第8話 化け物 

 王国の上空に、ドラゴンの大群が飛び交っている。隣国の騎士たちが巨大なドラゴンにまたがり、空から町を見下ろしている。熱い息を吐くドラゴンのけたたましい鳴き声と翼をはばたかせる轟音ごうおんが空に響き渡る。町に向かって炎を吐くドラゴンもいれば、建物を破壊するドラゴンもいる。火の海が広がり、カイトが想像した以上の惨状さんじょうが目の前に広がっていた。


 王城も、ドラゴン騎士団の攻撃を受けていた。城壁も城門も破壊されてしまった。城の騎士たちは、ドラゴンに立ち向かっていたが、ドラゴンの強さにかなわず、次から次と倒れていった。


 カイトは生まれて初めて見る凄惨せいさんな光景に震えが止まらなかった。

 逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 その時、カイトの前を一匹のドラゴンがかすめ飛び、風圧で吹き飛ばされたカイトは、瓦礫がれきの中に投げ出され、傷を負い、血を流した。


 そばに来たマホルは、倒れたままのカイトを無表情で見下ろしている。


「マホル、助けてよ! なんで何もしてくれないんだよ! 早く俺を立ち上がらせてくれよ!」


 カイトが言うと、マホルは手を差し出し、カイトを立ち上がらせた。

 しかし、足に負傷しているカイトは立ち上がることもできず、痛みでその場にうずくまった。


「マホル! 痛いよ! 何とかしてよ! 俺のことが心配じゃないのかよ!」


「……もう少し具体的に指示してください」


 マホルの冷静な様子にカイトは苛立ちを覚えた。戦場の恐怖と体の痛みに混乱し、冷静になることができない。


「俺を治療しろって言ってんだよ! 回復魔法を使って、俺の傷を治せ!」


 その言葉で、マホルは手のひらをカイトに向け、強い光を浴びせた。その光はどこか乱暴で、カイトはまぶしさに目がくらんだが、体の痛みは一瞬で消え、怪我も完治していた。


 しかし、乱暴にされたことで、カイトは腹が立ち、マホルに対してお礼も言わず、むしろさらに不機嫌になっていた。


「くそっ、さっきのドラゴン! 仕返ししてやる! マホル、さっきのドラゴンを見つけ出せ! やっつけてやる!」


 カイトの怒りに応えるように、マホルは両目から強い光を放ち、飛び交うドラゴンの内の一匹を照射した。すると、そのドラゴンは、怒ったように勢いよく空中で向きを変え、カイトとマホルのいる場所まで急下降してきた。


「わっ! こっちに来るよ! マホル! 何とかしてよ!」


「……何とかとは何ですか?」


「バカ! そんなこともわからないのかよ!」


「はい、あなたがそう言うなら、私はバカで、何もわかりません」


「何だよ、その言い方!」


 カイトがマホルに対して怒鳴る間にもドラゴンはどんどんせまっていた。


「うわっ、逃げろ!」


「はい、わかりました」


 するとマホルはカイトをその場に残し、一人で逃げてしまった。

 カイトは呆然とその場に立ち尽くした。

 

 しかし、それによりドラゴンはマホルを単独で追いかけることになった。

 「逃げろ」と言われたマホルは、ドラゴンから逃れるために全力で空を滑走するように逃げていった。


 間一髪のところで助かったカイトだが、マホルが自分を置いて逃げたことにショックを受けていた。


「……何が契約だよ。何の意味もないじゃないか。いざという時、俺を置いて逃げてしまうんじゃないか……」


 カイトの中に激しい怒りと悲しみの感情が湧いてくる。

 マホルに裏切られたという想いから、憎しみが増幅していく。


 どうして自分をこんな目に合わせるのか、どうして一緒にいてくれないのか、あんなに楽しかったのに、あんなに仲良くしてたのに……。


 それまで二人で一つ一つ魔法を成功させてきた日々が嘘のように思えて、カイトは悔しくてならなかった。


 泣き崩れるカイトの前にマホルが戻ってきた。

 先ほどのドラゴンは背中に乗せた騎士に制御されてどこかに飛んで行ったようだ。


 自分をただ見つめるだけのマホルをカイトは涙にぬれた顔でにらみつける。


「どうして何も言わないんだよ。俺のことなんてどうでもいいんだろう。おまえなんて大嫌いだよ。契約なんてしなきゃよかった!!!」


 そう言った途端、マホルは頭を抱えてその場にうずくまった。

 そして苦しそうなうめき声をあげる。

 

 そんなマホルの様子にカイトはたじろいだ。


「え、マホル、一体どうしたの……」


 カイトは心配してマホルに触れたが、その瞬間、マホルは凄まじい奇声をあげた。そしてみるみる姿を変えていく。


 そこにはもうカイトと同じ姿のマホルはいなかった。


 それは、辺りに異臭を放つ、巨大で醜い化け物だった。

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