をくれた。

家に帰って『作成』した農機具で土地を耕し肥料を撒いた。川沿いから『作成』した水道管にホースを繋ぎ出来上がったばかりの畑に水をあげた。

水をあげた後、『作成』した防護用のネットで周囲を囲みこれで万全というところまで畑を作り上げた。

その時、横を通ったガイが声を掛けた。


ガイ「立派な畑だね、さっきから今までの間にここまで作ったのかい?時間がかかる作業だったはずなのに、まだ正午だよ・・・すごいな・・・。」


-⑨情報を得、入浴する-


 ガイが光の家を通り過ぎると情報を収集する時間にした、直近の情報は新聞以外なさそうだ。今朝、ナルがお試しとして持ってきた今朝の朝刊を見ることにした。1面にはネフェテルサの王族についての情報が記されていた。ただ、『どこかの北の国』みたいにずっと「~様万歳」的な文体が続いている訳では無かった。

 2面を開いてみることにした。地域の物価や農作物についての情報が事細かに書かれている。どうやらご近所さんの畑で東京ドーム2個分位の大きさのキャベツと南瓜が取れたらしい、いや収穫する前から目立つだろうと誰もが突っ込みたくなる記事だった。

 そう言えばこの世界の人たちは娯楽や趣味はどうしているのだろうか、周囲を見渡せば皆ずっと街での仕事や農業をしている人たちばかりで兎に角忙しいばかりの国なのかなと疑問に思いながら3面に移った。


光「3面はテレビ欄・・・、テレビ欄?!テレビあんの?!」


 その時インターホンの音がした。『御用の方はこちらのボタンを押してください』の札を立て掛けておいて正解だと思いながら玄関を開ける。


光「はーい。」

ネスタ「おっ、本当に来たね。これも魔法の1つかい?あたしゃ初めて見たよ。」


 この世界にはいわゆる呼び鈴という者が無く用があれば大抵玄関の前で名前を大きな声で叫ぶことが多いらしい。ノックをする人はちらほらしかいないそうだ。


光「ネスタ・・・、さん・・・、おはようございます。」

ネスタ「おはよう、新居を見に来るついでに夕飯を作りに来てやったよ。」

光「そうだ夕飯・・・。」

ネスタ「ん?何か作っていたのかい?」

光「実はカレーを仕掛けていたんです。」

ネスタ「カレーかい、あたしも大好きだよ。」

光「良かったら、明日食べに来ませんか?」

ネスタ「どうして明日なんだい?」


 どうやらこの世界ではカレーを1晩置くと美味しくなるという知識というより概念がならしい。一先ず出来上がったばかりの物をネスタに食べさせた、一応寸胴鍋で作ってあるから心配は無いのだが念の為光は普通の1人前の量で我慢し明日まで置いておくことにした。


ネスタ「そう言えばこの家、銭湯からかなり離れているね。ずっとシャワーで過ごすつもりなのかい?」


 そうだ、思い出した。ネスタの家には風呂が無く、入浴はどうしているのだろうかと疑問に思っていた所だった。ネスタによるとこの国の人はシャワーは汚れを落とす程度で大体は皆地域の銭湯に行っているそうだ。やはり女子としてはお風呂は欠かせないし、1日の疲れを取れる場所が欲しい。とりあえず今夜はネスタと一緒に銭湯に行くことにした。そして明日、太陽光発電を利用した風呂を作ろう、出来れば露天風呂にしたい、光のこだわりというより子供の頃からの憧れだ。


 銭湯へはネスタが軽トラに乗せて連れて行ってくれた、そう言えばこの国には軽トラ以外乗り物は無いのだろうか。ネスタに聞いてみる事にした。


ネスタ「そうだね、他にも町中には家族や友人同士で集まってお出かけする用のものがあるらしいけど、私はこれで十分だからね。それに私の免許で乗れるのが軽トラだけなんだ。」


 軽トラ専用の免許とは初めて聞いた、光は自分の免許ではどこまで乗れるんだろうかと聞いた。


ネスタ「あんたの免許は・・・、あらま。町中の人たちと同じで大きな一般車全般は乗れるみたいだね、すごいじゃないか、いつの間に取ったんだい?」


 どうやら日本にいた時に取っておいた普通免許が役に立つみたいでほっとした。そうこうしている間に山の中腹にある銭湯に着いた。

 2人は軽トラを降りて入り口を目指す。エンジンはボンネット付近を軽くノックしながら「止まれ」と言うと止まった。

 入口の自動ドアをくぐり受付をしてロッカーの鍵を受け取り脱衣所へ、そして浴室へ入って行く。大きな大浴場にサウナ、打たせ湯、そして露天風呂など日本の銭湯と変わらない景色がそこにあった。

 入浴を済ませ脱衣所を抜ける。ロッカーの鍵を返して座る場所を探した。日本と同じように畳の休憩所が用意され日本と同じような自動販売機があった。光は思わず飲みたくなり「麦酒(ビール)」を購入、一気に体に流し込み息を吐いた。そして運転してくれているネスタと家で改めて乾杯する事になった、今夜は泊りになるみたいだ。


-⑩異世界での初仕事-


 ネスタの家で光は朝8時に鳴るようにアラームを設定していた。起きれなかったら困るので設定しておいて正解だ、昨晩ネスタにやたらと飲まされたので少し2日酔い気味だ。異世界から来た新しい友人の事が嬉しかったのだろう。この世界では平均的らしいが思ったより酒が強い人達ばかりで戸惑った、因みに光は日本では強い方だったはずなのだが。

 2日酔いを気にして酔い止めと胃薬を『作成』し、ゲオルの店で買っておいたペットボトルの水で流し込んだ。そこにネスタが光を起こしに来た。


ネスタ「おはよう、朝ごはん出来てるよ。下に降りてきな。」

光「あ・・・、おはようございます。」

ネスタ「昨日は楽しかったね、今夜は楽しみにしているよ。」

光「今夜・・・、何でしたっけ?」

ネスタ「もう、自分が言い出した事も忘れたのかい?カレーだろ。」

光「あ、ホントだ。」

ネスタ「もう、あんたしっかりしなきゃだよ、今日から仕事なんだから。」


 本当だ、今日からパン屋での仕事が始まるのだ。光は服を着替えネスタと朝食を取った、一汁三菜の和食。温かなおふくろの味。お出汁の効いた優しいお味噌汁が体に沁みる。それだけで白米が進む。そしてホカホカの焼き鮭が嬉しい。これぞ日本の朝ごは・・・、おっとここ日本じゃなかった。


ネスタ「すまないね、今朝用事があって家まで送れそうにないんだ。」

光「大丈夫です、まだ余裕がありますから。」


朝食を済ませ玄関でネスタに見送られた光はネスタに手を振って自分の家へと向かった。一目から目立たない場所に移動して


光「えっと・・・、『転送』が出来たから『瞬間移動』も『作成』出来るよね。」


 光は両手を前に出しステータス画面を出した。そして『瞬間移動』スキルを『作成』して早速右手を前に出した。初めての『瞬間移動』だ。


光「おお、こりゃ便利だわ。ただやっぱ人前じゃ目立つから普段使い用に車・・・、というか軽トラ買わなきゃね。」


 この辺りの住民は主に軽トラに乗っている。乗用車は街の人間だけが乗るのでこの辺りではやはり目立つ。

 農作物に水をあげると光は家を出た。街に移動し、大きなバケットの看板が良く見えるパン屋を目指した。

パン屋にはすぐ着いた、店長のラリーに裏にある従業員通用口、そしてスタッフルームへと案内された。スタッフルームでは個人用にロッカーが用意されており、そこに荷物を入れて制服に着替える。

開店30分前、店内に従業員全員が集められた。


光「お、おはようございます。吉村 光です、以前は団体向けの物売りの仕事をしていました。よ、宜しくお願いします。」


ローレン「宜しく、私はローレン。主に接客の仕事をしているんだ。」

ウェイン「俺はウェインだ、裏でパンを焼いてる。」

ラリー「後はキェルダ、マックという奴がいるけど今日は休みなんだ、また紹介するよ。さて、開店準備だ!」


 光はローレンに魔力計算機(レジ)の使い方を教えて貰った。計算機の下をスッっと通すと自動でパンの値段が合計に加算されるためパンの値段を覚える必要はない、本当に日本のレジみたいだ。

 この店を職場に選んだ理由は「賄い」だった。特に多く作りすぎた時だがパンの売れ残る事が多い。それにこの店はオーブンから出して3時間経過したパンを引き上げて新しい物と入れ替える事もある、実はそれが狙いだった。

 この店は引き上げたパンを賄いの材料として使ったり動物の餌にしたりしていた、ただ光がこの店に来たことによって動物の取り分が大幅に減るだろうが。

 営業の仕事をしていたこともあり光は接客には自信があった、これによりパン屋は評判となり売り上げがどんどん上がって行った。常連客も光の顔を覚え光はどんどん仕事が楽しくなっていった。

 そんな中、ラリーは光とローレンを呼び止めた。


ラリー「新作パンを開発しようとして試作をかなり作りすぎちゃったんだ、良かったら試食してみてくれないか?無理なら持ち帰ってくれても構わないし。」

光「店長安心してください。」

ラリー「へ?」

光「私、大食いなんで。」

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