第2話 きれいな男の子
神さま、わたしは懺悔します。人をひき殺してしまいました。
「ひいてねえから。あっちからぶつかってきて、勝手にふっ飛ばされただけだから」水を飲んで回復した誠ちゃんが、たおれた男の子のようすを見る。
「外傷はなし。うまく受身をとってたおれてる。気を失ってるのは、べつの要因だ」
「え、受身……? じゃあ、なんで意識が?」
「顔色わるいし、寝不足なんじゃね?」
しっかし、と誠ちゃんが感心したように言う。
「ずいぶんきれいな少年だなー。こんなやつ、近所に住んでたら噂になってんだろ」
誠ちゃんのことばに、わたしはあらためて男の子の顔を見た。
色素が薄い髪に、真っ白な肌。女の子と見間違えるような、柔らかく細い線の容姿。
本当に、はかなげな美少年、って感じだ。
「最近引っ越してきた、とか?」
「うちの閉鎖的な環境じゃ、そんなんすぐに広まる。かと言って、観光客でもなさそうだな。そもそも、こいつ荷物一つも持ってねえ」
カバンもねえし、スマホも財布もICカードもねえよ、と誠ちゃんはいった。たしかに、それはおかしい。だってここは住宅街で、近くにホテルなんてない。バスを使えばすぐだけど、お財布やICカードを持たないで、子どもが一人でここに来られるほど近くない。
「おじいちゃんおばあちゃんの家に泊まりに来た、とか? ……も、ないか」
「こんなデカイ孫が帰ってきてたら、とっくに噂になってる」
それもたしかに。
この県は田舎。私たちが住む緑ヶ丘は、隣の県へ仕事をする人たちの家族が住むベットタウンで、遊園地などの娯楽施設や観光地はない。
知らない人が家の前を通れば、それだけでうわさになっちゃうようなとこなの。
「と、とりあえず、病院連れていく? わたし、運ぼうか?」
「いや、一応頭をゆらさないようにしたい。頭は打ってないが、脳の病気、ってこともあるからな」
そう言って、誠ちゃんはスマホを取り出した。
「で、オレを呼び出したってわけ」
誠ちゃんが呼び出したのは、わたしのもう一人の友だち、セシル。
ただしくは、セシルの家の運転手さん、なのだけど。
え、セシルは運転手さんを雇えるほど、お金持ちの子なのかって? ……それは、ちょっと答えるのがむずかしい。
セシルのお母さんは、フィリピンっていう南国の名家に生まれ育ったんだけど、セシルのお父さんと結婚するために、お父さんの故郷である日本で駆け落ちしたの。
一応和解して、ご実家とは交流があるのだけど、日本に暮らすセシルのお家自体はわたしたちと大して変わらない、普通の一軒家。
ただ、ご実家から送られてきた運転手付き車(!?)を返すことができなくて、現在にいたる、とか。
セシル曰く、「車は運転手がするもので、自分で運転なんてとんでもない、ってじいちゃんが」らしい。わたしたちからしたら、想像のつかない世界だぁ。
セシルのお母さんは自分の車を持ってるし、お仕事に行く時は一人で行っているから(語学専門学校の先生なんだって)、もっぱらセシル専用の運転手になってるんだって。
やっぱり、いくらお金持ちの実家と違って普通の家だって言っても、誘拐される可能性はあるんだそう。だからこうやって何らかのトラブルに巻き込まれた時、この運転手さんはとても頼りになるんだ。
「この辺りの病院と言えば、福井病院でしょうか」
「ああ。福井のじいさまなら、多分何とかできる」
助手席に座るセシルの言葉に、真っ直ぐ前を向く運転手さん――アイリーンさんは、かしこまりました、ときれいな日本語で言った。
アイリーンさんはすごくきれいでかっこいい女性で、わたしの憧れの人なの! 今、少し髪が濡れているのだけど、髪を乾かすのがめんどうとかじゃなくて、フィリピンだと濡れている方がむしろ身だしなみが整っている、ってことなんだって。
わたしは、この人の髪を見るたび、「ぬばたまの黒髪」っていう、万葉集の歌を思い出しちゃう。
こういう女性になりたかったなあ、なんて、まだ薄暗い外をながめて思った。
反射した車の窓に映るわたし。とても女の子らしいとは言えないぐらい、がっしりとした肩幅。映らないわたしの身体は、ムキムキっとした腕と脚がついている。
自分の体は好きだけど、それが世の中にいう『女性』とはかけ離れていることは、ひしひしと感じていた。
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