2. 最強になるために ㉑~㉚


-㉑義弘のやり方-


 結愛は誰にも気づかれないようにしつつも海斗に連絡していた。やはり時には兄貴を頼りたくなるもんだという事なのだろうか。誰かに相談したそうな素振りを全く見せていなかったので皆が勝手に強い人間なんだと勘違いしてしまっていたのではなかろうか。


結愛「兄貴・・・。」

海斗「ん?」

結愛「今話せないか?」

海斗「勿論大丈夫だ。」

結愛「実はよ・・・。」


 結愛は最近思っていることを海斗に打ち明けた、主に先日義弘の書斎で見かけた書類や書籍類についてだった。以前もこんな事があった様な無かった様な・・・。

 義弘が彼なりに教育について真剣に考えてるのではなかろうかと思い始めた、それが故にしばらくは学校でも家でも可能な限り義弘の様子を観察しようと企んだ。


結愛「以前、中学受験の過去問や資料を大量に調べて親父なりにプリントにまとめていただろ?デジャヴ的なものを感じてんだよ。」

海斗「確か親父の秘密の書斎・・・、だっけ?えっと・・・、そこで見かけたってやつか。」

結愛「あん時さ、物凄い量のプリントを押し付けられた事を思い出してよ、少し辛かったなー・・・、なんて。」

海斗「分かるわ、これからこの学校もあんな感じになるのかな。」

結愛「俺嫌なんだけど、皆を巻き込んじゃってあんな事したくねぇ。」

海斗「毎日毎日テストが夜遅くまでで寝る間も無かったな。」

結愛「俺普通に学校生活送りたかっただけなのに・・・。」

海斗「だから取り戻そうや、俺たちの高校生活を。」

結愛「ああ・・・、うん・・・。」


 海斗は別に相談する事が結愛にはあるのではないかと思えて仕方なかった。しかし、今はやめておこう、最強になって学校生活を取り戻すことに集中するんだ。

 一方、光明は秘密の書斎に仕掛けたドローンの映像をずっと見ていた。義弘が過去問を調べ尽くしていたあの時以来動きは全くない。代り映えのない退屈な映像が続く。ビルの管理人の仕事ってこんな感じなのかなって想像した。その時校内のスピーカーから声がした。義弘だ。すると結愛が耳を押さえながら入って来た。続いて伊津見も。


義弘「皆さん、深夜の学園でいかがお過ごしでしょうか、理事長の貝塚義弘です。今から私自ら大学入試に向けた特別授業を開講しようと考えています。受講希望者は2階の特別教室までお越しください。」

伊津見「うるせぇな、あいつ何時かと思ってんだよ・・・。耳がキンキンするぜ。」

結愛「それより嫌な予感が当たった気がするんだが。」

光明「ん?」

結愛「以前もあったんだよ、親父が自分で調べて作った中学受験の過去問や資料のプリントを使って1晩ずっと勉強させられていた事があったんだ。俺だけじゃなくて兄貴もな。夜が明けても問題を解けなきゃ決して終わらせてくれなかったし寝かせてくれなかった。あの時から、まともに飯を食ってねぇし睡眠だってとってねぇ、唯一の食事と糖分が・・・」

光明「ポテチとコーラだったって訳か。スパルタどころか虐待じゃんかよ、許せねぇ・・・。」

結愛「光明・・・。」


 その時守と圭が教室に入って来た。


圭「だからこの前コーラを隠しながら義弘と『お茶会』に?」

結愛「お茶会なんか表面上だけで実際にはなかったんだ、あの後スパルタでまた勉強さ。」


 海斗や結愛にとっての嫌な思い出がまた繰り返されようとしている。参加する奴はいるのだろうかと恐る恐る特別教室へと向かった。教室にはまだ義弘の姿は無い。生徒も誰1人いなかった。先程の結愛の話を聞いて参加したくなる訳がなく光明や結愛はその場から去った。光明は念の為に小型の隠しカメラを教室の端っこに取り付けた。

 皆が元の場所に戻ってから数分後、義弘が教室に入って来た。教卓に大量の資料を叩きつけるとため息をつき資料を各々の学習机に配布し来るはずのない生徒が来るのを待った。

暫くの間腕を組み考え込んだあと義弘は内線電話を懐から取り出して校内放送に繋いだ。


義弘「先程放送で申し上げた特別授業は10分後に開講します。また各学年4組の生徒は強制参加とさせて頂きますので先程申し上げた特別教室にお越しください。」

伊津見「畜生・・・、俺参加しないといけねぇのかよ・・・。みつもーん、俺死にたくねぇよー。」

光明「諦めろ、それにこれはチャンスだぞ。いいかいっつん、お前は今からスパイだ。お前にこの無線機と小型マイクを仕掛けるから頼むわ。」

伊津見「みつもんに言われるとなぁ・・・。」


 伊津見は仕方なく従った、それが平和のためだ。


-㉒伊津見の経験-


 4組の伊津見は、義弘による深夜の特別授業に強制参加することになり、筆記用具片手に渋々特別教室へと向かった。左耳には光明に渡された無線機、そして胸元に小型マイクを身につけスパイとして参加する。特別教室に入ると分厚い資料を配布し終えた義弘が教卓のすぐ近くに座っていた。ノートパソコンを教室に設置されたプロジェクターに接続した黒板代わりに使うのだろうか、大きなスクリーンを広げていた。伊津見達が教室に入ると義弘が歓迎の言葉をかけた。


義弘「深夜の特別授業へようこそ、ここでは私自ら過去数年分の大学入試センター試験、及び大学入学共通テストの過去問を調べ上げ関連づけた資料を一緒に見ながら学んでいくものです。『かなり充実した』内容になっているはずなので存分に学んでいって欲しいです。席は決まってませんので見やすい所に自由に座ってくださいね。」


 珍しい位に柔らかな笑顔で出迎えられた生徒たちは少しゾクゾクとした気分となっていた。日ごろのイメージと真逆だからだ。しかし各席に配布されている資料の厚さがこれから行われる授業の厳しさを物語っていた。


義弘「各席に配っているのが私自ら調べ上げ、資料と紐づけたお手製のプリントです、最初から試験を解けと言われても無理なものは無理、解けないものは解けないものです。ですので解答・解説や資料を見ながら一緒に勉強していきましょう。元々白黒表記になっている問題や資料の写真は見やすくカラー表記にしてみましたのでお役に立てて頂ければ幸いです、勿論そちらは差し上げますのでご自由にお持ち帰りください。お役に立てて頂ければ幸いです。

私はこの授業の為に眠気覚ましのブラックガムをドカ食いしましたので、徹底的に勉強できたらと思います。それでは1教科目の国語から始めていきましょう。」


 授業が始まった。一斉に分厚い資料を開いていく。5年前のセンター試験の過去問の大問①が現れた。義弘は生徒たちに小問や問題文を読み聞かせていく。義弘の声は優しさに満ち溢れ皆聞き入っていた。

 授業が順々と進んでいく。皆重要な場所を赤ペンや蛍光ペンでチェックしていき通常の学校の授業の様に生徒たちは集中していった。義弘の解説は思った以上に分かりやすくそこにいた全員が次のクラス決めの摸試の時、ダークホースになってもおかしくない程になっていった。

 学園が朝日に照らされていく、午前7時。通常の教室で朝の補習が始まる30分前だった。義弘の授業が終わりを告げた。生徒たちの顔は充実感に満ち溢れていた。今なら大学入学共通テストも自信をもって解ける気がする、伊津見はそう思った。配布された資料は思った以上に塗りたくったり線を引いたり、そして書き加えたりでボロボロになっていた。他の生徒の中にはプリントを纏めていたホチキスが千切れプリントが落ちてしまっている人もいた。伊津見は取り敢えず光明や結愛に会い報告せねばと2人が潜入作戦を実行する教室に向かった。


結愛「おかえり、長かったな。無事か?」

伊津見「無事どころか充実感が凄すぎて未だにドキドキしてるぜ。」

結愛「資料ってあるか?」

伊津見「うん、これだ。」


 結愛は伊津見から資料を受け取ると、1ページ1ページじっくりと読み込んだ。焦りの表情と共に。


結愛「すまん、ありがとう。もうすぐ補習が始まるからまた後で見せてもらえるか?」

伊津見「勿論だ。」

結愛「因みに親父はどんな表情だった?」

伊津見「とっても優しかったぜ。」


 光明は結愛の表情からただならない物を感じ取った。


光明「結愛、何かあったか?」

結愛「親父・・・、あそこまで・・・。」

光明「ん?」

結愛「あ、すまねぇ。いや、あそこまで綿密な資料を作成しているとはと思ってよ。」

光明「それがどうしたんだ?」

結愛「下手したら伊津見が親父の術にハマって、4組の奴らが次の摸試のダークホースになり兼ねねぇかもなんだ。」

光明「義弘の・・・、術?」

結愛「分かりやすい資料と優しい雰囲気の授業で生徒を取り込んで次からはスパルタでの授業を展開。その結果バッタリと倒れていく生徒が・・・。」


 先日銃殺者が出たくらいだ、義弘が十分あり得る話で生徒を地獄に落とそうとしているのが見え見えで怖くなってきた。その術に伊津見がかかろうとしている、光明と結愛は被害者が出る前に阻止せねばとゾッとしていた。


-㉓猛暑の殺人-


 暑い日が続いていた。そんな中守たちは相変わらず朝から晩まで勉強漬けの毎日を過ごしていた。義弘の指示が故に冷房は切られており、窓が閉め切られていた。ただ流石にこれにより死者が出てしまえばこれはこれで教育委員会等に訴えられてもおかしくない状況だ、義弘から教師・講師全員に通達が伝えられ冷房がやっと起動した。生徒全員ほっとしながら授業に集中し机に向かう。義弘も人の子だという事だ。

 そんな中、黒服がダンボール箱を抱え各教室にやって来た。

 守や結愛達がいる2年1組には黒服長の羽田が来た。


羽田「しゃ・・・、ゔゔん、失礼。理事長先生からお茶の支給品が来た。各自1本ずつ持つように。冷え冷えでうまいぞ。結愛お嬢様もおひとついかがでしょうか?」

結愛「お父様からですの?」

羽田「そうでございます、ご・・・、ゔゔん、申し訳ございません。お父様からでございます。」

結愛「個人的にはコーラが良かったのですが。」

羽田「ご存じの通り、ご主・・・、いやお父様は炭酸入りのソフトドリンクはあまり飲まれませんので。」

結愛「やはりお父様とは好みが合わないみたい、それにしても珍しいですわね。羽田さんがそんなに噛むなんて、何かありましたの?」

羽田「先日の侵入者の事なのですが。」

結愛「黒服さんに紛れていた方ですの?」

羽田「はい、こちらをご覧いただけますでしょうか。」


 羽田は指名手配犯のビラを結愛に見せた。


結愛「これ、書き込んでも?」

羽田「どうぞ。」


 結愛はマジックでサングラスを書き足していった。どう見ても先日ふらついていた『黒服』だ。


結愛「間違いないですわね。」

羽田「はい、かいちょ・・・、いやおじい様を狙った侵入者ですね。」

結愛「おじい様が無事で何よりですわ、それと・・・。」

羽田「はい?」

結愛「そんなに無理して言い直さなくてもよろしくてよ。」

羽田「申し訳ございません、日ごろからお父様に言われているもので。」

琢磨「羽田さんも大変ですね。」

羽田「面目ない。」


 このお茶の支給は夏の間続いた。生徒たちはこのありがたい贈り物を素直に受け取っていた。

 数日経ったある日のこと、いつもの通り生徒達がお茶を飲んでいると3組の教室から男女の悲鳴が轟いた。その3組の教室から伊津見が凄い形相で走って来て慌てて1組の教室に入った。


伊津見「大変だ、俺のクラスの野口と中山が!」

結愛「クソッ!また被害者が!」

羽田「お、お嬢様?!」

守「羽田さん、説明は後です、今は現場に!」

羽田「ああ・・・、はっ・・・。」


 結愛や守を含む1組の生徒たち、そして羽田は急いで3組の教室に走った。教室は生徒達で溢れかえっている。羽田は生徒たちを掻き分け教室の真ん中で倒れている野口と中山の元へ向かった。脈を確認する。


羽田「もう・・・既に・・・。」


 2人は亡くなっていた。口元から泡のようなものがあり、また足元には蓋の開いたお茶のペットボトルが転がっている。


羽田「どうやらお茶に毒物が仕掛けられていた様ですね。箱から無作為にお茶を取ったとすると・・・。」

結愛「無差別殺人・・・?」

羽田「その可能性は大きいですね。」

結愛「この組を担当する黒服さんは?」

羽田「確か・・・、西條(さいじょう)だったかと。」

結愛「すぐに西條さんを探してください!私たちも協力します!」

羽田「はっ!」

結愛「これ以上・・・、被害者が増えなきゃ良いのですが・・・。」


-㉔猛暑の捜査-


 一斉捜査が始まり、黒服が学校中をうろついていた。

 しばらくして黒服の1人が3組の教室に入って来た。


黒服「黒服長、よろしいでしょうか?」

羽田「三田(さんだ)か、どうした。」

三田「西條が見つかりました。ただ・・・。」

羽田「ん?」


 三田は西條を3組の教室に入れた。体中をぐるぐる巻きに縛られている。


羽田「西條、何があったんだ。」

西條「実はここにお茶を運ぼうとした時に後ろから電撃のようなものを突き付けられて気付けばこんなことに。」

三田「1階の掃除用具入れにこの状態で閉じ込められていたんです。」

羽田「という事は西條は無実・・・、因みに犯人の顔は覚えているか?」

西條「すみません、後ろから襲われたので見えてなくて・・・。」

羽田「分かった、ほどいてやるからゆっくり休め。」

西條「はっ、すみません。」


 三田は西條を連れて控室に向かった。西條はぐったりとしていてまだ少し体が重そうだった。ただ羽田や結愛の役に立てなかった事を悔いていて少し涙目になっていた、申し訳ないと言わんばかりに。

すれ違うように結愛達が息を切らしながら教室に戻って来た。


結愛「羽田さん、西條さんは見つかりましたの?」

羽田「見つかりましたが、西條は被害者だったようです。1階の掃除用具入れにぐるぐる巻きで閉じ込められてました。犯人の顔も覚えて無い様でして。」

結愛「そうですか・・・。もしかしたら例の指名手配犯の可能性もあり得ますわね。」

羽田「取り敢えず警察を呼びます、生徒の皆さんは各組の教室に戻ってください。さぁ、お嬢様も。」

結愛「はい、お願いしますわ。」


羽田は急いでインカムを外線に繋ぐように指示を出し110番通報した。


 30分、いや1時間以上は待ったのだが警察のパトカーは全く学園にやって来ない、静寂が辺りを包み皆息をするのがやっとの状態だった。その時、葬儀屋の寝台車が2台出入口に停車し亡くなった2人の遺体を運んでいった。以前4組の生徒が銃殺された時の様にてきぱきと作業を行い葬儀屋は去って行った。

しばらくして羽田が教室に戻って来た、警察がなかなか来ないので三田が相談をもちかけたのだ。


三田「黒服長、変ではないですか?葬儀屋はすぐに来るのに警察が全然来ないだなんて。」

羽田「海斗坊ちゃんと結愛お嬢様に相談してみよう。」

三田「ご主人様ではなく?」

羽田「うん、何か嫌な予感がしてならないんだよ。良かったら一緒に来てくれないか?」

三田「勿論です。」


 2人は海斗と結愛を探した。幸い2人とも2年1組の教室にいた、海斗のシスコンが珍しく役に立ったのだろうか、結愛を心配で海斗が様子を見に来ていた様だった。


羽田「お2人ともよろしいでしょうか。」

海斗「羽田さん・・・、警察は?」

羽田「1時間以上前に通報したのですが来ておりません。」

結愛「先程の寝台車は?」

三田「以前4組で起こった銃殺事件と同様に呼ばずともすぐに来ました。」

羽田「いくら何でも妙だと思いませんか?」


 妙だ、前回も今回もパトカーが1台も来ていない。

 結愛は羽田にインカムを借りてもう1度110番通報した。念の為にスピーカーに繋いで。


警官「110番です、どうされましたか?」

結愛「どうされましたかですって?!1時間も前に貝塚学園にと通報したのに全く警察の方がこられないのですが?!」

警官「はて、ありましたかね?」

羽田「お嬢様、よろしいでしょうか。」


羽田は気が気でない結愛を落ち着かせるため一旦インカムでの通話を代わった。


羽田「もしもし、人が殺されてんだぞ!今すぐ貝塚学園に警官をよこせ!」


-㉕歪んだ権力-


どう見ても羽田の方が気が気でない様な感じなのだが通話の向こうの警官は驚くほど冷静だった。


警官「分かりました、貝塚学園にす・・・ガチャ!」

羽田「ん?!」

海斗「切・・・、ら・・・、れた・・・。」

結愛「どうゆう事?」

羽田「恐れ入ります、信じたくはないのですが警察内で何かしらの権力での圧力がかけられているのかと・・・。」

結愛「ま・・・さ・・・か・・・。」

海斗「お父様ということですか?」

羽田「下手したらの話ですが・・・。」


 一方、羽田の嫌な予感が的中したらしく、警察署には義弘の姿があった。警察署長の部屋で威張って座っている。

 署長と警視庁の警視総監はとなりで正座させられていた。ずっとブルブルと震えている。


義弘「署長、私に逆らってパトカーを走らせたらどうなるか分かっておるよな?」

警視総監「当然です、貝塚社長に逆らえるものなどこの国にはおりません。謝って逆らいでもしたら末代の恥でございます。」


 警視総監の家は4人家族で暮らしている。残り30年分残っている住宅ローンを義弘が一括で支払い貝塚財閥が全権を握っている様な有り得ない状況となってしまっていた。義弘はこの権力を行使して貝塚学園からの通報は全て無視するようにと指示を出していた。警視総監がローン代を義弘に返さない限り日本の警察は義弘の思い通りとなっている。殺人が多数発生することを予測して先に手を回していたという事だ。


結愛と海斗の2人は思った、『アレ』を使う時が来たのだと。いくら何でも殺人事件が2度も起こっているのに警察が動いていないのはやはりおかしすぎる、相当な権力という名の圧力を持ってでもないと実現しない話だ。

しかし、誰もが不審に思わない訳がない、特に貝塚財閥に莫大な投資をしている人間は。2人は乃木先生に相談すべく彼女を探しに行こうとしていた。その時、学園の出入口に1台のミニバンが停まった。羽田達黒服が近づいて事情聴取しようとしていた。

ミニバンの運転席が開き、長袖の作業着姿の男性が1人降りてきた。とめどなく流れる汗を首にかけたタオルでずっと拭いている。こんな暑いときに長袖なんてよく着るなとその場の全員が思った。(※今更ですが黒服にも夏用に半袖の制服があります。)


男性「暑い暑い、公恵(きみえ)に言われて来てみたけどこんなに暑いならやめておくべきだったな、でも緊急事態だからそんな訳にもいかないし・・・。」

羽田「すみません、失礼ですがどちら様でしょうか。」

男性「ああ・・・、私娘に呼ばれて来たんですがね。」

羽田「生徒さんの保護者様か何かで?」

男性「いや、ここで働いているのですが・・・、それにしても暑い暑い、中に入ってよろしいでしょうか?」

羽田「申し訳ございません、関係者かどうかを確認できない限り中にはお入りいただけません。」


 その時、校舎から女性の声がした。


女性「と・・・、父ちゃん。」

男性「おー、公恵ー、来たぞー。」

羽田「あなたは・・・、乃木先生!という事は・・・、大変失礼致しました、申し訳ございません!」


 乃木先生の父親という事は乃木建設の代表取締役社長、つまり貝塚財閥の大株主の1人、羽田さんが怖気づくのは当然のことだ。事件の事を不審に思った乃木先生が相談を持ち掛けたのだった。ただ、殺人事件の現場にパトカーが1台も無いので父親の幸太郎(こうたろう)は辺りをキョロキョロして探した。1台も無い。


幸太郎「公恵、パトカーはどこに停まっているんだい?」

乃木「1台も・・・、来てない。」

幸太郎「黒服さん、110番通報はしたんですか?」

羽田「何度もしたのですが。」

幸太郎「おかしいですね・・・。」


 幸太郎が原因を考えていた時、羽田は社長で理事長の義弘が警察に圧を掛けているのではないかという予想を伝えた、実際そうなのだが。それなら大株主の自分が動けば警察が必ず来てくれる、幸太郎はそう思った。その瞬間、息を切らしながら結愛と海斗が走って来た、手には『あのチケット』が。


-㉖大株主の心の広さ-


 結愛は『あのチケット』を握りしめて走ってやって来た。そして乃木先生に向かって頭を下げた。


結愛「乃木先生、お願いします!このチケットをお父様に渡して使わせて下さい!」

乃木「お嬢様、頭を上げて下さい。その私の父ならここにおりますよ。」

結愛「えっ・・・?!」

幸太郎「こんにちは、娘がいつも大変お世話になっております。」


 幸太郎は優しく微笑んだ。結愛はギョッとしたがすぐに冷静になった。この人が自分達、いやこの学校の救世主だと思うと待ち望んでいた人が現れたと涙が溢れた。海斗は落ち着かせなきゃと結愛と肩を組んだ。


結愛「あに・・・、お兄様。」

海斗「今はそんなの気にすんな、取り敢えず落ち着け。申し訳ありません、少し席を外してもよろしいでしょうか。」

幸太郎「勿論、どうぞ。」


 暫くして気持ちを落ち着かせた結愛を連れて海斗が戻って来た。2人の手には『あのチケット』が握りしめられている。2人とも震えていた、しかしこの学校を何とかしなきゃという正義感が強くなり震えはすぐに止まった。


幸太郎「現状を知りたい、黒服さん、事件現場にご案内をお願いできますか?」

羽田「かしこまりました、こちらでございます。」

幸太郎「因みに黒服さん、お名前は?」

羽田「羽田と申します。」

幸太郎「羽田さん、今の僕には貴方が頼りです。お手伝いをお願いできませんか?」

羽田「全力を尽くします。」


 全員が事件現場に到着した、遺体は葬儀屋が運び出した後だった。それ以外はそのままだったので事件の悲惨さを物語っていた。即座に事件の酷さを察知した幸太郎は自ら110番通報した、同じ内容だったので警察側はすぐに通話をを切った。現状を知った瞬間、幸太郎は頭に血が上ろうとしていて冷静さを保つことが困難になっていた。咄嗟に別の所に連絡を入れ始めた。相手はあの博だった。


博(電話)「もしもし、ああ幸太郎さんじゃないか、珍しいな。」

幸太郎「博さん、今どこにいる?」

博「ハワイにいるんだが、ただ事じゃなさそうだな。」


 幸太郎は事件について彼が知っていることの全てを打ち明けた。


博「わしの孫達がそこにいるんじゃないか?」

結愛「じ・・・、じいちゃん、俺親父の事信用出来ねぇ、あれを使うからな。」


幸太郎はチケットを渡そうとした結愛を静止し、大事に持っておくように言い聞かせた。この行動は自分の意志で行う事だから気にしないようにと。そして一旦博との通話を切り別の男性の所へ電話をかけた。


幸太郎「もしもし、私です、乃木建設の乃木幸太郎です。そこに貝塚財閥の貝塚社長がおられるのではないですか?代わっていただけませんか?」

男性(電話)「お、おられません。あなたいきなり何なんですか?!乃木建設?!そんな会社存じ上げませんが。とにかく今は忙しいのです、邪魔しないで頂けませんか?」


 電話の向こうの男性はすぐに電話を切ってしまった。ただ、声が震えていた。確実に義弘がいる、圧力を掛ける為に自ら赴いているのだ。そう、幸太郎が電話したのは警視総監のデスクだ。


幸太郎「こうなれば最終手段だな、アイツはこうでもしないとこちら側の言う事を聞かない。」


 幸太郎はまた別の場所に電話した。最終手段を誰にも告げずに。最後に博に電話した。


幸太郎「すまないね、博さん。ハワイでお楽しみのはずなのに。」

博(電話)「構わんよ、元々非はこちらにあるんだ。私もすぐに日本に戻ろう。」

貝塚兄妹「じ・・・、じいちゃん・・・。」

博(電話)「2人とも安心しなさい。その人は私が一番信頼しているんだ。」


 結愛は思わず幸太郎に抱き着きまた泣き出してしまった。口からは感謝の気持ちがあふれ出していた。感謝と一緒に感動もしている。幸太郎は静かに結愛の涙を受け止めていた。

 結愛は今まで光明や海斗に見せたことない顔をしていた。


-㉗重要人物-


 どうやったのか1日もしないうちに博はハワイから戻って来た。そして息つく間もなく事件現場を確認しに学園へと赴いた。学校の出入口で幸太郎が博を出迎えた。羽田の案内で事件現場の2年3組へと向かう。


博「これは酷いな・・・。」

幸太郎「どう思う?」

博「あの計画を進める時が来たかも知れん。」

幸太郎「ただ、私たちだけでは力不足だ。特にあの2人が出てきた時は。」

博「ああ、義弘派閥の2人か。あいつらが動けば面倒だな。」

幸太郎「やはりあの人の力を借りるしかないな、私が電話してみたら会ってくれるみたいだ。改めてもう1度電話しようと思うのだが。」

博「私もあの人と話したい、スピーカーにお願いできるか?それと相談に行く時は私も行こう。」


一方、光明は犯行の証拠となる映像が残っているのではないかと各箇所に設置した監視カメラやドローンを確認していた。事件が起きた数分前の映像を見てみると侵入者と思われる黒服が西條に後ろからスタンガンを突き付け気絶させている所が映っていた。西條が配ろうとしていたお茶のダンボールを奪い取るとその中の数本に透明な液体を注射器で注入しているのが見える。注射器で空いた小さい穴を見つからないようにグルーガンで器用に埋め箱に戻した様だ。その映像を西條に見てもらうべく光明は西條の眠る保健室に向かった。

保健室では圭が付きっきりで看病をしていた。西條はぐっすりと眠っている。


光明「この人が侵入者にやられた黒服さん?」

圭「うん、少し熱があるけどぐっすり眠ってるみたい。どうしたの?」

光明「ドローンと監視カメラの映像を確認してもらおうと思ったんだけど、後の方がいいな。」

圭「今はゆっくり寝かせてあげよう。」


 その時、西條が目を覚ました。


西條「痛たたたたた・・・、えっと、君たちは?」

圭「気が付きましたか、私2年1組の赤城です。」

光明「2年3組の伊達光明です。」

西條「私は西條だ、ずっと看病してくれてたのか?」

圭「西條さんずっと寝てましたから殆ど何もしてませんけど。」

西條「いや助かるよ、ありがとう。」

光明「西條さん、起きたすぐですみません。ちょっといいですか?」


 光明は持っていたノートパソコンを差し出し先程気になっていた箇所、事件発生の数分前の映像を見せた。やはり被害を受けた黒服は西條で間違いない様だ。今でも背中がピリピリすると伝えた。電気風呂に入るのが趣味な様なので本人にはある意味良かったかもなのだが。事態はそれどころではない。


西條「確かにその被害者は私だ、不覚だった。」

圭「そして引きずられて1階の掃除用具入れに。」

光明「そうみたいだな。」


 その時、保健室のドアを優しくノックする音が聞こえた。結愛だ。


結愛「西條さんは目覚めたか?」

西條「結愛お嬢様、面目ない、大変申し訳ございません。」

結愛「誰も西條さんを責めていませんわ。今はゆっくりお休みになって。」

西條「ありがとうございます、お言葉に甘えさせて頂きます。」

結愛「それとこれは羽田さんから。」


 結愛は小さな紙袋を渡した、紙袋には手紙が添えてある。


羽田(手紙)「西條にはいつも感謝している、今はゆっくり休め。それ好きだったよな?」

西條「羽田さん・・・、ウヴっ。」


西條は涙を流しながら紙袋の中にあったプリンを食べていた。

その頃幸太郎はスピーカーにして電話を掛けた。電話に出たのはある女性だった。博も声もかける。


女性(電話)「もしもし。大丈夫かい?」

幸太郎「もしもし、やはりあなたの力を借りなきゃいけないよ。助けてくれないかな。」

博「私からも頼むよ、あんただけが頼りだ。」

女性「あんた博さんじゃないか、久しぶりだね。とにかく1度会って話そうじゃないか。」


-㉘話し合い、そして侵入者-


 博と幸太郎は女性が指定した喫茶店に向かった。数分後、女性は1人の男性を連れてやって来た。

 2人はコーヒーを飲みながら幸太郎の説明を聞いた。


女性「いくら何でもやりすぎだね、呆れたもんだよ。そう言えばあんた、奥さんはどうした?」

男性「妻は海外支社から娘が戻ってくるので一先ず家で留守番しています。」

女性「まあいいさ、とりあえずあれだね、あたしらだって株主である前に人間さね。許せないよ。」

博「ただ現状、私と幸太郎だけでは不十分だ。」

幸太郎「それにさっきも言ったとおり義弘派閥の2人が動いていたらこちらに勝ち目は無い。」

女性「だから私の出番って事だね。」

博「頼めるかい?」

女性「任せろってんだ。」


 その頃学園では黒服長の羽田が黒服全員を集めていた。

 同行している守・圭・琢磨・橘・結愛・海斗には黒服の前で自分の事を名前で呼ばないように頼んでいる。


羽田「黒服長は私以外にも唐松(からまつ)・佐野(さの)の2人が居ます、くれぐれも秘密裏に。」


 羽田は黒服全員に同じ質問をし、耳打ちで答えさせ偽者、つまり侵入者を見つけ出そうとしていた。

 自分の直属の黒服長は誰だと質問し答えさせていく、そして。


侵入者「む・・・、村岡さんです。」

羽田「見つけたぞ、お前が侵入者か!」

侵入者「くっ・・・、仕方ねえ。」

羽田「捕まえろ!」


 羽田の指示でそこにいた黒服全員が侵入者に襲い掛かり捕まえた。

 羽田が侵入者のサングラスを奪い取る。


羽田「貴様・・・、国際指名手配犯のラルクじゃないか!警察に突き出してやる!」

ラルク「無駄だ、俺の依頼主が警察に圧を掛けてるから動かねぇさ。」

羽田「まさか・・・、お前の依頼主は・・・、畜生・・・!」


 羽田は保健室にいる結愛のもとに急いだ。

保健室のベッドの横で結愛はずっと圭と共に西條の世話をしていた。


羽田「お嬢様!大変です!」

結愛「静かになさい・・・、西條さん寝てるんですよ。」

羽田「申し訳ございません。ただ侵入者が捕まりました、国際指名手配犯のラルクです。しかも、依頼していたのはご主人様らしく・・・。」

結愛「警察に突き出しても今は意味がない・・・、って訳ですね。作戦は?」

羽田「警視総監とご主人様のもとに直接ラルクを連れていきます、お嬢様、その後はお分かりですね?」

結愛「『アレ』ですわね。」


 2人は圭に西條を任せ警視庁に向かった。

 黒服全員の手によりラルクは既に護送されていた。


 警視庁には1時間もしないうちに到着した、警視総監の部屋は1番上の階だ、羽田と結愛はエレベーターに乗り一気に上がった。

 到着した瞬間、結愛は愕然とした。警視総監がソファで踏ん反り返る義弘の横で正座している。結愛は即座にあのチケット『貝塚財閥全権一週間強奪券』を義弘にぶち当て、吐き捨てた。


結愛「この人でなし!あんたが父親だという事が俺の人生最大の恥だ!これから1週間、財閥の全権を俺が握る!親父、あんたはもう終わりだ!警視総監、お願いします!」

義弘「くっ・・・。」


 このチケットには義弘に拒否権がないため義弘は黙るしかできなかった。

 結愛は警視総監を起こし、ラルクの身柄を引き渡した。


警視総監「ご協力、感謝します。直ちに取り調べを行います。後日、皆さんに事情聴取をすることになりますのでご協力をお願いします。」


-㉙吐露、そして計画実行へ-


 ラルクが逮捕され数日、警視総監から直接博のもとに電話が来た、拘置所にて取り調べを行うので立ち会って欲しいとの事だ。学園で起こった殺人事件について真相が明らかになるのだ、博は喜んで協力すると答えた。

 まず、4組の教室であった殺人についてだが学校全体の偏差値を少しでも上げなければという理由で生まれた極端な考えで起こったもので武器を仕掛けたのはラルク本人だという事だ、その時彼は英語の特別講師として侵入していた。

 また3組で起こったものについてだがその理由は不明だとの事だ、殺人を行っただけだという。どちらも義弘の指示で動いたとラルクが吐いた。

因みに今回は特別に警視総監自ら取り調べを行っている。今回の取り調べの音声を記録すべく博に同行していた結愛は光明にICレコーダーを借りていた。警察側もうそ発見器を使用している。


警視総監「もう一度聞こう、お前に殺人を指示したのは貝塚義弘で間違いないな?」

ラルク「ああ・・・、俺はあいつに金で雇われただけだ。」

警視総監「義弘が直々にお前を雇ったんだな?」

ラルク「しつこいな、そうだと言ってんだろ。」


 うそ発見器も反応していない様なので、どうやらラルクは本当の事を言っているみたいだ。はっきりと音声も録音されているので、これは十分証拠となる。

 数日後、ラルクが吐露した通り両方の殺人が義弘のものか確証を取るため、義弘の取り調べを行った。しかし、義弘は一貫して黙秘を貫いた。


 次の日、博は幸太郎と共に結愛に会いに行った。現在、一時的にだが貝塚財閥の全権を握るのは結愛だからだ。


博「結愛、ちょっと時間あるか?」

結愛「良いけど、何?」

博「海斗も一緒に聞いてくれると嬉しいんだが。」

結愛「そこにいるから呼んでくる。」


 結愛はすぐに海斗を呼んできた。


博「凄く、言いにくい相談なんだがね・・・、お前さんらの親父を会長から降ろそうと思っているんだ、今の学園では生徒たちが安心して生活できんだろう、それにこれを見てくれ。」


 義弘は懐から大量の手紙を取り出した。博が義弘に内緒で貝塚財閥本社内に設置した意見箱に無記名で投じられた社員からの義弘によるパワハラ報告だった。


博「私は偉そうな事を言える身ではないが会社で最も大切なのは社員、そう人だ。社員が皆一人ひとり安心して働ける会社に立て直す必用があるだろう。なのに一社の長が社員を駒の様に扱い気に入らねば頭ごなしに怒鳴って切り捨てる、決して許されない行為だ。

 そして先日の警視総監への借金が故の脅迫罪の疑いもある。義弘が社長や理事長にふさわしくないのは一目瞭然だ。」

幸太郎「それともう1件疑いがあってね、それはここの先生に関係する事なんだ。それは計画を実行したときに判明するだろう。

 その為に結愛ちゃん、いや結愛社長代理、緊急株主総会の開催の許可をお願いします。」

結愛「じいちゃんやその友達の為ならどんな事でも協力します、緊急株主総会の開催を許可します。」

幸太郎「良かった・・・、ありがとう。それともう一つ、この生徒の事は知っているね?」

結愛「勿論知ってるけど。」


 幸太郎はとある生徒の写真を結愛に見せ、その生徒の元へ案内する様に頼んだ。そして生徒の元に着くと幸太郎はこう切り出した。


幸太郎「君だね、会いたかったよ。今度貝塚財閥の緊急株主総会を行うから君も結愛ちゃんや海斗君と一緒に来て欲しいんだ、君にも関係する事だから。」

生徒「は・・・、はい・・・。」


 しかし、幸太郎に招待された生徒は不可解で仕方なかった。生徒は全く貝塚財閥との関りが無く全然思いつかなかった。


 数日後、証拠となる資料や音声を扱いやすくCDにまとめてもらった物を光明から受け取ると結愛は幸太郎の元へと急いだ。その日学園は久々に休みとなり生徒たちは各々の家路へと向かった。

 その日の午後、運命の緊急株主総会が始まる。博に結愛や海斗、そして招待された生徒は幸太郎のミニバンで貝塚財閥本社へと向かった。


結愛「緊張するな、久々だよ、本社に行くの。」


-㉚運命の株主総会-


 幸太郎は結愛と海斗、博、そして自ら総会に招待した生徒を貝塚財閥の大会議室に招き入れた。招待された生徒は勿論、結愛と海斗も初めて入る部屋でコンサートホールの様に前にあるステージに向かって下り階段が伸びている。


幸太郎「ようこそ、貝塚財閥株主総会へ。」


 幸太郎は招き入れた生徒達を後ろの端の席へと座らせ、自分と博は左寄りの前の方に陣取った。続々と株主が入ってくる。幸太郎と博の反対に右寄りの前の方にスーツを身に纏った2人が座った。生徒たちは彼らの顔を見て驚いた。古文の茂手木と数学の重岡だ。ちょうど横を通りかかった幸太郎に聞いた。


海斗「何であの2人が・・・、学校の先生だったはず。」

幸太郎「あの2人は本当は投資家で私やおじいさんと同じ、ここの大株主だ。ただ義弘派閥と言って義弘の言いなりなんだ。多分今日は敵として戦う事になるだろう。」


 その時だ、博がステージに立ちマイクを握った。


博「おはようございます、皆様本日はお集まりいただきありがとうございます。只今より緊急株主総会を開始いたします。尚、この場に私の愚息が居ないのはその愚息について話し合う場だからです。」

茂手木「愚息とは失礼だな、名ばかりの会長が何を言ってるんだ。彼は1代でこの会社をここまで大きくした言わば偉人じゃないか!」

博「じゃあその偉人がした事を見るがいい!」


 博は光明に借りた今までの事件に関する映像を見せながら、警視総監の借金を利用しての全国警察への圧力の事や生徒達が苦しむ学園の現状を伝えた。

 最後に、貝塚財閥本社社長室に仕掛けられた隠しカメラに捉えられた映像が流れた。それは投資家である重岡や茂手木に金を渡している所の物だった、勿論音声付きで。明らかなる贈収賄の証拠映像だ。


博「これを見てもまだ偉人と呼ぶか?!私は自らの教育が足らなかったと自分の事が恥ずかしくてたまらない!愚息を即刻、社長の任から解くべきだ!」

重岡「今までハワイで遊んでいたじいさんに会社の経営ができるなんて思えません!皆さん、この解任案は反対すべきです!」


 数十分にわたり議論は続いた。そして議長がステージに上がり採決を取る時が来た。


議長「では採決を取ります。今回の義弘社長解任案に反対の方。」


 重岡や茂手木、そして数十名の株主が手を挙げた。所有株のパーセンテージを考えると否決になりそうな様なので、端で見ていた結愛達は絶望しそうになっていた。


議長「では反対多数で今回は否決に・・・。」

女性「待ちな!筆頭株主の私を放っておいて勝手に総会を終わらせようとしているんじゃないよ!」

重岡・茂手木「何?!その声はまさか?!」


 聞き覚えのある女性の声が大会議室に響き渡った。真紅のスーツで身を包むその女性がゆっくりと階段を降りていく。その女性の顔を見て幸太郎に招待された生徒は驚いた。


生徒「か・・・、母ちゃん?!」


 そう、その女性は幸太郎に招待された生徒・守の母親、宝田真希子、その人だった。真希子は守に向かってウィンクした。


真希子「守、今まで黙っていて悪かったね。後ろの2人から相談を受けて敢えて義弘の好きにさせて泳がせていたんだよ。後は母ちゃんに任せな。

 ん?おや、あんた達が海斗君に結愛ちゃんだね。今まで辛かったろう、大変だったね。この後うちに来な、昨日からカレーを仕掛けているんだ、1晩経って美味しくなってるはずさ。一緒に食べようね。あら・・・、元気がないじゃないか、お返事は?!」

兄妹「は・・・、はい!!」


 兄妹は涙ながらに返事をした。

一方守は真希子が連れた2人を見て驚いた、あの「浜谷商店」の夫婦ではないか。


守「おっちゃん、おばちゃん・・・。」

真希子「守、失礼な事を言ってんじゃないよ!!こちらのお2人はこの貝塚財閥の大株主達であのHTコンツェルンの代表取締役社長夫妻だ、前の西野町高校時代の理事長夫妻だよ!!」

信二(おっちゃん)「まあまあお母さん、今までそう呼ばれてたんです。私は今まで通りおっちゃんで構いませんよ。」

博美(おばちゃん)「それに救世主である真希子さんの息子さんに偉そうな顔出来る訳ないじゃないですか。」

信二「さて、本題に入りましょうか。義弘さんに学校の土地と権利を譲っておくれと言われた時はこんな事態になると思ってなくて私が判断を見誤ったが故に起こった事です。私が発端とはいえ義弘さんがした事は決して許されることではありません。」

真希子「株主の皆さん、よく考えて下さい!あなた達も人の子で親でしょう、安心して子供たちを預けることが出来る学校を取り戻すべきではないでしょうか、そして守るべきではないでしょうか。それに子供たちのお手本となる教員、勉学を教える講師となる投資家への贈収賄。全て踏まえ、もう1度問います。私たちの子供達から安心できる学校を奪った義弘をあなた達は許しますか?!」


 株主たちは改めて考えなおした。実際、貝塚学園に自分の子供を通わせている者も多い。真希子はニヤリとしながら議長に言った。


真希子「議長!改めて採決を!」

議長「は・・・、はい。改めて採決を取ります、今回の義弘社長解任案に反対の方。」


 重岡と茂手木だけが手を挙げる。


議長「賛成の方。」


 真希子、信二、そして博美を含め大勢の株主が手を挙げた。


議長「結果は明らかですね、では今回の義弘社長解任案は賛成多数で可決です!」


 一同は涙し、拍手し、真希子を称賛した。兄妹は先程とは違って感謝と感動の涙を流している。


守・兄妹「母ちゃん、ありがとう!!!!」

真希子「えへへへへへへへへへへへへへへへへへ、見たか、母ちゃんは偉大だろ?」

守「・・・って、お前らの母ちゃんじゃねぇーーーーーーーーーー!!!!」

真希子「いや、照れちゃうねぇ。」


 緊急株主総会は笑いと共に終わっていった。

 守と結愛、そして海斗は真希子の運転する軽自動車で宝田家に向かっていった。結愛は泣き疲れて眠ってしまっていた。今までの不安などが全て吹き飛んだのだ、皆空気を読んで寝かせてやることにした。

 今夜は温かな家庭で食べる温かなカレーだ。


 翌日、義弘は乃木を呼び出し、自ら秘密の書斎に招待した。奥にある小部屋に招き入れコーヒーを淹れ、乃木に振舞った。

 パトカーが来るまでの間に打ち明けたい事があるらしい。


義弘「今まで本当に迷惑をかけた、申し訳ない」

乃木「いえ、もう過ぎたことですから。」

義弘「ところで私がこの場所を選んだ理由をご存じかね。」

乃木「ご子息とお嬢様がここに通いたいと仰っていたとお伺い致しております。」

義弘「そうだ、しかしもう1つある、復讐だ。君は2年3組の野口、中山という生徒を知っているね。」

乃木「ええ、彼らの学年主任ですから。」

義弘「実はこの学園の前身、西野町高校は私の母校だった。そして今の2人の父親と私は同級生だったんだ。私は彼らに携帯電話のカメラや掲示板を使ったいじめを受けていた。昼休みが来るたびに彼らは嫌がる私の写真を勝手に撮影し、悪口と共に掲載した。それにより誹謗中傷を受けるし他の人からは見て見ぬふりや無視をされ、挙句の果てには口を開けば罵詈雑言を受けていた。それが嫌だったから昼休み中は顔を伏せていたかったが当時母から持たされていた弁当を食すには顔を上げなければならない。一時は一口も食せなかった。次第に空腹がやってこなくなった。食事をとらずともその日を過ごせた。

 家に帰ればなによりも結果を重要視する父親がいて、成績が上がっていても説教を喰らった。実は私は双子でもう片方は姉だった。姉は勉強がそこまで得意だというわけでは無かったが陸上競技、それも長距離走が得意だったから地元の駅伝大会に出たりとチヤホヤされていた。その分何も取り柄がなかった私は見放された。忘れもしない、中学生時代の誕生日からずっとだ。

学校に行ってはいじめに合い、家に帰れば罵られてばかりで私には居場所が無かった、孤独だった。

そんな中、社会人になってからか、私は野口と中山の父親二人をSNSで見かけた、両方とも結婚したり家族を持ったりして幸せそうに笑顔で写真に写っていた、反対に私は相変わらず天涯孤独でずっと金に困った生活をしていた、だから自分で企業を立ち上げ地元で学校を経営し彼らの子供達の自由などを奪う事で彼らに復讐したかったんだ。今は間接的に行っているがいずれは直接・・・。」

乃木「理事長・・・、お言葉ですが学校はその様な個人的な感情で動かしていいものではありません。多くの生徒が通っているのです、そして多くの生徒の人生を形成しようとしているのです。そのような場を・・・。」

義弘「分かっている、でも許せなかった。私の中に形成されたのは憎悪だけだ、被害を受けた人間が未だ苦しみ続けているのに加害者が幸せそうにしているのを見逃せと?!」

乃木「大人になりなさい、これからをよくすればいいのです。確かにあなたがお思いの通り過去を塗り替える事はできません、でも・・・これから幸せになればいいではないですか。少なくとも私は理事長を応援致します。」

義弘「ありがとう、救われた気がしてきたよ・・・。」


 彼らは握手し、そして義弘はパトカーに乗った。


 株主総会が終わり、守の家に行くと圭や光明、琢磨、橘、そして伊津見が先回りしていた。今回の操作に協力してくれた皆にお礼がしたくて守が呼んだのだ。

 後から黒服の羽田、三田、西條の3人がついて来た。


真希子「参ったねぇ、カレー足りるかな。」

圭「足らなかったらウチから適当に何か持ってくるから良いよ。」

真希子「ありがとうね・・・、家が隣同士だから助かるよ。」


 全員が宝田家へ入って行くなか、結愛が光明を呼び止めた。


結愛「ありがとう、光明がいなきゃここまで来れなかったよ。」

光明「俺は何もしてないさ、機械いじりは俺の趣味だからな。」


 2人とも顔が赤い。


結愛「あ・・・、あのさ。」

光明「ん?」

結愛「俺、光明が好きだ!俺と付き合ってくれ!」

光明「う・・・、うん・・・・。勿論、お願いします!」


 2人は静かに抱き合いキスを交わした。静寂が数分間続く。そこに真希子がやって来た。


真希子「あんた達、何やってん・・・、おやお熱い様で、お邪魔しました。」


 2人は暫く離れなかったという・・・。                  ≪完≫

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