輪に切って

おくとりょう

発症

 羨ましくって、妬ましくって、腕が輪切りになった。突然だった。

 そういう病気というか、人種というか、"感情の変化によって身体がバラバラになる人たち"がいるのは知っていたけど、自分がそうだなんて気づかなかった大学一年生の初夏。どうにか第一志望に入って、念願の一人暮らしを始めた矢先だった。


 窓の外は灰色。頬杖をついてぼんやりしていると、二の腕半ば辺りから先が、積み木の城のようにバラバラと落ちた。血も痛みもなかった。


 絶え間なく降りつづく雨の音。湿気が身体にまとわりついて、じんわり重たい空気に満ちた部屋。春ごろには溢れていたあのやる気がいつの間にか、塩の結晶のように胸の底に沈んでしまった気がした。


 部屋に散らばった円筒の肉。さっきまで僕の身体だったそれが、遊び飽きられたオモチャみたいに床の上で転がっているのが、まるでごく普通の日常のようにみえた。

 でも、それをどうすればよいのか分からず、呆然と眺める。そのうち、太ももから先もバラバラと、僕から離れて転がり落ちた。同時に身体も椅子から落ちて、僕は床に叩きつけられる。

 激しい痛みが肉を通して骨に響く。頭の奥まで、ぐわんと届いて、まぶたの裏が白く染まる。重たい湿気はいつの間にか、お布団みたいに心地よくなっていた。

 チカチカする視界をコロコロと横切る、分厚いハムみたいな元僕の肉。

 ふと、明日提出のレポートのことを思い出す。発症したことが言い訳になるかどうか考えつつも、明日の自分に任せることにした。血も出てない切断面がムズムズ痒い。きっと白い肉が蠢いているのだ。

 ぼんやりする頭の奥でそんなことを考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

輪に切って おくとりょう @n8osoeuta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る