第7話

目的地まで近づくと、二人の人影が見えた。え、集合時間よりもかなり早いはずだけど、いつからそこで待っていたのだろうか? 俺は手を振って、二人に挨拶をした。キルも一瞬笑顔になったが、俺の後ろにいるマリーに気づいて顔を曇らせた。




「キル、アルフォンスさん、すみません。前回誰にも言わないと約束したのに………。俺の病弱では、長時間外出をすることが難しかったんだ。だけど、約束を破ったのは事実だ。もし不快というなら、今すぐ帰るよ。ただこれだけは信じてほしい。ここにいるマリーは、俺が生まれたときから面倒を見てくれていて、俺が病に伏せている時は不眠不休で看病をしてくれるような人なんだ。だから、信じてほしい………。」



俺はそういい終わると、頭を下げた。マリーも俺に合わせて頭を下げてくれたようだった。失望されちゃったかな………。



「………アース、顔を上げてくれ。信じるよ、俺は。俺は悪意には敏感なんだ。彼女からはそれを感じない、だから顔を上げてくれ。アルフォンスもそれでいいな?」



「はい。彼女がアース様を見る目は、ただのメイドのものではありませんでした。生まれたときから一緒にいるということで、ただの使用人という関係ではないのでしょう。それにそのような表情を使用人にさせるアース様、あなたの人格も信用に値すると考えます。」


え? 俺は思わぬ高評価に驚き、顔を上げた。アルフォンスさんは根拠があるようだったけど、キルは信じるって………。まだ会うのは二回目なのに………。



「キル、信じてくれるのはうれしいけど、そんなに人を簡単に信じていたらこの先大変だぞ?」




俺がそういうと、キルはそっぽを向いた。彼は恥ずかしい時や言いにくいことがあるときは、顔をそらす癖があるようだ。



「………今日はたまたまだ。いいから行くぞ。」








――








そうして俺たち四人は、歩き出した。屋敷まで結構距離があるんだよな。前は自分のペースでゆっくり歩いてきたけど、今はキルが先頭でガンガン進んでいっている。このペースは少々きついかもしれない。



「アース様、大丈夫でしょうか? よければ私が、先日のようにお運びいたしますが………。」


俺の息切れに気が付いたアルフォンスさんが、声をかけてくれた。その方がみんなのお荷物にならずに済みそうなのでお願いしたいが、歩けるのに背負われてはさすがに図々しいと思う。



「ありがとうございます。ですが、まだ歩けますので大丈夫ですよ。皆さんのお荷物にならないように頑張りますね!」




アルフォンスさんは、渋々ながら頷いたがやはり心配の様だった。そして、今度は前でガンガンに進んでいるキルに声をかけた。




「キル様、もう少し歩くペースにご配慮ください。お恥ずかしいのはわかりますが、先日の一件を繰り返すおつもりですか?」




アルフォンスさんがそういうとキルはすぐに立ち止まって、拳をわなわなと震わせた。そしてアルフォンスさんにかみついた。



「うるさい! 誰も恥ずかしがってなどいないだろ! ………アース、すまなかった。」



キルはそういうと再び前を向いて、ゆっくりと歩きだした。先日は二人の関係が妙だと思ったが、今回はキルは反抗期の少年で、アルフォンスさんは保護者のような感じがした。アルフォンスさんの真意が何かはわからないけど、キルのことを大切に思っているのは事実だ。それがキルに、十分に伝わっていないのではないだろうか?






そうして三人が俺の歩くペースに合わせてくれたお陰で、俺は何とか屋敷にたどり着くことができた。屋敷にはいって、応接室へと通された。理由はわからないけど、恥ずかしがっていたかもしれないキルはようやく落ち着いたようで、通常運転に戻っていた。



「アース、何かやりたいことはあるか? 俺はその………あまり遊んだことがないんだ。」



やはりそうなのか。うすうす気が付いてはいたけど、キルは人とかかわるのが下手というよりは慣れていない印象を受けた。まあ、高位の貴族なら仕方がないとは思うけど………。



「俺はまったく遊んだことがないよ!」



「あ、ああ………。」



まずい、自信ありげに引きこもり宣言をしてしまった。若干部屋の温度が下がってしまったが、聞きたいことややりたいことはたくさんある。



「やりたいことならあるよ。初学院での学習の範囲を教えてほしい。どこまで進んだとか、歴史や地理の暗記のコツとかあれば教えてほしいかな。あとは、礼儀作法とかの実技系もできれば教えてほしい………って、少し図々しかったかな?」



それに対してキルは首を振って、「全部教えてやる」と言ってくれた。俺はマリーに頼んですぐに教科書を準備した。


「俺も教えるが、アルフォンスも何かあったら言ってくれ。お前、座学も得意だろ?」



座学もということは、実技も完璧なのだろうか? 見た目も能力も完ぺきとは、羨ましい限りである。



「かしこまりました。」



「アースは自習をしていたのか? この教科書は、マクウェル様の教科書だな。その様子だと、まだ家庭教師もいないのだろ?」



「そうだね。自習をしておけば、少しは同年代から遅れずに済むかなと思ってさ。」




すると、俺の自習のあとを見ていたアルフォンスさんが驚きの声を上げた。え、変な落書きでもしていたかな? 不安になって、俺は静かに教科書を覗き込んだ。



「アース様。この算術の教科書ですが、すべてお一人でおやりになられたのですか?」



「はい。一年次にやる内容って結構多いんですね。学年が上がればこの倍くらいになるんでしょうね………。」



まあ精々、小学生の内容が中学生になるくらいだろうと高をくくってはいるけど………。俺は前世ではそれなりに勉強はできて、いい大学と言われるところを卒業している。公式さえ思い出せれば、そうそう苦労することはない。



「いえ、これは一年次から四年次にかけて行う内容です。マクウェル様からお聞きにはなりませんでしたか?」

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