第8話

え? 確かに小学生で習う内容丸々だったから、一年次にこれを全部行うなんてレベルが高いなとは思っていたけどそういう事情だったのか。うん? 兄上って確か、今四年次のはずだよな? それなのにこの教科書を渡したということは、新しい教科書を買ったうえで自分の教科書を渡してくれたのだろうか? 確かに兄上は何も言わなかったけど、俺の要求通りに「一年次の時に使っていた教科書」を渡してくれた。俺が勝手にこの教科書を、一年次の時だけのものだと勘違いしてしまっていたのだ。




「そうだったのですね………。兄上には一年次の時に使っていた教科書を貸してくださいと言ったので、兄上は俺の要求通りにこたえてくれただけです。ということは今四年次の兄上は、新しく教科書を購入したのでしょうか? 悪いことをしてしまったようです………。」




(「あのアホ………(小声)。」)




俺がそういうと、アルフォンスさんは溜息を吐いて、なにか小さい声で言ったようだった。俺には聞き取れなかったので、聞き直したけど何でもないと言われてしまった。




「アース、もしかして歴史や地理もすべて覚えようとしているのか?」


「え? う、うん。算術と同じでこれも一年次でやる内容だと思ったから………。もしかしてこれも違った?」



「そうだな。これは一年次から三年次にかけて行う内容だ。一年次の内は、大陸にある五つの国の名前と場所、そしてそれぞれの現王の名前さえ覚えればいいんだ。ちなみにどれくらい覚えているんだ?」



「えーと、ほぼ全部かな。で、でも、古代史の王の名前とかは長いし似通っているからたまに間違えちゃうんだ! だから、その覚え方のコツとかを聞ければなと………。」




俺は二人からの微妙な視線に耐えかねて、下を向いてしまった。いやだって、ふつうこれが一年次の範囲だと思っちゃうだろ? 確かに六歳児がやるにしては少々酷だとは思ったけど、貴族だからレベルが高いのかなと思ってしまったんだよ!





「自習だけでこれをすべて終わらすなんて、流石マクウェル様の弟君ですね。兄弟そろって、優秀で何よりです。」



「え!  アルフォンスさんは、兄上のことをご存じなのですか? それに兄上は優秀なのですね! 容姿だけではなく中身まで完ぺきとは、流石兄上です!」



「え、ええ。一応同じクラスですので………。それにしても、よく似た兄ご弟ですね、本当に………。」



うん? 何か含みのある言い方のような気がするけど、兄上に似ていると言われたらうれしいに決まっている。俺は笑顔で、ありがとうと返した。



「まあそれはおいておくとして、その様子だと俺が教えることはなさそうだな。あとは実技を教えるくらいか。王の名前を覚えるコツは、まあ地道に覚えるしかないな。」



「キルはもう完璧に覚えているのか?」



「あ、ああ。まあ、そんなところだ。」



それは素直にすごいと思う。あんなほとんど一文字違いの無駄に長たらしい名前の数々を完璧に覚えているとは、素晴らしい暗記力である。じゃあ実技の前に、キルの話を聞いてみようかな。



「じゃあ実技の前に、色々な話が聞きたいな。初学院のこととか、キルの話とかを聞きたいかな。」



キルは一瞬不安そうな顔をしたが、渋々ながら頷いてくれた。やはり、聞かれたくないこともあるようなので誰でも知り得るようなことを聞くのがよさそうだ。



「ありがとう。じゃあ、初学院の俺たちの同級生は何人くらいいるの? クラスとかって分かれているのかな?」



「そうだな………。多分五十人くらいいるな。クラスは三クラスだな。」




五十人くらいだと? 結構多いのではないだろうか? ベビーブームでも起きたのだろうか? クラスは三クラスだから、少人数特化という感じかな。次は何を聞こうかな………。あ、そうだ。皇子様や王女様っているのかな・ やっぱり、一度でいいから本物の王族というものに会ってみたいよな。お話しできるかはわからないけど………。



「じゃあ、初学院に王族の方っているのか? 一度はお目にかかりたいと思っていたんだけど………。」



俺がそういうと、ジルは目を見開いた。あ、王族の方のことを早々口に出してまずかったかな。王族と辺境伯の子とでは、身分が違いすぎるからな………。




「………第一王子殿下と第二王子殿下がいらっしゃる。アースは会いたいのか? その………あまり積極的に会いたい相手ではないと思うのだけど………。」




そうなのかな? 王族とかってだいたい美形で、特に異性の貴族からキャーキャー言われる存在だと思っているのだけど、実際はそういうもんじゃないのかな。




「普通の貴族の方々がどう思っているのか、俺にはわからないけど………。ほら、俺って多分常識とか知らないからさ、そこは自覚があるんだ。だけど、王族ってすごいと思わない?生まれたときから国の王のとなる責務が課されて、それに逃げることもなく努力を重ねていると思うんだ。だからその姿勢を見習いたいというか、そのパワーをもらえればこの体も少しはよくなるかなーなんて、ちょっと上から目線だったかな。王族の方にはとても言えない内容だね。」




って、あれ? 空気がかなり重い。やはり、気軽に王族の名を口に出したことがまずかったかな。どうしよう、キルもアルフォンスさんも微妙な顔をしている。ここは、話題を変えるしかない。



「えーと、ごめん。話を変えるね。キルには兄弟がいたりする? あ、もちろんプライべートに関わることだから、話したく無ければ全然大丈夫だよ。」


「………兄上と弟がいる。そこのアルフォンスは、兄上の側近だ。だから、俺の本来の護衛ではない。」




なるほど、俺と同じでお兄さんがいるのか。そして、アルフォンスさんはお兄さんの側近だったのか。だから二人の関係が妙だと感じたのか。確かに俺たちはまだ六歳だから、同年代の側近をつけるのは難しいよな。だからお兄さんが、自分の側近を貸し与えたのだろう。




「自分の側近を貸してくれるなんて、優しいお兄さんだね!」



「………逆だ。俺は兄上に憎まれて」



「キル様!」




え? 憎まれてと言ったよな………。そしてそれに対して、お兄さんの側近が大声で怒鳴った。この状況はいったいどういうことだ? 俺が変なことを聞いたばかりに、最悪な空気となってしまった。何か、何か別の話題を………。俺が話題を探している間に、キルは再び言葉を紡いだ。




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